ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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はじめましての方ははじめまして、他作品をご存じの方はまたお会いしました、EGOです。
書きたいという欲望は、抑えられないものですね……。

前々から書きたいと思っていたダンまちとデビルメイクライクロスオーバーものです。
一応、両作品ととも小説なりゲームなりで知識を揃えておりますが、間違いがあればご指摘をよろしくお願いします。




アストレア・レコード ー正義の眷属と悪魔狩り(デビルハンター)の調べー
Mission01 正義との出会い


『Devil May Cry』のネオンが輝く便利屋の事務所。

 ジリリリリ!ジリリリリ!と喧しくなり続ける電話を、灰色の髪を揺らす青年──年齢は十五、六くらいだろう──が乱暴な手つきで取った。

 

「Devil May Cry。店主が留守だが、伝言は?」

 

 そして開口一番に放たれた声は青年の見た目に違わず、少々生意気な印象を与える事だろう。

 だが電話の主も慣れたものなのか、『店主』なる人物の不在に残念そうに息を吐きながら、合言葉を口にした。

 その言葉が意味する事を知る青年は怠そうに半開きになっていた目を開き、色褪せ、濁った水晶を思わせる灰色の瞳を事務所の片隅──ビリヤード台に立てかけられた武骨な長剣に向けた。

 電話の相手が伝えてくる場所や、それ(・・)の目撃情報を手元のメモに走り書き、報酬の話を二、三言。

 そして情報を出し切ったとばかりに深く息を吐いたのを合図に、青年は不敵に笑んだ。

 

「──わかった。今から向かう」

 

 電話の向こうで息を呑む音が聞こえた。あくまでバイトの電話番だと思っていた青年が、一人で合言葉付きの仕事に行くとは思っていなかったようだ。

 電話越しに制止の声が聞こえてくるが、それを無視して電話を切る。

 同時に諸々の情報を纏めたメモに『先に向かってる』と一文を追加し、『店主』愛用の黒檀製のデスクに叩きつけた。

 デスクが軋む音をそのままに、ビリヤード台に立て掛けてあった長剣を空のギターケースにぶち込み、蓋を閉めてしっかりと鍵を締める。

 長剣をそのまま背中に背負ってもいいが、そんな事をすればまず間違いなく警察の世話になる。この事務所は毎月金欠だ、不要な面倒を避けねば『店主』に何を言われるかわかったものではない。

 現にかつて本当にやらかし、店主の知り合いの警官の世話になった事を思い出し、面倒臭そうに息を吐いた青年はそのままビリヤード台の上を探り、店主のそれを模して魔改造された二挺の拳銃──『アッシュ』と『ダスト』を手元に寄せる。

 弾倉(カートリッジ)は必要ない。元より形だけの銃であり、弾丸を放つものでもない。

 そのまま拳銃を路上パフォーマーのパフォーマンスのようにくるくると回転させながら、流れのままに腰に吊るした専用のホルスターに突っ込む。

 鼻歌混じりに壁に取り付けられた猛獣の頭を始めとしたトロフィーを眺め、その中でも異質な雰囲気を放つ歪な頭蓋骨の角に引っ掛けられていた灰色のロングコートを引ったくるように取り、そのまま袖を通す。

 

「……少し小さくなったか?」

 

 同時に僅かに感じた窮屈さに首を傾げ、肩を回して具合を確かめる。

 店主曰く、自分は成長期らしい。これから背も伸びるし、体もデカくなる、そうだ。

 面倒臭そうに溜め息を吐きながら告げられた時は軽く聞き流していたが、こうしてみるとあの言葉も嘘ではないのだろう。

 コートを新調しようにもこの便利屋は万年金欠だ。今回の依頼の報酬をもらって、その金をそのまま使わせてもらおう。

 その為にもまずは、さっさと仕事を終わらせねば。

 青年は肩を回しながら壁に固定された、自分用に魔改造を施した水平二連(ダブルバレル)ショットガンを少々無理やり引き剥がし、コートの裾に隠れるように腰にぶら下げた。

 

「そんじゃ、行ってきま〜す」

 

