ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission11『悪魔の宴(デビルパーティ)

「──では、開戦です!」

 

 ヴァニタスのその宣言は、まさに冒険者達にとっての死刑宣告だった。

 悪魔達の身の毛もよだつ咆哮があがり、動く死体達が意味を持たない雄叫びをあげる。

 そして自決装置に手をかけた闇派閥(イヴィルス)達は、

 

「死ねぇぇぇええええええ!!」

 

「タナトス様、ばんざぁぁぁあああああいッ!」

 

「世界に混沌をおおおおおおおおおお!!」

 

「タナトス様、どうか私の願いをッ!」

 

 悲壮な叫びと共に冒険者達に突撃。そして自決装置を作動させた。

 爆炎の華が咲き乱れ、時には冒険者達の手で気絶させられた闇派閥(イヴィルス)に誘爆し、負傷して悶えるばかりだった闇派閥(イヴィルス)が最期の仕事として冒険者達の足元で自爆する。

 

「くそっ!こいつら、本当になんなんだよ!?」

 

 爆風に撫でられる度、全身に残る出来立ての傷を抉られる激痛に耐えながら、グレイは双銃でもって爆炎の中を動き回る悪魔達を迎撃。

 何体かは灰色の弾丸で致命傷を負い、そのまま爆炎の中で塵へと還っていくが、それでも数が減った感じがしない。

 普段なら射撃のみで殲滅できるだろうが、先ほどのアーディ救出で洒落にならないダメージを負ってしまった。普段なら人外じみた速度で引かれる引き金も、どうにもそのキレが悪く、照準もどこか安定しない。

 

「悪魔よりイカれてるぞ、テメェら!」

 

 グレイの叫びは再び生まれた爆炎に飲み込まれて消えていき、肝心の闇派閥(イヴィルス)の構成員達に届く事はない。

 そして、そんな人間ではただでは済まない血と狂気と衝撃と熱が生み出す混沌の中を、悪魔達は生き生きとしながら駆け回っていた。

 自爆に巻き込まれようが、あるいは自爆寸前の闇派閥(イヴィルス)を石を転がすように爪で引き裂きながら迫るライアット達は、その青白い鱗を爆炎の炎と血の色で彩っていく。

 闇派閥(イヴィルス)の自爆による爆殺か、悪魔達による惨殺か、冒険者達の末路は二つに一つ。

【ガネーシャ・ファミリア】の団員達も、アリーゼ達も必死の抵抗を続けるが、誰かが起こした爆発一つで致命的な隙を作らされ、そこを悪魔に突かれて負傷、ないし致命傷を負ってしまう。

 グレイは舌を弾くと共に周囲を見渡し、自分達を囲む結界に綻びがないかを探るが、やはりと言うべきかそんなものは見当たらない。

 

「初めて話を聞いた時はどうかとも思いましたが、ダンジョンで採れるという爆発する石と『撃鉄装置』の組み合わせ。なるほど、有用ですね」

 

 その一縷の隙もない結界を生み出したヴァニタスは、倒壊してきたカーゴの角に優雅に腰を下ろしながら、人間と悪魔が生み出す『命の調べ』を堪能していた。

 冒険者達の悲鳴が、それすらもかき消す爆発が、悪魔達の雄叫びが、何もかもが心地よく、戦場にも関わらず目を閉じて聞き入ってしまうほど。

 

「ヴァニタス!!」

 

 無論、そんななめ腐った態度の彼に向けてグレイの怒号が飛ぶが、それもすぐに爆発の連鎖に飲み込まれていく。

 背後から飛びかかってきたライアットを振り向き様に切り裂き、返す刃で自爆せんとしていた闇派閥(イヴィルス)を長剣の腹ではなく、刃で叩き斬り、舌を弾く。

 もう無力化や捕縛を考える時間は終わった。死なないためには、殺すしかない。

 

「糞ったれが……!」

 

