ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Intermission09 猛る者

 迷宮(ダンジョン)の戦いが、予想にもない方向へと進む中、地上の戦いも一つの節目を迎えていた。

 

「九百と四十七。随分と打ち合ったが、ここまでか」

 

 結界に囲まれる中央広場(セントラルパーク)に、『覇者』の声が響く。

 

「それだけ武装に身を固めても、届かなかったな。糞ガキ」

 

「……っっ!」

 

 無傷のザルドに見下ろされるオッタルは、まさに満身創痍だった。

 ありとあらゆる防具は罅割れ、武器さえも失い、残されるのはたった一振りの大剣だけだ。

 彼の切り札である『獣化』を行使してなお、目の前の漢には一太刀とて届かなかった。

 オッタルを見下ろすザルドは、兜の奥で瞳を落胆に染めた。

 

「……嘆かわしい。呆れ返る。お前が今代の『最強』とは。やはり俺の『失望』は止まらない」

 

「これならば俺がダンジョンに赴き、あのグレイとかいうガキと喰らいあった方が楽しめたか」

 

 そのまま視線を足元に向け、地面の下の更に奥底にいるだろう悪魔にして人間の『覇者』の姿を幻視し、嘆息する。

 兜の奥で瞑目したザルドは、目を開くと共にゆっくりと天を仰いだ。

 厚い雲に覆われた、希望ない灰色の空を。

 この空が続く北の果てに待つ『終末』を。

 

「ならば畢竟、オラリオを滅ぼすのも止むなしだろうよ(・・・・・・・・)

 

 その言葉に、歯を食い縛り再起しようとしていたオッタルは動きを止めた。

 

「……止む、なし?……止むをえない!?何を言っている……!」

 

「仕方がないと、そう言った」

 

 動じるオッタルの言葉に、ザルドは己の失望──その『真意』を晒す。

 

「迷宮の蓋を開け、数多の命を奪い、人類を間引く。……やりたくはないが、やるしかないとな」

 

「……っ!」

 

 ザルドの言葉に、オッタルの目が見開かれる。

 やりたくはないが世界を滅ぼす一手を担う。彼の言葉にオッタルは敵を前にしているとは思えない程に動揺し、立ちあがろうと踏ん張る腕が震える。

 

「俺達のやり方では駄目だった。最強の眷属とまで呼ばれた俺達でさえ、三大冒険者依頼(クエスト)の最後の一つ、『黒竜』には敵わなかった。いいや相手にすらならなかった」

 

 ザルドが回顧するように呟いた言葉にオッタルは目を伏せた。

 今でも覚えている。誰もが勝利を疑わず、神々でさえもようやく『救界(マキア)』がなされると信じ、その背を見送った下界最強の戦士達が、敗北して帰ってきたあの日を。

 

「──世界は『英雄』を欲している」

 

 ザルドは言う。その『蹂躙』された【ゼウス・ファミリア】の数少ない生き残りの男が、言葉を続ける。

 

「神に縋るしかできないこの時代では『英雄』は生まれない。ならば、『英雄』とはどのようにして生まれ、どのように成り立つ?」

 

「『真の英雄』とは、果たして本当に、今の時代から生まれ落ちるのか?」

 

 オッタルに投げかけるように告げられた問いかけは、実際はザルドの自問だ。

 事実その問いに対して、既にザルドは答えを出している。

 

「俺達が証明した通りだ。今のやり方ではならん、今のやり方では埒が明かぬと」

 

 目庇(バイザー)の奥で瞳を細めながら、ザルドの顔が怒りの形相に歪んでいく。

 

「『神時代』の『英雄』では、あの化け物に勝てない!」

 

 そして断言した。今のままでは駄目だと、神と共に生きる今の時代では世界は救われないと。

 遠くから遠吠えが聞こえる。マルコシアスが冒険者を威圧するためか、あるいは静かになった中央広場(セントラルパーク)を心配してか、都市中に響く彼女の声が二人の耳朶を撫でていった。

