Re:ゼロからオリ為す異世界生活   作:萎える伸える

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『憂鬱の魔神』の短編バージョン:前編

◆◇◆

 

 

 ──生きるのってつらくない?

 

 

 生きる。『生きる』ってなんだろう。

 食べて(いただきます)寝て(おやすみなさい)起きて(おはようございます)を繰り返す日々。やりたいことも夢もなく、生きる為にはやりたくない仕事を一日中しなければならず、日がなお金の心配ばっかりして、未来に希望なんてなくて、でも絶望するほど不幸でもなくて、ただ漠然と無意味に呼吸するだけ、そこに意味なんてないし、誰も価値なんて見出さない。

 

 

 ──でも、死ぬのは怖い。

 

 

 死ぬ。『死ぬ』ってどんな感じなんだろ。苦しいだろうか。痛いだろうか。それって、生きるより辛いこと? わからない。だから怖い。わからないものは怖い。だから簡単に死ぬなんて決断はできない。俺はこんな無意味な人生を生きたくない。でも無意味に死にたいわけでもない。そう、結局はただの我儘だ。子供の癇癪。思い通りにいかない現実に嫌気が差したのだ。

 

 

 ──もう一度生きようなんてする奴は頭がおかしいね。

 

 

 転生。転移。それが異世界だろうが、過去だろうが関係ない。せっかく苦痛が終わったのに、生れ直そうなんてどうかしてる。それも記憶を引き継いでなんて、頭がおかしいとしか言いようがない。そんな奴は立派な『狂人』さ。

 

 

「──────」

 

 

 後ろ向きな男が独り言ちるだけの空間に、男とは異なるナニカの、言葉にならぬ声が響いた。

 

 

「……ん? ああ、ないよ。だから俺はこれからもずーっと、ここにいる」

 

「─────」

 

「………いや、そんなに嫌がることなくない? 一応善意なんだけど」

 

「────」

 

「役に立たない善意は悪意より(たち)が悪い? え、そんなに嫌?」

 

「────」

 

 

 言葉は聞こえない。しかし明確に拒絶されているのを感じる。傷つく。クラスメイトの女子に「きもい」って言われるくらい傷つく。致命傷だな。

 

 

「………とは言っても出られないしなぁ」

 

 

 そういって男は周囲を見渡した。

 

 ──何もない世界。黒、黒、黒。光はなく、希望はなく、息苦しくて、()()()()()()()()()()、瘴気に満ちた世界。あるのは絶望、諦観、未来永劫の真っ暗闇。しかし慣れたものだ。

 

 

「暇だねぇ」

 

「────」

 

「………そうだよねぇこんなところさっさと抜け出したいよね」

 

「────」

 

「え? 俺が出ていけば解決? え、そんな嫌い? 俺の事。俺といるよりこんなしみったれた寂しい場所に独りでいる方がいいの? 流石の俺も傷ついちゃうよ? いいの? ……なーんてな、嘘つけよツンデレちゃんめ」

 

「────」

 

「……あーツンデレはあれだよ。天邪鬼? というか、つんつんでれでれ、みたいな?」

 

「────」

 

 

 その一瞬、身体の痛みが和らいだ。

 

 

「あっ今笑ったでしょ!」

 

「────」

 

「嘘だね! 絶対笑ってたよ! 聞こえなくても感じるんだよ。ほら、君が拒絶すると俺にすっごい痛み走るじゃん? で、君が笑うとそれが少しだけ和らぐんだよね」

 

「────」

 

「え、大丈夫だよ。全然苦しくないって、なに、心配してくれるの?」

  

「────」

 

「あー、痛い。超痛い。君の拒絶をビシビシ感じる。痛ぇ」

 

 

 それっきり、彼女は反応してくれなくなった。嫌われてしまっただろうか。まぁ、嫌われても離れることもできないし、気まずくなるだけだ。いや大問題だな。こんな狭い場所で気まずいとかやってられない。ただでさえ息苦しいのに、こんなんじゃそのうち呼吸できなくなっちゃうよ。

 

 

「………うーん、暇だなぁ……。もう()()は経ったかな。それともまだ十数年? ここが外と同じ時間経過とも限らないしな……………はぁ、生きるって、つらいね。長生きすればいいってもんじゃない。だけどいざ死ぬってなると、怖いよな。そんで死なないってのも楽じゃない。でも………孤独はもっとつらい」

 

「……………」

 

「うん。だから()()、俺はここにいる。……()が来るまでは」

 

「……………」

 

 

 彼女は何も言わない。だが理解している。男はただ純粋に彼女の為を思ってここにいた。彼女以外には地獄でしかないこの場所に、ただの善意で。それが実際彼女の為になっているかは置いておいて。お人好しを通り越して狂人のそれだ。

 そうして、男が()の来訪と共に消えてなくなろうとしていることも、彼女は理解していた。ただ、彼女の孤独を少しでも癒したいと願って、それが男にできる唯一の罪滅ぼしだったから。どれだけ言い繕っても、所詮は自業自得の自己満足の所業だ。褒められるものではない。

 

 

「………あ、そうだ、────?────!」

 

 

 男は何かを思いついた様子で、手のひらを拳でぽんっと打った。と言っても手も肉体もあやふやで曖昧で覚束ないけれど。そのまま何かを言っている。聞き取れないが、何を言っているのかはわかる。

 

「────」

 

 意味のない善意ではあるけれど、話ぐらいは聞いてあげてもいいかもしれない、そう彼女は思った。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 ──胸を満たすのは深い、深い、『絶望』だった。

 

 

 男がいた。何の変哲もない男。どこにでもいるような普通の男。男は立ち尽くしていた。立ち尽くし、目を閉じ、時を待っていた。周辺には誰も居らず、周囲を満たすのは冷たい空気だけだった。

 すると、

 

 

「……俺は七星 憂(ななほし ゆう)

 

 

 男は忽然と自己紹介を始めた。

 続けて、

 

 

「今から………──飛び降ります」

 

 

 地上から遥か上方、日本の高層ビル、その屋上にて男はそう言い放った。

 雨の降りしきる夜の街に、スマホの落ちる音が響いた。

 

 

 

◆◇◆

 

 夢を見た。

 ずっと昔の話。

 子供は、ヒーローになりたかった。

 

◆◇◆

 

 

 

 目が、覚めてしまった。

 

 

「………なんで」

 

 

 あり得ない起床。二度と来ないはずの朝。

 七星憂は見知らぬ天井をその目に収めた。

 

 ──俺は確かに飛び降りたはずだ。なのに──

 

 彼は目覚めと共に思考の渦に囚われ──なかった。

 

 

「──大丈夫ですか?」

 

 

 風が囁いた。微風(そよかぜ)のように柔らかく軽やかな声音。聴くものを優しく包み込み、安心と余裕を与える不思議な声。

 しかし突然の声に聴きいる余裕もなく、安心を驚愕が上回った。

 

 

「──ッ」

 

 

 咄嗟に振り向くと、そこには──。 

 

 

「私は──クルシュ・カルステンと申します」

 

「────」

 

 

 その貴き響きが、憂の胸を穿った。

 その衝撃は、甘く、熱く、しかしどこか心地よく、爽やかだった。この人からあの声が出たのだと確信させる気配、振る舞い、所作。未だ幼げな様相にしてあまりに美しく、まるで一枚の絵画のような尊い光景。

 

 そんな非現実的な現実を前に衝撃冷めやらぬ憂を放って、彼女は言った。

 

 

「あなたのお名前は?」

 

「……憂」

 

「ふふ、そうですか。よろしくお願いしますね」

 

 

 ──ユウ。

 

 

「───」

 

 

 久しく呼ばれることのなかった名前。自分の名前。

 

 ──そうだ、俺は──

 

 『名前』、それは己の生きた証。それは己の存在証明。

 

 ──俺の名前は、憂だ。

 

 名前には想いが込められている。

 敬愛する両親に与えられた、唯一無二の名前。

 

 ──だから──

 

 

「……どうかしましたか?」 

 

「…いえ………ただ──」

 

 

 ただ、心に浮かんだ言葉を口にする。

 

 

 ──俺が、あなたを守ります──

 

 

「えっ?」

 

 

 憂は決めた。己の名に恥じぬ為に。

 でも、それだけじゃない。

 あなたを守りたいと思えたのは、きっと、

 

 

 ──あなたが、似ていたから。

 

 

 

◆◇◆

 

 夢を見た。

 クルシュが王になる夢。

 子供が大人になる夢。

 

 そう。それは所詮──夢でしかなかった。

 

◆◇◆

 

 

 

「は?」

 

 

 理解ができなかった。

 納得がいかなかった。

 わけがわからなかった。

 

 

 憂は彼女を守る為、己を鍛えた。

 土台も何もないところから一年一年積み重ねて、親交を深めて、少しずつ鍛錬を積んだ。

 

 そうしてあっという間に『五年』が経った。

 クルシュ様、フェリス、領主様、騎士仲間のみんな、執事さん、メイドのみんな。憂には大事な『家族』ができた。今は、クルシュだけじゃない。

 守りたい。守るべき大切な人たちがいる。

 

