ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission16 失墜

 アレンが睨み、ステラが笑う。

 そんな異様な戦場で先手を取ったのは、やはりアレン。都市最速の面目躍如の超高速の銀槍の煌めきが、残像を残しながらステラに見舞われる。

 その一つ一つが必殺であり、絶殺。モンスターが相手であれば、突いた分だけ命を穿つ、冒険者の道を極めんとする者の業だ。

 だが、ステラはモンスターではない。更に言えば、人間ですらない。

 体捌きのみでその連撃を避けていたステラはふぅんと僅かに感心したように唸ったかと思えば、抜刀一閃。残像さえも残らぬ神速の銀閃が、アレンの突きを容易く弾き飛ばす。

 

「クソが!」

 

「口が悪いですよ」

 

 無様に体を仰け反らせ、追撃を防ぐために槍を手繰り寄せた彼に放たれるのは、攻撃ではなく口撃。この場において何の意味もない、大人が子供を叱りつけるような叱咤の言葉だった。

 ビキリと音を立て、アレンの額に青筋が浮かぶ。

 強者の余裕。いいや、こちらを舐め腐っているクソガキの態度が気に入らず、胸の内で怒りの炎が燃え上がる。

 そして怒りを燃料にして、戦車はその速度をあげた。

 風景が引きちぎれる。数M(メドル)開いていた間合いが一瞬でゼロに。ヒューリーとの戦いでも出なかった今日一番は速度。今日一番の一撃。

 だが、それでも──。

 

「遅い」

 

 ステラは嘆息混ざりに腕を振り、放たれた銀槍の攻撃を弾く(パリィ)

 もはや刀さえも使わず、高速で迫る槍の側面を叩いて逸らすという隔絶した技量を見せつける。

 ステラの背後、そんな神業を見せられたアスフィが息を呑み、アーディが「嘘でしょ」と畏怖の声を漏らしていた。

 アレンはLv.5。都市が誇る最高戦力の一人だ。だというのに、少女はそれを歯牙にもかけない。

 ただ一人、オッタルだけが冷静に目を細め、その動きを見切らんとしていた。

 そしてそんな外野の反応を知る余裕は、アレンにはない。

 暴れ回る銀槍。迎え撃つ手刀。せめて刀を使わせてみなさいと、少女の嘲笑がアレンを煽る。

 アレンが速度をあげる。ステラの速度もあがる。ならばとアレンの速度がまたあげる。そして、無慈悲にステラの速度が二段あがる。

 もはや視認さえも許されない速度に突入した二人の攻防は──一方的に攻め、一方的に避けるだけの一方通行の攻撃は、やはり少女を捉えられない。

 更に言えば、コートの袖や裾にさえも傷一つつけることを許されず、銀槍は空を切り続ける。

 

(クソが……!)

 

 包帯に包まれているが、わかる。今、ステラが嗤っていることが。

 

(クソが……!!)

 

 槍撃を防がれる度に解らされる。今、目の前にいる相手が正真正銘の化け物であることが。

 

(クソが……!!!)

 

 こうして面と向かい合っているから、わかる。餓えた獣のように細められた瞳が、自分を見ていないことが。

 

「クソが!!!!」

 

 アレンの怒号と共に、槍撃が放たれる。

 地面に対して水平に走る、銀色の流星を想起させる最速の一撃。

 それに対してステラは興味の欠片もないように、やはり手で払う。

 弾かれる。弾かれた穂先が天を向き、アレンの体が仰け反る。そして追撃は、

 

「……はぁ」

 

 ない。あったのは『失望』と『侮蔑』が凝縮された溜め息一つ。

 アレンは堪らずその場を飛び退き、息を整えながらステラを睨みつけた。

 なめられている。確実に、こちらを見下している。いつでも殺せるからと油断している。そして、油断しているステラを殺せぬ程に、自分が弱すぎる。遅すぎる。

 憤激が視界を赤く染める。銀槍を掴む手に力が籠る。全身の毛が逆立つ。

 気高き女神の戦車として、己を律し、敵を轢き殺す事のみに注力する。そう、自分は戦車だ。熱くなりすぎた自分に言い聞かせる。

 ふーっと深く息を吐き、姿勢を低く。槍を携え。突撃態勢に。

 それでもステラは構えを見せず、備えは念の為と鯉口を切っている程度。

 舐め腐っているあのクソガキに吠え面をかかせる。そして、殺す。

 

「──ッ!」

 

 槍に宿る冷たくも激しく荒れ狂う殺意。

 ステラはそれに感心しつつ、瞳を細めた。彼の殺意に返答するように彼女も殺意を放ち、濃密なそれが空間を歪ませる。

 絡み合う猫人(キャットピープル)と悪魔の視線。混ざり合う殺意。膨ら敵意。

 それらが最高潮に達した瞬間、アレンは光になった。

 地を駆ける流星となり、音を置き去りにする超速。彼のいた位置から一条の閃光が駆け抜ける。

 アーディとシャクティの動体視力を引きちぎり、オッタルでさえも驚倒する速度。例え名のある冒険者であっても、対応不可の速攻。

 

