ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission15 暴喰

 鼓膜を貫く剣の快音。

 びりびりと震える空気の振動。

 石畳が剥がれ、地面が抉れる轟音と衝撃。

 混ざり合う『覇者』と少年の咆哮。

 残像を残して黒塊が振るわれる度に、灰色の斬撃が迎え撃つ。

 逆に灰色の斬撃が振るわれれば、黒塊が迎え撃つ。

 都市を揺るがす衝撃が二人の周囲の瓦礫や死体が破砕し、地面を抉り取る。

 二人を中心に円形に窪んでいくその様は、さながら闘技場か決闘場のよう。

 そして、そこに立つ事を許されるのはやはり二人。

 刃が重なり合い、その衝撃で互いに円窪地(クレーター)の中央から端まで吹き飛んだ二人は、着地と同時に互いに煽りの言葉を吐く。

 

「さっきまでの威勢はどうしたクソガキ!その程度か!!」

 

「いちいちうるせぇぞ、おっさん!腰痛めないようにしてやってんだ、ありがたく思えよな!」

 

 色褪せた瞳に映るのは、兜を被った『覇者』の怪物を思わせる獰猛なまでの笑み。

 面頬(バイザー)越しの鉛色の瞳に映るのは、不敵なそれを崩さない青年の笑み。

 二人はそんな互いの憎たらしいまでの笑顔を睨みつけ、グレイが動く。

 いいや、正確には何の予備動作もなくブゥン!と空気が唸る音と共にその場から消えた。

 何の手加減も、油断もない。オラリオに来てから初めて見せる、全力の(・・・)瞬間移動(グラウンド・トリック)

 その圧倒的な加速たるや、都市最速(アレン)の動きを容易く見切ったザルドが、ほんの一瞬見失うほど。

 だが、その感情の揺らぎは刹那的で、皆無だった。

 彼は瞬時に黒塊を振り下ろし、自らの懐に飛び込み、下段から刃を振り上げんとしていたグレイを迎撃。

 灰色の斬撃と黒塊の豪撃が激突し、ガキン!と金属がへしゃげるような異音を響かせる。

 ザルドとグレイは互いに体を仰け反らせ、靴裏を地面に擦らせながら数M(メドル)後退した。

 

「〜〜〜!!!」

 

 グレイが骨の髄まで響く衝撃と、骨が軋む鈍痛に唸る中、ザルドは同じ痛みを感じつつも表情には出さず、冷静に今の超速の移動を分析していた。

 取り繕う必要はない。はっきり言おう。見えなかった(・・・・・・)

 どんなに高速で移動しようとも、点と点を繋ぐ線は絶対に見える。様々な修羅場を潜り抜け、『覇者』となった男の目には、むしろ見えないものの方が少ない。

 その筈なのに、今のグレイは見えなかった。消えたと思えば、何の痕跡もなく目の前に現れたのだ。

 

(信じたくはないが、糞爺(ゼウス)が言っていた『転移』か何かの類か)

 

 少年から香る臭いから、彼が只者でないと──人間ではない(・・・・・・)と察していたザルドが導き出したのは、文字通り常識はずれのもの。

『転移』をはじめとした超常の力は、天界で過ごす神の特権だ。力を封じて下界に降りてきた神々では、決して使えない。

 だが、目の前の少年はそれに似たものを何の消耗もした様子も、何かを代償にした様子もなく使ってきた。

 やはり、人間よりも超越存在(デウスデア)寄りの何かなのは明白だ。

 

「いいぞ。お前の肉は美味そうだ」

 