 パチパチとスイッチを押して事務所の電気を落としながら、無人の事務所に出立の挨拶を済ます。

 無人になった事務所には突如として静寂に包まれ、壁に取り付けられた時計の秒針の音だけが響く。

 青年がいなくなってから数十分。そこに一人の男性が現れた。

 窓から差し込む陽の光を反射する銀髪に、赤いロングコート。僅かに伸びた無精髭を摩りながら、その男は事務所が静か過ぎることに気付く。

 ご機嫌に緩んでいた目尻が途端に吊り上がり、警戒するように事務所の中を確認。

 そして一応は助手扱いしている子分がいない事と、彼の装備や服がなくなっている事に気付いた。

 

「……?おい、坊主!どこ行った!?」

 

 男は僅かに慌てた様子を見せると、ビリヤード台の下や青年の自室を覗きに行くが、どこにもいない。

 そうして軽く事務所を一周するだけで探索を済ませた男は、ぼりぼりと頭を掻きながら溜め息を吐いた。

 

「これだからガキは嫌いだ」

 

 やれやれと肩を竦めた男はデスクに向かい、そしてそこに置かれた書き置きを見つけた。

 合言葉ありの仕事。場所や報酬に関しての最低限の情報。そして、最後に付け加えられた『先に行っている』の一文。

 

「なんだよ、そうならそうと早く言えよな」

 

 それに目を通した男は不敵に笑むと、メモを握り潰して一瞥もせずにゴミ箱に投じた。

 それが綺麗な弧を描き、ゴミ箱に飲み込まれるのを見届けることもなく、男はデスクの引き出しにしまっていた白と黒の一対の拳銃を取り出し、腰のホルスターに突っ込んだ。

 壁に立てかけていた鍔に骸骨の意匠が施された大剣を取り外し、偽装用のギターケースに入れ、準備も早々に出立。

 

「待ってろよ、坊主。お前だけに美味い思いはさせねぇ」

 

 理由は単純。

 勝手に出て行った助手を折檻するため?──否。

 何やら意味ありげな合言葉付きの仕事に、一人で向かった助手を助けるため?──否。

 

「犬探しなり、不倫調査ならまだしも、その仕事(・・・・)を独り占めはいただけねぇなぁ」

 

 単に面白そうな仕事が目の前に転がっているのに、それに首を突っ込まないでいるのが性に合わないからだ。

 人生というのは刺激があるから楽しいとは、この男の言葉。

 最近事務所で客を待ちながら寝る程度には暇をしていたのだ。合言葉付きの仕事という、ある種の趣味の域に入ってきているそれを、逃がすわけにはいかない。

 

「さて。問題は電車に乗る金がねぇことだが……」

 

 だが、金がなければ移動に支障が出てしまう。

 どうしたもんかなと顎を摩りながら、男は最寄りの駅を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 灰色の髪とロングコートを風に揺らしながら、青年は依頼の場所──とある廃工場にたどり着いていた。

 事務所から電車で一時間。思いの外長い電車の旅であった。

 僅かに痛む尻を気にしながら、随分前に棄てられたであろう工場を眺めた青年は、目を細めて割れた窓や壊れた扉を凝視し、闇の中を蠢く何かの存在を視認。

 ギターケースを開けて長剣を取り出すと、錆びた門に向けて振り下ろした。

 錆びていようと鉄は鉄だ。齢十五の青年が、軽く振りかぶった程度の一閃で斬れるようなものではない。

 だが、結果は違った。鉄の門扉が溶けたバターを切ったように呆気なく両断され、重々しい音を立てて地面に倒れる。

 舞い上がる砂煙に鬱陶しそうにしながら、青年は長剣片手に工場の敷居を跨いだ。

 同時に感じるのは、さながら底なし沼に踏み出したように、足に粘っこい何かが絡みつき、行動を阻害してくる感覚。

 いや、足だけではない。呼吸するだけでも僅かに息苦しくなり、体が重くなった錯覚さえある。

 単に門を潜っただけだというのに、まるで人間では生きられない異界に迷い込んだような感覚に、青年は鼻を鳴らした。

 僅かに体を力ませ、全身に力を入れると、彼を中心に風が巻き起こり、倦怠感と阻害感を運び去っていく。

 

「──これでいい。さあ、出てこい!」

 

