ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Intermission03 巨狼来襲

 僅かに時間を巻き戻し、グレイとゴリアテ・ファルレの戦いが終わる直前の中央広場(セントラルパーク)

 ギルド傘下の【ファミリア】が防御を固め、多くの避難民を擁するその場所こそが都市に散らばる冒険者達への指示所。

勇者(ブレイバー)】が指揮する、冒険者達の頭脳だ。

 伝令役の冒険者のみならず、避難してきた民衆達からも情報をかき集め、殺人的な情報量を捌きつつその場における最善手を打ち続けるフィンの尽力のおかげで、状況はおよそ五分にまで押し返した。

 都市全体で起きた一斉蜂起による不意打ちからよく持ち直したものだと、どこかで虐殺の光景を楽しんでいた邪神達が感嘆にも似た声を漏らす中、南から聞こえる巨獣の咆哮に視線を向ける。

 あれが中央広場(セントラルパーク)に到達した時点でこちらの勝ち。あれに対処できるのは、複数の第一級冒険者を擁する大規模な部隊(パーティー)が必要だ。そしてオラリオ側に、そんな余分な戦力はない。

 邪神達のほくそ笑む声を幻聴しながら、フィンはその碧眼を細めて疼く親指を見やった。

 敵の攻勢が激しいのは北と南の二方向。北は【フレイヤ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】を中心とした派閥が抑えてくれている。

 やはり南。特に突如出現したという大型のモンスターをどうにかせねば、勝利はない。

 情報によれば、件の少年──グレイが単独でそのモンスターを足止めしているようだが、いつまで耐えられるか。

 

「団長!南のモンスターが……!」

 

 中央広場(セントラルパーク)の片隅。瓦礫を積み上げただけの見張り台から送られた情報を伝えるべく、伝令役の冒険者が指示所に駆け込んでくる。

 

「どうなった」

 

 想定よりもだいぶ早い。【ヘファイストス・ファミリア】の団長、椿と【イシュタル・ファミリア】所属の戦闘娼婦(バーベラ)を中心に各陣営の余剰戦力を抽出し、どうにか討伐隊を編成したが、北に展開していた彼らが南の区画にたどり着くにはまだ時間がかかる。最悪の場合、自分やリヴェリアやオッタル達を動かさねばならないが……。

 フィンはそんな最悪を想定して次の指示を組み立てていると、伝令役の冒険者が興奮した様子で告げた。

 

「南の大型モンスター討伐!例の少年が、大型モンスターを討伐しました!」

 

「はぇ~。マジで鬼強いやん」

 

 思わず言葉を失い、疼く親指を握りしめたフィンの代わりに隣のロキが口を開いた。

 フレイヤからは都市最強(オッタル)と同格、もしくはそれ以上と称された少年は、やはりかの美神の言ったとおりの規格外のようだ。

 そんなロキが独り言を呟いたその数秒で、フィンは決断した。

 

「討伐隊はそのまま南に進軍させる!グレイと合流させて南の戦線を押し返させろ!椿達が抜けた穴は【ヴィーザル・ファミリア】に埋めるように伝令!」

 

 彼が下した判断は南の戦場の掌握。南にはオッタルを始め、掃討作戦に参加した多くの上級冒険者が揃っている。押し返すなら今だろう。

 悪魔や動く死体という想定外の戦力が向けられた時はどうなることかと思ったが、グレイの尽力と冒険者達の限界を超えた奮闘のおかげで戦況はようやく膠着状態へと流れ始めている。

 だが、フィンにあったのは疑問と不安。

 悪魔という戦力を引き入れた所で、オラリオ全軍を相手取るにはまだ足りない。先の大型モンスター、いや恐らくは大型の悪魔が複数体くれば話は変わるが、それをしないということはあれを呼び出すには何か条件があるとみていいだろう。

 初手の奇襲により戦闘場所を都市全体に拡大。

 悪魔の機動力と自爆兵を使った陽動、攪乱。

 一つとっても小規模な派閥や民衆からすれば致命的だが、都市全体を陥落させるにはやはり戦力が心許ないだろう。

 一部強力な悪魔もいるが、その数は少ない。対処法を知るリヴェリアとガレス達の班に狩らせて回っている。殲滅も時間の問題だ。

 やはり参謀(ブレーン)であるヴァレッタを失い、相手はどこか統率をとれていないのかもしれない。

 なら、勝ち目は十分にある。相手の隙を見逃さず、そこを突き続ければいずれは勝てる。

 

