ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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まだ一話しか出していないのに、たくさんのお気に入り登録、評価、ありがとうございます。
皆様の期待に応えられるよう、頑張ります。

感想でも聞かれましたが、今作の時系列はデビルメイクライ2〜4の空白期です。現状、主人公とダンテは界隈で有名そうなフォルトゥナはともかく、ネロの存在は知りません。

ついでにタグも少し追加しました。


Mission02 ようこそ、星屑の庭へ

 煌々と燃える炎も消え、残るのは焼失した工場の残骸。

 原型を留めず、内部も剥き出しにして無残な姿を晒すそれが、果たして何の工場だったのかグレイには検討もつかない。

 もっと言えばなぜこの工場が燃えていたのかも、アリーゼと名乗った少女と、彼女の仲間と思しき少女たちが何者なのかも、彼女らに縛り上げられるローブの集団が何なのかも、そして彼女らにあちこちから喝采の声が届けられている意味も、何一つとしてわからない。

 先ほど投げかけた「ここはどこだ」という問いにも、「ここはオラリオよ!」と言わなくてもわかるでしょと言わんばかりの返答だけで済まされてしまい、結局どこなのかもわからない。

 

「参ったな、これは」

 

 正直八方塞がりなのだが、何かできる努力はないかと頭を捻る。

 腕を組みながら手頃な瓦礫に腰を下ろし、自分が降ってきた工場上空の雲を見上げ、溜め息を漏らす。

 あの時空の裂け目ともいえる場所に戻れば、元の場所に戻れるだろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えながら、そもそもどうやって雲の中に行くつもりだと自嘲が漏れる。

 

「空は飛べねぇんだよな〜」

 

「……先程から何を言っているのですか?」

 

 アリーゼたちの作業を手伝うわけでもなく、ただ空を見上げながら漏らした独り言が聞こえていたのか、彼の見張りという体で待機指示を出されたエルフ──笹葉のような耳が特徴の種族だ──の少女が声をかけてきた。

 覆面で顔は見え辛いが、腰まで伸びる金髪は絹のように艶やかさで美しく、困惑気味に向けられる空色の瞳もまた穢れを知らない輝きを放つ。

 

「いや、何でも。そういえば名前を聞いていなかったな、お嬢さん(レディ)?」

 

 グレイは笑みを浮かべて誤魔化し半分、弄り半分の言葉を発すると、エルフの少女はどこか不快そうに眉を寄せた。

 ほぼ初対面の相手だし、ほぼ同年代と思われる相手が唐突に馬鹿にするような事を言ってきたのだ。不快に思わない人物の方が稀だろう。

 だが、彼の言葉が間違っているかと言われれば答えは否だ。彼の名前を一方的に知るだけで、彼女はまだ名乗っていない。

 

「……リオンです。お見知り置きを」

 

 そして小さく息を吐いて苛立ちを律したリオンが名乗ると、グレイは小さく首を傾げた。

 彼女はリオンと名乗ったが、それが名前なのか苗字なのか、初対面の自分には判断できない。あるいは苗字を捨てたが故にそうとしか名乗れない可能性もあるか。

 

「フルネームを教えてくれないのは、何かの決まり事か?」

 

「……ええ」

 

 だが、そんな事情知ったことかと投げられた問いかけに、リオンは目を伏し気味に頷いた。

 彼女がフルネームを教えない理由はただ一つ。単に『エルフの習慣』に則ってだ。

 彼女は真に認めた相手でなければフルネームを教えない。今日出会ったばかりの、所属不明、味方かもわからない男に名乗るほど、彼女も馬鹿ではないのだ。

 もっとも、彼女はそんな『エルフの習慣』を忌み嫌って故郷を飛び出したのだが、その習慣を捨て切れていない辺り、だいぶ拗らせているのだろう。

 だが、そんな彼女を事情をグレイがそれを知る由もない。

 

「じゃあ、せめて握手はどうだ?」

 

 彼はすっと黒い指抜きグローブに包まれた右手を差し出すと、リオンは摺り足で半歩、距離を取った。

 疑問符を浮かべる彼が知る由もないことだが、エルフは己が認めた相手以外からの接触を極端に嫌う。手を握ろうものなら、そのまま投げ飛ばされても、腕を斬り落とされても文句はいえないのだ。

