ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission07 晴天の下で

 この日のオラリオは、久しぶりの快晴であった。

『暗黒期』を象徴するように空を覆い、人々の心まで曇らせていた分厚い雲が、この日に限ってはどこかに姿を消していたのだ。

 僅かに残った白雲に目を瞑れば、広がるのは透き通った青空だ。

 

「さあ、炊き出しよ!」

 

 そんな快晴の空を見上げ、胸いっぱいに温かい空気を吸ったアリーゼが、満面の笑みを浮かべながら腰に両拳を添え、宣言した。

 なぜお前が誇らしげなんだと投げられたライラの問いに、アリーゼは相変わらずの笑顔を浮かべながら言う。

 

「今回の炊き出しはギルド主催かつ冒険者によるものだからよ!農産系大派閥(デメテル・ファミリア)協力のもと、美味しいご飯が振る舞われるわ!」

 

「余計に団長が偉そうにしている意味がわかりませんねぇ」

 

 アリーゼの反論に、周囲の目を気にしてから猫をかぶる輝夜がニコニコ顔のまま小首を傾げ、理解不能だと態度で示す。

 そんな少女たちのやり取りから僅かにずれた位置にいるグレイは、通りに立ち並ぶ出店を見遣り、顎に手を添えて何かを思慮している様子だった。

 刻んだ野菜のスープに燕麦粥(オートミール)葡萄酒(ワイン)を垂らした葛湯など、あちこちから食欲を誘う香りが流れてくる。

 人よりも、あるいは冒険者よりも鋭い嗅覚でそれら全てを何の料理かを識別しながら堪能したグレイは、ごくりと生唾を飲んで目を細めた。

 

(どれから食うか。どれも美味そうではあるが……)

 

 そう、彼は腹が減っていた。【アストレア・ファミリア】に監視されているという手前、彼女らと共に食事をしているが、基本的にその場にはアストレアがいる。

 彼にとって本能的恐怖を感じる存在が目の前にいては、せっかく正義の少女たちが用意してくれた料理も喉を通らない。

 

『あら、グレイって意外と少食なのね!』

 

 アストレアを警戒しながらもちびちびと食事に手をつけている中で、アリーゼが何の悪びれた様子もなくそんな事を言ってきた時は、流石にぶん殴ってやろうかと悩んだ程だ。

 自分はそれなりに食う。いや、それなり以上に食うのだ。肉体的に成長期にあたる自分が、少食なわけがないだろう。

 

「……ピザか、ストロベリーサンデーがあれば、完璧なんだが」

 

「……?貴方は何を言っているのですか?私達は配給や調理の手伝いですよ」

 

 顎にやった手をそのままに、とんとんと親指で顎を叩きながら好物の匂いを探して鼻をひくつかせていたグレイに、リオンが嘆息混じりに告げた。

 え?と振り向いた彼と視線があった瞬間、なぜか目を逸らしたリオンは、絶対に彼とは視線を合わさずに言う。

 

「警備だけでなく、配給や調理に人員が分かれているのです。人手が足りない」

 

「おい、待て。俺は【アストレア・ファミリア】じゃ──」

 

「それは百も承知ですが、人手が足りないのです」

 

 久しぶりに腹いっぱい何かを食べられると内心ではしゃいでいたグレイに冷や水を浴びせるように、リオンは決して目を合わさずにそう告げた。

 ああ、くそ!と悪態を吐いたグレイは、肩を落としながら盛大に溜め息を吐く。

 ここで「そんなもん知るか!」と声を荒げ、さっさと逃げてしまってもいいだろうが、そんな事をすればアリーゼたちに迷惑がかかり、ひいてはこの場に集まった民衆や、彼女らの助けを必要としている関係者にまで無用な面倒をかけてしまう。

 一見適当なようでいて、どこか真面目さが残っているグレイには、逃走という選択肢は取れなかった。

 なら、仕方ないかと顔を上げたグレイは、不意にリオンが全くこちらを見ないことに気づいた。

 確かめるように彼女の視界に収まるようにぐるりと回り込むが、すぐに体ごと顔を背けてしまい、背を向けてくる。

 

