ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Intermission08 孤狼咆哮

 グレイとステラ。冒険者達と神獣の触手(デルピュネ)

 それぞれの決戦の開幕を知らせるように、地下からの振動が強まる。

 

「ダンジョンからの震動、さっきまでと何か違う……!」

 

「討伐隊との戦闘の余波か、あるいは突破を許したか。アリーゼ、リオン……!」

 

【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)前。

 アーディとシャクティのヴァルマ姉妹は、冒険者としての直感によって下の状況の変化を察していた。

 神獣の触手(デルピュネ)が階層を破壊していた揺れとは違う、ほんの一瞬の微かな震動。だがそのほんの僅かな違和感が、異常事態(イレギュラー)を敏感に感じとる冒険者達の第六感を刺激する。

 そんな僅かな動揺。あるいは思考の隙間を塗り潰すように、天を貫く雷光が都市を揺るがし、そして戦い続ける者達の顔を照らす。

 冒険者も、民衆も、闇派閥(イヴィルス)も、悪魔も関係ない。その光に照らされた者達は誘われるようにその光を見上げ、その絶大な魔力に恐怖した。

 発生源は都市東部の円形闘技場(アンフィテアトルム)周辺。

 言わずもがな、【フレイヤ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】を中心とした部隊が展開する最激戦区だ。

 

 

 

 

 

 悪魔にとって、力が全てだ。

 弱き者は淘汰され、強き者だけが生き残る弱肉強食。

 生まれ落ちた瞬間から始まる生存競争は、ある意味で強者を生み出す環境が整っていると言える。

 弱ければ死ぬしかないのだ。故に強くなる他ない。

 

「──ここが魔界であったなら、貴様らは屍を晒していたな」

 

 バチバチと音を立て、全身から放電現象(スパーク)を起こすマルコシアスは、愛剣の切先を地面に突き立てながら他人事のように呟いた。

 彼女を中心にして広がるのはまさに血の海だ。

 四肢のいずれかを失った強靭な勇士(エインヘリヤル)達。

 ただ剣を振っただけで発生した剣圧の射線上にいただけというだけで両断された【ヘファイストス・ファミリア】の鍛治師達。

 その他マルコシアスを撃滅せんとした冒険者達の『残骸』とその中身がぶち撒けられ、濃厚な鉄の香りを辺りに充満させる。

 文字通りに格が違う。生物としても、戦士としても、あまりにも隔絶された差を、冒険者達に叩きつけられる。

 マルコシアスは動かない者達から視線を外し、未だに五体満足で自分と相対する冒険者達に目を向けた。

 ヘディン、ヘグニ、ガリバー兄弟。その後方には椿も控えている。

 だが全員が満身創痍であった。炎雷に焼かれた火傷のみならず、大小様々な刃傷。全身のあらゆる所から出血し、足元に広がる血の海に新たな血が加えられていく。

 

「人の身でそこまで練り上げたことには敬意を払おう。並の悪魔では貴様等には勝てん」

 

 自身を睨む瞳を見つめ返し、いまだに折れぬ彼らの戦意に敬意を評しつつ、けれど残酷なまでの事実を告げる。

 

「──だが足りん(・・・・・)。魔力も、速度も、膂力も、連携も、何もかもが足りん」

 

 エルフ以上の魔力。

 獣人以上の速度。

 ドワーフ以上の膂力。

 あらゆる連携を叩き潰す『個』の強さ。

 全てに劣る冒険者達に、マルコシアスを討てる道理はない。

 だがそれがなんだと冒険者達は得物を構え、愚直なまでに彼女に挑んでいく。

 白兵戦最強とまで呼ばれた黒妖精の刀身に込められた呪詛(カース)により延長された必殺の一閃を、愛剣の一振りで込められた呪詛(カース)諸共に打ち払う。

 お互いの間合いの外。だが確かに感じる手応えにマルコシアスは小さく息を吐き、ヘグニは苦虫を噛み潰したような顔で更に前へと踏み込み、マルコシアスに接近しながら得物を振るい、斬撃を放ち続ける。

