前までのやつ、実は規約違反ギリギリっぽいので…本人証明、ギリギリ出来るか出来ないかって感じなんですよねぇ
ひばりちゃんメインなのにひばりちゃんのキャラは100%捏造だし、広島弁もよう分からん……
「…………あぁん?」
ぽかん、とひばりは目を瞬かせる
目の前にあるのは古びた家屋。足は砂を被った飛び石を踏んでいる
抓った頬を湿った風が通り抜けていった
『■を喰らう家』
唖然とするのも仕方がないだろう。だってひばりは今、海軍本部の扉を潜ったのだ
巡回と捕縛の任務が終わり、新マリンフォードへと帰港し、後は船内で作成した報告書を提出して、あと残りの細々とした書類整理や雑務をする
そういう予定で共に出ていたコビーとヘルメッポとこの後のことを話し合いながら本部への出入り口を潜っただけだ。そこにあるべきは白い石の壁と廊下であるはずであって、こんな、こんな山の中の廃屋などではないはずだ
「は?なんだよ、これ」
「催眠?瞬間移動?…目を開けたまま夢を見てる、なんてことはないよね?」
後ろから訝しむ先輩ふたりの声が聞こえ、振り返った先に確かにその姿を認め、ひばりは少しだけほっとした
「視覚と聴覚を騙しての場所の誤認。シンプルに場所の移動。どっちだと思う?」
「前者なら触覚もじゃないですか?地面の感触が床と違うよ」
「ドアを潜ってからの歩数からして、本来ならここに壁と観葉植物があるはずですけど何も当たりませんね」
しゃがんで地面を触っているひばりと空中で横に素振りしながら言うコビーにヘルメッポが頭を抱える
「場所自体が違うってことかよぉ~……で、何かしらの能力者だとして場所を移動させる能力ってなんだよ?」
「パッと思いつくのはローさんのオペオペの実。ですがあれは距離に制限がありますし、“移動させられた”という感覚があります。こんな風になんの違和感もなく別の場所へ人間を移動させることは不可能かと」
「ベテランの先輩ん話しに瞬間移動っちゅうか、ワープ?が出来る能力者の話は聞いたことあります」
「それにしたって、悪魔の実の能力じゃ無理じゃないか?ああいう能力って基本的に“目に見える範囲”が効果範囲なんだろ?新マリンフォードにこんな場所はねぇし」
…………悪魔の実の能力でないというのなら、ひとつだけ、思い当たることがある
「怪異ん、巻き込まれたっちゅうんは、ないでしょうか?」
怪異?と訝しげな顔をするコビーとヘルメッポだが、ひばりは妙な確信を持って口を開く
「こないだの『猿の夢』みたいな、うちらん世界とは違う《理》で動いちょる存在なら、こういう妙なことも出来ますし…さっきん扉が文字通りの『入り口』んなっとたんかもしれません」
「『気がついたら怪異ん口ん前だった』っちゅう話はよくあるらしゅうて…獲物を狩場に強引に引き入れる、とか、そういうことが、あるらしゅうて…」
ぎゅうと握った胸元が心ともなくひばりの背に怖気が走る
それでも握り締めた服の下に硬い感触を感じて少しだけ安心した
大丈夫。先輩たちも一緒にいる。お父ちゃんから貰ったお守りもある
だから大丈夫
「じゃあ、おれ達はまた呪われたってことか?」
「ヘルメッポさん、そういう決めつけは…」
「無いとは言えねぇだろうが」
咎めるコビーの言葉にヘルメッポは低く返す
「お前が、お前の部下に、呪われたのは、つい二週間前だぞ」
硬いヘルメッポの言葉に浮かんでいるのは心配だ
ひばりも同じ気持ちだ。優しいコビーが理不尽で身勝手な理由で呪いをかけられ、ヘルメッポにもその災が及んだことは記憶に新しい出来事だ
「………今は、犯人について考えるよりここがどこでどう脱出するか考えようよ」
「……ま、そうだな。ひばり、お前こういうの詳しいのか?」
「お父ちゃんがお父ちゃんなんで、ちょっとは…ええっと、そもそもここがうちらで言う『現実世界』なんか『異世界』なんかをまず確認せんといけんね」
現実世界と地続きならここはただの山奥の廃墟だ。とっとと敷地から出て街なり人なり探せばいい
異世界なら厄介さは格段に上がる。一口に『異世界』と言っても色々あるからだ
「駄目だ。この門壊せないよ」
「上もダメだな。塀を乗り越えたはずなのに内側に戻ってきちまう」
