ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission09 円卓に集う

 都市北西のメインストリート、別名『冒険者通り』にその建物はあった。

 万神殿(パンテオン)を彷彿とされる荘厳なそれは文字通りオラリオの中枢機関であり、迷宮都市を管理する『ギルド本部』である。

 

「各【ファミリア】の代表、揃ったな。では、これより定例の闇派閥(イヴィルス)対策会議を始める」

 

 そんなギルド本部の奥。百人以上の同席を可能とする大型の会議室に、多くの冒険者が集まり、円卓を囲むように腰を下ろしていた。

 迷宮都市二大派閥、【ロキ・ファミリア】からは団長である小人族(パルゥム)のファン・ディムナ。

 同ファミリア副団長にしてエルフの王族でもあるリヴェリア・リオス・アールヴ。

 そして同ファミリア幹部のガレス・ランドロック。

 彼らと同じく都市二大派閥である【フレイヤ・ファミリア】からは団長にして『都市最強』の冒険者、オッタル。

『都市最速』の冒険者と呼ばれる副団長、アレン・フローメル。

 前者が猪人(ボアズ)、後者が猫人(キャットピープル)の獣人だ。

【ガネーシャ・ファミリア】からは団長のシャクティ。

【アストレア・ファミリア】からは団長のアリーゼと副団長の輝夜。

 他にも多くの【ファミリア】の団長、あるいは副団長が一堂に会し、広い筈の会議室も手狭に見えてしまう。

 そんな会議室を見渡し、粛々と開会の宣言をしたのはギルド長、ロイマン・マルディール。

 種族単位で眉目秀麗であると言われているエルフにも関わらず、豚のように肥え太り、本来の美しい顔立ちは見る影もない。

 そして彼は宣言が終わると共に、彼はその視線の円卓の片隅──【アストレア・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】の間に座る人物に視線を向けた。

 行儀悪く円卓に足を乗せ、椅子の背もたれに寄りかかりながら、不貞腐れたように腕を組んでいる青年──グレイの姿が、そこにはあった。

 普段着ていた灰色のロングコートはなく、その下に着ていた半袖シャツ一枚姿。冒険者達が使うような戦闘衣(バトル・クロス)ではなく、彼の住んでいた街のそこらの店で買える安物であり、普段の格好に比べると派手さはない。

 愛用の長剣を円卓に立てかけ、新品ではあるが安物のブーツを履いただけの足を、リズムを刻むように一定の間隔で揺らすその様は、まさに退屈している子供そのものだ。

 なおそのブーツは【アストレア・ファミリア】が買い与えたものである。文字通りの無一文である彼に、取り敢えず履くものを用意したのだ。

 冒険者達も見覚えのない無礼な少年に怪訝な視線を向ける中、輝夜が日頃の恨みも込めて刀の柄で彼の頭を思い切りぶん殴る。

 ゴッ!と鈍い音が会議室に木霊する中、グレイは「なんだよ」と大して痛がる様子も見せずに輝夜に目を向けると、彼女は下せと言わんばかりに足を顎で示した。

 グレイは面倒くさそうに溜め息を吐きながら足を下ろし、代わりに円卓に頬杖をつく。

 輝夜がこれでいいかとロイマンに目配せすると、彼はごほんと咳払いをしてから早速本題に入る。

 

「早速だが、先日の襲撃についてだ」

 

 彼はそう前振りをすると、くわっと目を見開き、怒号を飛ばした。

 

「あの体たらくはなんだ、お前達!?闇派閥(イヴィルス)の幹部、【殺帝(アラクニア)】を捕縛したとはいえ、多くの犠牲者が出たのだぞ!?」

 

 大量の唾を飛ばし、手元の書類の束に鉄槌を落としながら放った言葉は、確かにその通りであった。

 多発する工場襲撃に、リヴィラ襲撃未遂。そして先日の炊き出し襲撃。

 グレイがオラリオに来てからほぼ一週間。彼の故郷ならニュースに取り沙汰され、連日騒ぎになるような大事件が短期間の間に連続して起きている。

 それに対し、ギルドの長を務めるエルフは憤懣を溜めているのだろう。グレイも知らない事件を次々と口頭で告げながら、贅肉の詰まった腹を揺らし、唾を飛ばしている。

 

「耳が痛ぇな、まったく」

 

 そんな彼の怒号に返したのは、欠片も気にした風もないグレイの呟きだった。

 先日の炊き出し防衛戦の立役者である青年の声に冒険者達の視線が集まった。

 何十という魔剣の直撃を受け止め続け、曲者揃いの闇派閥(イヴィルス)の幹部の中でも特に要注意人物でもあったヴァレッタを撃破した、名前も存在も知らない正体不明の強者を警戒するように。

 ジャケットの袖から伸びる腕には指を含めて厳重に包帯が巻かれている事に気付き、決して無敵ではないという事実にわずかに安堵していた。

 万が一彼が闇派閥(イヴィルス)に寝返っても、強力な魔剣や魔法があれば倒せるとわかっていれば、ほんのわずかだが余裕が生まれる。

 彼はそんな冒険者達の視線を敢えて無視しつつ、色褪せた瞳をロイマンに向けた。

 

「ならお前も現場に出てこいよ。現場の苦労がよくわかるついでに、その腹の肉も落ちるぜ」

 

 そして、皮肉混じりの煽りも忘れない。

 上に立つ人間というのは、得てして自分の権力の座に縋り付かんと必死になるものだ。自分にとって最善の手を選んでしまい、部下や周囲の人間に無理を強いてしまう。

 そして、そんなドス黒い欲望を悪魔に付け込まれ、破滅の道を突き進むのだ。そんな糞ほど下らない話はそれこそ腐るほどある。

 もっとも、そんな権力者の欲望はグレイにはよくわからない。(まつりごと)の経験などないのだから当然だ。悪魔に取り憑かれるなり、何かしらの契約をしたのなら、その時対処すればどうとでもなる。

