男は雑踏の中を歩いていた
男は海兵である。中年と呼ばれる歳はもう随分過ぎたが、階級はあまり高くない
男は最近、ある若い大佐の隊へと配属された。男の半分の年齢もないだろう子供が上司になった
いつまでも昇進出来ない男と違い、入隊して二年程度で大佐まで駆け上がった期待の逸材
その事実にイラついた
その現実が受け入れ難かった
子供のような年齢の若者が周囲から求められ賞賛されることが。へらへらと笑ってそれに阿る男が上から指示を出してくることが
己の怠惰も彼らの努力も無視して、男はただ彼らを妬み、筋違いに恨んだ
「そこのお方、おひとつ呪いはいかが?」
まるで旬の果実を進めるかのように軽やかな声が男にかけられた
真っ白なローブに白いフェイスベール。色とりどりの小さなくす玉のような装飾品。声からして若い女。占い師だろうか?
彼女は白い綿の塊のようなものを片手に弄びながら男に微笑みかける
「恨めしいのでしょう?憎たらしいのでしょう?妬ましいのでしょう?羨ましいのでしょう?殺してしまえば、全部無くなるわ」
じわりと、その歌うような言葉が脳に染み込んでくる
フードから零れる白い髪がゆらりと揺れる。白い睫毛に縁取られた目元の形は美しいのに白濁とした瞳だけがただ一つ、その女の歪みだった
けれど、その歪みすら美しい
女は美しかった。ただひたすらに見つめていたい。ただ彼女だけを感じていたい。そう思わせる魔性の色香
「お代は後でいただくわ」
差し出された白い包みを殆ど反射で受け取る
しばらくぼぅとしていた男が我に返った時、女はどこにもいなかった
まるで白昼夢のようだ。ただ、腕の中には軽いような重いような白い包みが確かに抱えられていた
それからの日々は夢を見ているようだった
日々の業務はいつも通り、問題なく行えた
ただ頭の片隅にいつもあの女の姿があった。あの女の囁く声が聞こえた
まるで耳元で囁かれているかのような声に言われるがままに白い包みを開く。醜い猿の死骸を解体する。それをあの子供の部屋や周囲に隠す
髪の毛は案外簡単に手に入った。身内に対しては警戒心が薄くお人好しな子供だ。ゴミがついていると言えばなんの疑いもなく背後を許した
包みに入っていた布製の人形の腹を裂き、髪の毛を巻いた針を入れ別の髪の毛でそれを綴じる。
それを二つ作った。大佐のものと少佐のもの
先に大佐の方の人形に呪いをかける
一日目、頭部分に針を刺す
二日目、首に紐をかけて締める
これだけでおしまいらしい
次に少佐の方の人形に取り掛かる
同じように頭部分に針を刺す
これで、これで、…………────これで、どうなる?
宿舎のどこかから叫び声が聞こえた
周囲の部屋も聞こえたらしくざわめいている
同室のやつも起きだしたので共に行って見れば、件の少佐の部屋
騒いでいたのは大佐の方。少佐が目覚めなくなったという。呪いが効いたのだとして、どうして先に呪った大佐の方は無事なのか?
騒ぎを聞きつけておつる中将がやってきた。二人の様子を見て、顔をしかめて付いて来ていた大将 緑牛に指示を出している
「コビーの部屋か、その近くに呪物があるだろうから探して来ておくれ」
その言葉に突然恐怖が湧いてきた
足が下がる。歯の根が合わない。ずっと夢を見ているように曖昧だった意識がハッキリと戻ってくる
緑牛に散らされた野次馬に混じって自室に逃げ帰り布団にくるまって震える。指先が冷たくなっていく
箱にしまっておいたはずの人形が枕元に転がっている
これが、これがこんなものがあるからっ
糸が綻んで中の綿が見えている人形を掴んで床に叩き突きようとした時、
「それじゃあ、お代は貰っていくわね」
耳元であの女の声がした
目の前には、赤、赤、あか……くぱりとひらいたくちが──
「……あーあ、ちぃと遅かったか。食われちまってら」
【オマケ・完】