ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission30 Dive to Deep

 グレイにとって、ダンジョンとは馴染みのない世界だ。

 壁や天井、床から無尽蔵に怪物(モンスター)が湧き出す魔境。

 人界から隔絶された異界。

 ある意味では魔界にも似ているが、あちらのように肺にへばりつくような腐敗の臭いも、足に絡まる冒涜の気配もない。

 だがそれ以上の『熱気』のようなものを、現在のダンジョンが孕んでいる事を本能で理解していた。

 モンスターの叫喚に導かれるまま、冒険者達の先導に続くグレイは舌打ちを漏らす。

 

「あっちこちからぎゃーぎゃーとうるせえな!前に入った時はもう少し静かじゃなかったか!?」

 

「モンスターどもも興奮、いや混乱しておるのじゃろう!」

 

「そりゃそうだ!足元が揺れて、バカみてえな花火が鳴り続けてやがるからな!迷宮もお祭り騒ぎになるってもんだろ!」

 

 入り組んだ迷路区画を迷うことなく進みながら、ガレスがこの異常事態(イレギュラー)にあてられるモンスター達の叫喚にそう判断し、ライラが皮肉に笑みを歪めた。

 ダンジョン上層に発生する下級のモンスター達も、我を失ったように叫び散らかしていた。

 

「ダンジョンの中だと衝撃が全然違う……!本当に全部の階層破壊して、地上まで来るつもりだぞ!」

 

 そして、冒険者達も今だけはモンスターの気持ちを理解できた。

 巨人の手のひらの上で弄ばれるような緩慢な上下運動は、真下から迫る脅威の度合いを冒険者達と、ダンジョンに住まうモンスター達に知らしめる。

 

『グォオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

「前方にモンスターの群れが──」

 

「シッ!」

 

『グギャアアアアア!?!?』

 

「いなくなった!【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】が全部斃しちゃったよ!」

 

 片手剣と小盾(バックラー)を装備するヒューマンのノインが敵影を察知し、アリーゼ達に報告するよりも速くアレンの銀槍がモンスターの群れを葬る。

 彼女では残像すらも視認できない神速に、自棄っぱちになりながら報告を訂正するのはダンジョンに突入して果たして何度目か。

 

「いや〜、楽でいいな」

 

 魔石を砕かれ、灰となったモンスターの亡骸には一瞥もくれず、グレイは場にそぐわぬ呑気さでもって声を漏らす。

 すかさず放たれる舌打ちを無視し、アレンが切り開いた道を堂々と進む。

 

『グォオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

「正面から新手が来ます!」

 

 グレイの隣を並走していたリオンの警告に、緩んでいた彼の表情が引き締まる。

 数は先ほどの倍はくだらない。モンスターが肉の壁となりながら、津波のように通路を雪崩れ込んでくる。

 アレンが走り出すよりも速く。ガレスが大盾で怪物の津波を受け止めんと構えるよりも速く。少女達が得物を構えるよりも速く。グレイは声を張り上げた。

 

「伏せろ、お前ら!!」

 

『ッ!?』

 

 彼の有無を言わさぬ指示に、冒険者達は弾かれるように姿勢を低くした。

 彼ら彼女らの反応の速さにグレイは口角を釣り上げて獰猛な笑みを浮かべ、両手で振りかぶった大剣を横投げ(サイドスロー)

 刃に銀色の魔力を帯びた大剣は魔力により間合いを伸ばし、超高速の回転の勢いのままに壁や天井、床を削りながらモンスターの津波への猛進し、次の瞬間には衝突。

 更に次の瞬間には、細切れにされたモンスターの残骸と噴き出した鮮血が通路にぶちまけられていく。

 モンスターの悲鳴と切断音の二重奏がダンジョンにこだまし、通路を埋め尽くしていたモンスターが十秒もかからずに殲滅される。

 大剣はダンジョンの闇の奥へと消えていき、その先でもモンスターの悲鳴が聞こえてくる辺り、相当な数のモンスターがこの通路に集まっていたのだろう。

 道が確保された瞬間、冒険者達はその足を加速させるが、輝夜が振り向きざまに怒鳴る。

 