 周囲の冒険者達の含み笑いがあちこちから聞こえる中、グレイに同調するように──同時に彼に殺意を向けながら口を開いたのはアレンだ。

 

「さっさと害虫を駆除してぇなら、闇派閥(イヴィルス)を追ってダンジョン攻略も進めろなんざ、間抜けな注文を押し付けんじゃねぇ」

 

 アレンの乱暴な言葉にグレイはよくわからんと首を傾げ、隣の輝夜に「そんなに大変なのか?」と単刀直入に問いかける。

 彼が知るダンジョンは18階層までの比較的上の階層までであり──それでも、そこまでたどり着けない冒険者も多いのだが──、ダンジョン攻略の苦労というものに馴染みがない。

 

「大変に決まってるだろうが間抜け。本来ならダンジョン攻略だけでも命懸けだ」

 

「へぇ」

 

 輝夜が真剣な面持ちでかつての苦労を思い出しながら告げた言葉に、グレイは適当な相槌を打った。

「興味ないのなら聞くな」と睨んでくる彼女を無視し、アレンにぐちぐちと毒を吐かれているロイマンに目を向けた。

 アレンの殺意混じりの怒りの声に気圧されながら、ロイマンは何とか舌を動かす。

 

「し、仕方なかろう!大神(ゼウス)女神(ヘラ)の派閥が消えた今、都市の内外にオラリオの力を喧伝するのは急務!でなければ、第二、第三の闇派閥(イヴィルス)が生まれかねん!」

 

「その薄汚ねぇ権力の椅子が後生大事だと素直に吐きやがれ。こっちはダンジョンでよくわかんねぇ化け物どもの相手までしたんだぞ」

 

「よ、よくわからん化け物!?まさか、例の『悪魔』とかいう新種がダンジョンに!?」

 

 アレンの毒舌混じりの報告にロイマンが顔色を悪くする中、グレイは眉を寄せてトンと円卓を指で叩いた。

 やはり、ダンジョンのどこかに悪魔の巣窟が──正確には魔界と繋がる門があるのだろう。早急に見つかなければ、奴らは無尽蔵に湧き出してくる。

 

「ダンジョンに悪魔の巣、ね」

 

 グレイが誰に言うわけでもない独白と共に、玩具を与えられた子供ようでいて、百戦錬磨の戦士のようにも見える奇妙な笑みを浮かべた。

 

「いいね、盛り上がってきた」

 

 背もたれに寄りかかり、再び円卓の上で足を組みながら零した言葉は、ここに集う冒険者達からすればあまり良い印象を抱くものではない。

 ただですら厄介なダンジョンで闇派閥(イヴィルス)がどこからか持ち込んだ新種のモンスターが繁殖し、猛威を振るい始めている。文字通りの異常事態が起きているというのに、その状況を楽しむような事を口にしたのだ。怪訝な視線が集まるのは当然だろう。

 そんな彼らの視線に構わず、そして悪びれた様子もなく不敵な笑みを浮かべているグレイが酷く浮いて見えるのも当然だった。

 輝夜が深々と溜め息を吐き、流石のアリーゼもフォローの言葉が出てこない。

 だが、そんな彼に話しかける人物が一人。

 

「いくつか質問をいいかな?」

 

【ロキ・ファミリア】団長、フィンだ。

 彼はグレイと顔を合わせてからというもの、疼き続けている親指を握り込みながら、人当たりのいい笑みを浮かべていた。

 

「ああ。俺に答えられることならなんでもいいぜ、ちびっ子(・・・・)

 

 そして、グレイが多少の悪意を込めてフィンの外見を──小人族であることを抜きにしても子供のような容姿を弄ると、周囲の【ファミリア】の幹部達の空気が凍り付き、輝夜とアリーゼが豆鉄砲を喰らった鳩のように間の抜けた表情を浮かべ、グレイを見た。

 偶然にも彼の隣に座ってしまった【ヘルメス・ファミリア】の副団長の女性、アスフィ・アンドロメダは「何で【勇者(ブレイバー)】に喧嘩売ってるんですかこの人!?」と悲鳴をあげた。

 その声で彼女にも視線が集まり、しゅんと縮こまる。

 初参加の会議で、なぜ特大の厄ネタであるグレイの隣に座らされたのか、理解できない。これが神々がいう新人いじり、ないし新参者への洗礼というものなのか。

 

「もう、帰りたい……」

 

 助けを求めるように涙目で周囲に視線を巡らせるアスフィを他所に、古参の冒険者の反応は様々だ。

 同じ【ファミリア】に所属し、長い付き合いであるガレスは思わず吹き出し、リヴェリアは不快そうに眉を寄せつつも、笑いを堪えるように口角が引き攣っていた。

 所属する【ファミリア】こそ違えど、それなりに長い付き合いであるオッタルは表情を一切動かさず、アレンももっと言ってやれと言わんばかりに──けれど敵意を込めて鼻を鳴らす。

 肝心のフィンも反応に困ったように頬に汗を垂らしながら苦笑すると、訂正の意味も込めて口を開く。

 

「……一応、僕は三十代だよ。君の倍は生きてる」

 

「冗談が上手いな、ちびっ子。……え、マジで?」

 

「マジだ」

 

 ははは、笑えるとふざけた調子で戯けていたグレイは、フィンの真摯な声音と周囲の反応からようやく察したのだろう。

 腕を組んだ体勢のまま目を見開いて固まっていると、天井を仰ぎながら溜め息を吐いた。

 