 無意識の内にリオンが内包する二つの地雷を踏み抜いたグレイは、それを知らないまま手を差し出した体勢で彼女の反応を待っていると、そんな二人の間にどこか間延びした声が投げられた。

 

「あらあら、空からのお客様。あまりエルフ様を困らせないでくださいな」

 

 ニコニコとした笑みを絶やさず、その声音は琵琶を奏でる法師のように軽やかで、流麗だ。

 所作の一つ一つに気品があり、極東でいう『大和撫子』を体現している。

 グレイはほんの一瞬、見慣れない優雅な動きに魅入るような視線を向けつつ、同時にその動きに一分の隙もないことを──あまりにも戦い慣れている事を鋭く見抜いていた。

 後ろでわちゃわちゃと騒ぎながらローブの連中を捕縛していくアリーゼたちの中でも、彼女とアリーゼが抜きん出ているのではないか、そんな予想が脳裏を過ぎる。

 同時に笑みを浮かべるふりして細められた瞳が、じっとこちらを警戒している事にも勿論気付き、それとなく見つめ返しておくのも忘れない。

 

「このエルフ様は潔癖でございましてね。生娘のように、男と握手するのに抵抗があるのですよ」

 

 げしげしと軽く肘で小突きながら告げられた言葉に、グレイは「そうなのか、悪かったな」と謝りながら手を引っ込めた。相手が嫌だとわかっていても握手を求めるのは、流石に失礼だろう。

 

「いえ。それで輝夜、彼に何か──」

 

「俺はグレイだ、リオン。グレイ・アッシュウォルド」

 

「……アッシュウォルドさんに何か用があるのでしょう。さっさと済ませなさい」

 

 そうして手を引っ込めてくれた彼の謝罪と気遣いに罪悪感を感じつつ、リオンは輝夜に言葉を急かした。

 途中グレイの横槍が入り、気勢を削がれつつも輝夜に対して少々苛立ちが目立つ声音で言うと、輝夜は「彼に挨拶しにきただけですよ」とグレイを見遣りながら相変わらずのニコニコ顔。

 

「挨拶が遅れましたな。私はゴジョウノ・輝夜、今後ともよしなに」

 

 そうして改めて名乗りながら恭しく頭を下げた輝夜の姿に多少の違和感を覚えつつ、グレイも名乗り返す。

 

「グレイ・アッシュウォルド。まあ、短い間だろうがよろしく」

 

「短い間だなんて、何か御用がおありで?」

 

 そして彼が名乗るだけでは味気ないと加えた一言に、輝夜は目敏く反応してみせた。

 唐突に空から降ってきた謎の男、グレイ。何の目的があるかもわからず、どこに所属しているかもわからない彼に関して、何かほんの僅かでもいいから情報が欲しい。

 そんな彼女の胸中を知る由もないグレイは、首肯すると共に苦笑した。

 

「ああ。一応書き置きはしたが、師匠(マスター)の許可なしで飛び出してきちまってな。早く帰らないと面倒を押しつけられる」

 

 掌を空に向けながら肩を竦めて告げられた言葉に、とりあえず彼には師匠がいて、その人物に頭が上がらない事を理解する。

「なるほど」と相槌を打った輝夜はそのまま質問を続けようとするが、彼女よりも早く口が動いたのはグレイだ。

 

「迷子になった犬探したり、不倫調査したり、酒場の用心棒したり、退屈な癖に時間かかる依頼ばっかり押し付けやがって!仕事の選り好みしてると水道もガスも止まっちまうだろうが……っ!」

 

 腕っぷしで敵わない事を理解しているのか、師匠の代わりに自分の膝を殴りながら、師匠に対する悪態を吐き出していく。

「感謝はしてる!してるけどよ……!」と尊敬と軽蔑という、本来なら同居しない感情を声に込めながら、形容し難い複雑な表情で項垂れている。

 図らずも情報を手に入れた輝夜が内心で『こいつ、ちょろいな』と若干嘲りつつ、「それは大変でございますね」と心にもない同情を込めた声音で頷いてやった。

 

 ──いや、待て。迷子の犬探しだの不倫調査だのに、あそこまでの腕前は必要あるまい。

 