「お二人とも行動が速いですね…壊せない、出れないってなるとやっぱり異世界ん方ですかね。ヘルメッポ先輩、塀の上から向こう側って見えました?」
「霧が濃くて多分山か森ん中なんだろうなってのが辛うじて分かるくらいだな」
「異世界っちゅうはまあ読んで字のごとくなんですけど、大体二種類に分けられるんです。《元からあったもの》か《作られたものか》
ええっとつまり、元々あった洞窟を利用してトラップを張って獲物を捕まえようとしょるもんと、自分で洞窟を掘って整えてトラップを張って獲物を狩ろうとしょうるもの
こないだの《猿の夢》は…多分前者ですかね?トンネルと線路と森ってなんかチグハグですし。元々あったもんに猿が要素を足してったんじゃないかと。《夢》は全部焼いちゃったからどっちともとれるんですけど」
「あー…ちょい待てひばり。結論を言え。つまりどうやったら脱出…元の世界に戻れるんだ?」
うぅんと唸りながら言葉を重ねていたひばりを制しヘルメッポが訊ねる
ええと、とまたひばりは戸惑いながらも目の前の廃屋を見上げた
「ここにうちらを喰おうっちゅう怪異──バケモンがおるんなら、そいつをぶん殴るんが早いですね」
流石はコビメッポの後輩、彼女も十二分に脳筋だった
「ここが前の《猿の夢》と同じならひばりさんのお守りは?前は凄く効いたよね?」
「それが反応せんで。前ん時は相性が良かったっちゅうんもあるんでしょうけど、なんも反応しとらんのよ」
前の時は《猿》に対する《犬》、《森》に対する《マグマ/火山》という属性が特攻と言っていいほど効いた結果、異世界全体を焼き尽くすことになった。もちろんおつる中将の術の後押しがあったことも大きいが
「バケモンがおらんのなら、どっかしら現世と繋がる穴なりあると思うんでそれを探します。けど、今回こっちはないんじゃないかとうちは思うんです」
「……おれ達が呪われた結果ここにいるなら、おれ達を始末するためのバケモノが居るはずだもんな」
「そうです。どういう呪いか術かは分かんないけど、閉じ込めて飢え死にをさせようっちゅうことはないでしょう」
何より不味いのは“捧げられた”場合だ
自分たちでは太刀打ちできない可能性が高い
「…分かりました。周囲を警戒しながらこの場所の探索をします。まずは外周、庭を見て回りましょう。異論は?」
庭は至ってシンプルなものだった
門から続く高い土塀で覆われていて外のことは一切分からない。ひび割れたり汚れたりしているが壊れているところは無いようだ
地面は何の変哲もない白い砂利で、所々枯れかけの低木や雑草がまばらに生えている
玄関から向かって右手に進んでいるが、廃屋に目立っておかしな点は無い。窓ガラスはいくつか割れているが人為的なものというよりは自然に朽ちた結果のように見える
黄ばんだカーテンの向こうに見える室内も荒れては居るがただの一般的な居間のようだった
「枯れてない木もあるね」
「ここらだけ枯れてねぇのはなんか意味があんだろうなぁ」
居間らしき部屋の正面から向こうの塀の端まで、1mから2mほどの高さの木が並んでいる。丸い葉っぱを青々と付け、ここだけ妙に生気が満ちている
話をまとめたコビーにひばりとヘルメッポは異議もなく従って揃って足を踏み出した
「これマルベリーじゃねぇか?」
「マルベリー?最近ヘルメッポさんがハマってるお酒に入ってるやつ?」
「そうそう」
ヘルメッポが指さした先には葉っぱに紛れてラズベリーのような赤い粒粒の実が固まって生っていた
「木の実が生る木だけが無事っちゅうことは、これを食う奴がここのバケモンなんじゃろうか?」
「木の実…鳥とか小動物とか?」
「それこそ猿じゃねぇだろうな」
前回のことが余程トラウマなのかヘルメッポは眉間に皺を寄せている
なんとなくその葉の下を歩くのは嫌でマルベリーの木からは距離を取って家に近い側を進んで探索を再開する
居間から続いていた部屋は窓の形からして台所。勝手口を挟んで細い煙突のある推定風呂場が端にある
そこを曲がれば、土塀の倉が三つ等間隔で並んでいた
