ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Intermission04 傾く天秤

 都市最強の冒険者の敗北。響き渡る『悪』の勝ち鬨。

 その波紋は瞬く間に都市中へと広がっていく。戦意が折れる音がする。士気が落ちていくのを肌で感じる。

 誰かの手から武器が滑り落ちた。武器と石畳がぶつかる音に混ざり、冒険者達の心が折れる音が聞こえた。

 だが、終わらない。次の絶望が彼らに襲い掛かった。

 雷槍による絨毯爆撃の轟音。万物を焼き尽くす豪炎の唸り。金属さえも腐らせる劇毒の腐臭。そして、巨狼の遠吠え。

 発生源は都市北西部。【フレイヤ・ファミリア】が陣を敷く、中央広場(セントラルパーク)防衛線に次ぐ、都市防衛の要となっている場所だ。

 冒険者達や民衆はただですら青かった顔を更に青白く染めながら、視線を都市の北部へ。

 バベルの最上階で盤面を俯瞰していたフレイヤでさえも、椅子を蹴飛ばして立ち上がり、目を見開いていた。

 彼女が視線を向けた先。そこに広がる光景は、まさに死屍累々であった。

 無限の連携を誇る【炎金の四戦士(ブリンガル)】の四兄弟が、ゴミ同然のように石畳に転がされていた。

 性格に難はあれど、【フレイヤ・ファミリア】でも指折りの剣士である【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】が、雑兵のように容易く打ち倒される。

【フレイヤ・ファミリア】の参謀(ブレーン)であり、都市有数の魔法剣士である【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】が、それを上回る魔の力でもって撃滅される。

 その他、名の通った強靭な勇士(エインヘリアル)達も激毒にその身を侵される者、雷槍で心臓や頭を貫かれた者、業火で火だるまになった者と、無事な者は誰一人いない。

 それでも立ち上がり、抗わんとする【フレイヤ・ファミリア】の強靭な勇士(エインヘリアル)達が血を吐きながら睨みつける先にいるのは一匹の巨狼。

 剥き出しの牙の隙間から炎の涎を垂らし、羽ばたく度に雷鳴が轟く。尾の代わりに揺れ動き、周囲を警戒しているのは毒牙を携えた大蛇。

 大悪魔、マルコシアス。並の悪魔など比較にもならない彼女の強さを前にして、二大派閥の片翼は壊滅的な打撃を受けていた。

 まさに死に体。瀕死に陥った者か、既に死に絶えた者しかいない戦場で、けれど屹立しているのは聖フルランド大聖堂。その中には何十、何百もの民衆が身を寄せ合い、神々と、大聖堂に安置された『精霊』に祈りを捧げていた。

 マルコシアスは嘲笑った。神にも、死んだ精霊にも、祈りを捧げたことで何になる。抗うこともせず、縋ることしかできない弱者。殺す価値もない蛆虫達を。

 だが、同時に感心もした。そんな弱者を守らんとする強靭な勇士(エインヘリアル)達の献身が、半死人になりながらも立ち上がってくる彼らの気迫は、悪魔の身ながら興味を抱くし、尊敬にも値する。

 

(それも、ここまでか)

 

 マルコシアスは鋭く息を吐いた。

 放たれた熱風には致死量の熱を孕んでおり、不運にもそれを──彼女の溜め息を浴びた強靭な勇士(エインヘリアル)達は襤褸同然の鎧ごと肌を焼かれ、男女入り乱れた悲鳴が聞こえてくる。

 それでもすぐに悲鳴を嚙み殺した彼らはその痛みで死にかけの体に喝を入れて立ち上がり、焼かれながらもマルコシアスを睨み、一矢報いんと足を進めた。一歩、二歩と溶けた肌を蠟燭のように地面に垂らし、焦げた足跡を残しながら更に前へ。彼らの執念を大地に刻む。

 だが、それまでだった。誰一人悪魔を間合いに捉えることもできずに崩れ落ち、瞳から光を消していった。

 魂が肉体から離れ、無念を抱いたまま次々と天へと昇っていく様をぼんやりと眺めたマルコシアスは、踵を返してその場を立ち去ろうとするが、

 

「【 永伐……せよっ!不滅の雷 ……将】!!」

 

 背後から聞こえた詠唱に毒蛇が顔を上げ、その瞳を大きく見開いた。

 長刀(ディザリア)を杖代わりに立ち上がった白妖精(ヘディン)が、もはやガラクタと化した眼鏡を握り潰しながら詠唱を整えていたからだ。

 

「──【ヴァリアン・ヒルド】……!!」

 

