ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Intermission07 剣鬼一閃

 時間を僅かに巻き戻し、朝方の都市。

 

「いや〜。裸の王様というのは疲れるな、ヴィトー」

 

 相も変わらず都市を覆う灰色の雲を見上げながら、エレボスは思い切り体を伸ばしていた。

 闇派閥(イヴィルス)の兵士達を前にした演説をぶち上げた直後、そんな彼らの熱狂から逃れるように街を繰り出した『絶対悪』を標榜する邪神は呑気に欠伸を漏らす。

 そんなあまりにも危機感のない主神の姿に、護衛として同道していたヴィトーは糸のように細い片目をすっと開き、口の端をつり上げた。

 

「自分の事を裸の王と勘違いしている『暴君』ほど、恐ろしいものはありませんよ」

 

「ほお、面白い例えだ。今度、女と寝る時はそのネタを使おう」

 

 愛する眷属の弄りにもどこ吹く風という様子で逆に笑い飛ばした。

 

「寝台の上の暴君。これぞ裸の王様!なんちゃって」

 

「…………」

 

「『うわ、つまんねー』って顔をしないでくれよ。流石の神でも傷つくぞ〜」

 

 エレボスの冗談にヴィトーは無言の笑みを貼り付けた。

 まさに塩対応。眷属のあまりにもあんまりな反応にエレボスは肩を竦めた。

 ここだけを切り取ればオラリオにおいてはありふれた、主神と眷属が談笑する光景。

 だがそんな話をしているのは半ば廃墟と化した街路の只中。

 地獄を生み出した元凶たる邪神が、その唯一の眷属と共に都市を練り歩く。

 都市を破壊し尽くした邪神としての姿が本当なのか、あるいはくだらない冗談を言う人懐こい笑みを浮かべる姿が本当なのか、付き合いの長いヴィトーにもわからない。

 だがその極端なまでの二面性こそが、『冥府の神』エレボスの本質なのか。

 神は百の(かお)を持つというし、人の身で神の本質を知ろうという事自体が不毛の極みでもあるのだが。

 神は神だ。矛盾していようが破綻していようが、神は神なのだ。

 

「……ところで、一つお話をよろしいでしょうか」

 

「うん?どうした?」

 

 エレボスを観察していたヴィトーは、不意に疑問を投げかけた。

 頭の後ろで手を組み、空を見上げていたエレボスは胡乱な視線を眷属に向けると、ヴィトーが口を開いた。

 

「ヴァニタスとその配下の悪魔。流石に自由にさせすぎでは?」

 

「お?流石のお前でもオラリオに同情したか?」

 

「いいえ、それはあり得ません。この混沌たるを享受するのはいいのですが、流石に目に余る。悪魔とはいえ、神にあんな仕打ちを」

 

「アストレア、か。連れてきた時は好き勝手犯すのかと思っていたが、まだその方がマシだったかもな」

 

 そして二人が話題にしたのはやはりと言うべきかヴァニタス一派に関してだ。

 ここ最近こちらの指示や契約を無視した行動が目立ち始め、タナトスに関しては完全に彼らを敵視している節さえ見られる。

 闇派閥(イヴィルス)の連中には来る決戦に向け、しばらく大人しくしているように言ってあるが、ヴァニタスはその指示を守る気はないだろう。

 むしろ暴れ足りないと喚いていた過激な連中を扇動し、好き勝手にやり始める可能性も高い。

 何より捕虜として捕らえたアストレアに対する実験は、いくら闇派閥(イヴィルス)でも流石に引くようなものばかり。

 そして、お披露目会(デモンストレーション)としてあれ()を見せられた結果、その傍若無人さと純粋極まる狂気に恐怖と畏怖を抱く邪神さえも出たほどだ。

 

半超越存在(デミ・デウスデア)なんて思っていたが、案外その通りかもな」

 

「人間以上神未満のナニカ。人間を見下しながら、決して神には届かない存在。だというのに、ヴァニタスは神さえも越えようとしている」

 

 顎に手をやり、神妙な面持ちで告げた言葉にヴィトーは息を呑み、「神を超えるというのですか……?」と主神に問いかけた。

『神の恩恵』を授かった人間はその階位(レベル)を上げる事で神へと近づくとはいうが、超えることができるかと問われれば皆一様に首を捻るだろう。

 かつての最強たる【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】の傑物達でさえ全知の神の足元にも及ばなかったのだ。一体いくつの偉業を成し遂げれば、人は神へとなれるのか。