 そんな人たちが、今、

 

 

「──貴様は何者だ」

 

 

 領主様が言った。クルシュ様の御父上。

 俺にとっても、父親みたいな人だった。

 

 

「……領主、さま……? なに、言ってるんですか、俺ですよ、おれ、ゆう………」

 

「──貴様の顔に覚えなどない。貴様はいったい何処の手の者だ」

 

「……えっ? なんで……み、みんなも……っ黙ってないで、なんとか言ってくれよ……なぁ……?」

 

 

 領主様は怒りの形相で憂を睨みつける。

 その視線から逃げるように、周囲を囲んでいる使用人のみんなに問いかけた。

 

 

「アナっ、エマっ、マリィっ……なぁっ!?」

 

「っどうしてあたしたちの名前をっ」

 

「あなたなんて、知らない」

 

「気やすく呼ばないでっ」

 

 縋る言葉は拒絶で返された。

 

「──っ」

 

 胸が、苦しい。

 正常な呼吸もままならず、過呼吸になる憂。

 

 そんな時、見つけた。

 執事の後ろに隠れているその人を、

 

 

「クルシュさま──っ!」

 

 

 それは、最後の希望だった。

 彼女には『加護』がある。

 

 ──だから、だからきっと……っ

 

 

 

「ひっ………あなた──誰」

 

 

 

「───」

 

 その一言は、憂の心を折るには十分だった。

 

 それは人生で二度目の絶望だった。

 

 

◆◇◆

 

 クルシュたちと過ごした時間は泡沫の夢と化した。

 

 憎い。憎い。──妬ましい。

 許せない。絶対に赦さない。──嫉妬の魔女。

 

◆◇◆

 

 

『──出ていけ』

 

 

 憂は、五年過ごした屋敷を、共に暮らした家族を、失った。

 

 『絶望』、それは信仰の喪失。

 生きる上で信じるべき対象を見失うこと。

 信じるモノのない人生に、生きる意味はない。

 

 ──だから──

 

「───」 

 

 憂はその手にナイフを持ち、己の喉仏に向けた。

 絶望は彼の瞳から光を奪い、その心を憂鬱で染め、思考を縛り視野を狭め自暴自棄へと貶める。憂は理不尽で最悪な運命を変える為、一縷の望みに縋ろうとしていた。

 しかし、

 

『──一度だけよ』

 

 リフレインするのは絶望の言葉。

 憂がみんなに忘れられて、この世界で生きた時間まで消えてなくなった原因。それはあるいは善意であったのかもしれない。しかし、こんなことになるのなら戻らない方が遥かにマシだった。みんなに、クルシュに、あんな目で見られるくらいなら死んだほうがマシだ。

 

「……どうでもいい………もう、どうでも、いい……」

 

 しかし、それすらも関係なかった。もう、憂は諦めていた。もともと、捨てた命だったのだ。何の因果か大好きなリゼロという作品の世界に来たからと無駄に足掻いたのがいけなかったのだ。それは『罪』。憂はこの世界の異物であり異端。生きていてはいけなかったのだ。

 

 憂は絶望し、憂鬱に蝕まれ、その(まなじり)から一筋の雫を流して、そうして再びナイフを構え──。

 

 

 

『──ゆう』

 

 

 

「……っ」

 

 

 ──声が聞こえた。

 幼い声。愛嬌のある声音。

 この世界に来て初めてできた『友達』の呼び声。

 

 

「………ふぇりす」

 

 

 それは幻聴。幻覚。憂のうちに残る生存本能が聞かせた呪いの声。死なせまいとする無駄な足掻き。大切な人の声。それが、まだ信じるべき人がいることを教えていた。

 

 まだ、『希望』があった。

 

 

「……助け、ないと」

 

 

 ──救わないと──

 

 信じるモノがある限り、憂に足を止めることは許されない。守らなければいけない。救わなければいけない。

 

 それがありもしない希望だと、憂もきっとわかっていた。

 

 

 

◆◇◆

 

 夢を見た。

 ずっと昔の夢。

 男には好きな人がいた。

 

 男は、その好きな人を──殺した。

 

◆◇◆

 

 

 

「……フェリス──助けに来たよ」

 

 

 おどろおどろしい地下牢にて、憂はそう告げた。

 そこはカルステン領──アーガイル邸の地下。フェリスの実家である。 

 そこで、憂は『彼』と再会を果たした。

 

 

「……ふぇりす、って、なに……?」

 

 

 黒く、黒く、汚れと垢で埋め尽くされた子供は聞いた。

 子供、フェリスは虐待を受けていた。彼は知らない。己の名も、自分が誰かも、知るはずがない。

 しかし憂には関係なかった。

 

 彼にとって大事なのは、『彼』が『彼』であること──それだけなのだから。 

 

 だから、憂は彼を助けに来たのだ。いいや、ともすれば憂は彼に助けられに来たのかもしれない。未だ小さく何も知らない子供に希望を求めて縋りつきに来たのだ。助けたいという気持ちに嘘はない。しかし彼は憂の助けたい彼ではない。

 

 それでも、憂は手を差し伸べた。

 

「………」

 

 フェリスは警戒している。当然だ。誰とも知らぬ男が急に表れて助けに来たというのだ。疑い警戒して然るべきだろう。それに、フェリスは虐待を受けているのだ。他人なんて信用しない。信じられるはずがない。

 

 しばらく反応がなく、無理やりにでも連れ出すしかないかと憂が考え始めたその時、彼はその手を掴んだ。

 

 掴んでくれた。安心した。安心し、これからのことを思い浮かべようとした。

 ──だが、彼が手を握った、その途端──

 

 

「──ッ」

 

 

 ──心臓が跳ねた。

 

 

「ッッッあ゛グあああああぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 

 血が沸騰する感覚を、憂は初めて味わうこととなった。 

 

 視界が突然激しく明滅する。人体において最も水分含有量の多い眼球が破裂したのだ。憂の視界が暗闇に包まれた。劇痛、劇痛、劇痛。しかし、意識は消失せず、延々と苦悶を感じ続ける。

 

 ──痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛たいたいたいたいたいたい。

 

 憂は五体を無様に放り出し滅茶苦茶な痙攣と共に暴れさせる。身体は言うことを聞かず、心臓が暴走し、胃が逆流し、内臓が腐していく。肉を巡る鮮血が全身を切り刻んでいる。

 息もできず、目は消滅し、鼻は血で詰まり、耳からは気色の悪い感触がする。

 

 一瞬にして、憂は死を余儀なくされた。

 

 

 あまりの劇痛、嘔気、ありとあらゆる不快感に苛まれて、まともに思考もできない。それは痛くて、つらくて、苦しくて………だが──。

 

 

「………おぶっ」

 

 声は言葉にならず、ただ逆流した血の混じった胃液を吐くだけに終わった。それでも言葉以上に憂は目で語る。その目が、何を言いたいのか、彼の伝えたいことを如実に表していた。

 その目がありったけの思いを込めて、フェリスを見る。

 

 ──どう、して。

 

 信じていたのに。裏切られた。裏切った。

 どれだけの劇痛だろうと、尋常ではない不快感だろうと、それこそ『死』でさえも──信じていた相手に裏切られる心の痛みに比べれば、きっと些細なものだった。

 

 

「ひっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」

 

 

 怨嗟に似た思いの籠った瞳を向けられて、フェリスは顔を両手で覆い、懺悔した。何度も、何度も、何度も、壊れたラジカセのように謝罪を繰り返す。どうにもまともな様子ではない。

 

 その様子を見て、フェリスの状態を見誤っていたかと、憂は死に体で思考した。謝ってほしいわけじゃない。しかし、どうやらフェリスの意思ではないようだった。力の暴走? 違う。フェリスの意思ではない、しかし攻撃したのはフェリス、それは確かだ。

 憂はそう推理した。もう死にゆく寸前に、そんなことを考えても意味などないというのに、脳は死ぬギリギリまで思考を続けて、そうしてその推測が示すところは──。

 

 憂は限界に達し、意識を失う。

 ──その刹那に、憂は聞いた。

 

 

 ──待ってたよ。

 

 

 何者かの足音と、感情のないその声音を。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「目が、覚めたか?」

 

 

 最悪の目覚めは最悪の邂逅で始まった。

 憂は狂気を宿した()()()()()

 

 

「……は? ……誰だ、お前」

 

「………はぁ………これだから……」

 

 

 呆然と、寝ぼけたままに思ったことそのままを口に出した憂。それに対して憂と額がくっつくほど顔を近づけていた男は顔を引きながら盛大に溜息を吐いた。それは憂に対する呆れであり、少しでも期待した自身への呆れでもあった。

 そして、

 

 

「……──これだから下民はッ!!」

 

「はっ? ッッッあアアアあああああああああああああああああア!!!!!」

 

 

 脳内を『痛』という文字が埋め尽くした。

 痛い痛い痛い。それは熱か。恐怖か。恐慌か。憂にはわからなかった。ただ、ただ、痛い。

 

