ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission25 蒼炎を纏いて

 グレイとヴァニタスの衝突。それは都市を揺るがし、都市のあちこちで戦い続ける者達の意識を縫い付けた。

 北西のメインストリート。リオン達の救援に向かっていたガレスとシャクティの前に立ちはだかったザルドは、二人を纏めて弾き飛ばす共に兜の下で笑みを浮かべる。

 

「そうか。ようやく吹っ切れたようだな」

 

 迷いを抱き、答えを出せず、己が何者であるかも理解していかなった愚かな少年は、まさに人類を守る悪魔(えいゆう)となる第一歩を踏み出したのだ。

 

「冒険者ではないどころか、人間ですらない餓鬼があそこまでやったというのに、お前らは情けないものだな」

 

 兜の下でどのような顔を浮かべていたのか、それを窺い知る事はできない。だが僅かに覗く口元は、確かに笑みを浮かべていた。

 グレイが、文字通りまだ子供と呼んでも差し支えない少年が殻を破り、己の過去を超克し、更なる冒険に挑む。

 悪に堕ち、英雄としての名を捨てた『覇者』から見ても、相手が悪魔だろうとその姿は眩しく、何よりも尊いものだ。

 しかし次の瞬間にはその笑みは消え、明確な『失望』の声色を冒険者に浴びせた。

『覇者』が視線を向ける先には、先ほど飛ばされた二人が埋まった瓦礫の山。

 

「この程度か、冒険者」

 

「まだじゃあああああああ!!」

 

「まだ、終わっていないっ!」

 

 そして最後に吐き捨てた言葉に、二人の雄叫びが返された。

 装備を半壊させたガレスが瓦礫の山を吹き飛ばし、満身創痍になりながらも戦意を激らせるシャクティが得物を構える。

 勝ち目も見つからないだろうな立ち上がる二人に、ザルドは黒塊を構えた。

 

「ほざいたな、冒険者ども。ならば来い。俺に喰われるに値する獲物であると証明してみせろ。あの餓鬼のようにな」

 

 

 

 

 

 世界とはこんなにも狭かったのだろうか。

 空とはこんなにも低かったのだろうか。

 何より、『自由』とはこんなにも『気持ちがいい』ものだったのか。

 音の壁を突き破る感覚が堪らない。頰を撫でる風が心地よい。体を照らす西日が温かい。

 だが、それよりも──。

 

『ウォォォオオオオオオオオ!!』

 

『ぬぅらぁぁああああああああ!』

 

 ヴァニタスとは、こんなにも弱かったのだろうか(・・・・・・・・・)

 二人の雄叫びと共に得物が激突し、拮抗する事なく弾き飛ばされるのはヴァニタス。

 純白の翼を羽ばたかせて空中で体勢を整え、グレイの方に向き直った瞬間に視界を覆ったのは、黒鱗に包まれた足だった。

 身構える余裕もない。グレイの超加速から放たれた神速の蹴りはヴァニタスの頭を覆う硬質な外骨格を砕き、頭蓋にヒビを刻み、脳を揺さぶる。

 

『〜〜!この程度で……っ!』

 

 だが意識の混濁は一瞬。瞬時に外骨格の修復も終わり、ヴァニタスは忌々しげにグレイを睨みつけた。

 ばさりと大きく翼を羽ばたかせて十数枚の羽を舞わせ、抜け落ちた羽が次々と白い魔力光を帯びる。

 次の瞬間には羽は柄のない短剣へと変わり、投射され、空気を切り裂きながらグレイに迫っていった。

 

『なめてんのか』

 

 並の悪魔や冒険者であれば、反応すらもできない殺人的な速度。

 だがそれを前にしても、グレイは目を細めて呆れ声を漏らした。

 黒翼を揺らし、大きく一度羽ばたいたと思った次の瞬間には突撃を開始。初速で音の壁を超えた衝撃波で迫っていた短剣の弾幕の第一陣を吹き飛ばし、更に加速。

 弾丸の如く体を回して弾幕の合間を掻い潜り、時には大剣や腕で切り払いながら、最短距離でヴァニタスに接近。大剣を肩に担いで構え、加速の勢いのままに振り下ろす。

 

『……ッ!』

 

 残像すらも残さぬ圧倒的な速度にヴァニタスは目を剥き、グレイの一撃を防ごうと獲物を構えるが、グレイは流れるような動作でもって体を回し、大剣に溜めていた体に力を流し、それを足に溜めて無防備な脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 スパン!と鋭い快音が空に響き、ついで凄まじい衝突音と衝撃波がヴァニタスの体を貫いた。

 体を覆う外骨格に致命的な損傷を与え、骨を砕き、内臓を完膚なきまでに破壊する。

 人間であれば致命傷。だが悪魔からすれば復帰可能な重症程度。

 

『がっ……ぬぅあ!!』

 

 ヴァニタスは血を吐きながら脇腹にめり込むグレイの足を掴み、怒りの咆哮と共に彼を投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた勢いのまま体勢を崩すグレイだが、彼はゆっくりと大剣を逆手に持ち変え、魔力を込めた。

 肉厚な刀身を灰色の魔力が包み込み、より一層不気味な輝きが刃に宿る。

 翼を広げて急制動をかけ、体勢を整えたグレイが選んだ反撃の手は師匠の十八番。

 彼にとっても久々の──。

 

『【ドライブ】!!』

 

 抜刀術にも似た所作でもって放たれるのは、空間が歪むほどの魔力が込められた三日月状の斬撃──ドライブ。

 ヴァニタスもまた単純な魔力放出によって斬撃を放ち、彼の斬撃(ドライブ)を迎撃。

 空中で二つの魔力の衝突による大爆発が起こり、舞い散った濃密な魔素が煙幕となって二人の視界を塞ぐが、

 

『もういっちょ!』

 

 その煙幕を切り裂き放たれた第二撃が、ヴァニタスの片腕に喰らい付き、

 

『【オーバードライブ】ってな!!』

 

