ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission34 最悪来りて

 階層の隅々まで轟き渡る咆哮に、冒険者達とグレイ、アストレアは咄嗟に耳を塞ぐ。

 エレボスも眉をひそめながら、目を向けるのはついに現れた『大最悪(モンスター)』。

 禍々しい巨軀を中空にとどめ、歪な翼からは漆黒の粒子を撒き散らす。

 湾曲した角と裂けた大顎をもつ竜頭。巨大でありながら四肢はなく、竜というよりかは翼を持った蛇のようにも見える。

 

「ドラゴン擬きか。いや、俺が言えた義理もねえんだが……」

 

 その姿を、同じく竜の姿を持つグレイは『擬き』と称した。

 だが、もどきであろうが本物であろうが、モンスターが竜である事には大きな意味がある。

 ダンジョンのモンスターがその脅威度によって振り分けられる怪物階層(モンスターピラミッド)。竜種はその頂点に位置する──もはや疑いようのない事実として、最強の種であるのだ。

 それも深層が産まれたとなれば、その脅威度は他のモンスターとは別格。

 

「37階層で産まれ、都合19の階層を貫いた黒き異形。名を付けるなら、そうだな……『神獣の触手(デルピュネ)』といったところか」

 

 邪神は『大最悪(モンスター)』をそう命名すると、己の権能を翳すように破滅の聖句を読み上げる。

 

「『大穴(あな)』が見えるか、眷属ども。冥府の門にして、地下世界の象徴でもある。あれを地上にまで開けてやろう。『バベル』は崩れ、神代は終わり、約束された神話が始まる」

 

 エレボスは大きく息を吸い込み、地上へと迫る破滅の空気を堪能する。

 肺を焼かんばかりの熱が、『神獣の触手(デルピュネ)』の咆哮が、その全てを心地良さそうに受け止める。

 

「────『闇と混沌の時代』だ」

 

 そしてグレイと冒険者達、そしてアストレアを見据えながら、優しく言い聞かせるようにそう告げた。

 神時代の終わりを、混沌の時代の始まりを宣言する邪神は口角をあげる。

 

「祝え、そして死ね。この『絶対悪(おれ)』が滅びを授けてやる。『正義』の輝きはもういらない」

 

 邪神の神意に反応するように、『神獣の触手(デルピュネ)』が咆哮をあげた。

 そして、その双眸が邪神達とグレイ達の方へと向けられる。

 

「──ッ!来るぞ!」

 

 グレイが警告した直後、黒と紅の光が瞬いた。

 瞬間、爆炎がエレボスに付き従っていた闇派閥(イヴィルス)の隊列の一部を呑み込み、焼滅させる。

 悲鳴はなかった。断末魔の叫びも、助けを呼ぶ間も、命乞いをする暇もなかった。

 ただ今の一瞬で十人の命が焼却された事実のみが、幸運にも助かった者達に降りかかる。

 

「流石にやばいな、あれは……!」

 

 周囲に撒き散らされる火花を払いながら、グレイはそう告げた。

 今の息吹(ブレス)。火力は中々だが、耐えられはするだろう。避けられもするだろう。だが、それは彼に限った話だ。

 この場において、自分とステラ以外の誰かが当たればまず間違いなく死ぬ。

 

(だったら、俺一人で相手を……いや、それじゃあステラを止められねえ!てか、この状況で誰がアストレアを守るんだよ!?)

 

 グレイの思考が巡り、やはりと言うべきか人手が足りないという残酷なまでの解答にたどり着く。

 アリーゼも、リオンも、マリューも、一人でも欠ければ戦線が保たない。ステラにせよ、『神獣の触手(デルピュネ)』せよ、相手するには戦力が心許な過ぎるのだ。

 かといってこれ以上地上から戦力を捻出する余裕はなく、やはり地下にいるメンバーが最小にして最大の戦力なもの事実。

 ステラを倒す。『神獣の触手(デルピュネ)』を討つ。アストレアを護る。この三つを同時にこなせるほど、グレイも器用ではない。

 本来ならグレイがステラを抑え、残りの冒険者達で『神獣の触手(デルピュネ)』の討伐とアストレアの救出、保護をする手筈だったのだが、アストレアが悪魔化寸前という異常事態(イレギュラー)が生み出した綻びが、致命的な傷へとなろうとしていた。