 それに合わせマルコシアスも得物を構え、次々と放たれる呪詛混じりの斬撃を片手間のように捌きつつ、彼の得物を推察する。

 呪いによる攻撃範囲の拡張。おそらく武器に込められた効果はその程度。

 そう言えば確かに厄介そうだが、呪いは元より悪魔の領分。刃を這う独特な魔力と呪詛(カース)から拡張された斬撃範囲はある程度予想できる。故に間合いを間違えて斬られるという失態は犯しようがない。

 マルコシアスは目を細め、周囲から聞こえる足音に耳を傾けた。

 地を這うが如く低い体勢で疾駆したガリバー兄弟が、マルコシアスの死角を狙うように彼女を囲み、ヘグニの攻撃に合わせてマルコシアスに挑む。

 ヘグニの剣は見た目の割に遠くのものまで斬れる。確かに便利だが、その延長された攻撃範囲が視認できないおかげで、合わせる側も命懸けだ。

 だがヘグニに斬られようが知ったことかと言わんばかりに、ガリバー兄弟に迷いはない。

 ヘグニの斬撃を捌き得物を振り抜いた一瞬を、彼らは見逃さない。

 そして彼らが動いた事をマルコシアスも見逃さない。

 前後左右。同時に迫る小さな勇士への対応の初手は右足を持ち上げる事だった。

 攻撃の動作とは見えないそれも、彼女がするからには必ず意味がある。詠唱なしに魔法を放てるのだから尚更だ。

 警戒を深める四人にマルコシアスが放つ解答は、持ち上げた足を勢いよく振り下ろす事だった。

 瞬間、都市が揺れた。なんの比喩でもなく、凄まじい踏み込み──震脚によって、オラリオが揺れたのだ。

 その一瞬、オラリオから音が消え、凄まじい轟音が都市中に響き渡る。

 ガリバー兄弟の体が小石のように吹き飛び、後衛に布陣しているヘディンが舞い上がる砂塵から顔を守りつつ、柳眉を逆立てる。

 後方で魔剣の使用の時機(タイミング)を計っていた【ヘファイストス・ファミリア】の構成員達が悲鳴をあげながら倒れる音がした。

 そんなもの構いもせず、ヘディンは戦場を睨む。

 マルコシアスを中心に石畳はおろかその下の地面さえもめくり上がり、彼女を囲むように歪な岩の花が花開いていた。

 それに巻き込まれたガリバー兄弟は空中に飛ばされてはいるが、体勢を立て直している辺り意識はあるらしい。

 ヘグニはおそらく岩の影にいるのだろう。あの程度で死んでいるのなら、とっくの昔に殺している。

 マルコシアスを視認できない。だが彼女が無意識に垂れ流しているだろう膨大な魔力からして、移動はしていない。

 

「【永争せよ、不滅の雷兵】」

 

 超短文の詠唱を終え、彼の頭上に展開されるのは莫大な数の雷槍。

 一つ一つが人の頭部ほどあるそれの切先は全てマルコシアスに向けられ、岩の花に閉じこもる狼王を引き摺り出さんと白い魔力を滾らせる。

 

「【カウルス・ヒルド】」

 

 手を下ろし、詠唱を完結させると共に雷槍による弾幕が放たれる。

 牽制など考えない。全てが致死の迅雷による弾幕は岩の花を容易く貫き、その奥に身を潜めているだろう狼王に喰らいつく。

 花が砕ける。砂塵が舞う。砂塵さえも呑み込む白雷は、狼王を討たんと奮起する。

 だがいくら奮起し、その身朽ち果てるまで邁進したとしても、突出した『個』の力には敵わない。

 マルコシアスは右手を前に向け、手のひらから放つただの魔力放出によって生み出された障壁によって迫り来る白雷の群れを阻み、炸裂した白雷越しにヘディンを睨みつけた。

 いっそ愚かなまでの弾幕。これでは相手から自分が見えなくなるばかりではないか。

 血迷ったかと人を見下す悪魔の一面がヘディンを嘲笑する中、内に秘めた戦士の一面がこれは陽動、本命は別だと冷静に推察する。

 ならば、その本命はどこから来る。

 目の前で白雷が爆ぜる轟音のおかげで聴覚は役に立たない。

 だが敏感が過ぎる嗅覚と戦士としての本能、そして悪魔の優れた魔力感知能力が、迫る脅威を正確に判断する。

 

