ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission08 殺帝(アラクニア)

「──踊ろうぜ(Shall We Dance)くそババア(Bitch)

 

 グレイが放ったその一言が、開戦の合図となった。

 ヴァレッタは長剣を肩に担ぐと『敏捷』のステータスに物を言わせ、数メドルあった間合いを瞬時に詰め、薙ぐように一閃。

 銀光を放ち、鈍色の残像を残して首に迫るそれは、まさに彼女が今まで行ってきた悪行を象徴する、モンスターではなく冒険者を殺すための一撃だ。

 だが、グレイは動かない。見えていない訳ではない。見えて、反応できるからこそ、動かないという選択を取った。

 避けるのならそれはそれでその後の隙を狩るつもりだったヴァレッタは、それならこのまま死ねと言わんばかりに凄絶な笑みを浮かべ、そして見た。

 腹を守っていた彼の右腕がブレたと思った次の瞬間、ギン!と鈍い金属音と共に長剣が弾かれる。

 

「……ッ!」

 

 またかと舌を鳴らし、弾かれるまま体勢を崩したヴァレッタに対し、グレイが取ったのは追撃──、

 

「──おいおい、それで全力か?」

 

 ではなく、挑発だった。

 文字通りヴァレッタの間合いの中で、無手である彼が唯一彼女に勝てる要素である攻撃や防御後の切り返しを捨て、相手を煽る事を優先したのだ。

 わざとらしく構えを解き、広げた両掌を晴天の空に向けながら、嘲りの笑みを浮かべて、顎をあげて見下すようにヴァレッタを見やる。

 

「なめんじゃねぇ!!」

 

 対する彼女は激昂の声をあげ、再びグレイに挑みかかった。

 Lv.5のステータスを総動員し、さながら舞踏のような滑らかで、かつ激しい足取りで動きながら、何重にもフェイントを絡め、剣閃を閃かせる。

 並の冒険者であれば──いいや、アリーゼたちでは反応しきれないだろう速度と数の斬撃が迫る中、グレイは小さく鼻を鳴らして脱力した腕でその全てを迎え撃つ。

 腕と刃が激突する度に鈍い金属音が鳴り響き、ヴァレッタは体勢を崩すが、その姿勢からでも獣じみた動きで刃を振るい、時には徒手空拳を入り交ぜてグレイを攻撃するが、

 

「遅ぇ!」

 

 やはり、届かない。

 グレイはその全てに完璧に防御してみせ、その度に鈍い金属音が周囲に響く。

 振るわれる刃を弾き、弾き、弾き、弾く。

 何人もの冒険者の首を掻き切った一閃も。

 反撃上等で全体重をかけた大振りは一撃も。

 彼の死角をつかんと足捌きで背後に回り、全力で持って振り抜いた渾身のものでさえ、グレイは無慈悲に、そして完璧に防ぐ。

 それを何度も繰り返す内に、だんだんとヴァレッタの表情からも余裕が消え始め、僅かな焦燥感が見え隠れし始めた。

 

(おかしい。おかしいだろ、なんなんだよこいつ!?)

 

 こんな強い奴がいるなんて話聞いていない。

 初めは単にまぐれで反応できただけだろうと、障壁系の魔法を使って耐えているだけだろうとたかを括っていたのだが、おかしいのだ。

 こちらの動きに完璧に反応してくる。何度も防がせているのに、全く消耗する様子も見せない。

 何か種がある。何か秘密がある。

 何か未知のスキル持ちか、あるいは発展アビリティかと勘繰るヴァレッタは、それを試すように更に速度をあげてグレイに切り掛かる。

 その速度は容易く常人の動体視力の限界を超え、冒険者たちのそれさえも容易く引きちぎる程。遠巻きで見守っていた闇派閥(イヴィルス)の構成員たちの中で、あまりの速度にどよめきが起きる程だ。

 対するグレイは不動。相変わらず盾のように構えた左腕でヴァレッタの剣撃の全てを防ぎ、距離を取ったヴァレッタを目で追っている。

 石畳の上を駆け回り、時には建物の壁を蹴ることで急転回や空中に舞い上がるなど、三次元的な動きでグレイを翻弄しようとするが、グレイはそれら一切に惑わされる事なく、ヴァレッタを目で追いかける。

