ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission33 閻魔刀(ヤマト)

 女神に起こった変化を、18階層にいる全ての者が察知していた。

 全身に悪寒が走るほどの魔力にリヴェリアは狼狽え、ガレスとアレンは僅かに目を見開くのみで平静を整うものの、頬に流れる冷や汗だけは止める事はできなかった。

 そしてそれに混ざる神威に気づいた【アストレア・ファミリア】の少女達が苦渋に表情を歪める。

 そんな彼らを嘲笑うように、ステラがぽつりと呟いた。

 

「──間もなく、女神は我らの同胞となります。その存在が歪み、反転し、世界を滅する邪神となる」

 

 遠くで起きている異変により、その言葉に噓はないと判断させられた冒険者達は一斉に目を見開き、第一級冒険者三人、アイズ、輝夜、ライラ以外の少女達が思わず湖の方向に目を向けてしまう。そんな中でもステラを睨み続けるライラが叫んだ。

 

「おい、輝夜!これ、アタシらもあっちに行くべきだったんじゃねえか!?」

 

「今更な事を言うな!背を向ければそれこそ死ぬぞ!」

 

 焦燥の色が強いライラの提案を輝夜がばっさりと切り捨てる。苦渋に満ちたその表情に宿るのは後悔の色。

 離脱できる時機(タイミング)があったとすれば、それこそアリーゼ達が離脱した時しかなかった。彼女達を見送り、この場でステラと相対する事を選んだ時点であちらの戦いには介入のしようがない。

 ライラが「くそ……!」と悪態を吐きながら、ガレスが敢行した突撃(チャージ)に合わせ飛去来刃(ブーメラン)を投じる。

 左右からの挟撃。だが、次の瞬間にステラが放った抜刀一閃が振り下ろされた大戦斧諸共にガレスを吹き飛ばし、大きな弧を描いて背後から飛来した飛去来刃(ブーメラン)を、納刀と共に一瞥もくれずに掴み取る。

 

「シッ!」

 

 すかさず懐に飛び込んだアレンが銀槍を放つが、掴み取った飛去来刃(ブーメラン)を槍に叩きつけるように力任せに振るい、甲高い金属音と共に軌道を逸らす。

 顔を真横を通過する穂先には一瞥もせず、ただ嘲笑うように口角をあげた彼女は無造作に──けれど一切の予備動作なく──前蹴りを放ち、アレンの鳩尾を撃ち抜く。

 ドン!と鈍重音が響き渡り、蹴り飛ばされたアレンの体が水切りの石のように地面を跳ねながら離脱を強いられる。

 受け身を取り、それでも血を吐く程の痛痒(ダメージ)を受けながら、最短時間で体勢を整え次の疾駆を開始せんと腰を沈める。

 その瞬間を待っていたように、ステラは即座に腕を振りかぶり飛去来刃(ブーメラン)を投擲。

 瞬き一つ分の時間なく眼前に迫った飛去来刃(ブーメラン)をアレンは銀槍で弾かんとするが、穂先と刃が触れ合った瞬間に凄まじい金属音に響き渡り、投擲物ではなく大槌で殴られたような重さに体勢が崩れ、片膝をつく。

 

「く、そが……ッ!」

 

 だが、戦車は止まらない。体勢を崩されつつも、次の瞬間には地面を爆砕させると共に疾駆を開始。

 舞い上がった砂塵さえも掻き消し、斜線となって迫る都市最速を前にしても、ステラは怯まない。

 視界の端を駆け抜けた銀槍に反応し、鞘に納めたままの刀で弾き返す。

 憤怒に歪む戦猫とそれを嘲笑う悪魔の視線が交錯し、返す刃で刀を薙ぐよりも速くアレンはその場を離脱。大気が唸る音と共に刀が空を打ち、遅れてアレンの着地する軽やかな音が聞こえてくる。

 一撃離脱(ヒット・アンド・アウェイ)を重視するアレンだが、肝心の『一撃』があまりにも遠い。先程からやっているのは接近と離脱──時には完全な迎撃──であり、いたずらにこちらを消耗させていくだけだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 アレンが呼吸を整える一瞬を稼ぐべく、(エアリアル)を纏うアイズがステラに挑みかかり、風に包まれた刃が振るわれる。

 神速の抜刀と共に風を切り裂き、アイズが握る銀剣を受け止めるステラ。そのまま競り合いの様相となりながら、彼女は怪訝そうに眉を寄せた。

 