 血を吐きながら、全身を襲う苦痛に喘ぎながら、それでも魔力操作を誤ることはなく、放たれるのは雷の砲撃。

 マルコシアスの頭を呑み込む程の特大の砲弾。ダンジョンで放てば、階層主を容易く葬るだろうヘディンの必殺。

 迫る雷砲を前にしても、マルコシアスは動じない。ただ無造作に毒蛇の尾を振った。

 直後、両者が激突。拮抗はない。蛇の尾が蠅を払うような手軽さでもって雷砲を打ち払い、その拍子に飛散した雷砲の残滓が弾丸となって周囲のものを傷つけ、毒液が全てを腐らせる。

 だが、その中を駆け向ける影が五つ。

 ヘディンに注意(ヘイト)が向いた一瞬を、【フレイヤ・ファミリア】の幹部たちは見逃さなかった。

 炎は脅威。雷も脅威。毒も脅威。全てが第一級冒険者だとしても殺しうる威力。だがこの一瞬──尾が振り向かれた今が、毒蛇による迎撃を無視できる好機。

 全員が満身創痍。なぜ動けるのかは本人達にさえもわからない。だが、強靭な勇士(エインヘリヤル)として、美の女神の眷属としての意地と矜持が、死に向かう体を酷使させた。

炎金の四戦士(ブリンガル)】が放たれた矢の如く迫り、途端に散開してマルコシアスの視線を誘導。【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】が音もなく跳躍し、頭上から迫る。

 彼らの中に連携などという言葉はない。あるのはあいつは自分が殺すという自分勝手な意地だけだ。

 だが全員が同じ相手に同じ熱量を向けた結果出来上がったのは、お粗末ながらも確かな連携による攻撃。

 ヘディンが陽動し、ガリバー兄弟が蝿の如く視界の端を駆け回ることで撹乱し、ヘグニが死角を突く。

 マルコシアスは向けられる殺意を、敵意を、戦意を心地よく受け止めながら、ばさりと翼を羽ばたかせた。

 バチバチと地面を焦がしながら雷が走り、直後マルコシアスは天に向けて大咆哮(ハウル)を放った。

 何よりも力強く、悪魔にしては不釣り合いな誇りを孕んだ大咆哮は物理的衝撃を伴い冒険者達を迎撃。

 

「「「「舐めるなぁ!!」」」」

 

「むぅぅぅ!!!」

 

 だが、今更その程度の攻撃で五人は止まらない。

 ガリバー兄弟が負けじと雄叫びをあげ、ヘグニが血走らせた双眸を見開きながら唸る。

 そして、五人がマルコシアスを間合いに捉え、それぞれの形で強襲せんとした瞬間、

 

(温いな)

 

 マルコシアスは明確な蔑みを孕んだ言葉を胸中で抱き、ドーム状の雷撃を全方位に放った。

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 今まで欠片も見せなかった行動による迎撃。雷は槍にして放つだけでなく、全方位に対する盾にもできるなど、誰が想像できよう。

 その驚倒は、冒険者達にほんの一瞬の硬直を呼んだ。

 いや、それを抜きにしても回避不能の速攻は冒険者達の肉体を容赦なく貫き、内側から焼き尽くす。

 Lv.4であり、単独の身体能力(ステータス)的には幹部最弱であるガリバー兄弟はついに耐えきれず、悲鳴をあげる間も無く白眼を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

「っ゛……!あ゛ぁ゛!!!」

 

 空中、マルコシアスの真上で血が沸騰する高熱と、膨張した血管が弾ける激痛に喘ぎながら、ヘグニは溶けて刃が意味をなしていない剣を大上段に構え、落下の勢いを乗せて振り下ろすが、鋼のように硬い毛皮と外皮による容易く弾かれ、儚い金属音と共に折れる。

 

「……っ!」

 

『──』

 

 手に感じる痺れ、そしてこちらを睨みつける獣の瞳。

 それらが教えてくれるのは目の前の怪物はまさに規格外であり、自分はこれから殺されるという事実だった。

 悪魔が身を翻す。前脚を振り上げる。振り下ろす。その時間、まさに零コンマの刹那的時間。回避不能、防御不能。

 

「がっ!?」

 

 鉄塊の如く固められた肉球がヘグニの全身の骨を砕き、飛び出した骨が肉を裂く。

 彼の体は赤い尾を引く漆黒の砲弾となり、近くの建築物に着弾。第一冒険者の肉体で破壊された建築物はそのまま倒壊を始め、瓦礫が彼を下敷きにした。舞い上がる砂塵が彼の姿を覆い隠すが、もはや動けまいとマルコシアスの意識は彼から外れる。

 この戦場で唯一立っているのは、ヘディンのみ。

 血を吐き、焦げた金色の髪を鬱陶しそうにかきあげた彼は、なけなしの精神力(マインド)を絞り出して最後の抵抗をせんと長刀(ディザリア)を構え、詠唱に入る。

 

「【 永伐せよ、不滅の雷将 】 !」

 

 迸る雷の魔力。血から涙のように血が溢れ出し、全身を襲う激痛と精神疲労(マインドダウン)寸前の倦怠感がその身にのしかかる。

 

(それが何だ。この程度で倒れるものか。女神の為、負けるわけにはいかない……!)