「エルフは人に頼み事をする時、相手を見ない決まりでもあるのか?」

 

「っ!い、いいえ!そんな無礼な決まり、あるわけがない!」

 

 グレイの指摘にリオンはすぐに彼を睨みながら否定の言葉を口にするが、すぐに顔を背けてしまう。

「じゃあ、こっち見ろよ……」とジト目になるグレイは、すぐにハッとして彼女に告げた。

 

「まさか、昨日の神様の言ったこと気にしてるのか?」

 

 グレイの予想はこうだ。

 昨日エレンに言われた『お似合いだよ、お二人さん(意訳)』発言を、この堅物エルフ様は気にしているのだと。

 いや、そんな訳ないなと苦笑し、別の理由を考えようとした直後、

 

「……!?そ、そんなこと、あるわけがない!あんな訳の分からない神の言うことを真に受けるわけが……っ!!」

 

 覆面越しでもわかるほどに顔を赤らめ、狼狽える様を見せられては、真顔になってしまうというもの。

 こいつ、マジかとドン引きするグレイにも気づかず、リオンは語気を強めながら「そもそもだ!」とグレイに背を向けたまま力説する。

 

妖精(エルフ)の森で誓いを立てていないというのに、手を繋いだり、キ、キキキ、キスをするような関係になるなど、ありえない!!」

 

「こいつは何を言ってるんだ?」

 

「さあ?でも、リオンが元気そうで何よりだわ!」

 

 通行人たちからも奇異の視線を向けられ、グレイは訳がわからんと言わんばかりに腕を組み、アリーゼも過去一で声が出ているリオンの姿にサムズアップ。

 他の【アストレア・ファミリア】の面々から呆れの声が漏れたり、「声おっきいよ!?」と注意の声が聞こえてくるが、リオンに届いている様子はない。

 エルフの恋愛観はわからない。だがグレイへの興味が変な方向に向き始めているのは、止めるべきなのか応援するべきなのか、それくらいはわかる。

 が、それはそれ、これはこれ。今はすべきことがある。

 

「──と、いうわけで行くわよ、リオン、グレイ!私達でひもじい思いをしている人達を子ブタちゃんに変えてあげるんだから!」

 

「【ファミリア】に苦情が入りそうなので、やめてください」

 

「いいじゃねぇか。飢えて死ぬより、ブタになるまで食えた方がいい」

 

「貴方の例えは極端すぎる!!」

 

 アリーゼの意気込みにようやくこちらに顔を向けたリオンが嘆息混じりにツッコミを入れ、悪ノリしたグレイには鋭くツッコむ。

 だがグレイの話は極端ではあるが、事実であることを理解はしている。今日の炊き出しで飢えに苦しむ人を一人でも救えたのなら、それだけでも価値はあるのだ。

 

「さあ、みんな散るわよ!料理から配給まで、手伝えることを何でもやりましょう!」

 

 パンパンと手を叩き、団員たちの視線を集めたアリーゼがそう言うと、各々が自分の役に立ちそうな場所に散らばっていく。

 そんな団員たちを見送ったアリーゼ、リオン、グレイの三人は、アリーゼの「私達も行きましょう!という号令と共に行動を開始。

 いつかの巡回の時とは違う活気に溢れた通りを進みながら、グレイは周囲を警戒するように視線を巡らせる。

 彼にとってはどうでもいい有象無象だった闇派閥(イヴィルス)も、悪魔を使役しているとなれば話は変わる。グレイにとって闇派閥(イヴィルス)は殲滅、ないし捕縛の対象であり、見つけたのなら問答無用でこちらから仕掛ける。

