ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission04 正義の味方

 青空が姿を消している。

 時間帯は朝。オラリオの空は今日も灰色の雲に覆われていた。

 連日の曇り模様に通りを行く人々の顔も晴れず、暗鬱とした空気が漂っていた。

 

「さあ、有言実行よ!巡回(パトロール)だわ!悪さをする人を懲らしめるんだから!」

 

 だがそんなもの知った事じゃないと言わんばかりに、アリーゼは朝からうるさかった。生命力に溢れていた。

 そんな曇り空とすれ違う人々、そして喧しいアリーゼの背中を見ながら、グレイは大口を開けて欠伸を漏らし、「で、目的地は?」と隣を歩くリオンに問うた。

 覆面で顔を隠している彼女の表情はあまり伺えないが、やはりグレイの事を警戒しているようだ。

 細めた青い瞳で彼を見つめながら、「まずは工業区からです」と最初の目的地を口にした。

 工業区というのは、昨日グレイとアンジェロが落下してきた区画だ。アリーゼたちが闇派閥(イヴィルス)と戦っていた場所でもある。

 昨日襲った場所を連日襲うのか、そんな疑問が頭に浮かぶが、何事にも万が一というのはあるのだ。それに備えねばならない。

「ええ!」と笑うアリーゼと共に、三人は予定通りに工業区の警邏を始めた。

【アストレア・ファミリア】もそうだが、『都市の憲兵』を標榜する【ガネーシャ・ファミリア】も行なっている、地味で苦労も多いが、大事な仕事の一つだ。

 闇派閥(イヴィルス)暗躍の防止や、混乱に乗じた犯罪の抑止。『正義』を掲げる少女たちがやるべきことは、その二つだ。

 他の区画でも輝夜やライラたちも行なっているだろう、聞き込みや不審者への警戒を進めつつ、広い工業区を東へ西へ。

 意思疎通(コミュニケーション)お化け(モンスター)のアリーゼが一見無関係そうな世間話から、有力そうな会話まで、幅広い情報を聞き出し、あまり会話が得意ではないリオンはアリーゼに代わって周囲を警戒する。

 グレイもまた周囲に目を光らせ、悪魔の残す残り香を──闇と退廃と背徳の腐臭を探して鼻をひくつかせるが、工業区からはそんなものは感じない。

 すれ違う人たちの汗や香水、工場から漏れる工業油の臭いに紛れている可能性もある。もう少し歩き回った方がいいだろう。

 いくつもの区画を跨いで巡回を続けているうちに時は流れ、薄くなった雲の切れ間から夕暮れの橙色の光が差し込んでくる。

 

「──にしたって、活気がないにも程があるだろうが。なんだよ、もう少し騒がしい街を想像してたんだが」

 

 とある通りに差し掛かったちょうどその時だった。グレイは朝からずっと感じていた事を口にしていた。

 あの後、アストレアやアリーゼらから諸々の説明を受け、ここオラリオは『世界の中心』と謳われていると話を聞いた。

 人類の天敵『モンスター』蔓延る迷宮(ダンジョン)

 それを攻略するべく、神々に『恩恵(ファルナ)』を授けられた冒険者。

 冒険者が持ち帰る貴重なモンスターの素材や、モンスターの心臓ともいえる魔石がもたらす巨万の富により、国に仕えずとも最高の栄華を誇る自由都市。

 迷宮都市オラリオ。あまたの英雄が生まれ、死する街。それがこの街だと、少々熱のこもった声音で説明されたのだが。

 

「退屈にも程があるだろ。どいつもこいつも元気なさすぎだぜ、まったく」

 

 道行く人々の表情は一様に暗く、常に下を向き、あるいは過敏なまでに神経質な振る舞いが目立つ。

 開いている店は犯罪防止の為の鉄格子で通りと隔てられおり、客の呼び込みすらなく、店の前で立ち止まって冷やかし(ウィンドウショッピング)をする雰囲気すらない。

 

「──『暗黒期』ってやつだったか。病は気からって言葉を知らないのかね?空元気でもテンション上げねぇと、そのうち潰れちまうぞ」

 