「せめてやる前に何をするか説明くらいしろ!巻き込まれたらどうするつもりだ!?それと武器投げてどうするのだ阿呆が!ここから取りに行くつもりか!?すぐに曲がるのだぞ!?」

 

 そういって冒険者達は左の通路へと曲がっていき、最後尾のグレイもそれに続く。無論投げた大剣はそのままだ。

 

「いや、本当にどうすんだよ。投げっぱなしか?」

 

 何食わぬ顔で着いてくるグレイにライラが肩を竦めながら問いかけると、彼はこてんと首を傾げながら口を開く。

 

「──戻れ」

 

 誰に言うわけでもなく告げられた言葉に冒険者達が疑問符を浮かべ、振り向いてくる中、彼ら彼女らの背後から風切り音が聞こえ始める。

 その音は段々と大きくなっていき、闇の奥でキラリと何かが光った。

 目を凝らさずともわかる。先程投げた大剣が先程の回転の勢いのままに、こちらに迫ってきているのだ。

 ライラの飛去来刃(ブーメラン)など相手にもならない。あらゆる法則を無視して戻ってきた大剣はそのままの勢いでグレイの背中に迫る。

 

「グ、グレイ!?」

 

「ん?」

 

 そんなもの知らんとばかりに走るグレイにリオンが呼びかけるが、彼は気の抜けた声を漏らしてリオンに目をやり、こてんと首を傾げる。

 その瞬間、大剣が回転数を落とすと共に速度を緩めていき、終いには独りでにグレイの背中に貼り付いた。

 

『…………』

 

 それを見せられた冒険者達は言葉を失い、心配していたリオンさえも表情を失う。

 

「師匠直伝【ラウンド・トリップ】。やるのは初めてだったんだが、どうにかなるもんだな」

 

 あははと笑い始めたグレイを思わずぶん殴りたくなる冒険者達だが、それはしない。

 殴りかかったところでグレイは避けるだろうし、当たったとしても痛痒(ダメージ)にならないだろう。殴った側の拳が砕けるだけだ。

 はあと溜め息を吐いたのは誰だろうか。少なくともグレイは気にせず、皮雑嚢(ホルスター)から双銃を取り出し、両手を前に伸ばして銃口を前に。

 

「ほらほら、ぼさっとしてんな!次来てるぞ!」

 

 そんな軽口と共に引鉄を弾き、耳をつんざく炸裂音と共に銀色の魔弾が吐き出される。

 魔弾は狙いを違えることなく、迫り来るモンスターの肉に喰らい付き、骨を喰いちぎり、魔石を粉砕していく。

 モンスターの断末魔は発砲音に掻き消され、噴き出した鮮血で通路を真っ赤に染めながら、灰の山を築き上げる。

 

「【万能者(ペルセウス)】に頼めば、アタシにも作ってくれっかな」

 

 近づきもせずにモンスターを殲滅し、銃口から銀色の魔力光と排熱の煙を吐き出す双銃を見ながら、ライラが呟く。

 グレイやアスフィの言動からして、ある程度の魔力があれば使える。威力は使用者由来だろうが、そこらの弓や(ボウガン)とは比べるまでもない。

 世界的に見ても弱者として分類される小人族(パルゥム)。その種族に生まれた少女は、勝つための手段は選ばない。優秀な武器があれば使うし、同時に対抗策も頭に思い描いていく。

 

「どうだろうな。修理と改造はともかく、一から設計して作るのはまた別の問題だろ」

 

「オマエが作ったんだろ?なら教えてやればそれでいいじゃねえか」

 

「これだって元を辿れば魔界の武器だからな。旅の途中で前を持ち主ぶっ殺して奪って、修理ついでに改造しまくってこれになっただけだし」

 

 グレイは思い出す。

 師匠に拾われたばかりの頃。師匠と二人旅をしていたその道中は、来る日も来る日も悪魔に襲われ、その悉くを殲滅していく地獄旅。

 双銃の原型となった魔銃はその途中で見つけたものだ。戦いの途中で壊れたそれを、師匠の白と黒の双子の銃を模して修理したのがグレイの愛銃の正体だ。

 何日も徹夜してこれが完成した時、師匠は珍しく頭を撫でてくれたっけかと、在りし日の光景と感触を思い出す。

 