 だがそれと同時に、彼が口にした仕事が全てではない事も理解していた。

 つい先ほど見せた神がかりな剣術。様々な戦いを理解し、文字通り人間離れしている自分ですら視認を許されなかった技が、そんな下らない仕事に必要になるわけがない。

 それが必要になる相手は、アリーゼとライラが警戒しつつも興味深そうに覗き込み、おっかなびっくりつついている漆黒の鎧だろう。

 あの鎧と直接相見えた訳ではない。グレイという強者の背中越しに見ただけではあるが、あれが纏っていたドス黒い魔力と迫力は圧倒的なものだった。あれと同等のものを放てるものが、果たしてこの街に何人いるだろうか。

 輝夜がほんの一瞬、そんな思慮と共にそちらに意識を向けた事に、グレイは目敏く気づいていた。

 彼は顔ごとそちらに向き直り、アンジェロの残骸を観察しているアリーゼとライラに視線を向けた。

 

「……たまに管理してる土地に化け物が出たから退治してくれとか、街から人が消えたから何とかしてくれとか、曰く付きの仕事もあるけどな」

 

 もう見られてしまったからか、あるいは彼女らに自分と似た雰囲気──いくつもの修羅場を潜り抜けた戦士の気配を感じたからか、本来口にしてはいけない事をぼそりと漏らしていた。

「左様ですか」と相変わらずの微笑みと共に相槌した輝夜は、内心で『あんなものが、たまにとは言え出没するのか』と冷や汗を流した。

 都市の外には人類の天敵たるモンスターが溢れているとはいえ、あの鎧クラスが出現したとなれば、それは一部の小国の存亡にすら関わるだろう。その国が持つ全ての軍隊が決死の覚悟で挑み、刺し違えてようやく勝てるかどうか、それほどの敵と、あの時感じた魔力と迫力、そして執念から推察する。

 これはとんだ厄ネタだなと、とりあえずで保護の選択をしたアリーゼを若干恨みつつ、小さく溜め息を吐いた。

 横で彼の話を聞いていたリオンは彼の仕事内容に関して怪訝な表情を浮かべていた。

 森から出たばかりの生娘エルフには、酒場の用心棒はともかく不倫調査などの俗っぽい話は馴染みがないのだろう。

 だがそれ以上に、彼女は何かに苛ついていた。眉を寄せてその美貌を僅かに歪めながら、輝夜の事をじっと見つめている。

 

「あらエルフ様、(わたくし)の顔に何か着いていらっしゃいますか?」

 

 相変わらず軽やかで、流麗な声音で輝夜が問いかけると、リオンは我慢の限界を迎えたのか声を荒げた。

 

「輝夜、猫を被る(・・・・)のはやめなさい!貴方のその口調、聞いているだけで腹立たしい!」

 

「……あらあら、エルフ様ったらいきなりなんですの」

 

 リオンの言葉に輝夜は変わらずの声音で返すが、額には薄く青筋が浮かんでいた。

 グレイから情報を聞き出すため、やりたくもない面倒事を請け負ったというのに、アリーゼの言われた通りにグレイの隣にいるだけで何もしないリオンに助け船を出したというのに、肝心のリオンから出たのは感謝ではなくこれだ。

 

「何を偽る必要がある!アッシュウォルドさんに失礼ではありませんか!」

 

 そしてリオンは吼えた。事情もわからぬグレイは首を傾げるが、どうやら輝夜は自分に隠し事をしているようだとは理解できた。

 同時に『猫を被るな』という発言に不快そうに眉を歪めるが、それもほんの一瞬のこと。

 ちらりと輝夜に目を向けて見れば、リオンの言葉の方に意識を割かれているのか、グレイの一瞬の変化にも気づかず、額に薄く浮かんでいた青筋がよりはっきりとしたものにしつつ、笑顔のまま怒気を滲ませていた。

 グレイがこれは巻き込まれるなと溜め息を吐いた瞬間、輝夜の顔から上品な微笑みが剥がれ落ち、次いで張り付いたのは不敵な笑みだった。

 

「何がこの男に失礼だ、この糞雑魚妖精め!」

 

「く、糞雑魚……!?」

 

 そして吐き出された言葉には、先程までの軽やかさも流麗さもない。

 さながら血に飢えた剣客のように、語気を荒げて捲し立てる。

 糞雑魚妖精と呼ばれて狼狽えるリオンを他所に、くわっと双眸を見開いた輝夜は告げた。

 