 手に残る人を斬った感触と、手にかかった人の返り血に眉間に皺を寄せ、それらを振り払うように顔をあげ、ライアットの群れに突貫。

 全身の痛みを無視して我武者羅に長剣を振り回し、返り血を全身に浴びながら苛立ちをぶつけ、悪魔達を惨殺していく。

 そんなグレイの奮闘と蹂躙とは別の場所では、冒険者達が悪魔達──より正確に言えば動く死体と、広間の天井近くを漂うデスシザーズと対峙していた。

 

「しゃく、てぃ……だんちょ……!!」

 

「くっ!」

 

 片腕を失い、頭の右半分を失った状態で切り掛かってきた元団員の刃を槍で受け止めたシャクティは、苦悶の表情を浮かべながら元団員を蹴り倒し、無理やり間合いをとるが、

 

「っ!?ど、どうして、おれをこうげき……するんですか!?おれ、おれは……っ!」

 

「っ……!」

 

 大量の血涙を流しながら見開かれた瞳はガラス球のように濁り、そこにシャクティの顔を映し出す。

 普段の皆を纏める団長としての威風はなく、いるのはただ迷い、躊躇う一人の女性の姿だった。

 それを見てしまったシャクティはすぐに【ガネーシャ・ファミリア】の団長としての仮面を被ると、槍を構えて飛びかかってきた元団員を迎撃する。

 

「糞ったれが!何なんだよ、この状況!何なんだよ、悪魔ってのは!?」

 

 ライラは激憤の叫びと共に飛去来刃(ブーメラン)を投じて自爆せんと迫っていた闇派閥(イヴィルス)を牽制し、ついでに広間の空中を泳ぐように移動するデスシザーズにも投じるが、軽く振るった巨大な鋏に塞がれて傷の一つも与えられない。

 隣で飛びかかってきた闇派閥(イヴィルス)の動く死体を無慈悲に切り捨てた輝夜が、体をバラバラにされてなお痙攣しながらこちらに這い寄る死体を不快そうに見下ろしながら、先程から壁や天井越しに感じる振動と衝撃に呻く。

 

「まさか、ネーゼ達の方でも爆発が起きているのか!?」

 

 彼女はすぐにその原因に辿り着き、別動隊も自分達と同じ状況になっていることを危惧するが、そんな心配を嘲笑うように周囲からミシミシと施設全体が軋む嫌な音が聞こえ始め、埃が舞い落ちてくる。

 悪魔達もそんな音に釣られて辺りを見渡しているが、すぐに構う事なく冒険者達に襲いかかる。

 

「一発目は合図ですよ。ここにいる者だけが自爆するわけがないでしょう」

 

 ヴァニタスはそんな同胞達の馬鹿正直なまでの反応に苦笑しつつ、冒険者達にそう告げた。

 事実、施設内に散っていた別働隊は行く先々で闇派閥(イヴィルス)の自爆や悪魔の強襲に見舞われ、各個撃破されているのは事実だ。

 そして、その事実を突きつけるように爆発の連鎖は続き、施設のあちこちが悲鳴をあげた。

 アリーゼは闇派閥(イヴィルス)の動く死体を斬り伏せ、上空から急襲してきたデスシザーズの鋏をを避けながら周囲の情報を精査し、判断を下す。

 

「このままじゃ崩れる!どうにかして脱出しないと!」

 

「結界があるんだぞ!?無茶言うな!」

 

 ライアットの一団をあらたか殲滅し、上空を漂うデスシザーズを警戒しながらアリーゼ達に合流したグレイは、アリーゼの隣に滑り込むと共に最大の問題を指摘した。

 広間を囲む赤い結界。それを突破しなければ脱出も叶わず、このままでは施設の崩壊に巻き込まれる。

 

「だから、その結界をどうにかするの!」

 

 アリーゼも隠しきれない焦りを滲ませながら返す。

 そんな二人のやり取りを聞いていたヴァニタスは額を押さえながら溜め息を吐き、指を鳴らした。

 同時に冒険者達を囲んでいた結界が砕け散り、魔力の粒子を残しながら霧散していく。

 

「な……!?」

 

「ここで死んでもらってもいいのですが、それはとても退屈なので。さあ、逃げ道を作りましたよ。どうぞお逃げなさい」

 