 歯を剥き出しにして笑いながらザルドの呟いた瞬間、グレイは半身になりながら長剣を逆手に構えた。

 長剣に灰色の魔力が迸り、臨界に達した瞬間、少年は「『ドライブ』!」と気合い一閃と共に刃を振るう。

 瞬間放たれるのは、灰色の魔力が濃縮された飛ぶ斬撃。攻撃範囲を絞り、たった一人を確実に殺さんとする絶殺の刃。

 地面を削り取りながら高速で迫るそれを前に、ザルドはくわっと目を見開くと共に大きく一歩踏み込み、黒塊を一閃。

 回避もせず、防御もせず、『覇者』がとった行動はまさかの迎撃であった。

 灰色の魔力は黒塊が激突し、直後拮抗することなく爆裂。灰色の魔力の爆炎が大気を震わせながらザルドを包み、火だるまにする。

 長剣を振るい、刃に纏わりつく魔力の残滓を飛ばしたグレイは、腰のホルスターから双銃を引っ張り出し、爆炎に包まれたザルドに向け掃射。

 人外じみた速度で引き金が()かれ、数十の魔力の礫が殺到する中、爆炎諸共に魔力の礫を切り裂いたのはやはり黒塊。

 鎧に多少の焦げ目をつけ、深紅の外套(マント)を燃やされながらなおも立ち続ける『覇者』は、文字通りの鉄塊である得物を指揮棒のように軽々と振り回し、迫る礫の全てを切り払う。

 

「小癪!」

 

 灰色の魔力が霧散し、靄がかかったように視界が悪くなる戦場。

 その中で響く『覇者』の咆哮にグレイは舌を弾くが、周囲を漂う自分の魔力を見つめて唇の端を釣り上げた。

 双銃をホルスターに押し込み、左手を掲げて大きく開く。

 金属のすれる耳障りな異音と共に、魔具ゴリアテの左手のひらに仕込まれた吸入口が開き、周囲を漂うグレイの魔力の残滓を吸い上げていく。

 

『More!!More!!More!!More!!』

 

 戦闘に巻き込まれて抉れた石畳や瓦礫、それらの破片である小石を巻き込んで吸い上げ、より高純度、高出力の魔力へと変換する。

 空気の流れがグレイを中心に逆巻き、周囲の魔力と瓦礫の全てを吸い込んだ瞬間、

 

『Ignition!!』

 

 籠手から異なる音声が鳴り、籠手具足の魔具ゴリアテの魔力噴射口から大量の魔力が噴き出し、彼の四肢を灰色の炎が包み込む。

 この場にいる中ではグレイにしかわからない。ジェット機のエンジン音にも似た甲高い燃焼音を響かせながら、彼は身を捩って矢を番えるように独特な構えを取る。

 彼の背後で灰色の大炎上が巻き起こる中、グレイは微かな笑みを浮かべ、文字通りぶっ飛んだ(・・・・・)

 彼のいた場所が爆裂する程の踏み込み。音も、光さえも置き去りにする神速。

 ザルドは今度こそ驚倒し、咄嗟に黒塊を盾代わりに構えた瞬間、魔力噴射の加速の勢いも乗せたグレイ渾身の直突き(ストレート)が黒塊に突き刺さる。

 大銅鑼を鳴らしたような大音撃が都市に響き渡り、次いで爆裂の衝撃が都市の全てに襲いかかる。

 大地が揺れ、罅割れていき、都市南西部に致命的な打撃を与える。

 

「ぐっ……!」

 

 そして、それをその身一つで受け止めた『覇者』は、ここで初めて苦悶の声を漏らした。

 拳を受け止めた黒塊にも罅が入り、踏ん張るために両足を食い込ませた石畳が砕け散る。

 骨が髄まで軋み、そのまま砕かれんばかりの衝撃に、ついに肉体が悲鳴をあげたのだ。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 その隙を見逃さず、グレイは雄叫びと共に左の籠手が轟音をあげ、更に魔力を噴射して再加速。

 その瞬間、左拳は魔力の残光を残して振り抜かれ、『覇者』の防御を突き崩した。

 甲高い快音と共に黒塊が完全に粉砕され、ザルドの体が仰け反る。

 そして彼が体勢を整えるより早く、グレイは追撃の為に腰を唸り、今度は右拳に力を溜め、魔力噴射口から大量の魔力が噴き上がる。

 同時に漆黒の板金の下、妖しく蠢く魔界金属(ギルガメス)が拳を包むように変形し、殴ることに最適化された拳具(メリケン)を形作った。

 

「『リアル──」

 

 瞬間放たれる、渾身の腹撃(ボディブロー)

