「ここですか、子供が入り込んで戻ってこないという家は」
とある島、とある町の外れ。古びた一軒家を見上げるコビー。隣には相棒のヘルメッポもいる
彼らはこの島で海賊を捕縛後、港で一人の婦人に助けを求められたのだった
曰く『息子が入ってはいけない場所へ入ってしまって帰ってこない』と
涙ながらに訴えられ、職務の範囲外ではあるが人の良いコビーが了承してしまい、こうして二人は不気味な家を前にしている
町の外れも外れ、いくつかの田んぼや畑を挟んで、否それらの中にポツンと存在する廃屋は長く人の手が入っていないのだろう
庭も荒れ放題で伸びきった雑草の中では何かの小動物が蠢く音がするし、自重で折れた枝もある木の上には猛禽類だろうか大型の鳥が何匹も留まっては鳴き声を上げている
「町の駐在に任せちまえばいいのによー…」
「いいじゃない。物資を積み込み終わるまでまだ時間あるでしょ?」
閉じられた門扉を軽々と乗り越える
雑草に踏み荒らされた跡はなく、おそらく子供は垣根の壊れでもしていた箇所から入り込んだのだろう
「正面から入った訳じゃなさそうだな」
「そうだね。門の鎖も壊されてないし。裏口とかから入ったんじゃないかな」
コビーの腰ほどもある草を掻き分けながら二人は裏口を探して歩き出す
「……これよぉ、一旦出て外から回り込んだほうが早いんじゃねぇか?」
「あはは、まあ窓が割れてたりしたらそこから入ったかもしれないし。生垣の外からじゃ中全然見えないみたいだし」
確かに鬱蒼とした庭木とそれに寄生する蔦植物・雑草のせいで家の敷地内外の見通しは驚くほど悪い
日差しも遮られるからか薄暗いし気持ち温度も下がっている気がする
「で、ここなんで立ち入り禁止なんだ?普通に危ねぇからか?」
「それもあるし、あのお母さんが言うにはここは『呪われた家』なんだって」
ぎゃあ、と頭上で鳥が鳴いた
「呪いだぁ?」
怪訝そうに眉を上げる相棒にコビーも苦笑する
彼女があまりに真剣に切羽詰まった様子で訴えるものだから否定はしなかったが、コビー自身もその単語には懐疑的だ
この海の不思議なんて悪魔の実くらいのものだろう
「なんでもね、昔ここには両親と姉妹が住んでいたんだけどある日姉がひどい殺され方をして、母親もそのそばで亡くなっていた。初めはその時行方が分からなかった父親が犯人なんじゃないかと言われていたけど、数日後にその父親も玄関先で死んでいた。そして、妹の方は未だに行方知れず」
雨戸が嵌められた掃き出し窓の前を通り過ぎる。濡れ縁には小動物の骨が散らばっている
「それからこの家を取り壊そうとした人に不幸が続いたり、この家に入った不法侵入者に不幸が起きたり、時には発狂する人が出てきて…結果としてこの家は『呪われた家』として町の人は誰も近寄らなくなったんだって」
「真相は闇の中ってか。てかおい、それ聞いておいてお前は安請け合いしたのかよ」
「あはは、大丈夫だって。呪いなんてあるわけないよ」
裏庭に到着し、僅かに開いた勝手口を見つけた
十中八九ここから入り込んだのだろう。早く子供を見つけて、危ないことをしちゃいけないと叱って、不安で泣いていた母親を安心させてあげよう
そう思いながらコビーはドアを潜った
《イ ツ マ デ ?》
「ッ!?ヘルメッポさん!?今の聞こえた!?」
ザラザラとしていて引き攣れていて、ガラスを引っ掻くかのような獣の断末魔のような、不可解で不快で不気味な声だった
真後ろにヘルメッポが居たにも関わらず耳元で囁かれたようなそれに耳を押さえながら相棒を振り返れば、彼はただただ驚いたように身を引いていた
「は?声?」
サングラスの下で目を瞬かせたヘルメッポが聞き返す
