ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission03 異文化交流

「少し、二人でお話をしましょうか」

 

 女神アストレアは無事全員に帰還したアリーゼたちを労うと、自分に対して酷く怯える様子を見せるグレイに対してそう告げた。

 な、と目を見開いて驚くグレイを他所に、輝夜は視線を鋭くさせながら言う。

 

「アストレア様、私は反対させてもらう。話を聞くにしても、アリーゼか私は側に置くべきだ」

 

 猫を被ることも忘れ、主神の意見を非難するような声音でそう告げる。

 彼女の懸念も当然だ。皆が尊敬し、敬愛する主神と、所属不明、そして先程から挙動不審の男を、一対一で話をさせるなど、トラブルに巻き込んでくれと言っているようなものだ。

 

「ありがとう、輝夜。けれど、大丈夫よ」

 

 そんな輝夜の厚意に感謝しつつ、それでもアストレアはグレイとの対話を選択した。我儘を許して欲しいと、藍色の瞳が静かに語りかけてくる。

「皆も、疲れているでしょう」と帰還したばかりの眷属(こども)たちを労い、休むように指示を出す。

 もっとも他の眷属たちも輝夜と同じ意見のようで、顔を見合わせて困り顔を浮かべていた。

 そんな中、リオンが「護衛は私が」と名乗り出ようとすると、

 

「──なら、私はまずお風呂をいただこうかしら!」

 

 眷属たちの中で張り詰めた空気を断ち切るように、アリーゼが薄い胸を張りながら宣言した。

『え?』と彼女を除いたアストレアの眷属たちと、グレイが漏らした間の抜けた声が重なり、ライラが「相変わらず、空気読まねぇ〜」と呆れを通り越して関心している始末。

 

「い、いいのですか、アリーゼ!?この男とアストレア様を二人きりにするなど!」

 

 一方声を荒げたのはリオンだ。彼に手痛い制裁を加えられた事が更なる後押しになっているのか、グレイに対しての警戒心は輝夜に次いで高いだろう。

 先程まであれほど喧嘩していた輝夜も、今回ばかりはリオンの味方なのか、険しい顔で頷いている。

 そんな二人と、自分の意見に困惑する仲間たちに向け、アリーゼはいつもの笑顔を浮かべながら言う。

 

「アストレア様が言うからって訳じゃないけど、私もこの人は悪い人じゃないって感じがするのよ!さっき会ったばかりで、謎だらけなのは間違いないけど!」

 

「それに彼から話を聞きたいのはこっちだって同じ!話を聞くためにはある程度の信頼が必要よ!そして信じてもらうには、こっちが信じるところから!」

 

 声高らかに、暴論じみた自論を展開したアリーゼは、相変わらずアストレアに怯え、震えながら酷く汗をかいているグレイに目を向けた。

 先程までのギラついた瞳でこちらを見遣り、不敵な笑みを浮かべていた彼の姿はそこになく、さながら迷子の子供のような弱々しい様子の彼が、そこにはいた。

 

「まあ、今の彼にアストレア様をどうこうできると思えないのが本音だけどね!」

 

 バイコーン☆とウィンクをしながら意見を締めると、文字通り馬鹿にされたグレイは強がりを込めて不満そうに鼻を鳴らすが、アストレアの慈愛に満ちた笑みを向けられて余計に縮こまった。

 確かにアリーゼの言う通りかもと【アストレア・ファミリア】の少女たちの間から反対意見が小さくなる中で、リオンがぼそりと漏らす。

 

「……むしろ彼のためにも二人きりにしない方がいいのでは?」

 

 怯える彼の姿に毒気を抜かれ、逆に居た堪れなくなったのか、リオンが逆に彼を気遣い、助け舟を出したようだ。

【アストレア・ファミリア】の面々もリオンに同調するようにうんうんと頷くが、アリーゼは気にする素振りも見せず、あくまでアストレアの意見に賛同する。

 

「アストレア様が二人きりで親交を深める!その後に私たちを交えて更に親交を深める!完璧な作戦ね!」

 