 

 全力を出し切る。死力を尽くす。魂を燃やし、この一撃に全てを込める。

 

「【ヴァリアン・ヒルド】!!」

 

 血の混ざった唾を吐きながら魔法名を叫び、同時に放たれる雷砲。

 地面を抉りながら迫る轟雷を前に、マルコシアスが迎撃せんと業火を吐き出すべく腹を膨らませた。

 そして大きく顎が開いた瞬間、放たれる地獄の業火。石畳を溶かしながら迫るそれは拮抗することなく容易く雷砲を吞み込み、焼き尽くす。だが相殺するに留めた火球は雷砲を焼却すると共に消失し、火の粉が周囲に降り注いだ。

 最後の一矢が文字通り無に帰されたヘディンが苦渋に満ちた表情でマルコシアスを睨むと、同時に気づいた。

 巨狼の尾が地面に潜り、姿を消していたことに。

 

「……ッ!」

 

 ヘディンがその場を跳んだのは冒険者の直感によるもの。そんな彼の反応にマルコシアスが称賛するように巨大な口で三日月を描いた直後、彼のいた石畳が爆散し、牙を剝き出しにした毒蛇が飛び出した。

 一直線に天へと向かうと思われた毒蛇はぎょろりと目玉を動かし、獲物(ヘディン)を再度捕捉すると共に急反転。

 石畳の上を転がり、どうにか体勢を整えたヘディンが長刀(ディザリア)を振るよりも速く、その脇腹に毒蛇が食らいついた。

 彼を一吞みにできるだろう巨大な顎が彼の胴を包み込み、毒液が滴る牙が体を貫通し、毒液をその臓腑に直接注入した。

 ドクンと心臓が跳ねた。『耐異常』のアビリティが貫通される(・・・・・)

 悲鳴をあげる事はなかった。正確に言えば、出来なかった。喉を這い上がってきた血の塊が声を封じ、吐き出すと共に体が崩れる。

 痙攣する体。目からも血が溢れ出し、口からは血の泡がこぼれ出る。

『耐異常』のアビリティがなければ、あるいはもう少し弱ければ即死も出来ただろう。だが強靭な勇士(エインヘリヤル)として、【フレイヤ・ファミリア】の幹部として弱きを赦さなかった過去の己の努力が、今の自分に責め苦を強いていた。

 劇毒が内臓を腐らせていくのがわかる。骨が腐っていくのがわかる。血管を虫のように毒が這っていくのがわかる。心臓の鼓動が弱まっていく事がわかる。

 常人なら即死し、万が一一命を取り留めても発狂するだろう終わりなき激痛に晒されながら、ヘディンは正常な意識を保っていた。

 エルフの矜持が、女神の眷属としての誇りが、これ以上の無様を晒すことを赦さない。

 石畳の上で仰向けのまま、ただ黙して焦点のずれた瞳で天を見あげる彼の姿を見ていたマルコシアスは地面に潜行させていた尾を戻すと、せめてもの情けとして介錯してやるべく彼へと歩み寄る。

 死に瀕した妖精はその事にも気づかず、浅い呼吸を繰り返していた。

 マルコシアスは彼の目の前まで来ると前脚を振り上げた。ヘグニにそうしたように、前脚の一撃で彼の体を砕こうとしたのだ。

 殺気はない。敵意もない。もう戦いは終わったのだ、この一撃は弔いでしかない。

 戦士への敬意と称賛を込め、前脚を振り下ろそうとした瞬間、

 

「──何をしているのですか、マルコシアス」

 

 制止の声を投げかける者がいた。

 オッタル達を下し、ヴァニタスを探しながら市壁の上を駆けて北上してきた少女──ステラはマルコシアスを見上げ、次いで未だに屹立している大精堂に目を向ける。

 強靭な勇士(エインヘリアル)達の残党が守るそこからは、多くの人間の気配を感じる。おそらくヴァニタスの指示であそこを破壊しようとしていたのだろう。だが、彼らの抵抗激しくそれができなかった……。

 