 次いで放たれた第三撃がヴァニタスの胴を袈裟懸けに切り裂いた。

 斬撃を飛ばす大技【ドライブ】の発展系──三連撃の斬撃を間髪入れずに叩き込む大技【オーバードライブ】。

 魔力が限界を超えて高まっている今だからこそ放つことができた、師匠から教わった大技のうちの一つである。

 それを知らないヴァニタスは避けることも防ぐこともできず、二つの斬撃の直撃を浴びることになった。

 腕と胴から大量の鮮血が噴き出し、雨のように地上に降り注ぐ。人間であれば致命傷は間違いない二つの傷だが、ヴァニタスは死なない。

 薄皮一枚で両断を免れた腕と胴は魔力の蒸気と共に急速に修復されていき、与えられた痛痒(ダメージ)を数秒でないものとした。

 だが手玉に取られ、傷をつけられたという事実は変わらない。しかも欠陥品と蔑むグレイにだ。

 

『欠陥品風情がぁああああああ!!』

 

 ヴァニタスはその屈辱に目を見開き、激憤のままに咆哮をあげるが、

 

『黙ってろ!』

 

 そんな彼への苛立ちを隠そうともせずに放たれた言葉が聞こえたのは背後から。

 ヴァニタスが反射的に振り向くのと、その肩に踵落とし(ネリチャギ)が叩き込まれ、外骨格諸共に鎖骨が粉砕されたのはほぼ同時。

 文字通り叩き落とされたヴァニタスは外骨格の隙間から大量の血を吐きながら墜落。勢いのままに地面に叩きつけられ、砂塵が柱の如く天高く突き立った。

 

 

 

 

 

 西のメインストリート。多くの冒険者とリヴェリア、アイズを救援部隊を単独で(・・・)相手取るステラは、不意に攻めの手を止めた。

 遠くから感じる魔力の波動、そして振動。ちらりと横目を向けた先にあるのは、ヴァニタスが墜落した結果に生まれた砂塵の柱だ。

 風に吹かれて消えていくそれは、けれど凄まじい戦いの余波である事を都市中に知らしめる。

 

「ようやく昔の兄様に戻りましたか。それでこそです」

 

 ステラは好敵手を前にした戦士のように獰猛な輝きを瞳に宿すが、戦場を見つめる視界の端に動く人影を視認した。

 市壁の上を疾走する複数の人影。オリヴァスとヴァニタスの急な蜂起に巻き込まれ、手薄となった市壁の上を紅炎を纏う剣士を先頭に、複数の人影が闇派閥(イヴィルス)と悪魔を蹴散らしながら疾走しているのだ。

 彼女らの姿を見つめたステラは、思わずといった形で嘆息した。

 

「人間というのは諦めが悪いですね」

 

 そして邪神の命である『増援の阻止』を行うべく、彼女らを撃滅せんと足を向けた彼女の背中に斬りかかるのは、魔法(テンペスト)を纏ったアイズだ。

 小さな体に刻まれた大小様々な刀傷から血を滲ませながら、それでも少女は剣を握り、敵に挑む。

 

「まあ、それは貴方方にも言えることですが」

 

 だがステラには届かない。刃を鞘に収めたまま、無造作に振るった一撃はアイズの『風』を容易く突破し、彼女の頰を打ち据えられた。

 頰を打ち抜く快音と、頰骨が砕ける乾いた音を響かせながら少女が吹き飛んだ瞬間、ステラに襲いかかるのは地獄の業火。

 

「──【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 詠唱を終えたリヴェリアが杖を掲げ、ステラの足元に巨大な魔法円(マジックサークル)が展開。

 それと同じ大きさの炎柱が天へと伸び、避ける素振りを見せなかった彼女を包み込むが、次の瞬間には数十の剣閃が炎柱を切り裂き、舞い散った炎を絡めとり、刀に炎を付与(エンチャント)した。

 

「諦めない事と、時間を浪費する事は違いますよ」

 

 リヴェリアの炎を奪い取ったステラは数度刀を振って具合を確かめ、リヴェリアに目を向けた。

 苦渋に満ちた顔でステラを睨むリヴェリアは、横目でアイズの状態を確認。

 地面に転がっていた少女は剣を杖代わりに立ち上がり、震える膝を叱咤して身構える。

 

「やっぱり強い……っ!あの人と同じ悪魔だから……?でも……!」

 

「やはり魔法は効果なし。何か、手は……っ」

 

 ステラとのあまりにも隔絶した力量差に目を見張るアイズと、得意の魔法が文字通り効果なし──どころか相手に力を与えている事実に狼狽するリヴェリア。

 そんな二人に胡乱な目を向けたステラは踵を返し、意識を北西の戦場に向けた。

 

「どこに行く!」

 

「エレボス様の指示で、北西の戦場に誰も通してはならないのです。彼女達を追いかけませんと」

 

 文字通り無防備にこちらに背を向けたステラにリヴェリアが語気を強めると、ステラは淡々とした声音で持ってそう告げた。

 彼女の仕事は増援の阻止だ。リヴェリアとアイズの戦闘力は削れるだけ削った。今の状態で背を向けても追撃される心配はない。なら、次の隊に──先程市壁を駆け抜けていった連中を追いかけるのが道理だ。

 

「ほう。このまま放置された我々が何をしでかすか、わからんぞ」

 

「人をたくさん助けながら、たくさん斬り込めばいいの?それなら、できるよ」

 

 そうやって既に無力化したと判断した冒険者達から離れようとした引き止めるのはリヴェリアとアイズだ。

 リヴェリアはさながら商談を行う商人のような声色で、アイズは更なる戦意を全身から滲ませながら、ステラの背中を睨みつける。

 

「私の広域魔法(まほう)ならば、ここからでもあの戦場を狙える。あの調子では既に更地だろうからな、構うまい」

 

 それは安い挑発ではあったが、同時に事実でもあった。

 ステラが離れればリヴェリアはここから一歩も動く事なく魔法を行使し、超遠距離攻撃を開始するだろう。アイズという護衛がある以上、並の戦闘員ではリヴェリアに近づく事すらできまい。そもそもリヴェリアに勝てる戦闘員など幹部を含めても皆無だ。