「──で、それが何か」

 

 だが、それすらもステラは嘲笑う。

 迫る銀槍を冷たく見つめ、抜刀と共に振るった迎撃の一閃が最速の槍撃を甲高い快音と共に弾き返す。

 

「〜〜〜ッ!!?」

 

 巨人に殴られたような衝撃に目を見開き、体勢を崩されるアレン。

 

「お話にもなりませんね」

 

 ステラはそっと目を細め、彼が体勢を整えるよりも速く刃を翻し、袈裟懸けに刃を振おうとした瞬間、

 

「おおおおおおおお!!」

 

 少女のこめかみに向け、鉄塊の如く固められた拳が打ち放たれた。

 血に濡れ、骨が砕け、それでもなお握り締められた【猛者(おうじゃ)】の拳。

 アレンの矜持(プライド)を無視し、横槍を入れたのはオッタルだ。

 彼の豪拳が眼前に迫る中、ステラはアレンを切り伏せんと振り上げた刃を更に翻し、その腹で彼の拳を受け止めた。

 

「ぐっ!?」

 

 重々しい音と共にピタリと止められる拳。拳から滲んだ血が刃を這い、鍔と少女の手を濡らす。

 

「オッタル!?」

 

 満身創痍とはいえ、最強の男の横槍にアレンは怒りを抱く前に驚きを露わにするが、直後、二人に対して何条もの銀の閃光が駆け抜けた。

 オッタルが纏っていた襤褸同然の鎧が砕かれ、アレンが纏う軽い鎧が切り裂かれる。

 刃が鞘に納まる鍔鳴りの音も共に噴き出す鮮血。口から血と共に溢れる苦悶の声。アレンは膝をつきかけるが、オッタルは血走った瞳を見開き、刻まれた裂傷など構わず、再び拳を振るった。

 少女はひらりと身を躱し、続く拳の乱打の追撃を嫌がりその場を飛び退く。

 空中で身を捻り、軽やかな回転を見せつけながら音もなく着地。

 

「てめぇ、どの面下げて来やがった!先に轢き殺されてぇのか!?」

 

 そんなステラを睨みながら、アレンが怒りの矛先を向けるのはやはりオッタルであった。

 種類は違えど獣人同士。獲物の横取りはさせんと猫は猪を威嚇する。

 だが横目で様子を窺った時、アレンは僅かな驚愕と、同時に苛立ちを募らせた。

 息を乱し、全身から出血するオッタルはアレンには一瞥もくれず、ただステラを見ている。

 その瞳に宿るのは危惧だった。『覇者』を前にした時と同じく、ただ一人の少女が女神の障害になると確信し、どんな手を使っても排除すると、激痛と屈辱に見開き、血走った双眸が告げている。

 アレンは再び舌を弾いた。悔しいが、あの少女は強い。認めたくもないが、今の自分では届かぬ窮地に手を届かせている。

 

(あのすましたクソガキは俺が轢き殺す!)

 

 本音はそうだ。あの少女は俺の獲物で、絶対に逃がさないし、誰かに譲るつもりもない。

 だが女神の障害を排除せねばならない。この混沌とした状況で、少しでも女神の憂いを減らせるのであれば、手段を選ぶつもりもない。

 だからこそ彼は己の非力を棚に上げ、泥を飲み込み、我を殺す。全ては女神のためだ。

 

「都市最強と都市最速のコンビですか。片方が既に死に体なのは残念ですが……」

 

 並び立つ両雄の姿に、ステラの声音が変わる。

 相手を見下す下劣なものから、獲物を定めた狩人(ハンター)のものに。強者を前に奮い立つ戦闘狂のものに。

 

「では、()りましょうか。少し本気を出してあげます(Now i'm a little motivated)

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 そしてステラが意気揚々と抜刀せんとした瞬間、濃密な魔力が唸りをあげ、彼女の足元に炎を纏う巨大な魔法円(マジックサークル)が展開。耳を弄する轟音と共に極太の炎柱が噴き出し、彼女の小柄な体を包み込んだ。

 轟音。高熱。衝撃。その三拍子が余すことなくステラを襲い、小柄な体が炎の中に消えていった。

 オッタルとアレンが弾かれるように目を向けた先にいたのは、アスフィに支えられながら杖を掲げるリヴェリアと、同じくアスフィに渡された秘蔵の|万能薬(エリクサー)で全快したガレスだった。

 

「ぬぅぅぅらああああああああああ!!!」

 

 彼は剛腕で近くに転がっていた石柱を掴み上げ、それを担いで炎柱に突貫。

 直後、魔法円(マジックサークル)諸共に炎柱を切り裂いた斬撃の嵐に巻き込まれ、鉄骨諸共に全快した肉体に数十の裂傷を負わされる。

 魔力の残滓と火の粉が散る爆心地に立つのは、無傷のステラ。纏うローブも、頭を包む包帯も、その隙間から溢れた銀色の髪も、何一つ焼き焦げることなく、文字通り無傷のまま、彼女は炎が纏わりついた刀を振るう。