 その声を聞きながら、ザルドは声を荒げた。

 

「グレイを見ただろう!ステラを見ただろう!実際に戦い、その強さを刻み込まれたろう!?俺達の半分も生きていないガキどもに、俺たち冒険者は蹴散らされた!最強の眷属(ゼウス・ファミリア)である俺でさえ、魔の力に頼らねばあのまま負けていたかもしれん!」

 

 二人の脳裏に思い出されるのは全ての始まりたる『大抗争』の一幕。

 都市を崩壊させかけたザルドとグレイの決闘。ザルドと互角の勝負を繰り広げた青年の背中はオッタルの記憶に焼きついている。

 そして今のグレイはあの日のグレイを遥かに超越し、もはや否定のしようがない『下界最強』として世界の命運を背負って戦っている。

 既にザルドすら、グレイに勝てるかと問われれば苦渋に満ちた顔で黙り込む他にない程に、今の彼の強さは隔絶している。

 

「あの二人やマルコシアスを見ていると、全てが馬鹿らしく思えてくる」

 

 ザルドは胸の前で拳を握りながら、そう自嘲した。

 最強だなんだと呼ばれ、事実世界を救うあと一歩まで迫った自分達を一蹴する暴力の化身。

 悪魔(ステラ)との出会いは本当に偶然。森の中でばったりと出会い、そのまま互いの素性など知らないままにいきなり斬られた。そして斬り返した。

 二人して血まみれになりながら殺し合ったその後は二人揃って鐘の音に吹き飛ばされたが、彼女はそれでもすぐに立ち上がり、灰の魔女にすら切り掛かって行った。

 化け物だと思った。血まみれ痣まみれの自分とは違い、どんな傷さえも瞬時に癒して戦い続ける少女に、文字通りの悪魔を見た。

 悪魔(グレイ)との決闘はある意味で必然。戦場で出会い、一対一でやりあえた幸運に感謝しつつ、全力を出さない彼に落胆はしたが、その殻も目を離している内にあっさりと破っていった。

 ヴァニタスの滅光を喰らい尽くした『蒼炎』は、確かにザルドの記憶に焼きついている。

 悪魔(マルコシアス)との付き合いは短いが、断言できる。あの女すらもステラとグレイに並ぶほどの怪物であり、今なお都市が無事なのは彼女の気まぐれ──そしてエレボスとの交渉の結果に過ぎないのだと。

 英雄(グレイ)とやりあえる悪魔がある程度存在し、今の世界にはそんな悪魔どもを押し返す力がない。この世界に新たなる滅亡の根が蔓延りつつある事実を嫌でも突きつけられた。

 

「迷宮の蓋を壊そうが壊さまいが、悪魔どもが世界に蔓延り始めた以上、俺の思惑はある程度達成されているとも言える。だが構うものか。俺はこの迷宮の蓋を破壊し、今も語り継がれる俺達の誇り──『英雄の時代』を取り戻す!」

 

 だからこそザルドの結論は変わらない。黒い終末を乗り越え、悪魔どもを根絶やしにする『英雄』は、やはり『神時代』では生まれてないと。そう結論付けた。

 その結論にオッタルの目が見開かれる。

 

「貴様……まさか!」

 

「そうだ!時代を逆行させる(・・・・・・・・)!かつての『英雄神話』を再現するために!」

 

 断腸の思いを滲ませながら、ザルドは一つの答えを示した。

 

「怪物どもが地上を席巻し、恐怖と絶望に支配されていた(いにしえ)の時代!絶滅に瀕した人類は咆哮をあげた!」

 

 語られるのは数千年前に起きた歴史の一節。

 冒険者もなく、神々が姿を見せるよりも前の闇の時代。

 下界から人類は淘汰される寸前までいったが、立ち上がった英雄達が怪物の進撃を止め、その軍勢を押し返した。

 