「前に戦った時も思いましたが、貴方は何なのですか?」

 

「どういう意味……っ!」

 

「人間──というには混ざりすぎている。父親か、母親か、どちらかが人外なのでは?私と同じですね」

 

 どこか共感(シンパシー)を感じているように、戦場には似つかわしくないやり取りが行われるが、それもアイズの「一緒にしないで!」という拒絶の言葉で断ち切られる。

 彼女の怒りに呼応するように魔法(エアリアル)の出力があがり、風がステラの刀を巻き取らんとするが、

 

「──そう言われなければどうしようかと思いましたよ」

 

 笑みと共にそう告げた瞬間、刀が振り抜かれた。

 (エアリアル)は関係ない。魔法すらも容易く斬り破る剛閃がアイズを小さな体を吹き飛ばし、近くの岩へと叩きつける。

 

「がっ……!?」

 

 血と共に肺の空気を吐き出すアイズに、ステラは淡々と告げる。

 

「人と何が交わったのかは知りませんが、弱すぎる(・・・・)。貴方の両親も、所詮はその程度だったという事でしょうか」

 

「……っ!」

 

「互いに愛し合った結果なのか、何者かに誑かされた結果なのか。どちらにせよ、産まれ落ちた貴方は欠陥品もいいところでしょう」

 

「貴様、何を……!」

 

 岩にめり込むアイズを庇うように、彼女の前に出たリヴェリアが語気を強める中、ステラは構わずに言う。

 

「人の身に拘る理由はなんです?(ちから)に身を委ねない理由はなんです?貴方の覚悟はその程度なのですか?」

 

 岩から体を引き摺り出したアイズが、その言葉にピクリと肩を揺らした。

 彼女の反応に目を細めたステラは刀を鞘に納め、くるりと回しながら鞘を右手に持ち直す。

 

「その年で剣を執ったのなら、目指すものがあるのでしょう。母親の仇、あるいは父親の果たせなかった悲願の達成。その逆、あるいは両方か。どちらにしても、貴方ではそれを果たせない」

 

「そんな事ない!私は、絶対に──」

 

「できませんよ。貴方は何もなせずに死ぬ(・・・・・・・・・・・)

 

 淡々と、いっそ責めるような口調で言葉を吐くステラにアイズは言い返そうとするが、彼女はそれすらも叩き伏せる。

 軽蔑を超えて汚物を見るように冷ややかな視線を少女に向けながら、ゆっくりとリヴェリアを左手で指差し、愉悦混じりに目を細めて口角を釣り上げた。

 

「隣に立つ人すらも、護れないのですから」

 

 瞬間、閃光がリヴェリアの脇腹を貫いた。

 

「え………」

 

 頬に貼り付いた生温かい液体の感触に、アイズが困惑の声を漏らした瞬間、ぐらりとリヴェリアの体が傾いた。

 地に斃れると共にがぼりと血を吐き、戦闘衣(バトルドレス)と地面を赤く染めあげていく。

 

「リヴェ……リア……?」

 

 彼女に手を伸ばしながらその名を呼ぶアイズ。

 けれど返事はなく、ただ地面に血溜まりが広がっていく。

 

「あ……ああ……っ!」

 

 視界が歪む。思考が割れる。心臓の鼓動が強くなっていく。

 少女は顔をあげ、血走り、見開かれた瞳でステラを睨みつけた。

 彼女な右腕を包む包帯が解かれ、代わりに黒い彫刻めいた物体に包まれていた。

 手の甲を覆うように眼窩のない人の頭蓋のような意匠があるそれは、口から魔素を孕んだ硝煙を吐き出している。

 

「少しズレましたか。やはり、こういう武器は好きませんね」

 

 その魔具の名は『ナイトメアγ(ガンマ)』。ヴァニタスの主にして魔界の帝王、ムンドゥスが産み出し、その危険性故に封印された『ナイトメア』と呼ばれる悪魔の模造品(・・・)

 現物(オリジナル)ほどの出力はないが、兄弟機(ナイトメアβ)よりも燃費はいい──魔力を撃ち出す銃火器。ヴァニタスの作り出した魔具の傑作の一つである。

 冒険者の生命線とも言えた光布(ヴェール・ブレス)を容易く貫通し、リヴェリアに致命傷を与えた事がその威力を物語り、冒険者達の背筋に冷たいものがかけていった。

 