 そして軽く手を挙げ、両腕を広げて抱擁を求めるような体勢で声を張り上げると、工場の闇の中から何かが這い出してくる。

 人間と同じ四本の手足。だがそこに生える爪は獣のそれのように鋭く尖り、既に血で濡れている。

 何より頭部は人のそれではない。青白い鱗に包まれた蜥蜴を思わせる頭部には禍々しい牙が生え揃い、威嚇のつもりかガチガチと打ち鳴らしている。

 まともな人間が見れば恐怖に体を膠着させ、同時にこう思うだろう。

 

 ──悪魔が現れた、と。

 

 だが、勝手知ったる青年は一切怯む様子を見せず、長剣を肩に担ぎながら蜥蜴型の悪魔──『ライアット』の群れ、その一体一体を指差していく。

 

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な。──面倒臭ぇ、来いよ(Come on)!」

 

 一体ずつ数えていくが、それが十を超えると共に匙を投げ、指差していた指で手招きして悪魔たちを挑発。

 人の言葉を理解できずとも侮られたことを本能で理解したのか、ライアットたちは一斉に吠え、一斉に青年に向けて駆け出す。

 人のそれを遥かに超える速度で迫る彼らは、数十メートル開いていた間合いを二秒足らずでゼロにし、その爪と牙をもって青年を蹂躙することだろう。

 だが、その二秒が致命的であった。

 青年は肩に担いでいる長剣を天高く真上にぶん投げると、ホルスターからニ挺の拳銃──火力特化の『アッシュ』と連射力特化の『ダスト』を引っ張り出し、伸ばした腕を胸の前で交差させるように構える。

 

「──大当たり(Jack pot)!!」

 

 そして店主兼悪魔退治(デビルハント)の先達でもある男の決めゼリフを真似ながら、ニ挺同時に引鉄を引いた。

 瞬間、拳銃にも関わらず重機関銃にも劣らない速度で弾丸が吐き出され、弾幕の壁となってライアットに襲い掛かった。

 人間の振るう短剣や、小さな銃弾程度なら弾き返すであろう青白い鱗を、灰色の光を帯びる弾丸はいとも容易く打ち破り、脳髄や内臓に致命的な打撃を与えていく。

 ライアットたちの悲鳴とも受け取れる断末魔の雄叫びを聞きながら、青年はハッ!と鼻を鳴らした。

 

「ただの弾だと思ったか?残念ながら、特別製だぜ!」

 

 青年は次々と倒れていくライアットを見下しながら、引鉄を引き続けた。

 フルオートの機構なぞない拳銃が、どうして重機関銃並みあるいはそれ以上の速度で連射ができるのか。答えは簡単、彼がその回数だけ引鉄を引いているからだ。

 せいぜい十数発しか連続で撃てないだろう拳銃が、続け様に百発近くの弾丸を吐き出せるのか。答えは簡単、そもそも弾を使っていないから。

 

「俺の魔力(・・)100%の弾丸だ!死ぬほど痛ぇだろ!」

 

 彼が放つ弾丸は、彼に流れる特別な(・・・)血がもたらした超常の力──魔力により生み出されているのだ。

 故に弾切れなど起きない。弾詰まり(ジャム)など起きない。再装填(リロード)の必要すらない。

 故の弾幕。故の超火力。故の──鏖殺!

 ライアットたちは負けじと仲間の死体を盾に突撃を敢行するが、その死体さえも貫通してきた弾丸がライアットたちを撃ち抜いていく。

 途中、群れが左右に分かれて彼の意識を割こうとするが、彼は一切の澱みなくアッシュを右の群れに、ダストを左の群れに向け、分かれた群れを同時迎撃(トゥーサムタイム)

 反動で暴れそうになる銃身を腕力に物を言わせて安定させ、僅かなズレも許さずにライアットに弾丸を叩き込んでいく。

 全滅までの秒読みに入った左右の群れに不敵な横顔を晒しながら、青年は気付いた。

 正面から二体。工場から飛び出してきた新手のライアットが突っ込んでくるのだ。

 その速度たるや、他のライアットとは段違いに速い。群れの長か、あるいはそれに近しい個体なのだろう。

 青年が不敵に鼻を鳴らすのと、正面の二体が青年を間合いに捉えること、そして左右の群れが全滅したのはほぼ同時。

 正面から迫ったライアット二体は勝ちを確信し、その爪と牙でもって青年の命を奪わんとするが、その直後、一人と二体の間に何かが落下してきた。

 ライアット二体の意識がほんの一瞬それに注がれ、視線が青年から逸れる。

 瞬間、ライアット二体の体はバラバラに解体された。

 ぎょっと目を見開く二体の視界に映るのは、長剣を振り抜いた体勢になっている青年の姿。

 