「そう、あの時代が生んだのだ!猛々しくも勇ましい昔日の『英雄』を──『最強の伝説』を!」

 

 そして最強とまで呼ばれた英雄がなした偉業は、黒き終末──黒竜の片眼を奪い、オラリオの地から遠ざけたこと。

 神時代最強とまで謳われる【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】ではなしえなかった偉業を、【恩恵】なきただの人の身で成し遂げた文字通りの『大英雄』。

 彼の死と黒竜の撃退を契機にしたように始まった神と人が共に生きる神時代。

 そこに悪魔が混ざり、混沌の時代へと移り変わろうとする中で、ザルドは『古代の英雄』に並ぶ者達の誕生を切望する。

 オッタルは息を呑んだ。神時代の『英雄』では勝てないと断言した『覇者』の答えに。

 

「……迷宮からモンスターを解き放ち、現在(いま)を破壊し、かつての『最強の伝説』を復活させる?」

 

「その通り。静かに腐りつつある下界を混沌で満たし、『英雄』を生む礎を用意する」

 

 オッタルの問いを、ザルドはいっそ傲慢なまでの言葉で肯定した。

 

「でなければ勝てん、人類は打ち勝てん!黒き終末に──いいや、それよりも早く悪魔どもに呑み込まれ、下界は完全なる滅亡を迎える!」

 

 血を吐くような怒号でもってザルドは断言する。

 ステラの技を知るからこそ、グレイの剣を受けたからこそ、敵と味方として悪魔という脅威を誰よりも知るからこそ、終末に向かう時計の針が加速している事実を叩きつけられたからこそ、ザルドの意志は変わらない。

 

「『億』の犠牲を払い、悪魔どもを駆逐し、黒竜を討ち払う『一』を──世界を救う『最後の英雄』を用意する!」

 

 胸の前で拳を握り、己の意志を宣言したザルド。

 ただ一人彼の真意を知ったオッタルに返せる言葉はなく、ただ俯くことしかできない。

 

「『正義』か『悪』か。『道理』か『非道』か」

 

 地面を見下ろすオッタルとは対照的に、灰色の雲に覆われた空を見上げたザルドは、ぽつりとそんな呟きを落とす。

 

「どう評されようが、俺はどうでもいい。ただ、なさねばならぬと『誓い』を立てた」

 

 その言葉と共にオッタルへと視線を戻し、言い渡す。

 

「これだけは絶対だ。俺は俺の誓いを成し遂げる」

 

「っ……!」

 

「故に邪魔するものは、全て喰らい尽くすまでだ」

 

『覇者』の告白に、オッタルは肩を、腕を、手を震わせた。

 苦痛への呻含か、あるいは憤怒か、あるいは打ちひしがれた諦念か。

 何を思おうと立ち上がれない弱者に、『覇者』は欠片も興味を示さなかった。

 オッタルから視線を外し、白亜の塔へと足を向ける。

 

「下の連中を待つまでもない。俺がオラリオに引導を渡そう」

 

 世界そのものを殺す処刑人の如く、鉄塊と見紛う大剣を片手に『覇者』が一歩を踏み出そうとした瞬間だった。

 

「…………待てっ…………!」

 

 砕けた石畳を踏む音と共に彼を呼び止める者がいた。

 ザルドのちょうど真横。捨て置き、視界から外した弱者の声が『覇者』の歩みを止めさせた。

 子鹿のように震える膝を奮い立たせ、血反吐を吐き、全身から出血しながら、亡霊の如き男が『覇者』を睨みつける。

 立ち止まり、そんな半分死者の領域へと足を踏み入れている男に乾いた眼差しを向けるザルド。

 

「立ったところでどうするつもりだ。そんな体で俺を──」

 