(なのに、どうしてだ)

 

 フィンにあったのは、やはり不安だった。

 親指の疼きは止まず、むしろ強まるばかり。

 

「何を見落としている……?」

 

 フィンがそんな独白を溢した瞬間、北の方角から狼の遠吠えにも似た声が、彼と、中央広場(セントラルパーク)に集まる全ての者の耳に届いたのだった。

 

 

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)悪魔陣営の激闘が続く都市北部。

 そこを一望できる市壁の上に、ヴァニタスの姿があった。

 

「【フレイヤ・ファミリア】。都市最強の冒険者を擁する大派閥。なるほど、確かに強い」

 

 大剣を市壁に突き立て、その柄頭に両手を添えながら、悪魔のみならず動く死体さえも躊躇もなく葬っていく強靭な勇士(エインヘリアル)達は、なるほど流石は狂信的な美神の眷属(奴隷)と言ったところか。

 特に凄まじいのは、やはり幹部陣だ。

 

「【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】、ヘディン・セルランド。かの派閥の参謀(ブレーン)にして、規格外の魔法剣士。Lv.5」

 

『聖フロランド大精堂』の塔上。強靭な勇士(エインヘリアル)に指示を出しながら、雷撃魔法による遠距離攻撃で闇派閥(イヴィルス)や悪魔を吹き飛ばす金髪の白妖精(ホワイト・エルフ)を見ながら、ヴァニタスはふむと小さく唸った。

 指示も的確。砲撃も正確。なんとも戦場慣れした様子からして、どこかの国で軍師でもしていたのだろうか。

 

「【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】、ヘグニ・ラグナール。こちらも一応は魔法剣士。ですが、あの白妖精(ホワイト・エルフ)のように遠距離攻撃の手段は乏しいようですね。切り込み隊長のようなものでしょうか。こちらもLv.5」

 

 次に目を向けたのは、闇派閥(イヴィルス)の幹部たるディナ・ディース、ヴィナ・ディースの妖精姉妹を一人で相手取っている黒妖精(ブラック・エルフ)

 足取りは早く、軽やかで、剣戟も正確。なのだが妙に落ち着きがなく、目が泳ぎに泳いでいる。戦場に慣れていないのではなく、本人は闇討ちや不意打ちを得意としている暗殺者タイプだと思い込んでいるのだろうか。

 彼自身、卓越した剣士だと言うのに、その自負が足りていないのだ。

 そこは減点ですねと肩を竦めたヴァニタスが次に目を向けた先にいたのは、砂色の兜を被った四人の小人族(パルゥム)

 

「【炎金の四戦士(ブリンガル)】。四人で一つの二つ名を与えられた異色の四人兄弟。上からアルフリッグ、ドヴァリン、ベーリング、グレールのガリバー兄弟。この距離では誰が誰だかわかりませんが、あの小さな体でよくやるものです。それぞれLv.4。Lv.の低さを連携で補っているのですね」

 

 ヴァニタスはそれぞれが身の丈を超える得物──槍、大槌、大斧、大剣を振るう四人の小人族(パルゥム)に感心したように笑みを浮かべた。

 彼らが相手取っているのは、十を超える冒険者の集団だった。

 それぞれの種族も装備も違い、魔法の有無も違う雑多な集団ではあるが、唯一の共通点とすれば誰もが白眼を剥き、口に噛ませた拘束具から夥しい量の唾液を溢れさせ、見るからに正気を失くしていることか。

 口から後頭部にかけてを覆う拘束具を付けられた戦士達の後頭部には、深々と短剣が突き刺さっていることも、また異様だ。

 

「薬物や呪詛(カース)。そして神の御業によって武器となった『精霊』を使った、狂化兵。正確には『精霊兵』でしたか」

 

 そんな彼ら、精霊兵の動きを興味深そうに観察していたヴァニタスは、ふむと小さく頷いて微笑んだ。

 彼にしては珍しい、明確な親しいを込めた視線の先にいるのは、『精霊兵』を操るように血塗れの錫杖を振るう恰幅のいい獣人だった。

 黒と紫が混ざった祭司服に身を包んだその男は、【アパテー・ファミリア】の神官、バスラム。

 かつての強豪、【オリシス・ファミリア】の残党を狂える凶戦士へと変貌させた、ヴァニタスをして興味深い研究を成功させた異端の男。

 