 突然の事態に驚倒するグレイがヴァニタスを睨みつけると、彼は肩を竦めながら冒険者達の背後で口を開ける出口を指差した。

 その所作には余裕と、こちらを見下す傲慢さが滲んでおり、こうでもしなければ生き残れない冒険者達の惰弱さを嘲笑っている。

 そして一頻り冒険者達を見下し終えた彼は彼らに背を向け、彼の背後にあったもう一つの出口に足を向けた。

 

「まだ仕事がありまして、私はここで失礼いたします。では、八号。今回の試験は落第ですが、すぐに次の試験が始まります。その傷、癒しておきなさい」

 

 ヴァニタスは振り向きもせずに爆発の拍子に服についた汚れを叩きながらそう言うと、歩き出す。

 グレイはその背を追いかけようとするが、デスシザース達に立ち塞がれた。

 

「邪魔だ……!」

 

 だが、所詮は低級の雑魚悪魔だ。素早く懐の飛び込んだグレイは長剣の一閃で彼らを現世に留める依り代である仮面を破壊し、右脇から彼を切り裂かんと挟撃してきた鋏の刃を飛び越えた。

 

「失せろ……!」

 

 そのまま閉じた鋏を足場にして持ち主に飛びかかり、両手で掴んだ仮面に膝を叩き込んで粉砕。

 依り代を失った二体のデスシザースは、この世のものとは思えないおぞましい断末の叫びを残しながら消滅した。

 その悲鳴を合図に振り向いたヴァニタスは残る三体にグレイの足止めの指示を出すと、冒険者達に向けて彼らを嘲る軽薄な笑みを浮かべた。

 

さらばです(adiós)、冒険者諸君。再会を楽しみにしていますよ」

 

 ヴァニタスはそう言うと、懐に忍ばせていた爆発する石──ダンジョン由来の『火炎石』を投じて通路を爆破。がれきによって物理的に塞ぎ、本人は悠々と施設を後にした

 冒険者達はそんなヴァニタスの嘲りと挑発に歯噛みするが、それでも彼が与えたチャンスを生かさねばで全滅してしまう。それだけは避けねばならない事態であった。

 

「……とにかく脱出だ!行くぞ!」

 

「お姉ちゃん、待って!まだ、皆が……!」

 

 シャクティが恥を忍んでヴァニタスが示した出口に向かおうとすると、その手をアーディが掴んだ。

 彼女の視線の先には悶え苦しみながらこちらににじり寄る()【ガネーシャ・ファミリア】の団員達の姿があった。

 既に人として死に、悪魔として再誕した彼らを、それでも見捨てられないと優しすぎる少女の顔が告げてきている。

 だが、その優しさを発揮するべきは今ではない。

 

「アーディ、よく見ろ!あいつらはもう死んでる!助けるとか、もうそんな状態じゃねえ!!」

 

「そんな!?でも、皆、ああやって動いて……っ!助けって……!」

 

 デスシザースを殲滅したグレイが彼女の胸倉を掴みかからんばかりの勢いで詰め寄るが、彼女も彼の気迫に怯む様子もなく動く死体を指差した。

 

「団長、みんな、置いていかないでくれぇ……」

 

「俺は、まだ生きてる、ぞ」

 

「助けて、助けて、くれぇ……」

 

 動く死体達は同情を誘うようなことを口走り、武器を握ったまま、悪意に彩られた瞳をこちらに向けて擦り寄ってくる。

 アーディはそんな彼らを助けようと手を伸ばすが、グレイは彼女の腕を掴んで止めた。

 

「グレイ!君なら、皆を──」

 

