吸血鬼。世界に伝わる怪物の中でも有名な方だろう。漫画やアニメにもよく登場しており、作品によって設定はさまざまだが共通している部分はある。
一つ、『吸血鬼』という名前の通り、吸血衝動があること。血の数量や頻度など細かい内容は違うがそのどれもが吸血行為が出てくることが多い。
二つ、ニンニクや銀などの弱点。吸血鬼は強力な化け物だが、弱点が多いことでも有名だ。もちろん、出てくる作品ではニンニクを食べられたり、銀を近づけただけで具合が悪くなったり、とバラバラだが似ている部分もある。
そして、最後に――太陽の光が苦手だ。
吸血鬼が出てくる作品のそのほとんどが太陽の光を浴びると灰になったり、燃えたりする。日傘やフードが付いている服を着ていれば昼間でも出歩けたり、逆に少しでも太陽の光に触れるとそのまま死んでしまう場合もあった。
この全てはあくまでも作品に出てくる吸血鬼の設定だ。本当に吸血鬼がいたとして性質や弱点がどこまで同じなのかわからない。
「……吸血鬼、ですか? 私が?」
しかし、
吸血衝動には襲われたことないし、ニンニクも食べられる上、銀食器も使ったことがある。なにより、太陽の光を浴びても平気だった。
そんな私が吸血鬼と言われても正直、信じられなかったのだ。たとえ、
【証拠はありませんが私はそう考えました】
「理由を聞いてもいいですか?」
だが、私の反応を見ても彼女は意見を変えなかった。証拠がないと言っても私が吸血鬼だと判断した理由があるはず。
「……」
そう思って聞いてみたのだが、
【実は吸血鬼の目撃数そのものがほとんどありません】
「目撃数って……」
討伐数や被害の規模ではなく、目撃数と彼女は言った。人外がどれほどの頻度で出現するかは不明だが、
そんな中、吸血鬼の目撃数はほとんどない。ただ、数が極端に少ないだけなのか、それとも吸血鬼に出会った時点でほとんど殺されてしまっているのか。どちらにしても言えることは一つ。
【正直、吸血鬼の情報は『ストライカー』ですらほぼ所持していないでしょう】
そう、目撃数が少ないということはその分、情報もないということである。ましてや日々、人外を抹殺しているスペシャリストである『ストライカー』ですら吸血鬼の情報を持っていない。その事実に私は思わず目を丸くしてしまった。もしかしたら漫画やアニメによく出てくるので本物の吸血鬼の数も多いだろうと心のどこかで思っていたのかもしれない。
【おそらく、吸血鬼に関する知識は影野さんと変わりません】
「じゃあ、どうして私が吸血鬼だって――」
――判断したのか。そう言いかけたが
【先ほどの質問に戻りますが先週の木曜日の夜は何をしていましたか?】
「そ、れは……」
その証拠に私が言葉を区切ったのにも関わらず、彼女はすぐに文字を浮かばせ、同じ質問を投げかけてくる。もちろん、私は答えられなかった。
【実際にその光景を見たわけではありませんがあなたは一人の女性を襲い、血を吸ったと思われます】
吸血鬼、という言葉に驚いてすっかり忘れていたが
【あなたの住むマンションの監視カメラにもフラフラとマンションを出ていくあなたの姿が映っていました】
「ッ……そ、れでも……吸ったところは見てないんですよね? なら――」
【そして、その被害者の首に付着していた唾液を調べ、首に噛みついた人物があなただと判明しています】
「ッ!?」
唾液を使い、DNA鑑定でもしたのだろうか。
「……」
いや、そんなことはどうだっていい。重要なのは彼女の話を聞いてどこか納得し始めている私がいることである。
先週、一時的にだが酷く喉が渇いていた頃がある。だが、4月8日の金曜日から少しだけその症状も治まっていたような気がする。早朝、トイレで吐いてしまったがその後、体の調子もよかった。それが被害者の女性の血を吸ったおかげだとしたら?
結局、喉の渇きが完全になくなったのはそれから数日ほど経った後――それこそ、私が貧血で倒れてしまった日である4月14日以降だったが今は特に気にならない。吸血してから完全に衝動が治まるまでタイムラグがあるのか? いや、どうせ吸血鬼の情報はないのだ。ここでその答えはわからないだろう。今、気にするべきなのは
吸血衝動によって喉の渇きを覚え、人を襲い、吐きはしたものの体の調子がよくなったり、時間のズレはあるが喉の渇きは治まっている。それは紛れもない事実。そう、事実なのだ。
「……私は吸血鬼、なんでしょうか?」
【すみません、断言できるほどの情報はありません。ですが、状況を鑑みるにそう考えるのがいいと思いました】
そんな長い文字が消え、彼女はどこからか小さな鏡を取り出した。少しだけ割れてしまっているが新品のようにも見える、人外たちと戦っているのなら鏡はすぐに割れてしまうだろうから頻繁に交換しているのだろう。
「ッ……」
その鏡に映る私の黒目は――黒かったはずの虹彩は紅く染まっていた。その瞳は本当に吸血鬼のようで、やっと私は人間ではないのだと本当の意味で自覚することができた。
「……」
鏡に映る私の顔が歪む。何かを我慢するように歯を食いしばり、そんな努力を嘲笑うかのように紅い目から涙が零れた。それを視認した私はやっと泣くのを我慢していたのだと理解する。
ドッペルに殺されそうになり、
それでも平気な振りをして生き残るために足掻いていたが、何もわかっていなかったのだと気づく。どこか他人事のように考えていて、私が人間ではないと皆が勘違いしていて、私はただ巻き込まれてしまっただけなのだとどこかで願っていた。
「そっか……私、本当に、人間じゃ……ないんだ……」
「……」
「ぁ……」
掠れた声で言葉にすると
こうやって、抱きしめてくれたのはいつ以来だろうか。少なくとも私の記憶にはない。ないはずなのに、どこか懐かしくて、温かくて、安心できた。そんな不思議な、感覚。
「あ、ああ……あああああああああああああああああ!!」
それを自覚した時にはもう遅く、狭い洞窟に私の慟哭が轟く。誰かに見つかってしまうかもしれないのに抑えることができず、子供のように泣きじゃくる私は彼女の黒い外套に顔を沈め、わんわんと泣いた。
「……」
それでも