ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Intermission10 猛り、喰らう者達

 迷宮都市(オラリオ)の各地から、冒険者達の雄叫びが響く。

 悪魔を退け、闇派閥(イヴィルス)を押し返し、モンスターを灰へと変え、血に塗れながらも内から湧き上がる戦意をそのまま声にして叫ぶ。

 全盛を過ぎた老兵も、いくつもの冒険を潜り抜けた玄人も、そんな彼らの背中を追いかける中堅も、いまだ芽吹いたばかりの新人も、関係ない。

 悪の咆哮に負けてなるものかと、気迫だけは負けてなるものかと、喉が裂かれんばかりの咆哮をもって絶望を押し返す。

 悪魔達は困惑した。何が彼らを駆り立てるのか理解できず。

 闇派閥(イヴィルス)は慄いた。ザルドとマルコシアスという二つの絶望を前にしても、いまだに折れない冒険者達の精神に。

 モンスターはたじろいだ。人間達が放つ圧力に。

 だが、それがどうしたと言わんばかりに黒騎士(アンジェロ)の一団が冒険者の隊列を崩壊させ、ヒューリーが隊列を組み直す暇を与えずに負傷した冒険者達にトドメを刺していく。

 黒の剛撃と紅の速攻。その二つを止める術はなく冒険者達の屍が積み重なり、数秒もしないうちに魂が抜けて空となった肉体に悪魔が宿り、立ち上がる。

 時間が経てば経つほど、敵の戦力が増えていく。大抗争から続く悪夢が、冒険者達に襲いかかる。

 だが、それでも、冒険者達は猛り、吼える。絶望を押し返す。

 

「魔法、魔剣、なんでも構わん!撃ち続けろ!」

 

【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)前。

 シャクティの号令で後衛に布陣する魔術師達の魔法と、下級冒険者達の魔剣が次々と放たれ、冒険者の陣を破壊した黒騎士(アンジェロ)を、ヒューリーを、悪魔達──かつての仲間達の亡骸を纏めて消し飛ばす。

 

「まだまだ!こんなもんじゃない!」

 

 奮闘するアーディがライアットを斬り殺し、返り血を浴びながらも次へと走る。

 護るための力を、護るために使う。群衆の主(ガネーシャ)の眷属の誇りを胸に、少女の剣戟は鋭さを増していく。

 いまだ幼さ残す少女の奮戦に、彼女よりも長く冒険者をしている先達たちも走り出す。

 

「うぉぉおおおおおおおお!!!」

 

 都市の衛兵達は奮起する。あの日救えなかった命を救うため、正邪の決戦を制するため、その命を燃やす。

 

「いぃぃィィィアッ!」

 

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)前。

 かの派閥の老兵、ノアールの一閃がモンスターの首を絶った。

 肩を揺らして息を乱し、額に滲む汗を拭いながら乾いた笑みをこぼす。

 この背に恩恵を刻まれて数十年。

 いつからかこの身に諦念を宿すようになったのは、いつだ。

 思い描いたように体が動かなくなったのは、いつだ。

 恩恵の力よりも、老いを感じるようになったのは、いつだ。

 そんな自問を飛びかかってきた骸ごと切り裂き、ノアールは笑った。

 まともに戦えるのは、あと五年──いいや、三年もやれればいい方だ。

 同期の女戦士(アマゾネス)バーラも、ドワーフのダインも、きっと似たようなものだ。

 そんな老いた冒険者達は、新たな英雄を見た。

 自分達では届かなかった英雄の座に腰を降ろしたのは、名も知らぬ少年だった。

 自分達の後輩でもなく、他派閥の好敵手(ライバル)達でさえもなく、ただ空から落ちてきただけの少年が、英雄としてこの都市を牽引し始めた。

 新たな時代が始まるのだ。いまオラリオは、その節目に立たされている。

 神でなくとも、それがわかるほどに常識というものは破壊され尽くした。

 若者達が、それでも未来が欲しいと世界の命運をかけてその命を投げ打っている。

 ならば、その新時代を生きるには老い過ぎた自分ができることは。

 

 ──この命、使い切ってやる……!

