ああ、夢を見ているな
そうコビーは薄暗闇の中で自覚した
頭は霧がかかったように薄ぼんやりとしているが、それでも考えることも自分の意思で身体を動かす事も出来たので緩やかに周囲を見回す
洞窟…いや、トンネルのようだ
地面はひたすらなだらかに平らなコンクリート造り。天井も同じくコンクリートだろう、灰色の半円形にポツポツと滲んだ白い照明が瞬いている。左右の奥はどちらも闇に飲まれて何処まで続いているかも分からない
そのひたすらにのっぺりとした殺風景な灰色の場面の中、コビーの目の前の地面には見慣れない物が端から端まで置かれていた
二本の金属の棒のようなものの下に一定間隔で同じような木の板が置かれたもの
ああ、確か線路…というものじゃなかっただろうか?
新聞で見たことがある。W7の海列車。海の上を車輪で走る不思議な船
それの轍に当たるのがこういう鉄の線…ああ、線の路で線路か。そのままの名前だな
それならばここには列車が来るのだろうか?
『列車がまいりま~す。列車がまいりま~す』
タイミングよく、どこからか放送が響く
この場所にそぐわない、イヤに明るくハイテンションな男の声
ガタンゴトンと暗闇からそれは現れる
想像していたものより随分と小さい。大人が二人座れる程度の座席がついた木製の箱。屋根もなく、先頭部分は列車の機関部を模しているがそれも所々ペンキが禿げて元の木の色が露出している
『この列車に乗るとあなたに怖いことがおきますよ~』
『間もなく発車しま~す。間もなく発車しま~す。お乗り忘れにご注意くださぁ~い』
(乗らない方がいい)
ぼんやりとした頭より、その直感の方が勝りコビーは一歩その【列車】から距離を取る
その背に何かが当たる。振り返ればそれは古びた看板でワノ国の文字で【猿 ■】と書いてあるようだ
(さる…?)
掠れた文字を読もうと目を細めたコビーの耳にまた男の声が届く
『乗らないんですか~。残念ですね~』
『また明日~~』
ぱちり、とコビーは自室のベッドで目を覚ました
「どうしたコビー」
「ん~~…ちょっと夢見が悪くて…?」
食堂で朝食を取っているとヘルメッポが目敏く声をかけてきた
今朝見た奇妙な夢の話をすればふぅんと気のない返事を寄越す
「変な夢っちゃ変な夢だけど、そんな気にするもんか?」
「う~~ん…なんか気になっちゃって…」
「どうしたんです?お二人とも。朝から難しい顔しちょりますけど」
そんな二人の元へ後輩のひばり中佐が朝食の乗ったプレートを持ってやって来た
コビーはひばりにも同じ話をし、それにひばりは首を傾げる。長いポニーテイルがさらりと揺れた
「猿ん夢、ですか」
「いや、正確にはトンネルと列車?の夢」
「でも一番印象ん残っちょんのは【猿】の字なんでしょう?」
鮭の切り身を器用に箸で切り分けながらひばりは言う。なにかを訝しんでいるようだった
対してヘルメッポは何も問題視していないようだった。呑気に魚の骨を齧っている
「ま、夢ってのは寝てる間に脳が情報を整理してるから見るらしいしよ。お前が忘れてるだけで列車やら猿やらの記事でも見てそれが記憶の隅に引っかかってただけじゃねーの?」
「そうなのかなぁ…」
「ウチん村じゃあ、夢っちゅうんは予告として扱われることもあったけぇ、印象に残っちょるなら何か意味があるんかもしれんね」
そこでその話しは終わり、コビーたちはいつも通り日々の業務に向かいいつの間にか夢のことも忘れかけていた
その夜、コビーはまた同じトンネルの中に立っていた
昨日の夢と同じ場所。灰色の闇の中で同じくポツリとコビーは立ち尽くしていた
一つ違うのは目の前に既に【列車】が止まっていたこと
相も変わらず頭はぼんやりとしたままだ
『この列車に乗るとあなたに怖いことがおきますよ~』
『間もなく発車しま~す。間もなく発車しま~す。お乗り忘れにご注意くださぁ~い』
昨日と同じアナウンスが耳を通り過ぎていく
ぱちり、コビーは一つ瞬きをした
誘われるままに体が動き出す
よくよく見ると座席が収まった木箱は5つ連なっており、真ん中の箱入以外には既に人が座っていた
ぽかりと空いた真ん中の座席にコビーは乗り込む
『発車いたしま~す。発車いたしま~す。お忘れ物にご注意くださぁ~い』
笑い混じりのアナウンスが流れ、【列車】はゆっくりと動き出した
人が歩くより少し速いくらいで乗り物としては酷く遅い
周囲の景色は変わらない。白く淡い光が一定間隔で降ってくるだけの薄暗闇
ガタン、ゴトンと【列車】は進む
『次は〜活け造り〜活け造り〜』
…活け造り?魚の?