 その中でも、やはりヴァレッタが感じるのは違和感であった。

 どんなに動いても視線が切れない。死角にいる筈なのにグレイの視線を感じる。

 彼と自分の実力差からして、彼が本気を出せばまず間違いなく重傷を負わされる。まあそうなれば、近場の闇派閥(イヴィルス)に足止めを命じて自分だけ逃げればいいだけだ。

 なんなら、こんなヤバい奴放っておいて、楽しい楽しい蹂躙劇をするために逃げたっていいのだ。

 だが、それは彼女のちっぽけな矜持(プライド)が許さなかった。あれだけ自分の事を嗤ってくれたクソガキに一泡吹かせなければ、苛立ちと屈辱でおかしくなってしまう。それこそ部下たちを何人か殺しても、その苛立ちは治まらないだろう。

 つまり一撃だ。あのご自慢の腕を吹っ飛ばすでも、目を潰してやるでも、何でもいい。自分に喧嘩を売ったことを後悔するような一撃を与えられれば、それでいい。

 だが、その一撃が凄まじく遠いのだ。

 しかし、その一撃を届かせる方法は既に思いついている。

 

「気が変わった!テメェら、やっちまっていいぞ!」

 

 ヴァレッタは背後に控える部下達にそう叫ぶと共に、グレイと、彼の背後で市民を守るために奮闘している冒険者達を指差した。

 

「全員纏めて、な」

 

 唇で歪な三日月を描き、顔に嗜虐的な笑みを浮かべ、慈悲の欠片も、戦士としての矜持もない指示が飛んだ。

 声もなく目を見開くグレイを他所に、建物の屋根の上や路地裏から姿を現した部下達が待ってましたと言わんばかりに懐から剣を──金属のそれとは別の、魔力の輝きを放つ魔剣を掲げ、その鋒をグレイと冒険者達、そして逃げ惑う民衆に向けた。

 

「守ってみせろよ、クソガキ!その鉄みてぃに固い腕でよ!!」

 

 冒険者達が慌てて盾を構え、民衆を逃がそうと声を荒げる中、グレイは苦虫を噛み潰したような表情になりながら舌を弾く。

 ヴァレッタを無視して部下からやるか。いいや駄目だ、ヴァレッタを自由にしたら、それこそ部下達を無力化している内に後ろの民衆が虐殺される。

 予定を変えて今すぐヴァレッタをやるか。いや、彼女を取ったところでもう止まらない。むしろ道連れ狙いで部下達が暴れ出し、余計な被害が出る可能性もある。そして、その隙にヴァレッタを回収されたら元も子もない。

 

(守りきれるか?いいや──)

 

「上等だ、やってやる……ッ!」

 

 この場にいる命を一つでも多く救うため、彼はすぐさま覚悟を決めた。

 獰猛な笑みを浮かべてそう決心した彼は防御体勢を解いて背中の長剣を抜くと、魔力を込めた。

 鏡のように磨き上げられた銀色の刃が灰色の魔力を纏い、鈍い輝きを放つ。

 直後一番槍だと言わんばかりに炎の魔剣を振るわれ、空気を焼き尽くす超高温の火球が放たれた。

 その矛先は逃げ遅れた親子。父親は子供と妻だけでもと自分達の体を盾代わりに差し出し、母親は子供を抱き締めて自分の体を盾とした。子供は訳もわからず呆然としたまま、迫る火球を見つめていた。

 眼前に迫る死。大気を焼き尽くし、掠めた屋根を文字通り焼失させたそれは、『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれぬただの人間が受け止めるどころか、耐えることさえも許さない。

 三人が揃って目を瞑り、恐怖に震える親子の前にグレイが滑り込む。

 

「遅れて悪い、怖がらせたな!」

 

 状況に反して快活な声をあげて怯える三人を慰めながら、さながらバッターのように長剣を肩に担ぎ、

 

「おらよ!」

 

 気の抜けた声と共に長剣を振り抜き、その腹で火球を打ち据えた。

 刃を覆う灰色の魔力と火球がぶつかり合い、ほんの一瞬拮抗するが、すぐに灰色の魔力とグレイの膂力が火球を押し切り、放たれた時の倍の速度をもって打ち返す。

 魔剣を振るった闇派閥(イヴィルス)と、その脇に控えていた彼の仲間達は何が起きたのかも理解する間も与えられず、民衆を焼き尽くすべく放った火球に自分達が飲み込まれ、骨も残さず焼失した。

 

「は?」

 