 憂は──手の甲を鋭利なナイフで突き刺された。

 ナイフは容易に掌を貫通し、だくだくと血が溢れ出している。

 

「………ッはぁっはっはぁっひっひゅっ」

 

 勝手に涙が溢れ出し、心臓がドクドクと痛むほど強く鼓動し、まるで呼吸の仕方を忘れたようにまともに息ができない。苦しい。痛い。苦しい。驚愕、劇痛、不理解が脳を満たし、思考もままならない。

 そんな憂を無視して、男は告げた。

 

 

「──私はビーン・アーガイル。この屋敷の当主である。下民…──貴様は何者だ」

 

 

 貴族風の中年はビーンと名乗った。しかし重要なのはそこではない。『アーガイル』、それは憂の侵入した屋敷の名前であり、フェリスの名字である。

 それが意味するところは──、

 

「………はっはっ……おまえ、が、ふぇりすの、父親……?」

 

「………フェリス? ──誰だそれは。──ほう、そうかそうか、私を謀っているのだな。繁殖することしか能のない畜生風情がッ!! この私をッ!」

 

 男は再びナイフを振り上げ、躊躇いなく憂の腕を貫いた。

 より強い劇痛が憂を襲う。

 

「あ゛あああああああああああああああああああああああ!!!があ゛ああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 刺したナイフを出鱈目に動かしては肉が裂け、肉が削げ、肉が抉られていく。先ほどとは比べ物にならない痛み。瞬間的な痛みよりも、遥かに恐ろしい連続する痛み、継続する痛み、終わらぬ痛み。

 

 ──イタイイタイイタイイタイ。

 

 目は充血し血涙を流し、奥歯が砕けるほど歯を食いしばって男を睨みつける。

 

 ──殺してやるッッッ!!!

 

 そう殺意を込めて身体を暴れさせるも、藻掻くだけに終わる。

 自分の行動を妨げるものを血走った目で見る憂。そこにあるのは鋼鉄の拘束。憂は椅子に座らされていて、その手掛に両手を括りつけられていた。無理に動かそうとしてもどうにもならず、ユウは怒りのままに叫ぶことしかできない。

 

「ァ゛アアアアアッ!!!」

 

 ガダン、ガダン、ガダン、と凄まじい音が響くも拘束が解けることはなく、憂にできることはなかった。──否、まだできることがある。

 

「──『アルフーラ(死ね)』ッ!!!」

 

 漆黒の殺意を込めて五年の鍛錬で身に着けた魔法を唱えた。

 だが──しーん、と何も起こることはなかった。

 

「──馬鹿め。貴様を拘束している拘束具は魔法の行使を妨げる特製品だ。私がそんな手緩いミスをするとでも思ったか、愚か者が。貴様如きには勿体ない高級な品だ。感謝することだな」

 

 何を言っているのか、何一つ理解できない。意味が分からない。死ね、死ね、死ね死ね死ね。思考が殺意で埋め尽くされていた。

 

「──貴様は何者だ。なぜ我が屋敷に侵入した」

 

 再び、男は憂に問う。

 

「───」

 

 しかし憂は答えない。男を睨むばかりだ。

 痛みも絶望もその目には写っておらず、それらを遥かに上回る烈火の如き怒りがそこにはあった。

 憂には現状を挽回する手はもうなく、しかし未だ残りむしろ高まり続けている意地のみで抗っていた。

 

「──なんだその眼つきは。どうやら身の程というものを知らぬようだな。──いいだろう。ならば気が済むまで付き合ってやろうじゃないか。いつまで持つか見ものだな、下民」

 

 

 地獄が始まった。

 

 

◆◇◆

 

 夢を見ていた。

 幸せな異世界生活。望んだ未来。

 

 そして、夢から覚めた。

 現実は、ただの地獄だった。

 

◆◇◆

 

 

 

 質の悪い夢などという可能性は儚く散り、それからも拷問は続いた。

 

 

 ゆっくり、じわじわと爪を毟り皮を剝ぎ精神的苦痛を与える爪剥ぎを受けた。背中の肉を抉り背骨を露出させる鞭打ちを受けた。特殊な器具で腕を縛り出鱈目に動かせば肩は外れ、骨は折れ、肉は断裂し、腕はぐしゃぐしゃになった。両腕を縛りただ引っ張る、ちょっとずつちょっとずつ皮が伸び、筋肉が千切れ、腕が引き千切れる苦痛を味わった。ガリガリガリガリガリガリと指先からゆっくりと鑢掛けしていく、皮が裂け、血が滲み、肉がミンチになり、骨が粉微塵になる恐怖。痛くて痛くて痛くて。手に腕に腹に足に石を置き、土魔法でだんだんと重くしていく、手が潰れ足が潰れ腕が潰れ、最後まで腹が潰れない。胃の中身を吐いて血反吐を吐いて、自分の意思とは関係なく脱糞して睾丸がゆっくりと潰れていくのを感じる。風魔法で空気を刃にして息を吸うだけで舌が切れ喉が切れ肺に穴が開く、それでも呼吸はやめられないからまた呼吸して、また傷ついて、自分で自分を傷つける。

 

 

 終わらない終わらない地獄の時間。

 

 何度も何度も死ぬほど繰り返す。だが死ねない。死ねやしない。──回復魔法がすべてを癒す。死ねない死ねない。死なせてもらえない。舌を噛んでも何をしても死なせてもらえない。終わらない終わらない、終わりが来ない。

 

 一日、二日、三日。十日、二十日、三十日。

 

 すでに一か月が過ぎていた。

 

 

 ──名前も、目的も、三日目には吐いていたのに。

 

 

「──もう吐いた! 全部吐いた! 俺はもう何も知らない! 知らないんだ! もう、吐いたのに。──なんでこんなことするんだ。なんで、なんで、なんで! 俺はどうすればいいんだ! 俺にどうしろって言うんだ! 何を言えばいい! どうしたら、なんで、殺してくれないんだ! 俺のことが憎いんだろ!? なぁ!? だからこんなことするんだ! そうなんだろ!? 俺が悪かったから、俺が全部悪いから! だから──ッ!!」 

 

 

 憂はもう何もかもを諦めていた。プライドも救うことも助かることも諦めて、そうやってせめて心だけは守ろうと必死に、そうまだ足掻いている。まだ折れていない。まだ、まだ、まだ。希望は残っている。まだ希望が残ってしまっていた。だから──。

 

 

『──お前のことなどどうでもいい』

 

 

 しかし、狂気はどこまでも、憂の心を徹底的に握り砕こうとする。どうでもいい、どうでもいい、どうでも、いい。それは無関心。それは理不尽。それは狂気の悦楽。男に大義などありはせず、故に憂に救いはない。

 

 

『私は悲鳴が聞きたいだけだ。お前の苦しむ姿を見たいだけだ。もっと苦しめ、もっと痛がれ、苦痛に泣き叫べ! 悲痛に泣き喚け! 心痛に悶え苦しめ! 無様にみっともなく豚畜生のように藻掻き苦しんで命乞いの一つでもしてみせろッ!! そうだ! もっと、もっとだ! もっと、もっと、もっと──ッ!!!』

 

 

 ──いかれてる。

 ──いかれてるよ。

 ──俺も、お前も、この世界も。

 

 

 現実という地獄の底に、救いの糸などありはしない。

 

 

 

◆◇◆

 

『お前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は』

 

◆◇◆

 

 

 二年の時が過ぎた。

 

 

 そして、そこには未だ椅子に座り続ける一人の男がいた。

 器は壊され中身は腐りきり魂までも穢された。しかし未だに生きている。五百じゃ効かない地獄の歳月を超えて、それでも生きている。しかし生きているだけ、そこに思考はなく、想いはなく、心はなく、ただの抜け殻でしかない。使い潰された玩具がそこにあるだけだった。

 

 

「────」

 

 

 そこには眼がなく耳がなく鼻がなく歯がなく舌がない、あるのは白く染まった頭髪だけ。もはや人間というより肉人形とでも言った方が近しいそれは、しかし生きている。これを生きているとするにはあまりに残酷な命。生まれて来ない方が幸せだっただろうと確信できる所業の末の姿だった。  

 

 しかし、実のところ拷問は既に終わっていた。もう彼は用済みだった。使い終わった玩具は捨てられることもなく放置されるだけ。凄まじい飢餓と飢渇に襲われつつも今まで受けてきた虐遇に比べれば快楽ですらあった。息をするだけで幸せ。何もないだけで幸せ。生きているだけで、ああ、幸せ──そんなわけはない。

 

 一刻も早く死にたかった。

 

 ──死にたい死にたい死にたい死にたい殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ早く俺を殺せ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死──

 

 それは思考ではなく本能。心ではなくシステム。魔に堕ちたモノの最後の望み、それは希望。それは幸福。それは解放。それは快楽。それは自由。それは夢。それは──。

 

 

 トン

 

 

 特徴的な音が響いた。憂には聞こえないそれは固い地を踏む高級な靴の音。何者かの足音。また、また、また、またまたまたまたまた来る。終わったのに、また、また、来る。始まる。終わる。終われない。またまたまた、聞こえない、聞こえない、聞きたくなどない。知らない。思考なんてしてない。心なんてない。知らないしラナイ。