 拳具が『覇者』の鎧に食い込み、鎧に隠された鋼の肉体を撃ち抜き、内臓をひしゃげさせた。

 かはっ!と口から肺の空気を吐き出し、ほんの一瞬硬直したザルドは、痛みに見開いた瞳で確かに見た。

 己の顎下を撃ち抜かんと放たれた、追撃の昇拳(アッパーカット)と膝蹴りの残像を。

 

「──インパクト』!!!」

 

 腹撃(ボディブロー)による初撃。それだけでザルドの体はくの字に曲がり、無防備に頭がグレイの懐に差し出される。

 そして、大兜に包まれていない口元──より正確に言えば、顎に向けて放つ昇拳(アッパーカット)と膝蹴りによる追撃。

『リアルインパクト』。師匠直伝の『必殺』が炸裂した瞬間、爆撃でもされたかのような轟音と、顎を打ち抜く快音が都市を駆け抜ける。

 打ち抜いた昇拳(アッパーカット)の勢いでグレイは跳び上がり、ザルドの巨躯もまた、天高く打ち上げった。

 グレイは空中で身を翻し、足を天に向けて高々と掲げる。くるぶしの魔力噴射口の角度が変わり、空に向けて灰色の魔力を吐き出しながら、力を溜め、

 

こいつはオマケだ(Take this)!!」

 

 顎を打ち抜かれて脳が揺らされたのか、無防備を晒すザルドの脳天に向け、断頭刃(ギロチン)の如く振り下ろす。

 再び鳴り響く快音と確かな手応えにグレイは不適な笑みを浮かべ、ザルドは一条の流星となって近くの建物に墜落する。

 落着の瞬間に再び都市が揺れ、ザルドを着弾地点とした周囲の建物が音を立てて倒壊していくが、それは些細なことだろう。

 空中からそれを見届けたグレイは着地すると、四肢を包んでいた灰色の炎が消え、代わりに大量の煙と熱を孕んだ蒸気を噴き出した。

 

『Extinguishing……』

 

 籠手から漏れるのは力の抜けた声だった。

 今ので全て吐き出しきったのだろう。籠手や具足のあちこちから軋むような異音が鳴り、ぷすぷすと火花と共に焦げ臭い臭いが漏れる。

 

(まさか、壊れたのか……?)

 

 拳の開閉を繰り返し、籠手の具合を確かめたグレイは眉を寄せ、頭を掻きながら溜め息を吐く。

 せっかく手に入れたのに、その日の内に壊したなど笑えない。師匠が見たら、きっと爆笑するに決まっている。

 いや、あの人に笑う資格はない。あの人にかかれば即日損壊は日常茶飯事だ。

 

「まあ、よくやってくれた。助かった」

 

 だが、これは魔具だ。壊れたら修理でもしなければそれで終わりの家電類とは訳が違う。

 

「もう一踏ん張り頼むぜ」

 

 グレイはそんな感謝と励ましの言葉を投げかけながら、四肢を包む籠手と具足に魔力を流し込んだ。

 同時に時が巻き戻るように破損部分が修復されていき、十秒も経たずに新品同然の輝きを取り戻す。

「よし」と胸の前で拳を打ち合わせると、まだまだやれると言わんばかりに応える獣の唸り声を幻聴し、不敵な笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

(どうして、俺がそこにいない)

 

 アーディに肩を貸され、辛うじて立ち上がったオッタルの胸中にあったのは、屈辱であった。

 

(どうして、俺はここにいる)

 

 影も踏むことも赦されない『覇者』を相手に、自分の半分も生きていない少年が喰らい付き、あまつさえ優位を取った。

 自分では、いいやオラリオに生きる古株の冒険者達が一度たりとも成せなかった『偉業』を、あの少年は容易く成し遂げたのだ。

 そしてその様を見せつけられ、全身に浴びせられるのは屈辱の泥だった。

【フレイヤ・ファミリア】が都市最強の派閥となってから、早八年。長い年月の内に研鑽を積み、過去の英雄達に並び立たんとした己の努力が、何もかもが足りていないと突きつけられた感触。