 

「まだじゃああああああああああああ!!!!」

 

 だが、ドワーフの大戦士は止まらない。怯まない。

 倒れかけた体を地面に踵をめり込ませて踏ん張らせ、拳を構えて更に前へ。

 大木の如く剛腕を唸らせ少女に向けて鉄拳を放つが、彼女は軽く身を捻るだけでそれを避け、お返しと言わんばかりの前蹴りをガレスの鳩尾に叩き込んだ。

 肉が潰れ、骨が砕ける打撃音を響かせながら、ガレスは再び砲弾となって近くの瓦礫の山に激突。それを破砕した。

 

「オオオオオオ!!」

 

「シッ!」

 

 足を振り抜いた無防備な一瞬。オッタルの雄叫びと、アレンの疾走の音が鼓膜を揺らし、ピクリとステラの眉が動いた。

 振るわれる剛腕、放たれる銀槍。迫る拳撃と槍撃。対するステラは、地面に着いたままの足一本で跳躍。

 左右から迫る二つの絶殺の攻撃を飛び越え、都合よく足元に来た銀槍を踏み台に更に跳躍(エネミー・ステップ)

 そして足元に魔法陣を展開し、それを足蹴にして更に上昇(エア・ハイク)

 

失せなさい(Be gone)!!」

 

 そして最高高度に達した瞬間、炎を纏ったままの刀を大上段に構え、急降下と共に振り下ろした。

 

「ッ!?」

 

 重力を無視し、残像を残す程の超速度。

 紅蓮の炎が旗のように尾を引き、闇を切り裂く一閃が、オッタルの脳天に向けて振り下ろされ、彼はその場を飛び退くことで回避。

 直後、オッタルのいた場所に刃が振り下ろさせ、鋒が地面と触れた瞬間に地面が爆発。

 砂塵が舞い、小石が弾丸となって四方八方に飛び散り、冒険者達に襲いかかるが、その程度で殺らせる程彼らは弱くはない。

 オッタルは拳で、アレンは銀槍で迫る礫の全てを迎撃し、リヴェリアは身を屈めてやり過ごしながら、再び杖を掲げた。

 

「【ヴェール・ブレス】!!」

 

 詠唱の果て、発動したのは緑光を帯びる妖精の王の加護。

 オッタルを、アレンを、アスフィを、アーディを、そして瓦礫の山から這い出たガレスを、半透明の魔布(ヴェール)が包み込んだ。

 物理、魔法、両属性から庇護者を護る、リヴェリア謹製の『鎧』だ。

 

「焼石に水だろうが、ないよりはマシだろう。好きにやれ!」

 

 リヴェリアは前衛二人に向けて声を張り上げ、アスフィとアーディに向けて更に叫ぶ。

 

「二人はフィンの所に行け!この状況を早く伝えなければ……っ!」

 

「わ、わかりました!アーディ、行きますよ!」

 

「う、うん!えっと、ご武運を!」

 

 切羽詰まるリヴェリアの迫力にアスフィが圧倒されつつもどうにか首肯し、アーディも続いて応じると、彼女はちらりと背後を──ザルドとグレイの決闘に目を向けた。

 灰色の斬撃と紫紺の豪撃が激突を続け、今もなお都市を揺るがし続けている。もはや自分の目ではどちらが有利なのか不利なのか判断もできない、超常の戦いが繰り広げられていた。

 だが、それでも確実に言えることが一つ。

 

(負けないで、グレイ……!)

 

『覇者』を止められるのは、彼しかいないということだ。

 

 

 

 

 

 灰色の剣閃が、尋常ならざる魔力を纏う紫紺の覇撃を迎え撃つ。

 打ち合うたびに鳴り響く快音と、魔力が混ざり合う放電現象(スパーク)にも似た音がグレイとザルドの鼓膜を揺らし、爆ぜた魔力が礫となり、グレイの肉体を焼き焦がし、ザルドの鎧に傷をつける。

 

「オオオオオオ!!」

 

「ッ!!」

 

『覇者』の咆哮と共に紫紺の豪撃が大気を切り裂き、それを正面から受けたグレイはその衝撃に瞠目し、勢いのままに弾かれた。

 至近距離で巻き起こる魔力の爆裂により、全身に負わされる裂傷と火傷。その激痛もさることながら、『覇者』の一撃はあまりにも重い。

 グレイにはもはや強がりの(・・・・)笑みを浮かべる余裕さえもなく、全力をもった抵抗(・・)をすることしか出来ていなかった。

 喰われてなるものか、死んでなるものかと、生物としての本能が心臓の鼓動を速め、体の末端まで血液と共に魔力を循環させる。

 上がる速度。重くなる覇撃。より濃密になる紫紺の魔力。それに抗うようにグレイの速度も上がり、『覇者』の剛撃に対する迎撃の精度も上がる。

 抉れた地面を踏みしめ、時にはそのまま踏み砕き、渾身をもって刃を振るう。

 剣がぶつかり合う快音と共に大地が揺れ、頬を掠めた剣圧と魔力の残滓だけで肉が抉り飛ばされる。

 