 彼の言葉を『凄まじい一閃』が遮った。

 視界を右から左へと駆け抜ける銀光に、ザルドは体に染みついた反射的な動きで首を傾けた。

 だがそれでは完全回避たりえない。頬を殴りつけるような衝撃と共に、切先に捕まった兜が宙高く舞う。

 

「俺の兜を……っ!」

 

 あらわになった傷だらけの顔が屈辱に歪み、鋭い眼光をもってオッタルを睨む。

 ザルドが視界に納めていた時点でいかなる攻撃も不意打ちとはなりえない以上、先ほどの一撃は対処可能なものであった筈だ。

 それでも完全な対応ができず、兜を剥がれたとはつまり自身に届きうる『剛閃』であったということ。

 それを放ったのがグレイやステラなどの規格外であるなら、彼は当然のように受け止め、戦闘を続行したことだろう。

 だが、今回の相手はオッタルただ一人。彼がそれを放ってきた事実が、彼の攻撃を避けられなかった事実が、屈辱として『覇者』に降りかかる。

 肩で息をし、残された唯一の得物である大剣を振り抜いた格好のオッタルが、いまだに折れない戦意が滲む猛烈な眼光をザルドに向けていた。

 宙を舞った兜が落ち、激しい音を掻き鳴らす中、ザルドは口を開く。

 

「なんだ、今の動きは?いや、答えなくていい。この『空気(かおり)』……わかるぞ、獲物(おまえ)の『状態(あじ)』が」

 

 先程までの驚愕を呑み込み、ザルドは冷静にオッタルの変化を捉えていた。

 

怒っているな(・・・・・・)?俺が今まで目にしたことがないほどに」

 

 惨めなまでの震えの原因は、痛みでも恐怖ではなく、凄まじいまでの『憤怒』によるもの。

 折れかけた体を激情の炎が支え、剣を手放しそうな拳を怒りが握らせる。

 

「俺の動機が癪に障ったか?それとも『外道』と罵りたいのか?」

 

 ザルドの問いにオッタルは答えない。

 錆色の瞳で彼を睨み、憤怒に身を震わせている。

 その気に食わない視線に鼻を鳴らしながら、『覇者』は言葉を吐く。

 

「世を守らんがため、世を滅ぼそうとする俺を──」

 

「黙れ」

 

 その言葉をオッタルが握り潰した。

 

「なに……?」

 

「お前の『建前』など、どうでもいい……!」

 

「『建前』?何を言っている?」

 

「お前の御託に、投げかける言葉などないと、言っている!」

 

 軋みをあげる肉体が、オッタル自身に罵声を浴びせている。

 なんたる脆弱。

 なんたる惰弱。

 ザルドに投げかけられた言葉が彼の声色をそのままに、オッタルの頭の中に響く。

 自分を呪う呪詛の言葉を、純然たる怒りに昇華させ、唇を震わせる。

 

「もし、問うことがあるとすれば、それは──」

 

 オッタルの視線がザルドの鎧──その下へと向けられた。

 

「──その鎧の下、どこまで侵されている(・・・・・・・・・・)!?」

 

 オッタルのその問いかけに、ザルドの顔が驚愕に染まる。

 ザルドが【ゼウス・ファミリア】の団員として救界(マキア)を成し遂げるために挑んだ『三大冒険者依頼(クエスト)』の一角、陸の王者ベヒーモスの討伐戦。

 彼はそのトドメを確かなものとするべく、世界を侵す超毒を持つその肉を喰らい──『神饌恩寵(デウス・アムブロシア)』の効果で身体能力(ステータス)を向上させた経緯がある。

 結果、勝利と引き換えにその超毒に全身を侵されることとなり、一線を退いたというのがザルドという男の顛末だ。

 オッタル自身、その戦いを遠巻きから見ていた。ザルドが超毒に侵されていることも理解している。

 だが、その進行が想像よりも進んでいると察したのはつい数時間前。

 

『なあ、あいつから腐った肉みたいな臭いがしたんだが、なんか知ってるか?』

 