「いいえ、違いますね。そもそも壊すつもりはなかった。まあ、私は構いませんけれど、父様に何を言われるか……」

 

 マルコシアスのことを誰よりも知ると自負している少女がどこか煽るような口調でそう告げると、マルコシアスは謝罪するように低く唸り、頭を下げた。

 少女はそんな巨狼の頬を撫でてやりながら、「でも、やりたくない事はしなくてもいいんですよ」と一応の励ましの言葉を投げかけた。

 強者との闘争を望み、更なる高みへと至ることを望むこの巨狼にとって、抵抗もできぬ弱者を一方的に虐殺するのは若干ながら抵抗があるのだろう。あるいはあれを残しておくことで、強靭な勇士(エインヘリヤル)達の奮戦を促したのか。

 

「ええ。やりたくない事なんて、やらなくていいんです」

 

 声量を落とし、囁くような声音でそう告げた少女は巨狼の頬に額を押し付けると、深く息を吐いた。

 どこか落ち込んで見える少女に対し、マルコシアスが何かを言わんとするが、それを遮るようにステラはヘディンに目を向けた。

 

「彼だってここで殺す必要はないですよ。このまま果てるか、あるいは再起して再び立ちはだかるか。賭けてみませんか?」

 

 彼女の言葉をマルコシアスは理解できずに首を傾げた。既に勝敗はつき、この男も死にかけだ。今から治療したとて間に合うまい。

 どうしてそんな事を言わんばかりに小さく唸ると、だってとステラは笑った。

 

「その方が面白いではないですか。この街に来てから退屈ばかり。もう少し楽しんでいっても文句は言われませんよ」

 

 なので、強そうな人は残しておきましょうと、冒険者達を遊び相手にしか見ていないような事を宣いながら、ステラはマルコシアスの背に飛び乗った。ぽふぽふと背を叩いて毛並みを整え、座る位置を調整。

 戦闘体勢を解いたからか、いかなる刃を通さない鋼の体毛は柔らかくなっており、絹のように撫で心地がよく、何より温かい。

 ペタリと薄い尻を乗せたステラは、マルコシアスに次の指示を出した。

 

「──と、いうわけで中央広場(セントラルパーク)は一旦無視です。邪神様の顔を立てなければいけませんし。ところで父様がどこにいるかご存知でしょうか?いい加減合流したいのですが……」

 

 主の命令に小さく唸る事で応じた巨狼は、大精堂を守る強靭な勇士(エインヘリヤル)達を無視して翼を広げ、都市から飛び立った。

【フレイヤ・ファミリア】を事実上単独で相手取り、そして撃破して見せた怪物が落とす影に、冒険者達と民衆は恐怖のままに震えるしかできない。

 そして、それぞれ死に体になりながらそれを見送るしかできない生き残った強靭な勇士(エインヘリアル)達は見逃された(・・・・・)屈辱に地面に拳を叩きつけた。

 立ち上がることもできず、地面の上で身動ぐ事しかできない【炎金の四戦士(ブリンガル)】はそれぞれが全力の殺意を込めて巨狼を睨んだ。

 瓦礫の山からどうにか這い出た【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】が地面に転がり落ち、回る視界の中で悠々と飛び去る巨狼を見送り、歯を食い縛った。

 激毒に侵され、もはや指先を動かす事もできない【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】は、それでも巨狼が見せた戦闘行動を頭の中で纏め上げ、次に向けた思案を始める。

 

 ──奴は、俺が殺す……!

 

 日夜殺し合いのような鍛錬を繰り返し、団員同士でもあまり仲がよろしくない【フレイヤ・ファミリア】の想いが、女神に関わらない事柄以外で珍しく一つになった瞬間であった。

 そして始まるのはマルコシアスに殺された者達の悪魔憑きとなっての復活と、生存者を守らんとする強靭な勇士(エインヘリヤル)達との激闘であった。

 

 

 

 

 

 

「報告です!な、南西方面に展開していた冒険者が全滅しました!」

 

 泣き叫ぶ民避難民と、負傷した冒険者が担ぎ込まれる中央広場(セントラルパーク)

 そこて駆け込んできた伝令の報告に、フィンは驚愕の声をあげた。

 

「全滅……!?全ての冒険者が!?」

 

「は、はい!撤退した者もいるようですが、今、南西区画で戦っている者はいません!」

 

 その一報はようやく五分になろうもしていた天秤が『悪』の側に傾いた事を意味している。

 狼狽するフィンに、駆け込んできた新たな団員が報告をあげた。

 

「ロキ、団長!さっきから聞こえる闇派閥(イヴィルス)の雄叫びの裏が取れました!リ、リヴァリア様とガレスさん、【猛者(おうじゃ)】【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】、そして、例の少年が敗北したそうです……!」