「ッ!」

 

 瞬間、予備動作もなく障壁の属性を炎に変換。

 瞬き一つの間も無く、障壁は業火の壁へと変化し、その瞬間に数十の氷塊や氷礫が激突した。

【ヘファイストス・ファミリア】鍛治師達による、氷属性魔剣による集中砲撃。

 階層主ですらも押し潰すだろう質量と、モンスターを群れごと凍死させるだろう冷気の波にマルコシアスは呑み込まれるが、

 

「──フン!」

 

 気合い一閃と共に腕を薙ぎ、炎の障壁を自身を包む炎の渦へと変化させる。

 迫り来る氷塊を一瞬にして溶かし、まき散らされる冷気を炎の熱で相殺する。

 氷の弾幕が終わり、炎の渦が消えると共に冷気に代わり水蒸気が彼女の周囲を包み、視界を塗りつぶす。

 水蒸気が生み出した濃霧の中でマルコシアスは鬱陶しそうに目を細め、小さく舌を弾いた。

 迎撃したのがただの氷塊であったならよかったが、今回は魔力により生み出された氷塊だ。水蒸気に魔素が混じり、索敵の邪魔をしてくる。

 元より高い魔力を誇るエルフのヘグニやヘディンの接近ならこの中でも気づけるだろうが、ガリバー兄弟の接近への察知が一手分遅れてしまう。

 

(面倒だが、一度払うか)

 

 マルコシアスの判断は早く、すぐさま両翼を展開して大きく一度羽ばたく事で濃霧を霧散させ、視界が開けた瞬間、やはりというべきか眼前に槍の穂先が迫っていた。

 

「ッ!」

 

 驚倒は一瞬。すぐさま好戦的な笑みを浮かべたマルコシアスは穂先を手甲で弾き、振り上げた剣をアルフリッグに叩きつけんとするが、

 

「「シッ!」」

 

 加速が乗る間際を見極めたドヴァリンの大槌とベーリングの大斧が交差するように割り込み、二人がかりでマルコシアスの一撃を防御。

 そしてアルフリッグの影に隠れていたグレールが兄を飛び越え、踏み台にしながら飛び出し、大剣を振るう。

 横薙ぎに放たれた一撃を上体を逸らす事で避けるマルコシアスだが、その瞬間に彼女の剣を受け流したドヴァリンとベーリングが動き出し、体勢を整える前に彼女の両膝を砕きにいくが、それを視界の端で捉えていたマルコシアスは上体を逸らした勢いのままに地面に手をつき、バク転。

 膝を狙った攻撃は空を切り、二人の間を駆け抜けたアルフリッグが更に攻め立てんと槍を放つが、

 

「いい連携だ。だが遅い」

 

 残像を残して放たれた槍の突きをマルコシアスは危なげもなく掴み取り、ぼそりとそう告げた。

 その言葉に、ガリバー兄弟は砂色の兜の下で笑みを浮かべた。

 

「「「「まだ終わってない」」」」

 

 兄弟のその宣言にマルコシアスは目を見開いた。

 周囲に撒き散らされた魔素。

 水蒸気による目眩し。

 ガリバー兄弟による陽動。

 これら全てが次の一手への布石だとすれば、本命は──。

 背後から、タンと軽やかな足音が鼓膜に届く。

 目を見開いたまま振り向いた瞬間、こちらに右手を突き出したヘグニの姿が視界に納まる。

 

「【永久(とわ)に滅ぼせ、魔の剣威をもって】」

 

