ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか 作:EGO
水晶が溶けている。
森が火の海へと変わっている。
大地が割れ、燃えている。
湖畔は煮てたぎる窯へと変わり、天井の水晶は溶けた飴の如く滴り落ちる。
まさに終末。世界の終わりの縮図。
広い地上ですらお目にかかれない絶景を擁する『
「前に来たのは、二週間くらい前か?同じ場所には思えねえな」
「森も、湖も、
「こんな光景、見たことないぜ」
グレイが天井を見上げ、記憶を引っ張り出しながら呟いた言葉に、【アストレア・ファミリア】もう一人とエルフであるセルティとライラの呟きが続く。
そのすぐ後ろではアイズが汗を拭い、額に貼り付いた髪を鬱陶しそうに引き剥がす。
輝夜もまた鬱陶しそうに呻きながら、ひらひらと手で顔を仰ぐ。
「熱い……息が、苦しい……」
「……まさに『地獄』だな」
彼女はその程度ではどうにもならない熱さに息を吐き、リヴェリアが慄然とした様子で呟いた。
「……魔界を地獄と定義していいなら、こんなもんじゃねえぞ」
そんな彼女らの言葉に返されるのは、異様なまでに涼しげにしているグレイの気の抜けた声だった。
冒険者達の視線が彼に集まる中、彼は肩を竦めて「事実だぞ」と念を押した。
「あっちは『熱い』通り越して燃えたり、溶けたりするのがザラだからな。こんくらい余裕よ余裕」
あははと状況に反して呑気に笑う彼の姿に、冒険者達は思わず苦笑を浮かべた瞬間、凄まじい轟音と衝撃と共に地面が爆ぜ、火を噴いた。
「うあぁっ!?な、なにコレ!?」
「地面が爆発した!?」
噴火の如き爆発が三つ。地響きと共に天井を貫く爆炎の柱に、イスカとリャーナが悲鳴をあげる。
「『竜の壺』とかいう深層域がこんならしいな。
「そのようじゃな。おそらくじゃが、『
舞い散る火の粉を鬱陶しそうに払いながらアレンが告げた言葉にガレスが続き、真横で巻き起こった大噴火に目を眇めた。
じりじりと肌を焼く桁違いの緋炎。この炎が『楽園』を『地獄』に変えたのだと、痛感させられる。
「当たれば
「熱いではなく死ぬわ間抜けが!いや、貴様なら耐えるかもしれんが我々なら余裕で死ねる!」
真横で巻き起こった大噴火に煽られ、熱波を諸に浴びてもグレイの笑みは崩れず、輝夜は我慢ならずに吠えた。
生物としての格の違い。圧倒的なまでの
「──で、さっきの『竜の壺』ってのは何階層だ!『
「52階層から58階層まで続く『地獄』の領域だそうじゃ!生憎、儂等でもたどり着けておらん!」
「
自分で逸らした話題を戻したグレイの問いかけに、ガレスとアレンがそれぞれ悪態混じりに返し、グレイは笑った。
「ははっ!いいな、そこまで潜れば
「ダンジョンは遊びの場ではないのですが……」
グレイが玩具を見つけた子供のように笑う中、リオンが嘆息混じりにそう返す。
ダンジョン深層の情報は、派閥がある程度の規模と等級に至らなければ開示されない。リオンでさえも初耳の情報は【アストレア・ファミリア】の少女達に少なからず衝撃を与え、ダンジョンの深淵に潜む魔境の存在に身震えさせた。
なのにグレイはそれすらも笑い飛ばし、余裕の態度を欠片も崩さない。
彼にとっては『地獄』さえも生温い。悪魔は伊達ではないということなのだろうか。
「とにかく、相手はその『竜の壺』より下の階層の化け物クラスってことだよな。勝てんのか、お前ら」
『絶対に勝つ!』
「ああ、負けるつもりはない」
「当然!」
「うん。絶対に負けない」
「言われるまでもねえ」
走りながらグレイが投げつけた煽りの言葉に、【アストレア・ファミリア】の少女達が、リヴェリアが、ガレスが、アイズが、アレンが、一斉に返す。
彼らの戦意に満ち、絶望を知らぬ声色にグレイは笑い、次の瞬間には表情を引き締めた。
「『