「私はこの男を信用も信頼もしていない!訳のわからん強さを持つ男が、前触れもなく空から降ってきたのだぞ!?なぜ警戒しない、なぜそこに突っ立っているだけで何もしようとしない!」

 

「アリーゼに彼を保護しろ、そこで見張っておけと言われたからか!馬鹿め、私たちが事後処理をしている間に情報を聞き出すか、多少仲を深めて話を聞き出せるようにしておけ!それすらもできんのか、ポンコツエルフ!」

 

「ポ、ポンコツ……っ!?」

 

「先の戦闘でもそうだ!視野が狭い!判断が甘い!状況把握はもっと温い!あれで仕事をこなしたなどと未熟者が抜かすなよ、青二才が!」

 

「そ、そちらこそ暴れるあまり被害を増やしていた!それに彼を信用していないなど、彼の目の前で言うものではない!貴方の方こそ、本末転倒ではないか!」

 

「言うではないか、糞雑魚ポンコツ妖精ぇ〜〜」

 

「私は糞雑魚でも、ポンコツでもなぁぁぁい!」

 

 言葉による応酬が終わったかと思えば、同時に始まるのは拳と蹴りの応酬であった。

 激昂するエルフと嘲笑を浮かべるヒューマン。質や量は違えど、共に修羅場を潜り抜けてきた二人の攻防は段々と激化していく。

 流石に騒ぎすぎたのか、遠くのアリーゼとライラもそれに気付き、ライラは溜め息を吐き、アリーゼは腰に両手を添え、何故か自慢げに薄い胸を張った。

 

「まーた始まったぜ、頭が固ぇエルフと極東姫様の罵りあい。せめて減点形式じゃなくて加点形式で話し合えよ、不毛だ不毛」

 

「あの二人だからしょうがないわね!これぞ好敵手という感じだわ!」

 

「お前は止めろよ、あほ団長。あのグレイとかいう奴も困ってんぞ」

 

 二人の喧嘩を唯一止められるであろうアリーゼにそのつもりがない事を改めて突きつけられ、嘆息した。

 ライラがじっと見つめる先、目の前で繰り広げられる二人の取っ組み合いを無表情で見つめるグレイは、苛立っているようで激しい貧乏揺すりを繰り返していた。

 そして小さく溜め息を吐いた瞬間、彼の姿がぶれた。

 音もなく立ち上がり、喧嘩する二人の後頭部をそれぞれ掴み、思いきり引き寄せて二人の額を激突させる。

 寄せられるがまま二人の額は激突し、頭蓋骨が割れんばかりの衝撃に二人が膝から崩れ落ち、悶え苦しみ始めた。

 そして、二人の悲鳴に混ざってゴッ!と鈍い衝突音が辺りに響く。

 

 ──それは音を置き去りにする、問答無用の折檻であった。

 

 あまりの速さに全く反応できなかった輝夜とリオンは痛みに喘ぎながら驚倒し、全く視認できなかったライラは遠くを見るような目になりながら溜め息を吐き、アリーゼは「喧嘩両成敗ね!」と何故か笑みを浮かべた。

 グレイはそんな二人を尻目に瓦礫の上に座り直し、冷たく見下ろしながら一言告げる。

 

「──喋るな(No talking)

 

 鬱陶しいぞと腕を組み、小さく溜め息を漏らす。

 痛みに悶える二人は額を押さえながら涙目で彼を睨むが、グレイは一切気にもとめない。

 

「アリーゼ、今の音は何だ!敵襲か!」

 

 そんな中、燃えた工場の敷地に入ってきた一団があった。

 剣や鎧で武装した幾人もの人物と、そんな一団を率いる一人の麗人。

 うなじの位置でばっさりと切った藍色の髪に、深いスリットの入った同色の戦闘衣(バトル・クロス)

 身長はグレイと同じか、少し高い程度だろうか。年齢も少し上の印象を受ける。整った怜悧な顔立ちは、組織の上に立つもののそれだ。

 そして、先の声はその先頭の麗人のもののようだ。

 

「あ、シャクティ!来てくれたのね!」

 

