「──知らない天井だ」
目が覚めると、そこには見覚えのない豪奢なシャンデリアがあった。
この世界の時代設定は概ね中世だと予想していたが、天井にぶら下がる手の込んだ照明はどうも蠟燭や火の類ではないように見える。
これも魔法、ということだろうか。
「って、もしかしなくてもここってば天国?!」
『魔法』、その単語でスバルの脳内に突如記憶が回帰する。
──腹を切り開かれる感触。
「ばっ──」
咄嗟に腹を確認すれば、そこは傷一つない普段通りの自分の肌だった。
「……はぁ」
ここが天国であるはずがない、か。
ここは、平成生まれゆとり世代のスバルに些か、いや、かなり厳しい異世界。
「いや、あるいはここが地獄、か……」
死んだ覚えなどないが、あるいはあの瞬間、俺がコンビニを出た瞬間、ビッグバンでも起こって地球ごと俺は瞬きの間に死んだのかもしれない。
痛みを感じる間もないまま。
みんな仲良く死んだのかもしれない。
それは理不尽、されど平等。
──父さんと母さんは無事、だろうか。
「──起きがけの癖にやけに陰鬱かつうるさい奴だな、ナツキスバル」
スバルが起きがけに郷愁とセンチメンタルに襲われているところに、横から声がかかった。
「お? その声はホムラ………てことは俺はやっぱり死んでないってことに、って、えぇぇ!!?」
「なんだ」
「ほ、ホムラ、お前──髪が……!」
「ああ、これか、これはな………」
髪がどうこうと騒ぐスバルに説明しようとホムラが口を開いたところに、
「──ん~、なぁに……?」
この部屋で寝るもう一名が可愛らしく目を擦りながら体を起こした。
当然、そんな気になる少女のあられもない姿に、スバルは気が動転する。
「あ、あばばばばば……どぇーッ!!」
「まともな言葉を喋れ、ナツキスバル」
「い、いやいやいや!? こんな超絶怒涛の可愛い子ちゃんが隣で寝てて、こんなあられもない姿晒してたらそりゃびっくりするだろうが!? 妄想フォルダの一つや二つ更新するだろうが!」
「なんだ、私は可愛くないとでも言うのか?」
「え、ええ!? あ、いや、その、えーっとですね、そのー、あのー……」
「はぁ、いい。つまらないことを言った」
「……ホムラも髪、イメチェンしたんだな、似合ってるぜ!」
「そんな歯を輝かせて言われてもな。私の意思ではないし」
「そう、なのか……? というか、こんな普通に雑談しちまってるけど、俺の記憶が間違いじゃなければ確か俺ってば──」
「あぁ、ざっくばらんに腑を引き裂かれて死にかけてたな、私を庇って。まったく、余計なお世話も甚だしい」
「そ、そりゃ手厳しいな。いや、そう、だよな。すまん、俺焦って頭ん中空っぽになっちまってそれで気づいたら……」
「考える前に体が動いていた、か。度し難いな」
「……ぐぬぬ」
「──度し難いほどのお人好しだ」
「……ん、んん?」
──スバル、助けてくれてありがとう。
──かっこよかったぞ。
「へ、ぇぇ?」
風が吹いた。
窓から光が差し、長髪のツインテールからセミロングとなったホムラが微笑む。
髪が靡き、笑みが輝き、瞳が見つめる。
その光景は、まるで一枚の絵画のようで、とても美しかった。
「どうした? 顔を赤くして。私の美貌にやられたか?」
「──だ、ばか! ちげぇよ! ちょっと、ちょっとだけ………ちょっとだけな。だが! 俺には心に決めた人がっ!」
「……ふっ、うぶな奴め。早とちりにも程があるだろう」
「ったく、心臓にわりぃなぁおい、美人ってのは」
そう照れ隠しに軽口を叩くスバル。
どうにも動機が激しく、まともにホムラの方を見れない。
そんなスバルに、一段温度の下がった声がかかった。
「──それはそれとして、だ」
「……おん?」
「ナツキスバル」
「お、おお?」
「──よくも私を庇って重傷を負ってくれたな?」
「あ、あれ? ホムラ? ホムラさん? 何か後ろに般若が見えるのですが……!」
「私がどれだけ心配したと思っている! この愚か者!」
「い、いやっ! さっきは格好よかったって!」
「問答無用! ギルティだ! 天誅!」
「どわぁ!やめろぉ!こっちにくるなぁぁ!」
「はい! 二人ともやめ!」
凛とした鈴の音のような声が響いた。
その美しい声音に、二人の動きが止まった。
否、止められた。
周囲には動いたら容赦なくぶつけると言わんばかりに氷柱が浮かんでいる。
「二人とも! 病み上がりで動きまらわない! また傷が開かないとも限らないんだから。ほら、ベッドに戻って布団を被る!」
「お袋かお前は」
「え、エミリアたん……」
「……たん? ううん、とにかく、二人とも無事でよかったわ。ほんと、死んじゃうかと思って、すごーく、すごーく心配したんだから……」
「え、エミリアたん! 会って間もない俺のことをそんなに心配してくれるなんて! くそっ、俺はなんちゅう罰当たりな!」
「本当にな」
「もう! ホムラもよ!」
──その時、再び一陣の風が吹いた。
短くなったホムラの髪が靡き、その影に隠れていた耳が露わになった。
「──ぇ?」
「私の心配をしていたのか?」
「そう、だけど……あの、ホムラ……?」
「ん、どうかしたか?」
「あの、えっと、その、耳………」
「……? ──ああ、髪が縮れたからか。そうだ、見てわかる通り──私はエルフだ。お前と同じな」
「え、ぇぇぇぇ!!」
「えぇぇぇぇ!!」
「なんだ、そんなに驚くことか?」
「え、エルフってそんなたくさんいるものなのか!?」
「い、いないはずよ……だって……だって、私の村の人、たちは……あの森以外にもエルフが……?」
「お前の村がどうかは知らんが、私は父親も母親も知らんのでな。知恵は貸してやれん」
「……そう、なの。そっか。ごめんね、急に取り乱して」
「別にいい、慣れているからな。だからこそ隠していたわけであるし」
「ほぇぇ、この空間の三分のニがエルフだなんて美女成分増し増しだな! これは俺にも美人が移っちまう可能性が!」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」
「んー辛辣!」
「自業自得だろう。すかぽんたん」
「すかぽんたんって、今日日聞かねぇな」
「ふふ」
「はは」
「………」
……それから、少しの静寂を挟んで。
再び静かで穏やかな風が病室に差し込んだ。
温かく照らすような日の光が部屋を満たしている。
その静けさは決して不快なものではなく、むしろ会話などなくとも居心地の良い空間だった。
そうして、暫くゆったりとしてから。
寝起きのほとぼりも冷めたところで、スバルが口を開いた。
「あの後、何があったんだ?」
「そんなの私が知りたいくらいだ。そもそも、ここはどこだ?」
「そっか、まずはその説明からしないとよね。えっと、ここはね……」
『──だぁぁ!! はーなーせー!』
寝起きの興奮が冷め、何があったかの情報の擦り合わせが始まろうとした時、隣の部屋から何やら怪しげな声が聞こえてきたのだった。
◆◇◆
ほとぼり、ね。