一階建て。屋根は瓦。窓は上の方に横向きに細く長く付けられているようだが、上から木の覆いが着けられていて中を覗くことは出来ない。廃屋から渡り廊下で繋がっていて出入り口は木製の引き戸で鍵のようなものは一見見当たらない
倉についても気になるが、取り敢えずは一旦家周りをぐるっと一周しようというコビーに従い塀と倉の間を通って反対側の庭まで出る
首の後ろがぞわぞわする。とても気持ちが悪い。歩きながらも無言で倉を睨んでいたヘルメッポも同じように感じたのか首元をさすっていた
ここにナニが居るのだろうか
反対側の庭は、小さな池と岩と木々の恐らく本来なら小さくも立派だったのだろう庭園だった。今は水も緑も枯れて無残にその残骸だけが残っている
そこに面した家は全面が外廊下兼縁側で、玄関から見て奥の部屋は開け放たれた障子の向こうに箪笥や車輪のようなもの。何かの道具が散らばっていた
そこから真っ直ぐな廊下を挟んだ部屋は窓もない漆喰の壁で中は伺いしれなかった
「………思ってたよりもなにも無いね」
「本命は家ん内ってことか。どうする?バラけるか?」
「そりゃあ悪手だと思います。バラけた途端一人ずつ喰われるっちゅうことが無いとは言えんし」
玄関先まで戻って来たひばりたちは揃って顔を顰めることになった
玄関が開け放たれている
先程までは立て付けの悪そうな磨りガラスの引き戸が確かにちゃんと閉じていたはずだ
あからさまな誘い。挑発
「むっかつきますね。よし、そこの縁側から入りましょう」
歩いて来たばかりの左側の縁側からコビーが廃屋に踏み込んでいく
雨戸は全て開け放たれていて廊下には薄く砂と埃が積もっている。その奥のガラス障子も破けたり半開きだったりだ
手前の一室を戸惑いもなく開いたコビーの後ろから中を覗き込む
「雑魚部屋ですね。あまり大きな家でもないのにそんなに使用人が?」
八畳ほどの和室。畳の上には乱雑に放置された布団が六つ。布団の間には簡素な仕切りが置かれ、枕元には文箱や本などの私物が転がっている
「隣も似たようなもんだったぞ」
いつの間にか勝手に隣の部屋を覗いてきたらしいヘルメッポが報告してくる。何があるのか分からないのだから勝手に居なくならないで欲しい
ガラス障子の全てを開け放ち、見通しの悪い衝立もポイポイと壁側に寄せる
布団を土足で踏むのに多少の抵抗はあるがまあ仕方がない
大人サイズの煎餅布団だが枕元に転がった私物を見る限り半分以上は子供だったようだ。お手玉やおはじきが小ぶりな竹箱から覗いている
「女性部屋ですかね」
「行李に入っとるのは着物じゃね。あんま洋服は無いみたい」
「押し入れもたいしたもんは………なんだこれ」
ひばりとは逆側の押し入れの行李を探っていたヘルメッポが片手に納まる程度の細工箱を手にしている
所々剥げてはいるが元は綺麗だったのだろう寄木細工の平たい箱。開けてみればきちんと区切られた升目にころんとかわいらしい糸の玉が並んでいる
よくよく見れば真っ白ではあるが複雑で美しい幾何学模様が刺繍されているようだ
「えぇと、なんていうんですっけこういうの。手毬?くす玉?ていうかこういうのって、カラフルでなんぼなもんじゃないんですかね?」
「不用意に触んじゃねぇよ」
コビーがひょいと手を取ればその華奢さがことさら際立った
それを不機嫌そうにヘルメッポが叩き落し、トンと軽く跳ねた糸玉は転がって布団のどこかへ入り込んでしまった
「コビー、お前何も感じねぇのか」
「ヘルメッポさんは何か?」
「首のトコがチリチリする。ずっと見られてる。ここになにもねぇならとっとと次に行こうぜ。長居すると多分、ヤベェ」
この三人の中で見聞色の覇気が突出しているのは言うまでもなくコビーだ。相手の内心もある程度分かる読心に近い強力な覇気。範囲も広く、そもそもこの程度の敷地内なら全て範囲内に入るはずだ
けれど、コビーには何も聞こえていない。感じていない
その異常さを改めて突き付けられ、コビーの顔が険しくなる
「分かった。じゃあ次の部屋を見に行こう」
ここは異界で、推定だがボスのような存在がいて、それをぶん殴れば元の世界へ帰れる可能性が高くて、それが自分たちを喰おうとつけ狙って来ているのなら、もういっそ一番怪しい所から当たってみては?