「親交を深める以前に、彼が死んでしまいそうなのですが……」

 

 両手を腰に添え、満面の笑みで勝手に解決するアリーゼに、リオンはぼそりと心配の声を漏らすが、やはり彼女には届かないようだ。

 グレイの方も「俺も…それで、いい……」と怯えながらアリーゼとアストレアの提案を受け入れる姿勢を見せた。自分の都合で彼女らの厚意を無下にもできないというのもあるが、今のうちにあの女神が放つ迫力──世に言う『神威』と呼ばれるもの──に慣れるという狙いもあるのだろう。

 彼の言葉が最後の決め手になったのか、【アストレア・ファミリア】は仕方ないと言わんばかりに息を漏らし、輝夜も諦めたのか「もう好きにしろ」と額に手をやり、ライラも「流石団長だな」と呆れ顔。

 

「なら決まりね!さあ、お風呂に行くわよ!」

 

 そうして仲間たちの意見を聞き終えると共に宣言すると、今度こそと本拠(ホーム)の玄関を潜り、その後ろに仲間たちが続いていく。

 そして最後尾のグレイは白い館を見上げながら、一度深呼吸をした。

 ばくばくと五月蝿いほどに脈動する心臓を落ち着かせ、拭おうともすぐに滲んでくる汗を拭い、平静を取り戻そうとするが、やはりそれも難しい。

 

「ああ、くそッ!」

 

 そんな情けない自分に苛立ちながら、彼は少女たちに続いて玄関を潜るのだった。

 

 

 

 

 

 そのまま浴場に向かったアリーゼたちと別れ、通されたのは本拠(ホーム)の中でも広い一室──団欒室だった。

 いくつもの長椅子(ソファー)が揃えられたその中で、おそらくアストレアの定位置と思われる位置に腰をおろすと、グレイは長椅子(ソファー)のどれにも座る事なく、窓際の壁に寄りかかる形をとった。

 座ってアストレアに近づくくらいなら、座らずに──言い方を変えればいつでも逃げられるように──窓際を陣取ったのだろう。

 そんな彼を責めることもなく、座るよう促すこともなく、アストレアは困ったように笑みを零すと、グレイに声をかけた。

 

「まずは、改めて自己紹介をしましょうか」

 

 どうやって、あの借りてきた猫状態の彼と打ち解けるかを思慮したアストレアは、最初からやり直すことにした。

 

「私はアストレア。このファミリアの主神──と言っても、そこまで凄くもないし、偉くもないのだけれど」

 

 こうして、アリーゼたちが無事に帰ってくるのを待つことしかできないと、少女(アリーゼ)たちに無理を強いていることに罪悪感を感じているような声音で、静かに告げた。

 彼女のいう凄い、偉いの基準もわからないグレイは、彼女を極力視界に入れないように、そして気配も感じとらないように細心の注意を払いながら口を開く。

 

「俺はグレイ・アッシュウォルド。それで、女神様に聞きたい事が山ほどあるんだが、質問いいか?」

 

 強がりを多分に含んだ声で、それでもいつも通りの声音になるように飄々と、彼は肩を竦めながらアストレアに問うた。

「ええ、どうぞ」と微笑み混じりに彼女が応じると、グレイは単刀直入に問いかけた。

 

「それで何なんだ、この街は。あんたら神様と【ファミリア】ってのはなんだ。それと、アリーゼたちとやりあってた奴らは何者だ」

 

「ふふ。本当、たくさん聞きたい事があるのね。いいわ、一つずつ答えてあげます」

 

 まるで加減を知らない子供のように気になったことをそのまま口にするグレイに、見た目以上の幼さを感じたアストレアが鈴を転がしたように笑った。

 そしてその質問全てがこの世界における常識であることを、グレイは気付いていない。

 

「まずはこの街──オラリオについて話したいのだけれど、その前にこの街がどうしてできたのか、話さないといけないわね」

 