 

 老い先短いこの命でも、終わる瞬間まで刀を振り続ける。

 ノアールは細く、皺だらけの指に力を込めて、最後の大舞台で気炎を吐く。

 英雄の都が震える。冒険者達の叫びが、想いが、邪悪を祓わんと号砲をあげる。

 そんな声達に背中を押され、【猛者】もまた咆哮と共に渾身の一撃を『覇者』へと叩きつけた。

 竜を屠る一撃も、けれど『覇者』は小枝を払うかの如く手軽さでもって弾き返す。

 正真正銘、この男は化け物だといっそ笑いたくなる。

 だがそんなことをすれば、ただちにこの身は打ち砕かれ、喉笛を噛みちぎられるだろう。それほどまでの相手だ。

 死力などとうに出し尽くした。

 限界などとうに五つは超えた。

 それでもなお『覇者』の影を踏むことすらできない。

 惨めったらしく血の混ざった涎を垂らしながら、それでも猛猪はその背に手を届かせんと前へと進む。

 だがその踏み込みを甘いと戒めるように、『覇者』の凄まじい一撃が叩きつけられた。

 殺す気であっただろう。必殺でもあっただろう。だがオッタルはその一撃を真正面から受け止めた。

 

「っ……!!?」

 

 代償は大剣と両腕の骨。大剣には亀裂が走り、骨肉にもヒビが入り、断裂する。焼けるような激痛がその身の脆弱さを叩きつけてくる。

 技は使い果たした。

 駆け引きなど通じるはずもない。

 能力も全てが劣る。

 敗北の二文字がのしかかってくる。

 だが、それでも、意志だけが彼を倒れることを許さなかった。

 敗北の泥を浴び続け、女神の名声を落とし続けた己への瞋恚の炎が、戦意へと変わり剛撃となる。

 

「「────ッ!!」」

 

 凄まじい衝突音と衝撃。やはり押し負けるのは戦猪だった。

 無様に転がり、血の塊を吐き出す。

 なんたる惰弱。なんたる脆弱。『覇者』の言葉が脳裏を過ぎる。

 女神のために戦い、女神のための強さを求める。

 協力することもなく、共闘することもなく、常に一人で戦い続けていた。

 そこに後悔はない。誇りもない。ただそれしかできなかったのだから、やり続けただけだ。

 そうしなければ『頂点』には届かないと、自分の足りない頭でも結論を出せたからだ。

 だが、それすらも覆されたのがつい数日前。

 グレイという英雄が、ステラというもう一人の覇者が、マルコシアスという圧倒的なまでの強者が、この世界に新たな『頂点』を示してきた。

 この世界の冒険者達は抗う術を持たず、今までの歩みが全て無駄だったと突きつけられたようだった。

 英雄への賞賛は、グレイへと向けられた。

 女神に捧げたかった名声は、悪魔の少年へと捧げられた。

 そして彼は間違いなく世界を救うだろう。迷宮(ダンジョン)から迫る猛威を払い、その雷名を轟かせることだろう。

 女神にまた泥を浴びせるのか。

 英雄の都の『頂点』をあの少年に譲るのか。

 悪魔に頼らねば世界も救えぬ軟弱者だと、そんな侮辱を受け入れるのか。

 否、否だ。そんなこと、受け入れられるわけがない。

 女神の栄光のため。自分の望みのため。そして、今この瞬間に命を賭している冒険者たちのため。

 

 

 ──ここは英雄の都だ(・・・・・・・・)

 

 

 グレイにだけいい顔をさせるなと、お前が『英雄』になれと誰かが言った。

 人類の意地を見せろと、人類の『英雄』を見せつけろと、天に還る魂が願いを託した。

 顔も、名も知らない誰かの願いに、震える体が轟いた。

『英雄』の称号に興味はなかった。そのはずなのに。

 それでもこの体は進み続ける。動き続ける。

 なにが自分を突き動かすのかもわからない。それでもいい。

 目の前の最強に挑めるのだ。それだけで構わない。

 挑んだのなら、あとは越えるのみ。

 

「──【銀月(ぎん)の慈悲、黄金の原野、この身は戦の猛猪(おう)を拝命せし!】!」

 

 そして、唱える。己に赦されたたった一つの詠唱を。

 

「【駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】!」

 

 構える。己が放たれる最強の一撃を。

 

「【ヒルディス・ヴィーニ】!!」

 

 生まれるのは黄金の光輝。

 最後の武器、最後の大剣に光が宿り、金色の光剣と化す。

 それは威力を高めるだけの単純な魔法。

 下手をすればグレイ達悪魔が普段からしているそれを、この世界の法則(ルール)から『魔法』と呼ぶだけの一撃。

 だがそれを【猛者】の膂力と魔力から放てば、絶大無比な王猪の一撃となる。

 

「──【父神(ちち)よ、許せ。神々の晩餐をも平らげることを】!」

 

 対する『覇者』もまた詠唱を叫ぶ。

 見開いた瞳に戦意を漲らせ、目の前の男を排除すべき障害として見据える。

 

「【貪れ、炎獄の舌。喰らえ、灼熱の牙】!──【レーア・アムブロシア】!!」

 

 顕現するは極大の焔。黄金の一撃を真正面から迎え撃つべく、災禍の炎を纏う。

 そして、ダメ押しだと言わんばかりに紫紺の魔力が揺らめいた。

 