 この場にいる誰よりも強く、悪魔に関する知識も豊富なグレイならとアーディは彼を頼るが、彼は小さく溜め息を吐き、ホルスターからダストを取り出した。

「え……」と困惑の声を漏らすアーディが止めるよりも早く、【ガネーシャ・ファミリア】団員の動く死体に銃口を向け、無慈悲に引き金を引いた。

 魔力が炸裂する音と共に灰色の礫が動く死体達に襲いかかり、戦闘衣(バトル・クロス)ごと胴を穿ち、腕を引きちぎり、足を完膚なきまでに破砕し、頭を柘榴のように砕く。

 動く死体達の悲鳴と、彼らに取り憑いていた悪魔達の断末魔の叫びを聞きながら、グレイは表情を殺して機械的なまでの動作で引き金を絞る。

 時間にしてほんの数秒。だがその数秒で動く死体と成り果てた【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は取り憑いた悪魔諸共に殲滅され、残るのは遠くから響く爆発の音のみだ。

 

「こうするかない。恨みたけりゃ恨め」

 

 冷たく、淡々とした声音でそう告げたグレイはダストをホルスターに押し込むと、シャクティに目線のみで合図を送った。

 彼の目配せに頷いたシャクティは、彼に汚れ役を請け負わせてしまった自分の不甲斐なさに憤慨しながら、それを表情に出す事はなく指示を出す。

 

「脱出する、続けぇ!!」

 

 シャクティの号令に数少ない生き残りの冒険者達はすぐに応じ、出口に向けて全速力で駆け出す。

 

「アーディ、早く!私達も続かなければ!」

 

 一向に動こうとしないアーディの手を引き、無理やり走らせるリオンは、どこか心配するような視線を殿(しんがり)を務める為に待機しているグレイに向けた。

 他に手はなかったのか。やりようはなかったのか。そんな言葉が出かけるが、実際問題として他に手がないとわかっているため口には出さない。

 何より、自分達が躊躇った結果、他でもない彼が手を汚す事になったのだ。自分達に彼を責める権利はない。

 

「三人とも早く!崩れるわ!」

 

 出口にたどり着いたアリーゼが遅れている三人に向けて叫べば、リオンはアーディの手を引く力を強めて強引に彼女を動かし、グレイを引き連れて出口に向けて走った。

 アリーゼ達とすぐさま合流し、倒壊し、倒れてくる柱や落ちてくる天井の板を避けながら、ひたすら走る。

 そんな彼らの背後から、まだ死にきれずに助けを求める動く死体の声が聞こえたが、冒険者達は振り返ることをしない。

 ただ一人、リオンに手を引かれるがまま走るアーディは涙を流しながら振り返るが、そこにいるのは殿を務めるグレイのみ。

 彼女と視線があったグレイはそっと目を背け、口だけを動かした「すまない」と謝罪の言葉を告げた。

 アーディは小さく首を横に振り、グレイは悪くないと、君は頑張ったと伝えようとするが、肝心の彼が彼女から目を背けているためその意志は伝わらない。

 ただ彼は辛そうに歯を食いしばり、痛みと後悔で震える手を血が滴る程に握り込んでいた。

 皆を笑顔に、そんな想いを抱いて戦ってきた。なのに今はどうだ。自分よりも幼い少女一人も救えず、仲間達も救えず、何よりグレイの足を引っ張り続けた。

 情けない。弱い自分も、甘い自分も、そして掲げた『正義』さえも、何もかもが情けなく思えてくる。

 そして、それを突きつけてくる満身創痍のグレイを直視することができず、アーディは堪らず目を背けた。

 同時にどこかで起きた爆発が、施設に止めを刺した。

 更に激しくなる崩壊の音。支柱が倒れ、天井が落ち、床が抜ける。

 闇派閥(イヴィルス)の怨念が宿ったように、冒険者達を道連れにせんと施設全体が咆哮をあげ、持ちうる全てを使って襲いかかってくる。

 それでも冒険者達を止めるには力不足だった。

 彼らは全力でもって地を蹴り、続々と出口に飛び込んでいく。

 そして最後にグレイが出口から飛び出し、背後に振り向いた瞬間、崩壊の音と共に大量の砂塵が舞い、全身に刻まれた火傷を抉る。

 グレイはその激痛に眉を寄せながら街の方に振り返り、そして、

 

「────っ!?」

 

 言葉を失った。

 冒険者達も一様に目の前に広がる惨状に目を見開き、何度も目を擦って目の錯覚や幻覚を払おうとするが、ここまで届く熱気がそれを否定する。

 