 そんな麗人──シャクティ・ヴァルマにアリーゼが親しげに声をかけ、同時に敵はいないわと彼女の憂いを断った。

 そうかと頷いた彼女は自分に続く部下たちにローブの集団の捕縛と連行の指示を出すと、視界の端に捉えたグレイと彼の前で蹲るリオンと輝夜の姿を認め、怪訝そうに眉を寄せた。

 

「彼は何者だ?それに、二人に何があった」

 

「あの人はグレイって言うの。えっと、信じてくれないだろうけど、空から降ってきたのよ」

 

「……ここに来るまでの道中、この工場に何かが降ってきたと通報があった。それが彼か」

 

「ついでに、あそこでぶっ倒れてる鎧もな」

 

 いつの間にかアリーゼの隣にいたライラがシャクティの部下たちに囲まれている鎧──アンジェロの残骸を指差しながら言うと、シャクティは余計に眉間の皺を深め、顎に手を当てて思慮する様子を見せた。

 ここ最近頻発する工場への襲撃と、鎧と共に落下してきた謎の人物。その二つの不可解な出来事が何か繋がりがないか、考えているのだろう。

 そしてもちろん、欠片も関わりのない二つの出来事に共通点などない。

 

「あの鎧に関しては我々ではなく、【ヘファイストス・ファミリア】や【ゴブニュ・ファミリア】に調べさせた方が得策か。鍛治に関してはあちらの方が明るい」

 

「それもそうね」

 

「天下の【ガネーシャ・ファミリア】も、あれに関しては知らねぇんだな」

 

 シャクティの意見にアリーゼが頷き、ライラは若干の皮肉を交えて告げた。

 シャクティたち【ガネーシャ・ファミリア】は、アリーゼたち【アストレア・ファミリア】同様、街の治安維持のために日夜努力を続けている組織だ。

 その規模は【アストレア・ファミリア】の比にならない程に大きく、アリーゼたちがこうして一つの工場を守らんとかけずっている間に、他の事件事故の対応をしているのは彼らだ。

 故に、自分たちでは知らない何かを掴んでいるのではないか、そんな薄い望みを抱いていたのだが、あっさりとそれは打ち砕かれた。

 遠くで聞き耳を立てていたグレイは【ファミリア】ってのはなんだと首を傾げるが、敵意剥き出しで睨んでくる輝夜とリオンに聞ける雰囲気でもない。

 意味不明な用語が飛び交う中でも、アンジェロの残骸を調べようとしているのは理解できた。

 アンジェロに関しては、どうせあれはもう中身が空になった魔界産の鎧だ。調べたところで何もない。安全なはずだ。

 彼はとりあえず預けても大丈夫だろうと判断するが、その魔界産であること──つまり、全く未知の素材と技術で作られている──というのが特大の爆弾であることを見逃しているのは、未熟が故だろうか。

 あるいは人間界の技術で魔界の技術を再現できるわけがないと、たかを括っているのか。

 そんな彼の胸中など知る由もないアリーゼ、ライラ、シャクティが込み入った話を始める中、グレイは溜め息を吐いて輝夜とリオンに目を向けた。

 輝夜はようやく痛みが引いたのか頭を押さえながら立ち上がり、リオンは未だに蹲って痛みに喘いでいる。

 だらしないと嘲るように見下ろす輝夜にリオンは吠えようとするが、先の折檻が効いているのか声を荒げることはない。

 そんな険悪な三人の間に、一つの声が投じられた。

 

「あれ?リオン、大丈夫?おでこ真っ赤になってるよ」

 

 現れたのは美しい、より、可憐、という言葉がよく似合う少女だった。

 短くまとめられた薄蒼色の髪もあって中性的(ボーイッシュ)な印象を受けるが、リオンやアリーゼよりも膨らんだ胸や、くびれた腰が服の上からでもはっきりわかる。青を基調とした戦闘服(バトル・クロス)はシャクティのそれに似ている。

 

「ア、アーディ……」

 

 そして彼女──アーディの登場に、リオンは友人に見られたくなかった恥部を見られてしまったかのように、顔を青ざめさせながら声を震わせた。

 

「そうだよ!品行方正で人懐こいシャクティお姉ちゃんの妹でリオン達と同じLv.3のアーディ・ヴァルマだよ!じゃじゃーん!」

 