 自覚はあった。まだ足りん、届かんと力に餓える気持ちもあった。だが、そんなものは敗者の言い訳でしかない。

『覇者』に敗北し、所属不明の少年に窮地を救われ、何が【猛者(おうじゃ)】だ。

 

 ──何たる惰弱。何たる脆弱。

 

 かつて、あの『覇者』に告げられた言葉が脳裏をよぎる。

 十五年。それだけの年月をかけても己は未熟のまま。『覇者』の蹂躙を止められず、女神の威光を穢す弱者でしかない。

 

「……ッ」

 

 オッタルは爪が食い込み、皮膚が裂けるほどに拳を握り、体中にある出血箇所に新たな自傷を刻んだ。

 そして少年がこちらを向き、合流せんと歩き出そうとした瞬間。

 

 ──再び、大地が哭いた。

 

 地震と見紛う地響きが都市を揺るがし、『覇者』の咆哮が響き渡る。

 モンスターの咆哮(ハウル)もかくやの、相手に心理的な恐怖を植え付ける絶対強者の咆哮に、アーディは小さく悲鳴を漏らし、オッタルもまた目を見開きながら頬に冷や汗を流す。

 地響きが続く。大地を震動させ、冒険者のみならず悪魔さえも裸足で逃げ出す威圧をもって、『覇者』がこちらに近づいてくる。

 少しずつ振動が強くなっていく。先程から続く地響きが男の歩みにより生まれていることに気づいたのは、やはり彼をよく知るオッタルであった。

 近くの建物が倒壊した。真っ直ぐこちらを目指した『覇者』が壁を突き破り、その拍子に柱が折られ、支えを失ったからだ。

 倒壊の音に紛れ、くちゃり、くちゃりと場にそぐわぬ咀嚼音が混ざっていることに、グレイは気付いた。

 彼は背に回していた長剣を抜き、警戒しつつも自然体のままに身構える。

 そして最後の建物(リングロープ)が倒壊すると共に、更地になった闘技場に『覇者』が舞い戻った。

 舞い上がった煙は逃げるように左右に別れ、『覇者』に道を開けながら、炎に巻かれて消えていく。

『覇者』は、一見すれば敗者のようであった。大兜は無惨に砕かれ、額からは大出血。手に持つのは刃を失った大剣の柄のみで、漆黒の鎧も罅割れ、歪み、焼き焦げている。深紅の外套(マント)も焼け落ち、半分も残っていない。

 遠目から見れば幽鬼のようでいて、死に体にも見えるが、それでもやはり彼は『覇者』だった。

 片腕で引きずるのは偶然落下地点にいただけの哀れな最速の悪魔(ヒューリー)

 頸椎を握り砕かれながら強靭な生命力で死ぬことも出来ず、動くこともできない半死半生の状態の捕食者(プレデター)を口元に運び、強靭な咬合力で深紅の鱗諸共にその肉を食いちぎる。

 鱗を嚙み砕く硬い音を立てながらヒューリーの肉を咀嚼し、噴き出た血をワイン代わりに啜り、纏めて胃の中に流し込んでいく。

 人が悪魔を喰らう。その様を見せられたアーディは困惑する中、事情を知るオッタルは表情に焦燥を浮かべた。

 ザルドが持つレア・スキル──『神饌恩寵(デウス・アムブロシア)』。

 その効果は『強喰増幅(オーバーイート)』。獣、人、モンスターなど万物を喰らうことで自身の能力を向上させる。要は喰えば喰うだけ強くなるという、単純明快にして強力なスキル。

 そんなスキルを持ち、悪食を極めたと豪語する『覇者』が賜った二つ名は【暴喰】。LV.7(・・・)にまで至った、生きる伝説。

 悪魔を喰らい、その迫力を更に絶大なものに変えていく『覇者』を前に、グレイは小さく竦めた肩に長剣を担いだ。

 

「そんながっつく程美味いか?小便みたいな味だろ」

 

「ああ。喰えたものではない」

 

 グレイの煽りにザルドは素直に同意を示すが、それでも生ゴミよりも不快な味と臭いがするヒューリーの肉を貪り喰らう。

 

「なんだ、ガキ。お前も喰った事があるような言い方だが」

 