彼からすれば呑気に先行していたコビーが突然すごい勢いで振り返ってきたからぶつからないように身を引いただけだ
コビーの言う声など聞こえはしなかった
「今耳元ですっごい気持ち悪い声で「いつまで?」って言われたんだけど…うわ、見てこの鳥肌」
「見せんでいい。…おれは聞こえなかった。見聞色か?」
「うーん…ううん…?見聞色の聞こえ方とはちょっと違った気がしたんだけど……」
首を傾げながら開いたドアの先と相棒の顔を交互に見るコビー
もう一度首を突っ込んでみて、今度は聞こえなかったことにまた首を傾げる
「ええー……本当に幽霊とか言わないよね?」
「知らんわ。おら、さっさと行くぞ」
躊躇なくドアを潜ったヘルメッポに続きコビーも家に足を踏み入れる
どうやら台所のようだ。ダイニングテーブルや何十年も前の家電がそのまま放置されている
「人が入れなかったから撤去もされなかったんだな。うわ…なんだこの家電。骨董品かよ…」
「給湯室にあるすごく古い冷蔵庫と同じくらいかな?」
あまり広い空間ではない。八畳間ほどだろうか、磨りガラスの窓に沿ってキッチン台があり、どこから続けて壁に沿って冷蔵庫や食器棚が続いている
部屋の中央には四人掛けのダイニングテーブル。色あせたランチョンマットと何も刺さっていない一輪挿しの小ぶりな花瓶が哀愁を誘う
壁にかかったカレンダーは家電と同じく何十年も前の暦を示していた
「埃っぽいね…なのに足跡の一つも見えないのはどういうことだと思う?」
「①餓鬼は実はここには来てねぇ。②入り込んだのがここからじゃない」
バタンッ!
嫌にタイミングよく、家の奥から何かが落ちる音が響く
「①は無しかな。犬や猫が落ちた音にしては大きいし」
「あ゛ー、結局家探しかよぉ。汚れんの嫌だぜおれぁ」
「海賊の捕縛よりは汚れないよ。ほら、早く見つけてあげようよ」
土足のまま上がり込んで、左手にあった木製のドアに手をかける
そこは玄関から真っ直ぐ続く廊下だった。正面に進めば玄関、左斜め前には水回りらしき磨ガラスの引き戸。左側一番奥にあるドアは多分トイレだろう
「結構暗いね。なにか灯りでも持って来ればよかったね」
「窓がねぇからなぁ」
左側は黄ばんだ漆喰かなにかの壁、右側も同じ壁と木製の引き戸で挟まれていて窓がない
正面玄関も板で塞がれているのでほとんど光が入らない構造になっている
「この暗さじゃ流石に不便だね。そいやっ」
軽快な掛け声とともに軽くジャンプしたコビーがそのまま玄関を蹴りでぶち破る
途端にパッと光が視界を焼き、じんわりとした風が家の中を駆け抜けていった
「お前段々ガープ中将に似てきたよな」
「それって褒めてる?……て、うわぁ」
血溜まり
足跡
掠れた手型
玄関の土間と小上がりに血溜まりだったのだろう真っ黒な染みがこびり付き、そこから続いて黒い足跡が階段に向かって続いている
黄ばんだ壁には血の付着した手のひらを付いてそのままズラしていけばこういった跡が付くだろうという掠れた横線
「あー…こりゃ随分と」
「うん、わざとらし過ぎるね」
血溜まりは件の父親のものだったとして、そこから続く足跡はくっきりし過ぎていて如何にも「この先に何かありますよ」という誘いだ
手跡も横線の先に引き戸の取ってにくっきりとした手型が残してあり「ここが怪しいです」と示している
「足跡も手形も子供のサイズ、かな」
「明らかに誘われてんなぁ…ここ、『入った人間が呪われる呪いの家』なんだろ?それなのにこんなあからさまな人的悪意があるのは…」
「噂自体が尾ヒレがついて誇張されたもので、これはそれに便乗したイタズラ…とかだったら良いんだけどね」
二人は気を引き締め直した
呪いは信じていないが、呪いを隠れ蓑にこの家でなにか悪事を起こしている生きた人間がいる/いた可能性が出てきたからだ