「もう少し上だったでしょうか」

 

 手の角度をかけて射角を調整しながら笑うステラ。あくまで刀による戦いを得意とする彼女からすれば、遠距離武器による奇襲など専門外だ。やはりというべきか初弾は外してしまった。

 

「次は外しません」

 

 だが次は外さない。相手は動かず、ズレも今の射撃で調整できた。ならば殺す。

 

「させるかぁ!!」

 

 再び左手を向けるステラに吼えたのはドワーフの大戦士。

 大戦斧を振りかぶり、友にトドメを刺さんとする悪魔を討つべく挑みかかる。

 瞬間、ステラの右腕を覆う包帯が解かれ、四肢を閃光が包み込んだ。 

 装着される籠手と具足。纏うは怖気を感じるほどの『光』。至近距離でその閃光を浴びたガレスが僅かに目を細め、それでも大戦斧を振り下ろした瞬間、終わりを迎えた。

 初手、昇撃(アッパー)で大戦斧を粉砕。

 二手目、拳を固めた鉄槌で兜と頭蓋骨を砕きながらガレスを地に沈め──、

 

「シッ!」

 

 三手目で顔面を全力で蹴り抜く(サッカーボールキック)

 皮膚を裂き、骨が砕ける乾いた快音と共に吹き飛ばされていくガレス。

 そのまま彼は地面を転がり、やがてピクリとも動かなくなる。

 閃光装具『ベオウルフ』その模造品──『ベオウルフ弐式』。グレイの『ゴリアテ』同様に籠手と具足型の魔具は、ベオウルフという悪魔、その細胞片から産み出された複製体(クローン)と素材に製造されたもの。

 閃光と伴う打撃で相手を破壊する、ステラの身体能力(ステータス)を前提とした専用兵装。

 その打撃に、格下である第一級冒険者が耐えられる道理なし。

 

「ガレ、ス……?」

 

 喉が震える。喉が乾いていく。血だまりに沈む二人の姿が霞む程に歪む視界の中で、ステラと『隻眼の竜』の姿が重なっていく。

 ステラは未だに立ち上がれないアイズを嘲笑い、告げた。

 

「──言ったでしょう、何も護れないと、何も成し得ないと」

 

 その言葉が最後の切っ掛け(トリガー)となった。

 胸の中で何かが爆発する。黒い炎が燃え上がる。

 視界が明滅を繰り返し、嵐のごとく魔力が氾濫する。

 

「【起動(テンペスト)】……【復讐姫(アヴェンジャー)】!!!」

 

 風が、魔力が、黒く染まる。

 

「──殺す……ッ!」

 

 金の瞳を濁らせ、頬を伝う涙さえも黒風で吹き飛ばす。

 剣姫が放つ全霊の殺意。それを受けながらステラはただただ楽しそうに笑った。

 

「その黒い炎(ちから)、最初から使っていれば二人は死なずに済んだと思いますよ」

 

「────ッ!うわあああああああああああああ!!!」

 

 そして最後に投げた挑発の言葉を合図に、少女は死風の精霊(ワイルドハント)となって戦鬼に挑む。

 次の瞬間に始まるのは、暴の化身となった二人の真っ向勝負だった。

 剣戟が走る。黒嵐が吹き荒れる。斬撃が嵐を切り裂き、嵐が斬撃を絡めとる。閃光が嵐を食い破り、魔弾が嵐に捕まりあらぬ方向へと飛ばされる。

 嵐が木々を薙ぎ倒し、斬撃が岩を切り裂き、閃光が大気を焼き、魔弾が地面を抉り取る。

 戦鬼の笑い声と剣姫の咆哮が戦場に木霊し、飛び交う魔弾が着弾と共に大爆発を起こし、ダンジョンに致命的な損傷を刻んでいく。

 

「くそ……ッ!援護どころじゃねえぞ!」

 

「とにかく倒れてる二人を助ける!あの二人がいなければ、団長達が戻るまでに全滅するぞ!」

 

 別次元の戦いへと突入した二人の死闘を前に、吹き飛ばされないように踏ん張りながら援護の隙を伺っていたライラが『無理』と判断し、輝夜がそれでも出来ることを遂行すべく【アストレア・ファミリア】の仲間達に指示を出す。