 ステラは長嘆すると、リヴェリアとアイズの方に向き直った。

 

「まったく、鬱陶しい」

 

 声に明確な怒気を込め、燃える刃を翻しながら構える。

 直後、さらなる衝撃が北西の戦場から響き渡った。

 

 

 

 

 

 戦場を地上に戻したグレイとヴァニタスの何度目かの衝突は、更なる衝撃を伴って都市を揺るがした。

 

『づぁ!』

 

 競り合いなど一瞬。グレイは低い唸り声と共に大剣を振り抜き、ヴァニタスの体勢を崩す。

 だが彼はすぐさま後ろに飛ぶ事でグレイと間合いを開き、舞い散った羽を再び光剣への変貌させ、投射。

 容易く音の壁を突き破ったそれに対し、グレイの対応はあまりにも単純(シンプル)だった。

 流れ弾による被害を鑑み、回避の選択肢は瞬時に除外。

 翼を限界まで広げて万が一の撃ち漏らしをその身で受け止める姿勢を見せつつ、大剣を正眼に構えた。

 次の瞬間、刃がブレた。

 放たれた光針は次々と高速で駆け抜ける大剣の刃とそこに込められた魔力により掻き消され、それをすり抜けた数本がグレイの頰を掠め、広げられた翼に突き刺さる。

 だが頰の傷は次の瞬間には完治し、翼に刺さったものは軽く羽ばたくだけで抜け落ちる。

 効果なしと認めるや否や、下品にも舌を弾いたヴァニタスが次の行動に移ろうとした瞬間、今度はグレイの姿がぶれ、次の瞬間には眼前に刃が迫っていた。

 

『ッ!?』

 

 反射的に上体を後ろに逸らしたヴァニタスの反応は、まさに紙一重のタイミングだった。

 刃が通過した空間が悲鳴をあげ、歪む程の一撃を生み出したのはグレイの抜刀一閃だ。

 数十M(メドル)の間合いを瞬時にゼロにする超絶的な踏み込みの速度と、そこから放たれた居合い斬り。まさか避けられると思っていなかったグレイは瞠目するが、代わりにこいつと言わんばかりに体勢を崩しているヴァニタスを思い切り蹴り飛ばした。

 

『が!?』

 

 抵抗などできる筈もなく吹き飛ばされたヴァニタスは背中から市壁に激突し、べちゃりと湿った音を立てて地面に落ちる。

 同時に閃光が彼を包み込み、それが止むと共にヴァニタスの姿は元に戻っていた。

 髪はぼさぼさに乱れ、片眼鏡(モノクル)は砕け、纏う衣装もボロボロ。全身の至る所から出血し、肩を喘がせるその様は、死にかけの貧乏貴族のよう。

 

「ば、馬鹿な……っ、ありえない……!私が、あのお方の眷属たるこの私が、遅れを取るなど……っ!」

 

 突きつけられた現実から逃れるように頭を振り、勢いよく額を地面に叩きつけた彼は顔を上げ、額が割れ、滲み出した鮮血で赤く染まった顔をグレイに向けた。

 過去に与えられた事のない屈辱と、現実を受け入れなれない激憤に歪んだ醜い顔。

 グレイはそんなヴァニタスの顔を見つめ返しながら深く息を吐くと、大剣を肩に担いだ。

 

『どうした。この程度じゃねえだろ、ヴァニタス』

 

「……っ。調子に乗るな!」

 

 くいくいと手招きしてくるグレイの挑発にヴァニタスが額に青筋を浮かべると、視界の端に映った冒険者達と彼らが守る民衆に目を向けた。

 彼は『誰も死なせない』とまで言い切ったのだ。そちらに矛先を向ければ、対応するために数秒は無駄にするだろう。

 その数秒があれば状況を好転させる事など容易い。傷を癒やし、魔力を回復するなど造作ないのだ。

 

「何をしている、闇派閥(イヴィルス)の兵士共!獲物は目の前にいる!何を突っ立っている!?」

 

 ヴァニタスの叫びが戦場にこだました。辛うじて被っていた紳士の仮面を捨て去り、感情のままに叫んだ声はさながらモンスターの咆哮(ハウル)の如くだ。

 オリヴァスが瞬殺され、そのまま始まった超常の存在の決闘に(ほお)けていた闇派閥(イヴィルス)の戦闘員達はハッとすると、それぞれ得物を構え、自決装置に手をかける。

 対する冒険者達も構えるが、やはり多勢に無勢。オリヴァスはいなくなったが、こちらもリオンという主力を失っている。状況は好転したとは言い切れない。

 

「どうする、八号。誰も死なせないのだろう?」

 

 ヴァニタスはグレイを嘲笑するが、対するグレイは小さく鼻を鳴らした。

 

『ああ、誰も死なせない。そういうわけだ、そっちは任せるぞ!』

 

 そして市壁の上を見上げながら、誰かに向けて声をかけた。

 冒険者が、群衆が、闇派閥(イヴィルス)が、ヴァニタスが、つられて視線を上に向け、そして見た。

 

「ふふん。私達にまっかせなさい!