会話で緩んでいた意識が再び研ぎ澄まされていく事を理解したのだろう。この隊の指揮官でもあるリヴェリアがすぐさま指示を出し、言い切る前に冒険者達が迎撃態勢に入ろうと動き出した瞬間だった。
「──思っていたよりも早かったですね」
声が響いた。
その声に吸い込まれるように冒険者達の、そしてグレイの意識がそちらに向けられる。
舞い上がり、降り注ぐ火の粉の向こう。辛うじて無事だった岩に寄りかかり、腕を組んでこの瞬間を待っていたのは、いまだ若き剣の鬼。
両腕、そして顔を覆うのは厳重に巻かれた包帯。
魔力渦巻く緋色の瞳がグレイを見つめ、次いで鬱陶しそうに冒険者達を一瞥する。
「それに、人数も多い」
【アストレア・ファミリア】全員に【ロキ・ファミリア】からはガレス、リヴェリア、アイズ。【フレイヤ・ファミリア】からはアレン。
上手く連携すればダンジョンの深層だろうと探索可能な錚々たる面子ではあるが、ステラは一切の興味を示さずにグレイに目を向けた。
「自分より弱い人達を連れて、何をするつもりですか?」
「お前に言われたくねえ。……いるんだろ、ヴァニタス!」
そんな彼女の戦意漲る視線を受け流しながら、グレイは周囲を見渡した。
燃える18階層に木霊した声に、返答があったのは直後だった。
「まったく喧しいですね。ええ、ええ、ここにいますとも」
耳鳴りに頭を揺らしながら、ヴァニタスは岩影から姿を出した。
グレイを小馬鹿にする声音こそ先日のままだが、顔中に浮かび上がる血管は不気味に蠢き、時折破裂音と共に弾け、鮮血を周囲にぶち撒けていた。
鼻先の血管が爆ぜた拍子にズレた
「良い景色だとは思いませんか?まさに終焉の前触れ、悪魔であれば心が踊らない筈がない」
「ただクソ暑いだけだろ」
両腕を広げ、炎に包まれた『楽園』を見渡すヴァニタスの言葉に、グレイは手で顔を扇ぎながら愚痴る。
ヴァニタスが言うような感動はない。『楽園』の本当の姿を知る彼からすれば、今の景色はあまりにも醜い。
半目になりながら周囲を一瞥し、降りかかる火の粉とうだるような暑さに鬱陶しそうに溜め息を吐くと、扇いでいた手を止め、大剣を握った。
鍔に施された骸骨の装飾、それに咥えられた水晶に蒼炎が宿り、噴き出した炎が刀身を包み、グレイの四肢に絡みつく。
「それじゃ、やるか。さっさと上に戻んなきゃならねえし」
グレイの戦意が膨らむ。それに応えるように戦意を全開にしたステラが前に出ると、刀の鯉口を切った。
「待ちやがれ」
「ステラ、待ちなさい」
そして、まさに二人が地を蹴らんとした矢先に、グレイの前に銀槍が、ステラの前に血に塗れた腕が差し出され、それぞれを制止させた。
二人が自分を止めた相手──グレイはアレンを、ステラはヴァニタスを睨む中、真っ先に口を開いたのはヴァニタスだった。
「我々の目的はこの世界の崩壊ですが、その為には確実にあの欠陥品を葬らねばなりません」
「わかっています。だから、私がやるのです」
「貴女なら負ける事はないでしょうが、万が一という事もあります。なので──」
ヴァニタスは言い切るよりも早く、刃を失った大剣の柄を掲げた。
柄に嵌められたひび割れた水晶。そこに封じられた『破片』が魔力光を放ち、ヴァニタスとステラの背後に次元の穴を開けた。
「彼らを使い、削ります」
ヴァニタスのその宣言と共に、次元の穴から複数の人影が姿を現す。その数、六。
ヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフ。種族もばらばら、装備もばらばら。
共通点をあげるならば全員が白眼を剥き、口に嚙まされた拘束具から夥しい涎や泡を溢れさせている事。そして全員の胸に魔界の瘴気を滲ませる禍々しい短剣が突き刺さっている事だ。
「フーッ!フ──ゥゥゥ……!!」
「ガァ……!ォォォオオオ!!!」
その身に滲ませる狂気のまま、獣のように唸るその様はもはや人間ではない。
「【