「それは悪かった。オラリオに来たばっかりで、あんたらの名前も覚えきれてないんだ」

 

 両の掌を天井に向けて肩を竦めた彼は謝罪の言葉と言い訳を並べた。

 参考程度に言えば、【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナは【勇者(ブレイバー)】の二つ名を賜った世界的にも有名な英雄候補であり、小人族(パルゥム)の誇りとまで言われる超有名人(ビックネーム)だ。

 人伝で話を聞いただけで外見を知らないのならとにかく、【ロキ・ファミリア】の代表として会議に参加する小人族(パルゥム)など、彼しかありえない。

 

「あ~、何だっけ?ファン・ディディム?」

 

「フィン・ディムナ、だよ。是非とも覚えて帰ってくれ」

 

 グレイは真面目にふざけた調子を崩さず、フィンも僅かな怒気を滲ませながら名乗った。

 彼にとってその名前は何よりも重要なものであり、あそこまでわざとらしく間違われては多少思う事もある。

 

「OK、フィンだな。俺かお前が死ぬまでは覚えとくさ。──で、質問は?」

 

 円卓に乗せていた足を下し、途端に神妙な面持ちになりながら話題を悪魔に関するものに戻した。

 元はと言えば彼のせいで話題がずれていったのだが、それを彼自身が理解している様子はない。

 見た目と強さの割にどこか無責任な子供のような振る舞いをする彼に、真面目に相手するのはむしろ悪手と判断したのだろう。ファンはツッコミを入れることなく今度こそ質問を投げた。

 

「──『悪魔』とは、いったい何だい?」

 

 この場に集う冒険者達、そしてロイマンが最も気になっているだろう疑問の一つ。悪魔とは何なのか。

 彼らの知るモンスターとは違う、けれどモンスターのように人類に敵対的な、謎の怪物。

 様々な知識を持つ者達が集う会議室においても、かの種族の事を知るのはグレイただ一人だ。

 情報共有のため、そして敵の戦力を測るための問いに、グレイは神妙な面持ちのまま、たった一言で返した。

 

「──人類の敵だ」

 

「そんなこと百も承知だ、たわけ」

 

 そんな真面目ぶるグレイを再び柄で殴打しながら、輝夜のツッコミが入る。

 彼女とて悪魔と遭遇しているのだ。あの怪物達が放つ殺意は、決して人類とは相容れない存在のそれだと理解している。

 そしてそのことは、話を聞いただけの冒険者達も理解していた。そこに関しては、日頃から相手しているモンスターと何も変わらない。

 

「他に言いようがねぇ。こちとら物心ついた頃から悪魔と殺し合ってるんでな」

 

 流石に痛んできた後頭部を摩りながら、グレイは忌々しい過去を呪うような声音で吐き捨て、冷たいものを宿した瞳を細めた。

 文字の読み書きよりも早く剣の振り方を叩き込まれ、家族の温まりを知る前に血の温もりを知った。我武者羅に悪魔を殺し、その血肉を糧としなければ生きていけなかったからだ。

 円卓の下で拳を握り、眉間に皺を寄せて不快感を露わにしながら、すぐに表情から力を抜いていつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「ま、俺の生い立ちなんざどうでもいい。悪魔に出会ったら躊躇せずにぶっ殺せ。何かしようとしたら、される前に()れ。それくらいはできるだろ、冒険者諸君?」

 

 そのままこの場に集う冒険者達を見渡し、片目配せ(ウィンク)しながら彼らを煽る。

 ようはモンスターと変わらないから、見つけ次第殺せということだ。

 

「できる限り悪魔に関する情報も欲しいんだけど」

 

「どんだけ種類がいると思ってやがる。面倒な奴とか、単純に強い奴とかの情報なら出せるが」

 

「それで構わないさ。参考程度に面倒な奴っていうのは?」

 

「剣が効かない奴とか、人間に似た擬似餌を使う奴とか?」

 

 フィンの問いかけにグレイが面倒くさそうに返すと、再び冒険者達は息を呑んだ。

 剣が効かないモンスター。疑似餌を使うモンスター。なるほど確かに面倒な相手だ。魔法での対応や、相手の悪意を察知する直感も必要になってくるだろう。

 

「では、あの鎧は何なのだ?あの素材は?誰が作ったものだ?」

 

 次に問いを投げたのは、グレイと対面する位置に座っていた【ヘファイストス・ファミリア】団長の椿。目を輝かせ、前のめりになりながら興奮した様子で問いを投げてくる。

 一応、例の漆黒の鎧についての、何もわからなかったという旨の報告は済ませている。だがグレイという情報源が目の前にいるのだ、聞いておいて損はあるまい。

 

「悪いがノーコメントだ。俺もあの鎧に関しちゃよく知らねぇ」

 

 しかし、彼の返答は何とも無責任なものだった。

 正確にはある程度の情報を持っているが、それを彼らに伝えない方がいいかもしれないという判断だ。

 あの時は空だったから良かったが、本来は中に洗脳した人間や悪魔を詰め込んで戦わせる物だなんて言ってみろ。冒険者達の士気が落ちかねない。

 

「ただ見つけても死にたくねぇなら、相手をすんな。ま、俺くらい強いならタイマンでも余裕だろうが」

 

 グレイは神妙な面持ちで自分を除いて最強の男、オッタルに視線を向けながらそう告げた。

 お前くらいなら多分大丈夫だなと、アンジェロの強さとオッタルが無意識に放つ圧力のようなものを比較し、八割は勝てると判断。フィンをはじめとしたその他の冒険者達は、まあ数を揃えればどうにかなるだろう。

 もっとも相手の数によってはそのまま押し切られる可能性もあるので、その時は悪魔狩人(デビルハンター)である自分の踏ん張りどころだ。

 