「そうです!この後、魔具を用いて同じことができないか、試してみましょう。ええ。それがいい」

 

 ヴァニタスはそんな『精霊兵』を次の階位(レベル)にあげる算段を立てながら、戦況を把握。

 各地で奮闘する強靭な勇士(エインヘリアル)達と、彼らに容易く葬られていく悪魔や動く死体達を冷たく見下ろした。

 

「やはり、低級の悪魔では勝ち目はありませんね。私の愛娘(ステラ)が動くまで、まだ時間がありますし……。何より、同胞(あくま)の動きが全体的に鈍い。冒険者の死体は上質な素材になると思っていたのですが」

 

 何かに怯えるように動きに精彩が欠けている下級の悪魔。

 屈強な冒険者にとり憑いた筈なのに、そこらの一般人の死体と同じような動きしかしない霊魂の悪魔。

 計算では冒険者にとり憑ければより強い戦力となる筈だったのだが。

 

「曲がりなりにも神の眷属。『恩恵』を与える時の『神の血(イコル)』が、何かしらの不具合(バグ)を起こしているのでしょうか?」

 

 要検証ですねと溜め息を吐いたヴァニタスは、苛立ちをぶつけるように床に突き立てた大剣の柄頭を指で叩き、小さく唸る。

 

「神々が放つという『神威』。それも原因でしょうか」

 

 戦場から遠く離れた市壁の上からでも、都市のあちこちから凄まじいまでの威容が感じられる。

 悪魔の中でもそれなりに屈強な肉体を持つヴァニタス自身がそうなのだから、弱い悪魔では文字通り恐怖に震え上がり、まともな行動など出来ないだろう。

 

「この程度で怯えるなど、情けのない」

 

 そんなどこにいるかもわからない、そして迫力だけで何もできない相手に怯えるなど、なんと愚かなことか。

 ヴァニタスは嘆くように頭を抱えながら天を仰いだ。

 

「邪神達の前ではあんなに騒いでいたというのに。やはり、神々の権能によって抵抗感に差異があるのでしょうか」

 

 同時に悪魔達の今までの行動を思い出し、そんな予測を立てた。

 闇派閥(イヴィルス)と合流し、地下に潜伏している間は、悪魔達もあそこまで怯えてはいなかった。闇派閥(イヴィルス)を束ねる邪神を前にしてもそうなのだから、神だから無条件で怯えるということでもない。

 

「秩序に属する神を何柱か捕らえて実験した方が良さそうですね」

 

 そして、そんな曖昧な仮定を確実なものにするには、実験するしかない。何事も挑戦しなければわからないのは、忌々しいことに悪魔も人間も変わらない。

 

「問題はどの神で試すかですが……」

 

 ヴァニタスは懐から羊皮紙を取り出し、そこに羅列された神々の名前に目を通す。

 酒造だの、伝令だの、医療だの、神一柱一柱で様々な権能を司っているようだが。

 

「やはり、彼女ですかね。『正義』を司る女神など、これ以上ない逸材です」

 

 ヴァニタスが目をつけたのは、そんな神々の羅列の中でも一際強調されている女神だった。

 彼女の名に印をつけ、市壁から見える範囲を見渡す。

 

「とは言っても。神々はどこかに隠れているのやら。ほとんどの神は中央広場(セントラルパーク)か、独自の経路(ルート)で逃げているでしょうし」

 

 神とはいえその姿は人間と変わらない。近づけば『神威』でわかるだろうが、情報では一部の神はその『神威』を抑え込む術を知るという。

 目的の女神がそれを知るかはわからないが、この広い街でたった一柱の神を見つけ出すというのはかなりの難易度だ。いや。本音をぶっちゃけてしまえば面倒だ。

 ヴァニタスは深々と溜め息を吐くと、彼女を探す時間を稼ぐついでに【フレイヤ・ファミリア】に打撃を与えるべく、次の手を打つことにした。

 彼は地面に突き立てた大剣に魔力を込め、柄頭に仕込まれた水晶と、そこに封じ込まれた何かの欠片にも魔力に行き渡らせる。

 直後、破片が光輝き、石材の床に水面のように波紋が広がっていった。

 

「ゴリアテ・ファルレの咆哮が止んだ。八号、よくやりました。欠陥品ではありますが、流石は我が息子です」

 