 

 

 トン……トン……トン……コン………ギィィィィィィ

 

 

 何者かが、男のいる牢獄の扉を開いた。それは大量の血で錆びつき鍵などていを為しておらず、誰でも容易に開閉できる。故にあの男でない可能性もある。ともすればあの女かもしれない。

 

 そして、何者かは言った。 

 

 

「──私はクルシュ・カルステン──助けに来たぞ」

 

 

 そう──呪い(救い)の一言を。

 

 

「……無事、ではなさそうだな。しかしまだ生きている」

 

 

 クルシュにはそれが分かった。クルシュには『風見の加護』があるから。

 『風見の加護』は人の魂の揺らぎによって起こる風を読む力だ。彼女に嘘を吐こうとすれば容易に看破される。嘘だけではない、魂の揺らぎは心の揺らぎ、彼女には感情も体調もある程度の思考さえも見えてしまう。そうして彼女には憂の魂の揺らぎも見えていた。それは未だ生きている証だ。

 

 

「……これは」

 

 

 そうして近づけばわかる、齢十数歳の淑女が見るには凄惨な男の姿。

 しかし、

 

 

「……──よく耐えた。もう大丈夫だ」

 

 

 彼女は引かない。めげない。挫けない。

 彼女の瞳はそれぐらいのことでは陰らない。その眼差しを逸らすこともなく、男の受けた非道を想像して義憤を募らせる。あまりに高潔な魂、気高い人品、その尊き志。

 だが、

 

 

「──ぁぁ。ぁあぁ!ぁぁあぁぁ!!!」

 

 

 壊れた人形にそんなことが理解できるはずもなく、男は身を暴れさせるばかりだ。

 そんな男に対して、クルシュは言う。

 

 

「……卿へのこれ以上の非道は私が許さない。卿を傷つけることはしない。だからどうか、私を信じて欲しい」

 

「……ぁ、ぁぁ」

 

 

 それは優しさではなく慈悲ではなく、示されるは意志。絶対に己を曲げぬ決意の宿った瞳。見えずとも伝わってくる。その声には不思議な力があって、声なんて聞こえない言葉なんて届かないのに、男の荒れ狂う心を静め身体から力を抜かせるだけの力があった。

 それを確認して、  

 

 

「……今、拘束を外そう」

 

 

 クルシュはゆっくりと憂へと近づいていき、

 

 

「……これは──っうぐッ」

 

 

 クルシュが何かに気づいたと同時に、何者かの手が彼女の喉元を掴み上げた。

 その手は、錆びつき役割を成していない鋼鉄の拘束を容易に外して吸い付くように彼女の首へと向かった。そう、その手とは──憂の手である。

 

 

「ぁあ、あぁ、ああア!!!」

 

 

 身体が勝手に動いた。腕、足、胴体、すべての拘束をぶち破って、クルシュへと襲い掛かる。それと同時に壊死したはずの肉体が急速に再生していく。眼が生え耳が生え鼻が生え歯が生え舌が生える。白く染まった頭髪も黒く黒く闇より黒く染まっていく。

 当然、壊れた脳も再生する。そうなれば肉体を制御できるようになるはず。

 

 しかし、現実は思い通りにいかない。身体が動かない。否、身体が言うことを聞かない。腕が勝手に動きクルシュを殺そうと尋常じゃない力を込めている。

 

 ──『殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ』

 

 脳に響き渡る奇怪な声。いや声というよりは思念。憂の肉体を勝手に動かし彼女を殺せと命令するナニカがいる。──憂の頭の中に。

 

 

「──何を、するッ!!」

 

 

 クルシュは咄嗟に腰に携えていた剣を抜き、その刃に風を纏わせて振るい、憂の腕を両断した。クルシュは解放され体勢を崩すことなく着地し、油断なく剣を構えている。

 

 

「ぐっ……どういうつもりだ!!」

 

 

 凄まじい剣幕で怒鳴りつける。当然だ。今、憂は確かにクルシュを殺そうとしたのだから。その本気の殺意をクルシュは加護を用いずとも読み取った。

 

 

「……あ……? ア、お、れ、は………。……おれ、なんで、わからない、なんでっうぐぁ──ッ」

 

 

 ──『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』

 

 

「あ゛ああっぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 再び、肉体が勝手に動き、クルシュに襲い掛かろうとする。

 

 片手で頭を押さえて、途轍もない頭痛を堪えようとしていた。『殺せ』その命令に抗おうとすると、凄まじい頭痛が憂を襲った。その上抗ってもまともに身体は制御できず、勢いを少しばかり減らすだけだ。

 その様子を見て訝しみ、クルシュは迎撃はせず避けることを選択した。

 

 

「……操られている、のか。勢いはそれほどじゃない、が──凄まじい再生力だ」

 

 

 クルシュが切り落としたはずの腕はすでに完治していた。あり得ない再生能力。例え希少な回復魔法を使おうとここまでのことはできない。何かしらの要因があるはずだ。だが、クルシュにはわからない。憂にだってわかっていないのだから。

 

 ──『殺せ』

 

 ──『殺せ!』

 

 ──『殺せ!!!!』

 

 

 ──煩いッ黙れ。

 

 

「ア゛……ガ……お、れ……」

 

「……抵抗しているのか」

 

 

 憂が死に物狂いで抵抗すると、肉体の動きが一時的に止まった。しかし、すぐにでも暴走しそうだった。動かないだけで精一杯。しかし、言わなければいけない。

 

 

「……おれ……おれ、を……──ころして、ください……」

 

「……なんだと──ッぐ──ッ」

 

 

 憂は憂にできる最大限の抵抗を行い、そして懇願した。己の死を。

 その願いに、クルシュは一瞬動きを止めてしまった。その隙を狙ったかのように、憂の抵抗を食い破ってナニカがクルシュを襲う。今度は両腕でクルシュの首を絞め、彼女の上に圧し掛かり抵抗を許さない。彼女が危険だ。

 

 

「ぐっあ゛っ」

 

「あっぁあ……っはやく、はやく、おれを……っ」

 

 

 彼女を殺す前に、自分を殺してくれと。そう懇願する。それは自分の命を守る為、仕方のないこと。例え剣が使えずとも彼女は魔法も使える。魔法には基本的に集中力を要し、首を絞められた状態で行使できるかと言われれば大半の魔法使いはできない。だが、彼女には風の加護が宿っている。彼女なら、この状態でも魔法を使える。彼女は大丈夫だ。

 

 

「ぐ……っだめ、だ……」

 

 

 しかし、彼女は魔法を行使しなかった。彼女は彼女の魂に誓って、己の領民を殺すようなことはしない。操られていようと、殺されかかっていようと、『殺す』という選択肢はないのだ。それは高潔、しかし馬鹿げている。それで死んでは元も子もない。

 

 彼女は、この国の王になる人だ。彼女はこの世界に必要な人間だ。彼女は、俺と違って、彼女は、俺が──。

 

 ──だから──お願いだから──。

 

 

「──『フーラ』」

 

 

 魔法が詠唱された。魔法は正常に発動し、宙に真空の刃が生成される。空気が可視化されるほど寄り集まって刃を成し、オドから生成されたマナが翠緑に色づいて空中へと溶けていく。

 そうして、その風の刃が、

 

 

「──がはっ」

 

 

 憂の喉元を掻き切った。首の動脈から凄い勢いで血が噴き出し、口からも大量の血を吐く憂。眼は充血し、脳に血が渡らなくなり、クルシュを喉を締めていた腕から力が抜ける。

 そう、彼女は首を絞められていた。故に、魔法を詠唱したのは──彼女じゃない。

 

 

「げほっ……なにをっ何を馬鹿なことをッ!」

 

「おぶ……っ…………」

 

 

 魔法を詠唱したのは──憂。彼は自分で自分の首を掻き切ったのだ。

 

 

「っ馬鹿者が、死ぬな!」

 

「…………」

 

 

 クルシュが必死に出血点を押さえつけるが、もう遅い。すでに致死量に足る血が流れ出てしまった。もうじき、憂は死ぬ。

 

 

「くっ私は……っ己の民すらッ」

 

「………………」

 

 

 悔恨を口にするクルシュ。その眦に涙を浮かべ、己の無力さを嘆いていた。

 憂は、その涙を見て、意識をやるギリギリのところで踏ん張った。言わなきゃいけないことが、たくさんある。

 

 

「………ぁ………ぁ」

 

 

 しかし、首を切ったのだ。当然話せるわけもない。憂は最後に言葉を残すことすら──。

 

 

「……──聞こえている」

 

 

 彼女の加護が、憂の心を読み取る。言葉がなくとも、彼女には、彼女だけには伝わる。

 それを理解し、憂は心の内を吐露する。

 

 

 ──ごめんなさい。

 ──約束、守れなくて。

 

「…………」

 

 

 クルシュには、わからない。理解できないのではなく、知らない。クルシュは男がどこの誰かも、約束が何なのかも知らない。しかし、男が本当に悔やんでいるのはわかった。言っていることはわからずとも、その想いは本気だった。