「オラリオが、燃えている……!?」

 

 おどろおどろしい爆炎に包まれたオラリオを見つめながら、リオンは呆然と呟いていた。

 

 

 

 

 

【ガネーシャ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】、グレイの連合軍が命からがら闇派閥(イヴィルス)の拠点から脱出した頃。

 同じく施設を攻撃していた【フレイヤ・ファミリア】は、予想外の苦戦を強いられていた。

 都市最強の冒険者、オッタルが率いる強靭な戦士(エインヘリアル)達の進行を押し留めたのは、闇派閥(イヴィルス)構成員ではなくやはり悪魔。

 

「ぬん!」

 

 オッタルの剛剣を真正面から受け止め──きれるわけもなく、両断されたのは鎧と盾を装備したライアット、ブレイドと呼ばれる上位個体だ。

 鎧と盾で武装し、敏捷性をそのままに防御力を高めた個体群ではあるが、その鎧も雑多の量産物。並の冒険者ならともかく、都市最強の振るう一撃を耐えられるわけがない。

 体を両断され、絶命したブレイドに一瞥もくれず、オッタルが視線を向けるのは疾走する二つの影だった。

 銀色の残光を尾のように引きながら施設の広間を駆けるのは、都市最速の冒険者であり、【フレイヤ・ファミリア】副団長のアレン・フローメル。

 そして彼と互角の速度で(・・・・・・)疾走するのは、紅の残像を残す何かだ。

 

「加勢するか?」

 

「ざっけんな!テメェから轢き殺すぞ!」

 

 オッタルが何の悪気もなく問いかけた助勢の有無に、アレンは殺意混じりの怒号でもって切り返す。

 その拍子に一人と一体が動きを止めた瞬間に、彼と相対する悪魔の姿がようやく視認を許された。

 それは、一言で言えば深紅の鱗に身を包んだ蜥蜴であった。オッタルと並ぶか、少し高い程度の巨体ではあるが線は細く、彼のような力強さは感じない。

 けれど右腕前腕を包む紅の刃は魔力が迸り、事実何人もの強靭な戦士(エインヘリアル)を屠った業物である。

 それはヒューリー。ライアット系悪魔の頂点。神速の捕食者(プレデター)である。

 しゅるりと舌で鼻先を舐めながら、アレンとの攻防で刃毀れした刃を霧散させたヒューリーは、拳を握ると共に次の刃を生成。重心を落として加速姿勢に入る。

 舌を弾いて同じく構えたアレンが飛び出すのと、ヒューリーが駆け出したのはほぼ同時。

 一人と一体は音も、光さえも置き去りにした攻防に突入した。

 そんな彼らの邪魔をしないようにと辺りを見渡したオッタルは、目を細めて肩に担いだ大剣の鋒を広間の片隅に向けた。

 そこに広がる闇の中から這い出てきたのは、漆黒の鎧に身を包み、漆黒の大剣を背負った異形の鎧、アンジェロだ。

 背後では【フレイヤ・ファミリア】の団員達とライアットを始め、自爆した筈なのに立ち上がってきた闇派閥(イヴィルス)や、自爆に巻き込まれて死んだ筈なのに動く団員達との乱戦になってしまっている。

 窓から見えるオラリオの街も不自然な程に赤く、耳を澄ませれば悲鳴や怒号、爆発音が聞き取れた。

 何かが起きている。そして、それに対応できうるのは都市二大派閥の自分達のみ。

 

「──来い」

 

『オオオオオオオオ!!』

 

 ならば、時間はかけられない。オッタルは大剣で正眼の構えを取り、迫り来るアンジェロを迎撃するのだった。

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】が襲撃した拠点近くの広場。

 そこに【ロキ・ファミリア】は陣地を構成し、迫り来る悪魔と闇派閥(イヴィルス)を迎撃していた。

 

「負傷者はリヴェリアの魔法円(マジックサークル)まで移動!治療を済ませろ!部隊を再編する、急げ!」

 