 そして一体いくつの冒涜を犯せば、悪魔は神へとなれるのか。

 

「神を超える、か。どこまで行けるのか見ものだな」

 

「貴方が連れてきたのでしょうに。……まったく危機感のない」

 

 いつの日か寝首を掻いてくるだろう相手の行動すら笑い飛ばすエレボスに、ヴィトーはとうとう長嘆を漏らす。

 一人でふらりとどこかに行ったかと思えばどこで知り合ったのかヴァニタスを連れて戻り、またいなくなったかと思えばザルドとステラを連れて戻ってきた。

 主神の奔放ぶりには困るものの、それが身を結ぶのだから本当によくわからない。

 やはり神を推し量ることなどできないと、ヴィトーはそれとなく濁った雲に覆われた空を見上げた。

 煌めく星はなく、大地を照らす太陽もなく、灰色に染まった空はあまりにも醜い。

 

「さて。そろそろ本腰を入れて探すとするか」

 

「……?何を探すのです?」

 

 そんなヴィトーの意識を引き戻したのは、肩を回して何やらやる気になっているエレボスの声だった。

 ヴィトーが小首を傾げながら問いを投げれば、エレボスは微笑みと共に告げた。

 

「正義の妖精と灰色の悪魔。いい加減、答えを聞きに行かないとな」

 

 

 

 

 

 エレボスが正義の妖精(リオン)灰色の悪魔(グレイ)を探し、都市を練り歩いてくる頃。

 とある建物と建物の間、路地裏の入り口にアリーゼがいた。

 普段浮かべている笑顔は身を潜め、いっそ悲痛なまでの表情を浮かべている彼女の胸中は、やはり悲嘆の色に染まっていた。

 ギルドからの報告では死者が三万人を超え、治療師(ヒーラー)が疲労のあまり倒れ始めているそうだ。

 フィンの指示で都市外縁の守備を捨て、中央に戦力と民衆を集中させても、一部の野営地(キャンプ)は指示を無視してその場にとどまり続けている。

 重苦しい諦観が都市を包み、冒険者達ではそれを覆すことができない。

 希望がないのだ。絶望を覆せないのだ。力が足りない。『意志』も足りない。何もかもが足りなさすぎる。

 

「アストレア様、私はどうしたら……」

 

 団員達の前では決して見せない弱気な姿とこぼした弱音。

 けれど答えてくれる主神はおらず、握る拳にも力が入らない。

 何より彼女を迷わせているのは、先日本拠(ホーム)を訪ねてきたヘルメスの言葉だ。

 

『──最悪の事態を見越して、君達に「改宗(コンバージョン)」の申し入れをしに来たんだ』

 

 ただですら逼迫していく戦力。Lv.3十人という無視できない戦力を失うわけにはいかない、それは理解できる。

 だが、その最悪のもしもを──アストレアが『送還』される最悪の事態が起こるなど、想像もしたくない。しかし、その最悪が起こる可能性があまりにも高すぎるのが現状なのだ。

 その時は一旦はヘルメスを追い返したし、団員達も突っぱねはしたものの、やはり迷いというのは生じる。

 都市を救うには『改宗(コンバージョン)』はするべきだろう。だがもし自分達との繋がりが、アストレアを救う一助になっているとしたら……。

 

「情けないな……」

 

 そうやってあれこれ言い訳をして答えを先延ばしにしてしまう。アストレアが見たら、きっと怒るだろうし、団員達にもこんな姿を見せられない。

 俯き、再びの弱音をこぼした時だった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 視界に、小さな靴が映り込んだ。

 アリーゼは驚きのままに顔を上げ、声をかけてきた人物に目を向ける。

 そこに立っていたのは一人の少女だった。薄鉛色の髪と瞳。顔こそ整っているが、その雰囲気はどこにでもいそうな街娘のそれだ。

 だがしかし、疲弊しきっているとはいえ冒険者に悟られずに近づくとは何者と警戒するアリーゼだが、ずいっと差し出されたものの匂いに当てられて思わず表情を緩めた。

 

「スープ、いかがですか?疲れているようだったので……」

 