 超短文の詠唱が終わると共に、魔力が高まっていく。

 マルコシアスは身を捩り、無理やり回避しようとするが、それを阻止せんとアルフリッグが掴まれた槍から手を放し、玉砕覚悟で彼女に殴りかかり、弟達がすぐさま続く。

 槍を手放したマルコシアスは槍を放し、アルフリッグの拳を片手で握り潰し、残る弟達の追撃を片手で全て弾き飛ばすが、その一秒にも満たない足止めがその一手を彼女に届かせた。

 

「【バーン・ダイン】!!」

 

 ヘグニの右腕から、炎の咆哮が解き放たれる。

 射程は超短距離(ショートレンジ)。その対価は範囲内の敵を根こそぎ焼き払う超高火力。

 足元に展開される黒い魔法円(マジックサークル)による火力増幅もあいまり爆裂した紅蓮の爆炎が、マルコシアスと彼女の至近距離にいたガリバー兄弟を容赦なく呑み込んだ。

 

「──【永伐せよ、不滅の雷将】」

 

 まだ終わらない。

【ヘファイストス・ファミリア】への指示を兼ねるため、後衛に位置していたヘディンは超短文詠唱と共に足元に魔法円(マジックサークル)が展開。

 

「【ヴァリアン・ヒルド】」

 

 詠唱と同様に短い魔法名と共に、爆炎に包まれるマルコシアスに向けて特大の砲撃が放たれた。

 後ろから「味方ごといった!?」と驚愕と恐怖の悲鳴があがるが、ヘディンは気にしない。

 

(この程度で死んでいるのなら、とうの昔に死んでいる)

 

 胸中でそんな独白を漏らした瞬間、迅雷の一閃は着弾。

 都市に大穴を穿たんばかりの一撃はマルコシアスに直撃。衝撃は前衛を勤めていた冒険者達を吹き飛ばし、飛び散った雷の飛沫が彼らさえも焼く。

 マルコシアスは爆煙に包まれ、その姿が見えなくなるが、

 

「畳みかけろぉ!!」

 

 椿の号令と共に再びの魔剣一斉射が始まり、炎、雷、氷、風と、様々な属性が入り混じる砲撃が殺到する。

 

「だ、団長!?【フレイヤ・ファミリア】の幹部連中死にますよ!?」

 

「この程度で死ぬわけあるかぁ!じゃんじゃん撃てぇ!!」

 

「ああ、もう!後で何言われても知らないですよ!?」

 

【ヘファイストス・ファミリア】の団員は魔剣を振るいながら悲鳴をあげ、椿はそんな彼らを笑い飛ばす。

 そのおかげで更に悲鳴があがるが、自棄になった団員達が弾幕を更に濃くする。

 炎が吼え、雷が轟き、氷が爆ぜ、風が切り裂く。

 絶殺の領域が展開され、マルコシアスの命を削りきらんとする。

 このまま終われと願う他ない状況に、ヘディンはゆっくりと目を細め、次の瞬間に目を見開いた。

 

「伏せろ!」

 

 警告はたったの一言。

 その声に応じられたのはごく一部。

 椿は両脇にいた二人を押し倒しながら身を伏せ、ヘディンもまた身を屈めた瞬間、爆炎を貫く複数の雷光が放たれた。

 閃光群は一瞬にして複数人の冒険者を貫通し、瓦礫の山に当たる事でようやく爆発。

 都市を揺るがす衝撃と共に雷の飛沫が飛び散り、頭を下げた事で無事だった冒険者達を痺れさせ、内側から血肉と骨を焼き払う。

 たまわず舌を弾いたヘディンは立ち上がり、この戦いが始まる前、グレイからの忠告を思い返した。

 

 

 

 

 

「マルコシアスと殺りあうなら『デビルトリガー』にだけは気をつけろよ」

 

 大まかな作戦が決まり、愚猫(アレン)と共にダンジョンに潜ることになったグレイは、【フレイヤ・ファミリア】の頭脳(ブレイン)たるヘディンに、端折りに端折った忠告を伝えていた。

 

「それが忠告だとするのなら、要領を得られるように話せ」

 

 眼鏡の位置を直し、その下でグレイを睨みつけながら言葉を返せば、彼は困り顔になりながら頬を掻いた。

 