 だからこそ、アストレアはこの世界の常識から教えることにした。

 不満げに眉を寄せるグレイが何かを言う前に「大事なことよ」と言葉で制し、さながら詩を唄うようにこの街──オラリオの成り立ちを、世界の歴史を語り始めた。

 千年以上前、世界は滅亡の危機に瀕していた。世界の果てにあると言われる大穴から大量の怪物──モンスターが這い上がり、世界に生きる全てのものたちに牙を剥いたのだ。

 勿論、人類は抵抗した。滅ぼされてなるものかと、死んでなるものかと、剣を振るい、槍を振るい、盾を掲げ、魔術を放ち、モンスターたちに挑んでいった。

 時には『精霊』と呼ばれる超常の者たちと契約し、その力を借り受けてでも、戦い続けた。

 それでもモンスターたちの侵攻を止めるには至らず、多くの国が滅び、モンスターの根城となっていった。

 生き残った僅かな人々は身を寄せあい、いつか来る滅びの時に怯える最中、始まりの英雄の偉業を皮切りに、人類は反撃を開始した。

 モンスターに蹂躙された祖国を取り戻すため、あるいは平和な未来を掴むため、そして、死んでいった友の仇を討つため、偉大な英雄たちと、彼らに続いた多くの無名の英雄たちが、進撃を続けた。

 やがて人類は、多大な犠牲を払いつつもついにモンスターが這い出る大穴にたどり着いた。

 当時最強と呼ばれた英雄が、門番の如く大穴を守っていた黒竜を命と引き換えに撃退し、ようやく大穴の周辺を確保した人類は、大穴に蓋をするという途方もない作戦を開始した。

 多大な犠牲を払い、何度も失敗しながらも、少しずつ穴を塞いでいく中で、その日は突然訪れた。

 

 ──天上より、神々が降臨したのだ。

 

 神々は降臨するや否や、己の血をもって人類に新たな可能性を開く鍵──『神の恩恵(ファルナ)』を与え、モンスターに抗う術を授けていった。

 神により可能性の扉を開いた人類は文字通り躍進し、それでも多大な犠牲を払いながら蓋を完成させると、蓋の上に大穴攻略のための拠点を築き、毎日のように大穴に挑んでいった。

 英雄たちによる反撃の時代──『英雄の時代』は終わり、神々と共に生き、大穴を攻略せんとする新時代──『神時代』が始まったのだ。

 

「──で、それがこの街と何の関係が?」

 

 万人が聞き入り、言葉さえも失わせるであろう語りが終わるや否や、グレイは不満げに腕を組みながらそう問いかけた。

 退屈こそしなかったが、随分と長い話を聞かされた彼は時間を無駄にしたと文字通り不機嫌そのものであったが、アストレアは「ここがそうだからよ」と館の床、さらにその下の地面を指差した。

 

「は?」

 

「ここが、この街こそがその蓋なの。大穴(ダンジョン)の上に作られた、モンスターと人類の戦いの最前線──」

 

『迷宮都市オラリオ』

 

 アストレアが静かに告げた街の名は、ここに来る道中で何度も聞いたはずなのに嫌に頭に残る響きがあった。

 

「……マジかよ」

 

 グレイはアストレアの言葉につられる形で館の床を見下ろし、その下の地面の中を蠢くモンスターの姿を幻視し、芝居じみた動作で身を震わせながら「おっかねぇな」と不敵に笑んだ。

 まあ、下からモンスターが這い上がろうとする街と、時折悪魔が湧き出る街、どちらが恐ろしいかと問われればグレイは後者と答えるだろう。少なくとも、そのモンスターとかいう連中の封じ込めは成功しているのだから。

 

大穴(ダンジョン)を塞ぐ大蓋。それがこの街、か。信じられねぇな」

 

 全く訳がわからんと漏れかけた言葉を飲み込み、代わりに鼻を鳴らす。

 そんな街があるなど、そもそもモンスターによる侵攻で人類が滅びかけたなど、聞いたこともない。魔界からの侵略なら、まだ納得できるが。

 