 そんなアリーゼに釣られて少女も笑いながら、改めて差し出したもの──湯気が立つほどに温かいスープをアリーゼに手渡す。

 アリーゼは「ああ、ありがとう」と浮かべた笑みをそのままに受け取ろうとした瞬間、不自然に動きを止めた。

 不思議そうに見つめてくる少女の瞳を見つめ返しながら、息を呑む。

 首筋がひりつく。産毛が逆立つ。何か超常の存在を前にしたような圧迫感を──それこそグレイと初めて出会ったあの日のような違和感が襲いかかってきたのだ。

 目の前の相手が本当に人間なのか。冒険者もしての直感が、目の前の相手を警戒しろと呼びかけてくるが、

 

「────」

 

 だが、出かけた言葉はぐっと飲み込んだ。グレイ相手にやったやらかしを繰り返す程愚かではないのだ。一応。

 

「大丈夫ですか?」

 

「っ!ええ、うん、大丈夫。スープ、貰うわね」

 

「はい、どうぞ」

 

 そうして固まったアリーゼに少女が再び心配な声をかけると、アリーゼはすぐさま復活して今度こそスープを受け取った。

 敵ではないだろう。敵だとしたら、声などかけずに不意打ちしてくるだろうから。

 

「私はアリーゼ。貴方は?」

 

 そして友好の印として己の名を名乗り、相手の名を尋ねた。

 

「『シル』と言います」

 

「なるほど、シルちゃんね。よろしく」

 

 シルと名乗った少女にアリーゼは笑みと共に挨拶すると、シルもまた「よろしくお願いします」と笑みを返した。

 

「それでアリーゼさん。何か悩みがあるのなら、聞きますよ?」

 

 その言葉にほんの一瞬アリーゼは口を噤んだ。

 初対面の相手にあれこれ相談していいものなのか。てか下手に相談したら──主神が攫われたなどと言えば、それこそ大騒ぎになるのではないか。

 迷うアリーゼにシルは笑い、そっと彼女の手を取った。

 

「大丈夫ですよ。私の口はとっても固いんです!」

 

「……そう。なら、少し話を聞いてもらおうかしら」

 

 正義に悩み、道に迷う少女と薄鉛の少女の語らいは、こうして始まったのだった。

 

 

 

 

 

 都市の片隅で二人の少女の語らいが始まった頃。輝夜とライラは警邏(パトロール)を繰り出していた。

 

「『改宗(コンバージョン)』かぁ。オマエはどう思うよ」

 

「状況を考えれば受けない手はない。だが、あの胡散臭い神の眷属にはなりたくない」

 

「それはそうだな」

 

 そして出る話題はやはり訪ねてきたヘルメスに関してだ。

 かの男神から告げられた『改宗(コンバージョン)』の勧告は、【アストレア・ファミリア】に少なくない動揺を与えていた。

 敬愛する女神が『送還』され、【身体能力(ステータス)】が封じられた時、まず間違いなく自分達は真っ先に狙われるだろう。

 正義の女神とその眷属の喪失。それが今のオラリオに与える意味は測り知れない。本当の意味でこの都市は終わる。

 

「さっさとアストレア様を見つけねぇとな。本当に眷属辞めさせられちまう」

 

「ああ。だが、手掛かりがない」

 

 頭の後ろで手を組んで気怠げな様子を見せつつも周囲を警戒するライラの言葉に、輝夜もまた神妙な面持ちで頷いた。

 一度アスフィと接触するべきか。というかあの居候は情報の一つや二つ報告に戻ってこいと、どこにいるかもわからないグレイに愚痴を一つ。

 適当に闇派閥(イヴィルス)の構成員の一人でも捕まえるかと、八つ当たりついでに情報を手に入れようと思案する輝夜を尻目に、ライラはすっと目を細めて「おい」と輝夜に声をかける。

 

「……気づいている。誰か来るな、二人か」

 

「こんな所に二人で?アタシらが言える義理じゃねぇが、命知らずにも程があんだろ」

 

 Lv.3の【身体能力(ステータス)】により強化された聴覚が、こちらに近づいてくる二人分の足音を捉えたのだ。

 二人が各々の得物に手をかけ警戒心を最大限に高める中、ついにその二人が姿を現した。

 着崩した黒衣に漆黒の髪の男神と、それに付き従う赤髪の眷属。

 

「運がいいやら悪いやら、別の眷属を見つけてしまったか」

 

「これはこれは、お久しぶりです」

 

「おいおい、マジかよ……っ!」

 

「探す手間が省けたな、邪神エレボス!」

 

