「【天国へ行く方法】…か」
馬鹿なことを。書斎で例のノートを開いていたホーキンスはそう吐き捨てる
ホーキンスはこの儀式のことを知っていた。正確には船員から懺悔のように吐露されたことがあった
『娘』を犠牲に『母親』が現世から放れ高次元へと逝く為の儀式
それを長く代を経だて、繰り返し繰り返し、煮詰め続けて…
「それで救われるのはただ一人だろうと、何故気が付かない」
一人を犠牲に一人を救う
一人を救う代わりに数多を地獄に堕とすもの
その『一人』が一体誰なのか、彼女たちは考えたことはなかったのだろうか?
母親の魂が行く場所が本当に天国だと、誰が証明できる?
彼女たちの魂こそが『ただ一人』が【天国】へ逝くための燃料だと、誰も思い至らなかったのか?
遙か遠い遠い昔にどこかの誰かが考え出した、自分が救われるための方法
自らの血筋の最後の一滴までを犠牲に『自分だけが』救われるための邪法
「…………まあ、あらゆるものを犠牲にしてまで助かりたいという気持ちは、分からなくもないがな」
死にたくないがために死に物狂いのなることも、定めた教示をどうしたって曲げられないことだってあると、ホーキンスだって経験はある
ノートを腰紐に挟み、書斎を出て血の手形が付いた取っ手を引く
棚に机に椅子に、首をもがれた無数の人形が部屋を埋め尽くすように置かれている。この全てが、この部屋の主の恐怖を物語っている
「……良かったな。ここを訪れた者が、あの二人で」
布のかけられた鏡台。繊細なレースのそれは今はもう古びた血で醜く染まってしまっている
「心優しい者たちだ。未知に怯み、呪いに怯え、そうでありながらこの家にお前たちに起こった悲劇と惨劇に心を痛める“陽”の者」
この家は閉じられていた。この家は閉じ込められていた
呪いによって呪いに変じた父親が、唯一の衝動と願望のままに外部を拒絶した。それ故に娘たちも呪いとともに内側に有り続けなければ行けなかった
それを何も考えずにぶち壊してしまった。ただただ「ちょっと暗かったので」なんて理由で!
「これこそ笑い話だ。なんとも気の抜けるハッピーエンドだ」
正門も裏門も開け放たれた
いつまでも隠されていた娘は連れ出された
幾度も外へ呼びかけていた娘はその役目を全うした
狂い果てた父親は微かに取り戻した正気でそれを見届けた
「あとは家族で共に黄泉へと下ればいい」
今度は、邪魔するものはいないだろう
外から自分を呼ぶ船員たちの声が聞こえ、それに応えるべくホーキンスは踵を返す
その頬を暮れ始めた風が柔く撫でる。この風も光もこの家を通り抜けていずれ全ての澱みを祓うだろう
「アリガトウ」と小さな声が背後から聞こえた気がして、ホーキンスは僅かに笑みを浮かべる
(助けられて良かった)
そう、なんの打算もない安堵を抱いた
【おまけ・完】