ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission14 覇者

 その一歩が全てを砕き。

 その一撃が全てを壊し。

 その一振りが全てを断ち切る。

 行う全てが、存在そのものが別次元。何者にも止める事も、拒む事を許さぬその『覇道』を征くは、やはり一人の『覇者』であった。

 鉄塊と見紛う漆黒の大剣を小枝のように振り回し、『覇者』を止めんと立ち塞がる一切合切を薙ぎ払う。

 愚かにも真正面から受けようとして、愛剣諸共に斬断される者。

 掠めただけで四肢を吹き飛ばされ、次の閃撃で木っ端微塵になる者。

 彼に挑み、敗れた者たちの残骸が、斬られた勢いのままに左右に飛び散り、その『覇者』に道を開ける。

『覇者』が纏う漆黒の全身型鎧(フルプレート)には傷一つなく、返り血さえも浴びる事もない。

『覇者』は大男であった。身長は優に2M(メドル)を超え、頭部には目庇(バイザー)付きの大兜を被っており、鎧も相まって肌の露出は口元程度しかない。

 鎧越しでもわかる程にその筋骨は隆々であり、常人であれば自重で潰れるだろう全身型鎧(フルプレート)を何の苦もなく纏うその様は、まさに力の権化。

 それでも挑むしかない冒険者達は黒塊に撫でられるだけで爆散し、屍を晒すことさえも許されない。

『覇者』を止められる者はなく、故に彼は『覇道』を──破道を行く。

 

「脆い。柔すぎる。いつから冒険者は腐った果実と化した」

 

 熱風に深紅の外套を揺らし、重く厳しい声が燃える都を侮辱する。

 

「撫でただけだぞ?喰らってすらいない。どこまで俺を失望させる」

 

 返ってくる声はない。代わりにあったのは、銀色の流星にも似た高速の銀槍だった。

 完璧に死角をついたまさに必殺に対し、『覇者』がとった行動は手首を振るのみだった。

 

「──ッ!?」

 

 槍の穂先と手甲(ガントレット)が火花を散らした。

 扉をノックするような気軽さで行われた迎撃に銀槍は滑らされ、全身型鎧(フルプレート)の継ぎ目を狙った不意打ちは失敗に終わる。

 

「お前はいいぞ。風のように速い」

 

 だが『覇者』は襲撃者──ヒューリーとの戦闘で多少の負傷を負いつつも、それを退け、その足でこの場に馳せ参じたアレンに向けてそう告げた。

 弾かれる勢いのままに吹き飛んだアレンは石畳を削りながらどうにか着地し、不意打ちを防がれた事に驚倒し、目を見開く。

 そして目庇(バイザー)越しに向けられた鉛色の双眸に、アレンの毛が逆立った。

 

「だが、軽すぎる」

 

『覇者』がそう告げた瞬間、彼の右手がぶれた。

 それだけで、アレンは吹き飛ばされた。

 獣の本能に従い構えた銀槍ごと、弾き飛ばされる。

 槍だけでなく肘の骨にまで響く衝撃に目を剥きながら、石畳に石突を突き立て、10M(メドル)程吹き飛ばされた位置でようやく停止。

 

「……ふざけんじゃねえっ!何しやがった!?」

 

撫でただけだ(・・・・・・)。いちいち驚くな」

 

 まるで時間が飛んだように、何の予備動作もなく大剣が振るわれたと気付くのに、アレンは時間を要した。

 都市最速である彼ですら見えなかった。──いいや、先程のあれは攻撃ですらなく、単に大剣を払っただけなのだから、予備動作などあるわけがない。

 その事実を突きつけられ、頬に嫌な汗が流れる。

 動じるアレンに対し、『覇者』は切り立つ岩の如く悠然と立っていた。

 

「どうした、もう終わりか。ならばその首、喰らい尽くす」

 

『覇者』が鉛色の双眸を細め、一歩踏み出した瞬間、アレンは無意識に一歩下がっていた。

 それに気づくのに先程以上に時間を要し、気圧される己を鼓舞するように槍を構える。

 アレン・フローメル。二つ名を【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】。

 何者にも媚びず、屈せず進み続けたLv.5──第一級冒険者として美神フレイヤの戦車たるを許された彼は、初めて恐怖というものを感じた。『未知』の相手に、戦慄を覚えた。

 

「お前は──」

 