 同時にアストレアから教えられた事を思い出しながら、嘆息混じりにそう告げた。

『世界の中心』と謳われるオラリオだが、今は文字通り最悪の時期らしい。

 かつて最強を誇った【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が、最強のモンスターとされる隻眼の黒竜に壊滅させられ、悪を封じる抑止力がなくなってしまったらしいのだ。

 その後釜らしい【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】も日夜この街に秩序を取り戻さんと頑張っているらしいが、昨日も闇派閥(イヴィルス)の襲撃があったという事はつまりそういうことだ。

 悪の台頭を許し、それを止めることもできず、徒に被害を増やし続けている。なるほど、『暗黒期』とはよく言ったものだ。

 

 ──最強がいなくなった途端に悪の台頭を許す、ね。英雄が生まれる街にしては、情けないんじゃないか?

 

 グレイはどこか冷めた感想を抱きつつ、それでも頑張っているアリーゼとリオンの背中を見やる。

 件の二大巨頭に数えられずとも、平和というものを目指して邁進する少女たちの背中は、あまりにも頼りなく、小さい。

 彼の愚痴とも言える言葉を真摯に受け止めながら、アリーゼは口を開いた。

 

「これでもだいぶマシになったのよ?リオンと初めて会った頃なんて、それはもう酷くて」

 

「私はアリーゼがいなければ、歓楽街に売り飛ばされるところでした」

 

 アリーゼは言葉に悔しさを滲ませ、リオンはやり場のない怒りを込めながら、その日を、二人が出会った日の事を思い出していた。

 三年前。故郷の森を飛び出し、オラリオに流れ着いた彼女を襲ったのは、残酷なまでの『悪』の洗礼だった。

 行く宛もなくオラリオを彷徨う、世間知らずの麗しいエルフという格好の的であった彼女を、人身売買を行なっていた【ファミリア】が狙ったのだ。

 エルフとして幼少の頃から鍛えられた彼女でも、『恩恵(ファルナ)』を刻まれた神の眷属に敵うはずはなく、その毒牙にかかりそうになった間際、ふらりと現れたアリーゼに救われたらしい。

 何かの時機(タイミング)が一つでも間違っていれば、リオンはここにはいなかった。

 あの日、バイクを吹かしながら現れた師匠がいなければ、悪魔に殺されていた自分のように。

 そういう意味では自分と似ているんだなと、彼女にどこか親近感を抱いたグレイを他所に、神妙な面持ちになるリオンとは対照的に、アリーゼは明るい声音で笑い飛ばした。

 

「リオンはリオンで偏屈だったわよね。仲間はずれにされた野良猫みたいな目をして、『自己満足のために私を助けたのなら、見返りはいらないはずだ。キリッ!』とか言うんだもん!」

 

「ア、アリーゼぇぇぇ……」

 

 アリーゼのその日の事を思い出して笑い、リオンは掘り返されたくない黒歴史をグレイに暴露され、非常に情けのない声を漏らす。

 覆面で隠された顔だけでなく、エルフの特徴たる細長い耳まで赤くしながら、グレイに「今の話、忘れなさい!」と掴みかからんばかりの気迫をもって脅しをかけた。

 

「おぉ、怖。なんだよ、俺にだって人には言いたくない秘密の一つや二つあるぜ?それを親友にバラされたとなっちゃ、しばらく部屋に閉じ籠るかもな」

 

 そんな彼女の絶殺の視線もなんのその、グレイは相変わらずのふざけた拍子でそう言うと、「ま、あの館にはアストレアがいるんだが」と肩を落とす。

 アストレアという近づきたくもない天敵がいる以上、あの館に長時間の滞在はしたくない。昨晩はとりあえずあのまま団欒室の長椅子(ソファー)を借りて寝たが、絶えずアストレアの気配を感じてしまい眠りが極端に浅くなってしまった。

 このままあの館に滞在していては、寝不足になるのは時間の問題だ。

 

 ──だが、金がねぇ。なんだ、ヴァリスって。

 

