番外編①<ラプラスの箱が開かれて>
<ラプラスの箱が開かれて>
―本日は宇宙世紀憲章の新事実について徹底討論していきたいと思います。ゲストはハイラム・メッシャー連邦議員とニュータイプ研究専門家の……―
宇宙世紀0094年2月、ホーリー・モーレスが起こした現象を見た民衆の興奮が未だ冷めやらぬ中、とあるテレビ番組では最近になって判明した宇宙世紀憲章条文の1つについて議論されていた。
―今回判明した条文には宇宙に適応した新人類の参政権の保証が明記されているとか―
―ええ、凄い新発見ですよ!まさかジオン・ズム・ダイクンがニュータイプという概念を提唱する前からこんな条文があったとは―
ラプラスの箱が開かれたことで宇宙世紀憲章の隠された条文が世間に公表され、そこに記されていた一文は地球圏に住む人類の注目の的となっていた。
―連邦政府は何時になったら公式見解を出すのでしょうか?―
―しかしですねぇ、この条文は余りにも抽象的なのですから……慎重に議論を重ねる必要があることをご理解いただきたい―
―それはわかります。しかしスペースノイドの一人としては近いうちに何かしらの発表をしてほしいのが本音ですね―
―貴方のお気持ちはわかりますが当分の間は難しいでしょうな。なにせ今の政府は前首相が逮捕されたりしてゴタゴタしていますので……―
テレビ番組ではゲストの連邦議員と専門家達が意見を交えていたが、声を荒げたりすることなく終始穏やかな雰囲気で討論を続けていた。
「……皆も知っているだろうが最近のテレビ番組はこれと似たような内容が数多く放送されている。それだけ衝撃的だったのだ。ラプラスの箱、いや宇宙世紀憲章の隠されていた条文の内容がね」
地球連邦政府本部のモニターに映されていたテレビ番組を眺めていたゴップ議長は、とある会合の為本部に集められた政治家と官僚達に視線を向ける。
「今やアースノイド、スペースノイド関係なく地球圏に住む人類全てが条文に関心を寄せている……対応を誤れば地球連邦政府が揺らぐかもしれん」
(確かに、民衆の熱狂ぶりを見るに杞憂ではないだろうな)
集められた政治家達の中にはブレックス議員もあり、彼の第一秘書であるクワトロ・バジーナ……シャア・アズナブルも会合に参加していた。
(ラプラスの箱か、まさかあんな条文が今まで秘匿されていたとは。あの内容は慎重に議論する必要があるのは確かだ。しかし今回先生や私まで招かれたのはそれだけではない)
シャアは宇宙世紀憲章の条文以外にも悩みの種がある事を知っていた。
シャアが考え込む間にもゴップ議長は発言を続ける。
「今回諸君を呼び集めたのは2つ理由がある。1つは宇宙世紀憲章の条文について、そしてもう一つについては後で話そう。まずは我々の頭を悩ませているあの条文についてだ。皆の率直な意見を聞きたい」
「はい、それでは私から……あの条文が記された石碑は本当にオリジナルなのですか?贋作とかではなく?」
官僚の一人が困惑した表情を浮かべながらゴップ議長に質問する。
「残念ながら本物だよ。鑑定の結果あの石碑はオリジナルであることが確定している」
「し、しかしあの条文は抽象的過ぎます。百歩譲って草案として残されているならわかりますが、あれが条文として記載されているなど理解に苦しみます」
「君の気持ちはよくわかる。私、いやここにいる者は皆同じような気持ちを共有しているだろう。だがあれが宇宙世紀憲章の条文として明記されているのは事実なのだ」
「そんな馬鹿な、あんなもの好きなように解釈できるじゃないか」
「「「「「……………」」」」」
官僚が呆然と呟いた一言に会合に参加した人間達は一様に渋い表情を浮かべる。
(彼の言う通りだな。アレは条文としてはあまりにもいい加減な代物だ……当時の政治家は何を考えていたのだ。あんなものを残されても後輩達が困るだろうに。もしアレが一年戦争時にギレン・ザビの手に渡っていたらと思うとゾッとするな)
シャアも官僚の言葉に内心で同意していた。
「納得できない気持ちは痛いほど分かるよ。だが宇宙世紀憲章に明記されている以上政府として対応する必要があるのさ。地球圏に住む全人類が注目している以上あの石碑をなかったことにはできないからね」
「……はい」
官僚が微妙な表情を浮かべながらも納得し着席する。
「さて、他に意見のある者は?」
「議長、質問してもよろしいでしょうか?」