 この場の敗北とはつまりステラがグレイの下に向かう事を意味する。そうなればアリーゼ達は死に、グレイという切り札はステラの相手に縛られ、『大最悪(モンスター)』はこの階層を素通りして上へと進むだろう。そうなれば世界は終わる。

 

「向こうは我らが団長と末っ子、そして居候に託すしかあるまい!」

 

 かろうじて二人の死闘を目で追えている輝夜は気づいていた。

 少女達が各々が動き出す中、機を伺うように目を細めたアレンは腰を沈め、すぐにでも行動に移せるように身構えるのだった。

 

 

 

 

 

 肌に突き刺さる魔力と神威。

 喉が乾く、口の端の痙攣が止まらない。歯の根があわずにガチガチと歯がぶつかり合う。

 手が震え、足が竦む。超越存在(デウスデア)が放つ本気の敵意を前にして、本能が警鐘を鳴らし続けていた。

 初めて、主神(アストレア)を恐いと感じた。

 

「──行くぞ!」

 

 女神を前に臆するリオンを鼓舞したのは、悪魔の青年(グレイ)の掛け声だった。

 蒼い魔力を纏う大剣の切先を地面に擦りながら疾走した青年は、悪魔へと変異を始めている女神へと迫っていく。

 

「──行キナサイ」

 

 対するアストレアはゆっくりと手を掲げ、振り下ろした。

 女神の指示に従うのは二振りの精霊武器。空中で回転したかと思えばその切先をグレイに向けて停止。柄頭から魔力を噴射し、急加速を伴って己を投射する。

 

「ッ!」

 

 魔力の残像を残し、高速で迫る精霊武器を大剣の一閃でもって弾き、更に加速しようと踏み出した足に力を込めた瞬間、鋭い風切り音と共に精霊武器が空中で回転し、再び切先にグレイを捉え、次の瞬間には突撃を再開した。

 大気を切り裂き迫る凶刃を前に、グレイがとった行動は前進のみ。迎撃行動を欠片も取ろうとせず、踏み出した足を地面にめり込ませ、地面を蹴らんと力を込める。

 そして二振りの刃が彼の体を貫こうとした瞬間、二つの影が割って入った。

 

「こんのおおお!!」

 

「はあああああ!!」

 

 炎を纏ったアリーゼと、【疾風奮迅】と【精神装填】(二つのスキル)を発動させ、木刀に碧い輝きを纏わせたリオンだ。

 二人はそれぞれ迫ってくる精霊武器を真正面から受け止め、

 

「「────ッ!?」」

 

 巨人の拳を受けたような衝撃と重さに目を見開いた。

 直前にグレイが軽く弾いていたとはいえ、油断していたわけではない。グレイという規格外がやった事だ、アリーゼ達の物差しで測れるものではないと思ってはいた。

 そんな二人の想像を遥かに凌駕した、あまりにも強烈な一撃が二人を吹き飛ばさんとするが、必要だった一瞬を稼いでみせた。

 次の瞬間、地面を爆砕しながらグレイが飛び出していき、彼を追いかけようとした精霊武器に二人が切り掛かったのを合図に、アリーゼとリオン、精霊武器の戦闘が始まる。

 空中を回転し、人が振るった場合ではありえない動きとなって迫り来る刃を前に、正義の少女は怯まずに挑んでいく。

 グレイは背後で始まった二人と二振りの戦いの音を振り切り、アストレアに肉薄。

 グレイの振り上げに対し、アストレアは大長剣を振り下ろし、互いの得物が激突する。

 階層に響き渡る衝突音。弾かれるまま仰け反る二人。体勢を立て直すのはほぼ同時。そして始まるは神と悪魔の剣舞だった。

 大剣と大長剣が人外の速度でもって振るわれ、空を割り、打ち合い、魔力と神威の火花を散らす。

 万が一にも振り抜ければ必殺となる間合い。だがお互いにそんな致命的な隙を晒すわけもなく、打ち合う中での探り合いは更に激化していく。

 大質量を誇る大剣を振り回しているとは思えない軽快な身のこなしでアストレアの大直剣を受け流したグレイが、お返しと言わんばかりに大剣を振り下ろし、アストレアがそれを受け止める。

 凄まじい快音と共に彼女の両脚が地面にめり込み、蜘蛛の巣状にヒビを広げ、鍔迫り合いの状態となってようやく剣戟の嵐が止まる。

 

「案外やるじゃねえか、女神様……!」

 