そうコビーが言い出した時、ひばりは躊躇した
賛同すべきか、反対すべきか
まず情報が足りなさすぎる。敵の正体が掴めていない。なんとなく、予想はあるが確かな情報はなく、断片的な嫌な予感だけがするりと頭を抜けていく。…拳で解決出来ない相手だっているのだ。冷静に、慎重に進まなくてはいけないのではないか?
けれど、急いだ方がいいのも確かだろう
ヘルメッポの顔色が悪い。薄暗い室内だからではなく、元から白い顔が血の気を失って行っているのが分かる。それにヘルメッポだけでなく、ひばり自身も視線を感じ時おろり喉が締まるような息苦しさを覚えた。胃が痛いような気持ち悪さも感じる。血も傷もないが確かに攻撃を受けている
それをコビーも分かっている。だから事を急いているのだ
「…………うちは、」
「おれは賛成だな。可能性は高いとこから潰していくべきだ」
「……分かりました。行きましょう。幸い武器もあります。時間かけて疲弊した所を襲われるくらいなら、こっちから討って出るんも一つの手でしょう」
家の中から渡り廊下が続いてたが、これ以上家内に居ることもはばかられて外から回ろうと庭に下りる
たった数秒。庭に目を向けてそちらに数歩足を踏み出して、二人の目がヘルメッポから外れたのはたったそれだけの瞬きのような時間
軽い落下音がして振り返れば、ヘルメッポの姿は煙のように消えていた
思わず悲鳴を上げる。驚愕と焦燥が悪寒となって背筋を駆け上る
彼の手にあった木箱は床に落ちて中身が散らばっていた。腰に下げていたククリ刀も鞘ごと布団の上に転がっている
「な、なんっ、今、そんなっ」
「ヘルメッポさんっっ!!!どこっ!?返事出来るっっ!?!?」
コビーの叫びが家屋全体に響き渡って揺さぶるが、それも呑み込まれたようにすぐにしんと静寂が戻る
「く、食われっ…!?」
「いえ…小さいしどこか特定は難しいけどヘルメッポさんの《声》がします。生きて、います…!」
なんだ。何がキッカケだ。一体何をトリガーにしてヘルメッポは拐われた?
目を離したこと?否、彼は一人勝手に隣室を覗きに行ったりしていた
この手毬を見つけたこと?否、三人とも中身を確認したし直接触ったのはコビーの方だ
倉へと向かおうとしたから?…分からない。予想も仮説も出せない
情報が、少なすぎる
「ヘルメッポ先輩は…まだ、無事、なんですね?」
「少なくとも生きてはいます。怪我の有無も分からないくらい《声》が微かでどんな状態なのかを知ることは出来ませんが……」
「じゃあ、もう一度だけでいいです。情報を探しませんか。………分からんことが多すぎる。ここに来てお守りすらちゃんと発動しとらん。お父ちゃんのお守りすら封じるくらい強い相手ならなんも分からんまま向かってくんは死にに行くんと同じじゃ」
ぎぃ、ぎぃ、と誘うように二階から音がした
何があるか分からないし、咄嗟の時に動きずらいのでは。と散々議論したが結局「また煙のように消えてしまう可能性がある」とひばりとコビーは手を繋いで家内を探索することにした
玄関に背を向ける形で壁に向かって作られた急な階段。壁と部屋に挟まれて酷く薄暗く、階段の上も同様だった
手を引かれながら慎重に上がれば、格子の付いた窓が等間隔に並ぶ回廊状の廊下に比較的綺麗な状態のガラス障子に囲われた部屋がひとつきり
気をつけながらも蹴破った先には、無数の本や紙が床を埋めつくし、その真ん中に布の掛けられた鏡台がぽつんと鎮座していた
散らばった紙は和紙のようで、本も紙を重ねて紐を通した和綴りのものだ
千切れて掠れてはいるが何とか読むことは出来そうだった
『端切■に■い糸を使■て人■をつ』『百種の蟲を■の器に入』『髪と爪と血を■ぜ合■■』『■で作った■形に対象の■■■』『錦と■を捧げ』『白粉は■鉛を入れた■■が』『蝋■に血を■度重ね』『シ■クの嫁は■の呪いによって■■■流れ』『年老■た猿の木■伊を■■分』『おしらさまに』『今年は■が足りず■■から調達し』『尾だけ■残し■猫を生』『三人目も■んだ。八番■■駄目だ』『に針を』『の■を絞める』