二人はあからさまに怪しい足跡などは一旦放っておいて、子供を見つけるのを優先し端から探索しようと玄関に一番近い、入って右手の部屋に入ることにした
「書斎…客間?どっちだろ?」
「兼ねてたのかもな」
壁際に天井までの作り付けの本棚とその中にきっちりと詰められた厳しい装丁の本たち
窓際に筆記用具の散らばった机があり、中央には二人がけのソファが二つとそれに挟まれて重厚な木製のローテーブルが置かれている
「こういう部屋なら日記帳とかありそうだな」
「探すの?」
「パッと見無かったら別に詳しく調べたりしねぇけどよ。気になるじゃねぇか」
未解決事件とかちょっと好奇心が刺激される
それにこの家はあまりに不可解が多いので、無事子供を見つけてこの家を出た後気になってしまいそうだ
ヘルメッポはとりあえず本棚をざっと見てみることにした
コビーは今度は窓をぶち抜いている。スッカスカにする気か。まあ廃屋だからいいか
多少明るくなった室内で本棚を上から下まで眺めて居ると、重厚な本に挟まれて薄いノートが少しだけ飛び出しているのを見つけた
これも誘いかなと思いながらもそれを引き抜いて開いてみる
【天国へ行く方法】
無骨な男の字だった
【材料
・髪の毛(なるべく長い方が良い)
・両手の爪(ひと月に一枚)
・歯(乳歯ではいけない)
・猫(尾だけを飼う)
・親子の血を溶かした墨
・血を溶かして作った紙
・鏡台
・娘】
「うっっっわ……」
素直にドン引いた。ガチで呪いの儀式じゃん…こんなことしてたんならそりゃ呪いの家とか言われるわ
【娘は■親の■有■■し、幼■■から■てる。■式は三度。成■■合わせる
■を使う。バ■■ラにする。解■■る。また■■■わせる。■■合わ■る。■■けを残す。それ■■きた猫■■て世話■■る
■蛛を使う。バラ■■■する。■体する。また繋■■わせ■。組み合わせ■。■や■■食■る
十歳■時、一■■の儀式を■う
初めて爪を■がす。紙に■■■で名■■書く。爪■■緒に鏡■の一番■■■き出しに入■■
その日■■日鏡台の■■■ごす
十■歳の時、二■■■儀式を行う
■■て歯を抜く。紙■指■血で名前を■■。歯■一緒■■台の二■目の引き■■に■■る
そ■日は一日■台の前で■■す
■六歳の■、三度■の儀■■■■
鏡台■■で母■が娘■■を飲■込む
■ての■■飲み■んだ時、■■は■■へ行■る】
【狂って■る狂っ■■る狂っ■いる狂って■■狂っ■■る狂っている狂■■い■狂って■る狂っている■っている■■てい■狂っている狂っ■■る狂って■る■っている狂って■る狂ってい■狂っ■いる■っている狂って■る狂っ■■る狂っ■いる狂って■■狂っ■■る狂っている狂■■い■狂って■る狂っている■っている■■てい■狂っている狂っ■■る狂って■る■っ■■る■■■■る■■■■■狂■■■■■■■■■】
【娘を守らなくては】
二つ目の窓をぶち抜いていたコビーは震える声で自分を呼んだ相棒の声に振り返る
顔を青くしたヘルメッポが差し出したノートにざっと目を通す
半分ほど掠れて読めないがそれでも伝わってくるおぞましさ。明らかに人道を外れた呪いの儀式の材料と方法が記されていた
「これが、この家で行われていたこと?」
「みたい、だな…」
「…上の娘は母親と一緒に亡くなっていた。しかも変死だ。これを書いたのは父親。多分、儀式は実行されていた」
「何らかのアクシデントか、それとも娘を助けようと父親が邪魔をしたのか、娘も母親も死んだ…」
「……父親は数日間行方不明の後、この家の玄関で亡くなっていた。他.殺か自.殺かは分からない。玄関の血が父親のものなら出血死、なのかな」
「下の娘は今現在も行方不明、か」