 

「さて。俺は特等席で見物させてもらおう」

 

 焦りを募らせるグレイの耳に届くのは、エレボスの嘲笑にも似た声だった。

 周囲を見渡し、崩れゆく階層の中であって原型を残す岩と水晶の断崖に目星をつける。

 

「アストレアもどうだ?酒もつまみもないが、少なくともそこよりは安全だと思うが」

 

 そして右手を差し出してアストレアを手招きすると、女神が答えるよりも早くアリーゼとリオンがそれぞれの得物を構える事で返答した。

 エレボスが「残念だ」と言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべながら肩を竦めると、それを合図にしたようにガチャリと鎧が揺れた。

 黒騎士(アンジェロ)達の無貌の兜が一斉にアリーゼ達に向けられ、闇派閥(イヴィルス)の戦闘員達も得物と、自爆機構に手をかける。

 ヴィトーも薄ら笑いを浮かべながら短剣を弄ぶ。

 ヴァニタスは『神獣の触手(デルピュネ)』を見つめながら、何かを思いついたのかニヤリと目を三日月に歪めて醜悪な笑みを浮かべる。

 彼らに対するは三人の冒険者と一人の悪魔。護るべきは一柱の女神。

 

「悪魔の少年がいるとはいえ、流石に多勢に無勢でしょう。我々からすれば、その女神が手に入ればそれでいい」

 

 ヴィトーはアストレアに短剣の切先を向けながら、そう告げた。

 おそらく再びアストレアを魔神へと転化させるつもりなのだろう。ヴァニタスも意識をこちらに戻して笑みを深めている。

 

黒騎士(アンジェロ)も今までの戦闘情報(データ)を蓄積し、改良(アップデート)を重ねてきました。八号、お前から女神を攫う程度ならできますよ」

 

 ヴァニタスの得意げな言葉にグレイはやってみろと言わんばかりに鼻を鳴らし、ちらりと視線を横に向けた。

 

「戦闘データだのアップデートだの、下らねえ。じゃあ、こいつのデータはあるのかよ!」

 

 ヴァニタスの言葉をそう吐き捨てながら、左手を真横に伸ばした。

 そこには何もない。だが、手を向ける先にあるのは魔力を孕んだ光球。

 ヴァニタスとヴィトーが驚倒する間もなく、光球がグレイの手へと吸い込まれる。

 瞬間、グレイを閃光が包み込み、それを両腕を払って切り裂く。

 閃光は粒子となって周囲に霧散し、両腕を横に伸ばして仁王立ちするグレイの右手には炎、左手には雷を纏った長剣が握られていた。

 諸刃の刀身には波紋を思わせる魔界の紋様が刻まれ、翼を思わせる意匠の施された鍔には神聖なまでの光が宿っていた。

 ニッと歯を見せた笑ったグレイは、炎を纏う剣をヴァニタス達に向け、くいくいと切先を揺らして剣で手招きする。

 

来いよ(Come on)!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、そう告げた瞬間、黒騎士(アンジェロ)が一斉に走り出し、遅れて闇派閥(イヴィルス)の兵士達が続く。

 間合いは遠く、冒険者であれば弓や魔法を撃ち合う距離感。遠距離攻撃の手段も豊富なグレイではあるが、彼は双銃(アッシュ&ダスト)どころか散弾銃(コヨーテB)さえも構えず、両手の剣を抜刀術のように腰の左右に構えた。

 

「四人とも動くなよ。巻き込まれたくねえんならな」

 

 そして一瞥もくれずに背後の少女達と女神にそう言うと、それを合図にしたようにガキャン!と甲高い異音が二振りの剣から漏れる。

 その間にも混沌の軍勢との距離が縮まっていく。黒騎士(アンジェロ)が各々の得物を、あるいは大楯を構え、闇派閥(イヴィルス)の戦闘員達も黒騎士(アンジェロ)達の援護と、突撃を続ける自爆兵の誘爆を狙う為に魔剣を構えた。