 この決戦が始まる前。ヘディンに何やら助言していたグレイが、そのまま睨みつける【フレイヤ・ファミリア】の一団を無視して突っ切り、自分に話しかけてきたことだ。

 ザルドが闇派閥(イヴィルス)に与したザルドと、誰よりも長く向き合った青年のその問いかけに、オッタルは細かくは答えなかった。だが理由は知っていると返せば、青年は納得して下がってくれた。

 グレイの獣人以上の嗅覚でようやく感じられる異臭。あの重装に包まれ、戦場の臭いに支配されていたあの決戦場でさえも感じ取れた、明確な異物。

 

「お前の『誓い』など、俺にはわからん。俺には、お前の剣が映し出す(・・・・・・)、お前の『意志』しかわからん!」

 

 オッタルに学はない。

 フィンのように切れる頭脳も、グレイのようにただ面と向かうだけで相手の状態が察せるほど五感もない。

 戦うことしかできない猪人(ボアズ)は、刃を重ねなければ相手の意志などわからない。

 戦いの中で剣が見せる輝きの中に、真実を見出すことしかできない。

 

「お前に敗北した、あの夜……俺は臆していた……!」

 

 六日前。ザルドの帰還と蹂躙にあったあの日、真実自分はザルドを前にして臆し、恐怖していたことを白状する。

 

「だからあの日、お前の意志がわからなかった!だが、今ならばわかる!」

 

 目が曇り、腐り、剣の光の中に彼の真実を見通せなかった自分に憤怒しながら、オッタルは告げる。

 

「お前は全霊をもって『壁』になろうとしている!お前はまた、俺達の踏み台になろうとしている!──八年前の英傑(マキシム)達のように!」

 

 グレイでは気づけない。気づきようのない真実に、オッタルはたどり着いていた。

 黒竜に敗れた【ゼウス・ファミリア】の団長、マキシム。

 目の前の『覇者』を差し置いて最強とまで呼ばれた英傑は、隻腕に成り果てた死に体の体で、自分達の前に立ちはだかった。

 自身の『踏み台』とするべく、自らの命を後進達に差し出したのだ。

 そしてザルドもまたそんな男の後に続くように、『踏み台』になろうとしている。

 彼の推察に、神塔(バベル)の天辺で勝利を待つ女神が瞳を細めた。

 オッタルの言葉を受けたザルドの返答は、

 

「…………ハッ」

 

 一笑だった。

 鼻で笑うように唇をあげた、不敵な笑み。

『覇者』はオッタルを徼然と見つめ返す。

 

「何を言い出すのかと思えば、くだらん戯言だ。……だが、もし、その言葉が正しいとして、何がお前を奮い立たせる?」

 

 笑みを浮かべ続ける男の問いかけに、オッタルの返答は一つ。

 

「『屈辱』だ!」

 

 烈火の怒号が勢いを増し、己の体を焼き尽くす。

 

「俺が浴びるのは屈辱と敗北の『泥』ばかり!身の程を弁えず壁に挑み、倒れては土の味を噛み締める!」

 

 都市最強の冒険者──【猛者】の軌跡は決して華やかなものではない。

 幾度となく敗北を繰り返し、屈辱の『泥』を浴び続け、それでもなお女神の栄光のために愚直なまでに進み続けた、戦うことしかできない男の不器用なまでの生き様だ。

 

「そして俺は弱いまま!こうしてお前を立ち塞がらせた!この身が憎い!」

 

 あの日、ザルドとまともに戦えたのはグレイだけだ。

 あの日、アレン達とステラと戦うことになった自分と、あのままザルドと戦い続けたグレイの立ち位置が逆であったなら、まだザルドの『失望』は少なく済んだかもしれない。

 何もできずにいた自分が憎い。グレイを殴り倒してでも止められなかった自分が、それをしようともしなかった自分が憎い。

 惰弱極まる己が、脆弱極まるこの肉体が、憎くて仕方がない。

 咆哮をあげる戦猪に、ザルドの唇が猛々しい笑みを宿す。

 