「師匠に拾われる前に食うに困ってね。何でもいいから食いたい飲みたいで、悪魔を殺しまわる時期があった」

 

 思い出したくもないと険のある表情で小さく息を吐くグレイ。

 そんな彼に向け、ザルドはヒューリーをぶん投げる。

 

「ッ!」

 

 瞬き一つの間に眼前に迫った深紅の砲弾を大上段からの一閃で斬り捨て、生きたまま喰われていた哀れな悪魔は左右に割れた死体に変わり、地面を汚す染みとなった。

 

「何だ、喰わんのか」

 

 ザルドは同じく悪魔の味を知る少年に馳走(ヒューリー)を振舞うつもりで投げ渡していたのか、意外そうな顔でそう告げた。

 そんなザルドに向け、グレイは長剣に血払いをくれながら返した。

 

「ああ。次に食うのはピザかストロベリーサンデーって決めてんでね」

 

 だから、さっさと終わらせるぞ。

 グレイはその言葉を口には出さず、肩に担いでいた長剣の鋒をザルドに向ける。

 

「武器がねぇなんて泣き言いうなよ」

 

 先ほど相手の武器は破壊した。徒手空拳も達人級だとしても、だいぶやりやすくなったのは確かだ。

 そんなほんの僅かな心のゆとり。よく言えば余裕。悪く言えば油断。そんなオッタル達でも、そして本人も自覚がないままに気を緩めた彼を叱咤するように、ザルドは告げた。

 

「ああ。問題ない(・・・・)

 

 その宣言と共に右腕を真っ直ぐ横に伸ばし、

 

「────来い!」

 

 闘技場に響く雷声。ビリビリと大気が震え、グレイが思わず耳を塞ぐ程の大声量。

 何事と警戒を強め、視線をザルドに向けたまま周囲を警戒するグレイは、直後に遠くで聞こえた破砕音と急速に接近してくる魔力に気づき、空を見上げた。

 魔力を纏う紫紺の煌めきが都市を見下ろす厚い雲の中を突き進み、そしてザルドの直上で急停止したかと思えば、垂直に急降下。

 そして、凄まじい破壊を伴いながらザルドのすぐ横の地面に突き立った(・・・・・)

 舞い上がる砂塵。迸る魔力の濁流。グレイは不快さに舌を弾き、魔力を纏わせた長剣を一閃し砂塵を切り裂いた。

 灰色の斬撃が砂塵を切り裂き、そのままザルドさえも両断せんとする中、グレイは確かに見た。

 灰色の斬撃を切り裂く紫紺の一閃を。

 その一閃が魔力を纏い、飛ぶ斬撃となって放たれる瞬間を。

 それに反応できたのは、ひとえに師匠との訓練という名の蹂躙を何度も潜り抜けてきた直感によるものだ。

 そして、その直感のままに盾代わりに長剣を真横に構えた直後、

 

「~~~ッ!!!」

 

 凄まじい衝撃に殴りつけられ、弾き飛ばされた。

 長剣を伝ってきた衝撃が両腕の骨を軋ませ、乾いた音とともに罅が入り、いくつもの裂傷が手のひらから肩までを駆け抜け、鮮血を迸らせた。

 その激痛に目を剝きながら、靴裏を地面に食い込ませ、長剣を突き立てることで急停止。

 彼がいた場所から数M(メドル)に渡って三本の轍が刻まれ、血痕がその色を彩る。『覇者』との距離を開けられたグレイは痛みに耐えるように深く息を吐き、立ち上がった。

 彼が睨む視線の先。そこに佇みのはやはり『覇者』であった。

 血を思わせる臙脂色の短髪。血に濡れた額に刻まれた巨大な獣に切り裂かれたような深く、古い傷痕。

 纏う漆黒の鎧は破損しつつも威風を放ち、千切れかけた深紅の外套(マント)が風に揺れる。

 そして地面に突き立つ『覇者』の得物は、魔力的な紫紺の煌めきを宿す大剣。

 アンジェロ用の大剣に『覇者』が振るうにたる絶対の力の象徴にすべく調整を施した、彼専用の(・・・・)魔具(・・)──与えられた名は『覇者』の二つ名に因んだ『暴食(グラトニー)』。