 魔剣から魔力が迸る。それはすぐに臨界を迎え、炎、雷、氷、様々な属性の魔力弾が吐き出された。

 黒騎士(アンジェロ)達の隙間を縫い、迫り来る殺意の塊たる魔力弾を睨みつけたグレイは、力を溜めに溜めた両腕を振り抜いた。

 抜刀術の如く神速の刃が放たれ、それは魔力弾を諸共に数M(メドル)先にいた黒騎士(アンジェロ)二体を纏めて横一文字に切り裂き、遅れて豪炎と紫電がその軌跡をなぞる様に爆ぜ、自爆兵を誘爆させ、黒騎士(アンジェロ)をさらに二体粉微塵の残骸へと変えた。

 

「は……?」

 

 絶大な炎雷が迸る光景に、ヴィトーは間の抜けた声を漏らす。

 剣の間合いの外にいた黒騎士(アンジェロ)が両断され、自爆兵達が意味もなく紅蓮の花を咲かせた。

 彼の目をもってしてもグレイがその場から動いた気配も、魔法を使った気配さえも感じられなかった。何が起きたのか、理解が遅れた。

 そして、その意識の間隙を縫うようにヒュン!と鋭い風切り音が耳朶を撫でた。

 その音は一度ならず二度、三度とと続き、その度に黒騎士(アンジェロ)が、兵士達が、そして放たれた魔法が切り裂かれていく。

 その光景に、ヴィトーはようやく合点がいったように目を見開いた。

 

「鞭……いいえ、蛇腹の剣!?」

 

「馬鹿な!あの魔具は使い捨て、武器としての機能など……!」

 

 彼の言葉に信じられないと言わんばかりに語気を強め、血の混ざった唾を撒き散らす。

 精魔兵製造の為に用意した、使い捨ての粗悪品。ただの鉄塊に『魔界鋼ギルガメス』を多少混ぜただけのものだ。それがあの威力を持つなど……。

 二人の驚倒を他所に、グレイは新たな武器をその手に馴染ませるように振り回す。

 上から袈裟懸けに、舞踏のような緩やかな足取りで体を回転させ、勢いをつけながら右から薙ぎ払い、迫る敵を、魔法を、全てを切り裂いていく。

 そのバラバラにされた残骸さえも炎雷が呑み込み、その場にいた痕跡さえも残さない。

 

「すごい……」

 

 彼の背後。時折耳元を掠めていく風切り音以外、何人も通さないグレイの猛攻に、リオンは思わず感嘆の声を漏らす。

 初めて使う武器の筈だ。なのに、グレイは既に手足のように蛇腹の剣を振るっている。

 凄腕の冒険者であったとしても初めて扱う武器を慣熟させるのには相応の時間を要するというのに、彼はそれすらもなしのぶっつけ本番で神のごとき技を見せつけてくる。

 幾重にも連なる刃を、決して自分に、そしてリオン達にすらも掠らせる事なく振るい、的確に敵のみを切り裂いていく。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 一切の接近さえも許さず敵を屠るグレイの耳に『神獣の触手(デルピュネ)』の咆哮が届く。

 腕の動きを止める事なく視線のみをそちらに向け、顎が割けんばかりに大口を開け、喉の奥に地獄の炎を滾らせる姿を確認。

 

「お前ら、動くなよ!」

 

「今から逃げたって間に合わないよ!」

 

 グレイの指示にマリューが悲痛なまでの声色で返し、落ち着きなさいとアストレアに嗜められる。

 間近に迫る死の気配。冒険者なら嫌でも味わう『あ、これ死んだ』という間抜けにも程がある感情が、今この瞬間に声を上げたのだ。

 リオンとアリーゼも冷や汗を流す中、グレイは蛇腹の剣を引き戻し、刃を連結させて長剣に戻す。

 同時に両腕を掲げ、二振りの剣に魔力を込めた。彼の魔力に当てられた刃の紋様が輝きを放ち、翼を模した鍔が展開し、文字通り羽開いていく。

 刃を覆っていた炎雷が消え、代わりに解き放たれるのは神々しいまでの光。

 だがそれに攻撃力はなく、あるのは光に照らされた者達を護らんとする崇高なまでの煌めきだった。

 アリーゼ達の体を白光を放つ薄い幕のようなものが覆い、剣を伝ってグレイの身を包み込む。

 瞬間、『神獣の触手(デルピュネ)』が地獄の業火を吐き出した。

 進路上、あらゆるものを焼滅させながら迫り来る紅と黒の死を前にグレイは地面に剣を突き立て、叫ぶ。

 

「──光れ!」

 