「俺はお前の『失望』以上に、俺の『無力』を呪う!!」

 

「それで?」

 

「だからこそ、俺の答えは変わらん!答えはただ一つ!!」

 

「それは?」

 

「──お前を倒す!!」

 

「──やってみせろっ、クソガキがぁ!!」

 

 オッタルの宣言に、ザルドは眦を裂いた。

 

「俺に一度も勝てなかった童!生涯敗け続けた挙句、あんなガキに護られてばかりの畜生め!ほざくなよ、粋がるな、抜かすんじゃねえ!!」

 

 オッタルの鏡映しのように、『覇者』もまた咆哮をあげる。

 

「これまでも、これからも、てめえが浴びるのは屈辱の泥だけだ!!」

 

「たとえそうだとしても!俺はその『泥』を『礎』に変える!!」

 

 オッタルは怯まない。

 女神への誓いと己への決意を胸に刻み、その言葉を吐き出す。

 

「『超克の礎』に、変えてのける!」

 

 それこそが【猛者】の『泥と礎』。

 敗北と屈辱を糧に、頂点に挑み続ける【猛者】の生き様。

 ザルドはその宣言にその意気やよしとばかりに大剣を振り鳴らす。

 

「そこまで言うなら吠えやがれ!てめえの弱者の咆哮を、聞かせてみせろ!!」

 

 そして目の前の『冒険者』に、受け継がれし大神の言葉をぶつける。

 

「『勝者は敗者の中にいる』と、証明してみせろぉ!!」

 

 戦意が膨れ上がる。

 筋骨が息を吹き返す。

 傷口から噴き出す鮮血を纏いながら、双眼を『獣の瞳』へと変貌させ、猛る者は雄叫びをあげた。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 

 戦い続ける者達の声が聞こえる。

 衝突する武器の激しい旋律が、不屈を【猛者】の戦歌が。

 

「轟音と衝撃が、また……!都市の真ん中から、響いてくる!」

 

「オッタルが立った!まだ勝負は決まっていない!」

 

 中央広場(セントラルパーク)から広がる剣の快音と衝撃に、フィンは拳を握りしめながら号令を出す。

 

「団旗をあげろ!各『砦』に再起を促せ!!」

 

 彼の指示に【ロキ・ファミリア】の団員が道化師(トリックスター)の旗を掲げた。

 その動きに合わせ、四箇所の『砦』も団旗を掲げ、冒険者達に奮起を促す。

 雄叫びが続く。冒険者達の鬨の声が、悪魔達の咆哮を押し返す。

 冷気を纏うフロストを炎の魔法と魔剣が撃ち払い、踊ろうとしたノーバディを剣の一閃が斬り伏せる。

 人類の意地を見せてやると、弱者達の咆哮を響かせる。

猛者(おうじゃ)】が再燃させた戦意の炎が、戦況を変えていく。劣勢を拮抗へと押し返していく。

 その底力に悪魔のみならず闇派閥(イヴィルス)さえも恐怖し、狼狽え、足並みが乱れる。

 

「冒険者どもがぁ……!」

 

「奴等の体力は底なしか!?」

 

 多くの幹部を失い、実質的な指揮官へと繰り上がった闇派閥(イヴィルス)の上位兵が、冒険者達の気迫に気圧される。

 指揮所代わりの商館の屋上

 ここにヴァレッタやオリヴァスがいれば、まだ余裕があったのだろう。だがその二人はグレイの手で討ち取られ、指揮系統は滅茶苦茶だ。

 だが、それでも彼らの悪意を間近で見続けた彼らは、冴えたやり方が頭によぎる。

 それは決闘への介入。モンスターを中央広場(セントラルパーク)に集め、結界を破壊。そのまま満身創痍の【猛者(おうじゃ)】を殺させる。

 ザルドも危険だが、あの『覇者』がその程度で死ぬわけがないというある種の信頼が、その作戦を立案させた。

 