「そんな君に次の質問だ」

 

 そうして言動からして冒険者達を下に見ているグレイに、フィンはあくまで冷静に問いを投げた。

 この場に集う冒険者と彼らの主神が気になっているであろう、特に重要な質問を。

 

「君はどこの【ファミリア】所属で、Lv.はいくつなんだい?」

 

 神時代において、『神の恩恵(ファルナ)』を授かり【ファミリア】に所属することは強くなる為の、英雄となる為の第一歩だ。

 グレイの強さからしてどこかの【ファミリア】に属しているのは確実。

 Lv.5のヴァレッタを撃破した功績──しかも、たったの三撃で再起不能にした──を鑑みれば、最低でもLv.5。下手をすれば都市最強(オッタル)と並ぶLv.6の可能性も大いにあり得る。

 

「生憎と長いこと神様に縁がなくてね。今は【アストレア・ファミリア】の居候だ。Lv.に関してもよくわかんねぇ」

 

 だが、グレイからの返答は随分と曖昧なものだった。どこか自虐的にも見える笑みを浮かべ、肩を竦め、肝心の答えをはぐらかす。

 無所属なら最初に『恩恵』を授かった主神の名前を出せばそれで済むし、最後にステイタスを更新した時のLv.を口にすれば終わる話だ。

 多少は誤魔化されることを見越していたフィンも、あまりにも雑な誤魔化し方に面をくらい、目を見開いてしまった。ガレスやリヴェリア達も似たような反応をするが、オッタルは表情ひとつ動かさず、アレンは不快そうに舌を弾く。

 

「実際、俺ってLv.いくつに見えるんだ?」

 

 そんなそれぞれの反応をするフィン達には一瞥もくれず、グレイは隣のアスフィに問いかけた。それも年齢を聞くような気軽さで。

 それに対し、まさか自分に振ってくると思いもしていなかった彼女は少々過剰ともいえる反応を返す。

 

「なんで私に聞くんですか!?」

 

「何となくだ。なんか真面目で苦労してそうな気配を感じてね」

 

「そう思うなら巻き込まないでください!!」

 

 驚倒し、見るからに慌てている彼女の様子に笑い始めるグレイに、アスフィは周囲の目を気にせずに吠えた。

 もう帰りたいと円卓に突っ伏した彼女に「疲れた時は甘い物を食うのがいいぜ」と助言をやった。

 

「誰のせいで疲れたと思っているんですか!?……でも、久しぶりに甘い物は食べたいです」

 

「──で、結局俺ってLv.いくつ想定なんだよ」

 

「あの【殺帝(アラクニア)】を倒したのなら、Lv.5か6なのは間違いないでしょう。それ以上なのは、流石に考えたくありません」

 

 彼女が疲れ切り、感情の欠片もない乾いた笑みを浮かべながらそう言うと、周囲の冒険者達は同意するように低く唸った。

 所属不明の少年が、自分達よりも幼いであろう子供が、都市最強と同格かそれ以上の強さを持つなど考えたくもない。

 そんな少年が、日夜悪魔という未知のモンスターと戦っている場所があったなど信じられない。

 

「だとよ。まあ、Lv.6くらいとしていい感じに使ってくれ」

 

 そんな冒険者達の逃避を、他ならぬ彼が許さない。彼の言葉は確かに耳に届くし、その姿も幻覚ではない。

 相変わらずの不敵な笑みを浮かべる彼は、不意にロイマンに目を向けた。

 突然彼の無遠慮な視線に晒された彼は狼狽えつつも、「なんだ」とギルド長の威厳を込めた声を返す。

 

「ヴァレッタって女を捕まえたんだし、なんか報酬とかってないのか?懸賞金的なやつだ」

 

「……?一応、ギルドの要注意人物(ブラックリスト)に載っている相手だ。捕縛に関しては多少の謝礼を払うが」

 

「よし!やっと無一文から解放される!」

 

 そして発言の意図もわからぬままにロイマンがそう告げた瞬間、彼は胸の前で小さくガッツポーズをして喜びを露わにした。

『え、無一文なの?嘘でしょ?』と怪訝な視線が集まる中、グレイは溜め息混じりに脱力しながら背もたれに寄りかかる。

 

「長かった。金もなく、仕事を手伝ってはいたものの、罪悪感を感じていたこの一週間!やっと!金が!手に入る!」

 

「私は気にしてないわよ?ねえ、輝夜?」

 

「アストレア様の前だと露骨に静かになるからな、この居候は」

 

 一人喜ぶグレイに対し、隣のアリーゼは小首を傾げ、輝夜は外では喧しいほど騒ぐのに、本拠(ホーム)に帰った途端に借りてきた猫のように大人しくなる彼の姿を思い出し、含み笑いをこぼす。

 そんな二人に対し、グレイはあのなと語気を強めながら言う。

 

「金は『ない』より『ある』方がいいんだぜ?子供でも知ってる常識だろうが。そして、今の俺には金が『ない』!そこらの子供でも捕まえてポケットに入ってる小遣い聞いてみろ、俺より金持ちだ」

 

 まったく、世の中不公平よなと嘆いた彼はロイマンに視線を戻した。

 

「なるべく早く頼むぜ。ブーツはいいが、コートを新調したいんだ。こんな黒ずくめじゃ、喪服と間違われちまって縁起悪いからな」

 

 自分が着ている黒いシャツの襟を引っ張りながら便利屋においての重要事項──迷信だろうが何だろうが、縁起を担ぐ──を思い出し、たまらず苦笑。

 師匠も自分も葬式とは縁遠いだろうに、喪服だどうとかを気にして何になるのやら。

 

「う、うむ。できるだけ早く手配させよう」

 