「要領をってもなぁ……。あいつ俺みたいに変身するぞ、間違いなく」

 

「狼の姿なら既に知っている。人の姿に化ける事も報告を聞いた。話はそれだけか」

 

「いや、だから『デビルトリガー』に気をつけろって言ってんだろ」

 

「その『デビルトリガー』が何かを聞いている」

 

 その一言にグレイはハッとして「そっからかぁ」と苦笑した。

 そして顔の右半分を鱗で覆い、竜種(ドラゴン)を思わせる瞳で彼を見つめた。

 

「ま、簡単に言えば変身。普段抑えている魔力を全開にして、姿を変えるってか、元の姿に戻る」

 

「力。耐久。器用。敏捷。魔力。身体能力(ステータス)が全部あがる。お前ら的に言えば階位昇格(レベルアップ)を自分の意志でできると思ってくれりゃいい。俺は自己回復の能力も上がるが、あいつにもあるかはわかんねえな」

 

「とにかく!上級の悪魔との戦いは『デビルトリガー』を使われてからが本番だ。だから、あいつが引鉄(トリガー)を弾くまで余力残しとけよ」

 

 

 

 

 

 煙が晴れる。鷹を思わせる翼が羽ばたき、雷が迸る。

 地面が溶ける。腰から尾のように伸びる大蛇が、シャーと鋭い呼吸音と共に毒液を垂れ流す。

 火の粉が舞う。久しく感じる全身の焼けるような痛みと、それにより引き摺り出された本能が狂喜の笑みを浮かべ、剥き出しにされた牙の隙間から絶えず炎が溢れ出す。

 纏っていた鎧はほぼ全損。胸や恥部を最低限隠してはいるが、もはや鎧としての効果はない。

 その下に隠されていた白磁の肌は焼き爛れているが、魔力の蒸気と共に少しずつではあるが癒えていく。

 頭から生える一対の耳は狼のそれであり、忙しなく揺れるのは音による索敵を続けているためか。

 狼の相がある人──ようは狼人のようにも見えるその姿だが、背には翼。腰には大蛇。

 側から見れば人の手を加えられた混成獣(キメラ)のようにも見えるが、彼女は産まれ落ちたその瞬間から三つの獣の相を有していた。

 故に狼型の悪魔とも、蛇型との悪魔とも、鳥型の悪魔とも馴れあえず、一人孤独に魔界を生き延びてきた。

 故に彼女は何よりも、誰よりも強き者だった。

 

「──────────ッ!!!」

 