 そこへ、第三者の声が投げられた。

 数々の敵を蹴散らし、この場に馳せ参じたのだろう。血に濡れた大剣を片手に現れたのは、都市最強の冒険者、【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 彼の錆色の瞳は驚愕に染まっており、視界の奥に佇む男にのみ視線を向けていた。

 

「ああ、ようやく知った顔を見つけたな。となると、その猫はお前の後進か?」

 

『覇者』から投じられた声音に、オッタルの顔が罅割れた氷山の如く歪んだ。

 直後大粒の汗を滴らせ、焦りの色を強くする。

 アレンと同様、いやそれ以上の衝撃に見舞われた都市最強の男は、手負いの獣の唸り声を思わせる重苦の指示を出した。

 

「アレン、フレイヤ様の元へ行け。あの方をお守りしろ」

 

「ああ!?何をほざいてやがる!この野郎は俺が轢き潰す!邪魔するじゃねえ!!」

 

 オッタルの指示に感情を爆発させ、戦慄を塗り潰したアレンが吠えるが、

 

「──聞け!」

 

 オッタルがそれを上回る怒号でもって封殺した。

 並大抵のことでは小揺るぎもしない巌のような武人の顔は、もはや見る影もない。眦を裂き、次に苦渋の表情で告げた。

 

「……俺を僅かでも団長と認めているのなら、行ってくれ。俺のためではなく、女神のために、泥を飲んでくれ」

 

 それなりに長い付き合いであるオッタルが行った初めての懇願は、アレンの内にあった炎を揺らがせるには十分だった。

 いつか倒すと誓った武人の哀願には、誰よりも女神の身を案じ、何よりも『危惧』に満ちていた。

 二人の視線が交わり、そして、

 

「……ちッ!」

 

 アレンは退いた。

 今の状況とオッタルの懇願。それらを秤にかけ、我を殺し、全ては女神の為と言い聞かせ、彼の意志を受け入れる。

 都市中央に向かうアレンの背を見送ったオッタルは、浅く息を吐きながら『覇者』へと視線を戻した。

 

「変わらんな、その女神至上主義。まだ乳離れができていないのか、糞ガキ(・・・)

 

「……っ!」

 

 ゆっくりと近づいてくる『覇者』の声に含まれるのは、不可避な重圧。

 オッタルを、都市最強を『ガキ』扱いする『覇者』を前に、彼は声を絞り出した。

 

「馬鹿な……なぜお前がそこにいる!?」

 

 そして、その『覇者』の名を言い放った。

 

「ザルド!!」

 

 

 

 

 

 鼓膜を引き裂くような爆音が、民衆の悲鳴が、止まらない。

 悪魔達の嗤い声が頭に響き、動く死体となった者達の呻き声が耳に残る。

『悪魔の行進』だと、『終わらない悪夢』だと、誰かが言った。

 宙を舞う火の粉はいっそ幻想的で、だが同時に残酷でもあった。

 炎に巻かれ、力尽きる者がいた。

 瓦礫に埋もれ、助けられる事なく煙に呑まれていく者がいた。

 そして次の瞬間には悪魔憑きとして起きあがり、仲間を増やすべく走り出す。

 グレイが奮闘し、一度は殲滅された悪魔達も、時間をおけばこうしてまた増えていく。

 悪魔に憑かれた挙句に何か──それこそ拳銃か何かで撃ち殺されたのだろう。熱と過剰な魔力で溶けた右腕と熊の縫包み(テディベア)が一体化してしまった少女の遺体が、濁った瞳で空を仰いでいた。

 爆撃と剣戟。悲鳴と怒号。そして、悪魔達の咆哮。

 まさに地上の地獄と成り果てたオラリオは、混沌の音に支配されていた。

 

「……」

 

 そんな混沌の渦中、一人の少女がいた。

 燃える都市を背景に瓦礫の上に腰をかけ、本を読み進める様はいっそ絵画的な美しさがあった。

 ぺらり。ぺらりと(ページ)を捲る音だけが、彼女が幻覚ではなくそこにいる事を証明し、周囲に転がる冒険者達──そして、彼女の読書を邪魔した悪魔達の死体が、彼女の実力を裏付ける。

 

「何をしている」

 

 ざっ、と瓦礫の破片を踏みしめる音が響いた。

 翡翠の髪を揺らして現れたのは、都市最強の魔術師として名高いハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。【ロキ・ファミリア】副団長にしてLv.5の第一級冒険者だ。

 それでもステラはリヴェリアに一瞥もくれず、頁を捲る。

 

「何をしていると聞いている……!」

 