 エレボスは二人との出会いに感謝するように笑い、ヴィトーもまた嗜虐心を隠そうともせずに口角を釣り上げた。

 輝夜とライラが得物を構えたのはほぼ同時。ヴィトーもまた短剣を構え、主神を庇うように前に出る。

 そんな愛する眷属の背に隠されながら、エレボスは正義の眷属に尋ねる。

 

「今、俺はリオンとグレイを探している。知っているなら、教えてくれないか?」

 

 周囲を警戒し、伏兵の可能性はないと断定した二人はゆっくりと口を開く。

 

「……それはこっちの台詞(セリフ)だ。ついでにアタシらの女神様もどこにいんのか教えてくんねぇかなぁ」

 

「教えてはくれんだろう。私達が教えんようにな。なあ、神エレン(・・・・)

 

 二人の眼差しと口振りにはもはや隠しようのない敵意が漲っていた。

 特に輝夜。『大抗争』以前から何かにつけて絡んできた神が、邪神として都市を絶望のどん底に叩き落としたのだ。文句の一つどころか、大罪である神殺しさえも厭わないまでの殺意が瞳から滲んでいる。

 

「我が神友ヘルメスの真似をしてみたんだが、あれはあれで疲れる」

 

 そんな殺意を身に浴びながら、けれど涼しげな様子で笑った。

 

「初めて我が友を尊敬した。道化を演じるというのは難しいものだな。まあ、そんな話はどうでもいい。で、さっきの話の続きだが」

 

「話ついでに教えてくれよ、神サマ。なんでリオンと、ついでにグレイを狙ってんだ。『大抗争』の前から付き纏い過ぎだっての」

 

 そうした不敵な笑みを崩して神妙な面持ちとなった直後、ライラが言葉を切り返した。

 その言葉に顎に手をやり思慮した様子を見せたエレボスは、正義の眷属二人に視線を向ける。

 

「俺が二人に──いや、一人と一体に拘る理由か」

 

 どう説明したものかと頭を捻ったエレボスは、二人からの殺意が膨らんだことに気づいて再び笑った。

 

「『一体』呼びは流石に失礼だったか、そこに関しては謝罪しよう。それで二人に拘る理由だが」

 

「まずはリオン。あれが一番純粋だからだ。潔癖で無垢。お前達の中でも紛れもない『正義の卵』だ。『絶対悪』を提示されたあの娘がいかなる答えを出すのか、後学のために知っておきたい」

 

「「……っ!」」

 

『原初の幽冥』を司る神の言葉に二人は絶句し目を見張る中、エレボスは言葉を続けた。

 

「ま、気紛れな占いの類いだ。女は好きだろう、そういうものが」

 

 神は笑っていた。気紛れが赴くまま少女(リオン)を試そうとしていたのだ。

 彼女の正義が折れていないのかを、いまだ高潔な妖精のままでいるかを、何の意味もない賭け事に興じる暇人のように、彼女のあり方で遊んでいるのだ。

 

「そしてグレイを狙う理由だが」

 

 言葉もなく『絶対悪』の言葉に狼狽える二人を尻目に、エレボスは周囲の惨状を見渡しながら告げた。

 

「あの悪魔がどうなるのか個神的に興味があった。悪魔は人間になれるのか、怪物に人の『心』は宿るのか、実験してみたかった。兄弟姉妹の仇(ヴァニタス)を前にして、人の悪意に晒され、肉体と精神が限界まで磨耗した時、彼は『人』のままでいられるのか、俺はそれが知りたい」

 

 アストレアは人のままでいられる方に賭けたようだが。

 エレボスは自身の肩を抱きながら武者震いするように体を揺らした。

 

「とっておきの『未知』を前に、流石の俺でも興奮してきた。存外に下界に染まっていたようだな、俺も」

 

 無邪気な子供のように、あるいは狂人のように、エレボスは笑った。

 滅多に見せない心からの笑顔にヴィトーさえも怪訝な顔になる中、『絶対悪』たる男神はすぐに笑みを消し、冷徹の仮面を被る。

 

「──と、いうわけだ。俺は逃げるから、時間稼ぎは任せた」

 

「まったく、人使いの荒い。眷属こそ神の保護者なのではと、常々思います」

 

 エレボスの指示にヴィトーは芝居がかった仕草で嘆息すると、すぐに口角を釣り上げた。

 

「さて。主神の守り方、その手本を見せてあげましょう」

 

「「……ッ!!」」

 