 

「なんやと!?フレイヤとこの二人も!?五人は無事なんか!?」

 

 その報告に声を荒げたのはロキだ。真っ先に己の眷属(こども)の身を案じながら、無所属(フリー)でありながらザルドを抑えていた、文字通りの都市最強以上の強さを証明した少年の敗北に瞠目し、貴重な戦力でもあるライバル派閥(フレイヤ・ファミリア)の団長、副団長の身も案じる。

 

「わ、わかりません!その周辺に悪魔と闇派閥(イヴィルス)が集結を始めており、近づけないんです!!五人にまだ息があるのかも、わかりません!!」

 

 顔を蒼白にする団員の絶望は、容易く他の冒険者へと伝播していく。

 都市最強の冒険者の敗北。都市最速の敗北。都市最強魔導士の敗北。不倒の大戦士の敗北。

 決して負けないと思われた絶対強者達の敗北が、冒険者達の心を折りにくる。

 

「そんな、冗談っすよね……?リヴァリアさんとガレスさんが、負けた……?」

 

 Lv.1の未熟で若い団員──ラウル・ノールドが茫然自失となり、膝をついた。

 彼だけではない。リヴェリアとガレスの世話になった──いいや、今でも世話になりっぱなしの若い団員達の士気が、砂の城のように崩れていく。

 だが、それを許さないものがいた。

 フィンだ。

 

「敵の情報は!!」

 

 顔を下げた若手達の肩が跳ねるほどの声量でもって、彼らの心を蝕む絶望を振り払う。

勇者(ブレイバー)】の発破の声が、まだ負けていないと、終わっていないと冒険者達の心に訴えかけた。

 

「ぎ、銀色の髪をした剣士。得物は刀。顔は包帯で隠れてわからないそうですが、背丈から十代の少女。先日【ガネーシャ・ファミリア】を襲った犯人と同一人物とのことです!!」

 

 彼の声を正面から浴びた団員は姿勢を正し、直立の姿勢で返答する。

 アーディとアスフィ。二人が命懸けで繋いだ情報が、ようやくフィンに届いた瞬間だった。

 勇者の発破。そして今も戦い続けている誰かの存在が、折れかけた若手達の心を間一髪で支えてみせた。

 彼らは顔を上げ、立ち上がり、自分ができる最善を尽くすべく、ある者は避難誘導に、ある者は障害物(バリケード)の増設に、何でもいいから力になるべく全力を尽くした。

 そんな彼らの背を見送ったと同時に、フィンは新たな疑問と向かい合うこととなった。

 グレイといい、その剣士といい、圧倒的な強さを持ちながら名前も知られていない傑物が立て続けに現れた。これは何かの偶然なのか、あるいは誰かが裏で糸を引いているのか。

 

(引いているとすれば、シャクティからの報告であげられたヴァニタスという男。あるいは闇派閥(イヴィルス)の邪神の誰か。少なくとも前者はグレイと互角以上の相手、か)

 

 相手にとっての『切り札』はザルドと謎の剣士、ヴァニタスの三名。こちらの『切り札』は十名足らずの第一級冒険者と、複数の第二級冒険者達。そして、都市最強と肩を並べるとされるグレイ。

 全力で思考を回し、盤面を俯瞰し、見せあった相手とこちらの手札を比較する。

 相手にはLv.7相当が三枚。こちらにある手札はLv.7相当──と思われるグレイが一人に、オッタルでもLv.6だ。圧倒的に強さも、数も、負けている。

 

「これが奴らの『切り札』か……!」

 

 フィンは苦渋に満ちた表情で歯噛みした。対応するには戦力が足りない。何より後手に回りすぎている。

 五人の敗北が、フィンの敷いた陣形に致命的な罅を入れていた。戦場における最強の敗北は、敵の増長を許し、味方の瓦解を切っ掛けたり得る大惨事だ。

 そして起きてはならないそれは、既に起きてしまった。

 

「各ファミリアの士気、下がっています!都市南部の攻勢が止められません!」

 

「だ、団長!せめてリヴァリアさん達の救出を!誰かを、あの人達のところに……!」

 

 報告を重ねる団員の隣で、ラウルが叫んでいた。

 まだ入団して一年と少しがたったばかりの青年が、先人の救出を優先してして欲しいと訴えかけてくる。

 確かに彼らは欠けることは許されない人材だ。だが、救助隊に回せる人員がいない。

 椿や戦闘娼婦(バーベラ)は既に南の区画に到着しているだろうが、彼女らも防衛で手いっぱいだ。南西を進む敵陣の横っ腹に食いつかせても、おそれく『覇者』が待ち受けている。