 間断なく指示を出すフィンではあるが、吐き出す息は白く、周囲の草木にも霜が降っていた。

 彼の背後で回復魔法の詠唱を進めるリヴェリアの吐息もまた白く、一部の団員達も寒さに震えて身を寄せ合っている。

 常人離れした身体能力(ステータス)を持つ冒険者ですら耐えかねる強烈な寒さ。自爆の爆炎さえも凍てつかせ、拠点を氷に閉ざした怪物は、やはり悪魔であった。

 

「ぬぅら!!」

 

 身の丈を超え、もはや鉄塊と呼んで差し支えない大戦斧を振り回し、その冷気を垂れ流す悪魔に挑んだのはガレスだ。

 冷気で動きを鈍らされながらも、渾身の力を込めて振るった一撃は冷気を纏う悪魔の右腕を根本から引きちぎり、後退を強いるが、

 

『っ!』

 

『……ッ!』

 

 その隙をフォローするように、同じく冷気を纏う二体の悪魔がガレスに飛びかかる。

 右腕を落とされた悪魔は自身を氷塊で包み込み、魔力を迸らせたかと思えば、氷塊は飛散。

 中から飛び出してくるのは、右腕を再生させた悪魔。ライアットによく似た特徴を持ちながら、纏うのは鱗ではなく氷の鎧。手には爪の代わりに三本の氷刃を装備した氷の悪魔、フロスト。

 三体のみで【ロキ・ファミリア】幹部を押さえつける悪魔の姿は、一般団員からすれば恐怖の対象そのものだ。

 そして人間の負の感情を見逃すほど、悪魔達は間抜けではない。

 更に言うなら、更なる絶望を与えたいと思うのは悪魔からすれば当然のことだ。

 

『ヒヒヒ!』

 

『ヒ〜ヒヒ!!』

 

『ヒッ、ヒヒヒヒヒ!!』

 

 どこからか聞こえてくる嗤い声。何だと視線を巡らせたフィンが捉えたのは、広場の入り口に陣取る三体の異形だった。

 背中から巨大な腕を生やした、四つん這いの人間と言うべきなのか、中途半端に人間のような姿をしているのが生理的嫌悪感を誘う。

 三体はそれぞれ奇妙な仮面を被っているが、それが更なる不気味さを冒険者達に与えた。

 新手を警戒し、フィンが遠距離手段による撃破を指示さんとした瞬間、三体の異形が突如として踊り始めた。

 

「なんだ……?」

 

 接近してくる訳でもなく、魔法を放ってくる訳でもなく、ただただ嗤いながら踊っている。

 そんな奇妙な光景に冒険者達が言葉を失う中、不意に足元で輝いていたリヴェリアの魔法円(マジックサークル)の輝きが鈍った。

 

「……!?これは!?」

 

 異常に真っ先に気づいたのはリヴェリアだ。

 普段通りに魔力を操り、普段通りに詠唱していたというのに、魔力の流れが異様に乱れ、回復魔法の行使が完全に止まってしまう。

 

「リヴェリア、何をしておる!?」

 

「わからん!だが、これは……っ!」

 

 フロストを殴り飛ばした隙に背後の異常に気付いたガレスの叫びに、リヴェリアもまた困惑したまま声を返した。

 魔力が安定しない。いや、魔法を使っていないというのに、どんどんと消費させられている。だが、どうやって……。

 

『ヒヒヒ!』

 

『ヒハハ!!』

 

『ヒャハハハハハ!!!』

 

 突然の事態に狼狽えるリヴェリアの耳に、先の異形の嗤い声が届いた。

 弾かれるようにそちらに目を向ければ、そこには二回りも巨大になった異形達の姿があった。

 よくよく感覚を尖らせ、魔力の流れに注視してみれば、自分から溢れ出した魔力が三体の方に流れ、そのまま取り込まれていることに気づく。

 

「奴ら、私の魔力を!?」

 