コビーの頭に疑問が浮かんだのとほぼ同時に背後からけたたましい悲鳴が聞こえた
振り返れば、一番後ろの席に座っていた男性が“生きたまま”“解体されていた”
しわくちゃの小人のようなものたちが、包丁やノコギリで男性の身体を捌き、中身を並べて詰めていっている
(ああ…確かに活け造りだ)
『次は〜抉りだし〜抉りだし〜』
ギザギザのスプーンを持った小人が次の席、コビーの後ろの女性に襲いかかる
血が飛び散り、女性の悲鳴がトンネル内に響き渡る
先程より近づいて来たことで一つ分かったことがある。小人に見えたのは猿だ。しわくちゃの、所々毛が禿げた貧相な猿が大きな目をギラつかせて人間を襲っている
(ああ、だから、猿■……、…………あ、れ?)
飛び散った血を頬に受け、悲鳴が耳を素通りしていく
それにゆるりと首を傾げる
おかしい
なんで、
ぼくは、
こんなに冷静なんだろう──?
振り向いた猿の白く濁った目がコビーを見た
「おい!起きろ!コビー!」
パッと視界が開ける
ドクドクと早くなった鼓動と呼吸に胸を押さえて整える
「大丈夫か、コビー」
「あ、…うん、大丈夫だよ。ありがとうヘルメッポさん…」
壁にかけた時計を見ればいつも起きる時間より30分も過ぎている
恐らく朝の鍛錬に来なかったコビーを不審がって呼びに来たのだろう
助かった…率直にそう思う
ただの夢というには生々しくて、そのクセ遠く隔たっていて現実味は皆無だ
気持ちが悪い
「……ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫だよ。また夢見が悪かっただけ」
ヘルメッポは納得していないというか顔をしたが、ため息を吐いて顔を洗ってこいと送り出した
「なんか昨日より顔色悪ぅないですか?眠れんかったんです?」
落ち込んだ気分のまま食堂でもそもそとおにぎりを齧っていたコビーに心配そうにひばりが声をかけてくる
彼女の朝食は海鮮ピザトーストのようだ。チーズのいい匂いがする
「昨日の夢のグロい続き見たんだってよぉ」
「ああ、猿ん夢ですっけ?」
「そうなんですよね……列車に乗り込んだら他の乗客がこう…無惨に殺されていくような、そういう不快な夢でした……」
青い顔をしているがしっかりとドデカいおにぎりを頬張っているのは流石海軍で大佐を勤める男である
「猿に、人が?」
「猿に人が。…夢の中の僕は妙に冷静で『 ああ、だから【猿】って看板があったのか』とか思ってたのも不愉快なんですよね」
目の前で人が害されているのをぼんやりと見ていた。という事実は夢であっても不快だった
頭が働かなったのも。身体が動かなかったのも。ああいう場面を前にしてなにも出来なかった、何もしなかったというのはコビーの信条に反する
それが何より不愉快だった
「うぅん…じゃ、コビー先輩、これどーぞ」
「これは?」
「ウチのお守りです。必勝祈願なんで夢にはあんま効果ないかもしれんけど、気休めくらいにはなるんじゃないですか」
みっつめのトーストに齧り付いているひばりから渡された赤い布のお守りをありがたく懐に仕舞う