「残りのモンスターを解放する!それを中央広場(セントラルパーク)に──」

 

 その指示を出そうとした瞬間、どこからか放たれた雷槍が商館諸共に彼らを吹き飛ばした。

 いいや、彼らだけではない。次々放たれる雷槍が各戦場の闇派閥(イヴィルス)指揮所を吹き飛ばしていく。

 

「……よし」

 

 オラリオもう一つの激戦区──円形闘技場(アンフィテアトルム)前。

【フレイヤ・ファミリア】を中心とした派閥連合を相手取るマルコシアスが、不意に声を漏らした。

 

「まもなく都市最強が決まるのだ。邪魔立ては赦さん」

 

 冒険者達の間に走るのは困惑だ。上空に展開した雷槍をこちらにではなく、都市の各所に向けて放ち始めた挙句、他の『砦』攻略の援護をしたわけでもないのに、なぜか満足げに笑う彼女が酷く不気味に見えたのだ。

 

「僕達は無視か!?」

 

「何が『よし』だ!すかしやがって!」

 

「無視すんな!」

 

「こっちを見ろ!」

 

「「「「そして、死ね!!!!」」」」

 

 だが、そんな困惑を投げ捨てたガリバー兄弟が四方から挑みかかれば、冒険者達もそれに続くように得物を構える手に力を込める。

 剣と尾を円を描くように振い、四方からの攻撃を同時に対応したマルコシアスは浮かべた笑みをそのままに告げる。

 

「英雄の都。なるほど確かにそう呼ばれるのも合点がいく」

 

「貴様の言葉になぞ聞く耳もたん!いい加減、我が贄となれ!」

 

 そして『人格改変魔法』を使い、より攻撃的な言動をし始めたヘグニの気迫の声と一閃を剣で受け止めながら、マルコシアスの舌は回り続ける。

 

「恐怖を知り、絶望を知り、失望を味わい、それでもなお立ち続ける弱者ども。いい、いいぞ人間ども!!」

 

 互いに十数の剣戟を繰り出し、大量の火花を散らしながらヘグニと斬り合うマルコシアス。

 だが本人すらも自覚できていないだろう、ほんの僅かに大振りになった一撃を見極め、その一瞬の遅れを指摘するようにヘグニの腹に拳を叩き込む。

 槍の如く放たれたその一撃は彼の腹を容易く貫き、宙を飛んだ彼の体から大量の鮮血が噴き出すが、戦場を覆う黄金が彼の傷を癒やし、『死』を否定する。

 交代で斬りかかるのはヘディンだ。この戦場においての指揮を預かっていた男は、もはや『好きな時に撃て』とだけ言い残して前衛へと参加していた。

 そうでもしなければ勝ちの目が一つもないと、この場にいる全ての者が理解していた。だから、誰にも止められない。

 再び咲き誇る大量の火花。ヘグニから好敵手(ライバル)認定され、不服ながら彼を好敵手(ライバル)と認めている白妖精の剣技は、さながら舞のように滑らかに一動作から次への繋ぎが澱みない。

 だが、それでもマルコシアスが上をいく。ヘディンの全身という全身に瞬く間に傷がつき、鮮血を吐き出す。

 賦活したガリバー兄弟、ヘグニが攻勢に参加し、マルコシアスに挑んでも結果は変わらない。

 マルコシアスの頬にほんの僅かに掠めただけの傷を刻めたかと思えば、彼女の一撃はより速く、より重くなっていき、冒険者達の肉体を破壊していく。

 黄金の光がその傷を癒やしても、回復を上回る速度で傷が増えていく。吐き出された鮮血が、戦場を彩っていく。

 

「化け物……っ」

 

