「では、改めまして……本日の講義ですが、『ヤツラ』と『トリガー』について詳しく説明していきます」
「はい、お願いします」
時間は有限、ということで長谷川さんはすぐに講義を始めてくれた。昨日の夜みたいなことが起こらないようにしっかり学ぼう。
「昨夜の一件で身に染みているかもしれませんがヤツラの生態は見た目以上に複雑です」
「それは……うん」
彼女の言葉に思わず頷いてしまった。昨日、黄色い鶏の爆発に巻き込まれたのが私だけでよかったものの、長谷川さんたちも危ないところだったのは間違いない。迂闊に手を出せば思わぬ反撃を受けてしまうかも、と慎重に行動するべきだ。
「その通りでございます。ヤツラと戦う時、現れた個体の生態を調べてから攻撃を仕掛けるのが基本です」
反省した点を口にすると長谷川さんも頷いてくれた。そして、ホワイトボードに可愛らしいイカのような絵と太った鶏の絵を描き始める。
「実は最初に現れたヤツラにも吐いた息に毒が含まれている、という生態がありました。安易に近づいただけで死に至ります。お嬢様が天狗のお面を選んだのも毒息を風で吹き飛ばすためでしょう」
うん、近づくのも止めよう。相手のことがわかるまで逃げ続けた方がよさそうだ。私はそう固く誓った。
「でも、どうやって相手のことを調べるの? 逃げながら『ストライカー』へ連絡を取る、とか? あ、もしかしてオペレーターさんに聞く?」
思い出すのは飛来森での
「確かにオペレーターがいるのであればその方を頼るのがいいでしょう。しかし、残念ながらオペレーターの数もそう多くはないため、大半の依頼にはついてきません。
「そ、そうだったんだ……」
聞けば聞くほど
「そこでこれの出番です」
「これ……昨日、長谷川さんがつけてたゴーグル?」
ゴトリ、と机の上に置かれたのはあのごついゴーグル。確か、暗視機能と簡易的なレーダーが付いているトリガーアイテムだったはずだ。
「昨夜に出現した個体たちは初見ではございませんでしたので出番はありませんでしたが、このゴーグルには視界に捉えたヤツラをスキャンし、データベースを照合してその個体の生態などの情報を引き出す機能がございます」
「へぇ……」
なるほど、これを使えば瞬時に相手のことを調べられる。オペレーターさんがいなくても十分に戦えそうだ。
「トリガーアイテムって便利なものが多いよね。どうやって作ってるの?」
「製造方法はいくつかございますが……ついでに次の講義で話す予定だった『トリガー』に関するお話もしてしまいましょう」
私の質問に長谷川さんはホワイトボードをひっくり返す。昨日とは違い、そこには何も書かれていなかった。
「トリガーにはタイプがございます」
「タイプ?」
「ええ、攻撃が得意な方もいればサポート専門の能力。また、先ほど話題に出ましたトリガーアイテムを生み出す方もいらっしゃいます」
――攻撃に向いている能力。身を守る能力。道具を作り出す能力。トリガーには様々な能力があり、それらを細かく分類するのは難しいとされています。
そういえば
「しかし、このタイプの呼び方が少しばかり特殊でございます」
「特殊?」
「ええ。では、書いていきます」
そう言って長谷川さんはホワイトボードに可愛らしい文字を刻んでいく。それを眺めていたが、書き連ねられた文字列を見て言葉を失ってしまう。
「……これって」
そこに書かれていたのは4つ。
反撃者。
逃避者。
妄想者。
孤独者。
あまりいいイメージを持てないそれらに顔を引きつらせてしまった。それを見た長谷川さんも数秒ほどホワイトボードを眺める。彼女も何か思うところがあるのだろう。
「……上から順番に『
「どうして……こんな文字を使わなくても……」
「影野様、トリガー能力の発現方法を覚えていらっしゃいますでしょうか」
それは覚えている。凄まじい感情の爆発。それによって極稀にトリガー能力に目覚める。音峰先輩もその一人であり、彼女の事情を聞けばトリガーとなってもおかしくはなかった。
「そう、問題はその感情の爆発でございます。多くのトリガーは怒りや悲しみなどの負の感情が
「ッ……」
長谷川さんの説明を聞いてまさか、と思い、ホワイトボードの文字を見る。『
「
思い出すのは榎本先生の『拒絶』。彼が拒絶したものを全て吹き飛ばしてしまう赤黒い靄。
「
思い出すのは
「そして、
最後の
「もちろん、人の感情は複雑でございます。目覚めたトリガー能力もわかりやすいものは少ない。そのため、これまでに説明した3つのタイプに分類できないものは
「なるほど……」
確かにシノビちゃんや音峰先輩の能力は使い方によっては攻撃にもサポートにも使えそうだ。きっと、トリガー能力のほとんどは
「えっと……因みになんだけど
彼女は基本的に青白い弓矢を使って戦っている。しかし、それは本来の能力からかけ離れた使い方らしいのでさぞ複雑なトリガー能力なのだろう。
「……」
しかし、長谷川さんはすぐに答えずに目を伏せた。答えを知らない、というわけではなそうだ。答えを知っているが、その答えが合っていると思えない、と考えているような反応。
「私も彼女のトリガー能力は知りません。しかし、
「……は?」
予想外の答えに私は目を丸くしてしまった。あんなに強い
「……」
――いや、作っていたではないか。普段から使っている弓矢も、盾も、槍も、あの黒いミサンガも彼女はいつの間にか出現させていた。あれはどこからか取り出しているのではなく、その場で創っていたのである。
(本当に……何者なんだろう)
長谷川さんがホワイトボードを消しているのを見ながら私は生徒会室の窓から外を眺める。五月に入り、天気もよくて心地のいいお昼時。また一つ、