「アタシもいい感じの拾えねえかな〜」

 

 グレイの言葉にライラは呑気にぼやき、彼も苦笑を返す中、輝夜が正面を睨みながら声を張り上げる。

 

「集中しろ、次が来るぞ!」

 

「ははっ!準備体操にもならねえっての!」

 

 彼女の叱咤にグレイは不敵な笑みを返し、大剣を抜刀しながら迫り来るモンスターの群れへとぶち当たっていく。

 

「退け退け、雑魚ども!俺達はもっと潜らなきゃならねえんだよ!!」

 

 大剣が唸りをあげ、空間ごとモンスターの骨肉を削り取りながら、グレイの怒号がダンジョンに木霊する。

 目指すはステラが待つ18階層──『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 そして迫り来る『大最悪(モンスター)』を迎え撃つ場所もまた『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 悪魔と悪魔の決闘。そして冒険者とモンスターの決戦。二つの戦いは、モンスターが生まれ落ちない安全階層(セーフティポイント)で行われる。

 故に彼らは走る。『大最悪(モンスター)』よりも早く18階層に辿り着くために。

 彼らは走る。世界を救い、希望を示すために。

 

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 凶悪な鯨波が打ち上がる。

 灰色の雲に覆われた空を震わせ、闇派閥(イヴィルス)と悪魔連合軍による突撃が開始された。

 各々が得物や爪、牙を打ち鳴らしながら市壁から飛び降り、血を求める獣と成り果てて都市を駆け回る。

 

「敵、市壁から降下!方角は……ぜ、全方位から!?全方位から押し寄せてくるっす!!」

 

 都市北西、『ギルド本部』屋上。

 住民を避難させた砦の一つから街を見渡していた青年──【ロキ・ファミリア】新人団員であるラウル・ノールドの悲鳴にも似た声に、指揮官であるフィンは動じない。

 状況はまさに四面楚歌。逃げ場なし。逃げるつもりも元よりない。

 

「魔法、魔剣、準備!発射の判断は各拠点に任せる!十分に引き付けろ!」

 

 取るべき選択は迎撃のみ。

 矢継ぎ早に告げられた彼の指示に、伝令役の冒険者が声を張り上げ、都市のあちこちで魔力光の点滅が起こる。

 光の色、長さ、間隔。それらでフィンの指示を遠くの者達に違える事なく伝え、冒険者の意志を統一する。

 

『──おおおぉぉぉおおおおお!!!』

 

 そして、奇跡的にも『砲声』の時機(タイミング)が重なり合った。

 様々な属性の魔法弾が空中に弧を描き、迫り来る闇の軍勢に降り注ぐ。

 次の瞬間に巻き起こる、炸裂と衝撃。都市の各地で巻き起こったそれが、戦端が開く合図となる。

 

「オラリオを全方位から脅かすとは……!」

 

 普段は何とも頼りになる市壁が、今や都市に生きる者全てを封じ込める『檻』へと変わっていた。

 屋上から開戦の瞬間を眺めていたロイマンは唸る。

 

「正真正銘、これが相手の全軍というわけか……!」

 

「…………」

 

 ギルド長の言葉に沈黙を貫くフィンは、鋭い眼差しで戦場を俯瞰する。

 はっきり言おう。フィンはこれが全軍でないと見抜いている。自分であればこの後、北、北西、西、南西、南、南東、東、北東の都市門を破壊し、周囲の野良のモンスターを引き込む程度の事ならする。

 

「……相手がヴァレッタなら、もう少し読みやすかったんだろうけどね」

 

 疼く親指を舐めながら、フィンは顔もわからない対戦相手──敵軍の指揮官に笑みを向けるのだった。

 

 

 

 

 

「弓や大砲の斉射とは違う、よい音だな」

 

 都市を見下ろす市壁の上で荒れ狂う魔法弾の音色に耳を澄ませながら、臨時の指揮官としてエレボスに指名されたマルコシアスは戦場には似合わない微笑みと共にそんな感想を漏らした。