「づ……!」

 

 剝き出しになった歯を食い縛り、惨め悲鳴を上げる事だけは耐えたグレイは、お返しと言わんばかりに一瞬で弓を引き絞るような独特の予備動作を終わらせ、得意の牙突(スティンガー)を放つ。

 大気の壁を突き破り、魔力的な灰色の煌めきを宿した刃は紫紺の鉄塊に阻まれるが、その衝撃でザルドを数M(メドル)後退させた。

 お互いに深く息を吐き、頬や額に貼りつく汗をそのままに、睨み合うことほんの数秒。

 ザルドはその一瞬で完璧に呼吸を整え、グレイは抉られた頬を完全修復。

 その互いのほんの一挙動が生み出した静寂が都市に住む者全ての不安を煽り、これが決着の静けさである事を祈り始めるが、すぐさまそんな救いはないと現実を叩きつける。

 ザルドが咆哮をあげ、グレイが応じる。

 踏み込み、振りかぶり、振り下ろす。この短時間で何度も繰り返したそれだが、結果は先程までとは違った。

 

「ッ〜〜〜!?」

 

 剛力に押し切られ、刃が弾かれる甲高い金属音と共に仰け反ったのはグレイだった。

神饌恩寵(デウス・アムブロシア)』による身体能力(ステータス)の強化と、度重なる回復と長剣の補強による消耗が重なり、二人の差をより明確なものへと変え始めていたのだ。

 長剣を弾かれた勢いで無様に上半身を後ろに流し、無防備を晒したのはほんの一瞬。

 だが、その一瞬は『覇者』にとってはあまりにも長い。

 グレイが体勢を整えるよりも速く放たれた切り返しの豪撃がグレイを捉え、袈裟懸けに彼の肉体を斬断し、魔力の余波が彼の全身をくまなく破壊していく。

 ごぼりと口から血が溢れ、体から力が抜ける。視界が点滅し、掠れ、意識が薄まっていく。

 ()が急速に迫る懐かしい(・・・・)感覚が、澱んだ意識を撫でていった。

 

「──終わりだ」

 

『覇者』は紫紺の鉄塊を振り上げる。断頭台に昇った罪人を断罪する執行人のように、振り下ろす。

 グレイを脳天から切り裂くには十分な、『覇者』による介錯。

 そんな『死』が迎えに来たことさえも曖昧で、ただ介錯に身を任せる他にない。力を失ったグレイの瞼が閉じた瞬間、ドクン!と心臓が跳ねた。

 

『何やってやがる!?終わってたまるか!まだあいつを、ヴァニタスを殺せてねぇのに、死んでいいわけねぇだろ!?』

 

 本能が雄叫びをあげた。死んでなるものかと、終わってなるものかと、崩れかけた肉体を悪魔の力(・・・・)が支え、立ち上がらせる。

 心臓が過剰なまでの脈動を始め、体が悲鳴をあげるほどの大量の血液と魔力を全身に行き渡らせ、傷を急速に修復。

 

「ッ!あ゛あああああ゛あ゛あああ゛!!!」

 

 意識を覚醒させる激痛と大量の熱を孕んだ蒸気を伴い、致命傷の筈の胸の傷が瞬く間に癒えていく。

 脱力した筈の腕に力が戻り、長剣を頭上に掲げて左手でその腹を支えた。

 瞬間叩きつけられる断頭の一撃。グレイはあまりの衝撃にあらん限りに目を見開き、口から再び大量の血を吐きながら、その場に踏みとどまった。

 凄まじい破壊音と共に彼の両足が膝まで地面にめり込み、破壊の罅が周囲に広がっていく。

 

「ほう。まだ耐えるか」

 

『覇者』は感心したように、けれど確実に蔑みの色を含んだ声でそう告げた。

 悪魔の力を使わず、全力を出してこない相手だ。ここまで喰らい付いてきた事は評価してやってもいいが、下らない理由で本気を出さない時点で落第な事には変わらない。

 ふんと鼻を鳴らした直後、何かに気づいたザルドは僅かに目を剥き、先程斬断した筈のグレイの胸に視線を向けていた。

 鮮血と蒸気に隠れて見えにくいが、斬断した左肩から右脇腹にかけての一直線が確かな異物に──鱗のようなものに覆われていたからだ。

 鱗の隙間からは灰色の魔力光が漏れ出し、心臓の鼓動に合わせて点滅を繰り返している。

 

「ようやくやる気になったか?あるいは血が騒いだ(・・・・・)か?」

 

「黙れ」

 

「皮肉だな。その血を拒んでいながら、その血がなければとっくに屍を晒し、俺に喰われている惰弱」

 

「黙れ」

 

「いいや違うな。お前は(はな)から大きな矛盾を抱えている。その力を忌避しながら、その力に頼り切って戦っているのがいい証拠だ。それがなければ何もできないと己の弱さを自覚しながら、全力で戦う事をしない愚か者。ヴァニタスが言っていた『半端者』の『欠陥品』。どうかと思ったが、的を射た評価だったか」