リヴェリアが苦虫を噛み潰したような表情のまま唾棄するように告げた言葉に、グレイはようやく合点がいったように頷いた。
「人間以上、神未満の上位存在──『精霊』を注入された
対峙する四人の精霊兵を覗き込んだグレイは、延髄の位置に突き刺さる
「ある意味じゃ、俺と同類か」
ぼそりと呟いた同情の言葉は、周囲から巻き起こる音の津波に呑まれて誰にも届く事はなく、精霊兵の背後に現れた新たな人物の言葉によって意識が戻される。
「使い捨てとは、聞き捨てなりませんね」
グレイが目を向けた先にいたのは、ヴァニタスが開けた次元の穴から今しがた姿を現した一人の男だった。
恰幅のいい獣人。初老に差し掛かった彼は髭を蓄え、黒と紫が交ざった祭服を纏っている。笑みを浮かべているためか三日月に歪んだ瞳は胡散臭く、何より気色が悪い。
血塗れの錫杖を揺らすその男こそ【アパテー・ファミリア】所属の
彼はニコニコと相手の機嫌を損ねる気味の悪い笑みを浮かべながら、精霊兵達を手で示した。
「彼らは我々の叡智の結晶。
精霊兵は
『大抗争』でのマルコシアスの蹂躙に巻き込まれて数を減らし、その後に行われた魔具との適合実験で更に数を減らし、残されたのはこの場に馳せ参じた四人のみ。
けれど、それで十分。活動時間がさらに減り、調整がさらに困難になったとデメリットは多いが、精霊兵だった頃とは別次元の強さを手に入れるに至った。
両腕を広げ、恍惚と興奮に表情を歪めながら叫んだ声に、グレイは「へーそれはすげーなー」と興味のなさを隠す気もない棒読みの声で返す。
仮にも敵は
身構える冒険者達を尻目に、グレイは前に進む。
「御託はいい。
左手を前に突き出し、くいくいと手招きを数度。
浮かべるはいっそ不愉快なまでの不敵な笑み。何より蒼炎が宿る碧眼はバスラムも精魔兵の誰も見据えておらず、ステラとヴァニタスにのみ向けられていた。
言葉と行動、表情と視線。それら全てを使っての挑発に、見開かれたバスラムの目が血走る。
「一部の悪魔は、様々な条件を満たす事でその身を武具に変えると聞きました」
「ん?ああ、まあ、そうだな」
バスラムの言葉にグレイが「こんな感じだな」と『ゴリアテ』を四肢に装備しながら応じる。
自分も死ねば魔具になるのだろうか。そんな疑問が沸くが、使われるならリオン達の誰かがいいなと、そんなくだらない事も思う。
大剣を肩に担ぎ、ほんの一瞬空想に耽った彼の意識が、シャン!と錫杖が振り鳴らされた後で引き戻される。
「なら、オマエの力も寄越せ……!我らの教理の実現の──……」
そして精魔兵に指示を出そうとしたバスラムの言葉は、言い切られる事はなかった。
興奮のままに叫ぼうとした声の代わりに口から溢れたのは、大量の血。
「ぇ……な、ぎぃ……!?」
バスラムは困惑のままに声を漏らし、異様な熱を帯びた自身の胸に視線を向けると、あらん限りに眼を見開いた。
グレイも、冒険者達も同じように驚愕する中、ステラは欠片も興味もなさそうにバスラムを一瞥し、ヴァニタスは醜悪な笑みを浮かべる。
バスラムの胸を、巨大な刃が貫いていた。血で赤く染まったそれは、本来の色が判別できず、けれど彼に致命傷を与えた事だけは確かだった。
「な、何を……!?ヴァ、ニタス……ッ!貴様、裏切るのか……!?」
胸を貫く刃を引かせまいと指が切り裂かれる事も厭わずに掴み掛かったバスラムが、口と目から大量の血を垂らしながら声を荒げた。
「別に裏切ったなど。精霊兵の製造法も、そこからの改良の手法も、全て知ることができました。貴方は用済みです」
ヴァニタスは吐き出された血が頰に張り付いた不快感に眉を寄せ、それを拭いながら淡々とした声音でそう告げた。
彼にとってより強い兵士を揃える事は急務だ。この世界の人間を素体にした兵器の製造法は、喉から手が出るほど欲する情報だった。
バスラムは彼の期待通り──いいや、それ以上の才覚と狂気をもってその製法を確立し、安定した量産の準備さえも整えた。もう、彼の手は必要ない。