 そして彼の煽りに輝夜とライラは額に青筋を立て、刀と飛去来刃(ブーメラン)を構えた。

 膨れ上がる闘気。突き刺さる殺意。それを受けたヴィトーは「おっと、言い過ぎましたか」と肩を竦めた。

 同時に笑みを消し、音もなく短剣を構えた。

 周囲を静寂が支配する中、三人が地を蹴る音と共に戦いが始まった。

 一閃させる刀に短剣が打ち付けられ、切り返された刃が飛去来刃(ブーメラン)を容易く弾く。

 二対一でありながらヴィトーは優勢を許さない。卓越した技術、そして抜群の駆け引き。『冒険者狩り』の中で培った『殺人の業』を余す事なく駆使し、正義の少女達の猛攻を掻い潜る。

 ヴィトーは懐から更に短剣を取り出し、少しずつ攻めの手を挟み始める始末。

 

((こいつ、強い……っ!))

 

 前回の遭遇ではグレイの横槍でまともに打ち合うことすらしなかった。

 だがこうして短時間とはいえやり合うだけでわかる。援護要員たるライラさえも前衛として挑まなければ、攻め落とされる。

 余裕はない。ならばこちらが打つべき手は。

 

「ははは!そんなものですか!?女神を攫われるのも納得ですよ!」

 

 ヴィトーは攻めの手を強め、防戦一方となる二人を煽る。

 

「──阿呆」

 

 だが返ってきたのは激昂の声ではなく、輝夜が放った冷酷なまでの罵りの言葉。

 決めにかかろうと前のめりになったヴィトーは気付いていなかった。前のめりになるあまり踏み込みが深くなり、自分から彼女の間合いに飛び込んでしまったのだ。

 ぎょっと目を見開くヴィトーを他所に、彼に攻めさせていた(・・・・・・・・・)ライラは舌を出して笑い、全力でヴィトーを馬鹿にする。

 

「これが『連携』ってやつだ。調子のった馬鹿に、キツイお仕置きをするためのな!」

 

 そんな宣言と共にライラは身を退け、体で隠していたそれ(・・)をヴィトーの視界に飛び込ませた。

 既に鞘に収められた刀。『必殺』を放たんとする剣客の手元。

 僅かに腰を落とす輝夜は、神速の抜刀を披露した。

 

「居合の太刀──『一閃』」

 

 名の通り、銀の閃光が鞘から放たれる。

 かろうじて見えた斜線に、ヴィトーは咄嗟に短剣を合わせた。だが次の瞬間には得物は甲高い金属音と共に宙を舞う。

 

「居合!?極東の『技』……っ!」

 

「おうとも。忌々しい家伝の一刀よ」

 

 剣が弾かれる勢いのままに上体を横に流したヴィトーへ、輝夜は素早く踏み込んだ。

 

「──終わりだ!」

 

 返す刃が袈裟の軌道を描き、ヴィトーに迫る。

 逃れる事も、防ぐ事もできない必殺に瞠目した彼は、次の瞬間に笑みを浮かべた。

 そんな表情に輝夜が怪訝に思うよりも早く、ヴィトーと輝夜の間の空間が弾けた(・・・・・・)

 

「「……っ!?」」

 

「輝夜!?」

 

 空間が弾けると共に炸裂した十の斬撃がヴィトーと輝夜を切り裂き、弾き飛ばし、二人の間合いを強制的に開かせる。

 二人は同時に地面に転がり、ヴィトーはエレボスの、輝夜はライラの横へと押し戻された。

 突然の横槍と輝夜の負傷に狼狽するライラを横目に、輝夜は刀を杖代わりに体を支え、ヴィトーもまた腕を押さえながら立ち上がる。

 

「全く、容赦も慈悲もない。一応は同志なのですが」

 

 彼がそのまま視線を向けたのは、自分達を見下ろしている小さな影だ。

 屋根の上に立ち、地獄の風に銀の髪と顔と四肢を包む包帯の端を揺らしながら真紅に輝く双眸で彼らを見下ろす彼女は、エレボスに胡乱な視線を向ける。

 

「ここで何をしているのですか、神エレボス」

 

「やあやあ、我が盟友。『休息』は済んだか?」

 

「質問を質問で返さないで欲しいのですが」

 

「これは失礼。何、人探しの途中さ」

 

 物理的にも、そしておそらく精神的にも神を見下しながら少女は言葉を重ね、エレボスは苦笑混じりにそう返した。

 神の返答に小さく頷いた少女は、次のこちらの番と口を動かす。

 