 近場の宿に泊まろうにも、このオラリオとその周辺で流通している貨幣──ヴァリスと呼ばれる硬貨主体のもの──を一文たりとも持っていない彼は、文字通りの無一文の根無草。雨風が凌げる安全な場所で休ませてもらえるという意味では、アストレアにはむしろ感謝するべき身分だ。

 だが彼女が『正義』を司る善なる神であることと、自分に流れる忌まわしい血が化学反応を起こし、彼女に近づくだけでも怖気が走る。

 一人と一柱ではどうにもならない生物としての壁が、二人の間に立ち塞がっているのだ。

 故に今のグレイの頭にあるのは、どうやってアリーゼたちに監視されつつ、アストレアから距離を取るかという思慮ばかり。

 近場の安宿を借りるのが手っ取り早いが、ここで問題になるのが金の問題だ。

 アリーゼもアストレアも優しい()物であることは間違いなく、相談したところでこのまま館に泊まっていけと言うに決まっている。故に金を借りるという選択肢はなしだ。

 やれやれと首を振ったグレイに、アリーゼはふふんと鼻を鳴らして声をかける。

 

「私は気づいていたわよ!神様とすれ違う度に怯えて、私たちに隠れようとしていたわね!!」

 

 そうして指摘したのは巡回中に見せた挙動不審さと、その原因。

 眷属と共に街をぶらつく神や、一人でこそこそと軟派を楽しんだ挙句、眷属に見つかった袋叩きにされていた神など、様々な神と出会うことになったが、その度にグレイは肩を跳ねさせ、脂汗を滲ませながら、それとなくアリーゼやリオンの影に隠れていたのだ。

 

「──それがなんだよ。別にいいだろうが」

 

「開き直りましたね」

 

 グレイは彼女の指摘に怒るわけでも、誤魔化すわけでもなく、すぐさま認めて開き直ることで追撃を封じた。

 ここでそんなわけあるか、ふざけんなと言うのは簡単だが、それはそれで面倒くさそうだなという思いが優ったが故だ。

 隣で半目になりながら見つめてくるリオンの視線を受け流し、警戒するように辺りを見渡していると、不意に一人の少女の声をあげた。

 

「あ!【アストレア・ファミリア】だぁ!」

 

「そうよ、正義の味方【アストレア・ファミリア】よ!そういう貴方は前の事件で逃げ遅れた女の声、リアちゃんね!」

 

「うん!おねえちゃんが助けてくれた、リアだよ!」

 

 こちらに笑顔を向ける少女にアリーゼは身を翻すと、格好つけたようにポーズを決めた。

 両腕で熊の縫包み(テディベア)を抱える少女はきゃっきゃっと喜んだ。

 

「……知り合いか?」

 

「以前、闇派閥(イヴィルス)の襲撃に巻き込まれたところを、アリーゼが助けたのです」

 

 文字通りこの街の事を、人の繋がりを知らないグレイがリオンに問うと、彼女は手短に少女とアリーゼの出逢いを説明した。

 グレイは目の前の光景にすぐに納得し、「流石正義の味方だな」と珍しく素直に賞賛の声を投げた。

 二人がそんなやり取りをしている横では、リアとその両親がアリーゼと話し込んでおり、少女の笑い声に釣られてか、澱んでいた通りの空気が僅かに軽くなったような気がする。

 

「なんだよ、案外守れてるじゃねぇか」

 

 そんな光景に思わず微笑を零しながら、グレイはぼそりと呟いた。

「え?」と隣から漏れ出たリオンの声に、腕を組みながら言う。

 

「俺がいればもっとたくさんの人を助けられるとか言ってたが、お前らだけでも十分助けられてるってことだ」

 

「アリーゼはまだまだ力不足だって感じだし、事実そうなんだろうが、少なくても誰かを救えてる。多少は胸を張ってもいいじゃないか?」

 

 アリーゼに【ファミリア】の加入とその理由を聞かされた時の事を話題にだし、笑い合うアリーゼとリアの姿をどこか眩しそうに見ながら、小さく笑んだ。

 

「お前らの『正義』ってやつの成果。見られて良かったぜ」

 

 暗黒期とまで呼ばれ、活気がなくなった世界の中心(オラリオ)においても、それでも守られる笑顔はあるのだと、どこか安堵しているような柔らかな笑顔を浮かべる。

 