 

「黙れ……っ!」

 

 重ねられる『覇者』の侮蔑の言葉。

 彼が目を背け続けてきた事を──己の血を忌避しながら、その力に頼りきる矛盾を突きつけ、鼻で笑う。

 別に持てるもの全てを使い、勝ちをもぎ取りに行く姿勢は評価に値する。それは間違いないが、グレイは使うものを選別している挙句、最も強い手段を用いようともしない。それに関しては首を傾げるし、唾棄すべき脆弱だ、傲慢だ。

 

「なぜ全力を出さん。使えんのか?使わんのか?その血の力、もっと俺に見せてみろ!クソガキ!!」

 

「いい加減黙れって言ってんだよ!」

 

 グレイは怒号と共に紫紺の鉄塊を押し返し、ザルドの胸に拳を叩き込んだ。

 籠手(ゴリアテ)と鎧が激突し、鎧を砕く異音が周囲に響き、ザルドは少量の血を──妙にドス黒い膿のようなものが混ざったものを吐き出す。

 口元の血を拭ったザルドが睨みつけた先。地面にめり込んだ脚を引き抜いたグレイには、明確な変化が起きていた。

 体に襷をかけたように左肩から右脇腹に向け、ザルドに斬断された傷を覆う漆黒の鱗。それは治癒の蒸気と共に斬断と共に弾けた魔力で抉られた頬や太股、腕の傷も覆い隠し、肌と鱗の比率がおよそ半々といった様相となっていた。

 苛烈な殺意を孕んだ色褪せた瞳には血のように暗く、けれど美しい紅い輝きが宿り、獣のように縦に裂けた瞳孔が『覇者』を睨み返していた。

 獣人の切り札たる【獣化】にも似た、けれど明確に違う変化。

 だが、ザルドの目にはその姿は酷く滑稽に映っていた。

 人と悪魔の合いの子と言えば聞こえはいいが、事実はそのどちらにもなり切れていない哀れな子供。

 人になるには悪魔の血が濃すぎている。悪魔になるには人に馴染みすぎている。

 ザルドはそんな彼の姿に嘆くように息を吐くと、紫紺の大剣を両手で構え、そして告げた。

 

「──俺が手本を見せてやる。よく見ておけ、クソガキ」

 

 グレイが飛び出す。地面を爆砕し、砂塵を切り裂きながら、鱗の隙間から漏れる灰色の魔力光が尾を引き、紅の眼光が地を駆ける流星となる。

 それを前にしながら、やはり『覇者』は動じない。大剣が纏う紫紺の魔力がザルドの巨躯を覆い、魔布(ヴェール)となって彼の鎧となる。

 鉛色の瞳に大剣と同じ紫紺の輝きが宿り、鎧に隠された肉体にも同色の魔術的な文様が浮かび上がった。

 それは『覇者』と悪魔が行った契約。多くの悪魔を喰らい、その血肉を力とした代償。

 悪魔を喰らい過ぎた(・・・・・・)その肉体に宿った、悪魔の力の発露。

 大気が震える。大地が悲鳴をあげる。都市が揺れる。

 都市中に散らばる悪魔達が凄まじい魔力に当てられ、王の誕生を祝うように喝采をあげた。人間達は秩序、混沌の陣営関係なく、恐怖に打ち震えた。

 それは決して()いてはならない、地獄への片道切符。

 

 

 ──それはまさに悪魔への引き鉄(デビルトリガー)だった。

 

 

 膨大な魔力が炸裂し、大地を抉り、『覇者』を真の怪物へと昇華させる。

 姿は変わらない。彼の背に『神の恩恵』が、最後の一線だけは越えさせまいと力を漲らせる。

 背中に感じる強烈な熱に目を向ければそこから雷霆が溢れ出し、深紅の外套(マント)を焼き尽くしながら悪魔の力を封じこまんと暴れ狂っていた。

 

「糞爺が。俺の邪魔をするな!」

 

『覇者』は吼えた。己に恩恵を刻み、英雄などにしてくれた主神に向けて。高みへの登頂を邪魔する楔を振り払うように。

『覇者』は振るった紫紺の大剣を。背中に担ぐように構え、溢れた雷霆を刃に這わせ、無理やりに己の糧とした。

 紫紺の魔力。金色の雷霆。魔と神。二つの超常の力が混ざり合い、より強い力となって『覇者』を次の階位(レベル)に押し上げる。

 紫紺の雷霆は柱となって天へと伸び、オラリオの全てのものに『覇者』の全力を知らしめる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

『覇者』の咆哮と共に振り下ろされる紫紺の雷霆。

 挑むは灰色の怪物。人にも悪魔にもなりきれない哀れな獣。

 次の瞬間、灰色の斬撃と紫紺の雷霆が激突した。

 拮抗はしない。するわけがない。あまりにも地力が、覚悟が、信念が、違いすぎる。

 灰色の斬撃が紫紺の雷霆に呑み込まれる。雷霆が射線上の全てを塵も残さず消し飛ばす。

 それに呑まれたグレイは荒れ狂う雷霆の中で全身の肉を焼かれ、削がれ、骨を砕かれ、左の眼球が蒸発した。

 それでも、グレイは前に進んだ。全力の魔力を込めた長剣を盾のように構えつつ、それでも破壊される肉体を完全に破壊されるよりも速く修復しながら、『覇者』を撃滅せんと足を動かす。

 前だ。前しかない。勝利は後ろにない。前だ。前だ。前だ、前だ、前だ、前だ前だ前だ前だ前だ前だ!!!