パラパラといくつか見ただけでこの内容
恐らくだが呪いの内容や材料の書き付け…メモや記録だ
何故それがこんな風に乱雑に散らばっているのか、誘われてやってきた二階にあからさまにこうして突き付けられたのか。どちらも意味が分からなくて気味が悪い
その中で取り分け目を引く言葉があってひばりは息を詰める
「さる、の、ミイラ…っ」
「【おしらさま】……?」
二人が同時に呟いた時、鏡台が内側から激しく叩かれた
《…い!……じか!》
男の声が布をかけられている鏡台の鏡の向こうから聞こえてくる
余程強く叩かれているのか鏡台全体が揺れて少しずつ布がズレてきていた
ひとっ飛び、廊下まで退避して構えを取る。息を詰め、鏡台を睨みつける。つぅと汗が顎から零れ落ちたと同時に布が外れ鏡が姿を現した
《おい!聞こえているか!?》
「ホーキンスさん…!?」
驚きの声を上げるコビーの隣でひばりは声も出せず固まることになった
こちらを写すはずの鏡の向こうにはひばり達が所属する海軍の機密特殊部隊『SWORD』の協力者、《魔術師》バジル・ホーキンスが滅多にないような焦った顔を向けていた
《なんとか繋がったようだな…端的に言う。こちらではお前たちが消えて一週間以上が経過している。これ以上時間をかけると危ない。脱出の目処は立っているか?》
「そんなに経っているんですか!? 分かりません。兎に角ここのボスであろう怪物を殴りに行こうかという話をしていた所です」
「ヘルメッポ先輩が拐われちゃったんじゃ!奪い返しに行かんといけん!」
険しい顔をして、何か怪異やこの異界の正体を探れる情報は無いかと尋ねるホーキンスに今見たばかりのメモの内容と外を回る間に得られた僅かな情報を矢継ぎ早に話す
少しだけ黙った彼は意を決したように口を開いた
《お前たちは“神”と呼ばれるものに捧げられている》
最悪だ。想定していた中で一番最悪の相手を引いてしまった!
《『おしらさま』とは蚕、養蚕の神だ》
朗々と響く低い男の声が、この家の不可思議を紐解いていく
《財をもたらし家を守る。ただそれだけのものだが、恐らくそこに座しているのはそれを超えている。混ぜられている、と言ってもいいだろう》
《複数の呪術をひとつの対象に掛け、重ねる。重ね続けて根付かせる。そうして【神】を作り上げる》
《実際、そう上手くいくものでは無いのだが…呪いと言うのはそもそも反発し合うものだ。呪術ひとつ取っても手順が複雑怪奇で、こちらを立てればあちらが立たぬ。そういうものだ。美味いからとカレー粉と生クリームと生魚をぶち込んでも不味くなるだろう》
《しかしお前たちがそこに居るということはある程度の力、形が確立しているということか……》
《不味いな……ある程度力のある存在であろうとは思っていたが、神性となると…最悪、ヘルメッポのことは諦めねばらない》
ビシリ、と突然鏡に罅が入る
段々と遠のく焦ったような声と焦燥を浮かべた赤い瞳を最後に鏡は粉々に砕け散った
《火と、鋏を…!断ち切って 燃や せ !!》
ぎぃとその向こうに錆びた鋏を持ったしわくちゃの猿が笑っていた
コビーが床を蹴って跳び上がる。相手に何の動きも許さずその小柄な身体を蹴り飛ばす
側面の障子を破って飛び出してきた別の猿をひばりが斬り捨てる。返す刀で後ろから飛びかかってこようとしていた個体も同様に
低い天井の中でもコビーは軽やかに猿たちを叩きのめしていき、ひばりが追ってトドメを差していけばあまり時間もかからず襲撃は収まった
計で八匹。どれも似たようなしわくちゃで小柄な猿だった
「これ、夢に出てきた猿とよく似ています」
「あの猿ん夢がここと繋がりがあるっちゅうことですか?」
猿たちが落とした凶器の中から比較的錆び付いていない鋏を拾い上げながらコビーが言う。それでも動かす度にザリザリと音がして酷く切れ味は悪そうだった
「流石にこれじゃ何も切れそうにありませんね…砥石でもあればいいのですが」
「火も要るて言うちょったし、台所を探してみましょう。多分、降りて直ぐん部屋がそうじゃと思うけぇ」
コビーは鋏はベルトに挟み、再びひばりと手を繋いで今度は階段を降りていく