「『休息』はとうに済んでいます。ですが『教会』の近くで騒ぎを起こさないで欲しいと言った筈です。あれがなくなると、あの人が戦ってくれなくなる」

 

 屋根の上から飛び降り、エレボスへと歩み寄りながら告げた言葉に男神は悪びれた様子もなく釈明した。

 

「場所は偶然だ、故意に騒いだことは認めるがな。律儀に見に来てくれたついでだ、一つ頼まれてくれないか?」

 

 そのまま瞳を正義の少女達に向け、加虐の笑みを浮かべた。

 

「本物の『蹂躙』という奴を、あの可憐な少女達に教えてやって欲しい」

 

「「……っ!?」」

 

 少女達の体が強張るのを他所に、少女は──闇派閥(イヴィルス)の『剣鬼』は眉をへの字に曲げた。

 

「彼女達と戦う理由がないのですが」

 

「戦う理由。我々が闇派閥(イヴィルス)で、彼女達が正義の使徒である事以外に必要なのですか?」

 

 ステラの不満げな言葉に、文字通り殺されかけたヴィトーもまた露骨に不快そうな表情をしつつ問いかける。

 その言葉に数瞬考える素振りを見せたステラは「言葉を変えましょう」と告げ、刃のように細めた瞳をヴィトーに向けた。

 

「第一級でもない雑魚(・・)に、なぜ私の時間を割かねばならないのですか?」

 

「俺を助けると思って頼まれてくれよ」

 

 ステラが投げかけた純粋な、そして残酷なまでの問いかけに答えたのはエレボスだ。

 両手を合わせ、小首を傾げ、恋人に何かをねだるような所作でももって言葉を放ち、そして次の瞬間には真剣な面持ちで告げる。

 

「──実際は、お前が戦う姿を間近で見たいというのが本音ではあるが」

 

「…………」

 

 男神の言葉に長考したステラは溜め息を吐き、輝夜とライラに視線を向けた。

 同時に、二人に襲いかかる重圧が膨れ上がった。

 先程の雑魚呼ばわりに激昂する事もできない。したところで意味はない、それほどまでに彼我との力の差が大きすぎる。

 本能が警鐘を鳴らす。冒険者としての経験が叫んでいる。これは無理だ、勝てないと。

 二人は顔に汗と共に焦燥を滲ませた。

 

「輝夜、逃げんぞ!こんな化け物とやりあってられるか……っ!」

 

「無駄だ。背を向ければ死ぬ。目を離しても殺される。目の前にいるあれは、そういう存在だ」

 

 ライラが下した撤退の判断を輝夜が否定した。逃げるには遅すぎる、間合いが近すぎる。もう抵抗する他に生き残る術がない。

 

「見たいと言ったところで、人並みのそれしかない神の目では見えないでしょうに」

 

 一歩、ステラが前に出る。神への悪態を吐きながらその指示に従う様は、どこにでもいる神の眷属のよう。

 だが、それだけで二人の心臓の鼓動が倍になる。

 

「まあ、いいでしょう。貴方方を殺せば、兄様も本気になってくれるかもしれませんし」

 

 さらに一歩間合いが詰まる。紅い瞳の奥で冷酷な魔力が渦巻き、目標を定めた。

 二人の呼吸が止まる。金縛りになったように体が動かなくなる。

 

「せめてもの慈悲です。一刀の元に、殺してあげます」

 

 空間が軋む。

 錯覚でも何でもなく、彼女が放つ圧倒的なまでの魔力に空間が悲鳴をあげ、二人に『死刑』を予告する。

 

「クソッタレがぁ!!逃げるぞ、逃げるかんなぁ!アタシは意地でもズラかるからな!!!」

 

「戦闘の中で隙を掠め取るしかあるまい……!手を貸せ、ライラ!」

 

 恥も外聞もなく喚くライラに、震え上がる四肢を懸命に支える輝夜が返す。

 逃げるのは不可能。ならば全力で抵抗し、逃げ出す隙を作る他に生存の道はない。

 故に彼女は駆け出した。死中に活路を見出すべく、前に出た。

 だが、次の瞬間には全てが無意味となった。

 

「居合の太刀──『一閃』。でしたか」

 

 ステラの無機質な呟きが耳朶を撫でた直後、彼女の姿が視界から掻き消えた。

 そして、終わった。

 何が起きたのか、何をされたのか、それを理解するよりも早く輝夜の刀が刃の半ばから両断され、胴が深々と切り裂かれ、噴水の如く鮮血が迸った。

 崩れ落ちる剣客の背中を見つめながら目を見開いたライラの背後から、声が届く。

 