 彼の声を合図(トリガー)としたように、剣に纏っていた光が弾け、白光が半球(ドーム)状の障壁となってグレイと冒険者達、そして女神を包み込む。

 直後、死の業火が彼らを包み込んだ。炎が渦巻く轟音と衝撃が彼らを揺らし、不運にも彼らに接近していた黒騎士(アンジェロ)闇派閥(イヴィルス)の戦闘員達が焼滅していく。

 だが、白光帯びる障壁がグレイとアストレア、冒険者達に迫る死を退け、それぞれを包み込む薄膜が万が一さえも赦さない。

 業火は勢いを増し、何がなんでも女神(アストレア)を殺さんとするが、悪魔(グレイ)がそれを許さない。

 舞い散る火の粉の一片すら障壁は通さず、グレイは勝ち誇るように笑みを浮かべる。

 およそ三十秒の照射の後『神獣の触手(デルピュネ)』にようやく限界がきたのか、息吹(ブレス)が止まる。

 

「ただの虚仮威(こけおど)しだったな」

 

 火の粉が舞い、地面が燃え盛る中、グレイの声がヴィトーとヴァニタスの耳朶を撫でた。

 二人の視線の先にいるのは無傷でこちらに目を向けるグレイと、ホッと安堵の息を吐く冒険者達と胸を撫で下ろす女神だった。

神獣の触手(デルピュネ)』も己の内でグレイの脅威度を引き上げたのか、追撃することなく威嚇するように咆哮をあげた。

 

「……やはりあの竜では駄目ですか。ですが、もはや他に手段もない。まったく、嫌になる」

 

 眉間を押さえ、深々と息を吐いたヴァニタスは大剣の柄を掲げ、背後に開いた次元の裂け目へと飛び込み、すぐに閉じてしまう。

 

「……ッ!悪魔というのは本当に嫌になりますね」

 

 文字通りにグレイへの当て馬として置いていかれたヴィトーが苦虫を嚙み潰したような表情でそう吐き捨て、短剣を構えた瞬間だった。

 グレイの姿が視界から消え、驚愕に見開らかれた視界をグレイの拳に支配される。

 反応など出来ようはずもない。次の瞬間には天地が回り、視界が赤く染まる。

 自分が殴り飛ばされたと理解するのに一瞬の時間を要し、次いで鼻ごと頭蓋を砕かれた焼けるような激痛が思考を支配した。

 そして、背中から岩に激突。そのまま岩に罅を刻みながらめり込む事でようやく止まる。

 ごぼりと血の塊を吐き出すヴィトーに近づきながら、グレイはスッと目を細めた。

 前回会ったのも18階層。だがあの時はすぐに逃げられてしまった。こうして面と向かいあうのは初めてか。

 

「トドメを刺さないのですか?」

 

 ただジッと見つめてくるグレイにヴィトーは問いかける。

 彼ならば一瞬で──それこそ先程の一撃で殺すことも出来たはずだ。それをせず、こうして見つめ合う時間は何と不気味なことか。

 それでもグレイは何も言わず、ただ憐れむように彼を見つめる。

 

「何ですかその目は……何なのですか貴方は!?」

 

 敵である己に向けられる憐憫の視線にヴィトーは狼狽えた。

 自分を殺そうとしながら憐れむ矛盾を突きつけられ、グレイの心中を計りかねていた。

 だが、彼の口が動くことでようやく彼の視線の意味を理解する。

 

「視覚、聴覚、味覚も駄目。……いや身体じゃねぇ、魂が欠けてんのか」

 

「な、何を……ッ」

 

「俺は悪魔だぞ?人間の状態くらい、見ればわかる」

 

 それは悪魔としての──人類の天敵であるがゆえの気づきだった。

 人間の肉体のみならず魂までも喰らう悪魔だからこそ、ヴィトーの抱える欠陥を見抜けてしまう。

 

「そのくせ触覚はまともに機能してやがんのか。全部ぶっ壊れてりゃ、悩まずに済んだだろうにな」

 

 痛みに喘ぐヴィトーに淡々と告げ、小さく息を吐く。

 

「その『欠陥』がなけりゃ『まともな人生』ってやつを送れたかもしれねえな。逆にその『欠陥』が今の行動への原動力ってことか」

 