 

「駄目だ!僕達は中央広場(セントラルパーク)を、『バベル』を死守する!」

 

 何より、敵の狙いは明白だった。ダンジョンを封じる『バベル』を破壊し、モンスターを地上に解き放つ事。人類の天敵を世界に放ち、闇と混沌で世界を包む事だ。

 

「防衛線より以南を放棄!残存勢力は都市中央に集結するように号令を出せ!北の【フレイヤ・ファミリア】と──」

 

 そして新たな策を講じるべく、二大派閥の片翼との連携を図った瞬間、ばさりと巨大な翼が羽ばたく音がフィンの耳朶を撫でた。幻聴ではない。続く羽音が中央広場(セントラルパーク)に降り注ぎ、冒険者達と避難民が一様に空を見上げた。

 そこにいたのは、燃える都市を見下ろしながら悠然と空の旅を楽しむ巨狼。【フレイヤ・ファミリア】と交戦中だった筈の、二体目の大型モンスター。

【フレイヤ・ファミリア】の攻勢に逃げ出したのか。そんな希望的観測が冒険者達の脳裏を過るが、そんな彼らを嘲笑うように巨狼は勝ち鬨を思わせる遠吠えを都市中に響かせた。

 モンスターや悪魔のそれとは一線を画す美しさと力強さを孕んだ高音のそれは、どこか女神の歌声を想起させ、幾人かの冒険者と民衆を魅了した。

 だが、同時に彼女が生み出した最悪の状況を、駆け込んできた伝令がフィンに伝える。

 

 

「ほ、北西に展開していた【フレイヤ・ファミリア】も壊滅状態です!!幹部陣はいずれも無事ですが、全員が重症とのこと!今も団員達がモンスター、いいえ、悪魔と交戦状態です!」

 

 顔を蒼く染め、恐怖と絶望に震えながら、【勇者(ブレイバー)】なら何とかしてくれるという一縷の望みにしがみつき、どうにか正気を保っている伝令の言葉に、フィンとロキは同時に言葉を失った。

 既に最悪といっていい状況にも関わらず、もたらされたのは更なる『覇者』の──現時点での戦力では対応不可の存在の登場。

 痛みさえ伴う右手親指の疼きが止まらない。いいや、こうしている間にも強くなっていく。

 まだ何かある。何かが起こる。直感がそう告げている。

 だが、今は──。

 

「指示は変わらない。残存戦力を都市中央に集めろ!人員を再配置する!」

 

勇者(ブレイバー)】として、口を閉じるわけにはいかない。心折れかける冒険者達の支柱にならなくてはいけない。彼の号令に冒険者達が応じ、各所に散っていく中、フィンは虚空に向けて問うた。

 

「──そこにいるのは誰だ」

 

 

 

 

 

「──そこにいるのは誰だ」

 

 時を同じくして、橙黄色の髪を持つ男神──アスフィの主神であるヘルメスが、フィンと同じ疑問を口にしていた。

 悲鳴が絶えない街路を進み、都市の惨状を見渡しながら、冒険者達への指示に忙殺されているフィンの後を継ぐように、問いの続きを口にする。

 

「一体誰だ?この『脚本(シナリオ)』を描いた神は」

 

 彼は確信していた。

 この『大抗争』の景色を描ききってみせた『黒幕』が、どこかにいるいることを。

 都市破壊計画?悪魔なる新種をオラリオに放つ?何もかもが上手くいきすぎている。そんな大きな作戦を、どちらも気取られずに準備を整えるなど、人間(こども)達では不可能だ。

 彼が抱いたのは、反感であり、戦慄であり、嫌悪だった。

 そして、『黒幕』と思われる顔のない邪神に対する、正当な評価でもあった。

 

「時機、塩梅、潮、あらゆるものが人智の範疇に収まらない。必ず裏で、全てを画策した『神』がいる」

 

「ええ。その神は今も私達を嘲笑い、更なる『絶望』に突き落とそうとしている」

 

 ヘルメスの独白に、返事があった。

 彼の隣を歩いていたアストレアだ。二柱の神は護衛も連れず、全知零能の身でありながら、どんどんと地獄が広がる通りを進む。

 制御装置(ブレーキ)が壊れたトロッコのように、ただ真っ直ぐに地獄の只中へ。

 その姿が誰かの希望になるのなら、誰かの手本になるのならと、『正義』の女神は己の正義に準じて歩を進める。

 彼女を引き止めるつもりだったヘルメスも、彼女に根負けしてこうして護衛(エスコート)まがいのことをしているのだが──。

 