 

 西日に焼かれる少女達の姿。

 いっそ神々しいまでのその姿に、グレイを除いた全ての者が驚愕した。

 

「貴様らは……っ!」

 

 ヴァニタスが狼狽の声を漏らす中、赤い髪が風に揺れ、剣を掲げた少女が宣言した。

 

「『正義』、参上!」

 

「アリーゼ、それに皆も!」

 

「来ましたね、【アストレア・ファミリア】!」

 

 市壁の上の敵を蹴散らして馳せ参じたのは、アリーゼを筆頭とした【アストレア・ファミリア】の少女達。

 アーディとアスフィの歓声が響く中、彼女らは躊躇いなく市壁の上から飛び降りると、すぐさま死にかけのリオンの元へと向かう。

 

「リオン、生きてる!?」

 

「ぁい……なん、と……か……?」

 

「何で疑問系なのよ!?とにかく、マリュー!治療お願い!」

 

「はい!」

 

 アリーゼがすぐさまリオンに声をかけるが、返されるのは文字通り死にかけた妖精の呻き声だ。

 アリーゼは慌てて治療師(ヒーラー)のマリューに指示を出し、ついでグレイに目を向けた。

 漆黒の鱗に包まれた異形。まさに人の形をした竜とも言える姿ではあるが、それでも彼が何者なのかは先程の声と雰囲気でわかる。

 

「そっちは任せたわ!」

 

「ったく!本気出すなら最初からそうしろってんだ、この居候!」

 

「まったくだ。おかげで死にかけたぞ、居候」

 

 アリーゼが笑みと共に言葉を投げれば、ライラと輝夜も軽口と共にグレイを弄り、三人の言葉にグレイは肩を竦め、僅かに口角を吊り上げた。

 だが、それもほんの一瞬。彼が表情を引き締めるのと、アリーゼが剣を構えたのはほぼ同時。

 

「もう誰かが傷つくのは終わり!誰かを泣かせる貴方達を、しっかり倒してあげるわ!みんな、行くわよ!」

 

 団長の言葉に【アストレア・ファミリア】の士気は爆発し、勢いのままに駆け出した。

 放たれた矢の如く疾駆した彼女らと闇派閥(イヴィルス)が激突したのはその直後、少女達の叫びと闇派閥(イヴィルス)の悲鳴が戦場の空気を塗り替える。

 他の冒険者達も彼女らに続くように雄叫びをあげ、一転攻勢に出た。

 状況が好転していく。冒険者達の勢いが増していく。

 

「主神も守れない弱者どもが、忌々しい……っ!」

 

 それはヴァニタスから見れば劣勢を強いられている事と同義だ。彼は奮闘する【アストレア・ファミリア】の姿を睨みながらそう吐き捨てる。

 

『なんだ、自虐か?だとしたら笑えるな』

 

 そこにすかさず投げられたのはグレイの煽りの声。

 びきりと音を立てて額に青筋を浮かべ、「なんだと」と地の底から響くような声で問いかけると、グレイはあっさりと告げた。

 

『二回も主人を守れなかった雑魚悪魔が、あいつらを馬鹿にすんじゃねえよ』

 

 笑みを消し、友人を侮辱された怒りのままに告げられた言葉にヴァニタスの額の血管が弾け飛んだ。

 

『一回目は2000年前、二回目は二十年くらい前か?まあ、いつかなんてどうでもいい。ご主人様が二回も死にかけてんのに、実験に没頭して何にもしてなかった馬鹿はどいつだ』

 

 それでも続く煽りの言葉に、ついにヴァニタスの口が動く。

 

「殺す」

 

 グレイへの返答は純然たる殺意。

 一瞬の閃光と衝撃と共に白翼を携えた騎士へと姿を変えたヴァニタスは翼を広げ、突貫。

 グレイもまた黒翼を広げ、地面を爆散させながら駆け出す。

 衝突はすぐ。『覇者』の頂を飛び越える両者の衝突は凄まじい衝撃を生み、再び大地を揺らした。

 競り合いは一瞬。次いで始まるのは嵐の如く斬撃の応酬だった。

 残像さえも残さない超速で二振りの大剣が衝突し、甲高い金属音と共に大量の火花が舞い踊る。

 

「速ぇ!?全く見えねえぞ、何してんだあいつら!?」

 

「構うな!元より我々ではどうにもならん相手なのは明白だったろうが!」

 

 飛去来刃(ブーメラン)を投じて自爆を阻止した傍らで、至近距離で巻き起こっている超常の戦いにライラが悲鳴を上げる中、輝夜が音もなく敵兵を切り伏せながら声を荒げた。

 グレイが自分達とは別格だったのは今に始まった話ではない。何がどうしてあんな姿になったのかは知らないが、とにかく数日前より強くなっているのなら何でもいい。

 

「でも、本当に何がどうしてあんなになってんだよ!あれじゃ、マジで──」

 

「あら、いいじゃない!ヒューマンがいて、エルフがいて、獣人がいて、小人族(パルゥム)がいて、皆が戦ってる!その中に一人くらい悪魔がいたって、私は気にしないわ!」

 

 暴力の化身の如く止まる様子を見せず、ひたすらにヴァニタスに刃を打ち込み続けるグレイの姿にネーゼが頼もしさ半分、怖さ半分で言葉を吐き出すと、アリーゼが笑みと共にそう告げた。

 その笑みに【アストレア・ファミリア】の少女達は笑みを返し、更に攻勢を強めていく。

 グレイの嵐の如き猛攻が、【アストレア・ファミリア】の怒涛の攻勢が、『悪』の進軍を押し返す。

 

「……戦ってる」

 

 ぽつり、と。目の前で広がる戦いに、勇ましい冒険者と悪魔の背中に、民衆の一人が声を落とした。

 

「あんなに速く……あんなに強く……」

 

「私達を、守るために……?」

 

 彼等は無力で、守られることしかできない弱者。

 少年と少女達の気高い背中に胸を動かされ、喉元までせり上がる衝動に耐えることしかできない。

 

「でも、俺達は」

 

 悲しみと喪失に目が眩み、少女達に石を投げた。そして少年の言葉に打ちのめされた。

 手から零れ落ちた犠牲は消えない。悲しみはすぐに風化しない。それでも悲しみを乗り越え、『正しく』あろうとする彼女達に、とある青年は視線を足元に向け、忸怩たる思いをこぼすことしかできなかった。

 

「なあ、応援してやってくれないか」

 

「えっ……?」

 

 そこに歩み寄ったのは虎人(ワータイガー)。アリーゼ達の到着とオリヴァスの脱落、そしてヴァニタスの足止めが後押しとなり、ようやく闇派閥(イヴィルス)の包囲を突破したファルガーは、冒険者の一人として訴えた。