 触れることもなく、何か魔法を使うわけでもなく、踊るだけで相手から魔力を吸収する名無しの悪魔、ノーバディ。

 リヴェリアの回復魔法が途切れた事で負傷者達は再び苦痛に喘ぎ、塞がりかけた傷が開いて血が噴き出す。

 焦るリヴェリアを他所にノーバディ達は踊り狂い、遠くから聞こえる人々の悲鳴と爆音をBGMにステップを踏む。

 そして、同じく遠くから聞こえる戦闘音に気付いたフィンはハッとすると、ようやく自爆の意味を理解したのか、碧眼を険しさに歪む。

 

「あれは『狼煙』……っ!敵の標的は僕達じゃない……!」

 

 気付いたところで、もう手遅れだが。

 

 

 

 

 

 それは、まさに虐殺であった。

 かき鳴らされ、喉から引きずり出されるのは無辜の群衆の悲鳴。

 逃げ惑う彼らの背に、致死量の毒が塗りたくられた矢や魔法の火球が突き刺さり、必要以上の苦痛をもって命を奪う。

 都市のあわゆる場所で狂気を解き放つのは、白濁色のローブを纏う闇の眷属達。

 彼らの主神の意のままに、無抵抗な民衆を虐殺する。

 絶叫が響く。爆発が生まれる。亡骸が転がり、次の瞬間には新たな生を与えられて立ち上がる。

 闇派閥(イヴィルス)の軍勢はその数を増やしながら、恐怖を煽るようにゆっくりとした足取りで、鉄靴の音を響かせながら通りを進む。

 建物の屋根の上。闇派閥(イヴィルス)の陣地の一つからその様子を見下ろしていたヴァニタスは、指笛を吹いて合図を送れば、オラリオ各地の闇の中に潜んでいた悪魔達が一斉に動き出し、闇派閥(イヴィルス)の軍勢に加わっていく。

 

「な、なんでモンスターが──ぎゃ!?」

 

「やめろ、やめてくれぇぇぇええええ!?」

 

「こっちに来るなぁぁぁあっ!?」

 

 闇派閥(イヴィルス)の対応だけで精一杯だった冒険者達を、彼らよりも膂力も、速度も、数も、全てが上回る悪魔達が蹂躙する。

 ライアットの爪が、ケイオスの背鰭が、デスシザーズの鋏が、冒険者達をある程度原型を留めながら斬断し、同胞の依代として死体を捨て置く。

 そうすれば十秒もしないうちに死体は起き上がり、無辜の民衆を襲う怪物へと早替わりだ。

 冒険者達は突然自分達に刃を向けた家族(ファミリア)の凶行に対応できず、次々と屍を晒し、吹き出した血が通りを赤く染め上げていく。

 

「ああ。ああ……!見ておりますか、我が主。かの悪逆なら裏切り者に阻まれ、成せなかった光景が、私の目の前に広がっていますよ!」

 

 屋根の上まで香る血の臭いに頰を朱色に染め、恍惚の笑みを浮かべながら天を仰いだヴァニタスは、隣で次の指示を待っている闇派閥(イヴィルス)の伝令の視線に気付き、咳払いを共に表情を引き締めた。

 

「失礼。オリヴァス殿はどちらに?そろそろ彼にも──」

 

「私はここだ、ヴァニタス!私は私で勝手にやらせてもらうぞ!」

 

 周囲を見渡しながら闇派閥(イヴィルス)の幹部であるオリヴァスを探せば、既に彼は隊列の中に紛れ込んでおり、血に濡れた拳具の具合を確かめながら凄絶な笑みを浮かべていた。

 

「ええどうぞ。好きに暴れ、楽しんできてください。この殺戮を、血の温もりと感触を」

 

「言われずとも!いくぞ、お前達!」

 

「「「はっ!」」」

 

 そんな彼を微笑みで見送れば、オリヴァスは直属の部下を引き連れて冒険者達と、彼らに守られる民衆の一団に突撃していった。

 

「──さて。これで一通りの指示は出し終えましたかね。まったく、血の気が多すぎて御しきれません」

 