 

「あ゛あ゛あああああ゛ああああ゛あ゛あああああ゛ああ゛!!!!!」

 

 グレイの雄叫びが、雷霆の中から響き渡る。

 ザルドが驚倒に目を見開くのと、灰色の斬撃が雷霆を食い破ったのはほぼ同時。

 全身を焼かれ、抉られ、砕かれ、いくつもの骨と内臓を炭化させながら、彼は逃げる事をしなかった。

 修復に伴う魔力の蒸気と、血が沸騰した蒸気を伴いながら、修復された(・・・・・)左眼(・・)の深紅の眼光がザルドを睨む。

 左腕は肘から先が炭となっていた。主人を失った左腕の籠手(ゴリアテ)が、その装甲を溶かしながら地面に転がる。だが、残る右腕の籠手(ゴリアテ)が守り通した右手には、罅だらけの長剣が握られている。

 変わらず灰色の魔力が纏い、過剰な魔力で罅がより大きく広く広がっていく。

 正面からの愚直な突撃だ。『覇者』が反応できないわけがない。

 ザルドは魔力を失い、ただの鉄塊になった大剣で迎撃せんとするが、

 

「──ッ!?」

 

 その瞬間、体が沈んだ。

 何か妨害されたわけではない。魔力を使いすぎた──可能性もあるが、魔具の魔力を使い切っただけだ。自分の精神力(マインド)は潤沢。

 だが、体が重い(・・・・)。いいや、鎧が重すぎる(・・・・・・)

 普段であれば綿のように軽い鎧が、文字通り鉄塊の如く重く、その自重で潰されそうになる。

 

(なんだ、これは……!?)

 

 ザルドは困惑した。まるで恩恵を失った(・・・・・・)ような、無力感と倦怠感が全身に降りかかる。

『神の恩恵』はそれを与えた神に何らかの問題が起き、天界へと『送還』された場合、その力を失う。一騎当千の英傑であろうと、万夫不当の豪傑であろうと、主神を失い、『恩恵』を失えばそれはただの能無しへと成り果てる。

 神時代において、それは絶対の規則(ルール)。例外はない。

 

(あの糞爺!どこかで野垂れ死にやがったのか!?)

 

「──くたばり、やがれぇぇぇぇぇぇぇ(Go to hell)ッ!!!」

 

 溶けた顎を修復し、千切れた舌を新たに生やしたグレイが、半ばヤケクソの叫びと共に長剣を振るう。

 纏うは残された一絞りの魔力。それでもザルドを殺すに足る威力。

 まずいと思ったところでもう遅い。『恩恵』なき身に大剣はあまりに重く、鎧が鎖のようにその身を縛る。

 迫る灰刃。迫る死。無能となった『覇者』に、防ぐ術はない。

 そして刃がザルドの首を跳ねんとしたその瞬間、背中の『恩恵』が雷霆を宿した。

 

「ッ!?」

 

 意識が覚醒し、迫る灰刃の動きが途端に鈍く見える。

 体が軽くなる。(くさり)が解かれる。大剣がその軽さを(・・・・・)取り戻す。

 

「おおおおおおおおお!!!」

 

『覇者』は吼え、全力をもって大剣を振るった。

 激突する灰刃と大剣。そして、今回も負けたのは灰色の刃だった。

 折れかけた右腕が『覇者』の迎撃に耐えきれずに乾いた音と共に関節を無視して複雑に折れ曲がり、長剣が真っ直ぐ上に弾き飛ばされる。

 

「──!?」

 

 グレイは目を見開いた。まるで力を感じなくなったザルドが、いきなり『覇者』としての威風を取り戻したからだ。

 ザルドもまた目を見開いていた。失われたと思い込んだ『恩恵』が、再びその加護を与えてきたからだ。

 満身創痍、魔力も枯渇したグレイと、驚倒と未知の現象に流石に狼狽するザルド。

 先に動いたのは──より正確に言えば、唯一動けたのはザルドだけだった。

 崩れ落ちかけた体を支え、折れた右腕をなけなしの魔力で無理やり──拳を握るのに必要な分だけをの骨と肉を修復したグレイが、ゴリアテの直突き(ストレート)を放つよりも速く、

 

「終わりだな」

 

 降ってきた長剣を掴み、そのまま砕けかけた刃でグレイの心臓を貫いた(・・・・・・・・・・)

 

 

 

「────────………………」

 

 

 