 文字通り魔法を打ち返すという、異常にも程がある事をしてのけたグレイに向け、ヴァレッタは間の抜けた表現で困惑の狼狽の声を漏らした。

 剣で掻き消すのならまだわかる。対魔法(アンチ・マジック)系の魔法やスキル、あるいは極まったステイタスがあれば、十分に可能だろう。

 だが、彼は魔法もスキルも使った様子はない。文字通りただ魔力を込めただけの一振りで、魔法を打ち返した。

 

「──グレイ選手、一点獲得だ」

 

 何が起きたと混乱が広がる闇派閥(イヴィルス)達に向け、グレイは彼らを嘲るように笑いながら人差し指を立てた。

 そのままくるりと手の甲を向け、立てた指を次はどうしたと言わんばかりにくいくいと曲げて言葉もなく闇派閥(イヴィルス)を挑発する。

 

「なにやってる!?あのガキをさっさと殺せぇ!!」

 

 そしてその困惑から真っ先に回復したヴァレッタが、臆する部下達に唾と共に号令を飛ばすと、彼らは一斉に魔剣を振るい、魔力を解き放った。

 魔剣に封じられた魔力が暴れ狂い、魔力により生まれた炎や雷、氷が『爆撃』となってグレイと、彼が守らんとする民衆に降り注ぐ。

 グレイはそれを詰まらなそうに見つめながら肩を竦めたかと思うと、全ての者の視界から消えた。

 真っ先に放たれた火球と民衆の間に割り込み、魔力の濁流を縦一閃で切り裂いて霧散させる。

 雷には長剣を投げつけることで空中で炸裂させ、氷の礫は魔力で強化した拳打と蹴りでもって破壊し、一片たりとも背後には通さない。

 続く雷撃、氷の礫、再びの火球。別々の方向から、別々の方向に向けて放たれたそれらを、ブン!と空気が軋む音と共に姿を消し、標的との間に割り込む。

 長剣を回収する余裕はなかった。故に彼は盾を砕く雷撃を、鎧を穿つ氷礫を、万物を焼き尽くす火球を、その身一つで受け止める他にない。

 受け止め、消え、現れ、受け止め、また消える。残像を残し、何人にも分裂して見えるほどの速度でそれを延々と繰り返しながら、彼はひたすらに耐えることを選択した。

 腕から鮮血が迸り、肉の焼ける不快な臭いと煙の尾を引きながら、ひたすら動く。

 両腕から全身に駆け巡る叫び出したくなるような激痛を無視し、次々と放たれる魔剣の砲撃を受け止め、受け止め、受け止める。

 火傷を負おうが、凍傷を負おうが、彼は止まらずに民衆の盾となり続ける。

 民衆も冒険者達も、種族も所属も関係なく、何の隔たりもなく、全ての者を守り切らんと肉体は躍動し続ける。

 

「はははははははははははは!?いいぜぇ、いいぜぇ!!そのまま踊り狂いやがれ!!」

 

 流石にここまでやるとは予想外だったのか、ヴァレッタの狼狽えつつも哄笑はあげた。

 彼に言われた挑発の言葉を投げ返し、部下からぶんどった魔剣の砲撃を、ちょうど目についた子供に向けて放つ。

 それも滑り込むように割り込み、正面から防いで見せるグレイだが、ほんの一瞬足がぐらついたのを見逃さない。

 逃げ遅れた民衆に手を貸し、こちらに背を向けて逃げようとした冒険者に向けて魔剣を振れば、グレイは雷撃よりも速く冒険者の元にたどり着き、再びの防御。盾代わりに差し出した腕が痙攣し、眉間に皺を寄せて舌打ちを漏らしたのを見逃さない。

 何より少し息を乱し、段々と速度を落としていることを見逃さない。

 そして、そうして高速移動と防御を繰り返していたグレイは、ついに走り回る体力も尽きたのか、不意に動きを止めた。

 肩を揺らし、全身に珠のような汗を滲ませ、助けを求めるように周囲の冒険者に目を向けている。

 そんな弱り始めた青年に向け、ここぞとばかりに魔剣の集中砲火が浴びせられた。

 冒険者達が助けようとしても、意味はない。彼らでは魔剣の砲撃を防ぎきれないからだ。

 魔力の弾幕とそれに生み出した爆煙の中にグレイの姿は消えていき、これは死んだ。よくて重症だ、間違いねぇと勝利を確信する中、ヴァレッタは聞いた。

 自分達を守らんと命をすり減らし続けた少年が、まさに殺されようとしている光景を前に、冒険者達と民衆の悲鳴が響く中、それでも耳に届く鈍い金属音を。

 

「ははははははははは!──はぁ?」

 