 波紋から魔界の瘴気が立ち昇り、あまりの悪臭に強靭な勇士(エインヘリアル)達も異常に気づき始める中、ヴァニタスは次の巨獣を呼び出した。

 

「来なさい、『マルコシアス』!契約通り、働いてもらいますよ!」

 

 ヴァニタスの叫びに応じるように、水面のように波紋を揺らす床から人間のそれと酷似した腕が突き出してきた。

 あまり肉はついておらず、すらりと伸びるその手は、おそらく女性のものだ。

 

「む。貴方はまたその姿なのですか」

 

 何か掴むものを探すように揺れる腕を掴み、引っ張りあげる。

 そこから姿を現したのは、やはり一人の女性だった。

 彼女用に調整されただろう漆黒の鎧を纏い、無造作に伸びた濡れ羽色の髪と共に揺れる炎に照らされて不気味に輝く。

 

「この姿の方が色々と都合がいい。小回りがきく」

 

 彼の疑問に返した言葉は低く、力に満ちた戦士のそれだ。

 ヴァニタスに引き上げられ、燃える都市を見つめた女──悪魔、マルコシアスは、コキコキと指を鳴らしながら悪魔達を相手取る強靭な勇士(エインヘリアル)を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。

 

「彼らを蹴散らせばいいんだな。この世界での初陣、楽しませてもらおう」

 

「ああ、いえ。貴方は彼らが守る聖堂を破壊してください。民衆が死ねば、彼らの士気も落ちますので」

 

 だがそんな戦意に満ちた彼女の出鼻を、ヴァニタスが折った。

 そのまま街にある大精堂と三つの教会──現在は民衆の避難場所──を示しながら言うと、マルコシアスは不満げに嘆いた。

 

「戦えぬ者達を殺して何が楽しいのだ。私をそこらの阿呆どもと一緒にするな。それに──」

 

 腰に帯びていた武骨な剣を抜き、それをヴァニタスの首に向けながらマルコシアスは凄んだ。

 

「私の主人は貴様ではない。忘れたとは言わせん」

 

 その目には本気の殺意が宿り、滲み出た魔力で腰まで伸びた髪が蛇のように揺れ動く。

 

「……わかっていますとも。全く、我の強い悪魔は嫌いです」

 

「何の信念もない者が、我らの上に立てるものか。私を下したのは貴様ではなく、あの()だ」

 

 マルコシアスはただ冷淡な声音でそう告げ、剣を腰の鞘に叩き込む。

 そして自分に言い聞かせるように、苦渋の表情を浮かべながら口を開く。

 

「だが、それがあの()の──ステラの為になるのなら、多少の泥を被るのもやぶさかではない」

 

「ええ。もうすぐ彼女も動き出します。ここで暴れれば、いい陽動になるでしょう」

 

 そんな彼女の言葉と表情に愉快そうに笑ったヴァニタスはここでの行動の意味を彼女に言い聞かせ、「終わったら、この女神を探してください」と言うや否や羊皮紙を押し付けた。

 印をつけられた女神の名と、簡単な似顔絵を見つめるマルコシアスを他所に、ヴァニタスは市壁から飛び降り、瓦礫の影へと消えていく。

 それを忌々しげに見送ったマルコシアスは厚い雲に覆われた空を見上げ、ゆっくりと目を閉じた。

 

「──せいぜい足掻いてみせろ、人間」

 

 彼女の挑発とも言える言葉は、誰に届くこともなく鳴り響いた爆炎の音に掻き消された。

 その音を合図にしたように彼女の魔力が膨れ上がり、漆黒の鎧が魔力の粒子となって消え失せる。

 その下に隠されていた筋肉質でありながら柔らかな曲線を描き、女神さえも嫉妬する黄金比を描く肢体を熱風に晒しながら、目を開く。

 暗い色を帯びていた瞳の瞳孔が縦に裂け、髪が意志を持ったように揺れ動き、犬歯が鋭く伸び始める。

 いいや、それだけではない。禍々しい魔力の濁流を放ちながら美しい肢体のあちこちが歪に腫れ上がり、変容していった。

 傷跡も多く、それでも透けるほどに美しい白磁の肌が黒い毛に覆われ、蛇のように唸る髪が一つになるべく絡まりあい、鱗や牙を形作りながら更に伸びる。

 魔力が迸り、市壁に大きなヒビが刻まれた瞬間、マルコシアスは閃光と共に咆哮をあげた。

 