「上に投げたモノは落ちてくる。ガキでも知ってることだぜ?」

 

 青年は首だけになりながらも藻搔いているライアットを見下ろしながら、先程自分と二体のライアットの間に降ってきた物体──開幕と同時に上に投げ、落下と同時にキャッチして一閃した長剣に血払いをくれた。

 

あと、遅ぇ(It's too slow)

 

 参戦のタイミングも、そもそもの速度も、何もかもが遅いと断じながら、ライアット二体の生首を踏み砕き、トドメを刺す。

 これで終わりかと肩透かしを喰らう彼だが、不意に違和感を感じて改めて数十に及ぶライアットの群れと、血溜まりになっている足元を確認した。

 確かにこいつらは悪魔だ。並みの人間なら太刀打ちできずに殺される、化け物(モンスター)だ。

 だが、それこそがおかしい。この状況が、あまりにもおかしいのだ。

 悪魔とは本来、魔界と呼ばれる文字通りの異世界に住まう化け物だ。こうして何かの拍子に人間たちが住み、生活している人間界に入り込む個体はいるが、そういった時は何かしらを──砂や硝子、時には動物の死体──を触媒にし、無理やり人間界に紛れ込む。

 だが、今回のこいつらはどうだ。こいつらは何かに憑依した様子も、何かを触媒にした様子もなく、自前の肉体で人間界に入り込んできている。

 

「……いや。別に魔界と人間界を行き来する方法はある、か」

 

 青年は目を伏し、長剣の鍔に埋め込まれた透明な結晶と、その中に納められた何かの小さな破片を目に向けた。

 その破片は淡く蒼い光を放っており、滲み出る魔力が長剣の刃に行き渡っている。

 かつて人間界と魔界を分かち、人と悪魔の戦いを一旦は終わらせた魔剣。その剣か、あるいは破片でもあれば、二つの世界を繋ぐ扉を開くことくらい容易いだろう。

 現に訳あって魔界を彷徨っていた自分と、訳あって魔界でバイク旅をしていた店主が、こうして無事に人間界で仕事をしているのだから。

 

「──それが、こんな場所に?」

 

 青年は辺りを見渡し、念のため探るかと溜め息混じりに歩き出す。

 時には錆びつき、朽ちかけた工場の機材を撫で、時には向かってくる悪魔をニ挺拳銃(アッシュ&ダスト)で接近を許さずに滅殺していく。

 そうして数分ほどかけて探索を進めながらたどり着いたのは、一際魔界の臭いが──闇と退廃と背徳の悪臭が強い、大きな空間であった。

 かつては多くの機材が動き、従業員が動き、何かを作って世の人々の生活に貢献していたであろうそこにあるのは、文字通りの穴であった。

 宙に浮かび、その輪郭を青く発光させながら開いた大穴から、魔界の空気が流れ込んできている。このまま放置してしまえば、この工場の近隣地域が魔界と混ざり合い、その一部となってしまうだろう。

 やれやれとニ挺拳銃(アッシュ&ダスト)を弄びながら軽く手を挙げて肩を竦めた青年は、その穴を生み出している存在にして門番と思われるものに目を向けた。

 そこに佇むのは禍々しい魔力を纏う漆黒の輝き。一分の隙なく全身を包み、素肌も見えないそれは、まさに鎧であった。

 身の丈を超える大剣を地面に突き立てながら睨んでくるそれに、青年もまた冷たい視線を向けた。

 先程まで浮かべていた不敵な笑みが消え、顔から感情らしいものが抜け落ちていく。

 彼の色褪せた瞳に映るのは目の前の鎧ではなく、その中身。あれは鎧なのだ、それを纏い、動かす誰かが必要なのは人間と違いはない。

 あるいは自分が知らないだけで、もう中身など不要になっているかもしれないが。

 

「──お前じゃないよな」

 

 そしてぼそりと誰か名前を口にし、鎧の中身を探るように目を細める。

 鎧を纏った騎士を思わせる悪魔──『アンジェロ』はそんな彼の言動を挑発と受け取ったのか、身の丈を超える大剣をゆったりとした動作で構えた。

 