『ギィ!』

 

『イィ!!』

 

 ヘルメスは情けない鳴き声と共に自分達から──より正確にはアストレアから逃げていく悪魔の背を見送り、帽子のつばを押さえて目元を隠す。

 新種のモンスター、グレイ曰く悪魔達は、露骨にアストレアを避けている。おかげでこうして無事でいられるが、その理由がわからない。

 悪魔だから神を恐れている?馬鹿な。悪魔といってもモンスターだ、相手が神だろうがお構いなしだろうに。

 ヘルメスの推察を他所に、アストレアは身を襲う予感に、片手を胸に押し当てた。

 

「まだ何かが待っている。おぞましい邪悪の胎動が、まだ……!」

 

 

 

 

 

「!!」

 

 その時、アリーゼは顔を上げた。

 先程から攻勢を強める闇派閥(イヴィルス)と悪魔が押し寄せる通りを守る【アストレア・ファミリア】の面々も、団長の異変に気づく。

 

「アリーゼ、どうした!?」

 

「アストレア様が危ない。ただの直感(かん)だけど、何か危険が迫ってる!探さないと!!」

 

 それは、言葉のとおりただの直感によるもの。冒険者としてではなく、動物の本能とも呼ぶべきものが、彼女に警告を発したのだ。

 

「探すったって、そんな余裕ここには……!」

 

「街の人達は逃がしたけど、敵の攻撃がどんどんヤバくなってる!【ガネーシャ・ファミリア】だって精一杯だよ!!」

 

 団長の言葉に異を唱えたのは、獣人のネーゼとアマゾネスのイスカだ。

【アストレア・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】が布陣しているのは、敵の攻勢が最も激しい都市南方。中央広場(セントラルパーク)に直結する大通りだ。

 中央広場(セントラルパーク)以南の守りを捨てたとはいえ、彼女らが抜かれれば都市中央に敵が雪崩れ込む事態となる。【ロキ・ファミリア】が固めてくれているとはいえ、彼らにこれ以上の負担を強いるわけにはいかない。

 建物で隔てられたもう一つの通りはリオンと輝夜、シャクティ。そして先程帰還したアーディ──シャクティのお りの声がこちらにまで聞こえてきた──が中心となり、守りを固めてくれている。だが、余裕などない。

 全員がギリギリのところを踏ん張り、戦況を保っているのだ。アリーゼが抜ければ、この均衡が崩れかねない。

 

「……いや、いい。行け、アリーゼ。ネーゼとイスカも連れてけ」

 

「ライラ!?」

 

 だが、ライラがその背を押した。

 万が一アストレアに有事があり『送還』されようものなら、自分達の【ステイタス】が封じられ、お荷物になってしまう。

 ここを突破される危険性(リスク)と、【アストレア・ファミリア】が主神を含めて全滅。どちらを選ぶかの選択の中、ライラは後者を取った。

 何より、アリーゼはどういう訳かフィンと同じで『虫の知らせ』を感じ取る才能がある。ライラはそんな彼女を信用し、信頼している。

 

「こっちは任せろ!さっさと行きやがれ!」

 

「ごめんなさい。……任せたわ!」

 

「死んだら天界から唾吐いてやるからな!覚悟しとけよ!」

 

 駆けだしたアリーゼに、ライラが無理やり浮かべた笑みを向けると、

 

「ダメよ!死んじゃダメ!ボロボロになったって、私が許さないんだから!」

 

 アリーゼは立ち止まり、場違いなまでの明るい笑みを浮かべて振り向いた。

 

「団長命令!耐えて!そんで、生きて!」

 

 その笑みに、【アストレア・ファミリア】の団員達は目を丸くする。

 ライラだけはただ眩しそうに彼女を見つめ、唇を吊り上げた。

 

「だからさっさと行けっての!」

 

 その言葉を最後に、ライラは戦場に再び身を投げた。

 

「ええ!行くわよ!ネーゼ、イスカ!!」

 

 それはアリーゼも同じだ。ネーゼとイスカに指示を出し、燃える都市に飛び込んだ。

 

「アストレア様は前線に出て、指示を出してる!接触した冒険者の情報を辿って、探し出すわ!」

 

「わかった!」

 

 後に続くネーゼとイスカに指示を出すが、胸中に渦巻く不安を振り払えない。

 

「アストレア様……!」

 

 敬愛する主神を探し出すべく、アリーゼ達は地獄を突き進む。

 

 

 

 

 

「あれは、アリーゼ?」

 

 奮闘を続けるリオンの視界に、燃える都市に駆け込んでいくアリーゼ達が映った。

 