「本当に知らないのね。この話を知らない()なんて、初めて会ったわ」

 

「そうなのか?あんたが会った事がないだけで、案外いるかもしれないぜ?」

 

 アストレアの言葉に両手の平を天井に向けながら肩を竦めておどけて見せたグレイは、「で、【ファミリア】ってのは?」と続きを催促。

 

「私たち神は、下界に降りる時に決まり事があるの。神々が持つ全知全能の力──『神の力(アルカナム)』を封じて、ただの人間同然か、それ以下の存在になること」

 

「それでも特例として許されることの一つが、人類(こども)たちに自分たちの血を分け与えて、『恩恵(ファルナ)』をその身に刻む事」

 

「なんだ、その『恩恵(ファルナ)』ってのは?貰ったその日から最強にでもなれるのか?」

 

「いいえ。『恩恵(ファルナ)』はあくまで力を得るきっかけを与えるだけ。それを生かすのも、殺すのも、本人たち次第よ」

 

 グレイが横槍気味に、そしてふざけた調子で入れた質問に、アストレアは真面目な声音と表情で返す。

 そう。彼女ら神々が人類に与えるのは、眠ったまま終わる筈だった才能を開花させるきっかけを与えるだけだ。その才能を生かすも殺すも、『恩恵(ファルナ)』を与えられた本人の頑張り次第。

 ふぅんと興味なさげに声を漏らしたグレイは、何となく【ファミリア】の意味を察し、それを確かめるように問いかける。

 

「じゃあ、あれか。【ファミリア】ってのは同じ神様から『恩恵(ファルナ)』って奴を貰った奴らの集まりってことでいいのか?」

 

「ええ。私、アストレアが『恩恵(ファルナ)』を与えた眷属(こども)たちが集まるファミリア。それが【アストレア・ファミリア】」

 

「なら、他にもガネーシャって神もいるのか」

 

「ガネーシャの眷属(こども)たちにも会ったのね。今度ガネーシャ本人にも会ってみなさい、きっと気にいると思うわ」

 

「……どうだか」

 

 質問の解答にグレイは予想的中と喜ぶ中、他の神の存在を示された途端に肩を落とした。万が一道ですれ違おうものなら、情けないがその場で飛び上がり、逃げ出す自信がある。

 

「で、そんな天下の【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】に追い回されてるあのローブの集団はなんだ?」

 

 そんな恐怖に竦む自分から目を背けるように、グレイは最後の質問の答えを急かした。

 同時にアストレアは僅かに目を伏せ、「神々は全員、善神ではないの」と恥いるように小さな声で呟いた。

 

「いいえ。ほとんどの神々が退屈を殺すために下界に降りてきているから、私やガネーシャの方がおかしいのかもしれないわね」

 

「そんなあんたらがいい意味でイカれてるとかいう話はいい。何者だ、あいつら」

 

 そうして神妙な面持ちで告げられた言葉も、グレイにはどうでもいいことのようだ。大事なのは情報で、神々の都合など知ったことではない。

 

「神の中には、人類(こども)たちがモンスターに蹂躙されることを良しとする神が、世界に混沌を振り撒こうとしている神たちがいる」

 

「なんだ、この街を吹っ飛ばして大穴の蓋を開けようってのか?」

 

「ええ。それをしようとしている神々とその眷属──闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる邪神たちの同盟と、私たちは戦っている」

 

「……へぇ。なかなかイカれた奴らがいるんだな」

 

 とりあえず、この街で自分の常識は通じないらしいということを理解し、アリーゼたちは世界を滅ぼそうとしている輩と戦う、ある意味で正義の味方であることはわかった。

 そして、どうやら降臨した神はアストレアだけではないらしい。

 

 ──これ、本当に俺が知ってる人間界か?