 弓の弦が弾ける音も、火薬の炸裂音もよいが、やはり魔力が混ざり合う轟音には敵わない。

 それらに混ざり聞こえる悲鳴も戦場においては当然の音の一つに過ぎず、不快感はない。

 目を閉じ、戦場の空気と飛び散る魔素を肺いっぱいに吸い込む彼女の背後、書類の束に目を向けていた闇派閥(イヴィルス)の幹部が声をかけた。

 

「マルコシアス様!ヴァレッタ様の遺した指示書によれば──」

 

「『門を破壊してモンスターを放つ』、だろう」

 

「はっ!では、すぐに──」

 

「やらんでいい。調教(テイム)も出来ていない獣畜生などを放り込むなど、邪魔でしかない」

 

「え!?いや、しかし……!」

 

「量も質も我が同胞の方が上だ。野良のモンスターなど邪魔だと言っている」

 

 ヴァレッタが決戦と、それまでに己の身に何かあったら場合に備えて遺していた指示書に従わんとしていた闇派閥(イヴィルス)の幹部の言葉を、マルコシアスは汚物を見るように一瞥しながらそう吐き捨てる。

 困惑する彼を他所に、マルコシアスは戦場に──冒険者達の指揮官がいるギルド本部の屋上に目を向けた。

 

「手加減と思うか?なあ、【勇者(ブレイバー)】よ」

 

 

 

 

 

「外からの脅威がないのはありがたいが、どちらにせよ厄介なのは悪魔か」

 

 都市内へのモンスターの誘因。

 フィンが警戒していた一手が来ない事に違和感を覚えつつ、悪魔とモンスターの同士撃ちを嫌ったと判断する。

 あるいは都市内の悪魔が減り、冒険者達が消耗したところに放り込んでくるのか。

 様々な可能性を思案しつつ戦場を俯瞰する指揮官の碧眼は、前哨戦の終わりを察知していた。

 魔法弾の弾幕を掻い潜り、あるいは正面から受け止め、あるいは手足を欠損させながら、悪魔達は倒壊した建物を踏破し、『砦』に迫っていく。

 彼らは敏感なまでに察知していた。人が持つ恐怖の感情を。それが色濃い五つの場所を。

 故にそこを目指し、最短距離でもって駆け抜けるその様は、まさに獲物を前にした獣の如く。

 彼らの足音。息遣い。そしてドス黒いまでの殺意。

 速力の関係で前衛となった悪魔。彼らを盾に迫り来る闇派閥(イヴィルス)

 その二つの陣営を睨むのは、各砦を守る冒険者達。

 要塞と化した【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)

 破壊され尽くした繁華街の中で、それでも聳え立つ大賭博場(カジノ)

 胡座をかく主神の巨像が迫り来る敵を威圧する【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)

 古代より残る巨大建造物にして、今回の戦争における激戦区と予想される円形闘技場(アンフィテアトルム)

 そして、都市の生命線にして冒険者陣営の本陣『ギルド本部』。

 緊張が高まる。急速に迫る死の気配が冒険者達の体を重くする。

 生きている限り必ず訪れる最期の気配を肌に感じながら、冒険者達は不屈の戦意でもってそれを振り払い、得物を構えた。

 勇者は親指を撫でながら、告げた。

 

「──開戦だ」

 

 聞こえる筈のない彼の声に、冒険者達は咆哮でもって返答した。

 彼らの叫びは唸りとなって悪魔と闇派閥(イヴィルス)の喊声を押し返す。

 冒険者達が走り出す。悪の軍勢が迫る。

 両軍が走り出した事で距離は一気に狭まり、そして──。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

 両軍が、激突した。

 瞬間、都市に轟く剣戟音と人と悪魔の断末魔。

 冒険者達は民を守るため、悪の軍勢は全てを破壊するため、己の全力をもって敵を排除せんと身体を躍動させる。

 各地で巻き起こる激戦は凄まじいが、それが顕著なのは都市東の円形闘技場(アンフィテアトルム)周辺だろう。

 

「凄まじいな。あれは【フレイヤ・ファミリア】か」

 

 細められた瞳が射抜くのは自らに敗れながらも再び立ち上がり、不屈を体現する強靭な勇士(エインヘリヤル)達の猛攻は凄まじく、悪魔も闇派閥(イヴィルス)も押し返されている程。