ゾッとした悪寒が背中を駆け上がる
呪いなど一つも信じていなかったが、こうもありありと証拠が出てきては怖気が走るというもの
そうでなくとも明らかな虐待の記録だ。気分のいいものではない
「早く子供を見つけよう」
トットットットト…コロロ…‥
「…………誘われてるね」
「誘われてるな。…《声》は?」
「意思を持った《声》は聞こえない。意識が無いんだと思う。でも気配自体は二階からするね」
「じゃあ飛び込んでみるしかねぇってことだな」
書斎を出た途端、軽やかな音を立ててどんぐりが階段を転がり落ちてきた
なんの変哲もない小さなどんぐりだ。虫食いもなく、ツヤツヤとしていて子供が喜びそうな綺麗などんぐり
見上げた二階部分はそう高くもないのに玄関からの光も届かず、薄暗い闇が広がっている
「僕が先行するから、ヘルメッポさんは後ろを警戒しながら着いてきて」
「了解」
ぎぃ、と埃を被った階段が音を立てた
《イ ツ マ デ ?》
階段を登りきった所でまた謎の声が聞こえた
ヘルメッポを振り返れば今度も彼には聞こえなかったらしい
二階は縦長の廊下に左右に一つずつ奥に二つのドアがあり、計四部屋あるようだ
「ドアに表記は特に無し、だな。気配は?」
「…ここ、かな」
左側にあるドア。取っ手の上に色あせた花のシールが貼られている
耳を澄ませても特に音はしない。小さな気配があるだけだったのでコビーは慎重にドアを開けた
姉妹のどちらかの私室だったのだろう
花柄のブランケットが放られたベッド。絵本や人形が積められた本棚。元は白かったのだろうクローゼット。そして──布の掛けられた鏡台
「…ああ、居た。良かった」
気配を辿りクローゼットを開ければグッタリとした少年が倒れ込んでいた
意識は無いようだが外傷は無いし、呼吸にもおかしな所は無い。とりあえずは無事なようだ
「行方不明の子は見つかったね。じゃあ、この子を連れて帰…」
ぎぃ
ぎぃ
ぎぃ
ぎぃ
足音がした
誰かが、ナニカが、階段を登って来ている
コビーが少年を抱え、ヘルメッポは素手ながらもドアに向かって構えを取った
「玄関が大破しているから、一体何の獣かと思えば」
ドアが開くと同時に放たれたヘルメッポの鋭い蹴りを両手で受け止めながら《魔術師》がそこに立っていた
「コビー?ヘルメッポも、何故ここに?」
その後ろから窮屈そうに身をかがめたドレークも顔を出す
「隊長!」
「コビーがお人好し発揮して餓鬼探しに来たんですよ。そっちはなんでこんなとこに?」
「ホーキンスが用があると聞かなくてな。一応見張りだ」
「必要ないというのに。しかしそうか、お前たちも人探しか」
ゆらりとホーキンスの朱殷色の目がコビーが抱えている子供を見下ろす
それからついと視線を動かし、鏡台を見留て目を細める
「開けたか?」
「…クローゼット以外は触ってませんよ。この部屋では」
「そうか」
視線を床に落とす。目を閉じた姿は祈っているようにも悼んでいるようにも見えた
閉じられた窓が、外から強く叩かれた
《イ ツ マ デ ?》
「ここまでだ」
《魔術師》の声が凛と響いた
「……狭いな。一度出るか」
マイペースに踵を返すホーキンス。ふてぶてしくも廊下を塞いでいたドレークに「邪魔だ」などと言い放っている
それにドレークが文句も言いながらも階段を降りて行き、ホーキンスもそれに続く
部屋を出る前に一度振り返って
「何も触らずに出てこい」
とだけ言い残しホーキンスは長い髪を翻し、トントンと音を立てて降りて行った
コビーとヘルメッポは互いに頷きあい、コビーが先にヘルメッポはまた後ろを警戒しながら続いた
玄関先からは板を踏み抜いたような音とドレークの引き攣った声、ホーキンスの軽い笑い声が聞こえた
「ひっ…!」