 黒塊以上の重量を誇るそれを指揮棒のように振って具合を確かめた『覇者』は、その鋒をグレイに向けた。

 

「さぁ、第二ラウンドだ」

 

 そのままクイクイと手招きするように鋒を上下に揺らし、肩に担ぐように構える。

 

「ふざけやがって」

 

 対するグレイは両腕に魔力を回し、骨折と裂傷を治療しながらそう吐き捨てた。

 両腕から蒸気のように灰色の魔力の粒子が噴き出し、時が逆巻くように傷が癒えていく。

 その間、傷を抉られるような激痛に耐え、それしか聞こえなくなる程に喧しい心臓の鼓動に不快そうに眉を寄せる。

 十秒もしない内に傷を完治させたグレイがザルドを睨むと、『覇者』は興味深そうに彼を見つめつつ、一つの問いを投げかけた。

 

「それだけか」

 

「……?どういうことだ?」

 

 問いの意図を読めず、首を傾げるグレイに向け、ザルドは核心をついた言葉を吐いた。

 

「いつまで人間のフリをしている(・・・・・・・・・・)つもりだ。いい加減、本気になったらどうだ」

 

「……ッ!テメェ!」

 

 その話題は彼の逆鱗。決して踏んではならない竜の尾だ。

 だが竜をも屠る『覇者』からすれば、竜の尾を踏むのは日常茶飯。今更何の感慨も抱かない。

 

「他の連中は殺戮を愉しんでいるぞ。お前は混ざらんのか」

 

 グレイを人間としてではなく、怪物として扱いながら、ザルドは告げた。

 

「お前からは悪魔の臭い(・・・・・)が香ってくる。何かと混ざってはいる(・・・・・・)ようだが、その血肉、ほとんど悪魔のそれだろう」

 

「……」

 

 ザルドの言葉に、グレイは言い返さない。静かに目を見開いたかと思えば、すっと瞳を細め、深く息を吐く。

 

「悪魔の力、使わねば俺は殺せんぞ。クソガキ」

 

 さっさと本気を出せ。人間の殻を捨てろと囁きかける『覇者』の言葉への返答は、神速の踏み込み(グランドトリック)からの神速の牙突(スティンガー)だった。

 

「ッ!」

 

 ザルドはその速度に目を剥きながらも素早く大剣で受けるが、凄まじい膂力に押されて突き飛ばされる。

 地面を擦りながら転倒することだけは堪えたザルドは、フッと小馬鹿にするように鼻を鳴らし、グレイを見やった。

 牙突を放った体勢のまま、殺意を全開にしてこちらを睨む怪物(グレイ)の姿を認め、武者震いと共に唾棄するように告げた。

 

「人間の姿であることに拘るか。ならその腹を掻っ捌き、骨の随まで喰らってやる。だから死ね、牙を隠した滑稽な獣のまま」

 

 その挑発が、開戦の合図だった。

 ザルドが飛び出し、グレイが消え、直後剣がぶつかり合う甲高い快音が響き渡る。

 大地が哭き、都市が揺れ、『覇者』の咆哮と少年の殺意がぶつかり合う。

 剣撃と共に放たれる灰色の魔力と紫紺の魔力が混ざり合い、炸裂し、爆裂し、大地を抉る。

 大地が哭き、都市が揺れ、大気が震える。

 都市南西部に壊滅的な打撃を刻みながら、『覇者』と少年の死闘は続くのだった。

 

 

 

 

 

「オッタル!」

 

 己の名を呼ばれ、オッタルはハッとしながら振り向いた。

 そこにいたのは女神の護衛を命じ、後退させた筈のアレンだ。銀槍を肩に担ぎ、満身創痍のオッタルと彼に肩を貸すアーディ。そして奥で『覇者』と死闘を演じるグレイの姿を認め、最初に湧き上がった感情は憤怒だった。

 自分が何のために己を曲げ、この場を任せたと思っている。

 自分が何のために己を曲げ、戦場に背を向けたと思っている。

 いいや、そんな事よりも──。

 