「いいや、中身はどうでもいい」

 

 青年はニ挺拳銃(アッシュ&ダスト)をホルスターに戻し、背負っていた長剣を構えた。

 

悪魔、死すべし(Devil's Must Die)……ッ!」

 

 過去に誓った絶殺の誓いを口に出し、同時に飛び出す。

 工場の床を粉砕し、アンジェロの動体視力さえも振り切る超加速を前に、アンジェロは瞬きする間もなく切り刻まれる。

 

 

 ──筈だった。

 

 

「あ?」

 

 間の抜けた声を漏らしたのは、青年だ。

 彼は目を見開きながら、自分の足元に目を向けた。

 そこには何もなかった。突如として開いた大穴が口を開け、アンジェロ諸共自分を飲み込もうとしている。

 

「な!?」

 

 彼は突然の浮遊感に困惑の声を漏らすが、アンジェロの方はこうなると予期していたように落ち着き払い、むしろ驚く青年を嘲っているようにさえ見えた。

 そんな表情のないアンジェロの顔を睨みつけた青年と、彼の殺意を全身で受け止めたアンジェロは、共に大穴へと落ちていった。

 一人と一体が足元の大穴に飲まれた直後、ライアットの群れが利用していた魔界と人間界を繋ぐ扉が失われ、静寂のみが廃工場を包み込む。

 それからきっかり二時間。

 

「待たせたな、坊主!まだパーティーは終わってねぇよな!!」

 

 赤いコートを翻し、銀色の髪を揺らしながら店主が姿を現した。

 だが求めていた悪魔も、戦っていると思っていた助手の気配すらないことに気付き、怪訝そうに眉を寄せる。

 

「ああ、くそ!入れ違えたか?」

 

 店主は残念そうに溜め息を吐きながら、「坊主、どこだ〜?」と気の抜けた声を漏らしながら、半分魔界となりかけている廃工場を歩き回るのだった。

 

 

 

 

 

 

 一瞬の暗転。どちらが上で、どちらが下かもわからなくなる、意識の混濁。

 それが終わり、今度は視界が白く染まったかと思えば、

 

「ああ、くそ!マジかよ……ッ!?」

 

 彼は落ちていた。どこかの雲の中に吐き出されたのか、水気と猛烈な寒さを感じる超高高度からの、ノーロープ、ノーパラシュートの自由落下だ。

 アンジェロの姿を探して辺りを探るが、雲に隠れているのかその姿を認められず、青年は舌打ちを漏らした。

 魔力を消しているのか、単に別の場所に飛ばされたのか、それは定かではないが、とりあえず意識を切り替える。何がなんでも、今考えるべきは着地だ。そして現在位置の確認。

 腕を振って体を反転させ、体を地面があると思われる方向──つまり落下している方向に向けると共に、雲を抜けた。

 

「……は?」

 

 瞬間彼の視界に飛び込んできたのは、先程までいた廃工場でも、魔界でもない、全く記憶にない場所であった。

 円を描く城壁に囲まれた巨大な都市と、その中央に聳える天を突かんばかりに伸びる白亜の塔。そこから猛烈な視線──驚倒半分、侮蔑半分の、敵意混じりのもの──を感じるが、今はどうでもいいとして一旦無視。

 とりあえず落ちても大丈夫そうな場所はないかと顔を巡らせ、真下の工場と思われる場所が燃えていることに気付く。

 

 ──あそこには、絶対に落ちたくねぇな!

 

 頬を伝う冷や汗を拭うことも忘れ、青年がさらに周りを見ようとすると、不意に背後から強烈な魔力を感じ、弾かれるように振り向いた。

 そこにいるのは、漆黒のマントを羽のようにはためかせるアンジェロの姿。

 

『ォォォォ……ッ!!!』

 

 地の底から響いてきたような唸り声をあげ、大剣を振り上げながら迫り来る。

 

「上等だ、空中戦だろうが何だろうがやってやるよ!」

 

 彼は獰猛な──開き直り、自棄になったともいうべき──笑みを浮かべ、長剣を構えた。

 

 

 

 

 

 闇が燃えている。

 星々を隠す暗雲の下、激しく立ち昇る煙と共に街が焼かれている。

 轟々と燃える紅蓮の炎が工場を焼き尽くさんと暴れ回り、それから逃げるように近隣住民たちが悲鳴をあげながら逃げ惑う。

 