「貴方の教理、というものはわかりませんが、この世界に混沌を齎す事は約束しましょう。貴方の魂が浄化される前に、成せればいいのですが」
「ふ、ざけるなぁ!!我々の教理を、
ヴァニタスが神妙な面持ちで、けれど感情の欠片も感じない声音で告げた言葉に、バスラムは血管という血管を浮き上がらせて咆哮をあげるが、次の瞬間に彼の体が持ち上がる。胸を貫く剣が上にあがり、恰幅のいい彼の体躯が引き上げられたのだ。
「がっ……ごぼ……ッ!私が、こんな所で……!」
胸を貫く剣を掴み、どうにか脱出せんと踠いた瞬間、剣が振り抜かれた。
残像を残す高速でもって振り抜かれたそれはバスラムの体を鳩尾から脳天までを両断し、上半身のみを左右に裂かれた気味の悪い屍をダンジョンに晒した。
やがて、足音が地獄に響く。
ステラが眼を細める。ヴァニタスが嗤う。
グレイが笑みを止め、真剣な面持ちでもって大剣を構えた。
アレン達もまた同様。次元の裂け目から感じるただならぬ
そして、
3
竜種を思わせる一対の角を生やした兜は生を帯びているように不気味に引き攣った憤怒の表情を形取り、呼吸の度に熱気を孕んだ吐息を漏らす。
バスラムを貫く剣は身の丈にまで及び、それを握る腕部は気味の悪い程に細く、長い。対して体を支える両脚もまた長く、厚みのある太腿に対してその下は細い。
鳥の翼を模した
「『
アレンはバスラムの死体から錫杖を奪い取り、機械音と共に腕と一体化させる大型の
「──ッ!」
直後、彼を置き去る形でグレイが飛び出した。
「グレイ!?」
『グ……レイ……ッ!!!』
背後から聞こえるリオンの呼び声を、新型の
ノイズが混じり、苦悶の色が強いその声は低く、声というよりかは獣の唸り声のよう。
ガシャリと鎧が揺れる音と共に身を低くした黒騎士は、地面を爆砕させる威力をもって地を蹴り、グレイに肉薄。
両者は肩に担ぐ形で構えた大剣を、勢いのままに振り下ろした。
炎に包まれた楽園に金属がぶつかり合う甲高い快音が響き渡り、お互い様子見の一撃は互角である事を周囲に知らしめる。
お互いに弾かれた両者は衝撃にのけ反り、地面に二本の轍を残しながら数
停止し、体勢を立て直すのはほぼ同時。けれど間合いが開いた事で双銃という破格の追撃手段を持つグレイが有利となるが、彼はそれを構える素振りも見せずに口を開く。
「こいつは俺がやる。お前らは手を出すなよ」
淡々と、そして有無を言わさない彼の声色にただならぬ気配を感じたリオンが何かを言おうとするが、それを制する形でグレイは大剣を背負う。
「採寸直してやるよ、でか物」
そう言うな否や彼は背中に黒翼を展開し、一度の羽ばたきで一気に天井近くまで飛翔。
「こっちは任せたぞ、冒険者諸君!俺が戻ってくるまで死ぬなよ!」
上空から右手で敬礼するようにシュッと手を振ったグレイはそのまま煮えたぎる湖の方向へと離脱。
『オオ……ッ……アアアアアアア…………ッ!!!』
遠ざかる彼の背を睨みつけた新型は、咆哮と共に魔界の瘴気と共に
彼らも意味を持たない咆哮と共に推定Lv.6の
「余計なことを……」
グレイ、
「せめて
「なんだと」
興味の欠片もない、偶然視界に入った道端の石にほんの一瞬視線を向けただけの気まぐれなものに、真っ先に嚙みついたのはアレンだった。
「万全の【
露骨なまでに大きな溜め息を吐く彼女に、ヴァニタスは告げる。
「準備運動にはならずとも、余興にはいいでしょう?では私はあちらを見に行きます、貴重なデータが取れそうですから」
彼はそう言うと大剣の柄を掲げ、新たに開いた次元の穴へと潜り込んでいく。グレイと、彼を追いかけた者達の元へ行ったのだろう、穴もすぐに閉じてしまった。
独り残されたステラは溜め息を吐き、諦めたように刀の鯉口を切る。
「──では、やりましょうか。楽しませてくださいね、冒険者の皆様」