大破させた玄関をくぐり抜け、一瞬眩んだ視界が晴れた時コビーの喉からは引き攣った声が漏れた
《イ ツ マ デ ?》
ぎゃあ、と大きな鳥が鳴く
門扉に、生垣に、庭木に、屋根に──不気味な人面の猛鳥が何羽も止まっていた
黄ばんだ鋭い歯が並んだ口を開き《イツマデ?》と、繰り返し繰り返し、鳴いている
「ふむ、やはり五月蝿いな。とっとと占ってしまうか」
そんな化け物を前にしてホーキンスはなにも気にしていないように庭石に腰を下ろし、服からいつも占いに使っているカードを取り出している
「ほ、ホーキンス!こいつらは何だ!?」
「『以津真天』だ。なんだ、海軍に所属していたなら見たことくらいあるだろう?」
「ないわ!!こんな化け物!!」
「そうか、幸運だな」
武器を構えたドレークが叫ぶのを適当にあしらって、ホーキンスは淡々と占いを始めている
「一階の確率─81%。ふむ…書斎の確率─12%。手前の部屋の確率─27%。その奥の部屋の確率─18%。水場の確率─23%。キッチンの確率─87%。キッチンか」
「来い、ドレーク。力仕事が必要かもしれん」
「おい!説明をしろ!」
何かを占い終わったらしいホーキンスはカードを仕舞い、家の中に戻って行く
「ぼ、僕らはどうしましょう…?」
「好きにしろ。着いてくるもよし。その子供を親元に戻しに行くもよし。安心しろ、以津真天は生きた人間は襲わん」
「ヘルメッポさん、この子をお願い出来る?僕は…この家に何があるのか、何があったのか、知っておきたい」
そう言うコビーに頷いて、少年を受け取ったヘルメッポは意を決して数多の以津真天の間を剃で通り抜け、町へと向かった
もう既に家の中に踏み込んでいたホーキンスの後をドレークと追う
「……しかし、随分と風通しを良くしたな」
「あ〜…あはは、暗くって…これ始末書必要ですかね?」
「廃屋だしな…ここを管理している人間には伝えて謝っておいた方がいいだろうな」
「返って良かったろうよ」
キッチンで待っていたホーキンスが振り返る
開かれたままだった勝手口の向こうには逆光の元、眼だけを爛々と輝かせた以津真天が佇んでいた
「何事も閉じたままでは澱むものだ。ここは尚更、整えられてもいなかった。上か下か…下か。ドレーク、この辺の床板をひっぺがせ」
「だから理由を言えと言っているだろう」
そう言いながらも武器を構え振りかぶったドレークにホーキンスは淡々と告げる
「この下に──死体があるはずだ」
「《以津真天(いつまで)》とは、死者の声だ」
剥がされた床板
狭く浅い床下の収納空間
「《いつまで放っておくつもりなの》《いつまで供養してくれないの》…そう、放置された死体の傍で鳴く人面の怪鳥」
ぽかりと口を開けたそこには子供の遺体が納まっていた
花柄のワンピースを着た、髪の長い少女
胎児のように丸まったまま固まっているミイラ
「以津真天が居る以上、そこには捨て置かれた死体がある」
「──この子が、行方不明になっていた妹…?何故、こんな所に、閉じ込められて…!」
「さぁな…少なくともこの家の犠牲になった事は確かだろうよ」
「書斎に、呪いの儀式について書かれたノートがありました…呪いとはっ、本当にあるのですか…っ!?」
「ある」
断言した《魔術師》はミイラのまばらな髪を緩やかに指で梳いてやっている
ぽかりと空いた眼窩が微かに震えた気がした
「呪いも、幽霊も、怪異も、この世には存在する。ただそれはヴェール一枚向こう側にある。きっかけや波長が合わねば普段は気がつけないものだ」
「とにかく、その子供の供養してやればいいのか?」
いつ間にか隣の部屋からカーテンを剥いで来ていたドレークがそれを床に広げながら尋ねる
「そうだな…」