 こちらを射殺さんばかりの殺意に満ちた女神の視線を受け流しながら、グレイは不敵な笑みを浮かべ、狂気の中に潜む確かな『技と駆け引き』を評価した。

 だが、本来褒められるべきはグレイの方なのだ。

 グレイは知らないが、アストレアは神の中でも『武闘派』寄りの女神だ。

 神々が全知全能たる天界において、罪を犯した神に裁きを下す側の神であり、気が遠くなる程の永い時をかけて培われた『技と駆け引き』は、人間が太刀打ちできるものではない。

 だが、グレイはそんな隔絶した差を直感(センス)と抜群の反射神経でもって瞬時に埋める。

 故の拮抗。お互いに睨み合いながら、次の手を模索する中、先に動いたのはグレイだった。

 競り合いの中でアストレアの腹部に蹴りを放ち数歩分後退させ、腰を捻りながら大剣を矢を番えるように構え、大きく踏み込むと同時に前に突き出す。

 師匠直伝の十八番──『スティンガー』。グレイの脚力が生み出す驚異的な速度の踏み込みと牙突は、空間そのものを穿たんばかり勢いをもって放たれるが、

 

「…………ッ」

 

 対するアストレアは冷静に大直剣を構えると刀身の腹で牙突(スティンガー)を受け、刃の上を滑らせるようにして彼の渾身を受け流す。

 

「うお!?」

 

 前につんのめる形で体勢を崩すグレイ。

 アストレアは返す刃で彼の背に切り掛かるが、彼は地面を蹴り付ける事で急加速。コートの裾を切られながらも離脱に成功するが、振り向いた時には既にアストレアが眼前にいた。

 

(ちけ)え!?」

 

「シッ!」

 

 グレイの驚倒の声に隠れ、鋭く息を吐く音と共に左の正打(ストレート)が放たれる。

 彼はそれを籠手(ゴリアテ)で受けようとするが、背筋を駆け抜けた悪寒に急かれるがまま、強引に身を捩って回避に移行。

 瞬間、放たれたアストレアの拳──それを包む籠手が変形し、摩擦音と火花を伴い手甲から刃が飛び出してくる。

 崩れた体勢のまま更に首を傾け、眼前に迫ってくる暗刃を更に回避。頬を掠めた刃と、そこに込められた魔力と神威に悪魔の本能が警鐘を鳴らす中、あくまで冷静に悪魔狩人(デビルハンター)としての思考が回る。

 

(アストレアが取り込んだ魔具、確かどっちも籠手に入り込んでたよな。なら、もう片方の手にもなんか仕込まれてんな……!)

 

 アストレアの変異の切っ掛けとなった魔具は二振り。何の属性で、どんな特性を持つかはわからないが、それでも彼女にはあと二つの武器があるのは確実だ。

 警戒をしつつ、けれど臆病になる事なく前へ。

 けれどアストレアは逆に後ろに跳び、ばさりと羽ばたき滞空しながら左腕を振り上げる。

 直後、ガシャン!と金属音が鳴り響き、籠手に仕込まれた刃が変形(・・)

 ヒュン!と鋭い風切り音と共に、グレイの頬に迫るのは刃が幾重にも分割され、鞭のような柔軟性を手に入れた暗刃だった。

 

(鞭みてえな剣!?)

 

 魔界と人界。二つの世界で様々な武器を見てきたと自負しているグレイから見ても、滅多にお目にかかれない武器の登場に狼狽えつつ、迫る刃を大剣で弾こうとするが、振るった刃に蛇腹剣が絡みつく。

 アストレアが腕を引けば蛇腹の刃がピンと張り、引っ張られた大剣とそれを握るグレイでの綱引き状態となる。

 直後、バチリッ!と放電音が蛇腹の根本から漏れ、発生した紫電が刃を通してグレイに襲いかかる。

 

「~~ッ!!そんなに欲しけりゃ、くれてやるよ……!」

 

 全身を駆け向ける痛みに表情をしかめつつ、グレイは鼻を鳴らすと何の未練もなく大剣を手放した。

 魔具の属性か、あるいは仮初とはいえ主であった精魔兵の魔法を引き継いだのか、それは定かではないが、グレイの全身から湯気が立つその様は流石の彼でも無傷では済んでいない証。