 

 話を一通り聞き終えた彼が抱いたのはそんな疑問だった。

 悪魔ではなくモンスターに滅ぼされかけた世界。

 スパーダではなく、人間の英雄たちと神々により救われた世界。

 閻魔刀(ヤマト)ではなく、オラリオという蓋で世界への害悪を封じた世界。

 まさか、これは師匠から聞かされた異世界という奴では?と、ふと脳裏にそんな馬鹿げた予想がよぎった。

 思い出すのは魔界の旅の中で師匠が退屈しのぎに教えてくれた、最高にぶっ飛んだ戦いの話。

 端的に纏めれば様々な世界の戦士たちが集い(プロジェクト・)巨悪に立ち向かう冒険譚(クロスゾーン)なのだが、まさか今度は自分が当事者になったのかと目を見開く。だが、そうだとすればこの状況に納得もいくのだ。

 そうだとしたら、嫌になるぜとグレイが深々と溜め息を吐くと、アストレアが「今度は私の質問に答えてくれる?」と小さく首を傾げながら問うた。

 その姿を目の当たりにすれば、万人が赤面するだろう女神を前にしても、グレイは欠片も彼女を視界に入れようとはしない。

 

「まあ、あんたは色々と聞かせてくれた。その礼くらいならしてやる」

 

 無愛想に、けれど断る事はなく、顔を背けたまま首肯する。

 少しずつ彼女が放つ高貴な雰囲気にも慣れてきたのか、顔色も少しずつだが良くなってきているようだ。

 そんな彼に、アストレアはとても簡単な質問を投げかけた。

 

「──貴方は、一体何者なの?」

 

「さっき名乗った筈だぜ、女神様。俺はグレイ・アッシュ──」

 

「そうじゃないの。名前ではなく、貴方という存在そのものが、私にはわからない。見た目はただの人間(ヒューマン)なのに、何か恐ろしいものが混ざっている。何かはわからないけれど、それはわかるの」

 

 彼女の質問におちゃらけて誤魔化そうとしたグレイに、アストレアは首を横に振ってその言葉を制した。

 彼を見つめる瞳には彼を探る色合いが強く、彼の身に流れる不思議な力を、じっと見据えている。

 

「女神様。例えあんたが神でも、聞いちゃいけない事があるんだぜ?」

 

 その正体がもう少しでわかるという程に彼を見つめていると、不意に彼の口が動いた。

 言葉こそふざけた調子ではあるが、その声色は神ですら寒気を感じるほどに冷たく、同時に機械的なまでに無機質だった。

 あまりの変わり様に声を漏らしたアストレアが彼の顔に目を向けると、彼は無表情のまま目だけを見開き、ぎろりと彼女を睨みつけていた。

 色褪せ、濁った灰色の瞳の奥に魔力の濁流が渦巻き、漏れ出た灰色の魔力が大気を軋ませている。

 彼にとって、彼の正体に関する話は禁句なのだろう。このやり取りだけで、アストレアはそれを痛感させられた。

 同時にそこに、彼の根幹に関わる何かがあることも察することができた。彼はおそらく自分の出生を恨み、その事実から目を背け、逃げ続けている。

 いつか向かい合わねばならない時が来る事を理解しながら、その日を先延ばしにして、どうにか自分を取り繕っているのだ。

「ごめんなさい。失礼よね」と頭を下げて引き下がると、グレイは鼻を鳴らして魔力を霧散させ、アストレアから顔を背けた。

 

「この街のことだの、『恩恵(ファルナ)』だの【ファミリア】だの、色々と教えてくれた事には感謝してる。だが、俺への質問はさっきのやつ以外にしてくれ、頼む」

 

 俺も熱くなりすぎたと謝罪を返したグレイは消え入りそうな声でそう告げて、アストレアの言葉を待つように口を閉じた。

 

「ねぇ、グレイ」

 

 そしてどこか遠慮するように口を開いたアストレアは、慈愛に満ちた笑みと共に彼に告げた。

 

「私たちの家族(ファミリア)にならない?」

 

「は?」

 

 突然の提案に面を喰らうグレイが間の抜けた声を漏らすと、アストレアは畳み掛けるように彼に言う。

 