 誰が悪魔を持ち込んだのか、あるいは誰が悪魔と契約したのか、聞き出さなければならないからだ。悪魔と契約など、碌なことにならないことも教えておかねばならない。

 そうしてあちこちに目を光らせているグレイだが、右を見ても左を見ても、そこにあるのは人々の笑顔ばかりだ。

 闇派閥(イヴィルス)の襲撃でいつ殺されるかも分からず、殺されなくとも職や家を失いかねない日々の中で、こうして祭りのように馬鹿騒ぎできる機会はなかなかに貴重なのだ。

 大鍋の前には長蛇の列ができ、普段は家に閉じこもっている子供達もわいわいと騒ぎ、出店を回っている。

 アリーゼやアストレアから聞いた話では、『暗黒期』に入ってからというもの、オラリオでは祭りらしい事を一度もできておらず、今回の大規模な炊き出しはその代わりでもあるらしい。

 本当の祭りはできずとも、少しでも人々に笑顔を与えんとした神々の気まぐれか、あるいは眷族達の頑張りか。多くの神と人の善意によって、今日のこの光景が作られたのだ。

 

「ま、辛気臭いよりはいい」

 

 だが、そんな事情を知ったことではないグレイは鼻を鳴らしながらそう漏らすと、同意を求めるようにアリーゼとリオンの名を呼ぶが、返事がない。

 

「……?おい、どうした」

 

 リオンはともかく、普段なら喧しいほど返してくるアリーゼの声もなかった為、グレイは周囲に向けていた視線を二人がいた場所に向けるが、やはりと言うべきかそこには誰もいない。

 

「……あ〜、マジか」

 

 人込みに揉まれてしまったからか、どうやら二人と離れ離れに──ようは迷子になってしまったようだ。

 どうするかなと頬を掻いたグレイは、すんすんと鼻をひくつかせて匂いを辿ろうとするが、あちこちから流れてくる様々な料理の匂いに意識が持っていかれてしまい、二人の匂いを拾うことができない。

 

「どうすっかな〜。探してもいいんだがな〜」

 

 邪魔にならないように一旦壁際に寄りつつ、状況に反して楽しそうに笑ったグレイは、もう答えは決まっているのに迷うような素振りを見せた。

 

「ま、適当に食い歩くか。ピザかストロベリーサンデーがあれば満点なんだが……」

 

 自分は冒険者でもなければ、どこかのファミリアに属しているわけでもない。さっきは真面目にあれこれ考えていたが、アリーゼたちがいないのなら多少の我儘は許されるだろう。

 そもそも何をするべきなのかも説明もせず、どこかに消えてしまったのはあちらの落ち度だ。俺は悪くない、俺は悪くない。

 グレイは胸中で適当な言い訳を並べつつ、まずは何か腹に入れようと行列が短めの出店を探し、人込みの中を歩き出した。

 

 

 

 

 

「あ、ガレスのおじ様!」

 

「ん?おお、アリーゼ・ローウェル。相変わらず元気じゃな」

 

 アリーゼにおじ様と呼ばれたそのドワーフは、周囲を警戒すべく鋭く光らせていた眼光を僅かに弱めながら振り向いた。

 迷宮都市二大派閥が一つ、【ロキ・ファミリア】の幹部──ガレス・ランドロック。二つ名を【重傑(エルガルム)】。

 かつて巨大なガレオン船をその身一つで引きあげたと言われる、規格外の怪力が自慢の都市最高戦力(Lv.5)の一人だ。

 民衆の中でも浮くほどの重装備に身を包んだ彼は、今日この場における民衆の盾。他の【ロキ・ファミリア】の団員と共に、警備の任についていた。

 手をを振りながら駆け寄ってくるアリーゼを、兜から溢れる髭を扱きながら迎え入れた彼は、溜め息混じりに告げる。

 

「いい加減、おじ様呼びはよせ。背中がむず痒くなるわ」

 

「え〜、いいじゃない!私、おじ様のこと尊敬してるんだから!!」

 

「尊敬しているなら、儂の意見を聞かんか」

 

「アリーゼ、いきなり走らないでください!いきなりどうしたんですか!?」

 