「……貴方は、そうやって笑うのですね」

 

「……?俺はよく笑うと思うんだが」

 

 そんな彼に釣られ、覆面の下で笑みを零したリオンは、どこか驚きの色を含んだ声を漏らした。

 グレイは自分の頬を揉みほぐしながら返すが、リオンが見たことがある彼の笑みは相手を挑発する不敵なものや、単に小馬鹿にしたような下卑たものばかり。こうして本当の意味での笑顔を見たのは、これが初めてかもしれない。

 同時に、その笑顔と言葉にほんの僅かに救われてもいた。己の非力を呪い、卑下していたが、こうして面と向かって『今までの行為は無駄ではない』と言われると、どこかこそばゆい感覚はあれど嬉しいものだ。

 ならば、これからも今まで以上に邁進するのみと、街の雰囲気に呑まれて後ろ向き(ネガティブ)になっていた自分に喝を入れた。

 同時にアリーゼとリアの談笑も終わりを告げ、何やら自分たちを見て笑っているグレイと、その隣でどこか明るい雰囲気なったリオンの姿を認め、さしもの彼女も首を傾げた。

 だがすぐにハッとすると、親に連れられて歩き出したリアを隠すように身を乗り出す。

 

「グレイ!まさか、貴方、神々がいう『ロリコ──」

 

「違う。何でこんな奴を褒めちまったんだ……?」

 

 そしてあらぬ疑いをかけられたグレイは浮かべていた笑みを消し、不満そうに唸りながら頭を掻いた。

 彼女らの行いを褒めた筈なのに、何故か自分にロリコン疑惑を向けられる。そんな不条理に嘆く彼を他所に、アリーゼはリオンの表情を覗き込んだ。

 

「そしてリオンにも何かいいことがあったみたいね!うんうん、今の顔の方が私は好きよ!」

 

「ええ。歯痒く思うのはやめにしました。今は一日でも早い平和の為に──」

 

 ずいっと顔を寄せるアリーゼに向け、改めて決めた覚悟を口にしようとした瞬間だった。

 

「あ〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜!」

 

 どこからともなく、なんとも間抜けで情けない男の声が聞こえてきた。

 何事だとアリーゼとリオンは身構えながら、グレイはロングコートのポケットに手を突っ込み、気怠そうにしながら、声のした方向に目を向けた。

 

「ははっ!いただきだ!!」

 

「俺の全財産444ヴァリスがぁぁぁぁぁ!誰か、取り返してぇぇぇぇぇ!」

 

 荒々しい胴間声は財布を奪った暴漢のもの。

 それに続いた声は、彼に財布を奪われた『男神』のものだ。

 うげ、神かよと距離を取ろうとするグレイは、不意に感じた違和感に眉を寄せた。

 あれは神だ、間違いない。財布を奪われ、今にも泣き出しそうになっているが、無意識に放っているだろう『神威』からして間違いなくアストレアと同じ超越存在(デウスゼア)だ。

 なのに彼女に感じた忌避感はなく、むしろ心地良ささえも感じるのは、何故か。

 一人疑問符を浮かべるグレイを他所に、アリーゼとリオンはその犯人の姿をしっかりと捉えていた。

 

「神から財布をぶんどるなんて世も末ね!それに、財布の中身もなんかしょぼいわ!」

 

「そんな事を言ってる場合ではない!行きます、アリーゼ!」

 

 神が物を盗まれる無秩序を嘆きつつ、同時に率直な感想をぶちまけるアリーゼにツッコミを入れつつリオンはその身を風に変え、アリーゼのその後ろに続いた。

 活気はなくともある程度人々の往来がある通りだ。暴漢はそんな人混みに紛れて二人を振り切ろうとするが、リオンたちの方が圧倒的に早い。

 人混みの中を淀まなく進み、時には壁を蹴り、宙を舞いながら、確実に暴漢へと迫っていく。

 あのまま放っておいてもすぐに捕まるだろうが、とその背中を眺めていたグレイは呑気に溜め息を吐くと、「家賃分くらいは働くか」と便利屋根性を発揮して目を細めた。

 直後、ブン!と空間が唸る異音と共に彼はその場からかき消え、一瞬にして逃げていた暴漢の目の前に現れた。

 