『大抗争』の日、マルコシアスによって女神に塗られた泥を雪ぐべく奮闘する彼らの姿は、冒険者達の士気を間違いなく上げている。

 

「だが第一級の幹部連中が見えんな。いや、【フレイヤ・ファミリア】だけではない。有力な冒険者の何人かが欠けている」

 

 闇派閥(イヴィルス)が最大限の警戒を向ける第一級冒険者達をはじめ、それに準じる戦力を誇る冒険者の姿が見えない。

 どこかに隠れている。あるいは地下の『大最悪(モンスター)』の撃滅に駆り出されている。

 

「──ありえん。ステラがいるにしても、グレイと【アストレア・ファミリア】の小娘ども、後は第一級を一人か二人でも連れていけば事足りる。他の連中がここまで姿がないのは解せん。そもそもそれ以上の戦力の用意など出来まい」

 

 トントンと地図を広げた卓を指で叩きながら、相手側の予備戦力に思慮を向ける。

 こちらが警戒すべきかグレイと第一級冒険者達。いや、ザルドとマルコシアスがいる以上、第一級の冒険者達も脅威というには力不足。やはり警戒すべきはグレイだ。

 

「まさか、グレイを下に送らずにザルドと私にぶつける算段か?いや、流石の奴とて我々と連戦となれば無事で済まんし、何より冒険者では数を揃えたところでステラには勝てまい。ならばグレイは下に向かわせる筈。いや、それだけは確定している」

 

 戦力差を改めて確認し、グレイの所在をダンジョンに固定。

 だが、彼が戻ってくるまでの時間稼ぎだとしても戦力が足りない。各砦の防衛も精強ではあるが最低限。何かを──こちらからの行動を誘っているのは明白。

 

「都市中に斥候が放たれている。私の所在は既に捕捉されているだろうから、狙いはザルドだろうな」

 

 顎に手をやり、不服そうに目を細める。

 民衆を各砦に押し込め、そこを死守するのはわかる。バベルの周囲に障壁を作り出し、そこを守らんとするのもまた道理だ。

 だが、現在の戦力では確実にどこかの砦が落ちる。いいや、第一級相当の戦力がいなければ、黒騎士(アンジェロ)を止められない。黒騎士(アンジェロ)の在庫も尽きかけているとはいえ、五つの砦を堕とすには十分な数を揃えてはいる。

 そして、フィンもそれを理解している筈だ。むしろこちらの在庫の事を把握していない以上、こちらが思う以上に警戒している筈。

 ならばなぜ戦力の出し惜しみを?

 

「砦を──民を囮に?【勇者(ブレイバー)】とは聞いて呆れる」

 

 悪魔であるマルコシアスからすれば合理的、だが人間の範疇で見れば畜生とも言える【勇者(ブレイバー)】の判断に、彼女は笑んだ。

 

「私かザルドに全戦力をぶつけるつもりか?」

 

 砦を囮に『覇者』を討つ。これがその為の布石だとしたら、一応は納得がいく。

 フィン達からすればマルコシアス、ザルド、ステラの全員を倒さねば勝ちがない状況だ。ならばと多少の犠牲はやむなしと受け入れたのだろう。

 

「存外に面白い男だな【勇者(ブレイバー)】。だが、曲がりなりにも『勇者』を異名を授かる男が執る作戦ではないだろうに」

 

 そんなフィンへの賞賛と皮肉を交えながら視線を向けるのは都市中央。

 中央広場(セントラルパーク)を囲む氷壁は厚く、その奥に何が潜むのかを見事に覆い隠している。

 

「本命がいるとすればあそこか。そうと決まれば、悩みは私とザルド、どちらが向かうかだが……」

 

 マルコシアスはそこに冒険者達の主戦力が潜んでいると読み、そこに自ら赴くかザルドを向かわせるかの二択に悩んだ。

 まず間違いなく、あそこに飛び込めば苛烈な戦闘になる。それは望むところだし、それを求めてここまで来たのだ、今すぐにでも飛び込んでいきたい気分ではあるが。

 

「いいや。ここはザルドに譲ろう。この都市を、英雄の都を堕とすなら彼以外にいまい」

 