 

「俺は、あんた達が何をしたのかは知らない。それでも【アストレア・ファミリア】は、グレイは、あんた達のために戦ってる」

 

「だから、どうか力を貸してやってくれ」

 

 ファルガーは笑みを投げかけながらそう言うと、「私からもお願い」とひょこりと彼の影から顔を出したアーディもまた笑みを向けた。

 それでも彼女も満身創痍。疲労が滲む笑みは強がりに他ならないが、それでも少女は笑った。

 

「私達に出来ることは少ないけど、それでも声をあげることはできる。『貴方は一人じゃない』って、伝えることはできるから」

 

「──だから、お願い」

 

 ファルガーとアーディ。二人の言葉に青年は目尻に涙を溜め、

 

「……がんばれっ」

 

 次の瞬間には詰まる喉をあらん限りの力で震わせ、叫んでいた。

 あの日言いたかった言葉。あの日言えなかった言葉。

 

「頑張れぇぇぇえええええええ!!!」

 

 その声を皮切りに、周囲から声援が生まれた。

 

「頑張れっ!頑張れぇ!!」

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさい……!酷いことをして、ごめんなさい!」

 

「もっと、ちゃんと謝りたいからっ……負けないで……!」

 

 男も、女も、老人も、子供も、声をあげていた。

 戦う者達に贈られる声援の只中で、(リア)の母親は一人立ちつくしていた。

 彼女が見つめる先にいるのはグレイだ。もはや残像すらも視認できない速度でヴァニタスと斬り結ぶ、悪魔の背中だ。

 あの日の言葉は間違っていなかった。やはり彼は本当の意味で悪魔だったのだ。

 (リア)を殺したのも悪魔。そして、(リア)を救ってくれたのも悪魔。

 嗚咽を漏らしながら涙を流す母親の肩を、夫が支えた。

 彼もまた必死に涙を堪え、肩を揺らしながら、声を震わせた。

 

「あの子がいった通りだ。私達が(リア)を守れなかった責任は、私達が受け止めよう。だから、(リア)と彼女達に、償いをしよう」

 

「ううっ……ああああぁぁぁぁ!」

 

 母親は声をあげて泣いた。目から涙を溢れさせ、それでも戦う者達の背中に向けて叫んだ。

 

「がんばって……がんばってええぇぇぇ!!」

 

 彼等の声はアリーゼ達にも、そしてグレイにも届いていた。

 剣戟の音にも、魔力が渦巻く音にも負けず、力なき民衆の声が『正義』の戦士達の背中を押していく。

 アリーゼ達の勢いが増し、闇派閥(イヴィルス)を押し返していった。

 だが、一人ヴァニタスと向き合うグレイの胸中にあったのはまた別の感情だった。

 

(ごめんなさいは、俺のセリフだよ)

 

 家族を失い、失意の底にいた彼等を蹴り飛ばしたのは自分だ。

 苛立ちのままに心の傷を抉り、彼等を嘲笑ったのは自分だ。

 謝らないといけない。あの日彼等の大切な人達を救えなかった事を、あの日彼等に寄り添わなかった事を。何より、彼等を見捨てようとした事を。

 

(だから、絶対に死なせねえ)

 

 言葉を交わし、向かい合うには互いに無事でいないといけない。

 あの日は救えなかった。次の日は自分が傷つける側に回っていた。なら、今日こそは──。

 

『ぐるぅああああああああああああああああ!!!』

 

 都市を揺るがす竜の咆哮と共に振るわれた剛閃が、ヴァニタスの防御を突破し、体を切り裂きながら吹き飛ばす。

 宙を舞ったヴァニタスからは純白の羽と共に鮮血が舞い散り、地面に赤と白の斑ら模様を残していく。

 上半身と下半身が別れかけ、腹から臓物を溢れさせても悪魔は死なない。四肢を地面にめり込ませて急制動をかけ、血痕と共に四本の轍を地面に刻んだ。

 二人の間合いが大きく開く。グレイは大きく足を吐き、ヴァニタスは全身から修復の蒸気を噴き出しながら立ち上がる。

 形勢は完全に『正義』の側に傾いた。都市を覆う絶望は裏返り、希望の光が差し込み始めている。

 

『ふざけるな、ふざけるな!!貴様のような欠陥品が裏切り者(スパーダ)になれるとでも!?ふざけるのも大概にしろ!』

 

 ヴァニタスは鎧を思わせる外殻の下で大量の唾液を撒き散らしながら吠えた。

 欠陥品と捨てた小僧が、かつて魔帝を封じた男に届く筈がないと蔑みながら、それでもそれを完全に否定する材料を見つけられずに狼狽える。

 そして、力こそが全ての悪魔は大剣を掲げ、魔剣の乱射や魔法によって周囲に漂う魔素を含め、己の魔力の全てを集めていく。

 風が逆巻き、周囲の大気さえも巻き込んで魔力を孕んでいく純白の剣はやがて黒く染まり、刀身がバチバチと音を立てて光の飛沫が飛ぶ。

 全てはグレイを否定するために。全ては己の行動の正当性をしょうていするために。

 

『貴様はスパーダではない!スパーダになれる筈がない!貴様は私が捨てた欠陥品!何も背負えず、何もなせない!無様に死に晒す事しかできない無能だ……っ!』

 

 感情のままに叫びをあげる彼の瞳に宿るのは恐怖と憤怒──そして僅かな憧憬。

 グレイに重なる裏切り者(スパーク)の姿に、彼に重なる怨敵(ダンテ)の姿に、殺意が爆発する。

 高まり続ける魔力。刃に宿る絶大なまでの魔力。市壁近くの戦場からでも、おそらく都市中央のバベルを倒壊せしめる一撃が放たれんとしていた。

 冒険者達が肉の壁となって守る民衆は、身を寄せ合って吹き荒れる強風と逆巻く魔力に耐え、その視線を向けるのは黒翼を広げる悪魔の背中。

 殺人的な魔力の濁流にも怯まず、向けられる殺意から目を逸らす事もなく、彼もまた剣を掲げた。

 深く息を吐き、横に向けた刃を顔の前に持ってくる。

 磨き上げられた鏡のように美しい刃に反射して映るのは悪魔の自分。そして、自分を信じてくれる冒険者達と民衆の姿。

 グレイは不敵な笑みを浮かべ、両手で大剣を握った。

 魔力を込める。だが、これでは足りない。ヴァニタスの死力には届かない。ならばあとは何を込めればいい。

 