「「「は?」」」

 

 二人から逃げていた暴漢も、彼を追いかけていたアリーゼとリオンも、その瞬間だけは口から同じ音を漏らした。

 暴漢からすれば、何の前触れもなく目の前に青年が現れた。

 アリーゼとリオンからすれば、置いていった青年がいつの間にか自分たちを追い越し、窃盗犯の目の前に移動していた。

 逃げるのに夢中だった暴漢が急に止まれる筈もなく、全体重をかけて彼の背中にぶち当たるが、

 

「いで!?」

 

 化け物じみた体幹で微動だにしないグレイの背中に弾き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。

 グレイとぶつかった挙句、その強靭な肉体にぶつかるだけで鼻を砕かれた暴漢は、鼻血で口元を真っ赤にしながら悶えた。

 そんな無様な暴漢を見下ろたグレイは、目線を合わせるようにカエル座りをすると、「財布を返しな」と手を差し出す。

 膝に肘をついて頬杖をつきながら、ほれほれと急かすように差し出した手で手招きする。

 

「人の物を盗んじゃいけないって、ママに教わらなかったのか?おっさん」

 

 そして、挑発の言葉も忘れない。もはや癖なのではと自分でも疑うレベルだが、何も言わずにいるというのも何だが寂しいのだ。

 

「畜生……っ!ふざけんな!!」

 

 そんな彼の言葉に暴漢は血とは別の理由で顔を真っ赤にして体を起こすと、彼に掴みかからんと飛びかかったが、ひらりと身を躱された挙句、足を引っ掛けられて再び転倒。それを数度繰り返す。

 大の大人がまだ子供といっていい齢十五の少年にいいようにされている様に、暴漢とはいえど少々哀れみのような視線が向けられ始めた。

 

「待たせたわね、【アストレア・ファミリア】よ!」

 

 そんな人混みの中を器用に突っ切ってきたアリーゼが胸を張りながらそう言うと、立ちあがろうとしていた暴漢は途端に諦めたように項垂れ、そのまま地面に寝転んだ。

「遅かったな、正義の味方」とアリーゼを煽るグレイの言葉を他所に、リオンが男を取り押さえようと歩みを進めると、更に人垣をすり抜けて現れた人物が一人。

 

「騒がしいと思ったら、アリーゼとリオン!それにグレイも!」

 

 その少女の印象は、やはり『可憐』だった。

 熱くたぎる正義感を胸に秘めながら、それでもどこか軽やかで、力まずに気を抜いている、春風のような少女。

 

「おう、アーディ。昨日ぶりだな」

 

 そんな少女──アーディの登場に驚きつつ、グレイは彼女に挨拶を返した。ついでに「俺はおまけか?」と先ほどの『それに』扱いに傷ついた風を装う。

 ごめんごめんと笑いながら謝るアーディは、暴漢に近寄っていたリオンの方に足を進めると、そのままの流れで彼女に抱きついた。

 

「う〜ん!今日もリオンは綺麗で可愛いね!いい匂いもするし、抱きついてもいい?」

 

「もう抱きついています!?」

 

「フフーン。私は昨日リオンを抱き枕にして寝たわ!リオンったら、真っ赤になって可愛かったんだから!」

 

「へぇ。その話、もう少し詳しく」

 

「アリーゼも、アッシュウォルドさんも、そんな事を言ってないで助けて!!」

 

 アーディに抱きしめられ、金色の髪を撫でられながら揉みくちゃにされているリオンが助けを求めるが、二人はわざとらしく聞こえないフリをした。

 その間にもアーディはそれこそ猫や大型犬を撫でるように、割と容赦なくリオンを撫で回していく。

 

「あ!?これ隙ありって──」

 

「あるかよ、間抜け」

 

 そうやって少年少女たちが姦しいやり取りをしている横で、それを隙と見た暴漢が、這うように逃げようとするが、グレイが長剣をその目の前に突き立てた。

 小さく悲鳴を漏らして下がった挙句、あっさりとアリーゼに取り押さえられた暴漢を他所に、いまだに戯れあっているリオンとアーディに通りの人たちの表情も浄化されたように明るくなり、

