なんとか泣き喚くシノビちゃんを落ち着かせ、私たちは街の中央にある森に到着した。もちろん、吸血鬼の身体能力を持っている私よりもシノビちゃんの方が速いので私は彼女の背中に捕まって移動。その間、何も会話はなく、とても気まずい時間を過ごした。たまに鼻をすする音が聞こえるせいで余計に私から話しかけづらかったのだ。
「こちらでござる」
「う、うん……」
深い森の中へ足を踏み入れ、シノビちゃんの後ろをついていく。風が木々を揺らす音、私が小枝を踏み折る音。それぐらいしか聞こえない、不気味な森。
榎本先生と戦った時は必死だったため、あまり森を観察することはできなかったが立ち入り禁止エリアに指定されるほどこの森は鬱蒼と生い茂っている。きっと、シノビちゃんがいなければすでに帰る方向を見失い、永遠と森の中を彷徨うことになるだろう。なにより、私は吸血鬼の力で夜目が効くのでまだマシだが、普通の人がこの森の中へ入ったら昼間でもよく見えずに動けなくなってしまいそうだ。
そんな深い森の中をシノビちゃんは何の迷いもなく、進んでいく。あの夜、
「あそこでござる」
「ぁ……」
どれほど歩いただろうか。時間的にはさほど経っていないと思うのだが、景色が変わらないせいで長く感じた移動も不意に終わりを告げる。シノビちゃんが指さした方へ視線を向けると少しだけ開けた場所に出た。そして、そこに佇む漆黒の外套を身に纏ったあの人。
「
【随分、時間がかかりましたね】
無意識に彼女の名前を呟く。しかし、そんな私のことは特に気にしていない様子でシノビちゃんに声をかけた。相変わらず、文字でのやり取りなので私とシノビちゃんの前に文字を浮かばせただけなのだが、彼女の顔の向きは完全にシノビちゃんの方を見ていたのである。
「あー、色々ありまして……連れてきたでござる」
【ありがとうございます】
シノビちゃんにお礼を言った後、
「お久しぶりです、
【ええ、そうですね。体調はいかがですか?】
「怪我は治りました。吸血鬼だって自覚したおかげで治りが早くなったみたいで……」
【そうですか】
そこで会話が途切れる。彼女と出会ってからこうして顔を合わせるのは3回目だし、どんな話をしていいかわからない。表情が見えない相手との会話がこんなに難しいとは思わなかった。まぁ、顔が見えたからと言って多少マシになったとはいえ、コミュニケーションを取るのは苦手なのだが。
「えっと……
【はい、あの夜以降、特にありません】
「そう、ですか……それならよかったです」
そういえば、私を助けてくれた時は不調だったのに彼女はどうして急に調子を取り戻したのだろう。しかし、あれから調子を崩しているわけでもなく、完全に復活したようなのであまり心配するようなことでもないかもしれない。
「……」
「……」
「……あの、姫。話の続きを」
【そうですね。では、今後について話しましょうか】
そこから再び、沈黙してしまった私たちだが、さすがに見るに耐えかねたのかシノビちゃんが
【結論から申し上げます。あなたは何もしなくていいです】
「……え?」
だが、彼女の文字が綴ったのはそんな予想外の内容だった。何もしなくていい。彼女は確かにそう言った。
「あ、あの……それってどういう……」
【そのままの意味です。あなたはこれまで通り、平和な日常を過ごしてください】
「……」
絶句。きっと、今の私の様子を表すのならそれが一番わかりやすいだろう。
あの夜、私のような人ならざる存在がこの世界には蔓延っており、
だからこそ、
それなのにその本人から何もしなくていいと言われた。はっきりと拒絶されてしまった。
あまりのショックに呆然としてしまったが、このまま引き下がるわけにもいかず、慌てて口を開く。
「で、でも……
【何かって何をですか?】
「そ、れは……」
そうだ。私は何も知らない。ヤツラのことも、『ストライカー』のことも、
だから、教えてもらおうとしていた。今日、そのために呼ばれたと思っていた。
でも、違う。そうじゃない。そういう問題ではない。
彼女は最初から私に期待などしていなかった。私に頼るつもりはなかった。ただ、私を助けるためだけに
「ッ……」
歯を食いしばる。そうか、私はただ思い上がっていたのだ。榎本先生を倒すため、二人で協力して戦ったと思っていた。ほんの少しだけ貢献できたと思っていた。
だが、改めて考えてみれば
彼女は私を助けるために不必要な戦いをしてくれただけなのだから。そんなの協力とは言わない。ただの救助活動だ。
「それでも……私は、あなたに恩を返したいんです」
両手を握りしめ、私はいつの間にか俯いていた顔を上げた。対等になれないのは知っている。シノビちゃんの言う通り、私では彼女の
だが、ここで引いたら駄目だ。ここで諦めたらそれこそ私と彼女の関係は終わってしまう。だから、みっともなく食い下がった。
「……」
震える声で訴える私に
【わかりました】
「ッ! それじゃ――」
【なら、見学してください。私たちが生きる世界がどれほど残酷なものなのか】
「……え?」
私の言葉を遮るように文字を浮かべた
【シノビ、仕事を始めます】
「御意」
こうして、