 その声は獣の咆哮というにはあまりにも美しく、誇り高く──そのソプラノの音色に魅せられるように都市から音が消えた。

 ある学者曰く、狼の遠吠えにはいくつか種類があるらしい。

 一つ目は縄張りを主張するためのもの。

 二つ目ははぐれた仲間を探すためのもの。

 三つ目は仲間との結束を強くするためのもの。

 マルコシアスがそれらを纏めた論文を見れば、きっと鼻で笑う事だろう。

 縄張りの主張──必要ない。縄張りとは力で勝ち取るものだ、主張する必要などない。

 はぐれた仲間を探す──必要ない。元より探す仲間もいないのだから。

 仲間との結束を深める──必要ない。仲間はいない。いたとしても、仲間となった時点で結束は必要以上に深まっている。

 マルコシアスにとって、遠吠えは深い意味を持つ。

 これは『誓い』だ。敵対者達を必ず狩るという、絶狩の誓いだ。

 これは『餞別』だ。今から死に行く者達への、虚無へと還る魂への土産だ。

 分厚い雲に覆われた空を仰ぎながら、遠吠えは続く。

 息を呑む都市中の者達に己の存在を刻み込むように、呑気に世界を見下ろす神々を嘲笑うように、そして地の底まで響かせるように、遠吠えは続く。

 そして不意に口を閉ざしたマルコシアスは、高まる魔力を当てられて紅く染まった双眸を、牙の如く歪んだ瞳を、ヘディンに向けた。

 ヘディンが、そして背後にいた椿が身構えた瞬間、終わった。

 マルコシアスの姿が搔き消える。そして消えたと思った頃にはヘディンの右腕が刎ね飛び、体を袈裟懸けに切り裂かれる。

 驚愕する暇もなく椿の腹に、鞭の如く放たれた大蛇の体当たりがぶち当たり、骨を砕く異音と共に彼女の体が吹き飛ばされる。

 ヘディンが崩れ落ち、椿が地面に叩きつけられるのと、一陣の風が吹いたのはほぼ同時。

 斜線となったマルコシアスは冒険者達の隙間を駆け抜け、すれ違い様に獲物を撫で、彼らの肉体を破壊する。

 四肢が飛び散り、臓物がぶちまけられ、頭が抉り取られる。

 弱き者には死を。強き者にも死を。全てに死を。

 事前に通告があったとはいえ、仲間達からの攻撃により重傷を負っているヘディンも、ガリバー兄弟も、立ち上がった瞬間には血を吐きながら地面に転がされる。

『死』の疾駆を止められる者はなく、蹂躙が終わったのはきっかり一分後。

 

「終わったな」

 

 冒険者達の残骸を見下ろしながら告げたのは、終幕の言葉。

 圧倒的なまでの『個』の力。全てをねじ伏せる『覇者』の威風。

 マルコシアスは火の粉混じりの溜め息を吐き、バベルの頂へと目を向けた。

 

「この程度か、貴様の軍勢(エインヘリアル)は」

 

 その呟きを合図にしたように、凄まじい剣音がバベルの根本から打ち上がった。

 いまだに結界に囲まれた中央広場(セントラル・パーク)。たった二人だけの決戦場では、体をボロボロにした猪人(オッタル)が膝をついていた。

 

「存外に粘ったな」

 

 そんな呟きを溢したのは無傷の鎧(・・・・)を纏う覇者──ザルド。

 彼は大剣を肩に担ぎながら、静かに『弱者」を見下ろした。

 負けてはならない二つの戦場で、ついに勝者が決まった。決まってしまった。

 マルコシアスは首を鳴らし、翼と尾を揺らす。

 ぴこぴこと耳を動かすと、戦場の風に乗って不穏な声が聞こえてくる。

 

「阿呆どもが、どうなっても知らんぞ」

 

 そして呆れ声と共に嘆息した瞬間、都市中の門が一斉に爆破された。

 南西、南、南東、東、北東の五つ。同時に怪物達の咆哮が天へと轟き、雪崩れ込むように大量のモンスターが都市へと侵入していく。

 家屋の残骸を更に踏み倒し、統率された兵団の如くモンスターは進軍する。

 北、北東、東の門が手付かずなのは、マルコシアスに配慮した為か。どちらにしても阿呆である事に変わりはない。

 闇派閥(イヴィルス)調教師(テイマー)達が操り、都市各所の『『砦』を攻め落とさんとモンスター達を殺到させているようだ。

 悪魔との戦闘に集中していた冒険者達ではあるが、フィンからもこの可能性は既に知らされていた。各砦の指揮官の指示の下、冒険者達は悪魔とモンスターを排除せんと部隊を分ける。

 都市外で産まれた弱小のモンスターであるならば、確かにこの作戦で殲滅も叶うだろう。

 だが、それは相手が都市外のモンスターだった時の場合だ。

 真っ先に被害が出たのは、大賭博場(カジノ)周辺を守備していた冒険者達だった。

 作戦の通りにモンスターを迎撃せんとしたが、その一部が冒険者達の陣形を食い破られる。

 それを皮切りに冒険者達は次々とモンスターの餌食となり、彼らが抱く違和感が確信へと変わっていく。

 モンスターが強すぎるのだ。都市外のモンスターは、一部の例外はあるもののダンジョン産のものよりも極端に弱い。

 その例外を引き連れてきたとしても、強すぎる。上級冒険者の一団が碌な抵抗もできずに敗れるなど。

 

「──そうだろうよ。そいつらは地の底から引き揚げた怪物どもだ。ダンジョンで産まれ落ちた正真正銘のモンスターだ」

 