 胸の内に渦巻く戦闘衝動を抑え込み、この都市唯一の人間の『覇者』に任せることに決めた。

 エレボスへの義理だてという事もあるが、何よりもう少しフィンとの指しあいに興じたいと思ったが故だ。

 伝令役の戦闘員が彼女の言葉に「すぐに連絡を!」と駆け出そうとした瞬間、彼女はパン!と音を立てて両手を合わせた。

 彼女の周囲にいる闇派閥(イヴィルス)の幹部達が一斉に目を向ける中、彼女は笑みと共に口を開く。

 

「──だが、お膳立てはさせてもらうぞ」

 

 その言葉と共に南のメインストリートに目を向け、合わせた両手をそちらに向けた。

 そのまま右足を引いて半身になりながら右手を引き絞り、伸ばしたままの左手との間に炎と雷が入り混じる炎雷の矢を顕現させる。

 放たれる絶大な魔力と熱量に市壁が悲鳴をあげ、足元の石材が溶けてどろりと形を歪める。

 作戦の為に広げていた地図も、その為に用意された卓も燃え上がる。

 闇派閥(イヴィルス)が危険を察して──幾人かは近すぎたが為にローブを発火させ、火だるまになる中で距離を取り、そんなものに些細意識を向けずに彼女は矢の照準を天へと向けた。

 

「これで合図になるだろう。これに気付かず、呑気に寝ているというのなら、その首を私が噛みちぎってやろう」

 

 そんなザルドへの宣戦布告とも取れる言葉と共に、炎雷の矢が放たれた。

 一直線に天へと登っていった矢は雲の中へと消えていき、やがてごろごろと雷鳴が轟き始める。

 冒険者が、闇派閥(イヴィルス)が、悪魔が、民衆が、都市に轟く雷鳴と雲の中で渦巻く絶大な魔力に引かれて視線を空へと向ける中、それは訪れた。

 一瞬の閃光と共に雷鳴が都市を揺るがし、雲を突き破って現れた数十の炎雷の矢が南のメインストリートに降り注ぐ。

 次の瞬間に始まるのは、まさに破滅であった。都市の魔術師が総出でかかっても迎撃不可だろう絶大な魔力が込められた炎雷による爆撃。

 南のメインストリートを中心に都市の南部に降り注いだそれは、落着と共に炸裂。

 都市南部の各地で炎と雷の嵐が巻き起こり、巻き込まれた冒険者を、闇派閥(イヴィルス)を、悪魔を、そして建築物を根こそぎ灰へと変えながら、都市南端から中央広場(セントラルパーク)の間を広範囲で更地へと変えていく。

 圧倒的なまでの攻撃範囲。それだけは明確にグレイとステラを超えていると自負している彼女の爆撃は、敵味方問わず悪魔という存在の上澄みたる『覇者』を脅威を知らしめる。

 

「さて、これで道はできた。後は好きにしろ」

 

 

 

 

 

「余計な真似を」

 

 都市南端、市壁前の門前の広場。

 ヴァニタスの手で調整され、名実共に己専用の魔具となった黒大剣を肩に担ぎながら、ザルドは小さく声を漏らした。

 悪魔という超常の存在。もはや英雄と呼ばれていた己の身さえも矮小ではと思わせる圧倒的な暴力。

 今の気遣い(・・・)だけでどれだけの冒険者が逝っただろうか。

 抵抗も赦さず、断末魔の声をあげることさえも赦さず、どれだけの魂が天へと還っただろうか。

 ザルドはほんの一瞬過ぎった思慮を下らんと吐き捨て、灰が降り積もる南のメインストリートを歩き出す。

 ざくざくと雪でも踏んでいるような音を立てながら、鎧を打ち鳴らして歩みを進める。

 願わくばグレイとの再戦といきたがったが、生憎とあの小僧はダンジョンに向かっている。ステラの言葉を信じるなら、だが。

 

「極上の馳走が喰えんのは業腹だが、たまには質よりも量で愉しむのも悪くない」

 