その日の夜、コビーは既に【列車】の座席に座った状態で夢の中に居た
ぱちり、ぱちり、ぱちり、ぱちり…コビーは繰り返し瞬きをする
ああ、駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ
身体が重い。思考が重い。昨日までよりずっと、全てが鈍っている
動かなければと思うのに、思っているのに、それが脳から発信されない
助けなければと思うのに、思っているのに、それが手足に届かない
思考と心が酷く乖離/解離している
コビーの身体がコビーのもので無いような
コビーの心がコビーから放れているような
そんな、そんな、奇妙な夢心地
耳をつんざく悲鳴が聞こえる。昨日と同じ“活け作り”にされている男性のもの
バラバラの心に反して、身体は後ろを振り返る
「へる、めっぽ…さん…?」
さらりと長い金髪が俯いた顔を隠していても、鈍化した思考と霞みがかった頭でも、彼を見間違える筈がなかった
彼は、彼が、コビーの相棒が、部下が、副官が、親友が
猿に凶器を突きつけられながらそこに、居た
「ヘルメッポさんッッ!!!!」
自分の絶叫で目が覚める
軋む胸を押さえる。荒くなった息が嫌に大きく耳につく
全身から噴き出るヌルい汗をそのままにコビーは弾かれたように走り出す
真夜中を少し過ぎた、朝にはまだ遠い時分。薄橙の常夜灯だけが光る宿舎の廊下を裸足で駆ける
隣の部屋。いつもならすぐそこのそれがとても遠く感じた
「ヘルメッポさんッッ!!!!」
ノックもせず、鍵を無理やり壊して部屋に乗り込む
早く、早く安心したかった。「こんな夜中に騒ぐんじゃねぇ!」と彼の叱責を聞きたかった。あんな夢はただの夢なのだと安心したかった
それなのに
「ヘルメッポ、さん…?」
いつもなら飛び起きるはずの彼は穏やかな寝息を立てたまま
その胸の上には、干からびた猿の腕が置かれていた
………?どうしたのだろう、外が騒がしい
海軍本部だ。夜中の呼び出しなどもままあることで、夜中に関わらず人の気配やざわめきが途切れないのは常のことだ
だがそれとも少し違うように感じる
(男性寮、の方から…?)
「ひばり!起きてるかい!?おつるさんがお呼びだよ!!」
「は、はい!すぐ行きます!」
ドアを叩いた先輩の声に飛び起きる
髪をまとめ、いつも机の上に置いているお守りを取ろうとしてそれはコビー先輩に預けていたんだと思い出す
結局そのまま、制服に刀だけを持って呼びに来た先輩について速足で廊下を急ぐ
男性寮の入口からいくらも行かない部屋の前に人集りが出来ていた。その中からは叫び声が聞こえる。聞きなれた声、これは
「コビー先輩!?どないしたんですか!?」
「ひばりさん!ヘルメッポさん、ヘルメッポさんが!」
「ひばり、来たね!熾<オキ>の守りは今持ってるかい!?」
数人の男性に抑え込まれながら喚くコビー先輩
床に敷いた、なにかの模様が描かれた大きな布に座って片手に小刀を持っているおつるさん
まだ寒い季節なのに窓は全開で、室内なのに松明が焚かれている
そして、そんな混沌とした空間を無視して穏やかに眠り続けているヘルメッポ先輩
一体全体、何があった?