 リヴェリアは柳眉を逆立てながら、杖を少女──ステラに向けた。

 リヴェリアが戦闘態勢に入ってようやく、ステラは溜め息を吐きながら本を閉じた。

 そのまま閉じた本を近くの燃える建物に投げ込み、リヴェリアに目を向ける。

 包帯に包まれた顔から覗くのは、隙間から溢れた銀色の髪と瞳孔が縦に裂けた緋色の瞳のみ。

 瓦礫に立てかけていた刀を手に取り、立ち上がる。

 

「何をと言われましても、ただここにいただけです」

 

 鬱陶しそうに溜め息を吐き、周囲の惨状に目を向けた。

 

「滅びゆく街の、最期の瞬間。せめて黙祷を捧げるくらいはしましょうか」

 

 そして欠片も心が籠っていない声音でそう告げると、足元に転がる大量の死体を見下ろすと目を閉じ、「ご冥福をお祈りします(Rest in peace)」と胸の前で手を組み、細やかな祈りを捧げる。

 もちろんその声には何の感情も籠っておらず、祈るという動作をしているだけだ。

 

「どうでしょうか?人間らしく見えましたか?」

 

 リヴェリアに視線を向け、どこか戯けるような笑みを浮かべた。

 ステラのそんなふざけた言動に彼女は憤激のままに口を動かす。

 

「貴様のそれは人間の所業ではない。足元に転がっているものはなんだ。自ら殺しておきながら祈りを捧げるなど、彼らへの侮辱に他ならん!」

 

「怒られてしまいました。人間らしく、ここは泣いておきましょうか。えーん、えーん」

 

 エルフの王族、ハイエルフの怒りを前にしても、ステラのふざけた様子は消えない。

 わざとらしく嘘泣きをしながら、両目を隠すように手で覆う。

 そしてそんなふざけた調子の言動が、人の命を何とも思っていないステラの無邪気な戯れが、リヴェリアの堪忍袋の緒を切った。

 

「もういい、消えろ。己の命をもって、その非道を償え!!」

 

 激昂する王族(ハイエルフ)が長杖を構え、詠唱を唱える。

 込められた膨大な精神力(マインド)と、展開される輝かしい魔法円(マジックサークル)

 そして悪魔さえも凌駕する凄まじい『魔力』の余波。

 

「【吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

 

 それを前に、ステラの顔から感情が消えた。

 同時に湧き出すのは、空間が歪むほどの猛烈な敵意と殺意。緋色の瞳は演技(あそび)の時間が終わり、闘争(ころし)の時間となった歓喜に打ち震え、その奥で魔力が揺らめいた。

 左手で鞘を掴み、鯉口を切る。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

 放たれる三条の吹雪。

 悪魔も、モンスターも、闇派閥(イヴィルス)も、万物を凍てつかせる猛烈な氷波が迫る中、ステラは何の感情も抱かずに右手で柄を掴む。

 リヴェリアが認識できたのは、そこまでだった。

 次の瞬間、必殺の吹雪が霧散した(・・・・)

 キン!と鋭い鍔鳴りの音が、言葉もなく驚倒に目を見開くリヴェリアの耳に届く。

 魔法の残滓の細氷が辺りに降り注ぎ、火の粉と混ざり合って幻想的な地獄を彩った。

 空間──いいや次元ごと(・・・・)魔法を切り裂いた(・・・・・)と認識できたのは、ひとえにリヴェリアもまた優秀な冒険者であるからだ。

 

「魔法を斬るなど、そんな事が……!」

 

 リヴェリアの口から焦燥の声が漏れ出た直後、

 

「おおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 異常なまでの魔力の唸りを察知し、急行したガレスが、屋根の上よりステラの頭上へと飛びかかった。

 容赦なく振り下ろされた大戦斧に対し、ステラは動じることなく右手を掲げ、ドワーフの大戦士の一撃を危なげもなく掴み取った(・・・・・)

 

「「っ!?」」

 

 受け止められたガレスも、その光景を──小柄なステラがガレスの一撃を腕一本で止めた瞬間を見せつけられたリヴェリアも、驚倒に目を見開く。

 

「なまくら、ですね」

 

 ステラはガレスと彼の大戦斧を見上げながら溜め息混じりにそう告げると、鉄塊と見紛う肉厚な刃を握り砕く(・・・・)