 彼の急かすような物言いに、ロイマンはすぐに首肯して報酬を確約した。

 彼からしてみれば推定Lv.5〜6の人材を、報酬を出し渋ったという下らない理由で手放したくはない。多少多めの色をつけてでも、彼はこちら側にいてもらわねば困る。

 なら話はここまでだとフィンに目配せすると、彼はグレイから情報を聞き出さないと悟ったのか、「なら、議題を次に移そう」と時間の浪費を減らす方向で話を進めた。

 そのまま彼が議長となり、各派閥が持ち寄った闇派閥(イヴィルス)の情報を精査し、場合によってはそれを議題に話を進める。

 地上、ダンジョン、果てには都市外の情報がこの場に集まり、それらに対する会議はまさに長丁場だった。

 グレイからすればまるでわからない話ばかりで、あまりの退屈さに欠伸を漏らしてしまい、輝夜に折檻されるというやり取りを繰り返すこと数十回。

 自分の身や【家族(ファミリア)】の身を守るため、冒険者達がどんな些細な情報も聞き逃すまいとしている中で、やはり彼は浮いていた。

 それでも彼なりに真剣には聞いているつもりなのか、一応は真剣な面持ちをしながら、見ているのは壁にかけられた大型時計(ホールクロック)だ。

 彼の記憶が正しければ、長針が三周はしている筈だ。

 彼が時間を確認したのとほぼ同時、報告があらかた出終えたと見たフィンが会議を締めにかかる。

 

「ヴァレッタからは意識が戻りしだい事情聴取をするつもりだ。他に共有しておきたい情報はあるかい」

 

「……闇派閥(イヴィルス)に少なくとも一人、手練れがいる。恐らくは生粋の戦士」

 

 フィンの確認に口を開いたのは、今の今まで一言も発することがなかったオッタルだ。

 アリーゼの彼の言葉に何か思い出したのか、ハッとして口を開く。

 

「あれね。超硬金属(アダマンタイト)の壁を破壊されたってやつ。でも姿を見たわけでも、直接交戦したわけでもないんでしょう?」

 

 都市最強の男に物怖じする様子を見せずに問いかけると、当時の現場に居合わせたアレンが代わりに答えた。

 

「確認する必要もねぇ離れ業だった。それだけだ。闇派閥(イヴィルス)の幹部どもにあれができるとは思えねぇ」

 

「……オッタル。君の所感でいい。敵の能力(ステイタス)を仮定したらどれほどになる」

 

「Lv.6以上。以下はありえん」

 

 フィンの問いに、オッタルが先程までのそれに比べて低い声でそう告げた瞬間、会議室にざわめきが起こった。

 闇派閥(イヴィルス)幹部ヴァレッタを捕縛したといういい知らせがあったというのに、次はヴァレッタよりも確実に強い──都市最強と互角以上の『怪物』がいるというのだ。その情報は、確実に冒険者達に衝撃を与えていた。

 グレイはそんなざわめきに紛れるように、愉快そうに口笛を吹いた。

 雑魚相手には飽きてきたところだし、いい加減手応えのある相手と戦いたいと思っていたのだ。これは好都合、次の獲物が決まった。謝礼も弾むことだろう。

 そんな一人で勝手に盛り上がっているグレイの耳に、今度はシャクティの声が届いた。

 

「……我々も『倉庫』制圧の際、素性不明の女と遭遇した。得物は刀の剣士」

 

「私を含め、制圧部隊は女一人に壊滅させられた。幸い死者は出なかったが、正確には見逃された形だ。我々(ガネーシャ・ファミリア)だけでは相手にならん」

 

 シャクティはあの時折られた右腕を摩りながら、苦虫を噛み潰したような顔でそう告げると、冒険者達の狼狽の声が余計に強くなった。

 その中でも冷静だったのは、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の幹部達程度だ。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】を単独で?どこの所属だ、その剣士は」

 

過去の強豪共(オシリス・ファミリア)の例もある。儂らの知らん隠し球があると見た方がよさそうじゃな」

 

 リヴェリアが品よく眉をひそめ、ガレスが過去の──かつての最強派閥である【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】と激突していた強豪達に関して言及した。

 そのほとんどが凋落し、力を失ったとはいえ、警戒しておくに越したことはあるまいと、冒険者達に警告する。

 

「……両者共に闇派閥(イヴィルス)に関与している可能性が高い。各派閥、単独行動は避けるようにしてくれ」

 

 フィンがオッタルとシャクティからの報告をそうまとめ、各【ファミリア】の表情にも緊張が宿る。

 会議室から一瞬でも音が消えるが、グレイがそっと挙手したのを合図に彼に視線が集まった。

 

「──便所に行きたいんだが、いいか?割ともう出ちまいそうなんだが」

 

「……僕の話、聞いていたかい?」

 

 単独行動は避けろと言われた途端に、一応は最高の警備(セキュリティ)を誇る冒険者ギルドの中とはいえ単独行動しようとするグレイに、フィンが思わず困り顔を浮かべる中、グレイは首肯して微笑んだ。

 

「ああ。だから連れションだ、連れション。誰か一緒に行きたい奴は?」

 

 手を挙げたまま部屋を見渡し、同行者を募るグレイだが、やはりと言うべきかこの状況で手を挙げられる者はいない。

 はぁと溜め息を吐いた彼は席を立ち、長剣を背負って出入り口に歩き出してしまう。

 

「おい、ロイマン。便所はどっちだ?」

 

「!?ああ、出て右だ。看板もある」

 

「サンキュー。会議は進めててくれ、後でアリーゼに聞く」

 

 ひらひらと手を振りながらそのまま退室した彼を見送ったアリーゼが「本当、自由な人ね!」と慣れた様子で言うと、輝夜は額に手を当てて溜め息を吐く。

 