 アストレアに引かれるがまま大剣が宙を舞い、そのまま蛇腹剣に手繰り寄せられるまま彼女の手に握られた瞬間、蒼い炎が大剣から溢れ出し、そのままアストレアの手への延焼。

 蒼い炎はそのまま彼女の全身を包みこみ、火だるまにしてしまう。

 

「ああああああ!?」

 

 蒼い炎の中で苦悶の悲鳴をあげるアストレア。アリーゼとリオンが抑えていた精霊武器も主人の危機を察知し、二人を無視して援護に向かわんとするが、それすらも二人に阻止されてしまう。

 グレイの援護に徹する二人だが、その表情は苦渋に満ちていた。悲鳴をあげる主神を救えず、むしろ傷つけられるのを見ていることしかできないのは、眷属として計り知れないストレスとなっているのだ。

 

「「グレイ!!」」

 

 それでも二人は彼の名を呼んだ。神を救えるだろう唯一の名前を、都市最強たる『英雄』の名を。

 瞬間、グレイは地面を爆砕しながら走り出し、一気にアストレアに肉薄。

 

「──アストレア!!」

 

 グレイが【ゴリアテ】に包まれた拳を握りながら叫び、蒼炎に包まれたアストレアが獣じみた咆哮と共に大長剣を振るう。

 魔力と神威の輝きを放つ大長剣を左腕で弾いたグレイは、そのまま反撃(カウンター)の右鉄拳でアストレアの手首を撃ち抜き、破壊。

 骨が砕ける破砕音と共にアストレアは悲鳴をあげ、だらりと下がった右手から大長剣がこぼれ落ちる。

 

「──ッ!ああああああ!!」

 

 痛みに喘ぎ、それでも狂気に突き動かされるがまま、アストレアは右腕の籠手からも炎を纏う蛇腹剣を展開し、グレイに振るわんとするが、それよりも速く懐に飛び込んだグレイのボディーブローが腹部に突き刺さる。

 体をくの字に曲げ、肺の空気を吐き出すアストレアの左手から大剣を奪い返し、蹴り飛ばす事で間合いを開く。

 瞬間、彼の体を閃光が包み込み、その姿を竜鎧を纏った魔人へと変化させた。

 大剣を両手で握り、正眼に構えつつ己の魔力を流し込んで蒼い炎の出力を一気に最大に。

 鍔に嵌められた水晶に封じられた欠片が光輝き、閃光が彼の顔を照らす。

 大剣を奪われた事で蒼炎が鎮火したアストレアは、両腕の蛇腹剣を鞭のごとく振るい、グレイを攻撃せんとするが、彼は黒翼を広げ、羽ばたくと共に瞬間加速。

 迫る蛇腹の刃を大剣で払い除けながら、一直線に目指すのはアストレア。

 鞭での攻撃は無駄と理解したアストレアは蛇腹剣を変形させて元の剣の状態に戻し、迫るグレイに向けて自分の方からも近づいていく。

 間合いが縮まる。

 両者の戦意が爆発する。

 そして、グレイの覚悟が決まる。

 これは分の悪い賭けだ。負ける可能性の方が高い最悪もいいところの勝負だ。

 だが、いいや、だからこそ、グレイは笑った。

 

『分の悪い賭けは嫌いじゃねえ!』

 

 己を鼓舞するように叫んだ言葉と共にグレイはさらに加速。音の壁を突き破る鈍重音と共に、彼の姿が歪み、かき消える。

 第一級冒険者であっても見失う急加速だが、いまや零能たるを棄て『正義』の神である事を棄てた魔神アストレアは、その動きを明確に捉えていた。

 

『おおおおおおおおおお!!!』

 

「はあああああああああ!!!」

 

 悪魔と魔神の咆哮が混じりあい、両者がすれ違おうとした瞬間、それぞれの得物が振り抜かれる。

 蒼炎の軌跡が弧を描き、神威の軌跡が二重の三日月を描いた。

 背中合わせの形で、互いに得物を振り抜いた状態で止まる両者。

 遠くで、精霊武器が地面に落ちる乾いた音が鳴り、それを合図に動いたのはグレイだった。

 魔人化を解除すると共に大剣を背中に担ぎ、振り返る。

 

「あ、ああ……ああああああああああ!?」

 