 遠くから聞こえる冒険者達の悲鳴を聞きながら、マルコシアスは嘆くように告げた。

【イケロス・ファミリア】の狩猟者(ハンター)を名乗る一団が集めていたという、中層、下層、深層のモンスター群。

 それを【ルドラ・ファミリア】の調教師(テイマー)達が、少なくない犠牲を払いながら調教(テイム)した虎の子だ。

 調教(テイム)用の魔道具(マジックアイテム)で無理やり従わせているだけで、細かな指示はできないようだが、暴れさせる位置まで誘導できればそれでいいのだろう。

 だが、問題はそこではない。誘導できるのはいいが、攻撃対象の細かな選別ができないのは大問題なのだ。

 

「こちらに来た時対処すればいい。それだけの話だ」

 

 恐れるべきは悪魔とモンスターの同士討ち。共倒れによる戦力の消耗。

 流石の下級悪魔とてこちらから仕掛けるような阿呆はおるまいし、闇派閥(イヴィルス)の方にもわざわざ悪魔の陣営を攻撃する愚者もいまい。──と信じたい。

 まあ世界の命運をかけた三つ巴も面白いだろうが、エレボスをはじめとした邪神連合との契約も──そしてステラとの個人的な約束もある。それらを反故にはできない。

 

「ねえ、マルコシアス!もう終わってしまったの?」

 

「ヘグニとヘディンはどこ?二人の亡骸(からだ)はどこにあるの?もっと愛して(壊して)愛して(バラして)、たくさん愛して(穢して)あげたいのに!!

 

 一人思案にふけるマルコシアスの耳に届いたのは、二人の妖精の声だった。

 赤子のように無垢な白い肌と褐色の肌。対照的な肌の色をした闇派閥(イヴィルス)幹部の妖精姉妹。

 ディナとヴェナの二人は、【フレイヤ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】を一蹴して見せたマルコシアスに、踊るようにご機嫌な足取りで近づいていく。

 二人の登場に鬱陶しそうに息を吐いたマルコシアスは「さあな」と気のない返事をする。

 

「そこら辺に転がっているだろう。生きてはいるだろうが、もう立ち上がれまい」

 

 ヘディンは腕を落とし、胴を捌いた。ヘグニは腹を抉った。

 生きていたとしてももう戦闘不能(リタイア)だろう。ザルドの方も終わったのなら、地上を彼に任せてダンジョンの方に向かうのも手か。

 

「あとは好きにしろ。私はステラの方に──」

 

 そうして次の方針を口にしようとした瞬間、魔力の揺らぎを感じた。

 その元を探るように視線を巡らせ、辿り着くのは壊滅した冒険者達のさらに後方。

 

「──【我が名は黄金。不朽を誓いし女神(かみ)片腕(うで)】」

 

 玲瓏な歌声と共に、黄昏の色にも似た黄金の光粒が戦場に舞い始める。

 

「【焼かれること三度(みたび)、貫かれること永久(とわ)に。炎槍(えんそう)の獄、しかして光輝は生まれ死を殺す】」

 

 マルコシアスの見つめる先にいたのは、祈り子にも似た画一的な白いローブを纏った集団だった。

【フレイヤ・ファミリア】が誇る治癒師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)の集団── 満たす煤者達(アンドフリームニル)

 マルコシアスの戦意に晒されながら、それでもなお唄うのはその筆頭──【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】、ヘイズ・ベルベット。

 彼女の魔法をよく知るディース姉妹は彼女の魔法を阻止せんと動こうとするが、マルコシアスがそれを手で制した。

 さっさとやれと言わんばかりに好戦的な笑みを浮かべ、流石のディース姉妹も彼女の正気を疑うような視線を向ける。

 

「【(くる)え、祝え、祝え。我が身は黄金。蘇る光のもと、果てなき争乱をここに】」

 

 そんな彼女の挑発に乗るように、ヘイズの詠唱が終わる。

 金の魔法円(マジックサークル)が戦場に展開され、倒れて行った冒険者達を黄金が照らす。

 

「【ゼオ・グルヴェイグ】」

 