「グレイ……っ!──────!!」

 

 大剣に魔力を込めながら逡巡する彼の耳に届いたのは、妖精の声だった。

 仲間の手で治療され、肩を借りながらも辛うじて立ち上がったリオンは彼の名を叫んでいた。

 吹き荒れる風と魔力の音に掻き消され、続く言葉は聞こえなかったが、それでも何となくだが彼女が何を言ったのかはわかっていた。

 

『──正義は巡る』

 

 それは彼女が教えてくれた言葉。邪神の誘いに乗りかけた自分を止めてくれた言葉。

 そして、自分を『人間』に戻してくれた切っ掛けになった言葉。

 

『なに……?』

 

 ぼそりと呟かれた言葉に、ヴァニタスは怪訝の声を漏らした。

 

『スパーダの魂を師匠が継いだように俺は師匠の魂を継ぐ。力だけじゃない高潔な魂を、スパーダが掲げ、巡ってきた「正義」を俺は継いでいく!』

 

 ドクンと、グレイの心臓と共に大剣が脈打った。

 体の底から魔力が溢れ出す。大剣からも魔力が迸る。

 限界を超えた心臓の鼓動が鼓膜を揺らし、大地を震わせる。

 

『俺は空っぽなんかじゃねえ!あの人の背中に憧れたから、あの人に追いつきたいから、色んな奴の手を借りて俺はここにいる!』

 

 ありったけの魔力を刀身に込める。

 灰色の魔力はより純度を増し、星明かりにも似た白銀の輝きを放ち始めた。

 

『ここには守りたい人が大勢いる!やらなきゃならねえ事がたくさんある!』

 

『でもこれじゃ足りねえ!力を、もっと力を……!俺に、誰かを護るための力を……ッ!!!』

 

 主の呼びかけに応じるように、水晶に封じられた破片から蒼い魔力光を解き放たれる。

 白銀の魔力と混ざり合い、喰らいあい、蒼炎となって刃を包み込み、蒼い火の粉を振りまく。

 だが不思議と熱くない。むしろ何よりも優しく、温かいその炎は、希望を塗りつぶさんとする漆黒の滅光に抗うように、その勢いを増し、大剣のみならずグレイを覆い尽くす。

 四肢に炎が絡みつく。心臓に炎が灯る。鱗の隙間から覗く魔力光も、湧き出す魔力に紅く染め上がっていた瞳さえも蒼く塗りつぶす。

 文字通りの全力全開。魔力も、魂も、全てを燃やして今放てる最強の一手を構える。

 冒険者達も、闇派閥(イヴィルス)も、そして戦いを知らない民衆でさえも、次の一手が決着に繋がる事を理解させられた。

 ヴァニタスの魔力の装填が完了する。過剰なまでの魔力を注がれる事で漆黒に染まった刀身が悲鳴をあげ、柄頭に嵌められた水晶にヒビが入る。

 中に封じられた破片が震え、必死になって限界を伝えるが、寝耳に水。ヴァニタスは気にする素振りすら見せない。

 グレイもまた魔力の充填を完了する。空間を歪める程の絶大な魔力を孕んだ蒼炎を全身に纏い、刃を掲げる。

 限界などとうに飛び越えた。更なる限界も今飛び越える。やろう、スパーダのように、師匠のように、何より『正義』を掲げる少女達のように。

 

『──決着だ、ヴァニタス』

 

『それはこちらのセリフだ……ッ』

 

 グレイが絶対の意志と共に告げた宣言に、ヴァニタスは同意を示した。

 片やオラリオを──そこに生きる全ての者を護る為に。

 片やオラリオを──ひいては世界を滅ぼす為に。

 ほんの一瞬の静寂が戦場を支配した。二人の悪魔が放つ魔力に世界が悲鳴をあげ、歪み、ヒビ割れる。

 空が割れ、風景が砕け、半透明の世界の幕が破片となって降り注ぐ。

 それでも声をあげる者はいなかった。より正確に言えばあげられなかった。

 誰かが固唾を飲んだ。

 誰かが祈るように両手を組んだ。

 そして、一人の妖精が息を吸い込んだ。

 瞬間、時が動き出す。

 グレイとヴァニタス。竜と天使。蒼と黒。正義と悪。

 両者は全てを引きちぎり、突撃。踏み込みから一瞬遅れて地面が爆砕され、冒険者達が慌てて民衆を守るべく盾を掲げ、剣を構えた。

 瞬間、絶大な魔力同士が激闘する衝突音が世界を響き、都市を大きく揺るがした。

 解き放たれた濃密すぎる魔素が放つ閃光が戦場を照らし、冒険者や民衆の視界を白く塗り潰す。

 

『『────────!!!!』』

 

 魔力同士が激突する重々しい異音に混ざり、グレイとヴァニタスの意味を持たない咆哮が轟く。

 容易く都市を崩壊させる漆黒の滅光を蒼炎が押し返し、喰らい、前へと歩を進める。

 ヴァニタスは目を見開いた。押し切れない、むしろ押し返される。自身の渾身を、造作もなく、一方的に。

 グレイはそんな彼に笑みを向けた。次の瞬間、滅光を喰らい尽くした蒼炎が爆ぜ、大剣が振り抜かれる。

 

「〜〜〜〜!?!?馬鹿なっ……!」

 