 時間が止まった。グレイは拳を放たんとした姿勢で固まり、ザルドは肩を揺らしながら彼を睨む。

 少年はごぼりと血を吐いた。全身に刻まれた傷と、右腕の骨折は治る気配がなく、左腕も生えてくる気配を見せない。肉体の修復は完全に止まったと言っていいだろう。鱗の隙間から漏れていた魔力光も消えた。

 呼吸が止まる。手から力が抜ける。がくりと頭が項垂れ、胸に突き刺さった長剣とそれを握るザルドの腕に体重がかかる。

 ザルドは口の端からドス黒い膿と共に血を垂らしながら、ようやく笑みを浮かべた。

 壊れかけた鎧。大兜は損壊。魔力を失った大剣。失ったものは多く、手を挙げて喜ぶような快勝でもない。運が絡み、執念で喰らい合う、英雄の戦いなどとは言えない泥試合。

 だが、それでも。

 

「──俺の、勝ちだ」

 

『覇者』は己の勝利を告げ、長剣から手を離す。

 支えを失ったグレイの体が、膝から崩れ落ちた。

 全身の傷から血が溢れる。抉り取られた地面に、罅割れた石畳の隙間に、彼の血が流れていった。

 

 

 

 

 

「あちらは終わったようですね」

 

 紫紺の雷霆。グレイの咆哮。『覇者』の怒号。そして、静寂。

 無傷の(・・・)ステラはそれらの要素で決闘と決着を──ザルドの勝利を悟り、一人呟いた。

 アスフィ、アーディを離脱させ、ステラの撃破の為に徒党を組んだ冒険者達もまた最悪の事態に表情を強張らせる。

 

「──では、こちらも終わらせましょうか」

 

 それは、絶対強者からの死刑宣告だった。

 包帯の隙間から溢れる銀色の髪が魔力の光を孕んで輝き、緋色の瞳に深紅の輝きが宿り、膨大なまでの魔力と殺意が解き放たれる。

 

「まずい、あれがくる!下がるんじゃ!!」

 

 少しでも勝機を見出すため、その身を盾にし続けていたガレスが、脳裏をよぎった既視感のままに叫んだ。

 オッタルは阻止を諦め後退。アレンも舌を弾きながら、後ろに跳んだ。

 髪と瞳に光が宿り、ガレスをして悪寒を覚える圧倒的な魔力。

 刀が鞘に納められ、空間を捻じ曲げる程の魔力が刃に宿り、圧縮されていく。

 鍔に取り付けられた水晶──その中に嵌められた何かの破片が光を宿し、溢れ出した蒼い魔力が次の一太刀を更なる高みへと昇華させる。

 

「リヴェリア!!」

 

 ガレス、オッタル、アレンの三人がリヴェリアの元まで後退を済ませた瞬間、すれ違い様のガレスの叫びがエルフの女王の名を呼んだ。

 

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ。森の守り手と契を結び、大地の歌をもって我等を包め。我等を囲え】」

 

 その返答は魔法の詠唱。玲瓏な詩と共に凄まじい魔力が渦巻き、彼女の足元に翡翠色の魔法円(マジックサークル)が広がる。

 

「【大いなる森光の障壁となって我等を守れ──我が名はアールヴ】!!」

 

 それは、リヴェリアが持つ手札の中でも最硬を誇る防御魔法。

 

「──【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

 魔法円(マジックサークル)が光輝と共にドーム状の緑光結界へと変貌し、冒険者達四人を包む。

 物理、魔法、その全てを遮断する『結界魔法』。その展開を見届けたステラは、ただ静かに笑みを浮かべた。

 

【ヴェール・ブレス】による防御力の上昇(バフ)もまだ生きている。【ヴィア・シルヘイム】も健在。これならば──。

 

「──散りなさい(You Trash)

 

 ステラが消える。その場にいる全ての者の認識を引きちぎる。

 結界を囲うように数条の閃光が駆け抜け、同時に放たれた蒼い軌跡を残す斬撃が結界を切り刻み(・・・・・・・)魔布を裁断し(・・・・・・)、リヴェリア渾身の防御陣を一手で(・・・)破壊した(・・・・)

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 拮抗などしない。濃密過ぎる魔力を纏った抜刀剣が、紙を切るように結界を切り破ったのだ。

 ガレスが三人を守るべく前に飛び出し、両腕を広げる。オッタルがリヴェリアの前で防御姿勢に入り、アレンは銀槍を盾代わりに構えた。

 リヴェリアもまた、精神枯渇(マインドダウン)を覚悟で再び結界を張ろうとするが、そんな彼らを嘲笑うように全方位から(・・・・・)何条もの閃光が駆け抜けた。

 周囲の時が止まり、周囲の風景諸共に体中が寸断される。炎が色褪せ、その動きを止める中、動くことを許されたのはただ一人。

 

「──これで、終わりです」

 

 四人の正面。こちらに背を向けるステラの声が聞こえた。

 そして見せつけるように背に回した鞘に刀を納めるキン!と鋭い納刀音と共に、世界は動き出した

 風景が色を取り戻す。時間が流れる事を思い出す。そして、切り裂かれた空間が悲鳴をあげた。

 