 

 

 ──ごめんなさい。

 

 ──ごめんなさい。

 

 ──ごめんなさい。

 

 

 それは、この世界に来てしまったこと。それは、殺そうとしてしまったこと。それは、役に立てなかったこと。それは、出会ってしまったこと。それは、それは、それは、ありとあらゆる謝罪が、そこにはあった。

 クルシュにはわからない。クルシュは知らない。それでも、謝りたい。謝りたいことがたくさんある。だって、憂にはお願いがあったから。

 

 

 ──フェリスを、あの子を、助けてあげてください。

 

 

 憂は、孤独に苦しみ、憂が怖がらせてしまった彼を、彼が、救われることを、最後に望んだ。それだけが、憂の願いだった。クルシュはフェリスというのが誰なのか知らない。わからない。クルシュはわかってあげられない。

 だが、

 

 

「──許す。クルシュ・カルステンの名において、卿を許そう。そして、必ずやその子を助け出そう」

 

 

 その琥珀の瞳に絶対の意志を込めて、クルシュは断言した。それは見る者を安心させる力強さをもっていた。故に、憂は安堵し、途端に意識が遠のいてゆく。必死に縋りついていた意識を手放した。

 

 落ちてゆく、落ちてゆく、そうして思考の底へと沈んでいく。瞳を閉じるその最後の瞬間に、人生で一番自由な時間に、憂は最後の力を振り絞って、

 

 

「…………──ありがとう

 

 

 己の口で、お礼を言った。

 そしてゆっくりと瞳は落ちて、憂は──死んだ。

 

 

◆◇◆

 

 死んだはずの憂は再び目を覚ました。

 しかし、まるですべては夢の出来事であったかのように、憂はこの世界での出会いも、経験も、『原作』さえも忘れていた。

 

 何もかもを忘れて、そうして、『運命の出会い』を果たした。それは救い。それは願い。それは──恋。

 

◆◇◆

 

 

 

 憂は目を覚ました。

 そこは見覚えのない場所で、血生臭く、息苦しい閉塞感のある部屋だった。

 

 脳内が「?」で埋め尽くされ、自分が今、どこにいて何がどうなっているのか理解できなかった。だが、わかることもある。それは──死ねなかった、ということ。憂は絶望した。

 

 そしてそこへ、更なる絶望がやってくる。

 堂々とした足音と共に貴族のような煌びやかな服装の中年男性がやってきて、突然、

 

「──お前は誰だ」

 

 そう質問してきたのだ。憂はしかしそれどころではなく、答えないまま時間が過ぎると、男は不意にナイフを取り出し、憂の手の甲を突き刺した。

 

「はっ?──ッ!…………あ?」

 

 だが──痛みは襲ってこなかった。

 そして──たちどころに傷口が塞がり、『再生』していった。

 

 ──は?

 

 ここが地獄かと何もかもを諦めようとしていた憂を、再び不理解が襲ったのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 それから何日も拷問擬きを受けた。

 しかしまるで自分の身体ではないかのように、痛みも心労も感じることはなかった。

 

◆◇◆

 

「ギィ──ッ!!!……────」

 

 そう突然奇声を上げたかと思うと、男は倒れ──死に至った。

 

 ──は?

 

 また、無理解が募った。

 

◆◇◆

 

 男が死んでも、牢獄から抜け出せることはなかった。

 頑丈な拘束が憂を縛り、憂はそのうち壮絶な飢餓感に襲われることになった。

 

 そうして、限界を迎えた憂は──己の腕を嚙み千切った。

 

 ──オイシイ。

 

◆◇◆

 

 

 

「────」

 

 

 憂は胸を穿つような途轍もない衝撃に苛まれていた。

 胸が火炙りにされているかのように熱く燃え滾り、心臓が壊れそうなほど脈打っている。

 頬からは予期せぬ涙が零れ落ち、その眦に宿る熱は甘く、甘く、どこまでも心地よい。快楽にも似た情動が心を満たした。

 

 

「──ないてるの?」

 

 

 そう言葉を発したのは脱出する道中にいた汚らしい子供だった。

 憂に残っていた日本人として最低限の良心が子供を見捨ててはいけないと囁いたために助けようと子供が起きるのを待った。そうして子供が目覚め、ひと悶着あったのち、握手した途端、憂は何も考えられなくなった。

 

 

「だいじょうぶ?」

 

 

 ──守らないと。

 

 その使命感が憂を突き動かした。憂は知らない。子供が誰かも、その名前も、何もかも。しかし、その言葉が、その姿が、そのすべてが──憂を救った。

 純粋に守りたいと、そう思わせた。この子と生きたい。この子を助けたい。その感情を抱いたのは人生で二度目、そう。それは──人生で二度目の『恋』だった。

 

 

「……もし、よかったら、俺と──」

 

 

 続く言葉は言えなかった。

 子供に気を取られていた憂は気づかなかった。背後に忍び寄る悪魔の、否──魔女の魔の手に。

 

 

「──ダメじゃないか」

 

「──ッは──っぐァぁあああああああ!!」

 

 

 第三者の声が響いた途端、憂の全身を凄まじい衝撃が襲い、脳が揺れ、心臓が止まり、筋肉が痙攣し、身体の支配権を失った。痛みを感じなかったはずの肉体はまるでその『痛み』に適応していないかのようにその攻撃に無力だった。

 気絶する間際に、憂はその襲撃者を見た。

 桃髪の挑発に、子供のような小さな身体、そして何の感情も籠っていない人形のような目。例えるならば、それは──。

 

 そして、子供を見て、決意する。

 

 

 ──俺が、必ず──

 ──守ってみせる──

 

 

 守りたい。この心が守れと、死なせるなと慟哭している。

 だから、

 

 

 ──今度こそ──

 

 

 そう自分に誓うのだ。

 

 

◆◇◆

 

 憂は死んでいなかった。憂には尋常ならざる肉体があったから。しかしそこに目をつけられた憂は『スピンクス』と名乗る魔女に管理され、『再生する肉体』『痛みを感じない身体』に様々な実験を施された。

 

 それは痛くて、辛くて、苦しい。

 しかし、そんなものはどうでもよかった。

 

 なぜなら、憂はフェリスと一緒にいられたから。

 憂は一人ではなかったから。

 

 “彼女”は“フェリス”と名乗った。

 憂は彼女と親交を深めた。

 

 あっという間に一年が経った。

 互いに極限状態の中、二人きりで過ごす時間は確かな親愛を二人の間に芽吹かせた。もはや親密というには相手を必要としていて、親愛というには相手を求めている二人。

 

 もうすぐ抜け出す算段が付く、そんな時に、魔女は二人を連れだしたのだった。

 

◆◇◆

 

 彼女とここを抜け出し、二人で暮らす。

 彼女と一緒に生きることを憂は夢見た。

 

 それは夢。それは希望。それは願い。

 それは絵空事、馬鹿な妄想、まさしく夢は夢でしかないのだと憂は知ることになる。

 

◆◇◆

 

 

 

「──あ゛……ぐぁ……ゅ………ぅ……」

 

 

 くぐもった苦悶の声が響いた。ヒキガエルの断末魔のような醜い音を響かせているのは愛しい彼女の喉笛だった。いつも憂に元気を与えてくれるその愛らしい声が今や見る影もなく不快な鼻濁音へと変わっていた。

 その原因は、

 

 

「──とま゛れッ! 止まれ゛! とまれ゛! 止゛ま゛れ──ッとま゛れ゛ェェェェェエエ!!!!!!!!」

 

 

 また、憂は己の手で大切な人を殺そうとしていた。

 

 ──止まらない!止まらないッ!!止まらないッッ!!!