 百か、千か、数は定かではないが、中央広場(セントラルパーク)にどれだけの戦力が待ち構えているのかは定かではない。

 だが『覇者』は征く。極上はなくとも待ち構えるのが馳走なのは間違いない。

 ザルドは全身から闘気を滲ませ、紅の外套を風に揺らしながら、辿り着くのは中央広場(セントラルパーク)を囲む氷壁の前。

 先を見通せない濁った氷の塊を前に、ザルドはゆっくりと黒大剣を振りかぶり、叩きつけた。

 氷壁の一部が爆ぜる。轟音が鳴る。蒼い破片が飛び散り、冷気を孕む粉塵が立ち込める。

 視界を遮る深い霧を押し除けながら、ザルドは戦場へと足を踏み入れた。

 

「────」

 

 同時に、目を見開いた。

 彼が夢見た軍勢はどこにもいない。己を殺さんと待ち受ける千の先鋭など、影も形もない。

 

「誰もいない……?いや……」

 

『覇者』を待ち受けていたのは一人の男だった。

 氷壁に囲われた戦場(ガーデン)にて、彼を待ち受けていたのはたった一人の猪人(ボアズ)だった。

 ザルドはその姿を認め、驚愕が続く。

 目の前の男だけを待っていたオッタルは、満ちる戦意と口を開く。

 

「誰にも邪魔はさせん」

 

猛者(おうじゃ)】は『覇者』と対峙し、それを宣言する。

 

「この手で、貴様を倒す」

 

 その言葉を合図にしたように、中央広場(セントラルパーク)を囲むように身を潜めていた魔術師達が一斉に杖を掲げ、様々な属性を内包させた多重色彩の『結界(ドーム)』が生み出される。

 

「これは──」

 

 

 

 

 

「結界。いいや、決戦の場を整えたのか」

 

 結界に覆われた中央広場(セントラルパーク)に目を向けながら、マルコシアスは微笑みと共に「面白い」と冒険者達の作戦を評した。

 困惑する闇派閥(イヴィルス)の幹部達を横目に、マルコシアスはご機嫌そうに目を細め、都市を見渡す。何かが起こるなら今しかない。

 

「ザルドを封じ込めたな、彼を討ち取らんとする勇士と共に。ならば、次に来るのは──」

 

 彼女の耳がピクリと揺れる。

 直後、都市中から雄叫びが巻き起こった。

 

「ふ、伏兵!?行方知れずだった冒険者達が!?」

 

 闇派閥(イヴィルス)の混乱を他所に、マルコシアスが細めた瞳で戦況を見遣る。

 南西の交易場──【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)付近にはシャクティ、アーディが率いる【ガネーシャ・ファミリア】の先鋭が。

 南の大賭博場(カジノ)にはアスフィ率いる別動隊が。

 他の『砦』もそうだ。各地に潜んでいた冒険者達が一斉に動き出し、『砦』を堕とそうと躍起になっていた闇派閥(イヴィルス)と悪魔の背後に喰らいつき、『砦』の守備隊との挟撃を成立させる。

 

「面白い、面白いな、【勇者(ブレイバー)】。ザルドを放置し、全戦力をもって我々を潰しに来たか」

 

 くつくつと喉を鳴らしながら忍び笑う彼女は、不意に都市東部──円形闘技場(アンフィテアトルム)の方へと目を向けた。

 雷撃が迸り、黒剣の剣撃が翻り、四つの小さな人影が連携をもって悪魔を血の海に沈める。

 覚えのある魔力、覚えのある剣撃、覚えのある連携。ああ、なるほど、彼らは生き残ったようだ。

 彼女の笑みが深まる。魔石製品工場の屋上から戦場を俯瞰する白妖精の朱珊瑚色の瞳がこちらを向いた。

 交わる筈のない距離。交わる筈のない意識が、この瞬間だけは濃密に絡み合った。

 

『さあ、来い』

 

『ああ、()るとしよう』

 

 白妖精(ヘディン)が工場から飛び降りる。【フレイヤ・ファミリア】幹部の猛攻で、既に円形闘技場(アンフィテアトルム)周辺の戦局はあちらに傾いている。今さら黒騎士(アンジェロ)を向かわせたところで、今の彼らの相手にはならない。

 ならば、行くべきは誰か。

 

「指揮は任せた、私は【フレイヤ・ファミリア】を潰す。黒騎士(アンジェロ)を上手く使え」

 