一度気になって振り向いた部屋にはもう猿の死骸は無く、こんもりとつまれた布の塊が落ちていた
階段を降りて直ぐ右手、磨りガラスの引き戸の向こうに台所はあった
埃の積もった冷たいタイルの床、壁に沿ってコンロや流し台、調理台が並び、真ん中には大きめのダイニングテーブルが鎮座しておりそれによって少々狭苦しい印象を受ける
流しの下を開けてみたが包丁の類は見つからず、キッチン鋏も無い
だが砥石は見つかったので拾った鋏を研ぐことが出来た。あまり固くないもの、布や糸などなら数度ほどなら問題なく使えるだろう
コンロは点かずカセットボンベなども見つからなかったが食器棚の奥に隠すようにマッチ箱が置かれているのを見つけた。どうやら湿気てもいないようだ
これで助言通り『火』と『鋏』を手に入れた
「……ひばりさん、大丈夫ですか」
「ウチは平気じゃ。先輩こそ、顔色悪いけど大丈夫ですか」
「問題ありません。神様か何か知りませんが、とっととヘルメッポさんを取り返して帰りましょう」
軋む家。影から湧いて出る猿ども。空を舞う白い蛾たち。揺れる視界、反響する金切り声
その全てを蹴散らしながら、二人は家の奥/倉/神域を目指して駆け出した
《真名看破》
《『マヨイガ』『人の居ない家』》
《改め》
《『【男】を喰らう家』》
────解体開始
三棟並んだ倉の真ん中、その扉を迷いなく蹴倒して突入する
中は外観から推測出来る広さを遥かに超えた空間が広がっていたな
床はマルベリー ──桑の葉が埋め尽くしその上に丸い繭が無数に入った平たい箱が乱雑に積み重ねられている。不規則に置かれた棚からは白い糸が垂れ下がり、天井からは様々な大きさのこれも真っ白な薬玉が吊り下げられている
中心には白木の鳥居が鎮座していた。錦の紙垂と白絹の注連縄が掛かっている
その向こう側に白い女が座していた
これが『おしらさま』
これがこの場の主か
パッとコビーは足元の木箱を拾い上げ投げつける。『女』の頭に直撃させるつもりで放ったそれは鳥居を通り抜けることなく空中で何かにぶつかって落ちた
構うことなく今度はコビー自身が飛びかかる。しかしそれもまた鳥居──結界に阻まれる
ひばりはその間に刀を手に側面から周り込んでいた。『女』の足元、そこにある人間大の繭から僅かにヘルメッポの《声》が聞こえた。一息に鳥居の結界を切り裂いたが、一歩踏み出した途端足元からカイコガが湧き出し行く手を阻まれる
それを斬り捨て踏み潰しながら更に踏み出したひばりに
《──どうして?》
白い『女』が口を開いた
《どうして?》
『女』は繰り返し疑問を口にする
《対価を払いなさい》
《願ったのだから》
《望んだのだから》
《神を頼り縋ったのだから》
《ならば、対価を払うべきよ》
甘い声だった
脳に染み渡るような、思考する力を根こそぎ奪っていくような…言っている内容を深く考えずに思わず頷いてしまうような声音
コビーは頭を振ってそれを振り払う。…覚えがある。この感覚はあの《猿の夢》の中でのぼうっとした感覚とよく似ている
ならば、やはりあの夢…呪いにもこの『女』が関わっていたのか!
「ウチらが!お前なんぞに何を望んだっちゅうんじゃ!あ゙あ゙!?」
ガラも悪くひばりが怒鳴る
振るった刃は生糸に絡め取られ、身体自体も同様に巻き付かれ動けなくなるがひばりは気丈に燃えるような目で『女』を見据えた
《繁栄を》
『女』は心底分からないと言うように首を傾げる
《繁栄を》《栄華を》《絶えぬ食を》《煌びやかな衣服を》《暖かな家を》《続く子孫を》
《わたしに》《わたくしに》《ずっとずっと》《望んだじゃない》《願ったじゃない》《捧げたじゃない》《縋ったじゃない》
《だから、叶えてあげたじゃない》
この、『女』、は、
もしかして、
「僕らと信者の、区別が、ついてない…?」
この『女』をかつて敬い崇め『神』として成らせたこの家に居たもの達が、もう既に居ないのだと、もう滅んでしまって…あるいはこの『女』が全て喰らってしまった後だということをもしかして分かっていないのか?