 柄を残して爆散するヴァニタスの得物。上腕を残して千切れ飛ぶ両腕。カランと乾いた音を立てて、柄が地面に転がった。

 異常なまでの魔力の消費とダメージにより変身が解け、生身を剥き出しにした彼は武器を失った恐怖と、両腕を失った激痛に目を血走らせた。

 そして、あらん限りに見開かれた瞳に映るのは銀色の髪(・・・・)と、蒼炎を宿しながら己を睨みつける双眸(・・)だった。

 消耗したのはグレイとて同じ事。変身が解け、鱗を失った生身を曝け出す。

 もはや魔力は残されていない。全てを出し尽くした。それでもなお、グレイは笑い、更に踏み込んだ。師匠なら、この程度で止まるわけがない、むしろ笑い飛ばすに決まっているからだ。

 振り抜かれた肉厚な大剣を強靭な意志の力のみで握り、重さを物ともしない速さでもって刃を返し、更なる加速をもって刃を振るう。

 もはや防ぐ手立ても、避ける手立てもないヴァニタスはもはやそれを受け入れる他なく、軌跡に蒼炎が残る斜線が通過したと認識したのと、体から鮮血が噴き出したのはほぼ同時。

 遅れてやってきた焼けるような激痛と急速に血が失われていく感覚にヴァニタスは悲鳴をあげ、残された力を振り絞って後ろに跳んだ。

 今は間合いを。いいや、何が何でも逃げねば。次の作戦はいくらでも用意してある、その手を実行せねば。

 もはや恥も外聞もない。どんな手を使おうが生き残らねばならない。主の復活まで死ぬわけにはいかない。

 ヴァニタスはグレイから可能な限り距離を取るべく、最短の経路を──市壁を飛び越えて都市外まで離脱せんと大跳躍。

 グレイも追おうとするが、やはり消耗し過ぎているのか足がふらついたかと思えばその場に片膝をつき、舌打ち混じりに遠ざかるヴァニタスの背中を睨みつけた。

 ヴァニタスはそんな彼を警戒するように肩越しに視線を向け、彼が立ち上がれない事に安堵し、胸を撫で下ろした。

 

「一手足りなかったな、八号!」

 

「ああ、くそ。その通りだよ畜生」

 

 そして投げつけられた煽りの言葉に、グレイは反論する事もなく首肯した。

 強がりでも何でも言い返してこない彼の様子に怪訝な顔になるヴァニタスは、その次の瞬間に彼が笑みを浮かべた事に気づき驚愕した。

 ヴァニタスの言う通り一手足りなかった。最後の踏み込みが足りなかった。全くもってその通りだ。

 だから、その一手は他の誰かに詰めてもらうとしよう。

 グレイは振り返り、唄っていた妖精に目を向けて会心の笑みを浮かべた。

 

「──任せた、リオン!!」

 

 先の魔力のぶつかり合いに隠されていた必殺。叫びの中で掻き消されていた妖精の唄が今、完成する。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 傷つき、一度は倒れた妖精は、それでもなおグレイの信頼に応えてみせた。

 放たれたのは風を纏う八つの光球。それは彼女の最速でもってヴァニタスに迫り、背を向けていた彼に直撃すると共に爆裂。

 

「──────ッ!?!?」

 

 次々と炸裂する魔力球の爆発音に、ヴァニタスの悲鳴が掻き消える。

 視界を塗り潰す閃光と、骨を砕き肉を引き裂いていく衝撃と疾風。満身創痍の状態でその渦中に放り込まれたヴァニタスの命は文字通り削り取られていき、命の刻限を一気に短くする。

 同時に離脱の為の速度を失い、リオンの魔法に吹き飛ばされたヴァニタスは市壁に叩きつけられ、大量の血を吐きながら落下してくる。

 リオンが産み出した千載一遇。それに応えずして、悪魔狩人(デビルハンター)は名乗れまい。

 深く息を吐き、水平に構えた大剣を矢を番えるように引き絞る。

 腕からはギチギチと肉と骨が軋む音が漏れ、事実限界を超えた駆動を続けた肉体が悲鳴をあげ、体のあちこちの血管が弾けて血が噴き出すが、それでもグレイは笑みを浮かべた。

 

悪魔死ぬべし(デビル・マスト・ダイ)!」

 

 そして言葉に殺意を込め、大剣を突き出すと共にその技を叫んだ。

 数ある師匠の十八番の一つにして、彼を象徴する技が一つ。

 

「────【スティンガー】!!!」

 

 瞬間、グレイは全ての者の認識を引きちぎり、空間を抉り取りながら突貫。

 意識が混濁し、無防備に市壁から落下していたヴァニタスは彼の叫びに目を開くが、時既に遅しだ。

 大剣がヴァニタスの心臓を貫き、鋒は市壁に突き刺さると共に蜘蛛の巣状のヒビを刻み込んだ。

 遅れて肉が貫かれる刺突音と市壁が砕ける破砕音が戦場に響き渡り、ヴァニタスも焼けるような痛みに目を見開き、ごぼりと血を吐き出した。

 彼の体を市壁に縫い止め、間近で彼を睨みつけたグレイはたった一言問いかける。

 

「アストレアはどこだ」

 

「欠陥品風情がぁ……っ」

 

「そうか」

 

 尋問も、拷問もしない。ヴァニタスを相手にそんな危険(リスク)は犯さない。

 教える気がないのなら仕方ない。他の誰かに聞くとしよう。ただそれだけの事だ。

 グレイは左腕を掲げた。ザルドの雷霆で骨まで溶け落ちた筈の腕は過剰なまでの魔力の供給により完全に修復されており、その腕にギルガメスが同化し、漆黒の外殻がその上を覆う。

 魔具ゴリアテ。ようやく義手代わりではなく本物の主人の左腕に嵌められた籠手は歓喜するように吼えると、魔力吸入口を全開にした。

 グレイとヴァニタスの衝突により戦場に散った膨大なまでの魔力を一気に吸い上げ、瞬時に限界を突破。

 

『Ignition!!』

 

 ゴリアテがそう叫んだ瞬間に装甲が展開され、腕を包むほどの灰色の魔力炎が吐き出される。

 圧倒的なまでの熱量にグレイが頬を汗で湿らせる中、最後の問いをヴァニタスに投げた。

 