 瞬間、魔神は悲鳴をあげた。

 グレイに付けられた体を両断せんばかりの刃傷から蒼炎が噴き出し、それを押さえ込まんと両手や翼で傷口を覆わんとするが、蒼炎がそれすらも焼いていく。

 そして蒼炎の勢いが一際強くなった瞬間、押し出されるようにして誰かが魔神の体から飛び出してきた。

 ドス黒い粘液に包まれたその誰かを抱き止めたグレイは、顔に貼り付く粘液を拭ってやり、その女神の顔を確認した。

 瞼は落ち、肌は生気が失せたように青白いが、口元に手を寄せれば弱いながらも呼吸している事がわかり、それに合わせて肩や豊満な胸が揺れている。

 生きている事への安堵にホッと胸を撫で下ろし、額に貼り付いた胡桃色の髪をどかしてやる。

 

「アストレア」

 

 グレイ自身が驚くほど穏やかな声色で、彼女の名を呼んだ。

 粘液を落とすついでに体を揺すってやれば、女神は小さく唸り、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 星海を思わせる深い紺色の瞳が、グレイを見上げてくる。

 

「……グレ……イ……?」

 

「ああ。アリーゼ達じゃなくて悪いな」

 

 女神に名を呼ばれたグレイが申し訳なさそうに笑うと、アストレアはぎこちなく微笑みを浮かべた。

 

「でも、どう、やって……?」

 

「こいつのおかげだ」

 

 女神の疑問に、グレイは大剣の鍔の水晶を指で叩きながら答える。

 

「人と魔を分かつ魔剣──『閻魔刀(ヤマト)』。正確にはその破片だし、本来の使い方は人界と魔界を繋ぐ門を開く事なんだが、あんたみたいに悪魔に憑かれた奴を助かるのにも使える」

 

「──本音を言えば神と悪魔を分けられるかは賭けだったんだが、上手くいってよかったよ」

 

 心底安堵したように息を吐いたグレイは、感謝するように水晶を撫でる。

 破片が淡い輝きを放って返事をする中で、彼に抱きかかえられているアストレアが気付く。

 彼の背後。体を半ば両断され、蒼炎に包まれた悪魔が振り向き、呼び戻した大長剣を構えていたのだ。

 肉体の崩壊が進み、片腕を完全に炭化させ、眼窩からも蒼炎を噴き出しながら、それでもグレイを道連れにせんと残された右腕を振り上げる。

 

「グレイ……ッ」

 

 掠れた声を精一杯に張り上げて、彼に危機を伝えようとするアストレア。

 だがグレイはそんな彼女に笑みを向けたまま、背後の悪魔には一瞥もくれずに革雑嚢(ホルスター)から拳銃(アッシュ)を引き抜き、銃口を悪魔の顔に向けた。

 突然銃口を向けられた悪魔が驚愕し、ほんの一瞬動きを止めた瞬間、引き金を()く。

 銃口から吐き出された魔弾は悪魔の眉間を撃ち抜き、抉り取るようにして頭部を完膚なきまでに破壊。

 その勢いのままに悪魔の肉体は爆散し、死体さえも残さず、この世から消え去った。

 代わりに宙に浮かぶ光球が遺され、魔力を漂わせていた。

 

「これで終わりだ」

 

 それにすら一瞥もくれず、ただそう告げたグレイは拳銃(アッシュ)をクルクルと回しながら革雑嚢(ホルスター)に押し込んだ。

 じっとアストレアの顔を見つめる彼の表情は安堵に満ちているが、それ以上に何かに耐えているように目が小刻みに揺れていた。

 一応は天敵たる神を抱いているのだ、理性ではわかっていても生物としての本能が女神の存在から逃げようとしている。

 

「「「アストレア様!!!」」」

 

 そんな彼の背後から駆け寄ってくるのは、アリーゼ、リオン、マリューの三人。

 グレイが肩越しに振り返り、アストレアもまた顔を横に向けて彼女らに目を向けた。

 今にも泣き出しそうな顔の三人だが、すぐに何か異変に気づいたのか揃って真顔になる。

 グレイはそのまま気まずそうに顔を背け、アストレアだけが疑問符を浮かべた。

 そうして二人の元にたどり着いた少女達はグレイからアストレアを奪うように受け取ると、マリューが容態を確認し始める。

 体に貼り付く粘液を剥がし、その下に隠れていた傷跡や何かの注射痕に悲痛な表情を浮かべ、脱水症状もあるとわかるや水袋を差し出し、無理やりにでも飲ませていく。

 リオンが心配そうに絶えず声をかけ、アリーゼもまた女神の手を握って謝罪や、無事を喜ぶ言葉を告げている。

 その間、グレイは彼女らに背を向けていた。周辺を警戒する意味もあるが、それ以上に──。

 