 刃を半ばから失い、ただの重い棍棒に成り果てた得物の手にしたまま、顔を驚愕に染めた大戦士の胴に向け、刃を鞘に納めたままの刺突を放つ。

 空中による不利。意識の空白による不意打ち。いいや、それを抜きにしても防御不可の速攻がガレスの胴を打ち抜き、鎧を完膚なきまでに破砕する衝撃波を伴って岩のような体を吹き飛ばした。

 

「ぐあああああああああああああああ!?!」

 

「ガレス!?」

 

 砲弾となって自身の真横を過ぎ去り、壁に叩きつけられたガレスの姿にリヴェリアは狼狽し、声を荒げた。

 建物の一角を倒壊させ、大量の瓦礫を浴びる。砕かれ、柄のみになった斧を地につき、立ち上がる。

 

「速い!じゃが、軽すぎるわ!」

 

 鞘の刺突を受けて鎧を砕かれた挙句、腫れ上がる鳩尾を叩き、ニッと歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべると、リヴェリアは小さく安堵の息を吐き、ステラの方に向き直る。

 改めて構える二人に対し、ステラはどこか冷めた視線を向けていた。

 そんなステラに向け、リヴェリアは問いを投げた。

 

「貴様はなぜこの都市を襲う!何の謂れで、人々の平穏を奪った!!」

 

 おそらくだが、身体能力(ステータス)面ではガレスと互角かそれ以上。

 それほどまでの強者が今日まで噂を聞くこともなく、そしてオラリオに牙を向けている。

 リヴェリアからしても理解不能な動機を探るべく、彼女は詠唱ではなく言葉を紡いだ。

 そして、それに対する返答は軽蔑の視線だった。

 

「ザルド様がおっしゃったことが、ようやく理解できました」

 

「ザルドだと!?なぜ最強派閥(ゼウス・ファミリア)の男の名が出てくる!?」

 

 不意にステラがこぼした名前にガレスが驚愕の声をあげるなか、ステラは蔑みの視線と共に溜め息を漏らす。

 

「ザルド様もまた、この都市にいるのですよ。闇派閥(イヴィルス)の切り札──神時代を終わらせる英雄(かいぶつ)として」

 

「「っ!?」」

 

「彼は『失望』したそうです。この世界に対して、この迷宮都市(オラリオ)に対して、この神時代に対して。もう終わらせるほかないと思うほどに、『失望』したそうです」

 

 ステラは内容とは裏腹に詩を唄うような、子供に御伽話を聞かせるような声音でもって、冒険者達の疑問に答えた。

 狼狽える二人に対し、ステラは更に言葉を続けた。

 

「そして、私も先ほどその『失望』を理解しました。英雄が集まる都と聞き、まだ見ぬ闘争に胸を躍らせていたのですが……」

 

 そして、解き放たれる膨大なまでの魔力と殺意。

 緋色の瞳に魔力的な輝きが宿り、包帯から溢れる銀色の髪が光輝く。

 

「貴方方如き(・・)が次代の英雄と呼ばれるなんて、こんな惰弱極まる話はないでしょう」

 

 鯉口を切り、刀を握る。

 

「私は強くなりたいのです。私の糧となるか、私を糧とするような絶対的な強者と、殺し合いたいのです。だから闇派閥(イヴィルス)に与し、ここまで来たというのに」

 

 ステラが視界から消える。ガレスとリヴェリアを囲むように、何条もの剣閃が駆け抜けた。

 周囲の時が止まり、周囲の風景諸共に体中が寸断される。

 

「──弱すぎます。あまりにも、出し難い程に」

 

 二人の背後から、ステラの声が聞こえた。

 そしてキン!と鋭い納刀音と共に、世界は動き出した。

 切り刻まれた風景とガレス、リヴェリア両名の体が元の形を取り戻したかと思った瞬間、切り裂かれた次元が絶叫をあげ、冒険者達の肉体を引き裂いた。

 二人は全身から大量の血を噴き出し、目を見開いたままに得物を取りこぼす。

 

「がっ!?な、にが……!?」

 

「ぬぅ!?ぉ……!ぐっ……!」

 

 何をされたのかも理解できず、リヴェリアとガレスは苦悶の声と共に崩れ落ち、自らの血でできた血溜まりに倒れる。

 背後からのびしゃりと湿った転倒音にも聞く耳を持たず、ステラは天を仰ぎ、手を伸ばす。

 

「──我が身、いまだ宇宙(そら)に届かず。です」

 

 悲哀と落胆と共に静かに告げられた言葉と同時、緋色の瞳に灯っていた魔力の輝きが消え、光輝いていた銀色の髪からも光が消える。

 

「せめて一矢は報いてください。やがて英雄になるというのなら」

 