「おつるさん!一体何があったんですか!?」
「コビーとヘルメッポが呪われた。《猿》を利用した類感呪術と招来による生け贄だね」
「さる…!!」
ここ2日ほどコビーが見ていたという不気味な《猿》の夢
落ち着いて見ればおつるの足元、布の模様の中心には干からびた毛むくじゃらの腕が置かれている
「でも、《猿》ん夢を見よぅたんはコビー先輩の方じゃ…?」
「ああ。そもそもはコビーの方が呪われていたんだろう。効きが悪かったのか、それとも何が思惑があるのか、ここに来て矛先を変えたようだ。
『三日かけて呪う呪い』の矛先を『三日目で変更した』──そんなことをすれば、術者だってただではすまないだろうに」
珍しく吐き捨てるように言ったおつるへ部屋の外から声がかかった
「おつるさん、見つけて来たぜ」
大将 緑牛が野次馬を散らしながら部屋に入って来た
持っていた風呂敷を乱雑に床に投げたことをおつるに叱られている
「全く、丁重に扱いなよ。…どこにあった?」
「屋根裏と床下とタンスの奥とベッドの下と、あと軍艦の艦長室。あ、わりーねコビー大佐。ちっと部屋漁ったぜ」
「……狙われていたのは、僕だったんですか」
軽い詫びを口にした緑牛に見向きもせず、コビーはおつるを、その足元の《手》を睨みつけていた
「だろうなぁ。若ェうちに出世すりゃ妬み嫉み恨み辛みは山ほど買うだろうよ」
ほれ、と軽い声と共に緑牛は風呂敷をひっくり返す
ごろりと転がる《頭》《腕》《足》《胴体》……最初からこの部屋にあったものを含めて猿一匹分、切り分けられたミイラの部位
「お前のベッドの下に頭があったぜ。陰湿なことする奴も居るもんだよなぁ」
「だから丁重に扱いな。呪いの核だよ。あんたは“コレ”と相性がいいんだから」
「らはは!心配いらねぇよ、おつるさん。おれの方が強いからな!」
緑牛を叱りつけながら、おつるは迷いない手つきでミイラを本来の形で布の上に並べていく
「今ヘルメッポの魂は身体から抜けて夢の中に連れいかれている状態だ。コビー、助けに行くかい?」
「はいっ!」
「ひばり、熾<オキ>の守りは持ってるね?」
「はい!」
「アラマキ、あんたは術者の回収に行っとくれ。今から呪いを返すから」
「りょーかい」
おつるはテキパキと指示を出していく
まずは野次馬を追い返し部屋に静寂を取り戻したあと、コビーにヘルメッポの隣へ寝るように言う。ヘルメッポの手の平にひばりが首からかけていた紅葉色の絹袋を置き、その上からコビーに握りこませる
そして彼女は小刀をミイラに突きつけながら、何やら呪文のようなものを唱えていく
その声に呼応するように松明の炎が揺れる。目を閉じていたコビー の意識が緩ぶられる
「────この趣旨を心得て、急ぎ急ぎ律令の如く行え」
その声のあと目を開けたコビーは、薄闇のトンネルに立っていた
カン カン カン カン
遠くから一定の間隔で響く鐘のような機械音
看板を背に立つコビーから見て左側、【列車】の進行方向の闇の中からそれは響いてきていた
「あっちか…!」
怯むことなく走り出す
薄い白光は鐘の音とはバラバラに瞬いて一層不気味さを際立てる
線路に沿って長いような短いような、感覚が狂うような距離を走って、走って、走って──唐突に視界が拓けた
ぱっと拓けた視界に写ったのは苔むした幹
樹高の高い木ばかりが生えた、ある種見通しのいい森の中
トンネルは消え、線路は壊れ朽ちて途切れている。だが、鐘の音だけは遠く遠くから響いている