《敬い》《恐れ》《願い》《崇めなさい》
《そうでなければ、わたくしは》
「そがぁなこと知ったこっちゃあ無いわ!! ボケェ!!」
コビーが裁ち鋏でひばりの拘束を解く
ひばりは刀を手放し腰のポーチに手を入れすぐに目当てのものを握り『女』に向かって投げつける。小さな瓶。ここの台所を探っていた時偶然見つけた油の入った小瓶が『女』の足元で砕け散る
「忘れらたっちゅうんなら素直に滅びとけぇ!邪神が!!」
放ったマッチが油に引火する
コビーが繭に鋏を突き立てヘルメッポを救出している間、死に物狂いでかかってくるカイコガや猿たちをひばりが迎撃する
繭や生糸に火が移っていく。段々広がる火の手に『女』の叫びが飲み込まれていく
《ああぁあああぁぁ………どうして、どう、して……っ!》
わたしは こたえた だけなのに
倉から脱出する直前、そんな言葉が聞こえた気がした
家全体が戦慄いている
ヘルメッポを背負ったコビーが先を行き、ひばりは後ろを警戒しながら着いていくが、叫び騒ぎながら逃げ惑う猿もボタボタと剥がれ落ちるカイコガも最早こちらを気にする余裕も無いらしい
床に落ちた蛾を踏んだ感触が気持ち悪くて吐きそうだ
「門が、開いちょらん…!」
目指していたのは最初、この空間に連れ込まれた時立っていた場所
戻れるのならばここだと思っていた
ここが一番分かりやすい「出入り口」だからだ
だが目の前の大きな門はピッタリと閉じられたままだ
「このままでは崩壊に巻き込まれるのでは!?」
「くっそ…っ、開けぇや!ウチらはこがぁなトコで死んでやるつもりはなぁぞ!!」
憤りそのままに門を蹴り飛ばすがビクともしない
背後からはザリザリとした崩壊の音と家から溢れてくる糸が迫っていた
まだあの『女』は諦めていないらしい。まだひばり達を喰らえば神として長らえられると思っているのだろうか
手の塞がっているコビー達を後ろに庇い、ひばりは刀を構え糸と対峙する
八方塞がり?万事休す?
こんなところで、終わるのか?
「こ、び……しゃが、め…」
コビーに押さえつけられた瞬間、頭上を蜘蛛の巣のような“糸”が走って眼前の糸の壁を細切れにして行った
そのままぐいと大きな手がひばりの腕を掴み、壊された門の向こうへ引き込んだ
「コビー!ヘルメッポ!ひばり!無事か!?」
「た、隊長…?ああ、戻ってこれた、んですね…」
突然の明るい空間にパシパシと目を馴れさせていれば、隣からそんな会話が聞こえた
「フッフ、再会を喜ぶのはいいがとっとと退きな」
「え……」
上から降ってきた声に顔を向ければ不快そうに笑っている特徴的なサングラスをかけた男──王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴがこちらを見下ろしていた
「はっ、えっ、なんっ…!?」
「大丈夫だぞーひばり、落ち着け落ち着け。でも兄上にお礼は言おうな」
更に上から降ってきたのはこの男の弟である上司の声
光に馴れて見えるようになった目で見回せばひばり達は座っているドフラミンゴの足の上に乗っている…というかこれは押し倒したのでは?
「しっかし丁度兄上が来てて良かったな」
「そうだな」
ひばり達の正面でガラスが砕け散った大きな姿見を腕力でバキバキにしているドレーク
彼が居るなら居るだろうと探せば窓際のソファにホーキンスもちゃんと居た
「じょ、状況を教えてください…」
ここはロシナンテの軍艦の一室だという。今は海軍本部へ向けて大海原を航海中らしい
コビーたちが消えたと『SWORD』伝いで連絡を受けたロシナンテとドレーク(+ホーキンス)が合流し、偶々用があり海軍本部へ向かうのにロシナンテの軍艦に乗っていたドフラミンゴが巻き込まれた、という経緯でこのメンバーが集まっていたらしい
ひばりとコビーがソファに座り直し、未だ体調が悪そうなヘルメッポは壁際に配置してあったベットに寝かされた
ドフラミンゴだけは部屋から出ていき、ロシナンテとドレークがバキバキにした鏡の掃除をしている間、対面に座ったホーキンスから質問と説明を受けることとなった
「………やはり、お前たちが引き込まれたのは『おしらさま』の異界で間違いはなさそうだな」
「…彼女はひどく受動的でした。『望まれたから応える』『捧げられたから喰らう』『願われたから叶える』と言った風に。ですから彼女自身が僕たちをあの場所へ飛ばしたとは考えにくいのですが」
「そうだろうな。お前たちは捧げられた。神に供物を捧げるのは儲と決まっている。…数週間前、呪われたと言っていたな」
それは記憶にも新しい出来事だ
優しいコビーが理不尽で身勝手な理由で呪いをかけられた。しかも直属の部下に!