 ──それは、混沌を望む『悪』の咆哮だ。容易く奪われる『秩序』への嘲笑だ。

 

 全てを灰に変えんと暴れる紅蓮の豪炎の中、それでもと響き渡る別の音色があった。

 誰かを守らんと振るわれた剣戟の音。誰かを守らんと放たれた雄叫びだ。

 

 ──それは、秩序を望む『正義』の咆哮だ。容易く奪われ、それでもなお屈するを知らない『正義の調べ』だ。

 

 いくつもの刃が仕込まれた飛去来刃(ブーメラン)が、悪に組した男の胴を切り裂き、鮮血を散らせる。

 戻ってきた飛去来刃(ブーメラン)を受け止めたのは、戦場にあるまじき幼い外見の少女──ライラだ。

 この場の敵はあらかた片付いたと見るや否や、彼女は叫ぶ。

 

「アリーゼ!三番倉庫、押さえた!」

 

「そのまま四番まで制圧!イスカとマリューに指示!ライラはこのまま先の区画を押さえて!」

 

「ほいほいほいっと。注文(オーダー)は!」

 

「敵ごと火の手を氷漬け!火災も襲撃も止める!進軍(ゴー)進撃(ゴー)侵攻(ゴー)!!!」

 

 正靴(せいか)の音は止まらない。アリーゼと呼ばれた赤い髪の少女が指示を出した瞬間、それに応えんと彼女の仲間たちが動き出す。

 悪を切り裂く剣閃。紅蓮の炎を凍てつかせる冷気の波動。

 銀と蒼の残光を背負いながら突き進むアリーゼは、笑みと共に指示を出す。

 

輝夜(カグヤ)、リオン!敵の本命、任せた!」

 

 彼女の号令と共に飛び出したのは、二人の剣士。

 一人は珍しい島国の衣装──濃赤の着物を纏う黒髪の少女──輝夜。

 その隣を駆けるのは外套と覆面を身につける、妙に耳が尖っている金髪の少女──リオン。

 

「本当、人使いの荒い団長さん。乗り遅れないようにしてくださいまし、エルフ様?」

 

「抜かすな、輝夜。──行きます」

 

 二人が短いやり取りを終えた瞬間、風が疾った。

 二人の剣士の突撃に瞠目する悪の使徒たちは、何が起きたかを知る間も無く斬り捨てられる。

 輝夜が振るう片刃の湾刀が四肢を切り裂き、リオンの木刀が辛うじて保たれた意識を刈り取る。

 数は関係ない。たったの二人で、数十人といる悪の使徒たちを容易く蹴散らしていく。

 まさに正義の闘舞。闇を切り裂く、閃光であった。

 

「お、おのれぇええええええ!」

 

 だが、それでも悪の使徒の心を折るにはまだ足りない。

 二人の剣戟に辛うじて晒されなかった白濁色のローブに身を包んだ男が、紅蓮の長剣を振りかぶる。

 過剰なまでの装飾が施されたそれは、振り下ろすと共に膨大なまでの魔力が迸り、その全てが紅蓮の炎となって吐き出された。

 紅蓮の火球は暴れ続けていた二人の間をすり抜け、その背後で指示を出していたアリーゼの元へと一直線に駆け抜け、着弾。そして爆発。

 正義の少女たちが悲鳴をあげ、炎を吐き出す長剣──魔剣と呼ばれる武装振るった男は、一矢報いたぞと嗤うが、目を見開いた。

 紅蓮の炎を引き裂き、悠々と姿を現したのは無傷のアリーゼ。

 彼女は髪をかき上げると、得意げに笑った。

 

「ふふん。『紅の正花(スカーレット・ハーネル)』の二つ名を持つ私に炎なんて、笑止ね!清く正しい私には、悪の炎なんて──」

 

「アリーゼ、服燃えてんぞ!!笑止じゃなくて、焼死すんぞ!?」

 

 ドヤ顔をして胸を張るアリーゼに対し、ライラが鋭いツッコミを入れた。

 彼女が言う通り背中が燃えていたアリーゼはぎょっと目を見開くと、慌てて本気の反復疾走を開始。その勢いでもって背中の炎を鎮火した。

 