 グレイがいた場所に火球が着弾したと思った瞬間、火球が掻き消されると共に爆音に代わって鳴り響く鈍い金属音。

 雷撃も、氷の礫も、彼がいた場所に着弾すると同時に掻き消され、同じ異音が鳴り響く。

 ヴァレッタが驚倒に目を見開いたのとほぼ同時。込められた魔力を吐き出し尽くした魔剣が砕け散り、小さな破片となって足元に転がった。

 彼女の部下達の魔剣もそうだ。儚い音をたてながら次々と魔剣が砕け、武装を失っていく。

 切り札を失い、顔色を青ざめさせる彼らが視線を集める先にいるのは、一人の少年だ。

 盾のように構えた左腕は火傷と凍傷でボロボロになり、右腕もまた同じ。

 彼の象徴の一つであるコートの袖は焼失した挙句に血を吸って肌に張り付き、足にかかる程に長かった裾も焼かれ、凍りついた結果、辛うじて形を保つボロ布になりかけていた。

 足に力が入らないのか膝が震え、構えられた手もよく見れば痙攣を繰り返し、血を滴らせている。

 だが、色褪せた瞳に宿る戦意は衰えていない。研ぎ澄まされた殺意はより鋭さを増し、ヴァレッタと彼女の部下達を睨みつけている。

 彼を中心に空間が歪む錯覚を覚え、その背に巨大な怪物の姿を背負う彼の姿を幻視し、ヴァレッタ達の間に戦慄が駆け抜けた。

 グレイはそんな彼女達に向けた不敵な笑みをそのままに、左手でくいくいと手招きして煽る。

 

「どうした、こんなもんか?」

 

「〜〜〜〜!ざけんじゃねぇ!!」

 

 ヴァレッタは吠えた。

 あれだけの魔剣の砲撃を浴びて、なぜ倒れない。

 あれだけの砲撃を前にして、なぜ誰も見捨てない。

 何よりあんなに弱っている相手に、なんでビビってる!?

 

「ざっけんじゃねぇ!!」

 

 手が震える。呼吸が細くなる。瞼が痙攣する。ガチガチと歯を鳴らしてしまう。

 理由はわからない。だが確実に、自分は怯えている。

 あんな死にかけのガキを相手に、ビビりまくっているのだ。

 ヴァレッタは歯を食い縛り、臆する己を鼓舞するように意味もなく隣の部下を斬り殺し、その血を頭から被った。

 薄紅色の髪を真っ赤に染め上げながら、血に染まった長剣を肩に担ぐ。

 その顔には凄絶な笑み。血によって冷えた頭は理性を取り戻し、死にかけのガキにトドメを刺すべく体を動かしていた。

 グレイは動かない。真っ直ぐにヴァレッタを睨み、構え続けている。

 ヴァレッタは駆け出した。己の全力を込めて石畳を蹴り、数メドルの間合いを一瞬でゼロにする。

 そこから始まるのは、まさに絶殺の乱舞だった。

 流れるように淀みなく、そして慈悲もなく、グレイの命を刈り取るべく血塗れの長剣が振るわれる。

 舞踏を舞うような足捌きでグレイを翻弄しつつ、並の冒険者から防御の上からでも容易く殺せる剣撃を放ち続ける。

 だが、それでもなお、グレイという壁は高かった。

 首を飛ばさんと振るわれた一閃を真正面から受け止め、心臓を貫かんと放たれた刺突を剣の腹を叩いて逸らす。その度に鈍い金属音が鳴り響く。

 

(なんなんだよ……)

 

 ヴァレッタは知らない。こんなヤバいガキがオラリオに来ていたことなど。

 

(なんなんだよ……っ!)

 

 ヴァレッタは知らない。彼が見せる、常識知らずの戦闘技術を。

 

(なんなんだよ……っ!?)