 

「おねえちゃんたち、仲がいいんだね!」

 

 騒ぎを聞きつけて戻ってきていたのか、あるいはこちらが追いついてしまったのか、先ほど別れた筈の少女──リアが、笑みを浮かべてそんな事を口にしていた。

 

 

 

 

 

「さて。おふざけはこの辺にして、盗んだ物を返しな」

 

 そんなやり取りから数分。流石に長いと判断したグレイが、緩みきっていた空気を切り替えるように、鋭い声音で暴漢にそう告げた。

 糸の切れた人形のように地面に座り込み、俯いていた暴漢は彼の言葉にびくりと肩を震わせると、歯を食いしばって口の中で何かを呟いた。

 

「……あ?すまん、なんて言った?」」

 

 不敵に浮かべた笑みをそのままに、耳に手を当ててずいっと顔を寄せる。

 横のリオンが呆れたような視線を向けてくる中、暴漢は今度は両手足を投げ出す形で、自分から地面に寝転んだ。

 

「あー、くそ!詰んだ、俺の人生!さっさと牢屋にぶち込みやがれってんだ!!」

 

「すごい!清々しいまでに開き直ったわ、この人!」

 

 文字通り大の字で地面に寝転びながら喚いた男に、アリーゼは驚嘆した。

「ややこしくなるので黙ってください」と頭痛を覚えた頭を押さえながらリオンが抑止する中、暴漢は声を荒げる。

 

「おめぇらみたいに強い連中にはわかんねーだろうな!こんな惨めな真似して食い扶持稼ぐ浮浪者(おれたち)のことなんかよぉ!仕事場も奪われれば店も開けねぇ!いつもいつも事件事件で余裕もねぇ!」

 

 そう喚いた男は、確かにくたびれた格好をしていた。

 冒険者でもないのに肩や腹に鎧らしきものを纏ってはいるが、今のセリフからしてこれも盗品なのだろうか。同時にこの鎧が、闇派閥(イヴィルス)が起こす事件から身を守る知恵でもあるのだろうか。

 鎧と言えばと、念のためアンジェロの残骸の様子も見に行かないと、この場においては酷く的外れな事を思慮するグレイを他所に、男は更に捲し立てていく。

 

「職に溢れたヤツなんてごまんといる!それもこれも、おめぇら冒険者が悪党どもをさっさと追い出さねぇからだ!そうさ、俺だって被害者だ!俺みたいなヤツがいるのも、全部おめぇら冒険者が──」

 

「うるさいぞ、おっさん」

 

 通りを行く人たちにも聞こえるように、自分は間違っていないと言わんばかりにアリーゼたちに向けて吼えていた男の言葉を、不意に感情を感じさせない冷たい声が遮った。

 アリーゼたちですら身震いする程に冷たく、僅かな殺気さえも宿るその声に暴漢が訳もわからず「ほぇ?」と間の抜けた声を漏らすと、声の主人たるグレイが色褪せた瞳でまっすぐと暴漢を睨みつけた。

 声にならない悲鳴を漏らし、本能的な恐怖に震える暴漢に一歩ずつ歩み寄りながら、グレイは言う。

 

「自分が不幸なら他人を不幸にしていいとでも?自分が幸せになれるのなら、他人の幸せを奪っていいとでも?」

 

 淡々と、いっそ機械的なまでの声音で言葉を紡ぐその姿に、アリーゼとリオンは暴漢の言葉がグレイの地雷を踏んだということを理解した。

 グレイが一歩を踏み出せば暴漢が一歩下がり、グレイが更に進めば暴漢が更に下がる。

 あれ、これヤバくねとアリーゼ、リオン、アーディが危機を予感する中、それを繰り返す内に壁際に追い込まれた暴漢が背中を壁にぶつけ、ほんの一瞬そちらに意識が割かれた。

 その瞬間、グレイは動いた。

 まずいとリオンが止めに入ろうとするが、もう遅い。予備動作なしで放たれた彼の拳は真っ直ぐに──、

 