そして解放される戦意と魔力。彼女を中心に空間が歪む程の強烈な
当初の作戦はグレイが離脱した時点で崩壊している。彼が何の意図をもってあの行動に出たのかは定かではない。
推定Lv.6四人とそれ以上の
「ほざくな、轢き殺す!」
それを好都合だと言わんばかりに、アレンが地を蹴った。
トンと軽やかな音と共に彼の姿が搔き消え、銀槍が振るわれる。
冒険者最速を迎撃するのは剣鬼の抜刀一閃。閃いた二条の銀光が交錯し、甲高い金属音と共に火花が舞い散った。
アレンの速度に余裕で反応したステラだが、その表情にほんの僅かな驚きが宿る。
「なるほど、あの日よりも速い」
『恩恵』を与えられた冒険者の成長の曲線を甘く見ていたのだろう。その瞳にはほんの僅かな興味の色が宿り、包帯の下で口角が吊り上がっていた。
銀色の槍撃を鞘に納めたままの刀で捌き、瞬き一つの時間を使って抜刀一閃。
攻撃の合間──冒険者最速が放つ連撃の、ほんの一瞬の間隙を縫った一刀は、素早く引き戻された銀槍の柄に阻まれる。
「ッ……!」
だがその重さと両腕に感じる衝撃にアレンは目を剥き、振り抜かれた勢いのままに吹き飛ばされる。
彼は両脚の踵と銀槍の石突を地面にめり込ませ、三本の轍を残しながら数十
反応まで要した時間は刹那的な一瞬。アレンは思考よりも前にその場を飛びのいた瞬間、彼のいた場所が球状に歪み、その中心から斬撃が炸裂する。
間合い無視、更に不可視。その脅威たる斬撃も、抜刀という予備動作から斬撃の発生まで僅かに猶予がある。来るとわかってさえいれば避ける事自体は可能。万が一にも当たってしまえばアレンの『耐久』では耐えられない。
当たれば終わり。けれど当たってやるつもりはなし。
冒険者最速だからこそ赦される暴論をもって、アレンは剣鬼へと挑んでいく。
銀槍を携えた戦猫の疾駆は音を置き去りにし、放たれる神速の槍をステラはそれを上回る速度でもって迎撃する。
時には僅かに体軸をずらすのみで避け、刀で弾き、手刀で弾く。
アレンの息もつかせない猛攻を真正面から受け止めるステラの姿は、圧倒的な強者のもの。
それでもガレスは大戦斧を担ぎ上げながら吼えた。
「こうなればやるしかあるまい。行くぞ!」
「うん、今度は負けない!」
彼の言葉にいの一番に応じたのはアイズだった。
愛剣を鞘から抜き放ち、我先にと駆け出す。
「アイズ、待て……!無闇に飛び込むのは危険だ!」
その背に制止の声を投げるリヴェリアだが、幼き剣姫はそれに聞く耳を持たずに行ってしまう。
「【
「…………」
「……アリーゼ?」
投げられるガレスの指示に、団長であるアリーゼの返事がなかった。
いつもなら真っ先に反応するだろう彼女に【アストレア・ファミリア】の少女達が怪訝な顔を向ける中、アリーゼは「おじ様、ごめんなさい!」といきなり謝罪の言葉を口にした。
「嫌な予感がする、グレイの援護に行かないと……!」
「団長としての勘、か?」
「ええ、そうよ!」
ガレスの問いかけにアリーゼは即答し、ドワーフの大戦士は僅かに思慮するように目を細めた。
ステラを相手する以上、戦力は多いに越した事はない。【アストレア・ファミリア】も総動員しなければ、グレイの帰還までの時間稼ぎさえもままならない。
だが、アリーゼには
「ならば行ってこい!こちらは儂らに任せろ!」
この場における最悪はグレイの脱落。彼が戦闘不能になればステラを止められる戦力がなくなり、ひいては世界の破滅へと繋がる。
自分達でも最善を尽くすが、それ程までにステラという壁が高すぎるのだ。
「ええ、すぐに戻ってくるわ!」
ガレスの言葉にアリーゼがバチコン⭐︎と
「そういう訳だから、グレイを追いかけるわよ!」
「団長、勝手に話を進めるな。私はあの小娘にやり返さねば気が済まん、ライラもな」
「アタシまで巻き込むなよ……。まあ、グレイがいんだ、全員で行かなくてもいいだろ、邪魔になっちまうし……てか、あれを止まらんねえ」