 今にも泣き出しそうなリオンを励ますように、アーディは両腕を広げて満面の笑みを浮かべた。

 輝夜は呆れた眼差しで見つめ、グレイはLv.3ってなんだと首を傾げる。

 そんな二人の視線と疑問にも気付かず、アーディはリオンに手を貸して立ち上がらせると、グレイに目を向けて「この人は?新人さん?」と問いかけるや否や、彼に右手を差し出した。

 

「改めて、アーディ・ヴァルマだよ!よろしくね!」

 

「グレイ・アッシュウォルド。よろしくな、アーディ」

 

 問答無用で距離を詰めてくるアーディに多少は狼狽えつつ、差し出された手を握り返して笑みを向ける。そして、そんな彼女の距離をこちらからも詰めるように呼び捨てにした。

 ヴァルマという姓といい、先程の発言といい、何となく似ている顔立ちといい、アリーゼと話し込んでいるシャクティの妹というのは間違いなさそうだ。

 そんな勝手に列を離れて友人らに突撃した妹に向け、シャクティは溜め息を吐きながら「アーディ、作業に戻れ」とお叱りの声が届けた。

「は〜い」と気の抜けた返事と共にシャクティに背を向け、べっと舌を出した。

 無論、それにも気づいているシャクティは再び溜め息を吐いた。叱咤の言葉を投げないのは、もはや諦めているのか、好きにさせる方が妹のためと想っているのか。

 

「アリーゼ、本当にいいのか?あのグレイ・アッシュウォルドという男、はっきり言って怪しいが……」

 

 シャクティは目を細め、今しがた妹と握手していた男、つまりグレイに関しての話題を出した。

 突如として無人で動く鎧と共に工場の屋根を突き破り、落下してきたという不審者。今はああしてリオンと輝夜が監視しているとはいえ、本来なら拘束し、然るべき場所に連行するべきだろう。

 だが、それをしない。正確にはできない。

 

「やめとけよ、アタシらじゃ何人束になっても敵わねぇ」

 

 ライラが最大限警戒しながら呟いた言葉が真実であった。

 鎧との降着直後に見せた一瞬の攻防。

 輝夜とリオンを一瞬で黙らせた光景。

 彼が見せた戦闘ともいえないそれだけで、ライラは彼と自分たちの中で決定的な、それも次元の違う差を痛感させられていた。

 数を揃えればどうにかなるとか、策を弄すればどうにかなるなど、そんな甘い考えさえも許されない、絶対的な差を。万が一戦闘になり、戦いが始まってしまえば、この場にあるほとんどの者が殺されるのは間違いない。

 隣のアリーゼも珍しく神妙な面持ちで頷くと、すぐにいつもの笑みを浮かべて胸を叩いた。

 

「まっかせておいて、シャクティ!私たちとアストレア様が、上手く話をしてみるから!」

 

 その自信がどこから来るのか、シャクティにもライラにもわからなかったが、彼に何かしらの対応を──敵対以外の何かが必要なのは確かだ。

 

「あんまり貧乏くじは引きたくねぇけど、今回はやるしかなさそうだな」

 

 ああ、ちくしょうと悪態を吐きながらライラがアリーゼの意見に賛同すると、シャクティは「そうか」と短く告げて、グレイへの対応を彼女らアストレア・ファミリアに一任した。

 

「ならば、ここの後処理は任せろ。ギルドへの報告もこちらでやっておく。お前たちは本拠(ホーム)に戻れ」

 

「うん、お願いね。彼のことは任せて!」

 

 シャクティと簡単に役割を分担し、彼女率いる【ガネーシャ・ファミリア】が工場やその襲撃犯に関する処理を、アリーゼら【アストレア・ファミリア】がグレイに対応することとなる。

 

「それじゃ、皆撤収するわよ!グレイも私たちに付いてらっしゃい!こっちからも聞きたいことが山ほどあるし、貴方からの質問にも出来るだけ答えてあげるわ!」

 

 アリーゼの号令に【アストレア・ファミリア】の少女らが一切に応じるが、肝心のグレイは「りょ〜かい」と面倒くさそうにしながらも軽く右手を挙げて応じた。

 彼女からも聞きたいことがありそうだし、こちらとしても聞きたいことが山積みなのだ。多少の苦労なら我慢できる。

 