「……まあ、こんな事もあるわ。失敗はいつだって明日の糧!これで私はまた理想に近づいたわ!!」

 

 そうして力技で誤魔化すアリーゼに、彼女の仲間たちから呆れや擁護の声が漏れ聞こえるが、肝心のアリーゼはどこ吹く風だ。

 だが男は彼女が口にした『二つ名』に覚えがあったのか、声を震わせながら少女たちを指差す。

 

「お、お前たちは、まさか……!?」

 

「あら、自己紹介が必要?なら、正々堂々たっぷりしてあげるわ!」

 

 男の言葉にアリーゼは一片の曇りのない笑みを浮かべると、恐れず、怯まず、『悪』に立ち向かう強き意志を乗せて。

 

「弱気を助け、強きを挫く!たまにどっちも懲らしめる!差別も区別もしない自由平等、全ては正なる天秤が示すまま!」

 

 彼女の背後に控える、様々な衣装を纏った総勢十名の少女たち。

 少女たち皆が、アリーゼの言葉にそれぞれの灯火を心に宿す。

 

「願うは秩序、想うは笑顔!その背に宿すは正義の剣と正義の翼!」

 

 彼女たちが身につける『誇り』が輝く。

 翼、そして天秤を模したエンブレムが。

 女神の名を示す『正義』の象徴が。

 

「私たちが【アストレア・ファ──」

 

 そして悪に対して正義はここにありと言わんばかりに名乗りをあげようとした瞬間、突如として工場の天井をぶち抜いた何かが彼女たちと前に降着した。

 瓦礫の砂塵が舞い上がり、正義の使徒たちと悪の使徒たちの間を分断する。

 

「──ミリア】、よ……?」

 

 今、最っ高に気持ちよく声高らかに言葉を紡いでいたアリーゼが間の抜けた表情で間の抜けた声を漏らすと共に、刃が激突する甲高い金属音が工場を駆け抜け、剣圧でわずかに燻っていた紅蓮の炎がかき消される。

 同時に砂塵が晴れ、姿を現すのは灰色のロングコートを纏う灰髪の青年と漆黒の鎧を纏う悪魔──アンジェロだ。

 

「くそったれが!だが、足が着いちまえばこっちのもんだな、鎧野郎!」

 

『ォォォオオオオオ!!』

 

 青年は悪態を吐き、アンジェロは全身に魔力を滾らせながら吼える。

 お互いに息一つ切らさず、負傷なし。故に続行。継戦!!

 数瞬、鍔迫り合いを演じていた一人と一体だが、青年は工場の床が砕けるほどに体を力ませ、腕力に物を言わせてアンジェロの大剣を弾きあげる。

 凄まじい膂力を見せた青年に驚倒するアンジェロだが、すぐに大剣を握り直し、弾かれた勢いのままに大上段から振り下ろす。

 漆黒の残像を残し、刃の形状さえも不確かにする程の速度。正義の少女たちも、見失う程の高速。

 だが、それでもなお遅い。青年は不敵な笑みを浮かべると、アンジェロを含め、その場にいる全ての者の動体視力を引きちぎる速度で長剣を振り回した。

 瞬き一つもする間も無く振るわれた十数の剣閃が、大剣を弾き飛ばし、アンジェロの鎧をバラバラに解体し、その破片を辺りにぶちまけてその中身を露出させるが、

 

「……マジか」

 

 何も詰まっていないがらんどうが、アリーゼを始めとした少女たちと青年の視界に飛び込んでくる。

 

『ォ……ォォ……ッ。ォォォォ……!』

 

 両手を失い、胴を穿たれ、頭の半分を抉られ、両脚の太腿の大半を砕かれながら、それでもなお立ち続け、纏う魔力が完全には消えない。

 兜に表情はなく、無貌の筈なのに、血走り、見開いた目で睨みつけられるような感覚。

 巻き添いをくらった正義の少女たちと悪の信徒たちがぞくりと背筋を震わせるのを他所に、青年は長剣を背中に戻し、腰に吊るしたショットガン──コヨーテBを取り出す。

 ゴリッと音を立てて兜にめり込む程の力で銃口を突きつけ、無慈悲に引鉄を引いた。

 凄まじい炸裂音を響かせながら灰色の魔力が弾け、アンジェロの頭を完全に吹き飛ばす。

 

「ねんねしな」

 