「ええ、そうですよ……ッ。私という瑕疵を生み出した世界を、神々を、私は唾棄している……ッ!」

 

 口から大量の血を吐き、血涙さえも流しながらヴィトーは吠える。

 色のない濁った世界。雑音しかない世界。味のない世界。

 生に何の意味もなく、未来に希望もなく、ただそこにあるだけの存在。

 だが人が流す血の紅だけが世界を彩る事を知り、それを求め──そして己という瑕疵を産んだ世界への憎悪を胸に刃を振るい続けた。

 そんな自分を愛してくれたのは、『絶対悪』たるあの邪神のみ。

 なのに────。

 

「なぜ我が主は貴方に目を奪われる……!悪魔でありながら、英雄になったから?私のような欠陥もなく生まれ落ちたから?なぜ、なぜ……!」

 

 彼と出会い、エレボスは変わったように思う。

 この戦いが始まってからというもの、彼はどこだと街を練り歩き、二人きりで話をしたというではないか。

 醜い嫉妬──けれど他に縋るもののない男の切実なまでの独占欲と、それが生み出した殺意を向けられながら、グレイは大剣を振り上げる。

 

「そっちの都合なんざ知るか」

 

 憐憫の視線から感情が失せ、透き通る程純粋な殺意が蒼炎となって瞳に宿る。

 その悪魔の蒼炎はヴィトーの魂を捉え、震わせ、色褪せた世界に蒼い炎が彩りを加えた。

 

「────」

 

 ヴィトーは何よりも美しい蒼を見つめ、乾いた笑みを浮かべ──。

 

「あばよ、闇派閥(イヴィルス)の【顔なし】」

 

 無慈悲に振り下ろされた断罪の一撃を受け入れた。

 過剰な魔力が生み出す絶大な威力が、ヴィトーがめり込んでいた岩ごとその肉体を爆散させた。

 彼だったものの残骸が飛び散る中、グレイは踵を返し、アストレア達の下に戻る。

 

「これで闇派閥(イヴィルス)の幹部も一人減った。とりあえず、アストレアを安全な場所に……いや、この階層にそんな場所がねえんだよな」

 

 周囲を見渡し、こちらを睨んでくる『神獣の触手(デルピュネ)』を威圧しながら溜め息を吐く。

 

「グレイとステラが戦えない状況になるのがそもそもの異常事態(イレギュラー)です。本来ならリヴェリア様達第一級冒険者で『大最悪(モンスター)』を抑え、私達でお守りする筈でしたから」

 

「とにかく、グレイは輝夜達と合流して!そうしない事には何も始まらないわ!」

 

「俺が離れたらあいつが攻撃してくると思うが、大丈夫か?」

 

「私達じゃさっきの攻撃がきても防げないよ!」

 

「じゃあ、俺があの竜もどきとやるか?」

 

「情けない話ですが、私達ではステラを止められない。やはり貴方だけでもあちらに合流を──」

 

「やあやあ、お困りのようだね!アストレアの眷属(こども)達、そしてグレイ君!!」

 

 次の一手──より正確にはグレイの行動を決めかねる中、不意にいっそ気味の悪い程元気溌剌な声が彼らの耳に届いた。

 少年少女らが何事と慌てて振り向く中、その一団に真っ先に声をかけたのは憔悴している女神だった。

 

「……ヘルメス……?」

 

「やあ、アストレア。とりあえず、着るものを持ってきたぜ」

 

 護衛の眷属を引き連れ、自らの意志で迷宮(ダンジョン)に潜った男神──ヘルメスはいつになく真剣な面持ちでそう告げ、女性団員に目配せした。

 彼女はそのまま背負っていた鞄を前に抱え直しながら、アストレアと女神を守る眷属三人の下へ。

 入れ替わる形でヘルメスに歩み寄ったグレイは「無茶しやがる」と苦笑した。

 

「神様自ら地獄に飛び込んでくるとはな」

 

「ま、道中はキミらが片付けてくれていたから何事もなかったさ。問題はここからなんだが……」

 

 ヘルメスが帽子を押さえながら目を向けた先にいるのは、新たな神の登場に激昂するように咆哮をあげる『神獣の触手(デルピュネ)』だった。

 

「あれはオレ達神を逃してはくれないだろう。上手く神威を抑えれば目を誤魔化す事はできるだろうが、あくまで時間稼ぎだ」

 