「何を呆けている!もっと手を動かせ、ポンコツエルフ!!」

 

「私はポンコツでは──!いえ、それよりアリーゼ達が!」

 

 背後で自分を馬鹿にする言葉を吐きながらライアットを切り伏せた輝夜に、リオンは既に小さくなっているアリーゼ達の背中を指差した。

 輝夜は「なに?」と怪訝な様子でそちらに目を向け、同時に悪魔や闇派閥(イヴィルス)を蹴散らしながら突き進むアリーゼ達の背中を視認した。

 

「あんなところで何をしている!?」

 

「わかりません!ですが、何かあったのは確かなようです!」

 

 互いに背を預け合い、迫る来る悪の信徒と怪物達を蹴散らしながら言葉を交わす。

 アリーゼ達の戦線離脱。あの団長のことだ、逃げることはしない。ならば、なぜ今更前線に?

 

「前線……?まさか……!」

 

 戦闘と並行して思慮していた輝夜が思い至ったのは、最悪にして納得の理由。

 奇しくもファミリア団長と同じ答えに、今まで小耳に挟んだ情報のみで辿り着いた。

 

「リオン!団長達を追え!」

 

「っ!?いきなり何を!?」

 

「あいつらはアストレア様を探しに出た!どうせいつもの直感(かん)だろうが、この状況だ!お前も合流しろ!」

 

「しかし……!」

 

 輝夜の指示に、リオンは難色を示した。

 彼女が視線を向ける先にいるのは、アーディ達【ガネーシャ・ファミリア】の団員だ。

 総力戦の様相でどうにか拮抗している状況で、自分が抜けてしまって大丈夫なのだろうか。ライラが抱いたものと似た葛藤が、正義の妖精の行動を鈍らせる。

 

「いつものようにさっさと飛び出していけ、糞雑魚妖精!!」

 

 そんなリオンに輝夜の怒号が飛んだ。

 あまりの気迫にリオンのみならず、周囲の悪魔と【ガネーシャ・ファミリア】の団員さえも気圧され、ほんの一瞬の静寂が周囲を包む。

 

「お前一人分など、私一人で埋めてやるわ!さっさと行け!」

 

 そして、呆けて動きを止めた悪魔を居合一閃でもって両断し、血化粧で彩られた笑みをリオンに向けた。

 美しくもどこか背徳的な、悪魔の血に濡れた『大和撫子』の姿が、全ての視線(ヘイト)を釘付けにした。

 直後、時間が動き出す。悪魔達が殺到し、牙や爪を彼女の柔肌に突き立てんとするが、その全てを鋭い銀光が切り裂いた。

 四散する悪魔の肢体。駆け抜ける剣撃の剣圧。舞踊のように舞い踊る彼女の刃を止められる者は、ここにはいない。

 そして屍を山を築きながら、納刀と共に視線を向けた先にいるのはやはりリオン。

 その視線は『いつまでそこにいる』と明確にこちらを馬鹿にしている。自分を弄るときと同じ目をしている。

 

「くっ……!絶対に死ぬな、輝夜!」

 

「それはこちらのセリフだ、青二才」

 

 リオンは苦虫を嚙み潰したような表情で駆け出し、輝夜はその背に彼女には聞こえないだろう激励を送った。

 

「さて、【ガネーシャ・ファミリア】には何と説明するか」

 

 そしてリオンの離脱という事態に少なからず困惑している【ガネーシャ・ファミリア】の面々と、悪魔を蹴散らしながらも説明しろと言わんばかりに睨んでくるシャクティの視線を意図して無視し、跳びかかってきたライアットを両断。

 

「アストレア様を頼んだぞ」

 

 敬愛する主神の安否を団長達と好敵手(ライバル)に託し、『大和撫子』の皮を被った剣客は剣舞をもって悪魔と悪の使徒をもてなすのだった。

 

 

 

 

 

 崩れかけた尖塔の頂き。全員が燃える都市ばかりを気にするあまり、誰にも気づかないその男は、ようやく目当ての人物を見つけて唇を歪めた。

 

「邪魔者がいるようですが、まあいいでしょう。神なら何柱でも大歓迎です」

 

 男は嗤う。こんな混沌とした状況にありながら、護衛の一人もつけずに歩き回る神の傲慢を。

 男は嗤う。極上の獲物を前にした獣のように、残酷に。

 男は嗤う。かの女神が己にもたらすだろう利益に想いを馳せて。

 

「では、ご協力いただきましょうか。哀れで滑稽な『正義』の女神よ」

 

 悪魔(ヴァニタス)は嗤う。力を封じ、弱き人間と成り果てた、哀れな(アストレア)を。

 

 

 

 




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