番外編
書きたいこと強引に詰め込んだから色々変かも。
ああ、いつものことだった。
「──また会いましょう」
時は少し遡り、そこには治癒せぬ執念の炎に身を蝕まれた女がいた。
片腕を垂れ下げ、気だるそうにした女の頬はしかし、上気に歪んでいる。
いつもならすぐに治るはずの傷は決して治ることなく、じくじくとした痛みを彼女に与え続けている。
それは言うなれば『呪い』だ。絶対に逃がさないという執念が炎に宿り結実した火傷。
それを──愛おしそうに撫でて彼女はそう告げた。
「あぁ……素敵……!」
感動に打ち震えるようにぶるりを身を捩り、頬を染めるイカれた女──エルザ・グランヒルテ。
その顔の半分が焼き爛れていて、片目は開いていない。
痣のように彼女の美しい顔を覆っている。
されど、それでいてなお妖艶に微笑む彼女は美しかった。
彼女にとって、『腸』とその『温もり』こそがすべてだった。
それはあるいは彼女の『信念』とも呼べるもの。彼女にとっての正義、正解、常道。
人の腹を切り裂き、切り開き、血を浴び、温もりを得る。それ以上の至福を彼女は知らない。
遥か昔、初めて腸を切り開いた時の感触を、彼女は覚えている。
──否、忘れられないのだ。
──あたたかい。
エルザは腑が好きだ。
それと同じくらい戦いが好きだ。
飛び交う血が好きだ。肉を切る感触が好きだ。
エルザは自分がまともでないことを知っている。
常識を理解していながら、されど己の情欲を優先するからこそ彼女は狂人足り得る。
彼女は生きるということからズレた──人を殺すこと、そしてその腑を切り開くことでしか満たされない凶人である。
エルザはその温かさに、ずっと昔から囚われている。
それは呪いを受けるよりも前のこと。ずっとずっと、忘れられぬ過去の残影。人の温もり。その温もりは魔性。その熱は命そのもの。
包まれる幸福を幼き少女は知った。決して得られることのなかった人の温もり。
それは奇しくも人の死によって得られるものだった。それに触れたあの時から、少女の願いは変わっていない。
──包まれたい。それは抱擁だった。それは愛憎だった。雪いでも洗い流しても決して取れぬ、取れないでいてくれる愛の証。冷たく冷たく凍える心を、体を、私という命を包む赤色のベール。
彼女はその時に理解したのだ。
温もりを得るには、努力しなければならないのだと。
受け身ではいけないのだ。一歩踏み出し、『
刃を振るえば、またあの時の感触を感じられると至極当然に考えた。
『あはっ、あはははは!』
彼女は斬った。斬って、斬って、遍く腹を切り裂いた。
強い者、弱い者、悪者、善者、子供から老人まで。
その刃には躊躇がなく、その『執念』には曇りはなかった。
それは、『母』となるモノと出会った後も変わらなかった。
彼女は何者にも影響されず、ただ一心に過去の残滓を追い求めた。
すべては、『温もり』を得らんが為。
──しかし今宵、その『温もり』が塗り替えられた。
それは『温もり』ではなく、『熱』。
包み込むような温かさではなく、激しく嬲るような熱。
激しい烈火の如き怒りを感じた。
化け物となったこの身すら逃さぬ程の『
避けても避けても逃がさぬとばかりの『
どこにいようとこの身を覆う『
その執着。その怒り。何者にも代わらぬ唯一無二の狂熱。
「素敵だった。あなたの命を費やした炎、とっても感じたわぁ……」
その瞳には、ぼろぼろになって目前に倒れ伏している少女だけを写していた。
あるいははーとまーくでも浮かんでいたかもしれない。
狂気の沙汰だ。
口の端に自然と手が触れる。
そこにはもう血は残っていない。
すべて彼女の炎で蒸発してしまったからだ。
しかし、そこをちろっと舐めとれば微かの残った鉄の味を感じた。
彼女の血。首筋に噛みつき、血を啜った。まるでお伽噺の吸血鬼の如く。
「吸血鬼……今の私に相応しい化物の名前ね」
今まで幾度となく血を舐めるようなことはあったが、彼女の血は別格だった。舌に触れた瞬間に弾けるような痛みが走る。ぴりっと刺激が走り、徐々に『熱』が溢れ出してくる。
噛めば噛むほどに『熱』が増していく。
まるで彼女の身体そのものが『炎』でできているかのように。
もう一度味わいたい。そんな感情が脳裏に浮かぶ。
「そんな時間はなさそうね」
だが、エルザの感覚がここに近づいてきている者の存在を感じ取っていた。
残念だが、彼女を味わっている時間はなさそうだ。
口惜しい。本当に、心の底から勿体無いと感じる。
今すぐにでもその愛しい腸を切り開いてあげたい。
きっと、腹を開いた彼女の血を浴びたなら、それはきっと過去の『温もり』も、今日の『熱』すらも超えた──最高の悦びとなる。
そうエルザは直感した。
それが堪らなく心地よかった。
想像する。妄想する。脳裏に浮かぶ。
その赤は赤より紅く、その温もりは炎のように熱く、その勢いは生まれて初めて感じる乱暴な愛。
指先から焼けていく。肉の焼ける匂いがする。あまりの熱に眼球の水分が蒸発するだろう。整えた髪はチリチリと焼け焦げ、身を包む衣服が灰へと変わる。
彼女が真に己のすべてを捧げた時、きっと私は死ぬ。死ぬ、死ぬ、死ぬ。きっと耐えられない。耐えきれぬほどの紅蓮に包まれて、その少女の命を贄に生んだ炎に溺れ死ぬ。
──ああ、それはなんて素敵なのだろう。
今、この瞬間、エルザ・グランヒルテは彼女への好意を自覚した。人生で二度目の恋。エルザの身を包んだあの炎以上に、エルザは今恋に焦がれている。
──あなたの腑を見たい。あなたはどんな色をしているの。あなたはそこにどんなものを抱えているの。
脳の奥が熱く疼く。熱に浮かれる。どうしようもなく、未来が明るい。今すぐにでも暴れ散らかしたいほどの情動が脳裏を埋め尽くす。それは『希望』。今日を終え、明日に生きる人が本来持つべき正常な感情の発露。だが、それを彼女の冷静な本能が押さえつける。
彼女は浮かれない。彼女はどこまでも冷静に──狂っているのだから。
彼女はそれが普通でないことを知っている。
彼女は狂った感性をしているが、常識を理解していないわけではないのだ。
彼女は常識を理解していて、しかし理解されることを求めてはいない。
彼女は偏にただ過去に感じた代えがたい快楽に囚われているのだ。
それは呪い。それは信念。それは、彼女だけの『熱』。
彼女はただその一回の経験にすべてを塗り替えられてしまった。
彼女はもう戻れない。彼女はこれからより強い経験によって変わっていくのみだ。
「──また、会いましょう」
今は眠る想い人にエルザは告げる。
──今度はきっと、最後まで、
そう約束するように、その額に口づけた。
「ふふ、さようなら」
それを最後に彼女はその場を去った。
地を蹴り、屋根を渡り、気づけばどこにもいなくなっていた。
だが、彼女らが再会することは、きっとない。
◆◇◆
エルザ好き。これは本当にエルザなのかという自問自答を繰り返して、まぁいっかという結論に落ち着く我が怠惰を御許しください。