 マルコシアスはそう言うや否や、返事を待たずに背に黒翼を生やして天高く飛翔。空中で巨狼への変化しながら、真っ直ぐに都市東部へと向かっていく。

 

「し、指揮を任されても、もうどうすれば……?」

 

 冒険者達の挟撃による大損害。

 訳あって地上の戦力をダンジョンへと流した為の戦力不足。

 現状を打破するには──。

 

「やはり、ヴァレッタ様の残した作戦を……!」

 

 幹部の一人が溢した言葉に、他の構成員達が頷く。

 マルコシアスに送る言葉があるとすればただ一つ。

 

 ──無能な味方が、最も恐ろしい敵なのだ。

 

 

 

 

 

 マルコシアスが戦場に降り立つと、静寂が場を支配した。

 円形闘技場(アンフィテアトルム)北東。ヘディン達の手で敵が掃討され、死屍累々となったその場所で睨み合うのは巨狼と冒険者達。

 ヘディンが、ヘグニが、ガリバー兄弟が、その他【フレイヤ・ファミリア】の強靭な勇士(エインヘリアル)達の視線が、彼女のみに注がれる。

 彼女は空を見上げ、全身に降り注ぐ戦意に心地良さそうな笑みを浮かべ、変身を解いた。

 一瞬の閃光。解き放たれる魔力が大気を歪め、巨狼の巨躯を人型へと押し込めていく。

 

「この姿で会うのは初めてだな」

 

 腰に帯びている剣の柄を撫でながら告げた言葉に、冒険者達は答えない。

 彼ら全員が純粋な戦意と殺意に満ち、得物を握る手にも力が入っているようだ。

 

「悪魔も、闇派閥(イヴィルス)も、全滅か。恐れ入る」

 

 マルコシアスは周囲を見渡しながら淡々と、彼らの戦果を褒め称える。

 全てはこの状況の為だったのだろう。全てはこの瞬間の為だったのだろう。

 女神の栄光を穢し、塗られた泥を雪ぐため、【フレイヤ・ファミリア】全戦力をもって、マルコシアスを撃滅する。

 既に周囲は彼女との戦闘にはついていけないと判断された下級の団員達や協力を申し出た【ヘファイストス・ファミリア】の鍛治師達により固められ、こちらの増援と逃亡を封じにかかっている。

 元よりどちらもする気もないマルコシアスは抜刀し、その切っ先を【フレイヤ・ファミリア】に向ける。

 炎と雷、そして毒。三属性を内包しながら互いに相殺することなく混ざり合うその魔剣の名もまた『マルコシアス』。

 

「言葉は不要だな」

 

「ああ」

 

 彼女の問いに、ヘディンが応じた。

 それが最初で最後のやり取りだった。マルコシアスと【フレイヤ・ファミリア】、両者の戦意が膨らみ、

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

 

猛者(おうじゃ)】と【暴喰】。過去の最強と現在の最強の決闘の場となった中央広場(セントラルパーク)

 冒険者(フレイヤ・ファミリア)悪魔(マルコシアス)。互いの誇りを賭けた決戦の場となった円形闘技場(アンフィテアトルム)

 奇しくも両場から同時に雄たけびが上がり、地を蹴ったのもまた同時。

 都市の未来を賭けた二つの決戦が、幕を上げた。

 

 

 

 

 

 地上での戦いが激化する中、ダンジョン18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に辿り着いた冒険者達とグレイは、その足を止めて目の前の光景に圧倒されていた。

 視界に飛び交う緋色の欠片。かつての記憶が正しければ、18階層は緑に包まれたまさに楽園のようであったのに……。

 

「あ~、どうなってんだ?」

 

 グレイが目の前の光景に思わず投げられた問いかけに、冒険者達は答えない。

 肌を打つうだるような熱気。

 耳朶を撫でるのは猛火の唸り声。

 視界に広がるのはまさに万人が想像するだろう『地獄』の光景だった。

 グレイから見れば魔界における炎の領域たる『炎獄』に、冒険者達の目には間もなく地上に訪れるだろう『冥府』に、それぞれ映ったはずだ。

 冒険者達とグレイは顔を見合わせ、意を決して18階層に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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