「後で締める。絶対に、泣かす……ッ!」

 

 柄にもなく本気の怒気を込めながら、刀を握る彼女の姿に同情的な視線が集まる中、フィンは「本題に入ろう」と場の空気を引き締めた。

 グレイのおかげで良くも悪くも重かった空気が変わったが、流石に緩みすぎだと判断したのだろう。神妙な面持ちで、『本題』を口にする。

 

闇派閥(イヴィルス)の新たな拠点が三か所見つかった。これを同時に叩く」

 

 彼が告げた言葉にアリーゼと輝夜は目を見開き、それに続くように冒険者達も驚きをあらわにした。

 

 

 

 

 

『一つは【アストレア・ファミリア】が行くわ!【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が散らばるのは当然として、一か所余りそうだし!』

 

『ならば、【ガネーシャ・ファミリア】が同行しよう。これで頭数の問題もないはずだ』

 

『あ。グレイも連れて行くけど、問題ない?』

 

『ああ、大丈夫だ。それじゃあ、予定通り一つは僕達【ロキ・ファミリア】が。もう一つはオッタル、頼めるね?』

 

『いいだろう』

 

『作戦の決行は──』

 

「こんな所でネズミみたいにこそこそ何やってんだ?」

 

「ッ……!?」

 

 冒険者ギルドの空き部屋。分厚い壁に耳飾り(イヤリング)型の聴診器(マジックアイテム)をつけていたギルド職員の女性は、背後から投げられた問いかけにビクリと肩を揺らし、ゆっくりと振り向いた。

 そこにいたのは先程トイレに向かう為に会議室を出た筈のグレイだ。彼は壁に寄りかかりながら腕を組み、色褪せた瞳を細めて口角をあげて嘲笑を浮かべている。

 いつの間に入ってきたのか、それは女職員には見当もつかない。

 

「妙な魔力を感じると思ったら、その耳飾り(イヤリング)か。さっき壁に当ててたよな?盗み聞きでもしてたのか?いい趣味してんな」

 

 腕を組んだまま自分の耳を指差しながら小首を傾げたグレイは、そのまま背負う長剣に手をかけながら女性職員に言う。

 

「で、お前はどっちだ?ギルド(こっち)側か?闇派閥(そっち)側か?答えには気をつけろよ。師匠ならともかく、俺は女だろうが容赦はしねぇ」

 

「わ、私は──」

 

 彼が無意識に放つ迫力に気圧され、ガタガタと震えながらもつれる舌を動かす女職員は弁明しようとするが、その意識は聴診器を──闇派閥(イヴィルス)謹製の盗聴器をどうやって処分するかにばかり向いてしまう。

 世話しなく泳ぐ視線、回らない舌。待つのも面倒になったのか、グレイは溜め息を吐き、乱暴に頭を掻いた。

 

「やっぱやめだ。尋問だの聴取だのは得意な奴に任せときゃいい」

 

 それが、彼女が聞いた最後の言葉だった。

 彼の姿がブレたかと思った瞬間、抵抗をする間も無く首に手刀を当てられて気絶させられたからだ。

 グレイは彼女の耳から聴診器(マジックアイテム)を取り外すと、そのまま彼女を肩に担いで歩き出した。

 

 

 

 

 

「作戦の決行は三日後。敵に気取られないよう、細心の注意を払ってくれ。……相手はヴァレッタを捕らえられ、ただでさえ浮き足だっている筈だ。この隙に戦局を決定づける」

 

 フィンの碧眼が強い覚悟をもって冒険者達を見回し、それに当てられた冒険者達は一斉に頷いた。

 今は便所に行っているあの少年が、闇派閥(イヴィルス)に大打撃を与えてくれたのだ。大人であり、長くこの街に住む冒険者として、負けてはいられない。

 

「任せてちょうだい!やってやるわ!!」

 

 アリーゼもだん!と両手で卓を叩きながら立ち上がり、快活な声をあげた。

 Lv.5以上の冒険者達──第一級冒険者と呼ばれる者達や、彼女と親しい者達が釣られて笑う中、今度はばん!と勢いよく会議室の扉が開けられた。

 

「すまん。こいつどうしたらいい?」

 

 入ってきたのはグレイだ。先程と違うことがあるとすれば、米俵を担ぐように雑く女性のギルド職員を担いでいることだろう。

 

「な、ななな、何をしている!?彼女は我々ギルドの──」

 

「仕方ねえだろ?変な魔力を感じて覗きにいったら、こいつがこんなの着けて壁に張り付いてたんだぜ?」

 

 グレイのギルド職員襲撃という突然の凶行にロイマンが激昂する中、彼は彼女から奪った聴診器(マジックアイテム)をフィンに向けて放った。

 それを危なげもなく受け取ったフィンはそれを見るや否や驚愕に目を見開き、確信を得るべくそれをアスフィに──稀代の魔道具作製者(アイテムメーカー)に投げ渡す。

 それを慌てて受け止めたアスフィが眼鏡の位置を直しながらそれを観察し、その道具の用途を理解すると同時にゆっくりと目を見開いた。

 

「と、盗聴用の魔道具(マジック・アイテム)!?ど、どうしてこんなものが!?」

 

「だから、こいつが着けてたんだって」

 

 驚愕し、狼狽えるアスフィに、グレイは溜め息混じりに告げる。

 誰か手錠とか持ってないのか?と、捕らえたギルド職員──闇派閥(イヴィルス)内通者(スパイ)への対応を尋ねるが、

 

「あ、ありえん!ギルド職員が闇派閥(イヴィルス)と通じているなど、断じてあってはならん!」

 