 

 血涙を流し、歯を喰いしばり、骨を軋ませながら抗おうと全力を尽くしているのに、己の手、腕、肉体はまるで言うことを聞かず、想い人を殺そうとその首を絞める。

 

「あ゛ああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 人生で最大の叫び。それは無力な己への怒りでも理不尽な世界への歎きでもなく、それは不理解の果ての発狂。ただひたすらに狂ったように叫喚するだけ。

 

 ──どうして自分ばかりこんな目に。どうして自分はまた大切な人を自分の手で殺そうとしている。どうして世界は自分に想い人を殺させる。どうして、どうして、どうして。

 

 ──否。

 

 抗え、抗え、抗え。

 世界に、運命に、理不尽に。

 もう二度と傷つけないと誓ったんだろう。

 

 

 ──ギュウ

 

 

 音が響いた。

 

 

 ──だめ、だ。

 

 

 どれだけ足掻いても、どれだけ心の底から泣き叫んでも──止まらない。理不尽は理不尽であるが故に、抗うことを許さない。

 憂の手はフェリスの首を締め付け続ける。

 

 ──また。また。またまたまたまたまたまた、また。ああ、ああ、ああああああああ。

 

 死ぬ気で抗っているのに、身体は何一つ言うことを聞かない。それどころか壮絶な抵抗の結果、腕は裂け、穴という穴から血を流し、憂は死に体と化していた。

 それは罰。世界を介して結ばれた『契約』に抗おうとした罰であった。『契約』の不履行は、それによる罰則は憂の魂を縛り付ける。憂の肉体が崩壊せんとしているのはその代償であった。

 だが、それでも力は抜けなかった。己の手は彼女の首を掴んで離さない。

 

 ──憂の肉体が、崩壊した直後に()()していくからだ。

 

 憂を生かそうとする力がそこにあった。それがなかったのなら、憂は契約に抗い死ぬだけで済んだ。フェリスを殺すことはなかったはずだ。その力が、その特性が、その権利が、憂の罪業を証明する。

 

 それでも抗う。憂にはそれしかできない。想像を絶する痛みをその身に受けながら、肉体が崩壊と再生を繰り返す地獄に身を置きながら、それでも──。

 

 

「──死、なせ、ないっ! ぜったい……ぜったいに……死なせないっ! た、とえ、俺がッ! ──どうなってもッ!!」

 

 

 そう絶対の意志で、再生の力をねじ伏せる。再生するな。死ね、死ね、死ね、と。己に呪詛を吐きながら、己の死を受け入れようとする。

 

 ──ピキ

 

 憂の身体に──亀裂が入った。

 憂の意志が、憂の願いが、世界に届いた。

 肉体の再生を上回って、身体に亀裂が広がっていく。

 

 ──ああ……よかった。

 

 それを理解して憂は静かに安堵し微笑んだ。

 

 ──これで、いい。これで、フェリスは死なない。

 

 憂の全身に亀裂が入った。

 それは魂に罅が入ったということ。

 もう再生は間に合わない。

 

 憂は、死ぬ。

 

 あとはその目を閉じて、終わりを待つだけ…………

 

 

 

 ──しな、ないで。

 

 

 

 憂は頬に熱を感じた。

 すると、崩壊に傾いていた身体が温かさに包まれて──ゆっくりと回復していった。

 憂は呆然とすることしかできなかった。

 

 

「……なん、で」

 

「……いいよ。ゆうになら──ころされてもいい」

 

 

 そう言って、フェリスは儚げに微笑んだ。

 

 

「───」

 

 

 まるで時間が止まったように憂は感じた。

 思考が止まり、世界が止まる。それほどの衝撃だった。

 

 

「──嗚呼、美しい。君たちの想い合う心、君たちの互いへの愛、互いを守ろうとするその強欲は、この世の何よりも尊い。だが……無意味だ。己の無力を嘆くことはない。たかが人間に世界に抗うことなどできようはずもないのだから。君は彼女を殺し──そうして至るんだ。さあナナホシ・ユウ──『彼を殺せ』」

 

 

 この惨状を引き起こした張本人である醜悪な魔女が妄言を零す。そうして『契約』を用いて憂に彼女の殺害を命じる。至極不愉快な命令を。

 だが、憂の耳には届かなかった。

 否、憂は、もう何も、聞こえてはいなかった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 ──夢をもつことは傲慢か?

 ──理想を求めることは傲慢か?

 ──誰かを助けたいと願うことは傲慢か?

 

 

 それはそんなに罪深いことだろうか。

 ……ああ、きっとそうなのだろう。

 それはきっと驕りで、不遜で、人の身に余る大罪なのだろう。

 

 なら、

 

 

 ──あの子が夢をみるのは悪いことなのか?

 ──あの子が普通の暮らしをするのは罪なのか?

 ──あの子が救われることは、大罪なのか?

 

 

 なら俺は──だったら俺は罪人でいい。

 

 あの子を助けたいと思うこの気持ちが『傲慢』で『悪』で『許されざる大罪』だというのなら──ああ、それでいい。

 

 

 ──俺はその『傲慢』を受け入れる。

 

 

◆◇◆

 

 憂の中のナニカが膨れ上がった。膨れ上がり、膨張し、拡大し、抱擁する。

 世界の鎖に締め付けられ、崩壊寸前の憂の魂をその鎖ごと──さらに大きなナニカが飲み込んだ。

 

◆◇◆

 

 

「───」

 

 

 周囲は静寂に包まれていた。あれだけ叫んでいた少年も、悲願の成就を今か今かと待ち侘びていた魔女も、死を受けて入れ最後の時を待っていた少女も、誰もが一様に沈黙し、その動きを止めていた。

 

「……何が、起きた」

 

 そう沈黙を破り切り出したのは魔女だった。魔女はあり得ない光景に困惑していた。

 

 

「──『動くな』」

 

 

 逆らうことを許さない絶対者の戒言が響き渡った。

 

「……これ、は……ッ」

 

 故に、スピンクスは動きを封じられた。それは権利。それは絶対の支配。『傲慢』なる権能である。

 魔女の動きを封じた憂は、その手をゆっくりと離した。今までどれだけ抗おうとも微動だにしなかった自分の手が、今は粛々と従っている。そうして、その愛おしい喉元に触れて、命じた。

 

 

「『治れ』」

 

「……わ、ぁ」

 

 

 ただ一言そう唱えると、彼女の怪我が、痣が、すくすくと消えていく。それは回復魔法ではない。彼女の細胞、身体そのものに命令し活性化させているのだ。

 

 

「……フェリス……痛くない?」

 

「うん!」

 

「──よかった」

 

 

 先ほどまでの醜い声とは違い、いつも通りの可愛らしい声で彼女は答えた。それに安堵し、感嘆し、憂は彼女を抱きしめる。彼女のまた、ユウを抱きしめる。

 そこに、憂が願い求めた光景があった。

 そんな幸せな空間に水を差す存在がいた。

 

 

「──よく、ないッ、なにも、いいはずがないッ。君には、ワタシの悲願を、ッ!」

 

「──『黙れ』。……お前の願いなんてどうでもいい。お前がどうなろうと、どうでもいい。……でも、二度とフェリスを傷つけることはさせない。だから──『死ね』」

 

「ワタシ、は──ッ──ガ、ハッ」

 

 

 たった一言の言葉の刃で魔女は血反吐を吐いて地に付した。それからもう起きることはなく、二人を苦しめ続けた魔女はあっけなく死に至った。

 

 

「ユウっ!」

 

 

 決着がつき、意気揚々とフェリスはユウに抱き着いた。これからの生活を想像して、ずっと一緒に居られることを喜んで、喜色満面にして笑った。

 しかし、ユウに触れたフェリスは違和感を覚えて、その笑顔をひっこめた。

 

 

「……ユ、ウ?」

 

「──げふっ」

 

「──ユウ!? ユウっ!!」

 

 突然、ユウが血を吐いて崩れ落ちた。フェリスはその小さな体でなんとか支えようとしたものの力及ばずユウの身体は地に横たえた。

 倒れたユウを治そうと、フェリスは彼に回復魔法を施した。だが──。

 

「──なんで、なんでっ!!」

 

 ──治らない。それどころか、彼の身体はどんどん冷たくなっていき、次第に罅が入っていく。

 残念だが、彼の魂は限界を迎えた。否、とっくに限界を超えていたのだ。『契約』に抗い、壊れた魂を『傲慢』の力で無理やり取り繕っただけのはりぼてだった。

 そんな状態で三度、『権能』まで用いたのだ。必然、憂はもうもたなかった。もう、助からない。

 

 また、死ぬ。また、大切な人に悲しい思いをさせる。傲慢な最後を迎える。

 

 

「……ふぇり、す」

 

「ユウ、ユウっ! 治って、治ってよぉ!!」

 

 

 どれだけ力を注いでも、もう憂が治ることはない。それでも、涙を流して、一生懸命に回復魔法を掛け続ける。

 しかし、子供のマナなんてすぐに底をついてしまう。

 

「──っ」

 

 すぐさま、オドまでもを使おうとしたフェリスだったが──その手を憂が止めた。

 

「……フェリス」

 

「ユウっゆうッ死なないでっ! 一緒にいるって……いるってっ! 約束……!!」

 

 ──泣かないで。

 

「……ごめん、約束、守れなくて……ごめん、ごめんね……たくさん傷つけて……ごめん……」

 

 泣いて縋りつく大切な子に、謝ることしかできない。無力な子供。『権能』に覚醒しても何も変わらない。憂には誰も救えない。憂には誰かを救う資格などない。

 意識が遠のいてゆく。終わりを迎える。何も残さず、何も残せず、ただ悲しみだけを残して消えていく。でも、それほど悪い気分でもなかった。

 

 

「──っ!待って、いかないで……!──わたしを一人にしないで……!!」

 

「───」

 

 

 泣き喚く女の子に、何を言えばいいか、わからない。何もしてあげられない。どうすれば、笑ってくれるだろうか。

 わからない。だから、最後はただ言いたいことを口にする。最後に言いたいことがあるのだ。

 

 

「……フェリス……──大好きだ」

 

 

 最後にそう言って、憂は死んだ。

 

 

「──っ!──!──っ!」

 

 

 フェリスの返答を聴くことは叶わなかった。憂はもう何も聞こえなかった。でも、彼女が泣いているのが分かった。憂は誤った。でも、その想いに過ちなんてなかった。謝ることなんて、何一つなかった。

 訳も分からずこの世界に連れて来られて、閉じ込められて、拷問されて、生きる意味なんてなかった憂に、彼女は、フェリスは大切なものをくれた。

 

 憂は、フェリスを愛してしまった。

 

 憂は()()以外誰も好きにならないと誓っていたのに、フェリスと生きようとした。自身の犯した『罪』をなかったことにして厚顔無恥にも救われようとした。これはその『罰』なのだ。

 

 憂は、この世界で三度目の死を迎えた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「──?」

 

 

 気が付くと、憂はどこでもないどこかにいた。そこには何もなく、見渡す限りに真っ暗闇が広がっているだけだった。

 

 ──あの世、か?