「これでは普段と変わりませんね。ただ速く振るだけではないですか」

 

 刀に血払いをくれ、鞘に収めながらそう告げたステラ。

 そして弾かれるようにライラが振り向いた瞬間、彼女の衣装が赤く染まり、次の瞬間には腹から大量の血を吐き出した。

 口からも血の塊を吐き出しながら崩れ落ちたライラは、消えかける意識を懸命に繋ぎ止めながらステラの背中を睨む。

 

「ざっけんな……っ!いつ、斬りやがった……っ!?」

 

 内臓にまで達している斬傷。間違いなく致命傷。それでも少しでも止血しようと腹を押さえながら、吐き捨てた言葉に返答はない。

 ただつまらなそうに溜め息を吐いた少女は、無様に転がる二つの肉塊とその血溜まりを避けるように歩きながら、エレボスの下へと戻っていく。

 

「……見えたか、ヴィトー」

 

「いいえ、影すらも。何という速さ、これが悪魔……っ」

 

 エレボスが瞠目しながら投げかけた問いかけに、ヴィトーは道化の仮面を剥がし、戦慄のままに冷や汗を流した。

 

「がぁ……っ!くそ、がぁ……!」

 

 切り裂かれた腹を押さえながらそれでも吠えたライラは、立ちあがろうと手を地面に着くが、上手く力が入らずに震えるばかり。

 魔法ではない。スキルでも、発展アビリティでもない。ただ文字通りに速く動いただけだ(・・・・・・・・)。輝夜が見せた技を見様見真似で、彼女以上の技量をもって斬りつけてきただけだ。

 圧倒的なまでの地力の差。生物としての格の違い。それを叩きつけられる。

 

「くそが……っ!くそ、が──……」

 

 ライラはそんな超えられない現実に打ちひしがれたまま、今度こそ力尽きた。

 自身の血でできた赤い池に身を沈め、次の瞬間には呼吸さえも止まった。

 

「『蹂躙』でもなく『瞬殺』。まったく、恐れ入るな」

 

「私の戦いが見たいのでしたら、それ相応の相手を探してください。最低でも(・・・・)第一級の冒険者を」

 

 エレボスの賞賛にステラは淡々とした声音でそう返し、再び嘆息した。

 そのまま視線をライラに向け、眉を下げながら告げた。

 

「死んだふりをするのでしたら、もう少し本気でなさってください。バレバレですよ」

 

 投げ出されていたライラの片手が僅かに震えた。

 そんな悪態を吐き出す余力はない。指先を痙攣させながら、顔を上げる。

 倒れていた都合、顔の右半分を赤く染めたライラはステラを睨みつけた。

 彼女のなけなしの殺意を向けられながら、ステラはライラに歩み寄る。

 

「姑息で臆病。私は弱者を嫌いますが、ザルド様なら高く評価した事でしょう」

 

 刀を抜き、逆手に握り、鋒をライラの左胸に──弱々しく鼓動する心臓に向けた。

 

「なので、ザルド様ではなく私に出会った不幸を呪ってください」

 

 そんな残酷で無責任な言葉と共に、彼女の心臓を貫かんとした間際。

 

「──アタシは、よぉ。チビで、弱っちいから……何でもするように、しててよぉ……」

 

 ライラの唇が、ほんの僅かに唇がつり上がった。

 

「……?」

 

 怪訝そうに眉を寄せ、手を止めたステラに向け、ライラは更に言葉を投げる。

 

「死んだふりだってするし、爆弾なんかも作る……。これでも結構苦労してんだわ」

 

 ライラはそう告げた瞬間、ステラを煽るようにほくそ笑んだ。

 

「だから、やりたくねぇけど『囮』なんかもやらなきゃなんねぇんだ」

 

 相変わらず怪訝そうな顔で自分を見下ろしてくる怪物に向け、ライラは高らかに吠えた。

 

「つまり、くたばった振りが上手ぇのは、アタシだけじゃねぇ!!」

 

 その声を合図に、ステラの背後を影が走った。

 

「居合の太刀──『双葉』」

 

 血に塗れた鬼の如き形相で、技と同じ名を与えられた二振りの小太刀を振るう。

 二刀の小太刀から無数の斬撃が放たれんとした瞬間、ステラの口から溜め息が漏れた。

 