「ひぃ!?」

 

 暴漢の頭の横をスレスレで通過し、凄まじい破砕音と共に壁にめり込んだ。

 彼の拳を中心に蜘蛛の巣のようにヒビが広がり、パラパラと小さな破片が降ってくる。

 ガタガタと震えながら彼の拳と、じっと見つめてくる彼の顔を交互に見る暴漢に向け、グレイは言う。

 

「俺は、お前みたいな奴が嫌いだ」

 

「アリーゼたちを見ろ。お前の半分も生きていないだろう連中が必死に頑張ってるってのに、お前は何をしてる。何もせず、あいつらの面倒を増やして、何かあれば冒険者のせいにしてガキみたいに喚く。いい大人が、ふざけるのも大概にしろ」

 

 放たれた言葉は、先程まで行っていた相手を嘲る挑発ではなく、本気の説教だった。

「ぇ、ぁ、はい……」と途端に大人しくなり、萎縮しながら彼の言葉を聞かされる暴漢の姿には、いっそ哀愁が漂っている。

 

「とりあえず、財布を返せ。そして、二度と悪さをしないと誓え。いいな」

 

「は、はい……っ!」

 

 冷たく色褪せた瞳で射抜かれ、文字通りの正論で殴られた暴漢が涙目になりながら返事をし、懐に突っ込んでいた神から盗んだ財布を差し出した。

 無言でそれを受け取ったグレイは暴漢から離れると、途端に破顔して暴漢に言う。

 

「よし。行っていいぞ」

 

「「……は?」」

 

 彼の言葉に間抜けな声を漏らしたのは、暴漢とリオンだ。

 暴漢は呆れたような顔で、リオンは単に驚倒して、思わず声が漏れたのだろう。

 そんな二人を無視して、シッシッと餌をたかりに来た犬猫を追い払うように手を揺らすグレイの姿には、先程までの殺意も怒気も欠片たりとて感じない。

「気が変わらない内にさっさと行け」と急かす様に、リオンは目に見えて怒りを露わにしていた。

 

「それは駄目だ!然るべき報いを受けさせなければ、周囲に示しがつかない!」

 

「俺が報いを与えた。それでいいだろう?」

 

「よくはない!その時々の状況で裁き方を変えてしまえば、秩序が乱れてしまいます!」

 

「頭が固い奴だな、お前は」

 

 身を乗り出して訴えてくるリオンに対し、グレイは酷く冷静であった。

 どこか冷めているとも、どこか達観しているともいえる態度は、普段から見せる不敵で、相手を見下すような雰囲気はない。

 

「アーディはどうなのですか!都市の憲兵(ガネーシャ・ファミリア)の一員として意見を!」

 

「え、私?私も、情状酌量の余地はあると思うな」

 

「な!?アーディまで!?」

 

 そして戦友とも、親友ともいえるアーディの意見を仰いだが、そんな彼女からもリオンの意見を裏切る言葉を言われ、彼女は悲鳴にも似た声をあげた。

 そんな彼女に向けて、アーディは言う。

 

「ほら、私たち──っていうよりかは、彼がだけど、とにかくすぐに取り押さえたから、誰も不幸になってないよ。おじさん以外はね」

 

「それでも、罪を犯したことに変わりはありません!」

 

「──罪を犯したら、もうそれで終わりなのか?」

 

 エルフらしからぬ程に声を荒げるリオンの耳朶を、グレイの呟きが撫でた。

 眉を寄せて怪訝な表情になりながら「何ですって?」と聞き返すと、グレイは腕を組み、雲の切れ目から見える夕焼け空を見上げながら言う。

 色褪せた瞳はどこか遠くを見つめながら、誰かに向けた憧れや嫉妬、そして憎悪さえも含んだ複雑な感情を孕んでいた。

 悪魔として何万人も殺し、人間界を滅亡一歩手前まで追い詰めておきながら、突如として悪魔を裏切り、世界を救った英雄として人間界にその名を残した伝説の魔剣士の幻影が、脳裏をよぎる。

 