 そして告げられた魔法名。

 その正体は超広範囲回復魔法。

 朝から日が沈むまで続く『戦いの野(フォールクヴァング)』の『洗礼(殺し合い)』をたった一人で支えきる少女の異能が発動し、倒れていた冒険者達がゆらゆらと立ち上がり始める。

 腕を飛ばされた者は自らの手でそれを拾い上げ、断面を押し付け合う事で無理やり接合し、腹を抉られた者は溢れた臓物を腹の中に押し込んで無理やり賦活。

 炭化した手足を取り戻した者達も立ち上がり、刃が半ばから溶けた愛剣や、あるいは主人を失った武器を手に、マルコシアスに戦意を注ぐ。

 ヘディンも、ヘグニも、ガリバー兄弟も、椿でさえも例外はない。

 倒れた冒険者達が、頭数を減らしながらも再び万全の状態となってマルコシアスを囲む。

 

「下がっていろ。奴等は、私の獲物だ」

 

 そんな彼らの戦意を全身で浴びながら、マルコシアスはディース姉妹に下がるように言う。

 二人はそれを無視してヘディンとヘグニに挑まんとするが、マルコシアスは二人が動くよりも早く二人の頭を掴むと、そのまま頭同士をぶつけた。

 骨同時がぶつかる鈍い音を響かせながら悲鳴をあげた二人は、蹲りながら非難がましくマルコシアスを睨む。

 マルコシアスは二人を冷たく見下ろしながら鼻を鳴らし「これは頼みではなく、命令だ」と、傲慢なまでの態度で告げる。

 指示を聞かねば殺すと目で告げてくる狼王を前に、狂える妖精姉妹はただ頷く他なく、さっさと退散していく。

 

「さて……」

 

 マルコシアスは二人が逃げたことを認めると、ヘイズに目を向けた。

 薄紅色の髪の癒し手を見つめ、立ち上がる冒険者達を一瞥する。

 

「この黄金が戦士達を立ち上がらせるというのなら、真っ先に貴様を殺すべきだろう。名も知らぬ癒し手よ」

 

 剣の切先を彼女に向けながらマルコシアスは笑い、剣を肩に担いだ。

 

「だがそれはせん。安心しろ」

 

 周囲に漂う黄金の光粒を手で掬い、ふっと息を吐いて吹き飛ばすと言葉を続ける。

 

「この光がある限り戦士達が立ち上がり続けるというのなら、私は真正面からそれを打ち砕こう。一晩だろうが、三日三晩だろうが、貴様の魔力が尽きるまで私は踊り続けよう」

 

 それはヘイズへの挑戦。強靭なる勇士(エインヘリアル)をそうたらしめる黄金の祝福を捩じ伏せんとする、傲慢な言葉だった。

 

「不死身の軍勢を相手取るなど、心が踊る……ッ!!!」

 

 その美貌を狂喜に歪め、牙を突き出しにして笑う様はまさに戦闘狂(バトルジャンキー)のもの。

 翼が動く度に放電現象(スパーク)が起き、大蛇の口から溢れる毒液が更に濃いものへと変わる。

 舞い散る火の粉はその熱と量を増していき、濡羽色の髪が逆立つ。

 ヘイズは 満たす煤者達(アンドフリームニル)に解毒魔法や薬の用意させながら、戦場に響くようにその声を張り上げた。

 

「行きなさい、強靭なる勇士(エインヘリアル)

 

「来い、強靭なる勇士(エインヘリアル)ども!!!」

 

 それに応えるように、マルコシアスもまた声を張り上げた。

 そして、それと時を同じくして立ち上がった者がもう一人。

 

「ほう、まだ立つか」

 

 ただ淡々と、けれど僅かに意外そうに呟かれた言葉に返事はなく、歯を食い縛りながら【猛者】は立ち上がる。

 彼もまた強靭なる勇士(エインヘリアル)──その筆頭。

 ならば、倒れていい道理はない。

 猪は血を吐きながら咆哮をあげ、『覇者』に挑むのだった。

 

 

 

 

 

 




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