 そして立ち上がることも、何か捨て台詞を吐く事もできずにいる二人には一瞥もくれず、侮蔑の言葉を吐き捨てた。

 

 

 

 

 

「この気配、あちらはもう終わったな。全く、あんなガキに先を越されるとは」

 

 時をほぼ同じくして、オッタルと対峙するザルドは僅かに感じた魔力と、次元が悲鳴をあげる感覚を感じ取り、小さく息を吐いた。

 

「無駄話をし過ぎた。()るぞ。女に先を越されたまま、男など名乗れまい」

 

 ザルドは静かに、そして凄まじい重圧を放ちながらオッタルにそう告げ、黒塊を構えた。

 対するオッタルは奥歯が割れんばかりに歯を食い縛ったまま、得物を振りかざした。

 オッタルは負け続けていた(・・・・・・・)。かつての二大派閥【ゼウス・ファミリア】の戦士達に、【ヘラ・ファミリア】の女傑達に。

 そして、目の前にいる『暴喰の化身』たる『覇者』に。

 何度敗北の屈辱を味わったか。何度泥を啜ったか、もはや数えきれたものではない。

 

「……ッ!」

 

 錆色の瞳が敗北の記憶いう悪夢を幻視し、揺れる。

 かつて、一度たりとも超えられなかった高みを前にして、心が打ち震える。

 

「猛けろ、来い。──俺に喰われたくなければ」

 

 ザルドの要求はそれだけだった。

 オッタルは全身を縛る怖気を追い払うかのごとく、吠えるしかなかった。

 

「──オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 猪突の雄叫び。

 大剣を構え、『覇者』に向けての全力突撃(チャージ)

 あらゆるものを粉砕する都市最強の突撃は、しかし『覇者』の前では児戯でしかない。

 

「温い」

 

 一振り。それだけだった。

 速度と勢い、そして全体重を上乗せしたオッタル全霊の一撃は、黒塊の一振りで弾き飛ばされる。

 精巧な『技』。突き抜けた『膂力』。

 突進の勢いを殺されるどころか、武器を弾かれて仰け反り、無様にも無防備を晒すオッタルは、確かに見た。

 停止する時の中で、既に翻り、己に振り下ろされる黒塊を見てしまった。

 何もかもが撃砕される直前。刹那の狭間。

 面頬(バイザー)の奥、まっくずにオッタルを見つめていた『覇者』の視線が、無慈悲に告げた。

 

 ──弱い(・・)

 

「────────ッ!!!!!」

 

 あらゆる感情が灼熱となってオッタルを焼き尽くすより先に、叩き付けられた黒塊の大閃が、全てを終わらた。

 

 

 

 

 

 その時、大地が哭いた。

 都市そのものを震わせる途轍もない衝撃に、都市で戦う者達の時を止めた。

『覇者』の一撃が、都市に空白を生んだ。

 豪斬の余波で火の海が吹き飛び、夜の闇に包まれる。

 都市にいる全ての者が、バベルの最上階から都市を俯瞰していた女神フレイヤが、その一角に視線を注いだ。

 そこに立っている武人は一人。漆黒の鎧を纏う真の『覇者』のみが、戦場に立ち続ける事を許された。

 

「ほう……」

 

 そして黒塊を振り抜いた『覇者』は不意に感嘆にも似た声を漏らした。

 オッタルが吹き飛んだ先、文字通りの砲弾となったLv.6の肉体を真正面から危なげもなく受け止めた者に視線を向ける。

 

「こんな筋肉だるまが飛び出してくると流石にビビるぜ。曲がり角から飛び出して来るのは美少女に限るだろ、まったく」

 

 ひょこりとオッタルの巨躯の横から顔を出したのは灰色の髪の少年、グレイ。

 場と状況に釣り合わない軽口を叩いた彼は「なぁ?」と同意を求めるように脇に抱えていた少女、アーディに声をかけた。

 当の少女は頬を引きつらせ、今がどんなに危険な状況か、そしてそんな危険の只中にいる自分を軽く呪っていた。

 都市最強の冒険者の敗北。このままでは戦況は闇派閥(イヴィルス)に傾くことだろう。

 そんな懸念をするアーディに向け、グレイは「こいつを頼んだ」と告げてオッタルを押し付けた。

 わわと驚きの声を漏らしながら、冒険者でさえも凄まじい重量を感じるオッタルの巨体をどうにか支えたアーディを他所に、グレイは前に出た。

 