「それじゃ、帰りましょう!アストレア様のもとへ!」

 

 

 

 

 

 半焼した工場から出ると、空はすっかり暗闇に包まれていた。

 闇夜という言葉が相応しい程に暗く、厚い雲が覆っている中、隙間からはか弱い星光が漏れ出ている。

 通りを歩く都合十二人。火災を食い止めた正義の派閥に、すれ違う人々は声を上げて称え、感謝の言葉を送る。

 一部の興奮しながらも冷静さを保つ民衆からは、見慣れない男──つまりグレイが、少女のみで構成された【アストレア・ファミリア】と共に歩いている光景に首を傾げるが、年頃が彼女らと近いことに気付いたのか、新しい団員だろうと勝手に納得していた。

 アリーゼを始め、【アストレア・ファミリア】の少女たちが歓声に答えて手を振り返す中、グレイは居心地悪そうに息を吐く。

 自分は何もしていないのにその賞賛に含まれてしまう罪悪感と、時折向けられる嫉妬のような視線、そして、

 

 ──相変わらず、見られてんな。

 

 オラリオの中央に聳える白亜の摩天楼から注がれる、好奇心に突き動かされるまま無遠慮に、けれど汚物を見るような嫌悪感を滲ませる複雑な視線が、突き刺さってくるのだ。

 誰だこの野郎と悪態をつきながら、ここからでは対応のしようがないと諦めたグレイは、アリーゼたちに誘導されるがまま道を進む。

 大通りを抜け、街路をいくつか折れ曲がり、閑静な住宅街へ。

 一歩を踏み出すたび、理由も分からぬ悪寒が走り、背中に脂汗が滲む中、グレイはそれを表情に出すことなくアリーゼたちに追従する。

 そうしてたどり着いたのは、オラリオの北区画。その片隅。

 アリーゼたち【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)──星屑の庭だった。

 決して大きくはない、けれど瀟洒(しょうしゃ)な白い館の玄関を開けると、そこに待っていたのは一人の、人並外れた雰囲気を纏う女性であった。

 誰であっても、一目でわかる。

 彼女が善なる者にして、慈悲、あるいは慈愛に満ちた人であることを。

 それほどまでに彼女が纏う空気は優しく、正しく、清らかだった。

 胡桃色の長髪が背中に流れ、双眸は星界を思わせる深い藍色。

 女性らしい、なだらかな線を描きながら、けれどしなやかな肢体を包んでいるのは、穢れを知らない純白の衣。

 その物腰を含めて、貞淑な貴女を彷彿とさせるが、深い谷間をつくる双丘だけが悩ましいと言える。

『女神』という言葉、彼女のためにあるのではないか。

 万人がそう宣言するであろう程に、彼女は清廉で、美しかった。

 だが、グレイは違う。彼女が視界に入った瞬間、心臓が跳ね、顔に嫌な脂汗が滲む。

 彼女が纏う独特な気配──人間とも、悪魔とも違う異質な力を前に、困惑し、僅かに恐怖さえも抱いていた。

 世界を滅ぼす悪魔だろうが、世界を飲み込む暴魔だろうが、恐れず立ち向かえると豪語するグレイが、一目見ただけで危険を察知したのだ。

 目の前の存在を何としてでも滅せ、それが駄目ならすぐに逃げろと、体に流れる血が訴えかけてくる。

 反射的に背負った長剣を握ろうとした右手を左手で掴んで止め、深呼吸をしてうるさい心臓と乱れた呼吸を落ち着かせる。

 不思議そうに見つめてくるアリーゼたちが向ける言葉に、残念ながら返す余裕はない。

 そしてその女性もまたグレイに目を向けた。同時にほんの一瞬の驚愕と警戒を露わにするが、すぐに何かに気づき、どこか悲しむような、同時に慈しむような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 

「はじめまして、私はアストレア。アリーゼたちがお世話になったみたいね」

 

 彼女こそ女神(・・)アストレア。アリーゼたち【アストレア・ファミリア】の主神にして、正義を司る超越存在(デウスデア)

 秩序の絶対なる味方、善なる神の一柱であるアストレアを前に、グレイは一人、本能的な恐怖に耐えながら、爪が食い込み、血が滲み出るほどに右手を掴み続けるのだった。

 

 

 

 

 




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