その音を頼りに苔だらけの地面を蹴る。倒木を乗り越え、枯れた枝を支えにし、深く深く森の奥へ/あるいは前へ前へ森の外へただ強く強く足を踏み出す
「ヘルメッポさん!どこ!?一緒に帰るよ!!」
生き物の音が全くしない虚構の森にコビーの強烈な声/生が突き刺さる
吸い込まれるように音が消えた後、ドッと《声》が沸いた
キィ、キィ、ギィ、ギィ…猿の声がそこかしこから沸いて沸いて、森全体が震えている
怒っている。獲物を盗られることに。獲物が思い通りにならないことに
「うるっさいんですよ」
めちゃくちゃ低い声が出た
「死んでなんかやる訳ないでしょうが!ぼくの友達を返せってんですよ!!」
握りしめられた拳が、込められた怒りが、いとも容易く大地を割った
ここは【夢】の世界である
つまりはある種の異世界だ
この【猿の夢】と呼ばれる世界は、猿たちが餌を得るために獲物を誘い出すための狩場だ
普段は空間同士が触れ合った時そこに居た不運な人間に印をつけ猿の世界へと誘い込み、数日かけて肉体から引き離した魂を食う
時折、今回のように『呼び出されて』その矛先を向けられた人間を食らうこともある
だが奴らにとってはどちらもそう変わりはない
人間というのはただの餌であり、【猿の夢】に引き込まれた時点で対象は猿の口の前まで来ているのだ
あとはぱくんと食べてそれでお終い
遠い遠い昔から、奴らはそう在った。生きているのか定かでないモノだが、あえて言うならそういう『生態』をした化け物だ
肉体から引き離され、思考を落とした人間に抗う術は無い
異界に呼び込まれた魂が、異界の主の支配下から逃れることは不可能だ
──普通ならば
ここは【夢】の世界である
つまりはある種の異世界だ
異世界とは、法則の異なる世界だ
人間とは肉体と魂が揃ってようやく形作られ、それが断ち切られることは死を意味する
だが【夢】とは魂だけが見るものだ。脳と心臓を経由せず、魂と精神だけが思考し行動する世界
ここは【猿の夢】。猿たちの餌場。そのための場所。──だが、決して奴らに対して完全に味方する空間ではない
猿たちもまた、法則に縛られる
魂と精神だけが優劣を決める世界。魂の強さが振るう拳の強さを決める世界。精神の強さが歩む足の力強さを決める世界
──まあ、とどのつまり『お前絶対ぶん殴るからな覚悟しろよ』という気持ちが何より重要なのだった
割れた地面からマグマが吹き出す
湿気た森を飲み込んで焼き尽くしながら、赤と黒が灰と緑を蹂躙する
ヨクモヨクモヨクモ
コロセコロセコロセ
ニガスナニガスナ
サケゲロササゲロ
猿どもがざわめく。ギィギィと騒ぎながらマグマから逃げ惑い、コビーへとその手を凶器を伸ばしてくる
だが、
「ヘルメッポさーん!どこー!?返事してー!!」
もはやそんなもの眼中にないと、コビーはただひたすらに蹴散らしながら叫び、足を進める
もはや怯えることなどなにもないのだと、そんなことで揺さぶられる精神ではないのだと
背に受けるマグマの熱がコビーの声を後押しする
握り込んだ右手の内の石の硬さがコビーの生を肯定する
「……………ビ-……こ、……」
小さな小さなその声をコビーの耳は聞き逃さなかった
まだマグマが到達していない箇所。少しだけ拓けたけもの道。その道中に放られた大きな籠
人一人入れるほどのそれの蓋代わりの蔦を引きちぎる。隙間なく詰められた青々とした葉っぱに埋められて、ヘルメッポはそこに居た
「ヘルメッポさん!無事!?意識ある!?怪我してない!?」
「ぅ……うるせ…縛られてる以外、一応、なんともねーよ……」