 顔色を悪くしたロイマンが、現実から目を背けるように声を張り上げた。

 ギルドとはこの街におけるある種の行政機関。曲者揃いの【ファミリア】をどうにかまとめ上げ、混沌極めるオラリオに秩序をもたらす組織だ。なのに、その中に闇派閥(イヴィルス)の間者が紛れ込んでいたなど。

 

「金を積まれたか。何か他に報酬があるのか。家族を人質にでも取られたのか。人が人を裏切る理由なんざいくらでもあるだろうが」

 

 グレイはその女職員を適当に床に寝かせると、壁に寄りかかながら肩を竦めた。

 齢十五の、顔立ちに僅かな幼さを残す少年にしては、少々年寄り臭い物言いで告げた言葉に、ロイマンは言葉を失った。

 彼女は何年も職員としてギルドに、オラリオに尽くしてくれた。そんな彼女が、まさか裏切るなど……。

 

「ここからの面倒はそっちに任せるぜ。他の職員に探りを入れようが、こいつの部屋を調べようが、好きにしろよ。とりあえず俺は今度こそ便所に行く!」

 

 混乱するロイマンと、明らかに狼狽えの色が強い冒険者達に背中を向けて、グレイは再び──けれど先程に比べてだいぶ急ぎ足で部屋を出ていき、ロイマンに言われた通りに右に曲がっていった。

 

「フィン、どうする。三日後の作戦、繰り上げるか?それとも中止にするか?」

 

 今回の掃討作戦が敵に漏れたかもしれない。リヴェリアはその懸念を口に出した。

 

「……いいや。情報が漏れたとしても仕掛けるには今しかない。罠があるのなら、諸共踏み潰す」

 

 三日後というのは、諸々の手配や準備を整えられる最低限の日数を逆算してのことだ。下手に繰り上げて失敗に終わるのなら、罠が仕掛けられているのは当然のものとして行動した方が成功する確率もあがる。

 それに本当に情報が漏れていたとしても、それすらも知らずに作戦が始まるよりも何倍もマシだ。

 

「掃討戦がそのまま総力戦になる可能性もある。各『ファミリア】、準備は入念に頼む。ロイマンはギルド職員に探りを入れてくれ」

 

「むぅ。こうなれば、やるしかないか」

 

 フィンはあくまで冷静にそう告げて、ようやく切り替えを終えたロイマンも渋々ながら頷いた。

 だが、ギルド職員全員の身辺調査を一人でやるにはあまりにも多い。本当の意味で信頼できる職員にも手伝ってもらい、最悪ギルドの主神(・・・・・・)にも助力を請わねばならない。

 深々と溜め息を吐き、胃を摩るロイマンに多少同情的な視線が集まる中、冒険者達は覚悟を改めた。

 不意打ちの掃討戦ではなく、互いの全力を賭した真っ向勝負になる可能性が高まってきたのだ。装備や配置もだいぶ変わってくるだろう。

 

「──それでは、解散」

 

 表情が引き締まり、再び緊張した空気が会議室を支配する中、フィンの声だけが静かに木霊した。

 

 

 

 

 

 冒険者達の会議が終わった数時間後。

 薄闇に包まれた広間に、オリヴァスの悪態が響き渡った。

 

「ヴァレッタ、あの愚か者が!?何を無様に捕らえられている!?」

 

 見開いた目を血走らせ、子供のように地団駄を踏みながら、怒りの矛先を向けるのは先日独断で炊き出しを襲撃した挙句、そのまま捕まってしまったヴァレッタだ。

 それなりの人員が揃う闇派閥(イヴィルス)でも貴重なLv.5。欠けてはならない戦力の一つ。それがあっさりと取られてしまった。

 

「情報によれば、彼女を撃破したのは灰色の髪をした少年だそうです。まあ、おそらく噂の彼でしょう」

 

 そんな一人で騒ぎ立てているオリヴァスに、ヴィトーは冷静に──けれど多少の狼狽の色がある声音でそう返した。

 彼の脳裏によぎるのは、いつかの迷宮の楽園(アンダーリゾート)で遭遇した正義の眷属──に付き添っていた少年だ。

 確かにあの場でおいても隔絶した強さを誇っていた。自分一人ではどうにもならない、絶対的なまでのLv.の差を見せつけられた。よもや、その強さがLv.5、ないし都市最強(Lv.6)にさえ匹敵するとは。

 

「我が主もどこに行ってしまったのやら。まあ、神にじっとしていろなどと言ったところで無駄でしょうが」

 

 ついでに彼に『恩恵』を与えた主神であり、闇派閥(イヴィルス)を率いる邪神も、最近散歩ばかりしていて滅多に顔を見せてくれない。

 一抹の寂しさもあるが、元より自由な神だからと諦めているのも事実。その時が来た時に戻ってきてくれれば、それでいい。

 そんな一人静かに蝋燭の炎を見つめていたヴィトーに、オリヴァスが吠えた。

 

「とにかく、奴らの攻勢が来るのは間違いない!各拠点の警備を一層厳しく──」

 

「それには及びません。彼らがいつどこを攻めるのか、ある程度は予想できています」

 

 苛立ちをぶつけるように部下達に怒鳴り声を投げていたオリヴァスに、優しげな男の声が届けられた。

 怒りで見開き、血走った瞳を向けた先にいるのは、声の通り一人の男性。

 

「ヴァニタス!?貴様、何を根拠に……!」

 

 灰色の髪を前髪ごと後ろに流して固め、喪服を思わせる黒で統一された紳士服に身を包んだ男──ヴァニタスは、カツカツと靴の踵と床がぶつかる音をたてながらオリヴァスに近づき、片眼鏡(モノクル)の下で瞳を細めた。

 