輝夜が嘆息混じりに悪態と、この場に残るむねの言葉を吐き、巻き込まれたライラがやれやれと言わんばかりに肩を竦め、埒外の怪物を見るような目をステラに向けた。
グレイを一刻も早くこちらに戻さねばならない以上、何人かを向かわせるがこちらにも何人かを残していかなければならない。今はアレンがどうにか抑えているが、遊びを止めれば第一級冒険者だとしても相手にならない。
質で無理なら、数で押さねばならない。神時代においてこんな事を言うのも何だが、相手はそれ程までの化け物なのだ。
「わかったわ。なら私とリオン、あとマリューの三人で!」
「その人選の意味は終わった後で聞いてやる、さっさと行け!」
最低限の人数。おそらくアリーゼの意図からして、マリューを連れ出すことが本命で、アリーゼとリオンはその護衛という事だろう。
「とにかく、急がなければ!」
そしてアリーゼに指名され、少々勇み気味になりながらグッと拳を握り、煮えたぎる湖の方向に目を向けるリオン。
そんなにグレイを助けたいのかと、彼女に仲間達が生温かい視線が集まった直後、凄まじい轟音と共に階層が揺れた。
震源はもちろん湖の畔だ。濃密な魔力を孕んだ炎と雷が飛び交い、蒼炎が魔界の瘴気を焼き尽くす。
地獄の中に更なる地獄が広がる様は、まさに悪魔同士の戦争の如く。
「あ、あそこに行くの……?」
「行くしかないわ、今すぐに!私とリオンが護ってみせるから!」
人の身では立ち入る事を赦されない領域にマリューが怯える中、そんな彼女を励ますようにアリーゼが彼女の背を叩く。
「任せてください」とリオンも頷けば、マリューも覚悟を決めて杖を握った。
「そういう訳だから輝夜、こっちは任せた!!」
「ああ、任された!死ぬなよ、三人とも」
「当然!」
二人のやり取りを最後に、【アストレア・ファミリア】は二班に別れる。
グレイの援護とステラの撃破。
どちらも失敗は赦されず、万が一敗れればそのまま世界は終わる大一番。
それでも少女達は恐れず、前に踏み出していった。
炎が奔る。雷が迸る。瘴気が燃える地獄を犯す。
魔弾が奔る。斬撃が翻る。蒼炎が燃える地獄を浄化する。
「──盛りがってきたな、馬鹿ども!」
左手に
黒騎士が錫杖を振り鳴らす。精魔兵が魔力と、胸に突き立つ魔具から溢れる瘴気を纏いながら咆哮をあげる。
「人を道具みたいに使うなんて、らしくねえぞ。まったく」
その呟きは誰に向けられたものなのか、それは彼と相対する者達にはわからない。
グレイは理解していた。あの鎧の内側に何があるのか、誰がいるのか。
故にアリーゼ達を遠ざけた。彼女達と戦わせるのは、あまりにも残酷だと彼女達の心を守るための策を講じた。
そのせいで彼女達が死ぬかもしれないが……。
「頼むぞ、ガレス、リヴェリア、アレン」
残してきた冒険者達に期待し、彼らでは不可能な戦いはこちらが請け負う。
「下手すりゃ神殺しだ。そういうのは
下界の住人にとって、神を殺す事は最大の禁忌。これから行う事は下手を打てばその禁忌に直結する大博打だ。彼らには任せられない。
「じゃ、やるか……」
全身から魔力を解き放ち、コートの長裾を揺らしながら告げた宣言に、黒騎士が咆哮でもって返す。
身の丈を超える大長剣を構えた直後、ガシャン!と音を立てて刀身が
白銀の刀身に隠されていた禍々しい輝きを宿す結晶が姿を現し、ドス黒い魔力と視認できる程濃密な
それと同時に迷宮を揺らす振動が強くなり、下から迫る気配が強くなるが、グレイは気にする素振りも見せずに大剣と拳銃を構えた。
「歯ぁ食い縛れよ、女神様……!」
『アアアアアアアアアア!!!』
グレイの挑発に、黒騎士が咆哮をあげる。
グレイは独り走りだし、黒騎士は精魔兵を引き連れて地を蹴った。
増援到着まで、あと数分。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。