『アオォォォォォオオオオオオオオオ!!!!』

 

 周囲で奮闘する冒険者達。守られる民衆。|闇派閥《イヴィルス。悪魔。

 その遠吠えは聞いた者全てに恐怖を刻み込み、ほんの一瞬戦場の時を止めた。

 音もなく、声もなく、瞬きすることも忘れ、彼らが見上げるは市壁の上。そこに座するは巨大な狼だった。

 黒い体毛に覆われ、背には鷲を思わせる巨大な翼。尻尾は狼のそれではなく、巨大な蛇として冒険者達を睨みつけている。

 口からは唾液の代わりに炎が溢れ、翼は揺れ動く度にバチバチと音を立てて雷を纏う。

 おそらくオラリアにいる悪魔の中でも、その地位と強さは最上位に君臨するだろう大悪魔マルコシアス。

 彼女は巨大な瞳で教会の一つに目を向けると、大地を噛み砕かんばかりに巨大な顎を開き、そして、

 

 ──せめてもの慈悲だ。楽になれ、人間。

 

 誰にも聞こえぬ独白と共に口から灼熱の業火が解き放たれ、進路上の悪魔を、闇派閥(イヴィルス)を、強靭な勇士(エインヘリアル)達を一瞬で炭化、即死させながら、【フレイヤ・ファミリア】を頼って逃げ込んだ無辜の民達が集まる教会を飲み込む。

 

「──【ヴァリアン・ヒルド】!!!」

 

 その直前、雷の砲撃がその横腹に食らいつき、咆哮をあげた。

 雷と炎の狭間で激しい閃光が発生し、拮抗し、ついに業火が僅かに逸れる。

 教会を丸呑みにせんとしていた業火は教会の天井部分を抉り取りながら空の彼方へと消えていき、直後、天地を揺らす轟音と衝撃が都市を揺らした。

 ほう、やるなと感嘆の声を漏らすマルコシアスが目を向ける先にいるのは、聖フロランド大聖堂の塔上。肩で息をしながら、こちらを睨む白妖精(ホワイト・エルフ)──ヘディンの姿だった。

 先の雷の砲撃は彼の魔法なのだろう。今の吐息(ブレス)を防ぐとは中々やる。だが、あの程度を(・・・・・)防ぐのにあそこまで消耗しているのはまだまだ未熟と言わざるを得ない。

 

『ならば、次だ』

 

 悪魔特有のくぐもった声で呟くと共に、口の端を吊り上げて挑発的な笑いを浮かべながらばさりと一度羽ばたいた。

 直後、市壁の上に数十の雷の槍が生み出され、その鉾先が都市北部の各所で奮戦する【フレイヤ・ファミリア】の面々と、彼らが守る教会と大聖堂に向けられていた。

 塔上。ヘディンが息を呑み、再び詠唱を紡ぐのが見えた。

 ディース姉妹も危険を察知し、顔を見合わせて逃げ出し、ヘグニがそんな二人を無視して目を剥くのが見えた。

 ガリバー兄弟がそれぞれ何かを言い合い、散ったのが見えた。

 精霊兵達が膨大な魔力に当てられてか、狂ったように叫びをあげるのが見えた。

 バスラムがそんな彼らの統制(コントロール)を諦め、離脱するのが見えた。

 強靭な勇士(エインヘリアル)が、闇派閥(イヴィルス)が、それぞれの手段で防衛と生存せんと、足掻こうとする姿が見えた。

 そして次の瞬間、それら全てが無駄となった。

 マルコシアスがもう一度羽ばたいたのを合図に雷の槍が一斉に放たれ、その場に集う秩序と混沌の使徒達を呑み込んだ。

 都市を揺るがす大爆撃。雷が爆ぜる度に地面が抉り取られ、建物が倒壊しく。

 雷に呑まれた教会から、民衆は悲鳴をあげる暇もなく命が灰も残さず消滅していく。運悪く即死できなかった者達の悲鳴が、都市に響き渡った。

 ヘディンの放った十数の砲雷(まほう)も、ヘグニが玉砕覚悟で振るった漆黒の剣撃も、ガリバー兄弟が行った自滅覚悟の迎撃も、何の意味もなさない。

 間一髪避けたディース姉妹は衝撃波に押されて宙を舞い、避ける理性も知性もない精霊兵達も雷槍に呑み込まれて消えていき、バスラムだけが不意に瓦礫の影から現れたヴァニタスに回収されて事なきを得る。