「エレボスを狙わねえ理由はそれか?神の気配って隠せんのかよ……」

 

「いいや。完全に隠すのは大神やそういうのに慣れた戦神でもなければ無理だ。オレやアストレアに出来るのは、あくまで気配を小さくするだけさ」

 

 ヘルメスはそう言うと小さく息を吐き、無意識に滲ませていた神威を抑えこむ。

 

「あとはアリーゼちゃん達が攻撃してくれれば、あいつの注意はそっちに向く。そしたら、オレもアストレアもとりあえずは安全だ」

 

「……だといいんだが」

 

 男神の提案にグレイは肩を竦め、どうにか作戦を修正できそうだと僅かに安堵。

 そんな男神と悪魔のやり取りが終わると共に、着替えを終えたアストレアがマリューの手を借りて立ち上がる。

 普段から着ている白の衣装。グレイとヘルメスは彼女に目を向け、やはりアストレアはあの格好でなければと同時に同じことを思っていた。

 

「それじゃ、作戦を修正するぞ。俺はステラの所に行ってリヴェリア達の離脱を援護。そしたら冒険者どもをあの化け物にぶつける。アストレアはとりあえずヘルメス達に任せる。それでいいな。てかもうそれしかねえ!」

 

 ようやく光明が見えたと半ば興奮気味になるグレイ。

 足りなかった頭数はヘルメスと、彼の護衛でなんとかなる程度には増えた。今の状況ならば何とかなるかもしれない。

 

「仕掛ける時機(タイミング)は、リヴェリア達に合わせろ。絶対に送り出してやる」

 

「わかったわ。それまではアストレア様の護衛は私達が」

 

 細かな作戦はない。その場の判断とアドリブで何とかする他になく、それができる面子がこの階層に集まっている。

 

アドリブ即興劇(アドリブ)にも程がある。だが、そういうのも悪くねえ」

 

 四肢にゴリアテを、背中には大剣を、腰には二振りの直剣を。コートの中には二種類の銃火器。

 まさに完全武装。現代の英雄たる少年は決戦の準備を終えている。

 

「グレイ」

 

 そんな彼の背中に声をかけたのはアストレアだ。

 マリューから離れ、覚束ない足取りながらも彼に近づいた女神は、彼に寄りかかりながら腰に帯びる二振りの長剣に手を触れた。

 

「アストレア?」

 

 突然寄りかかられた挙句、剣を掴んできた女神の行動にグレイは疑問符を浮かべるが、彼女は彼の問いの返答代わりに言葉を紡ぐ。

 

「この子にも、名前をつけてあげないと……」

 

 二振りの剣と繋がっていたからこそわかるのだろう。

 主人もおらず、ただの道具として消費される彼らの苦悩を。

 名も忘れ、存在も忘れ、ただそこにあるしかなかっただけの彼らの声なき悲鳴を。

 

「『ユースティティア』──古き正義の名を、貴方達に」

 

 女神がそう口にした瞬間、二振りの剣の翼を模した鍔飾りが開閉を繰り返し、光が溢れる。

 プレゼントを渡された子供のようにはしゃぐ様は見ている分に微笑ましいが、開閉するたびに溢れる凄まじい魔力に思わず鳥肌が立つ。

 

「……嬉しそうで何よりだ」

 

「アストレア、いいのか?その名前を与えてしまって」

 

 グレイがカシャカシャと喧しい新たな仲間の様子に苦笑し、ヘルメスだけがその名を与えることの意味を理解していた。

 ユースティティア──それはアストレアが数多持つ名の一つ。女神の口から、女神の名を与えれる事の意味は、この下界において深い意味を持つ。

 

「こいつらに気遣ってくれるのはいいが、あいつらもどうにかしてやってくれ。もう、死にかけてるだろうが」

 

 相変わらずカシャカシャと喧しいユースティティアから意識を外し、目を向けるのは地面に落ちたままの二振りの精霊武器。

 今まさにその命が燃え尽きようとしている精霊達は、もはや自力で動くこともできない。

 アストレアは頷き、ヘルメスの眷属達に頼んで精霊武器を回収してもらう。

 

「それじゃ、作戦開始だな。行ってくる」

 