続いてブレックス議員が発言する。
「条文には宇宙に適応した新人類の参政権の保証が記されていました。しかし新人類の定義は曖昧ではっきりしておりません。政府は宇宙に適応した新人類、いやニュータイプをどう定義するおつもりですか?」
「ふーむ、それなんだがねぇ。なにせ抽象的過ぎてどう定義すればいいかわからんのだよ」
ブレックス議員の質問にゴップ議長は悩まし気な表情を浮かべた。
「ニュータイプ研究所ではサイコミュ機器を扱う事が出来ればニュータイプと判定していたようですが……」
「では何十億人といるスペースノイド達を全員検査すると?現実的ではありませんな」
「いやスペースノイドだけではない。あのアムロ・レイはアースノイドだがニュータイプじゃないか。アースノイドも検査する必要があるぞ」
「いやそんなの無理、無理ですよ。検査が終わるまでに何年かかることやら」
「というかサイコミュを使えたからといってニュータイプと判定していいのか?ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプとは厳密には違うのでは?」
「ですがサイコミュ機器が扱えるのはニュータイプだけという話ですし……」
他の参加者達も討論していたがニュータイプの定義については難航していた。
暫くの間討論していたが一向に解決策が出ず参加者達も疲れた表情を浮かべる中、とある人物が発言をする。
「……ニュータイプの定義は一度置いておくとして、もういっそのことスペースノイド全員に参政権を与えるべきでは?」
「「「「「?」」」」」
会合の末席に参加していたアデナウアー・パラヤ議員の発言に参加者達は一旦討論を中止した。ちなみにパラヤ議員はsalus教団の教祖の後継者と噂されるクェス・パラヤのパイプ役を期待されてこの会合に参加していた。
「あの条文には新人類を優先的に政治運営に参画させるとありましたが、もし仮に実行した場合新人類と判定されなかった人々が絶対に納得しないでしょう。新たな火種になりかねません」
「それはそうだろうね。自分達は仲間はずれだなんて納得できるわけがない」
「そうですよ、人類が新人類と旧人類に分けられてしまいます。それは差別に繋がり人類の分断を招くでしょう。最悪の場合種族戦争に発展するかもしれません」
「「「「「……………」」」」」
パラヤ議員の言葉に参加者達も考え込む。
「それにスペースノイド達が一番気にしているのはニュータイプの定義よりも自分達が参政権を得られるかどうかなのでは?」
「しかしスペースノイド全員に参政権を与えるというのは……」
「ですがあの条文の通りにやればパラヤ議員の言う通り人類の分断を招きます。それは避けなければなりません」
(モーレス殿が民衆に叡智を授けたから最悪の事態は起きないと思いたいが……確かに余計な火種を作る必要はないか。ニュータイプの定義は学者に任せればいい)
シャアが心中でぼやくなか参加者達は真剣な表情で討論を再開したのであった。
「……ではスペースノイド全員に参政権を与えるという事で」
「まあ、それが無難でしょうな」
「しかしすぐに実現するのは無理です。数年程準備期間をいただきたいのですが」
「うむ、それは当然だな。公布は今年中に行うとして、発効は何時にしようか」
「宇宙世紀100年はどうでしょう?節目の年を迎えるにあたりちょうどいいのでは?」
「いや、流石にそれは悠長過ぎる。遅くても3年以内で発効できればいいのだが」
「それならば可能です。では宇宙世紀0097年に発効という事で」
討論も一段落し参加者達もホッとした表情を浮かべる。
「随分あっさり決まりましたな。スペースノイドの参政権は喜ばしい事ですが」
「うむ、彼らも世間の勢いを止められないことは理解しているのだろう。ならば政府がコントロール出来る内にやろうとするのは当然だな」
シャアとブレックス議員はスペースノイドの参政権を喜びつつも、スペースノイドの悲願があっさり叶ったことに複雑な気持ちを抱いていた。
「さて、宇宙世紀憲章の条文についてはこれでいいだろう。もう1つの議題に移ろうか……そこにいるブレックス議員の第一秘書であるクワトロ・バジーナ君、いやシャア・アズナブル君の今後についてだ」
ゴップ議長の発言に参加者達は一斉にシャアに視線を向けた。