「何て様を晒してやがる、テメェ!」

 

 美神の眷属。その筆頭。決して認めたくはないが、現代最強の強靭な勇士(エインヘリアル)が、何を小娘の肩を借りているのだ。

 

「ふざけんじゃねぇぞ!さっさと立て!テメェの丸太みてぇな脚は飾りか!?」

 

 オッタルの胸倉を掴み、無理やり立ち上がらせながらアレンは吠える。

 悔しいが、オッタルは強い。アレンが知る中では最強だ。必死になって追い縋っても、簡単に突き放してくる傑物だ。

 なのに、今は姿は何だ。一人で立ち上がることもできず、格下の小娘(アーディ)に肩を借り、あの灰色髪のクソガキに庇われる。

 

「何だこの無様は!何だこの体たらくはァ!!」

 

 アレンの激昂は止まらない。在らん限りに目を見開き、血走った双眸でオッタルを睨みながら、胸の内にある炎を吐き出し続ける。

 後ろで響くザルドとグレイの戦闘音をバックし叫んだアレンに、オッタルはその双眸を見つめ返すしかできなかった。

 アレンに無理を言い退かせたというのにこの体たらく。返す言葉もなく、返せる道理もない。

 

「何か言ったらどうだ、あァ!?」

 

 そんな態度が、余計にアレンの神経を逆撫でした。

 オッタルは無口だ、それは間違いない。

 オッタルは話し下手だ。それも間違いない。

 それにしたって、ここまで襤褸くそに言えば言い返すなり、何なら拳で黙らせにくるというのに、それすらもない。

 アレンは額に青筋を浮かべ、尻尾の毛を逆立てながら、更に何かを言おうとした矢先だった。

 

「ザルド様はいつまで遊んでいるつもりでしょうか。私はそろそろ父様と合流したいのですけれど」

 

 彼らの耳朶を、少女の声が撫でた。

 弾かれるように振り向いた先にいたのは、顔を厳重に巻かれた包帯で包んだ少女──ステラだ。

 何かを引き摺りながらこちらに近づくステラは溜め息を吐き、オッタル、アレン、アーディの三人など眼中にないようにザルドとグレイの決闘に視線を向ける。

「君は!?」と驚くアーディの声さえも無視し、ステラは言う。

 

「折角お土産を見繕ったというのに」

 

「「「……ッ!?」」」

 

 彼女の声に導かれるように、彼女が引き摺る何かに目を向けた三人は、ほぼ同時に驚愕に目を見開いた。

 それは、人間であった。一人は翡翠の髪を血で真っ赤に染めた女のエルフ。もう一人は鎧を完膚なきまでに破壊され、兜さえも砕かれた血染めのドワーフの大戦士。

 二人は気絶したまま首根っこを掴まれ、乱暴に引き摺られながらここまで運ばれてきたのだろう。ステラが通ってきた場所には、大量の血痕が帯びを引いている。

 

「そんな……嘘でしょ……」

 

 アーディは気づいた。いいや、オラリオに生きる者で、その二人に気づかない方がおかしいのだ。

 一人は【九魔姫(ナイン・ヘル)】、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 もう一人は【重傑(エルガルム)》】、ガレス・ランドロック。

【フレイヤ・ファミリア】と並ぶ二大巨頭、【ロキ・ファミリア】の副団長と幹部の二人が、既に敗北していた(・・・・・・・・)など、考えたくもない。

 他人の空似であれば良かったのだが、敵対派閥(ライバル)として二人との付き合いも長いオッタルが驚倒している様からして、間違いなく本人だろう。

 

「って、あの大剣はまだ調節中だった筈では?まさか、無断で使用を?父様に何と説明しましょうか……」

 

 驚倒する三人を一切関知せず、ステラは独り言を呟きながら二人を引き摺って進んでいこうとするが、

 

「待ちやがれ」

 

 その行く手を、アレンが阻んだ。

 ステラはこてんと首を傾げて疑問符を浮かべ、立ち止まる様子はない。

 

「そうか」

 