 ガレスの訂正を求める声をあっさりと切り捨て、冒険者として先達である強者(つわもの)を困らせたアリーゼだが、ようやく追いついたリオンの言葉を受けてくるりと振り返る。

 

「あら、ごめんなさい。ガレスのおじ様が見えたから、つい」

 

「……え?お、おじ様……?【重傑(エルガルム)】が、おじ様!?ま、待ってください!アリーゼ、貴方はヒューマンだ!ドワーフの彼と親戚関係は無いはず!」

 

 同時になぜか自慢げに告げられた言葉に、リオンはまず困惑を露わにした。

 尊敬している人物からの突然のカミングアウトに、空色の瞳をまん丸に見開く。

 その困惑を抱いたまま、信じられないといった様子で言葉を捲し立てながらアリーゼに詰め寄ると、彼女は「わかってるわよ」と笑みを浮かべた。

 そのまま鼻先が触れ合うほどに近づいてきたリオンの鼻を指先で押し返すと、彼女はガレスを示しながら告げた。

 

「私が勝手に盛り上がってるだけよ!ガレスのおじ様ったら、すごいのよ!暴漢(チンピラ)だろうが、怪物(モンスター)だろうが、ボカンボカンって殴り飛ばしちゃうの!」

 

 そんな姿に、私は憧れちゃってと、まるで物語の英雄を目の当たりにした子供のように無邪気な笑みを浮かべるアリーゼの姿に、リオンは困惑をしつつも「な、なるほど」ととりあえずは納得。

 いや、納得できたかと言われたら微妙なところだが、アリーゼの為にも納得したことにしておこうと、胸中でいまだに首を捻る己に言い含める。

 

「そんな微妙な顔をするでない。エルフの小娘」

 

 だが表情に出てしまっていたらしく、ガレスからはどこか同情的な──同じくアリーゼに振り回されるよしみだろう──視線を向けられ、リオンは慌てて表情を引き締めた。

 エルフとドワーフ。本来なら種族単位で不仲と言われている二人の心が、アリーゼという共通の頭痛の種を前にして繋がった瞬間である。

 

「まあ、気持ちはわかるがの。儂相手にこんなにはしゃぎ回るのはこやつくらいだ」

 

「いいじゃない、おじ様!だって私、ドワーフに生まれたかったんだもの!」

 

「………………え?」

 

 そうして二人の間に奇妙な絆が結ばれる中、アリーゼは更なる爆弾をリオンに投げつけた。

 その一言についに思考が止まり、凄まじい程に微妙な顔で固まってしまう。

 アリーゼが、ドワーフ?

【アストレア・ファミリア】にはドワーフのアスタ・ノックスという少女も属しているし、ドワーフが誰も彼も話通りに粗暴な輩でないのは百も承知だ。だが、アリーゼまでドワーフ?

 普段のアリーゼの言動をする、彼女によく似たドワーフを想像しようとしても、それはもはやアリーゼではない何かだ。

 リオンの頭の中で、今まで知らなかったアリーゼの願望が反響し、彼女の思考に過剰な負担をかけていく。

 そんな額に手をやって小さく唸るリオンの様子にも気づかず、アリーゼは薄い胸を張って快活に告げた。

 

「だって、ドワーフの大きい体ならもっと沢山の人を庇える!頑丈な体なら、沢山の人を助けられる!」

 

「……!アリーゼ、貴方は……」

 

 そうして告げられた言葉にリオンはハッとして目を見張った。

 やはり、アリーゼはアリーゼだ。誰かを守るために、己の正義を成すために、リオンには考えもつかないような事を考えている。

 もし違う種族として生まれたならなど、考えたこともなかった。

 

「……その理屈だと、ヒューマンなら儂らドワーフより身軽な足で誰かを救えるかもしれんし、エルフなら優れた魔法とその歌で誰かを癒せるかもしれんぞ」

 

「確かに!やっぱりさっきのなし!私は私のままでいいわ!」

 