 

 ヴァレッタにはわからない。グレイの狙いが。

 彼は絶えず受けるだけで反撃に転ずることをせず、ひたすらにヴァレッタの攻撃を受け止め、受け流し、彼女の乱撃を耐え続ける理由がわからない。

 最初に比べれば動きの精彩は欠いている。現にあの鈍い金属音は鳴らなくなり始め、防御に使っている両腕には腫れや切り傷も目立ち始めている。

 それでも骨を砕く爽快な手応えも、肉を断ち切った堪らない感触も感じない。

 まるで訓練用の土人形を切りまくっているような感覚を覚えるヴァレッタだが、目の前でこちらを睨む双眸がそれを否定する。

 お前が戦っているのは俺だ、間違えるなと、逃避さえも許されない。

 時間をかければ殺せる。だが──、

 

「アッシュウォルドさん!!」

 

「グレイ!無事よね!?」

 

 二人だけの戦場に響いたのは、誇り高い妖精の声だった。

 その声に、名前を呼ばれたことに反応してしまったのは、グレイだ。

 彼はヴァレッタが振るった長剣を弾き飛ばすと共に、その声がした方向に──返り血で髪や衣装を赤く染めたリオンとアリーゼに目を向け、そして笑った。

 きっと道中で多くの敵を無力化し、多くの民衆を救ってきたのだろう。それにしたって遅すぎる。もう少し早く来てくれれば、もっと楽ができたのに。

 

「ああ!遅かったな、正義の味方!」

 

 グレイは皮肉を全開にしてアリーゼとリオンに叫ぶが、その瞬間は完全にヴァレッタから意識が外れていた。

 Lv.5という絶対強者を前に、致命的な隙を晒してしまっている。

 

「っ!?駄目だ、避けてください!!」

 

 リオンが叫んでももう遅い。長剣を弾かれたヴァレッタは無手であった左手を懐に突っ込み、そこから細く鋭い──文字通り相手を刺し貫くことのみに特化した短剣を取り出した。

 

「隙だらけだぜ、クソガキィィィィィイイイイイイ!!!」

 

 ヴァレッタは勝利を確信し、顔の形を歪めるほどの笑みを浮かべながら、彼の心臓に向けて短剣を突き出す。

 リオンとアリーゼはグレイを救わんと全力をもって走るが、間に合わない。

 必死に手を伸ばし、グレイを掴もうとするが、ヴァレッタはそんな二人を嘲笑うように、そして今までの鬱憤を晴らすように、今日一番の速度を発揮した刺突を放つ。

 無情にも二人の視界に飛び込んでくるのは、グレイの心臓に短剣が突き刺さる光景。

 

「──隙だらけだぜ、くそババァ!!」

 

 ではなく、灰色の閃光と共に、ヴァレッタの鳩尾に掌底を叩き込んだグレイの姿だった。

 灰色の魔力により濃縮された炎、雷、氷、そして同じく彼の魔力で封じ込められた凄まじい衝撃が、完璧なカウンターとして叩き込まれる。

 その衝撃たるや二人を中心に空間が歪むほどであり、様々な属性を内包した灰色の魔力が彼女の四肢を一気に駆け抜け、手足の骨をバラバラに打ち砕き、筋肉と神経を断裂させていく。

「へ?」と間の抜けた声を漏らしたヴァレッタは、何をされたのか理解できていない。

 自分が勝利し、グレイの亡骸をアリーゼ達冒険者に見せつけ、彼らを嘲笑うことを信じて疑わなかった彼女に、何が起きたかなど判断できるわけがない。

 グレイは崩れ落ちるヴァレッタの両肩を掴むと同時に、その腹に渾身の膝蹴りを叩き込んだ。

 鋭く放たれた膝がそのまま槍となって彼女の腹部にめり込み、辛うじて無事だった内臓を無惨に破壊した。

 

 ギチッ……。

 

 そして、内臓が潰れる音とは別の不快な音がした。

 それはLv.5の屈強な肉体が破壊され、背骨が崩壊した音だった。

 グレイが手を離しながら足を引くと共に、ヴァレッタはごぼりと血を吐き、石畳に両膝をついた。

 体に力が入らない。手も、足も、動かない。

 背骨もろとも脊髄を破壊されたのだ。身体が動くわけがない。それでも背筋を伸ばしていられるのは、Lv.5の強靭な肉体が成せる業か。

 そして、その体勢はグレイにとっても大変都合が良かった。

 古代の死刑執行人が断頭の刃でそうしたように、彼はゆったりとした動きで右足を振り上げ、慈悲の欠片もなくヴァレッタの頭頂部に踵を振り下ろした。

 教科書に載せてもいいような、見事な踵落とし(ネリチャギ)は振り下ろされた勢いのままにヴァレッタを顔から石畳に叩きつけ、そのまま凄まじい力で抉られたように石畳を陥没させた。

 それに留まらず彼女の頭部を中心に蜘蛛の巣状の亀裂を広げ、発生した衝撃が倒壊しかけていた建物にトドメを刺してしまい、あちこちから倒壊の音が聞こえてくる。

 

「────!?!?!」

 