「他に行く宛があるのなら止めはしないわ。けれど、今のオラリオは一人でいるのはあまりにも危険なの」

 

「それは理解できるが、何で俺がお前の【ファミリア】に入るって話になんだよ!?俺はお前に近づくのも嫌なんだぞ!?」

 

「きっと慣れるわ。それに、貴方を放っておけない」

 

「……っ!……!!」

 

 何故か自分を【ファミリア】に加えんとしてくるアストレアの笑顔の迫力に押されながら、グレイは言葉もなく溜め息を吐き、項垂れた。

 流石アリーゼたちの主神というべきか、随分とお人好しのようだ。

 彼はそんな神の気遣いから、彼女の優しさから目を背けるように、「断る」とただ一言だけ告げた。

 

「あんたといると冷や汗が止まらない。今こうしているだけでも、気が狂いそうになっているんだぞ。神様と一つ屋根の下で暮らせるか」

 

 汗ばんだ手を見下ろしながら、横目で恐る恐るアストレアに目をやる。

 彼女が纏う神聖な雰囲気が、彼女が放つ高潔さが、彼の色褪せた瞳を照らす。

 グレイはほんの一瞬、その輝きに魅入るように目を細めるが、すぐに鼻を鳴らし、目を伏せてアストレアから視線を外した。

 

「ここにいるのはアリーゼたちと話をするためだ。終わったら出ていくよ。師匠を待たせちまってる」

 

 ひらひらと手を振りながら、彼女から逃げるようにそんな事を口にしていた。

 アリーゼたちに義理を通してここにいるが、本来なら、今こうしている時間さえも惜しいのだ。

 自分にはすべき事がある。その為にも早く故郷に戻り、師匠と合流せねばならない。

「そう」と残念そうに呟いたアストレアは、藍色の瞳でグレイを見つめながら、縮こまっている彼に向けて微笑を向けた。

 

「気が変わったら声をかけてちょうだい。私はいつでも歓迎だから」

 

 迷子の子供のように身を震わせているのに、アストレアが向ける屈託のない優しさに気づいているのに、彼はそれに気づかないフリをして、目を背けている。

 神だからわかるとか、そんな簡単なものではない。今のグレイは何かに迷い、正解を求め、足掻いていることが、文字通り永い時の中を生きてきたからこそ、わかる。

 そして、その答えを師匠と呼んだ人物の背中に見ているのだろう。だから、その人物と一刻も早く再会しようとしている。

 二人の間に張り詰めた空気が流れる中、廊下の奥から姦しい声が響いてくる。

 グレイが声のする方向に目を向ければ、アストレアもまた微笑みながら「戻ってきたみたいね」と嬉しそうにポンと両手を合わせる。

 

「アストレア様、先にお風呂もらいました!!」

 

 そして団欒室に顔を出したのは、風呂上がりだからか肌も髪もツヤツヤとしているアリーゼだ。

 彼女は相変わらずの満面の笑みを浮かべながら、微妙な距離を保つグレイとアストレアを交互に見やる。

 

「ふふん。やっぱりアストレア様と二人きりになるなんて照れるわよね。大丈夫よ、私たちが来れば居心地悪さもなくなるわ!」

 

「いや、あいつアストレア様にビビってるだけだろ」

 

 そんな調子のいいことを宣うアリーゼにライラがジト目になりながら言うと、輝夜が髪を拭いながらアストレアに問う。

 

「それで、アストレア様。お客様とのお話は済みましたか?」

 

「ええ。【ファミリア】に入らないかって誘ったのだけど、断られてしまったわ」

 

「ええ!?ちょっと、グレイ!アストレア様がせっかく誘ったのに、断っちゃったの!?」

 

 アストレアが苦笑混じりに告げた言葉に、アリーゼがグレイに詰め寄りながら驚倒した。

 なんで?なんで?と絡んでくる彼女を面倒そうに睨みつつ、グレイは小さく溜め息を吐いた。

 

「お前らに話す事を話したら帰るつもりだからな。いい加減帰らねぇと、師匠に怒られる」

 