 それを見届ける事なく、グレイは女神達に背を向けた。

 ただですら作戦が乱れに乱れているのだ、いい加減修正しなければ。

 グレイは背に黒翼を展開すると、盛大に砂塵を巻き上げながらその場を飛び出していく。

 瞬く間に小さくなる彼の背を見送りながら、女神達も行動を開始する。

 神威抑え、砂塵に紛れて移動を開始。

 獲物を見失った『神獣の触手(デルピュネ)』は苛立ちを隠そうともせずに吼え、階層を震わせるのだった。

 

 

 

 

 

 黒い嵐が地面を抉り、風を纏う少女の体が弾丸となって悪魔に迫る。

 

「うううううう!ああああああああ!!」

 

 既に正気など手放し、激怒のみで剣の鬼に挑んでいく。

 荒れ狂う気流の鎧が生み出す跳躍力をそのままに、両脚が砕けんばかりの力でもって地を蹴り、腕が千切れんばかりの力で剣を振るう。

 対する剣の鬼は狂気さえも感じる笑みを浮かべ、迫り来る戦餓鬼(アイズ)を迎え撃つ。

 駆け抜ける銀の閃光が嵐諸共に少女の肉を裂き、確実な痛痒(ダメージ)を蓄積させていくが、もはや痛みなど感じていないように動きが鈍る事はない。

 痛痒(ダメージ)を無視し、反撃される事も無視。

 玉砕覚悟、相打ち覚悟。後のことなど顧みない最大出力の乱撃は、けれどステラには届かない。

 叩きつけられる風の隙間に体を捩じ込み、刃を振るって風を絡めとり、己の魔力を込めて増幅しながらアイズに叩き返す。

 凄まじい轟音と共にアイズの体が吹き飛び、地面に転がされた。

 ステラはそのまま左腕のナイトメアγで彼女を撃ち抜かんとするが、それを阻止するように銀槍による横槍が入る。

 視界の端から駆け抜けた銀の斜線から逃れるように腕を引き、代わりに装備したベオウルフ弐式による裏拳(バックフィスト)で迎撃。

 

「チッ!」

 

 完璧とも言える不意打ちに、これまた完璧に反応せしめたステラの反応速度に舌打ちを漏らしたのはアレンだ。

 素早く上体を逸らして回避行動に入るが、光熱を纏った籠手が描く半月の軌跡が鼻先を掠め、あまりの熱量に肌を焼かれる。

 更に舌を弾くアレンだが、そのまま怯む事なく銀槍を振るい残像を残す連擊を放つ。

 都市最速が誇る刺突の嵐を鞘に納めたままの刀で捌きつつ、視線を向けるのは立ち上がり、再び黒風を纏うアイズだ。

 

「ああああああああ!!!」

 

 モンスターの咆哮(ハウル)じみた雄叫びと共に地を蹴り、アレンと切り結ぶステラに向けて突撃。

 加速の勢いのまま、黒風を纏わせた剣を振りかぶり、全力全開でもって叩きつける。

 

「ふざけんな……っ!」

 

 自分さえも巻き込む一撃に彼は悪態をつくが、離脱しようにも隙を見せればステラに殺される状況ゆえに動けず、暴れ狂う黒嵐にステラ諸共に飲み込ませる。

 そして次の瞬間には黒嵐を斬撃の嵐が塗り潰し、霧散させた。

 

「がっ……!」

 

「うぅ!?」

 

 その余波とも言うべき数閃の斬撃がアレンとアイズに襲いかかり、二人の体の各所から鮮血が噴き出す。

 それでも反撃に移ろうとしたアレンを蹴り飛ばし、流れるような動作で刀が鞘に納めると、小さく息を吐いた。

 

「所詮、この程度ですか」

 

 血を吐き、崩れ落ちるアイズを見下ろしながら呟く言葉に込められるのは強い失望。

 人と人外の混ざり物。自分と似て非なる存在の強さ。いまだ未熟なそれは、けれど何年経とうが自分に届くことはなさそうだと見切りをつける。

 アレンもアレンだ。速いばかりで力が足りない。そしてその速さも致命的に足りていない。

 

「……別に貴方がたを無視しているわけではありませんよ」

 

 嘆息混じりに振り向き、ゆったりとした動作で刀を薙ぐ。

 甲高い金属音と共に弾かれるのは、暗殺者(アサシン)のごとく気配を消して接近してきていた輝夜の抜刀撃。

 