 ヴァレッタは声にならない悲鳴をあげながら白眼を剥き、額から大量の血を流しながら石畳の上でピクピクと痙攣し、意味のない呻き声を漏らしている。

 手当をしなければ死ぬだろう。したところで、もうまともに体を動かすことすら叶わない。

 そんな後はただの肉塊か、生きているだけの肉塊になる他ないヴァレッタを見下ろしながら、グレイは血の混ざった唾を吐いた。

 

『ヴ、ヴァレッタ様ぁぁぁぁぁぁああああああ!?』

 

 同時に時が動き出す。

 ヴァレッタの瞬殺劇に理解が追いついた闇派閥(イヴィルス)が一斉に悲鳴にも似た叫びをあげ、怪物を見るような視線をグレイに向ける。

 ヴァレッタですら知覚できなかったのだ。彼らにはグレイが何をしたのかさえわかっていまい。

 ヴァレッタも闇派閥(イヴィルス)も、最後まで理解できていなかった。

 グレイの無茶とも言える防衛戦は、全て安全な決着の為の布石でかなかったことを。

 彼の狙いは二つ。

 一つはヴァレッタを確実に仕留めること。

 もう一つは、撃破したヴァレッタを確保する、信頼できる誰かが来るまで耐えること。

 その二つの条件を満たせるのは、彼が扱う四つの戦闘技能(スタイル)近接戦特化(ソードマスター)』『遠距離戦特化(ガンスリンガー)』『機動力特化(トリックスター)』『防御、反撃特化(ロイヤルガード)』の内の四つ目、『ロイヤルガード』だった。

 途中、安全を取ってソードマスターで魔法を切り裂いたり、トリックスターでの瞬間移動による回避、ないし先回りもしたが、作戦の中心はロイヤルガードだ。

 基本、凄まじい魔術を扱う、あるいは凄まじい膂力を持つ悪魔との戦いにおいて、相手の攻撃を受けるとは(すなわ)ち死だ。

 実際、グレイは四つのスタイルの中で最も練度が高いのはトリックスターだ。オラリオに来てから何度も披露している瞬間移動を始め、使い方を間違えなければ日常生活でも使えるという意味でも、重宝している。

 だが、今回使用したロイヤルガードの特性は全くの真逆。

 

 相手の攻撃を真正面から受け止め続け、受けたダメージを攻撃力に変換し、溜める基本技──『ブロック』。

 

 そして最大まで溜めた力をこちらの魔力で増幅し、相手に叩き返す攻撃技──『リリース』

 

 グレイが見せたのはその二つではあるが、より正確に言えばその中でもさらに高難度であり、上位互換の技だ。

 

 相手の攻撃をギリギリまで引きつけてからブロックすることで、防御の上からでも受ける筈だったダメージさえも無効化する──『ロイヤルブロック』。

 

 そして相手の攻撃に反撃(カウンター)として放ち、本来のものよりも数倍の威力と速度で叩き込む不可視の反撃(カウンター)──『ロイヤルリリース』。

 

 今回闇派閥(イヴィルス)の猛攻を塞ぎ切ったのは前者、ヴァレッタを仕留めたのは後者だ。

 もっとも前者は何度か失敗しており、腕がボロボロになってしまったのだが。

 

「アリーゼ、リオン!こいつは任せた!」

 

 グレイは背負っていた長剣を抜きながら、今の出来事を受け止めるのに時間を要していたアリーゼとリオンにヴァレッタを指差しながら一方的にそう告げて、この場における頭目を失った闇派閥(イヴィルス)を見やる。

 

「な!?待ちなさい、その怪我で何を──」

 

 リオンは血塗れの両腕を見やり、悲痛な表情になりながら制止の声をあげるが、グレイは獰猛な笑みを浮かべて快活な声を吐く。

 

「まだ暴れたりねぇんだよ!!」

 

 彼はその言葉を最後に、その場から消えた。

 直後周囲から響くのは、闇派閥(イヴィルス)の断末魔の叫びだった。

 トリックスターの瞬間移動技──グラウンドトリックで路地裏に逃げようとしていた一団の真ん中に飛び込み、流れるような動作で纏めて一閃。

 相手を斬るためではなく、叩き伏せるための斬撃。

 刃ではなく剣の腹で、逃げ惑う闇派閥(イヴィルス)を無作為に払いのけていく。

 

「おらおら、峰打ちだろうが死ぬほど痛ぇぞ!!」

 