「やっぱり内部犯なんじゃろうか…?」
「十中八九な。あの手の呪いは返ってきたらまず助からん。前の術師と今回の術師は別人だろう。だが、なんらかの理由で繋がってはいたのだろう。前回、今回とお前たちが狙われたのは偶然ではないだろうからな」
「ええ、そうでしょう。あの異界には《猿の夢》の猿が居ましたし、『おしらさま』の声…声?を聞いた時に感じたのはあの夢の中で思考がまとまらなあったものと同じでした」
「本部戻ったら一回抜き打ち検査でもすっかぁ。海兵に呪いの方法が蔓延してたらことだ」
粗方鏡を片付け終わったらしいロシナンテが話に混ざってくる
海軍は正義を標榜する組織だけれど、時に道を踏み外す人間が居ない訳じゃない。嫉妬心や劣等感は容易く人を狂わせる
「そうだな、こう短期間で二つ発覚したんだ。裏で糸を引いてる者がいるかもしれん。お前たちを狙っているのなら気をつけろ」
「気をつけろと言われましても…前回も今回も、こちらで防げるものでもないでしょう」
あっ、とひばりが声を上げる
そう言えばと服の下からお守りを取り出してホーキンスに見せる
「お父ちゃんの溶岩の入ったお守りじゃ。前の《猿の夢》ん時はよう効いたみたいなんじゃけど、今回役に立たんかったんよ。今後もこれが役に立たんのならまた別の守りを考えんと」
「いや、これは…発動していたみたいだぞ」
「ええ?燃えもせんかったし、猿や蛾を退けるとかそういうんもなかったよ?」
「お前をあの場に留めただろう」
留めた…?と首を傾げるひばり達に対し、ホーキンスは思案顔だが冷静に説明を重ねる
「『おしらさま』は家と富を守るもの。繁栄とは金儲け以外にも子孫繁栄の意味もある。本体は『女』、ならば当然『男』が必要になるだろう」
「えっ…え、つまり、そういう…えっ、そういう生贄なのか!?」
「実際に性交があるかは知らんがな。呪術や魔術において『対』というのは大切な概念だ。月と太陽。大地と海。昼と夜。男と女──それにまあ、女神や女怪が男の精気を喰らうのはよくある事だな」
「ああ、そういうことかぁ」
つまりあの『おしらさま』は男しか標的にしないのだ。男を狙うのに特化していると言ってもいい
だからひばりよりもコビーやヘルメッポの方が空間の影響を強く受けていたし、ヘルメッポは音もなく拐われた
コビーとヘルメッポの二人だけであの異界に飛ばされていたら詰んでいたということだろう。だからひばりも一緒に“連れていった”
お守り様々だ。本部に帰ったらお父ちゃんのこともっと拝んでおこう
「量産出来るならしばらく三人とも持っておくといい。本部に着くまではおれが部屋に結界を張っておくからなるべく出るな」
「分かりました。ホーキンスさん、何から何までありがとうございます」
頭を下げるコビーたちに対し、ホーキンスは疲れたように斜め前に立つロシナンテを下から睨めつける
「いい、おれも身柄を保証される代わりに海軍にために働かなければならないからな。それにそこの男が散々騒いで煩かったからな…仕方なくだ」
「それにしちゃあ律儀だよなお前も」
ニヤニヤと笑うロシナンテを無視して、ホーキンスは鏡の処理をすると言ってドレークを伴って部屋を出ていった
取り敢えずコビーとヘルメッポはこの部屋を使えばいい。ひばりは別の部屋がいいなら隣の部屋が空いてる
そうロシナンテから提案されたが、今は二人と離れることに不安もあったので丁重にお断りしておいた
「そう言えば、ドフラミンゴがいて良かったって、なんでですか?」
ふと思い出したようでコビーがロシナンテに尋ねれば彼はタバコを吸いながら苦笑した
「性質が似てるんだとよ。だから同化?がしやすくて…あー…こう、同じものだと誤認させて入り込みやすかった?とかなんとか」
要領を得ない説明にコビーが首を傾げているが、彼は気にせず紫煙を吐き出しながらボヤいている
「そんな似てっかなぁ……身内に頼まれたら断らねぇのは確かだけど、ドフィは死んでやるタイプじゃねぇぞ」
ひばりの脳裏に《どうして》と途方に暮れたような女の声が浮かんで消えた
『コビメポひばりは人の居ない家から脱出したい [完]』