「グレイ」

 

「見てないぞ」

 

 背中を向けるグレイにリオンが声をかけ、間髪入れずに彼は否定の言葉を吐いた。

「何も聞いていないのですが」と半目になるリオンは、ちらりとマリューに介抱されるアストレアに目を向けた。

 黒い粘液に包まれ、隠すべき場所は隠れているとはいえ、今のアストレアは全裸なのだ。

 眷属の皆から羨ましがられた豊満な双丘や、滑らかな曲線を描く太腿など、世界の美しさを凝縮された女神の裸体が、目の前にあるのだ。

 とはいえ、リオン達【アストレア・ファミリア】はよく主神を含めた全員で風呂に入る事もあるので見慣れてはいる。そして毎度羨ましく思ってもいる。

 だが、異性であるグレイにそれを見られたとなれば話は変わってくる。状況が状況とはいえ、女神の裸体を見られたというのはあまり心地のいい話ではない。

 

「見て、ないからな……?」

 

「ですから、何も聞いては──」

 

 念を押すように、けれど誤魔化すように笑いながら告げられた言葉に、リオンは嘆息混じりに言葉を返そうとした瞬間、パチパチと場違いな拍手の音が彼らの耳に届いた。

 グレイが振り向き様に大剣を構え、アストレアを護るべく彼女の前へ。

 隣にアリーゼとリオンが並び、マリューが背に隠すようにアストレアを庇う。

 

見事素敵最高(コングラチュレーション)、グレイ。君の勇気とその気高い魂に敬意を払おう」

 

 再び鳴る拍手の音には言葉通りの賞賛が込められ、彼を見つめる視線も慈悲深いもの。

 

「まさか悪魔に堕ちる神を救い上げるとは。やはり悪魔は人類(こども)とは違うようだ。なあ、ヴァニタス」

 

 そして次いで投げかけられた言葉は、隣を歩く血塗れのローブを纏う男──ヴァニタスに向けられていた。

 彼は苛立ちを隠そうともせずに舌打ちを漏らし、自分の爪を噛みながらぶつぶつと何かを呟いている。

 大方『計画が狂った』だの『欠陥品が、忌々しい』だとかの愚痴だろうなと適当に見切りをつけたグレイは、ようやく姿を現した邪神エレボスを睨みつけた。

 取り巻きが数人。おそらく幹部。黒騎士(アンジェロ)も数体。

 そして邪神の眷属たるヴィトーが、薄ら笑いと共にこちらを見つめてきていた。

 

「よう。久しぶりだな、神様。あの教会以来か」

 

「ああ。久しぶりだな、グレイ。あの教会以来だ」

 

 悪魔(グレイ)邪神(エレボス)。両者が睨み合う中、不意に笑みをこぼしたのは神の方だった。

 

「アストレアを救ったところで悪いが、時間切れだ(・・・・・)

 

「なに?」

 

 邪神の言葉に怪訝そうに眉を寄せたグレイだが、次の瞬間にはその言葉の意味を理解させられる。

 最大級の『砲撃と衝撃』が、遥か下から階層を揺るがしたのだ。

 

「下からの砲撃!?まさか……っ!」

 

 何とか転倒を免れたアリーゼの悲痛な叫びは、次弾の砲撃によって遮られる。

 マリューが悲鳴をあげながらアストレアを庇い、リオンが更に二人を庇うように覆い被さる。

 グレイが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる中、燃え盛る業火が階層の地面から天井へと突き立つ。

 18階層の中央に位置する巨大樹が焼け滅び、代わりの大穴が口を開く。

 直径にしておよそ二十M(メドル)。巨大な何かが這い上がるにはちょうどいい縦穴が、18階層に形成されていた。

 階層を駆け抜ける熱波が冒険者達と神々、そして悪魔達に襲いかかる中、エレボスは告げる。

 

「破壊に苦しむダンジョンの慟哭──そして誕生祭(バースデイ)

 

「邪悪の胎動。最悪の顕現。原初の幽冥の名のもとに、契約をここに果たす」

 

「──さあ、【終焉】を連れてきてやったぞ」

 

『絶対悪』たる邪神の言葉に促されるように、大穴から這い上がってきた巨竜の咆哮が放たれた。

 

 

 

 

 

 




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