 峰打ちと言えば聞こえはいいが、やっていることは金属の塊による全力殴打だ。

 闇派閥(イヴィルス)の構成員達は白濁色のローブの下で恐怖に震えながら、それでも抗わんと雄叫びをあげてグレイに挑むが、彼は無造作に振るった長剣の一閃で纏めて叩き伏せる。

 ヴァレッタとの戦いで多少は疲労してはいる。もっとも、ちょっと長距離を全力で走った程度の疲れだ、何の問題もない。

 グレイは不敵な笑みを深めながら、長剣を尋常ならざる速度でぶん回し、次々と闇派閥(イヴィルス)を無力化していく。

 ドゴォォォ!と凄まじい衝撃音と共に、自分の意志とは関係なしに吹き飛ばされる。

 肋骨を粉砕され、血液混じりの吐瀉物を吐きながら気絶する一団を横目に、屋根の上を睨みつける。

 ひっ!と悲鳴を漏らしたのは、先程まで好き勝手に魔剣の砲撃を放っていた闇派閥(イヴィルス)の一団。

 屋根の上にいる相手にはエアトリックという、空中への瞬間移動技を利用して無理やり間合いを詰め、兜割りの要領で頭頂部を打ち据える。

 ドゴン!と再びの衝撃音と共に、打たれた釘のように下半身を屋根に埋めた男を他所に、グレイは屋根の上を縦横無尽に駆け回り、峰打ちで闇派閥(イヴィルス)を撃滅、制圧していく。

 闇派閥(イヴィルス)はこうなれば一人でも道連れにと手頃な民衆を探して首を巡らせるが、グレイの孤軍奮闘のおかげでこの区画の避難は済んでおり、この場にいるのはアリーゼ、リオンを始めとしたそれなりに名のある冒険者ばかり。

 そんなと覆面の下で顔を青褪めさせた男は、不意に背後に気配を感じて恐る恐る振り向いた。

 

「おいおい、余所見すんなよ」

 

「あ……」

 

 そこには彼らにとっての悪魔が相変わらずの不敵な笑みを浮かべ、長剣を振りあげていた。

 

 

 

 

 

 ドゴン!と音と共に、闇派閥(イヴィルス)最後の一人がグレイの刃にて倒れた。

 白眼を剥いて気絶した男を見下ろしながらグレイは長剣を肩に担ぎ、大して汗もかいていないというのに額を拭う素振りを見せて、べたり張り付いた自分の血の感触に不快そうに眉間に皺を寄せた。

 血塗れの手で拭えばそうなるなど、子供でもわかることだ。それでもやってしまった辺り、態度の割に疲れているのかもしれない。

 

「……ったく、数だけはいやがるな」

 

 額を汚す自分の血をそのままに、今の失態を誤魔化すように肩を竦めて一息ついたグレイだが、すぐに表情を引き締めて辺りを見渡す。

 自分が守れる範囲の民衆と冒険者を助けたが、他の区画がどうなっているのかは全く検討もつかない。

 すぐに確認に行かねばと足を動かした矢先、「アッシュウォルドさん!」とリオンが待ったをかけた。

 気怠げに振り向いたグレイの視界に飛び込んでくるのは、覆面越しでもわかるほどに怒り狂い、その美貌を歪めている彼女の姿だ。

 

「なんだよ、まだ終わってねぇだろ?」

 

「いいえ、終わりました。貴方が倒したのが、最後だ」

 

 いつものように不敵に笑い、両腕を広げながら投げた問いかけに、リオンの冷静な声が返される。

「あ、マジか」と間の抜けた声を漏らしたグレイは辺りを見渡しながら耳を澄ませ、遠くから治療中の悲鳴はあがれど、爆音をはじめとした戦闘音が聞こえないことを確認。

 それだけがわかれば、戦いが終わったのなら、とりあえずそれでいい。

 改めて安堵の息を吐き、ゆっくりと肩から力を抜いたグレイは腰に手を当てながら言う。

 

「じゃあ、怪我人の治療を手伝うか。助けられるだけ助けたが、それでも怪我人は結構いるだろ?」

 

「治療を受けるべきなのは貴方だ!」

 

 そして、他にもやれることはあると行動を起こそうとした途端、再びリオンが待ったをかけた。

 彼女の視線は不規則に痙攣し、いまだに血を滴らせている彼の両腕に注がれており、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で言葉を続ける。

 

「ここに来るまでの間に、貴方がしたことを聞きました!確かに貴方の行動は素晴らしいものです!ですが……!」

 