 ついに地の底から響くような唸り声も止まり、纏っていたドス黒い魔力を霧散させながらアンジェロは倒れた。

 青年は冷たくその鎧の残骸を見下ろし、ショットガンを肩で担いで息を吐くと、ようやく周囲の状況──焼け落ちかけている工場と、自分を囲む謎の少女たちとローブの集団──に気付き、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 

「あ〜……。とりあえず、無事で何よりだ」

 

 そしてどうにか引き攣った笑みを浮かべながらサムズアップした。

 今のやりとり、及び攻防が全て見られていたとは。悪魔という存在と、それと対峙する瞬間を堅気と思われる人たちに見せてしまった。

 さて、どうやって誤魔化したものかと思慮する青年に視線を集めながら、正義と悪両陣営が困惑を深める中、赤髪の少女──つまりはアリーゼだけが、彼ら彼女らとは違う反応を示していた。

 その表情は驚いているというよりも、未知の怪物を前にして臆しているか、あるいは恐怖している人間のそれだ。

 

「──貴方、本当に人間……?」

 

「な!?アリーゼ、いきなり何言ってんだ!?」

 

 彼女も無意識に零してしまっただろう呟きに、ライラが慌ててツッコミを入れた。

 確かに先程の動きといい、登場の仕方といい、常人離れしていたのは確かだ。だが、この都市には文字通りの化け物じみて強い──言い方を変えれば人間辞めているーー輩は数多い。あの青年もその一人だろうと、多大な違和感を感じつつもとりあえず納得しようとしていたというのに、アリーゼが妙なことを口走ったのだ。

 アリーゼは変なところで勘がいい。虫の知らせとも言えるが、彼女がヤバいと感じたら何の前触れもなく事件が起きた例があまりにも多い。

 だからとは言え、明らか格上の相手にそんな事を口走ればどうなるかなど、想像に難くはない。

 勿論、先の呟きは既に青年の耳に届いている。

 不器用に浮かべていた笑みが消え失せ、ただですら色褪せている灰色の瞳から光さえも無くしながら、青年はショットガンの銃口をアリーゼに向けた。

 

「──それは、宣戦布告でいいんだな」

 

 そして彼が冷たく、抑揚も消えた機械的な声でそう告げ、引鉄を引こうとした瞬間、アリーゼが勢いよく頭を下げた。

 

「あ、ちょっと待って、今のなし!ごめんなさい、変なこと言っちゃって!!本当、だからこれ下げて、本当、待って!?」

 

「……」

 

 少しずつ銃口から溢れる灰色の魔力に大量の冷や汗をかき、もたれる舌を必死に回して弁明する。

 出会って三分足らず。何なら名乗り合う前に『貴方は人外ですか?』と問いかけるなど、愚の骨頂だ。正義を背負うものとして失格だ。

 アリーゼは素早く自責し、反省し、二度とこんな事をしないと誓う。だが確かに本当にほんの一瞬だけ、目の前の青年が人間ではない何か──それこそ色々な童話に出てくる『悪魔』のように見えてしまったのだ。

 じとっと半目になりながらアリーゼを睨む青年は、彼女の必死さに毒気を抜かれたのか、溜め息を吐きながらショットガンを肩に担ぐ体勢に戻る。

 

「──で、ここはどこだ」

 

 そして彼が発した言葉に、アリーゼを含めた少女たちが一斉に首を傾げることになった。ここはどこだと言われても、街の工場だとしか言えない。

 彼はどんな意図で聞いているのだと少女たちが顔を見合わせて困惑する中、その前にとアリーゼが一歩前に出ると、笑みを浮かべた。

 

「さっきはごめんなさい。改めて、私はアリーゼ・ローヴェル。貴方は?」

 

「……グレイ。グレイ・アッシュウォルド」

 

 アリーゼの名乗りに青年──グレイは溜め息混じりに名乗り返すと、改めてアリーゼと、彼女の友人と思われる少女たちに問いかける。

 

「──で、ここはどこだ」

 

 

 

 

 

 これは世界を超えた悪魔狩り(デビルハンター)と、正義を探す少女たちの物語。

 後に『悪魔と神々を泣かせる男』として良くも悪くも伝説となる男と、そんな男に時には振り回され、時には振り回すことになる少女たちの、出会いの物語だ。

 

 

 




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