「…………」

 

 やはりと言うべきか、真面目(シリアス)は長続きしなかった。

 ガレスの指摘であっさりと意見を変えたアリーゼに、リオンは涙目になりながら肩を落とす。さっきまで馬鹿正直にあれこれ考えた自分が、それこそ哀れではないか。

 がくりと肩を落とすリオンとは対照的に、ガレスは大口を開けて笑い始めた。

 

「フハハハハハハハ!まったく面白い娘だ!自信満々にものを言う癖に、ちっとも責任を持たん!」

 

「違うわ!非があったのならすぐに認める柔軟な思考を持っているだけよ!」

 

 そんなガレスの放った言葉にへこたれる事なく、アリーゼは自信に満ち溢れた渾身のドヤ顔を披露した。

 

「よく言う。しかしドワーフに生まれたかった、か。年甲斐もなく嬉しかったわい」

 

 アリーゼの無邪気とといえるドヤ顔に当てられてか、ガレスは兜の下で笑みを溢した。

 

「お主の素直な声は喧しいが、確かに『美徳』だ。その調子で一人でも多く笑顔に変えてやれ」

 

「ええ!任せて、ガレスのおじ様!」

 

 ガレスからの称賛と激励にアリーゼが屈託のない笑顔で頷くと、リオンもつられて覆面の下で笑みを浮かべた。

 自分にとっての恩人で、神を除けば一番に尊敬している人物が、現代の英雄候補の一人に称賛される姿は、我が事のように誇らしい。

 

「それで、お主らがいるということは例の空から降ってきた小僧も近くにいるのではないか?一度、顔を見ておきたいんじゃが」

 

「……?アッシュウォルドさんなら、ここに──あれ?」

 

 ガレスが周囲を見渡しながら告げた問いかけに、リオンが自分の背後を示したが、そこには誰もいない。

 いや、正確にはいきなりリオンに話しかけられることになった通行人が驚きの声をあげたが、リオンにその声は届いていない。

 

「え?うそ!?どこ行っちゃったのよ!?」

 

 ここまで話し込んでいたアリーゼも、ようやく気づいたようだ。

 彼女も慌てて周囲に見渡すが、そこにいるは炊き出しを楽しむ民衆ばかり。

 灰色の髪に灰色のロングコート、更に背中には長剣を担ぐという、それなりに目立つ格好をしている筈なのに、どこを見ても見当たらない。

 

「まさか、見失ったのか!?奴の監視に関しては【アストレア・ファミリア】が全責任を持つという話ではなかったか!?」

 

 慌てる二人の様子に、流石のガレスも驚愕しつつも激昂気味に事実を突きつけるようにそう言うと、二人は「「うっ」」と声を漏らして胸を押さえた。

 

「す、すぐに探しましょう!あの時、彼はピザやストロベリーサンデーなる食べ物を求めていました!それらを扱っている出店を探せば、きっと見つけられます!」

 

 このまま逃げてしまうのではないかという懸念がよぎり、それを振り切るように頭を振ったリオンがそう提案すると、アリーゼは「ええ、そうね!」と打てば響くような声で返す。

 

「それじゃおじ様、また今度ね!」

 

「では、失礼します!【重傑(エルガルム)】!」

 

 二人はそのまま走り出し、人込みの中へと消えていった。

 

「まったく、騒がしい小娘どもじゃ」

 

 そんな二人の背を見送ったガレスは髭を扱き、警備の任に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 頭上は依然、晴れ渡っていた。

 青空に吸い込まれる人々の喜びの声も消える様子はない。

 雲一つない蒼穹は、まさに平和の象徴だった。

 

「あぁ〜〜〜〜〜〜……久々に晴れやがって、いい天気じゃねぇかぁ〜」

 

 通りの一角。

 中天に差し掛かろうという太陽に照らされ、一つの影が石畳の上に伸びていた。

 憎たらしそうに青空を見上げるその輪郭は、女性のもの。

 