 全力をもって癒やしている筈なのに、ただ一方的に傷つけられていく。

 冒険者達を癒やし続けるヘイズが、額に汗を滲ませながらそう吐き捨てる。

 都市最強派閥その幹部達を相手にしても、マルコシアスは赤子の手を捻るかごとく押し返し、優位を取れたと思えば次の瞬間には突き放される。

 加減されているのだ。そしてある程度の強さを示せれば、次の段階へと進む。そうやって、マルコシアスは彼らとの戦いを愉しみ、彼らの限界を推し量ろうとしている。

 その『屈辱』が、冒険者達の戦意に火をつける。

 

「こっちを見ろおおおおおおおお!!!」

 

 戦場に椿の叫びが木霊した。後衛で魔剣の砲撃部隊を率いていた筈の彼女が、いつの間にやら魔剣を抱えてマルコシアスの間合いギリギリの位置まで飛び出し、魔剣を振りかぶっていた。

 遠くから見ている冒険者達ですら怖気を感じるほどの魔力を前にして、マルコシアスは鼻で笑った。

【フレイヤ・ファミリア】幹部達を尾、両翼、剣、そして両拳でそれぞれを吹き飛ばした直後、椿手製の魔剣の砲撃が行われる。

 紅蓮の業火が解き放たれ、地面を焼き焦がしながらマルコシアスに迫るが、

 

「鬱陶しい」

 

 片手で業火を受け止め、軽く薙ぐだけで掻き消される。

 渾身のできの魔剣でさえ無力。椿がただ悔しさのままに歯を食い縛る中、左右から疾走するは『白黒の騎士』。

 

「【永伐せよ、不滅の雷将】!」

 

「【永久(とわ)に滅ぼせ、魔の剣威をもって】!」

 

 まさに零距離。マルコシアスを掴まんばかりに伸ばした手に宿るのは、絶殺の魔力。

 

「──【ヴァリアン・ヒルド】!!!」

 

「──【バーン・ダイン】!!!」

 

 超短文の詠唱を終え、放たれるのは白雷と紅炎による挟撃。

 互いが相手の魔法に焼かれ、吹き飛ばされる。それほどの精神力(マインド)をこめた二人の必殺は確かにマルコシアスを捉えた。

 直後、魔剣の掃射が行われ、爆煙に包まれる彼女を追撃する。砕けた魔剣が十を超え、二十を超え、百に迫らんとした頃、雷光が戦場を駆け抜けた。

 爆煙を切り裂き、魔剣を放っていた冒険者の数名を焦げた肉塊へと変える死の雷は、宣言通りにヘイズ達の元へは届かない。

 

「さっさと癒やせ。立ち上がらせろ。立ったのなら力を示してみせろ、冒険者ども!!」

 

 爆煙が晴れる。全身から自己修復による魔力の蒸気を吐き出しながら、マルコシアスはいまだに立ち続けていた。

 焼かれた肌が元の色とハリを取り戻す。溶け落ちた瞼が形を取り戻し、その下に守られていた瞳が冒険者達を睨む。

 オッタルの咆哮が聞こえる。他の戦場では冒険者達の叫びが聞こえる。なのに、この戦場で響くのは狼王の叫びばかりが響く。

 たった一人で『覇』を唱え続ける狼王を止められない。

 だが、それでも冒険者達は立ち上がる。オッタルだって立ったのだ、自分達も立たないでどうする。

『屈辱』の泥はもう浴びた。『敗北』の味は噛み締めた。ならば、次は勝つ番だろうが。

 

『──いい加減、倒れろ!!!』

 

「ハッ!倒してみせろ、弱者どもが!!!」

 

 冒険者達がそれぞれの言葉で、けれど同じ意味を持つ言葉を吐いた瞬間、マルコシアスは鼻を鳴らして剣を振り鳴らす。

 地上の戦況はいまだに拮抗。決着の気配なし。

 

 

 

 

 




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