 

 憂は思い当たる節を口にしようとした。しかし、己の顔に口がないことに気づいた。自分の姿をよく確認してみれば、腕もなく、足もなく、身体は謎の闇に包み込まれていた。

 

 まさかずっとこのままなのだろうか。恐ろしい考えが、脳裏をよぎった。このままずっと、何もすることもなく何もできずにここで独りで過ごすとしたら、それは、ああ、何よりも恐ろしい拷問だ。遠くないうちに精神が崩壊するだろう。

 

 よもやここが地獄か、そう思考する憂。

 しかし、ここは地獄ではない──もっと恐ろしい場所だ。

 

 

『──────』

 

 

 何かが、来た。

 何かがいる。何かがこちらを見ている。

 そうして、耳を凝らせば聞こえてくる──怨嗟。

 

 

『──ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。』

 

 

 声のする方へと振り向けば、そこにいるのは黒い女。影のドレスで身を包み、その顔をフードで隠した気味悪い女。──女? 顔は見えない、体格も分からない、しかし憂は彼女が女だとわかった。

 

 憂は知っている。憂は彼女を知っている。

 

 

 ──あッが── 

 

 

 思い出そうとする憂の脳を、凄まじい痛みが襲った。

 思い出すなと、本能が警告している。それでも、憂は思い出さなければならない。

 そこには、決して忘れてはならない大切な何かがあると、憂の直感が示していたから。

 

 

 ──お前はッ誰だ……ッ──

 

 

 憂の思考にノイズが走った。

 

 

◆◇◆

 

 

『アナタじゃない』『アナタはあの人ジャナイ』『──ありがとう』『私は令嬢として女らしくあるべきなのでしょうか。それとも……』『今日から一緒に住まう家族が増えますよ!』『ユウとフェリスはどうしてそう喧嘩ばかりなのだ』『また、助けられてしまったな』『ぼくが気持ち悪くないの?』『とも、だち……?』『クルシュ様を一番お慕いしているのはこの私っ!』『あなた、あの人を知っているのね?』『ズルい』『あの人は私だけのもの、あの人を覚えているのは私だけでいい』

 

『あなたの知っているあの人を──【頂戴(イタダキマス)】』

 

『ユウ』『ユウっ!』『クルシュ・カルステンです。どうぞよしなに』『ありがとネ、ユウ』『死ぬなッ! 生きろッ!』『いかないでッ!』『死なせはしない』『今、にゃんて』

 

 

『『ユウ!!』』

 

 

◆◇◆

 

 

「──ア゛ァアァァァァァァッッ!!!!!!」

 

 

 記憶の蓋がこじ開けられ、凄まじい情報の奔流が一挙に脳に刻まれる。思い出さないでいた方がきっと幸せだった記憶が強引に掘り起こされる。思い出されるは鮮明な痛み。そこにあるのは絶望。苦悩。後悔。苦痛。狂気。恐慌。災厄。そうして──ほんの一握りの希望。

 

 

「……お、まえが、おまえが、おまえがッお前がお前がお前がァァア………!

 ──奪ったのかァッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 噴出するは怒り、激情、猛き憤怒。

 この女だ。憂からあの二人の記憶を奪ったのはこの女だった。それは『嫉妬』。憂のもつ『原作知識』、その中でも『彼』の記憶に対するもの。彼女は許さない。彼女は認めない。彼女は、彼女の飽くなき『嫉妬』は、すべてを飲み込むまで止まらない。

 

 

『どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして』

 

『私だけでいい。私だけのものなの』

 

『アナタは知らなくていい。知っていてはいけない』

 

『許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。許サナイ。ユルサナユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ』

 

『──アナタには渡サナイ、アノ人はワタシのモノ、アノ人を──返セ(イタダキマス)

 

 

 再び、三度、何度でも。

 底なしの『嫉妬心』が憂に迫りくる。

 澱んだ闇が憂の魂を覆っていく。食される、飲み込まれる。また死ぬ、また戻る、また繰り返す。終わりのない循環に取り込まれる。

 だが、憂の心を満たすのは絶望でも恐怖でもない。燃え盛る業火の如き憤怒と、そして、

 

 

「一度だけに飽き足らずっまた、また俺からあの二人を奪うつもりかぁぁっ!! どこまで身勝手なんだ!? この嫉妬狂いの色情魔がッ!! ──ふざっけるなァッ!! ……はぁ……はぁ……………殺してやる。待ってろ。俺が絶対にお前を殺してやる──ッ待ってろォォォ!!!」

 

 

 憂の虹彩が深紅に染まる。その瞳孔に浮かぶのは漆黒の闇、『純粋なる殺意』。心を弄び、凌辱し、冒涜し、身勝手に独り善がりに尊厳を貶める、狂人にして冒涜者にして怪物であるこの女を、絶対に殺してやると、憂は己の魂に誓った。

 

 そんな無謀に他ならない大言壮語を吐いて、黒に飲まれていく弱者に、

 

 

『──そう。やれるものならやってみなさい』

 

 

 魔女はただ一言、そう煽るように言うのだった。

 その言葉を最後に、憂は影に飲まれた。

 

 長い、長い──旅が始まった。

 

 

 

◆◇◆

 

 憂は再び目を覚ます。

 死んで失ってを繰り返す。

 そこに罪がある限り、贖いの生に終わりは来ない。

 

 初めに『終焉』を失った。

 次に『現実』を見失った。

 次に『原作』を忘失した。

 次に『過去』を喪失した。

 

 そうして此度、ユウは『傲慢』を失った。

 

◆◇◆

 

 『傲慢』を失ったユウに、魔女は目もくれなくなった。

 魔女は要らなくなったユウを地下深くに閉じ込め放置した。殺されなかったのはフェリスの嘆願があったからだ。フェリスはユウを守る為、己が身を捧げたのだ。ユウは見ているしかなかった。力のないユウはなすすべなく昏倒させられフェリスと分断された。

 

◆◇◆

 

 一年が経った。

   

 一年。一年である。ユウは一年経てども牢獄から抜け出すことは叶わなかった。ユウは魔法すら使えなくなっていた。何もできない。何をどうしようと変わらない。

 無鉄砲に檻を壊そうと殴りつけるも意味はなく、てこやら交渉やら思考を巡らせようとも介はなく、無意味に無価値に時間が過ぎていった。

 

 ユウはだんだんと壊れていった。

 

 孤独とは苦痛である。独りでいる間、ユウは努力した。考えた。考えて、考えて、考え抜いた。それしかできなかった。そうして、答えは出た。……出られないという答えが。

 誰も来ない、何も変わらない。いっそ死のうとすらした。しかし死ねなかった。これで終わりなのだと、そう少し考えるだけでもう無理だった。

 ──怖い。これが最後になるのが怖い。フェリスを助けられないのが怖い。もうフェリスに会えないのが怖い。怖くて怖くて仕方がない。それは未練。それは欲。それは希望でもあり絶望でもある。

 ──ユウは決断できなかった。ユウは自信がもてなかった。ユウは何も信じられなかった。フェリスも、クルシュも、自分自身も、何もかもが信じられなかった。

 ユウは記憶を失っていた。嫉妬の魔女に奪われた。許せない。殺してやる。憎い。恨めしい。殺してやる。殺意だけが研ぎ澄まされていった。

 

 殺意と憤怒が心を潤し、享楽と虚飾が心を閉ざし、怠惰と思考停止が心を満たす。そうして──それらすべてを憂鬱が染め上げた。

 

 絶望。諦観。恐怖。

 

 だんだん壊れていった。

 だんだんだんだん壊れていった。

 

 幻覚を見て、幻聴を聞いて、悪夢を見て、罵倒が聞こえて、自責の念の押しつぶされて、罪悪感が襲ってきて、恐怖で動けなくなって、人が怖くなって、何もしない方が楽で、絶望が心地よくて、希望が恨めしくて、みんな殺してやりたくなって、他人のせいにして、世界のせいにして、理不尽を嘆いて、不幸を嘆いて、誰も彼もを罵倒して、信じなくなって、自分が分からなくなって、不満を出し切れば冷静になって、自己嫌悪に陥って、自分が、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、反吐が出る、死んでしまえ、お前なんか、生まれて来なければよかったんだ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んで、死んで、そうして少しはマシになれ、だから、死んでくれ。

 

 ユウは死んだ。

 

 

 そうして──。

 

 

◆◇◆

 

 

 それは初めからユウの中にあった。

 それはユウとずっと一緒にいた。

 それは『傲慢』の裏側。

  

 ──表裏一体の『罪』。

 

 ──『孤独』と『孤高』を履き違えるなかれ。

 

 自分が世界で一番不幸だなんて思い上がりだ。

 生きにくい責任を社会に、国に、世界に押し付けるなんて厚顔無恥も甚だしい。

 更には言うに事欠いて生まれてきたくなかっただ?