「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれよ、喧しい」

 

 声に熱がこもり、必死になって何かを伝えようとするリオンとは対照的に、グレイはどこさ冷めた表情をしながら溜め息を吐いた。

 そのまま血塗れの手でボロ布同然のコートを脱ぎ、ヴァレッタへの踵落としの際に踵が割れたブーツを見下ろす。

 

「コートを駄目にしちまったし、ブーツもぶっ壊しちまった。……師匠から貰った大事な物だったんだけどな」

 

 いつにもなくテンションを下げながら項垂れ、深い溜め息を漏らす。

 魔界から脱出し、無一文に戸籍なしという文字通り詰み状態だった自分の面倒を見て、衣食住を提供してくれた師匠から送られた、大事な品が二つも駄目にしてしまった。

 

(まあ、どっちも近いうちに買い替えるつもりだったけどよ……)

 

 オラリオに来る以前から、時機を見て買い替えようと決めていたものだ。そうと思えば割り切りもしやすい。

 まさか、こんな形で失うとは思ってもみなかったが。

 側から見れば師匠との思い出を犠牲に民衆を守り切った、今日この場における英雄だ。リオンは彼をどこか悲しげに見やり、語気を弱めながら告げた。

 

「……治療します。動かないでください」

 

「──【今は遠き森の歌。懐かしき生命の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を】」

 

 同時に紡がれるのは、この世界において魔法を使う為の予備動作──つまりは詠唱。

 彼女を中心に森を思わせる優しい新緑の色をした魔力が溢れ、グレイの両腕を包み込む。

 

「【ノア・ヒール】」

 

 そして、彼女が魔法の名を口にした瞬間、彼の腕を包む魔力の光が僅かに強まり、じわじわと傷を癒していく。

 即効性はない。だがこの時代においては大変貴重な回復魔法であることに違いはない。

 

「いいのか?俺なんかに使っちまって」

 

「アリーゼに許可は得ています。ですが、私の魔法では回復しきれない。後で必ず治療院(ディアンケヒト・ファミリア)で治療を受けてください」

 

「へいへい。適当に包帯でも貰って巻いとくさ」

 

 リオンは本気で心配しているのだろう。グレイがふざけた調子で適当に言葉を吐くと、彼女は冷たく彼を睨みつけた。

 それでも魔法の行使は続けているのは、ひとえに彼がいなければより多くの犠牲が出ていたのが確かだからだ。

 だから、この治療はある意味での彼への報酬。ついでに口にするには照れ臭い感謝の言葉の代わりだ。

 そしてグレイの方も何か言葉を発することはなく、周囲を警戒しながらもじっとリオンを見つめていた。流石の彼も、口を動かすのも億劫になる程度に疲労が溜まっているのだろう。

 

「……私、彼に応急手当てだけしておいてって言っただけよ?」

 

「……まあ、あの小僧が悪人でないことはわかったわい」

 

 そんな心地よい静寂が支配する空間を眺めるのは、ヴァレッタの監視を続けるアリーゼと、民衆の誘導と他の区画の防衛を終えたガレスだ。

 二人は他の冒険者と共に虫の息になっているヴァレッタを囲うように布陣しながら、視界の先で無言で見つめ合う、傷つきながらも民衆を守りきった灰髪の少年と、彼を癒す正義の妖精の姿を静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

 そしてそんな二人の姿を、物陰から見つめる神の姿があった。

 あちこちに跳ねた黒い髪が、一部だけ脱色したように灰色に染まっている男神──エレン。

 彼は普段のうだつの上がらない笑みではなく、どこか冷酷な雰囲気まで纏う笑みを浮かべながら、やはりと柔らかく口角をあげた。

 

「やっぱり君達はお似合いだよ。高潔で誇り高い妖精と、人の皮を被り、人のふりを続ける怪物」

 

「ああいうのなんて言うんだっけ……?ああ、そうだ、美女と野獣(ビューティー・アンド・ビースト)。本当の意味は違うだろうけど、字面だけ見ればこれほど似合う言葉もない」

 

「さて、君達はどうなるかな?怪物は怪物のまま殺されるのか、あるいは妖精が奇跡を起こすのか。ああ、まったく楽しみだ」

 

 エレンはそう独白すると、神の気配を感じて振り向いたグレイから逃れるようにその場を後にした。

 

「……?誰かいたのですか?」

 

「いいや。多分、気のせいだ」

 

 遠くから聞こえる二人のやり取りに対して、ただ楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

 

 




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