「オラリオ側が放ったであろうネズミが探りを入れてきた拠点は三箇所。今日が会議らしいので、そこの襲撃に対する案でも練っているでしょう」

 

「二日か、三日か。まあ、今日から一週間程はその三箇所に網を張っておけばいいでしょう」

 

 広間を右に左に歩きながら、生徒を導く教師のような声音でオリヴァスにそう告げ、彼に向けて微笑んだ。

 

「そもそもとして、ヴァレッタ様程度(・・)の損失、いくらでも補填できますよ。ねぇ、お二方」

 

 そうして男が目を向けた先にいるのは、見上げるほどの総軀を誇る男と、顔を包帯で包んだ銀髪の少女だ。

 前者は【フレイヤ・ファミリア】が報告したLv.6以上と目される強者。

 後者は先日【ガネーシャ・ファミリア】に大打撃を与えた少女だ。

 

「細かいことは関知せん。どうせこの身は戦場でしか役に立たん」

 

 そして、ヴァニタスの言葉に返したのは男の方だった。

 声だけでとっても、腹の底に響くような威圧感を放ってくる。

 文字通りの規格外。別次元の強さを持つ怪物の声だった。

 その凄まじい圧にたじろぐオリヴァスに対し、ヴァニタスは相変わらずの微笑みを浮かべながら、彼の隣で読書している少女に目を向けた。

 

「ステラ、貴方は?」

 

 ヴァニタスの呼びかけにステラと呼ばれた少女は顔をあげ、小首を傾げた。

 

「なんですか、父様。私はこの『迷宮冒険譚(ダンジョン・オラトリア)』なる本を読んでいたのですが」

 

「……前も読んでいましたよね?いえ、なんなら捨ててきましたよね、それ」

 

「……?そうでしたか。ああ、そうでしたね」

 

 彼の言葉に再び本に視線を落とした少女は、どこかぼんやりとした声でそう返し、本を閉じると共にそれを放り投げた。

 空気が切り裂かれ、音を飛び越える衝撃音が広間に響き回り、次いで本が石材で造られた壁にめり込む音が続く。

 

「それで、お話は?」

 

「ヴァレッタ様が不在ですが、勝算は?」

 

「負ける要素があるのですか?そもそもヴァレッタとはどなたでしょう?」

 

「ないです。ええ、ないですとも。それに覚える価値も理由もない相手ですよ」

 

「なら、話は終わりですね」

 

 ステラとヴァニタスのやり取りはそれで終わり、彼女は何かを探すように視線を巡らせ、壁にめり込んだ本に目を向けた。

 はぁと息を吐いた彼女はその場から一瞬で消えると、壁にめり込んだ本を壁を破壊しながら強引に抜き取り、再び開く。

 ボロボロに破れ、何枚もページも飛んだそれは読めたものではないが、それでも辛うじて読める文字を視線で追っていく。

 

「珍しいですね。貴方が本に夢中になるとは」

 

「かつての最強(英雄)達の歩んだ轍。興味深いですよ。父様もどうですか?」

 

「結構です。私は例の灰色の髪の少年に関して探りを──」

 

「入れる必要はありません。彼なのはわかっているでしょう?」

 

 ページを捲る音と共に、ステラの声が静寂の中を駆け抜けた。

 感情の欠片もない筈の声に、ほんの僅かな殺意と戦意が込められている事に気付いたのは、ヴァニタスともう一人の怪物たる男のみだ。

 ヴァニタスは口を三日月に歪め、小さく首肯した。

 

「なら、何が問題なのですか?」

 

「何も問題はありませんよ、我が愛しのステラ」

 

 そのまま本を読み耽るステラの頭を愛おしそうに撫で、微笑む。

 それでもステラの表情が動くことはなく、ただ黙々と本を読むばかり。

 

「……」

 

 もう一人の怪物は腕を組んだまま兜の下で不愉快そうに目を細め、二人の背後に目を向けた。

 僅かな光源に照らされ、浮かび上がるステラとヴァニタスの影は二人の姿からかけ離れた異形のものとなり、冷たく闇派閥(イヴィルス)達を見下ろしている。

 怪物がそんな異形の影を睨み返していると、ヴァニタスが口を開く。

 

不正(アパテー)不止(アレクト)派閥(ファミリア)にも戦いが近いことを伝えてください。二日後までには準備を終らせておくようにと」

 

 そんな彼の視線にも気づかず、ヴァニタスは闇派閥(イヴィルス)の下級兵士達に指示を出し、彼らも慌てて指示通りに動き出す。

 同時にステラから離れたヴァニタスは、勝手に指示を出したり話を進めたりと好き勝手している自分に何か言いたげなオリヴァスに視線を向け、凄絶な笑みを浮かべた。

 

「──我々も準備を進めます。血と混沌の宴はすぐそこですよ、同胞達」

 

 彼がそう告げた直後、広間を囲む闇の中で何かが蠢いた。

 青白い鱗に包まれた異形が。

 刃のように鋭い背鰭を何列も備える異形が。

 大鎌を携えた死神が。

 珍妙な仮面を被り、踊り続ける異形が。

 喉を鳴らし、床や壁に武器を打ちつけ、時には互いの肉体を叩きあい、聞くものを恐怖させる音を響かせる。

 そんな闇派閥(イヴィルス)でさえも距離を取る闇の中に、ヴァニタスは足を進め、そして嗤った。

 戦力は十分。

 作戦も上等。

 この世界にスパーダはいない。

 そして、その血族もいない。

 

「我らが主人でさえも成し得なかった偉業。それを我らが成すのです」

 

 せいぜい足掻いてみせなさい、神のその眷属よ。

 

「我ら、夜の眷属が蹂躙してみせましょう。神々の哀れな奴隷達」

 

 

 




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