 絶え間なく響く悲鳴。滅びに抗わんとする戦士達の咆哮。それら全てを轟雷が呑み込み、無に還していく。

 そんな光景を見下ろしながら、マルコシアスは驚倒に目を見開き、再び感嘆の声を漏らす。

 

『こちらの人間もやるではないか』

 

 彼女が見つめる先に広がるのは、文字通り蹂躙の後だった。

 あちこちの地面が抉られ、ありとあらゆる建物は倒壊し、生きている者はごく僅か。

 文字通りの更地。冒険者も、民衆も、闇派閥(イヴィルス)も、悪魔も、例外はない。事実マルコシアスも、この周囲の生命全てを根絶やしにする気迫を持って爆撃を行った。

 だが、結果はどうだ。悪魔の蹂躙を許さず抗った、強靭な勇士(エインヘリアル)の覚悟の結果は。

 静かに鎮座し、その場に佇む聖フロランド大精堂がその答えだろう。ヘディンの砲雷が、ヘグニの剣撃が、ガリバー兄弟の献身が、そして強靭な勇士(エインヘリアル)達の必死の抵抗が、たった一つの建築物とそこに逃げ込んだ多くの人命を救ったのだ。

 だが、それを行った皆が満身創痍。

 ヘディンは精神枯渇(マインドダウン)し、両膝をつき。

 ヘグニは両腕に火傷を負い、愛剣も刃が溶けてなくなっている。

 ガリバー兄弟もそれぞれの鎧も得物を失い、死んだ仲間の武器を杖代わりにかろうじて立っているがせいぜい。

 またある者は片足を失い、ある者は片腕を失い、片目を失い、半身を抉り取られながら、それでもなお立ち続け、マルコシアスを睨みつけている。

 そんな彼らを睨み返した彼女は唸り声をあげながら市壁から飛び降り、地面に降り立つ。尾の蛇が致死性の毒液を垂らしながらしゅるりと鼻先を舐め、狼の口からは唾液代わりの炎が溢れる。

 視界の端では今のうちに因縁のあるヘディンとヘグニを殺さんと忍び寄っていたディース姉妹を睨むだけで黙らせ、部下を引き連れて戻ってきたバスラムが瓦礫に埋もれた精霊兵をどうにか掘り返そうとしているのを捉えながら、マルコシアスは再び吼えた。

 それが開戦の合図となり、【フレイヤ・ファミリア】とマルコシアスの本当の意味での戦闘が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

「北部の被害甚大!【フレイヤ・ファミリア】も壊滅状態です!」

 

 その報告を聞いた瞬間、フィンはついにその鉄仮面を剥がされ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 その狼型のモンスターこそが相手の隠し球、あるいは本命。

 南の大型モンスターはおそらくグレイの足止めの為。

 そして南の戦力が少ないのは、こちらに『南なら押し返せる』と思わせる為の布石。

 やられたと親指を握り込み、どうにか北の戦況を押し返さなければと思考を巡らせる彼を嘲笑うように、次の報告が舞い込んだ。

 

「だ、団長ぉ……!?南西で持ち堪えていた冒険者が壊滅(・・)!布陣していた上級冒険者が、全員やられたっす……っ」

 

【ロキ・ファミリア】の新人団員、ラウル・ノールドが、顔を真っ青にしながら告げてきた報告に、ロキやその場に集まっていた他の冒険者達も弾かれるようにラウルに視線を集めた。

 

「相手の戦力は」

 

 その中でもどうにか冷静を貫くフィンが静かに問うと、ラウルはその時の光景を──情報を持ち帰らせる為に、玉砕覚悟の攻勢に出た上級冒険者達の背中と、その覚悟を嘲笑うように一瞬でその全てを蹂躙した二人の剣士の姿を思い出す。

 恐怖に震え、表情を引き攣らせながら、それでも彼は口を動かす。

 

「大剣を持った剣士と……東洋の刀を持った女剣士に……たった二人に、一瞬で……!」

 

 フィンの親指の悲鳴をあげるように疼きをあげた。

 彼はその親指を握りしめながら、碧眼を見張って息を呑んだ。

 

 

 

 




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