酷く疲れた様子だったがヘルメッポはちゃんと返事を返した
後ろ手に縛られていたヘルメッポの腕を解放し、彼に肩を貸して立ち上がる
もはや周囲の殆どはマグマに飲まれ、猿たちも焼けるか追い立てられるかしてその姿はもうなかった
あれだけ嘘くさく静かだった森は、今はパチパチと木が燃える音で満たされている。時折焼け崩れた倒木の音も聞こえた
「えっと……どうしよう。夢なんだから目を覚ましたらいいんだろうけど…」
「これで焼け死んだら笑えねぇぞ……」
パッと、突然空が輝いた
眩しいなんてものじゃない、目が眩むほど、世界全てが真っ白に染まるほど強烈な光明
反射的に目を閉じると途端、身体が浮き上がるような感覚
あ、目が覚める
そう直感し、肩の力が抜ける
ああ、良かった。助かった。息を吐いたコビーの耳に
『待ってるわ』
女の声が囁いた
「おかえりぃ〜〜」
「た、大将黄猿…?あ、最後の光は大将が?」
「ちょ〜と光量上げたけど、目は無事か〜い?…見えてるねぇ。うんうん、目が覚めて良かったよぉ〜。覚めなきゃ死んでたからねぇ〜」
目が覚めた直後に見るのがベッド脇に立ってる大将黄猿とか心臓に悪い。悪すぎる。ちょっと確実に寿命が縮んだ気がする
もう外はうっすらと明るくて、松明の火も随分と弱くなっている
「うわっ、なんでおれの部屋ん中で松明焚かれてんの??」
「コビー、ヘルメッポ、取り敢えずこれ飲んだら医務室に移りな。あんたらの部屋はしばらく立ち入り禁止だよ」
「今日は休みにしといたからゆっくりしなよぉ〜。一応大丈夫だとは思うけど、心身になにか不調があったら必ず言うんだよぉ〜」
「あ、はぃ痛っ」
差し出されたコップを受け取ろうと伸ばした右手が酷く傷んだ
見れば手のひらに大きな火傷が出来ている。横を見ればヘルメッポの左手も同様に焼けている
そこに握りこんでいた、ひばりから受け取った紅葉色のお守りは焼けて塵になり中に入っていた石がろしゅつしていた
「あ、これ…」
「お父ちゃんの溶岩です。役ん立ったみたいで良かったです。……ちょっと、力が強すぎたみたいですけど」
「まぁ〜サカズキだからねぇ〜」
なるほど、夢を焼き尽くしたマグマの元はこれだったのか
「ありがとうごさいます。お陰で助かりました」
「やべーな……自然系ってみんなこうなの?…ヴェッ」
焼けてない方の手でコップを受け取って飲んだヘルメッポが変な声を上げる
ただの水に見えるけど…とコビーも口をつけて咳き込んだ。めちゃくちゃ塩辛い。海水くらい濃い。飲み込めない
「一口でいいから飲み込みな」
「ヴェ………あの、」
「いいから、今日はもうとっとと手の治療だけして休みな。…こんなことがあったんだ眠るのが怖いかもしれないけれど、無理やりにでも寝るんだよ。もう、大丈夫だから」
おつるはコビーを呪った人物も、呪いが『返った』その人がどうなったかも訊ねさせてはくれなかった
それでも優しくかけられた声に酷く酷く安心して…何とか塩水を飲み込んでヘルメッポと共に部屋を出る
下の階のどこかの部屋から騒ぎが聞こえたが、ひばりに背を押されそちらに意識を向けることは出来なかった
医務室に着いた二人は手の治療を受け、空いていたベッドを借りて横になる。一応眠っていたはずなのにひどく疲れていて、瞼が重くなってきた
「大丈夫ですよ。ウチが見とるんで!」
元気に宣言する後輩になんだか力が抜けて、相棒と顔を見合わせて笑ったコビーはそのまま眠気に身を委ねる
ああ、夢も見ずによく眠れそうだ
【コビーは猿の夢を見ているようです 完】