「空にも祝福されて、きっといいことでも起きんだろうなぁ〜」

 

 感慨に浸るような間伸びした声が響かせるのは、毒々しい薄紅色の髪に、|毛皮(ファー)つきの長外套《オーバーコート》。損傷(ダメージ)のある肌着と(レザー)の脚衣《パンツ》が特徴的な、格好のせいで周囲の雰囲気からはだいぶ浮いているように見える女性。

 闇派閥(イヴィルス)の幹部にして、Lv.5の実力者。最も多くの冒険者を殺した殺人鬼(シリアルキラー)として名高い、女冒険者──その名も、ヴァレッタ・グレーデ。二つ名を【殺帝(アラクニア)】。

 そんな文字通り招かれざる極悪人が、民衆たちの波の中を進んでいた。

 さて、誰からぶった斬ってやろうかと舌舐めずりするヴァレッタが進んでいると、ドンッと誰かと肩がぶつかった。

 

「ああ、悪い。これを食うのに夢中でな」

 

 ぶつかったのは灰色の髪をした少年だ。

 髪と同じ灰色のロングコートを纏い、背中には陽の光を反射して銀色に輝く長剣を背負っている。

 

「ピザとストロベリーサンデーは見つからなかったが、これはこれで中々美味いぞ。あんたもどうだ?店はあっちだ」

 

 頬を膨らませるほどに燕麦粥(オートミール)をかっこみながら、それを受け取れる店を匙で指差すと、ヴァレッタは「おう、サンキュー」と軽く片手を挙げて謝意を口にした。

 そして空いているもう片方の手で、長外套(オーバーコート)の下に佩ていた長剣を振り抜いた。

 並の人間どころか、冒険者ですら知覚を許さない完璧な不意打ち(アンブッシュ)。ヴァレッタは目の前の少年の首が飛ぶ光景を幻視し、唇で三日月を描くが、直後、ギン!と鈍い金属音が通りに響き渡った。

 

「あ……?」

 

 突然の異音に民衆が静まり返る中、怪訝そうに眉を寄せたのはヴァレッタだ。

 彼女は振り抜いた筈の直剣に目を向け、同時に驚愕に目を見開く。

 

「おいおい。折角のハレの日に物騒なもんを振り回すなよ」

 

 そこにいるは、変わらず燕麦粥(オートミール)の皿を持った少年の姿があった。

 先程と違う点を挙げるとすれば、長剣の刃を受け止めるように肘から垂直に立てた右腕を掲げていることか。

 防具も何もない。素肌が剥き出しの前腕に、数多の冒険者の血を吸ってきた業物である筈の長剣の刃が食い込むことを許されず、文字通り受け止められている。

 

「〜〜〜!?」

 

 その事実に気づいた直後、ヴァレッタはその場を飛び退いていた。

 周囲から向けられる奇異と好奇の視線に舌打ちを漏らしながら少年から数m(メドル)離れた位置に着地し、構えをとるが、

 

「っ!?いねぇ!どこにいきやがった!?」

 

 少年の姿がない。先程までいた通りの中央にも、右にも、左にも、屋根の上にさえも姿が見えない。

 

「不便だよな、前しか見えねぇってのは。まあ、それは俺もそうなんだが……」

 

 直後、ヴァレッタの背後から少年の声が届いた。

 反射的に振り向きながら長剣を一閃するが、今度は差し出された左腕に受け止められ、先程と同じ鈍い金属音が鳴り響く。

 何か種か仕掛け──経験から、障壁系の魔法の類──があると見抜いたのだろう。ヴァレッタは再び距離をとり、獰猛な笑みを浮かべながら少年を睨みつけた。

殺帝(アラクニア)】の殺意を全身に浴びる少年は、それでも不敵な笑みを向け、殺意を込めて睨み返す。

 二人に挟まれた空間が悲鳴をあげ、僅かに歪んで見える錯覚をしてしまう。

 二度続いた金属音。そして殺意を剥き出しにして睨み合う両者。

 そこまでしてよくやく民衆たちは理解した。闇派閥(イヴィルス)と冒険者の戦いが、既に始まっているのだと。

 直後、巻き起こったのは恐慌(パニック)だった。老若男女問わず、この場から離れようと我先にと逃げ出していく。

 警備の冒険者たちもようやく騒ぎに気づき、増援として馳せ参じようとするが、

 