「空の上から落ちてきたのに、どうやって帰るつもりよ」

 

「あ〜。あの塔の天辺から飛び降りてみるか」

 

「死ぬつもり?」

 

 グレイが嘆息混じりにそう告げて、窓から見えるオラリオの中央に聳える白亜の摩天楼──バベルを指差しながら言うと、アリーゼはジト目になりながらそう返した。

 バベルはオラリオにとっても最重要の建築物だ。登ろうものならそこを守る【ファミリア】に見つかるだろうし、万が一にも登りきれたとしても、飛び降りれば待つのは死だけだろう。

 

「まあ、やってみねぇとな」

 

 だが、それでもグレイはやる気らしい。その程度では死なないと、謎の自信に満ちている。

 

「そもそもとして、帰すわけがなかろう。不審者」

 

 そんなグレイを輝夜が睨みつつ言うと、しれっとアストレアの隣に腰を下ろしながら彼に告げた。

 

「何故空から降ってきたのか、あの鎧は何なのか、教えてもらおう」

 

 それをせねばシャクティたちにどやされると、盟友たる【ガネーシャ・ファミリア】の団長の名を出しながら、自分たちが彼を連行してきた理由を口にした。

 

「あの鎧は、まあ俺の故郷に出るモンスターみたいなもんだ。で、あいつと戦ってたら、いきなり足元に穴が開いて、落ちた先があの工場だった」

 

「そんな話、信じられるか!それでは空の上で戦っていたと言うようなものだ!」

 

「嘘は言ってないんだが?」

 

「嘘は言っていないわ」

 

 グレイが告げた八割は真実の内容に輝夜が静かに声を荒げると、グレイは溜め息を吐いて頭を掻き、アストレアは封じられていない神の力の一つである嘘の看破を使い、グレイの発言の裏を取った。

 なに!?と狼狽える輝夜を他所に、アリーゼが彼が纏う灰色のロングコートの裾を引っ張りながら、「何で【ファミリア】入ってくれないのよー」といまだにごねている。

 

「逆に何でそんなに入って欲しいんだよ、お前は」

 

 そんな彼女を見下ろしながらグレイが言うと、アリーゼは唇を尖らせながら「だって」と言葉を続けた。

 

「貴方って、私たちよりずっと強いでしょ?力を貸してくれたら、もっとたくさんの人を助けられるかなって」

 

 その言葉こそ、側からみれば滑稽な子供のように見えていたアリーゼの本音であった。

 彼とアンジェロとの戦い。そして輝夜とリオンの喧嘩の制裁。その二つしか判断材料はないが、おそらく彼は自分たち、それどころかこの街にいる絶対的な強者たちにさえも届くだろう。

 他力本願になってしまうのは情けない話だが、それは同時に自分の弱さを認めている証拠でもあった。

 

「それに、万が一貴方とあの鎧が出てきたみたいな穴が他にもあって、もう何体も街に侵入しているとか考えたら、心配で夜も眠れないのよ!」

 

「……しまった。その可能性があったな」

 

 そして告げられた万が一の可能性──世界を跨ぐ穴が複数ある可能性を見落としていたグレイは神妙な面持ちで呟き、空飛ぶ必要ないじゃねぇかと心中で歓喜した。

 それと同時に、悪魔がいるかもしれない街をそのまま放っておくなど、自称とはいえ悪魔狩り(デビルハンター)を名乗る身としては、恥ずべき事だろう。

 そして、それは他の【アストレア・ファミリア】の眷属たちと同じであった。未知の存在であるあの鎧はもう倒されたと安堵していたが、あれが一体だけという保証はどこにもない。むしろこうしている間にも、空から降ってきている可能性もあるのだ。

 流石団長、そこまで考えてと尊敬の眼差しを向けるが、いやきっと説得するためにそれっぽいこと言っただけだろうなと気づき、すぐにいつものように団長の行動を見守る眼差しに変わる。

 そして、先の言葉はグレイの判断を覆すにはこれ以上ないものだ。

 