「彼はブレックス議員の第一秘書として辣腕を振るっているのは知られているが、かつてジオンの赤い彗星であった事を知る者は少ない……そして彼がジオン・ズム・ダイクンの遺児であることを知る者は極僅かだ」
「「「「「!?」」」」」
(やはりか。先生の第一秘書でしかない私を名指しで招いたのはこの為だな)
ジオン・ズム・ダイクンの遺児がいた事に参加者達が驚愕するなか、シャアは自分がこの会合に呼ばれた理由を理解した。
「現在クワトロ・バジーナ君、いやキャスバル・レム・ダイクンと呼ぶべきだな。彼はサイド3に戻り政治家として立候補しようと準備しているようだが、それに我々地球連邦政府も協力したいのさ」
「政府でコントロールしておきたいと?」
「まあそうだね。それに君も正直困っているのだろう?ダイクンの名が神聖化されている現状を」
「……」
ゴップ議長の問いにシャアは沈黙する。
「ニュータイプの存在を提唱したジオン・ズム・ダイクン。今や彼は救世主モーレスの到来を予知していた預言者として神格化されているそうじゃないか。少なくない数の教団の信者達がそれを信じていると」
「我が父とモーレス殿は無関係だとは思うのですが」
「まあそうだね。だが信者達はそう思わないだろうな。預言者ジオン・ズム・ダイクンの遺児が立候補しようとすれば熱狂的な反応を見せるだろう。サイド3だけじゃない、他のスペースノイド達も同じように熱狂するだろうな」
「……いっそのこと立候補しない方がいいのでしょうか」
シャアが困ったような表情を浮かべる。
「いや、それは無理だろうな。君の正体については教団関係者も把握しているはずだ。もう君に接触しようとした人間もいたんじゃないかね?ダイクンの遺児である君を放置するなどあり得んよ」
「……」
「遅かれ早かれ君はキャスバル・レム・ダイクンとして表舞台に出る事になるだろう。連邦政府としては君の立候補については全力で支援すると連邦議長として誓おうじゃないか」
「……そう、ですな。よろしくお願いします」
シャアはゴップ議長からの提案を受け入れる事にした。もはや断れる状況ではないのは理解していたし、連邦政府からの支援があるなら悪いようにはならないだろうと考えていたのだ。
「そうか、いやあよかったよかった!君が素直に受け入れてくれて助かったよ。今後君は要人として護衛を付けさせてもらうが構わないね?」
「わかりました。そういうことなら」
「うむ、窮屈だろうが君に万が一の事があってはならないからね……もし事故死なんて事があれば連邦政府が疑われるだろうから絶対に死なないでくれたまえよ」
「は、はぁ」
真剣な表情で話すゴップ議長にシャアは少し引いていた。
「しかし素晴らしいタイミングでしたね。預言者ジオン・ズム・ダイクンの遺児である彼をトップにすれば地球連邦政府は改革を進めていると分かりやすく大衆にアピールできる」
「そうですな、ならばスペースノイドの参政権を認める宇宙世紀0097年に一度解散総選挙をしてはどうでしょうか?」
「ふーむ、いいかもしれませんな。キャスバル殿に勝てる候補者は存在しないでしょう。彼を擁立すれば教団の信者達の票が入って選挙に確実に勝てるかと」
「おおっ、それはいい!もちろん私もキャスバル殿に協力しますよ」
参加者達がシャアもといキャスバルを歓迎する発言をする中、見かねたブレックス議員が慌てて話に入る。
「お、お待ちください。彼を支援するのは私としても喜ばしいですが数年で首相になるなんて……彼の力量を疑うわけではありませんが早過ぎます」
「なーに、心配いりません。貴方や我々がサポートしますから大丈夫ですよ」
「なにも今すぐ首相になれと言うわけではないのです。まだ3年程猶予がありますし、まずはサイド3にて政治家として活動を始めればいいでしょう」
「その間我々は準備しておきますのでキャスバル殿は安心してお待ちください。地球連邦政府首相の下で働ける日を楽しみにしていますよ」
「ハハハ、気が早いですな」
キャスバルに神輿としての価値を見出した参加者達はキャスバル・レム・ダイクンを全力で支援することを誓ったのであった。
「……先生、立候補する前から首相になる事が決まったのですが」
「すまないが諦めてくれ」
地球圏の人類「「「「「え、ラプラス事件の真相?いや……それはどうでもいいかな」」」」」
番外編を後数話ほど予定しております。更新速度は遅くなりますが頑張って投稿していこうと思います。
感想くれると嬉しいです。