 嗚呼、それは──なんて『傲慢』なのだろう。

 

 お前は誰も信じず、

 お前は誰も頼らず

 お前は誰にも頭を垂れなかった。

 

 すべてはお前の選択であり、お前の自由である。

 天晴れ、お前は故に選ばれた。

 

 故に目覚める。

 故に覚醒する。

 故に夢から覚めるのだ。

 

 すべては反転し逆転し堕天する。

 傲慢な神は夢に堕ちて人と成る。

 

 表は裏に、裏は表に。

 すべての始まり、すべての終わり。

 

 夢は現実、現実こそ幻。

 すべてが終わり、すべてが始まる。

 

 表裏の概念は消失し混ざり混ざって混沌に至る。

 

 

 誰にも頼らず、信じず、縋らず、独りで抱え、苦しんで、耐えて、責めて、腐って、怠けて、偽って、鬱ぎ込む。

 

 その嘉悦が、鬱憤が、絶望が、怠惰が、

 そのどうしようもない自己嫌悪が、

 その歪んだ自己愛が、

 その傲り高ぶる無関心が、

 

 ──そのちっぽけなプライドこそが──

 

 

 ──『憂鬱』の正体なのだから。

 

 

◆◇◆

 

「嗚呼……──憂鬱だ」

 

 『ユウ』は目を覚ました。

 

◆◇◆

 

 

 

「──アハ♪ アハハハハッ!!!!」

 

 

 狂笑が響き渡る地下空間。

 そこには黒髪に半裸の少年と、青い肌に八本の腕をもった巨漢がいた。

 

 『ユウ』は狂ったように嗤いながら──『英雄』を嬲り殺していた。

 

 

「ハッハ──ッ!! オレは今、生きているッ!! あァよく来てくれた『英雄』さん! 丁度『力』を試したいところだったんだ! 無様に不格好に醜悪に惨めったらしく死に恥を晒してくれッ!!──『英雄』!!!」

 

 

 人が変わったように叫び喚く『ユウ』。

 その手には何も握られておらず無手だ。

 しかし彼は一方的に『英雄』を押していた。

 

 

「───。」

 

「守ってばっかかァ!? そォらッ!!」

 

 

 ()()()の攻撃が英雄──クルガンを襲う。

 

 クルガン、それはヴォラキア帝国にて多大な戦果を上げた真正の英雄である。彼は多腕族と呼ばれる人より腕を多く持つ種族でありながらその中でも八本もの腕を生まれ持った生粋の戦士。その手数と卓越した技術による猛攻はあの『剣鬼』に勝るとも劣らないもの。

 そんな英雄が、今は──。

 

 

「──『憂鬱』ゥッ!!!」

 

「──ッ」

 

 

 見えざる凶器がクルガンの腕を切り落とした。

 

 

「『憂鬱』! 『憂鬱』! 『憂鬱』! どいつもこいつも、みぃーんな死んじまえッ!!」

 

「──。」

 

「アーハッハッハッ!!!!」

 

 

 クルガンは既にズタボロだった。自慢の多腕はすべて切り落とされ、ならばと口で剣を振るうもののその剣もすべて叩き折られた。これは殺し合いではなかった。一方的な虐殺だ。

 

 英雄クルガンは本来の実力ではない。彼は歴史に名を遺す伝説の英雄だが、既に故人だった。それがこんなところにいる理由。それは彼は魔女スピンクスによってその死体を操られているからだ。『不死王の秘蹟』という死者を操る禁術を魔女は使用していた。その術は確かに死者を生来の性質のまま、意のままに操るが、しかしその能力は著しく低下する。英雄といえど万全の力は出せない。

 

 ──とはいえ、例え英雄が本気だろうと関係ないほどに、あまりに強大な差がそこにはあった。あれほど舐め腐った言動をしている『ユウ』だが、それも頷けるほどその力の差は理不尽だった。

 

 ドガァン、と壁に身体を叩きつけられるクルガン。もはや動くことすら敵わず、達磨の如く手足を捥ぎ取られていた。

 

 

「──。」

 

「アハ♪ 英雄って言ってもこんなもんか。じゃあね、英雄さん。楽しかったよアリガトウ。それじゃ──」

 

「──……若の力を継いだ者よ。その力に溺れてはならない。溺れたら最後、貴様の行く末は──」

 

「──『破滅』、だろ? そんなことはさァ──端っからわかってるんだよ『英雄(おバカ)』さんッ!」

 

「───…………」

 

 

 『ユウ』は英雄の首を刎ねた。

 

 

「アハ、アハハ、アハハハハハハッ!!!!!!」

 

 

 再び、狂笑が響き渡った。

 

 

 

◆◇◆

 

 『ユウ』は自由だ。

 『ユウ』は解放された。

 『ユウ』は力を得た。

 

 『ユウ』はもう何者にも縛られない。

 

◆◇◆

 

 

 

「『剣聖』!! テレシア・ヴァン・アストレア──!! いいねェ、いいじゃん、そうでなくちゃァ面白くない! 殺して殺してすべてを斬り捨てオレは強くなるッ!! もう何者もオレを縛ることはできないッ──ガハ──ッ」

 

「───。」

 

 

 剣線合わさるは瞬きの如き一瞬だった。

 大物の登場に大興奮のまま先ほど同様、余裕淡々に嬲り殺そうとしていた『ユウ』はしかし、思惑は外れ一合のもと斬り飛ばされた。

 

 ガラガラ、と衝突の衝撃とともに崩れ落ちる外壁。だが、それだけの衝撃があっても『ユウ』の身体は無傷だった。裂傷も見られない。

 

「───。」

 

 『剣聖』テレシア、彼女もまた魔女の手先であった。『剣聖』とは『英雄』をして格の違う存在。その剣技は技術という枠を超え、芸術性すら感じさせるもの。その剣術は神をも魅了させ、その技量は神の領域。剣神のそれだ。

 そんな彼女はしかし『凡人(ユウ)』を斬り損ねた。死者となり技量を損なったからではない、身体能力こそ落ちているが、その技量は生前と遜色ないもの。どうやってか、彼女の死体はクルガンとは違いよほど丁寧に殺されでもしたのか、死体となっても美しいままだ。

 そんな彼女が斬り損ねた。彼女は斬った感触と斬れなかった現実を前にして、男を観察した。すると男の肉体の周囲を不可視の障壁が覆っていることに気づいた。

 

 

「……あァやっぱダメかァ」

 

 

 『ユウ』は平然と起き上がり、ホコリを払った。何の痛痒も感じていない。

 

 

「動き早すぎて当たらねェ。見えてんのかってくらい的確に避けやがる」

 

 

 『ユウ』が用いているのは『憂鬱の権能』だった。

 『ユウ』自体まだよく理解していない力。

 ただなんとなくこうすればぶっ飛ばせるというイメージと直感で使っていたが、『剣聖』はどうやってか、こちらの殺気でも読んでいるのかあたりゃしない。

 やはり『英雄』とは格が違うようだ。

 防御もまたなんとなく身に纏わせているだけでどれだけ有効かもわかっていない。それで『英雄』を殺し『剣聖』の一撃を防げるのだから『権能』とは理不尽なものだ。

 だがそれでも──。

 

 

「まだ勝てない、な」

 

 

 冷静に計算し己の勝敗を見極める。

 そうして出たのは己の敗北だった。

 『ユウ』は勝てない──今は。

 

 

「──なら、何度でも、何度でも、死んで繰り返して、勝てるまで挑めばいいだけのこと! オレは誰にも縛られない! オレは自由! オレは何度死のうとお前を殺すぞ! ──『剣聖』!!」

 

「───。」

 

「『憂鬱(コレ)』さえあれば、オレは最強だ! クルシュも、フェリスも──もう要らない! オレはこの力で! この力でオレは──!」

 

 

 そう(さか)んに吠える『ユウ』はしかし──。

 

 

「──あ?」

 

 

 グラ、と平衡感覚を失い、膝をついた。

 

 

「なんだ? なにが…………」

 

『ダ■だ』

 

「あ゛?」

 

『フ■■スは()が■ける!!』

 

「くっがッこんの──ッ」

 

 

 身体の主導権が奪われていく。

 己が己のものでなくなっていく。

 

 外道に堕ちようとしていた『ユウ』を縛ったのは他の何者でもなく──己自身だった。

 

 

「クソ、がッ!」

 

「───。」

 

 

 そんな隙だらけの『ユウ』を、『剣聖』は今度こそ斬り裂いた。

 

 

 『傲慢(ホンモノ)』が目を覚ました。

 

 

◆◇◆

 

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