「アストレアはどこにいる」

 

 二度目の問いかけに、ヴァニタスは肩を震わせて口角を釣り上げる。

 女神の現状、そしてグレイの状態から逆算し、自分の勝ちは揺るがない事を確信する。

 

「くははっ!今更あの女神を救えるとでも!?もう遅──……」

 

 ヴァニタスの哄笑は最後まで続くことはなかった。

 無言で放たれたグレイの拳がその顔面に打ち込まれ、そのまま頭蓋を砕いて頭部を完全に粉砕したのだ。

 凄まじい打撃音と共にヴァニタスの頭部は市壁の染みへと変わり、市壁のヒビが更に深く、広くなっていく。

 

「それはお前が決める事じゃねえ」

 

『Extinguishing……』

 

 グレイはヴァニタスの捨て台詞をそう吐き捨て、一撃に全てを込めたゴリアテが大量の蒸気を吐き出しながら沈黙する。

 グレイは市壁にめり込んだ大剣と拳を引き抜くと、後ろに跳躍。

 支えを失ったヴァニタスの体は崩れ落ち、溢れ出した大量の血が地面に染み込んでいく。

 音もなく着地したグレイは大剣と左腕の籠手に血払いをくれ、大剣を背負い、籠手を魔力の粒子に変えて体内に収納。

 解放された魔力に当てられて銀に染まった髪を風に揺らしながら蒼炎に焼かれて碧く染まった双眸を閉じ、深く息を吐く。

 戦場に静寂が訪れた。全ての者が動きを止め、目の前で起きた決戦と、その決着を理解するのに時間を要した。

 真っ先に今すべきことにたどり着いたのはアスフィだった。

 

「勝鬨です!勝鬨をあげなさい!誰が勝ち、何を成したのか、都市中に届かせるのです!!」

 

 声を張り上げ、冒険者だけでなく民衆にも向けて指示を出す。

 冒険者達はその言葉にハッとし、頭と両腕を失ったヴァニタスの死体と、疲労困憊になりつつも仁王立つグレイに目を向け、次の瞬間。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 喉が割れんばかりに叫びをあげた。

 男も女も、種族も関係ない。皆が一様に声を張り上げ、武器を掲げ、勝者の名を叫ぶ。

『覇者』の一人を討ち取った英雄の名を、悪魔にして人類の防人となった少年の名を。

 

「やった!やった!グレイが勝った!勝ったよ、リオン!」

 

「わかっています。わかっていますから、あまりくっつかないでください……っ!」

 

 我先にと駆け出したアーディが最後の最後にナイスすぎるアシストを行った親友(リオン)に抱きつき、抱きつかれた彼女もまた困り顔になりながらも微笑んだ。

 ヴァニタスの敗北を見せつけられた闇派閥(イヴィルス)は戦意を失い、

 

「────撤退だ!撤退するぞ!」

 

 辛うじてアリーゼ達の猛攻から逃げ延びた幹部が叫び、我先にと逃げ出していった。

 流石のアリーゼ達も、そしてグレイにも追撃の選択肢はない。文字通り死力を尽くした彼らに、そんな余力は残されていないからだ。

 遠ざかる彼らの背中を見つめる他ない彼らが、とりあえずは皆を守りきれたと安堵の息を吐いた瞬間、

 

「──尻尾を巻いて逃げるなど、赦すと思いますか?」

 

「へ……?ぎゃ!?」

 

 闇派閥(イヴィルス)に斬りかかる人影があった。それを視認できたのはグレイただ一人。あまりにも速すぎる乱入者はグレイを除いた全ての者の動体視力を振り切り、逃げ出した戦闘員を斬殺していく。

 闇派閥(イヴィルス)の戦闘員の悲鳴が重なり合い、体は切り刻まれて肉片へと変わり、鮮血が雨のように降り注ぐ。

 

「な、何事!?」

 

「おいおい、マジかよ……っ」

 

「くそ!一度くらい気持ちよく勝たせろ……!」

 

 アリーゼが驚愕し、ライラが嘆き、輝夜が声を荒げた。

 キン……!と静かな鍔鳴りの音と共に、闇派閥(イヴィルス)を切り裂いた剣客が得物を鞘に収める。

 銀色の髪に魔力渦巻く緋色の瞳。顔を覆う包帯は返り血で赤く染まり、纏うコートもまた赤い斑点模様が着いていた。

 その中に彼女の血は一滴も含まれていない。そもそも彼女はこの都市に来て以来、一度たりとも負傷していない。まさに『覇者』、戦う為に産まれ、その為に生きる『戦餓鬼』。

 

「ス、ステラ様!?一体何を!?」

 

 ただ一人生かされた戦闘員でしかない男の驚倒の声を無視し、ステラはグレイに目を向けた。

 

「ようやく殻を破ったようですね。何よりです、兄様」

 

「そっちこそ好き勝手暴れやがって。元気そうだな、妹」

 

 細めた瞳に猛烈な戦意を滲ませ、言葉に喜色を孕ませながら告げられた言葉に、グレイもまた好戦的な笑みを浮かべて大剣を肩に担いだ。

 睨み合う両者。『覇者』と『覇者』の睨み合いは空間を歪ませ、更なる死闘の気配を滲ませる。

 だが先に視線を切ったのはステラの方だった。グレイに向けていた戦意を霧散させながら、目を向けるのはヴァニタスの死体。

 両腕はともかく頭と心臓を同時に失えば、悪魔は死ぬ。

 

 

 ──しかし、何事にも例外というものはあるのだ。

 

 

「いつまで寝ているのですか。いい加減起きてください」

 

 有無を言わさない圧が込められたステラの言葉。

【アストレア・ファミリア】の少女達が怪訝な表情を浮かべ、グレイさえも眉を寄せる中、市壁の方向からぐちゃりと肉を突き破る湿った音が戦場にこだました。

 

 

 

 

 

 

 




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