「都市最強を一撃か。こいつがどれだけ強いのかはよく知らないが……」

 

 ──久々の大当たり(Jack pot)だな。

 

 歯を剝き出しにした獰猛な笑みと共に、魔力で背中に貼り付けていた長剣を抜いた。

 握ると共に白銀の刃に灰色の魔力が装填され、鈍い魔力光を放ち始めた。

 

「待て……!」

 

 臨戦態勢に入ったグレイの背中に、死にかけの獣の声が投げかけられた。

 グレイが気怠げに振り向いた先にいたのは、骨という骨、肉という肉を完膚なきまでに破壊されたオッタルだった。

 彼はアーディを押し除け、砕けた大剣を構えんとしているが、すぐに大量の血を吐いて膝から崩れる。

 

「下がってろ、『足手纏い(Dead weight)』」

 

 そんな彼に対し、グレイが投げかけたのは無慈悲な戦力外通告だった。

 死にかけの男を守ってやる余裕はない。もう少し早く着いていれば、こうなると予見できていれば、そもそも戦わせることもしなかったというのに。

 

「お前じゃ無理だ。そのまま寝てろ」

 

 無慈悲に、思いやりの心などないように、彼はオッタルに対して『事実』を叩きつけた。

 ザルドとオッタル。技量も、膂力も、何もかもが比較にならない。()ったところで、時間も命も無駄になるのも明白だ。

 

「仮にも最強が、負けんじゃねぇよ」

 

 ぼそりと呟かれた独白には、ザルドのそれ以上の『失望』があった。

 グレイにとって『最強』とは、決して倒れない者のことだ。どんな敵にも敗れない者のことだ。

 オッタルは彼にとっての『最強』の枠組みから、落ちてしまった。

 もっとも、グレイが設定する『最強(ダンテ)』のハードルがあまりにも高すぎることも理由にあるのだが。

 

「アーディ。早くその死にぞこないを連れて行け」

 

 話は終わりだと言わんばかりにそう告げたグレイは、二人に背を向けてザルドと向き合った。

 結局ヴァニタスは見つからず、たどり着いたのはこの場所だ。

 どこかで暗躍しているだろう奴を野放しなのはいただけないが、目の前の男をどうにかせねば甚大な被害が出るのも確実。

 

「待て……っ!そいつは、俺が……!奴らに負け続けた俺が、奴らを超えねば……!」

 

「お前の事情なんざ知るか」

 

 助け起こそうとしたアーディの手を振り払い、尚も食い下がるオッタルに振り向くことなくそう告げ、ザルドの方に足を向けた。

 具足で周囲に散乱する瓦礫を踏み砕きながら、律儀に待っていた『覇者(チャンピオン)』に、次の『挑戦者(チャレンジャー)』が構えた。

 

「話は終わったか?」

 

「ああ。悪いな、待たせた」

 

 面頬(バイザー)の奥。鉛色の双眸を真っ直ぐに向けながらの問いかけに、グレイは苦笑と共に謝意を述べた。

 二人のやり取りはそれだけだった。なぜ世界を滅ぼさんとするのかの問答はない。

 ザルドから垂れ流される吐き気を覚えるほどの腐臭に関して、言及することもない。

 グレイという空から降ってきた少年の、()()()()()()()()()臭いと気配に関して、言及することはない。

 武器を構えた漢が、戦場で出会ったのなら、やることは一つだろう。

 

「さあ、来い!ガキ!!」

 

「ああ!遊ぼうぜ(Let's rock)!!」

 

 飛び出すのは同時。得物を振り上げるのも同時。振り下ろすのも同時。

 黒の豪閃と灰の斬閃が、交差した。

 尋常ならざる膂力と技量が生み出す二つの剣撃が激突した瞬間、再び大地が悲鳴をあげた。

 駆け抜ける衝撃が今度は物理的な破壊力をもって周囲を一掃し、至近距離で受けたアーディと、立ち位置の都合で彼女を庇うことになったオッタルを吹き飛ばす。

 地面が抉れ、建物は倒壊し、余波だけで周囲に潜んでいた悪魔達が四散する。

 

「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」

 

 二人は雄叫びをあげ、数十の剣撃が一瞬の内に振るわれ、大地が哭き、空気が震える。

 戦場に『覇者』は一人。頂の席は、一つしかない。

猛者(おうじゃ)】が舞台に立つことさえも許されない中、頂に手をかけている灰色の少年が、その頂に至るための戦いに、身を投じるのだった。

 

 

 

 

 




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