 やれやれと溜め息を吐きながら、ちらりと殺戮が続く通りを見下ろせば、すぐにそんな些細な悩みなどどうでもよくなってしまう。

 最高に狂った光景が堪らなく美しい。

 加虐と被虐の叫びが何とも心地よい。

 まさに混沌。本来こうあるべしと、弱きが淘汰され、強きが許される弱肉強食の理を、この弛み切った世界に叩き込む感覚が、何たる快感か。

 片眼鏡(モノクル)の下で瞳を興奮にぎらつかせ、僅かに力んだ呼吸を繰り返す中、遠くの屋根の上で手を叩いてはしゃいでいる邪神達を見つめた。

 

「他の神々はともかく、邪神の皆様とはいい酒が飲めそうですね」

 

 そんな事を宣いながら、すぐに興味が失せたように視線を外す。

 神は神。自分は自分。話があう筈などあるものか。

 

「──神と人間。そして悪魔。誰が生き残り、誰が滅ぼされるのか、楽しみですねぇ」

 

 そして、彼の興味を引くのはそれだけだった。

『正義』も『悪』も関係ない。この場に必要なものはたった一つ。それは『強さ』だ。

 個人の強さでも、群れの強さでも何でもいい。相手の蹂躙を押し返し、逆に蹂躙する強さが、何よりも尊ばれる。

 弱肉強食が世の理であるならば、この『大抗争』で生き残った者こそが最強──絶対的な『正義』である証明。

 

「まあ、勝つのは我々ですけれど……」

 

 ヴァニタスは誰にも聞こえないように絞った声でそう呟くと、最後の仕上げの準備をするべくその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 悲鳴は止まらない。

 爆発が途切れない。

 悪魔達の咆哮が、止むことはない。

 どうにか闇派閥(イヴィルス)の施設から脱出した直後、グレイは誰よりも早くこの街で起きている異常事態を把握した。

 街の至る所に門が開き、そこから大量の悪魔が流入してきている。このままでは、上級悪魔が現れるのも時間の問題だろう。

 呆然とする冒険者達の視界の端で捉えながら、グレイは足を動かした。

 自分はまだ生きている。

 悪魔達が嗤っている。

 あの日と同じだ。自分は何もできず、ただ見ていることしかできない。

 

「──ざけんな」

 

 グレイは地の底から響くような低い声でもってそう告げた瞬間、アリーゼ達もハッとして彼に目を向けた。

 

「アッシュウォルドさん……?」

 

 リオンが彼を呼ぶが、彼は一切返事をする事もなく歩き出す。

 全身に火傷を負い、左の頰を抉り取られながら、それでもなお戦うべく体を動かしている。

 

「な!?無茶だ、その傷で──」

 

 そんな文字通り死にに行くような蛮行を許さず、リオンが声を荒げた。

 だが、その直後に彼の体中に刻まれた傷から灰色の魔力の粒子が漏れ始める。

 時間が巻き戻るように火傷が癒えていき、抉られた頰も傷跡を残すことなく完治する。

 

「貴方は、一体何なのですか……?」

 

 彼の体質か、あるいは治癒魔法のあまりの回復能力に面を喰らい、リオンはぼそりとそんな疑問を口にしていた。

 その疑問に冷たくリオンに視線を向けたグレイは、それ以上聞くなと言わんばかりに色褪せた瞳で彼女を射抜く。

 

「悪魔の相手は任せろ」

 

 頬に残った煤と血痕を拭い、文字通り完全回復したグレイは、困惑する冒険者達の返事を待たずにその場から跳躍して屋根に飛び乗り、悪魔の気配を追って走り出す。

 残された冒険者達も今するべき事をするべく動き出した。

 

「アーディ。大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。私も、頑張らないと」

 

 シャクティが今の今まで俯いていたアーディに声をかければ、彼女は顔を上げると共に立ち上がり、腰に帯びた愛剣を握った。

 その表情はどこか冷たく、後ろ向きな覚悟を決めたようにも見えることに、冒険者達は気づかない。いや、街の様子を気にするばかりで気づけない。

 

「民衆を中央広場(セントラルパーク)に誘導する!行くぞ!」

 

 シャクティの号令に冒険者達は気力を振り絞って応答し、それぞれの戦いに向かうべく走り出すのだった。

 

 

 

 

 




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