「心臓を止めるか、魂を剥がすくらいしませんと、悪魔の目は誤魔化せませんよ」

 

 不意打ちがくるとわかっていたのだろう。振り向きざま、鞘に収められたまま無造作に振るわれた刀が二刀を受け止め、弾き返す。

 

「〜〜〜!?」

 

 両手に感じる凄まじい衝撃に目を剥き、上体を後ろに逸らされた輝夜。そのままガラ空きとなった胴に前蹴りが叩き込まれ、肉が潰れる湿った音と共に体をくの字に曲げ、瓦礫の山へと突っ込んでいった。

 そして今度こそライラにトドメを刺そうとした瞬間に、爪先に何かが触れる。

 それが何かを確かめるよりも早く、『爆炎』の連鎖がステラを包み込んだ。

 瓦礫を吹き飛ばし、砂塵を巻き上げる爆風に包まれ、ステラとライラの姿が完全に見えなくなる。

 次の瞬間一条の銀閃が走り、砂塵を切り裂きながら姿を現したのは無傷のステラだった。

 ライラ手製の炸裂弾。それを至近距離で浴びてなお、彼女を傷つけることはおろか纏う漆黒のコートを焦がす事もできない。

 だが、彼女らの目的はステラの撃破ではない。

 

「──逃げましたか」

 

 ステラは周囲を見渡し、ライラの姿がない事を認め、ついでに瓦礫の方からも輝夜の気配がない事を確認した。

 二人は元より逃げるつもりで戦っていたのだ、数秒でも視界を潰せればそれでよかったのだろう。

 血の臭いと痕を辿り、追いかけてもいいが。

 

「一瞬でも見失ったのは私です。見逃してあげましょう」

 

 いつでも殺れる相手に固執する必要もない。ステラは刀を鞘に収め、腰に帯びた。だが次会ったら殺す。逃すつもりはない。

 

「私も怪我をしていなければ追いかけているところですが、まったくどこの誰のせいでしょうね、腕が上がりません」

 

 そんな少女の背中に嫌味を投げつけたヴィトーは低く唸りながら、先程から血が止まらない自身の腕に目を向けた。

 だが彼の言葉に聞く耳など持たないステラは踵を返し、エレボスに問いかけた。

 

「それで、貴方は誰を探しているのですか?」

 

 

 

 

 

「ライ、ラ……」

 

「……ああ。聞こえ、てる……。くそ、腹痛ぇ……」

 

 二人の消えいりそうな声が路地の奥から漏れ出た。

 どうにかステラから逃げ仰せた二人だがもはや動く気力さえもなく、壁に背を預けて並んで座り込んでいた。

 腹からの出血が止まらない。治療を受けたいが、かといって動けるような状態でもない。

 だが、それでも輝夜は瞳の奥に怒りの炎を燃やし、眦を裂きながら告げた。

 

「あの餓鬼、殺すぞ……っ!」

 

「勘弁してくれよ……あんな、バケモンの相手……してられっか……っ」

 

 満身創痍のまま殺気を滲ませ、雪辱を果たす事を誓う輝夜に、ライラは溜め息を吐く。

 今にも死にそうなのに、何なら普通に殺されかけたのに、またあれに挑もうとする鬼気迫る輝夜の横顔に、流石のライラも引いている様子だ。

 だが、それでもステラに勝たねばオラリオに勝利はないのだ。

 

「何か、手を考えねぇとな……っ!グレイの奴の手を借りねぇと無理だ!」

 

「居候の手を借りるのは、業腹だがな……」

 

 二人はそんな短いやり取りと共に気合いを入れ、立ち上がる。

 エレボスがリオンとグレイを探している。この情報を一刻も早くアリーゼ達に届けなければならない。

 

「さっきの爆発が、聞こえてなきゃいいが」

 

 ライラは壁に手をつき、懸命に息を整えながら呟いた。

 手持ちの炸裂弾をありったけ使ってしまった。おかげでどうにか逃げ仰せたが、その分あの音だ。近くにいればすぐに気付くだろうし、離れていても聞こえているかもしれない。

 

「来るんじゃねぇぞ、グレイ、リオン……っ!」

 

 ライラの祈りは、届くことはなかった。

 タナトスとの問答を終え、マルコシアスに侮蔑の言葉を浴びせられ、リオン達の言葉に僅かな救いを得たグレイと、彼を追いかけるリオン達が、すぐそこまで迫ってきていた。

 

 

 

 

 




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