ドレークは収納からそっと遺体を持ち上げてカーテンに包んでから抱き上げる
それを見届け、勝手口の以津真天は飛び立って行った
「呪いが書かれていたというノートはまだ書斎か?」
「あ、はい。書斎の机の上に置きっぱなしです」
「コビー、ドレーク、先に出ていろ。町でおれの船員が待っている。彼らに彼女を渡し、町のものからこの家の者たちを何処に埋めたか聞き出せ。彼女はそこに埋葬し供養する」
「お前はどうするんだ」
ドレークの問いかけにホーキンスはため息とともにキツい語調で吐き捨てる
「家探しだ。共に埋葬するものや処分しなければいけないもの。呪いの核を封じる準備なども要るだろう」
「一人でやるのか?」
「お前たちは門外漢だろう。居られても邪魔なだけだ。それに、お前たちが事情を話せばどうせ船員が何人かこちらに来る」
ホーキンスの言葉に従い、彼だけを廃屋に残しコビーとドレークは遺体を抱え町への道を戻る
先程はあれだけ玄関前にたむろしていた以津真天は、いつの間にか大部分が居なくなっており今は一羽だけが少し離れた所から二人の後を付けて来ている
「子供を犠牲に親が天国へいく儀式…か」
「はい、おぞましいことです。…けれどやっぱり、不可解なんですよ。姉が母親からその儀式を強いられて居たとして、父親は途中で止めなかったんでしょうか?『娘を守らなければ』なんて書き残していたのに。それにその子があんな所に閉じ込められていたのも疑問が残ります」
「父親も死んでいるしな…」
何故が多くを承知していそうだったホーキンスに尋ねてみれば答えが返って来るだろうか?
無事町へと着き、町の住人に囲まれ質問攻めにされているらしきヘルメッポとそこから少し離れた場所で固まっているホーキンスの船員たちが見えた
「コビー!無事だったか!」
「ヘルメッポさん!あの子は?」
「親が病院に連れてったよ」
安心したように表情を緩めたコビーを穏やかに見たあとドレークは周囲の住人に問いかける
「おい、あの家で遺体が見つかった。行方不明だった下の娘だろう。あの家の墓に一緒に埋葬してやりたい。誰か場所を知っているか?」
一瞬静まり返った住人たちは次の瞬間には発狂したように騒ぎ出した
ホーキンスが戻ってきたのはもう日もすっかり暮れた頃だった
コビーたち三人はあれから町の住人に質問攻めにされたり、大仰に嘆かれたり、まるで呪いそのもののように怯えられたりと大騒ぎになったことで随分と疲れ切っていた
今は喧騒を離れコビーの軍艦の一室でぐたりとしながら休んでいた所だ
「遺体は?」
「町の役人が連れていった。病院で検死が終わり次第葬式をあげるそうだ」
「そうか。釘を刺しておかねばな」
「それで?ちゃんと説明してくれんだろうな?」
ソファから顔を上げたヘルメッポがホーキンスを睨みつける
「そうだな……」
「止めておけ。この世には知らない方がいいことがある」
「ホーキンス」
咎めるようにドレークが名を呼ぶが、ホーキンスは緩やかに首を振る
「知らない方がいい。知ってはいけない。あれは廃れさせるべきものだ。あの家族の業も悲劇も、あの家に封じたまま、忘れ去られるべきものだ」
ただ、とホーキンスは少しだけ柔らかくなった声で続ける
「お前たちがしたことは正しかった。お前たちが今日、あの場所に居たこと、あの場所でしたことは間違いではなかった。お前たちのおかげであの子供は救われ、あの家は開け放たれた」
明日もやる事があるからおれはもう寝る。と背を向けたホーキンスにコビーは慌てて声をかける
「あの!何故、海賊の貴方が益も無いのにそれほどあの家を気にかけるんですか?」
その問いかけにふっ、と彼は少しだけ表情を緩めた
「今日は人助けをすると運気が上がる日だったんだ」
【完】