「化け物が……っ!」

 

「褒めても何も出ませんよ」

 

 目を見開き、畏怖のままに声を絞り出した彼女に抑揚のない声で返し、鞘の殴打で頭蓋骨を砕かんとするが、それを遮るように飛去来刃(ブーメラン)が迫り、その迎撃に一手。

 その隙に輝夜はアイズを脇に抱え、その場を飛び退いた。

 直後、魔導士達による砲撃が放たれ、炎と雷がステラに迫り──。

 

「無駄です」

 

 軽く腕を凪ぐだけで放たれた閃光が、少女達の魔法を消滅させる。

 冒険者にとっての切り札を虫を払うがごとく無効化する様は、少女達に隔絶した力の差を見せつける。

 

「くそ、どうする。向こうにはデカいのがいるってのに」

 

 ライラが『神獣の触手(デルピュネ)』を横目にその存在感に気圧され、そしてそれ以上の覇気を放つステラに心底嫌そうに溜め息を吐く。

 

「そっちの二人は治ったか?いい加減、どうにかしねえとまずいぜ、こいつは」

 

 ライラは振り向きもせずに確認するのは、彼女の背後で治療されているリヴェリアとガレスの容体について。

 フィンから多めに渡されたとはいえ貴重な万能薬(エリクサー)も使ったのだ、いい加減立ってもらわねば困る。

 

「【剣姫】!お前もいい加減に回復しろ!」

 

「うああああああああああああああ!!!」

 

「ま、待て……!」

 

 輝夜は脇に抱えるアイズにも回復を促すが、少女はそれすらも無視し、輝夜の手を振り払ってステラへと突貫していく。

 迫る嵐の化身を前に、ステラは嘆息と共に拳を引いた。

 矢を番えるが如く構えられた拳に魔力が宿り、破滅の光へと転化していく。

 後光に照らされ、輪郭を残して黒く染まるステラ。

 対するアイズは『死』に挑むように咆哮をあげ、黒風の出力を更に上げる。

 風に耐えきれず肉体を自壊を始め、体のあちこちの血管が弾け、鮮血が溢れ出す。

 

「ああああああああああああああ!!!!」

 

「シッ!」

 

 それでもなお、黒風を纏う牙突を放つアイズ。

 対するステラは鋭く息を吐きながら、溜めに溜めた魔力を解放すると共に拳を放った。

 風と光。拮抗はなく、光が風を焼き尽くし、少女の殺意をねじ伏せる。

 アイズが敗北を認識するよりも早く、ステラの拳が振り抜かれ、押し負けた少女の体が宙を舞う。

 

「っ……!」

 

 彼女の視界に映るのは振り抜いた拳を引き戻し、追撃を放たんとするステラの姿だった。

 回避は間に合わない。防御などできよう筈もない。『死』が迫る瞬間が限界まで引き伸ばされ、迫る拳がいっそ滑稽なまでにゆっくりに見えた。

 まだ自分の悲願を果たせていない。リヴェリア達の仇も討てていない。

 ならば戦え、足掻けと、冒険者の本能が叫ぶが、思考と動作が一致しない。宙を舞う矮小な体は動いてくれない。

 背後から誰かの声が聞こえる。視界の端で銀槍を携えた猫人が駆け出そうとし──血を吐いて膝をつく姿が見えた。

 終わりが迫る。『死』に追いつかれる。アイズが来る瞬間に目を閉じようとした時、全てを置き去りにする灰色の流星がステラの頬に突き刺さった。

 骨を砕く重衝音を響かせながらステラの体が吹き飛び、木々を薙ぎ倒しながら森の中へと消えていく。

 地面に倒れ、慌てて顔をあげたアイズの目に映るのは熱風にはためく灰色の外套(ロングコート)

 背中には骸骨の意匠がある大剣。

 四肢を包む漆黒の籠手。

 腰には見覚えのない二振りの剣。

 ようやく戻ってきた『最強(グレイ)』の背中。

 

「待たせたな、ちびっ娘」

 

「……っ。私はチビじゃない……!」

 

 背中越しに声をかけられ、アイズは思わず言い返す。

 そんな彼女の声に振り向いたグレイは苦笑し、もう一人の『最強(ステラ)』を睨みつけるのだった。

 

 

 

 

 

 




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