「テメェら、久しぶりに暴れてやりな!ただし、私の邪魔をするじゃねぇぞ!!」

 

 ヴァレッタの怒号が辺りに響き、直後あちこちに潜伏していた闇派閥(イヴィルス)の戦闘員たちが雄叫びをあげ、武器や魔法、あるいは魔剣を振るって冒険者たちや逃げ惑う民衆に襲いかかる。

 視界の端でそんな血の花が咲き乱れる光景を見つめたグレイは、すぐに目の前の相手に意識を戻す。

 

「ったく。折角の炊き出しが滅茶苦茶だぜ」

 

 右腕で腰を掴み、左手を脱力させてだらりと垂らしながら、苛立ちを隠そうともせずに言う。

 なんだかんだでこの炊き出しを楽しんでいたグレイにとって、闇派閥(イヴィルス)の襲撃は大変腹立たしい限りだった。

 そして何より、目の前の女に対処できるのは現状自分一人しかいないという状況にも、かなり苛立っていた。

 先程の二回の攻撃を受けてみて、その強さはアリーゼたちの比ではない事は理解した。彼女たちと目の前の女を会わせてしまえば、まず間違いなく死傷者が出る。

 かといって、アリーゼたちと合流すべく彼女に背を向ければ、彼女は背中に斬りかかってくるか、あるいは無視して手頃な民衆や冒険者たちを襲い始めるだろう。

 故に今すべきは目の前の女を釘付けにし、かつ確実に仕留めることだ。

 小さく息を吐き、さてどうするかと僅かに迷う素振りを見せたグレイは、結局無手のまま構えを取った。

 左腕を盾を構えるように垂直に立て、右腕はそんな左腕の肘を軽く支えるようにしつつ、脱力気味に腹部を守るように。

 

「なんだ、その背中の剣は使わなねぇのか?」

 

「ああ。ちょうどいいハンデだろ?」

 

 グレイが背負う長剣を指差し、抜く時間くらいやるよとこちらを嘲り笑うヴァレッタに、彼は不敵な笑みを崩さずに言い返す。

 ぶちりと音を立ててヴァレッタの額に何本もの青筋が浮かび上がり、唇も不快そうに歪む。

 確かに先程の不意打ちへの対応や、自分の背後に回る技術など、目の前の少年がこのオラリオにおいても強者に分類されるのは理解した。

 どこから引き入れたのかは知らないが、まだまだガキンチョの少年にヴァレッタは勝ちを確信した笑みを浮かべる。

 

 ──強いだけでは勝てないのが、冒険者同士の戦いである。

 

 本能のままに暴れ回るモンスターとの戦いと違い、卓越した『技と駆け引き』があればある程度のレベル差でも食い下がれるというのが、正義と悪の冒険者たちの共通見解だ。

 そしてヴァレッタは多くの冒険者を殺してきた過程でその『技と駆け引き』は冴えきっている。目の前のガキンチョがいくら強かろうと、こちらの型に嵌めてやれば勝ち目は十分にある。

 

「流石に舐めすぎだぜ、ク〜ソ〜ガ〜キ〜!」

 

 見るからに怒り心頭の──正確にはその演技をしながら作戦を組み立てるヴァレッタに対し、グレイは「脳の血管がブチ切れても知らねぇぞ」と心にもない心配の言葉を投げつける。

 同時に彼女を睨みつけながら片眉をあげ、不敵に笑みを浮かべると共にくいくいと左手で手招きした。

 

「──踊ろうぜ(Shall We Dance)くそババア(Bitch)

 

 

 

 




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