「人は誰だって罪を犯す。くそほどくだらない事から、自分を含めて大勢の人生を棒に振るような最悪なものまで」

 

「そんな奴らを、正義の名の下に断罪するのは確かに正義だ。多くの人たちも、それを望む筈だ」

 

「──だが、それでも、たまには赦すことも大事だと思うぜ?」

 

 人類はその悪魔が犯した人類虐殺という大罪を赦し、英雄として受け入れたのだ。ならば、同じ人同士でもそれができない道理はないだろう。

 グレイは空に向けていた視線をリオンに向け、微笑みを浮かべながらそう告げた。

 その言葉は野次馬として集まっていた人たちの中にも届き、逃げていいと言われ、どうするかを迷っていた暴漢の耳にも届き、その足を止めさせるほど。

 見覚えのない少年の正義のあり方──時には裁き、時には赦すという形は、果たして何人の心に響いたことだろうか。何人の人が、夕日に照らさせながら笑うかの少年の姿を目に焼き付けただろうか。

 

「わ、わたしは……」

 

 言葉を詰まらせ、生じた迷いに視線を彷徨わせるが、そんな彼女に向けてグレイはいつもの不敵な笑みを浮かべて告げた。

 

「居候の俺がとやかく言うことじゃなかったな。後は任せるぜ」

 

 言いたい事を言い終えたからか、今回の騒動から興味が失せたように踵を返した彼は、近くの壁に寄りかかって暴漢への対処をアリーゼたちに任せることにした。

 いまだに迷い、言葉も出ない様子のリオンだが、そんな彼女に代わって笑みを浮かべたアリーゼが暴漢に歩み寄った。

 何だよと身構える彼に向け、アリーゼはしゅび!っと勢いよく人差し指を突きつける。

 

「決めたわ!私はグレイとアーディに賛成する!」

 

「な!?アリーゼまで!?」

 

 反射的に声をあげたリオンを他所に、アリーゼは突きつけた指をそのままに暴漢に言う。

 

「ただし、二度目はないわ!それだけは肝に命じておいてね」

 

「い、いいのかよ?」

 

「うん。あとで怒られるだろうけど、別にいいよ」

 

 狼狽える暴漢に、アーディは頰を掻きながら乾いた笑みを浮かべてそう返した。

 そんな少年少女らの優しさに当てられてか、暴漢は「ふざけんな、バーカ!」と捨て台詞を吐いて四人に背を向け、走り出した。

 一秒もここにはいたくないと逃げ出したのだ。あの四人からも、惨めな自分からも、全力で逃げたのだ。

 そんな彼の背中を見送ったグレイは、いまだにこれで良いのかと悩むリオンに目を向け、無言で肩を竦めた。

 

「ホント、頭が固いエルフだことで」

 

 グレイはぼそりとそう告げて、暴漢から回収した財布を掌の上で弄ぶ。

 見た目の割に軽いそれは、やはり444ヴァリス程度しか入っていないのだろう。

 

「──で、これの持ち主ならぬ持ち神はどこだ?逃げちまったのか?」

 

「いやぁ〜、お見事お見事」

 

 財布を掲げながら持ち主を探して頭顔を巡らせていると、乾いた拍手の音が鳴り響く。

 それを合図に考え込んでいたリオンと、暴漢を見送ったアリーゼ、アーディがそちらに目を向けると、やはりそこにいたのは神だった。

 一見軟弱そうな見た目で、あちこちに跳ねた黒髪が特徴の美丈夫。髪の一部が脱色したような灰色を帯びているのは、元からなのか下界で染めたのか。

 気弱そうな笑みを浮かべ、覇気さえも感じない男神は、どこか試すような視線を四人に向けた。

 

「──すごいねぇ、正義の冒険者は」

 

「とりあえず、報酬として400ヴァリス徴収するぜ?」

 

 姿を現した神に対し、不遜にも財布の中身を搾り取ろうとする姿は、先程まで己の正義を標榜していた人物と同じにも見えない。

 

「あ、待って!それが俺の全財産なの!ホント、やめてぇぇぇぇ!!!」

 

 そんな青年の悪戯に男神はなんとも情けない声をあげ、涙を流すのであった。

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。
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