「……予定変更だ。このまま帰ったらそれこそ師匠に怒られる」

 

 そうとわかれば、すべき事ははっきりしている。

 しばらくこの街に滞在し、上空のそれと同じような歪みを──下手をすればグレイが知る人間界ではなく、魔界と直通のものを見つけ出し、もしもの場合は破壊しなければならない。

 言葉もなく決められた突然の方針展開に【アストレア・ファミリア】の面々が驚く中、アリーゼが勢いよく立ち上がり、彼の肩を掴みながら目を輝かせた。

 

「本当!?やったわ、アストレア様!グレイが【ファミリア】に入って──」

 

「【ファミリア】に入るとは言ってねぇ!まあ、お前らと一緒にいると退屈はしねぇだろうが……」

 

 そのまま小躍りでも始めそうなアリーゼに釘を刺し、溜め息混じりに腕を組んだ。

 神の近くにはいたくないが、まあアリーゼたちとつるむのは悪くない。正確には、暇だの退屈だのを感じることはなさそうだと感じていたところだ。

 

「もしあの鎧野郎。俺の故郷じゃモンスターじゃなくて悪魔って呼ばれてるんだが、とにかく奴らが出たら俺が対処する」

 

「なるほど、モンスターじゃなくて悪魔なのね。……悪魔?」

 

「ある程度の知性があるモンスターだと思えばいい。基本は馬鹿だが」

 

 グレイの言葉に小首を傾げたアリーゼにそれとなく悪魔の情報を小出しにすると、グレイは彼女にある提案をした。

 

「明日にでも街を案内してくれないか?初めてくる街で、土地勘がねぇ」

 

 それは街の案内。歪みを探すにも、悪魔と戦うにしても、土地勘というのは大事だ。場所を変えるつもりで移動したら、実は大通りでしたなど笑い話にもならない。

 

「あら、だったらちょうどいいわ!お風呂で明日は街を巡回(パトロール)しましょうって、決めたところなの!私とリオンが一緒に行くから、貴方も一緒に行きましょ?」

 

「な!?わ、私も一緒にですか!?」

 

 それは好都合と満面の笑みでアリーゼが言うと、巻き込まれる形となったリオンが声をあげた。

 彼女としては自分の地雷を二つも踏み抜き、輝夜との強制頭突きさせられた相手だ。ほんの僅かとは言え、苦手意識があるのだろう。

 リオンは助けを求めるようにライラに目を向けると、彼女は諦めろと言わんばかりに小さく肩を竦めた。

 

「こうなった団長は止まんねぇからな。諦めろ、リオン」

 

「そうだぞ、ポンコツエルフ。安心しろ、何かあれば骨は拾ってやるし、仇も討ってやる」

 

 ライラの言葉に険しい表情をしている輝夜が続き、警戒するようにグレイを見やった。

 あれだけ帰りたがっていた男が、いきなり協力的になったのだ。その怪しさでいえば闇派閥(イヴィルス)と大差はない。

 彼の口が軽いのは知っている。ここは一旦泳がせて、もう少し情報を引き出す。今するべきはそれだろうと、輝夜は一人作戦を練る。

 そんな輝夜の思惑を隠すように、他の眷属の少女たちもリオンに同情したり、慰めたりする言葉を投げかけていき、リオンを追い詰めていく。

 引くに引けなくなった彼女は、最後の頼みの綱としてアストレアに目を向けるが、彼女は申し訳なさそうに笑いつつ、「お願いね」と一言告げた。

 逃げ場もなくなり、明日は自分とアリーゼ、そしてグレイの三人で行動することが決まったリオンは、乾いた笑みを浮かべながら項垂れた。

 どうして、こう、毎回のように大変なことばかり押し付けられるのか。

 

「そういうわけだ。よろしく頼むぜ、リオン」

 

 そう言って握手を求めるようにグレイが右手を差し出すと、リオンはそっとアリーゼの後ろに隠れるのであった。

 

 

 

 

 

 




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