「「「「────────!!!!」」」」

 

 空間諸共に冒険者達の肉体は斬断され、鮮血が辺りにぶちまけられた。

猛者(おうじゃ)】が膝から崩れ落ちる。【重傑(エルガルム)】が背中から倒れる。【九魔姫(ナイン・ヘル)】が杖諸共に体を切り裂かれ、一房の翡翠の髪が風に舞う。

 ステラは深く息を吐き、目を閉じる。

 

「やはり、この程度ですか」

 

 言葉に弱者への蔑みと『失望』を込めてそう告げた瞬間、背後から感じた殺気に顔を上げ、振り向く。

 同時に迫る銀槍の軌跡を捉え、その穂先を掴み止めた。

 眼球に触れんほどのギリギリの距離で穂先は止まり、ステラにダメージを与えることはなかった。

 だが戦闘開始から初めてステラに一瞬の焦燥を与えたのは、死に体の【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】だった。オッタルとガレス、リヴェリアが都市最速に賭けた、細やかな抵抗の結果生まれた最後の一矢。

 千切れかけた腕で辛うじて銀槍の長柄を支え、折れかけた脚が最速を更新した。

 だが、それでも届かない。ただの『戦車』では、『覇者』には届かない。

 

「くそっ、がぁ……!!」

 

 見開き、血走った瞳から血の涙を流し、苦痛と屈辱に歪んだ顔で、アレンは低く唸るような声で最後の悪態をついた。

 意識が霞み、視界が回る。自分が倒れた事も認識することもなく、アレンの意識は暗闇に沈んでいった。

 ステラは銀槍を手放し、地面に落とすと、そっと手のひらに目を向けた。

 薄皮を割かれたそこには僅かに血が滲み、一本の赤い線が刻まれていた。

 

「少々油断し過ぎましたか」

 

 グッと拳を握るだけでその傷は癒え、傷跡さえも残らないが、自分に傷をつけたのは確かな事実。怪我をするなど、いつぶりだろうか。

 

「ご褒美に父様へのお土産にするのは勘弁してあげましょう。どこにいるかもわからない人に四人も運ぶのは面倒なので」

 

 そして幼き『覇者』は四人にトドメを刺すこともなく、ザルドと合流すべく踵を返した。

 

「ふふふっ、ははははははははは!!!やったぞ!【猛者(おうじゃ)】を、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】を、【重傑(エルガルム)】を、【九魔姫(ナイン・ヘル)】を、そしてあの生意気な灰髪の小僧を倒したぞおぉ────!!!!」

 

 近場の高台から事の成り行きを見守っていたオリヴァスが歓喜と共に声を張り上げ、彼の喜びを伝播した部下達もまた歓声をあげた。

 

「我らが同志、ステラがついにやってくれた!かつての大神(ゼウス)の眷属にして、今や闇派閥(イヴィルス)の使徒!ザルドが黙らせた!!我々の勝利だぁああああああああああ!あははははははははははははははははは!!!!彼らを讃えよ!我らが英雄を讃えよ!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

「「「ザルド!ザルド!ザルド!ザルド!ザルド!」」」

 

「「「ステラ!ステラ!ステラ!ステラ!ステラ!ステラ!」」」

 

 両の腕を広げるオリヴァスを仰ぎながら、兵士達が熱狂に包まれた。

 勝者達の名を叫び、敗者を哄笑し、冒険者達を嘲笑う。

 それは勝ち鬨以外の何物でもない。秩序の戦士達を嘲笑う、悪意に満ちた嘲笑に他ならない。

 響き渡る。伝わっていく。最強(オッタル)の敗北が。新たな希望(グレイ)の失墜が。敗れてはならない者達の敗北が。

 ステラは鬱陶しそうにしつつも、邪神に教えられたように笑顔の仮面を被って闇派閥(イヴィルス)の兵士達に手を振ってやった。

『ふぁんさ』なるものらしいが、彼女にはよくわからない。だが手を振られた一角で歓声が爆発し、勝ち鬨がより力強く都市に響いていくのだから効果はあるのだろう。

 ザルドは興味なさそうに鼻を鳴らし、大剣を肩に担いだ。その堂々たる姿に、闇派閥(イヴィルス)の兵士達は狂乱の中、心酔するように声を張り上げた。

 

「……グレイ、そんな……!?」

 

「……アッシュウォルドさん……!」

 

 オラリオのどこか。走り続けていた正義の少女が、悪を斬り続けていた正義の妖精が、負ける筈がないと信じていた少年の敗北を知り、その名を叫んでいた。

 だが、その叫びは届かない。小娘の二人の叫びなど、闇派閥(イヴィルス)の勝ち鬨に比べれば囁き声のようなもの。聞こえるわけがない。

 そして何より、名を呼ばれた彼は既に死んでいる。心臓が止まり、魔力の生成が止まり、生命活動を完全に停止させている。

 

「同志達よ!オラリオを滅ぼせぇえええええええええ!!!!」

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

 

 悪の咆哮が、絶望に染まるオラリオに轟いた。

 

 

 

 

 




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