 警告は済ませた。止まる気配なし。【ロキ・ファミリア】を助ける義理はないが、借りを作っておいては損もない。

 何より、苛つきすぎてどうにかなりそうだ。だから、これは酷い八つ当たりではあるが、

 

「──死ね」

 

 都市最速(アレン)は高速の踏み込みと共に、同じく高速の銀槍の突きが放たれる。

 相手は両手が塞がっている。防ぎようがない。心臓を貫いて、それで終いだ。

 だが、アレンの予想はあっさりと崩れ去ることになった。

 

「──遅い、ですね(So slow)

 

 まず聞こえたのは少女の呟き。

 次いで感じたのは硬い手応え。

 三つ目に感じたのは一瞬の浮遊感。

 最後に感じたのは鳩尾に叩き込まれた硬い感触。

 

「──がっ!?」

 

 アレンの口から漏れたのは苦悶の声。驚倒に目を見開いた彼が、鞘に納められたままの刀による刺突を喰らったと理解したのは、吹き飛ばされた瞬間だった。

 痛みに耐えながら空中で身を翻し、乱暴に着地したアレンは鳩尾を押さえ、血を吐きながらステラを睨む。

 そこにいるのは引き摺っていた二人から手を離し、残心するように刀を左手に持ち直した彼女の姿だった。

 アレンが踏み込むのを見てから(・・・・)二人を手放し、腰に帯びていた刀を取り外し、銀槍を迎撃(パリィ)。そのままの勢いで鳩尾に一撃入れてきたのだ。鞘から抜かれていれば、間違いなく胸を貫かれていた。

 

「──ざっけんな……!」

 

 銀槍の石突で石畳を突き、杖代わりにして立ち上がった彼は血と唾と共に悪態を突いた。

 立ち上がるアレンを細めた瞳で冷たく見つめたステラは、面倒そうに溜め息を吐きながら告げる。

 

「本当に()るんですか?時間の無駄だと思いますが」

 

「うるせぇ。轢き殺す!」

 

 痛みを堪え、殺意と戦意を全開にして槍を構えたアレンに対し、ステラはそっと右手を差し出して手招きした。

 

「いつでもどうぞ。何なら、そちらのお二人も加勢しますか?」

 

 ステラは視界の端に映るアーディとオッタルにもそう声をかけ、ついでのように背後に振り向いた。

 

「貴方も加勢されますか?先程から着いてきていましたし」

 

 ステラが振り向いた先にいるのは、水色(アクアブルー)の髪の少女だった。

【ヘルメス・ファミリア】副団長、アスフィ・アル・アンドロメダ。稀代の魔道具作製者(アイテムメーカー)であり、Lv.2の上級冒険者だ。

 どうにかしてリヴェリアとガレスを救出しようとステラを尾行していた。細心の注意を払っていたが、どうやら既に見つかっていたようだ。

 彼女は苦渋に満ちた表情で瓦礫の影から身を出した瞬間、

 

「よそ見してんじゃねぇ!」

 

 アレンの速攻がステラに迫った。

 彼女はアスフィに目を向けるため、背後に振り向いている。正面のアレンは死角。都市最速の、至近距離からの奇襲など、それこそオッタルでさえも対応に苦戦するだろう。

 だがそれは、ステラがオッタルと同格であった場合の話だ。

 

「──やはり、遅いですね」

 

 ステラは向き直りもせず淡々とそう告げて、後頭部に向けて放たれた銀槍を振り向きもせずに掴んで止める。

 

「ッ……!?」

 

「何より軽すぎます。そよ風のようです」

 

 ステラは煽りの言葉を吐きながら今度こそアレンの方に向き直り、パッと手を離した。

 舌打ちしながらその場を飛び退いたアレンが額に青筋を浮かべて憤怒の形相を浮かべ、再び突撃姿勢を取る。

 

「ザルド様が終わるまでなら、付き合って差し上げます。まあ、準備運動にはなりそうです」

 

 全てを轢殺する【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】の全力の殺意を浴びながら、ステラはコートの裾を翻し、鯉口を切った。

 彼女もまた『覇者』の一人。

 隣で続く『覇者』の決闘の音を聞きながら、幼き『覇者』との戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 




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