「『デビルトリガー』……ッ!」

 

 ザルドの呟きと共に、ドクンと音を立てて彼の獲物──黒塊と見紛う大剣が脈動した。

 焔の奥で何かが蠢き、焔が暗く黒く──呪いを濃縮したような禍々しい黒へと染まっていく。

 だが、それも一瞬のこと。ザルドの背から放たれた雷霆が両腕を伝って大剣へと絡みつき呪いを浄化。

 次の瞬間、紅蓮の炎と雷霆を纏う『覇者』の一撃が顕現する。

 一度はグレイを仕留めた『覇者』の必殺。いや、それを越える『英雄』の一撃を前にしてもオッタルは怯まない。逃げ出さない。

 目を逸らさず、ただ己の必殺を打ち込む瞬間にのみ集中する。

 外套(マント)の如く揺れるぼろ布同然の精霊の布が目の前の雷霆を前にして震え、精霊の魔力が溢れ出し、オッタルを護るように包み込む。

 だがそれすらも気づかぬ程に、オッタルは次の瞬間に没頭していた。

 ザルドはそれに気づいていた。だが自分もまた悪魔の力(デビルトリガー)に頼っているのだ、精霊の加護に頼ることは笑えない。

 英雄を護るにはあまりにも弱々しいその煌めきは、けれど確かにオッタルの背を押した。

 決戦の一撃。始まってしまえば、終わるまでは一瞬だ。

 巨躯と巨躯が同時に走り出し、黄金と炎雷が尾を引き、英雄達は己が必殺を振りかぶる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 戦猪が咆哮をあげ、必殺を繰り出した。

 覇者は黙したまま、けれど獰猛なまでの笑みを浮かべながら迎え撃つ。

 黄金と炎雷が激突する。その瞬間、凄まじい閃光と衝撃、轟音が都市全体を脅かした。

 冒険者、闇派閥(イヴィルス)、民衆、モンスター、そして悪魔。都市にいる全てのものがその衝撃波に耐えねばならなかった。

 炎雷が爆ぜ、光の飛沫が散る。

 中央広場(セントラルパーク)を囲む結界と氷壁が破壊され、その破片が都市中に降り注ぐ。

 それらを浴びながら、都市にいる全ての者の視線が中央広場(セントラルパーク)へと向けられた。

 

「剣撃の音が消えた……」

 

「障壁も、結界も、一瞬で……」

 

 冒険者も闇派閥(イヴィルス)も耳を澄ませ、悪魔やモンスターも侵攻を止めた。

 ザルドの炎雷とオッタルの黄金。二つの魔力に染められた中央広場(セントラルパーク)はさながら地獄の様相ではあったが、不意に異変が起こった。

 渦巻く炎の向こう。黒煙の向こうで誰かの眼光が浮かび上がる。

 勝者は誰だ。

 勝ったのはどっちだ。

 

「炎と煙が晴れて……」

 

「勝者誰かが、歩み出てくる……っ」

 

 中央広場(セントラルパーク)に瞳が奪われる。

 そして、勝者が姿を見せた。

 傷つき、血まみれで、死にかけの猪が、けれどに確かに二本の足で立っていた。

 その姿に、冒険者は雄叫びをあげた。

 ある者は涙を流し、ある者はかの者の名を叫び、雄叫びをあげる。

 都市中から声があがる。老若男女、神々でさえも喉が裂けんばかりの歓声をあげた。

 闇派閥(イヴィルス)は最強の敗北を受け入れられずに困惑を強め、悪魔達もまた冒険者達の魂が燃えるほどに湧き立っているすべての姿に狼狽える。

 千年、最強に君臨し続けた【ゼウス・ファミリア】をついに破ったのだ。

 都市中の熱狂は止まることを知らず、民衆達もオッタルの勝利に肌を粟立たせる。

 熱狂は止まらない。大地を震わせ、巨塔を揺らすほどの声量が、都市に轟く。

 勝者の名が叫ばれる。冒険者達の士気が爆発する。彼に続けと言わんばかりに、攻勢を強めていく。

 周囲から聞こえる自身を称える声に、オッタルは無言を貫いた。

 全身に襲いかかる激痛に大剣の残骸を取りこぼし、音に釣られて視線を下に負ければ、精霊の布の残骸が目についた。

 グレイの仮説は、やはり正しかった。

『悪魔は精霊、神と相性が悪い』。

 数日前からその仮説を打ち立てていた彼は、自身の覚醒とザルドの情報を受け取ると共にあの雷霆が純粋な『デビルトリガー』ではないとほぼ断定した。

 あの雷霆は、引きずり出された悪魔の力とそしてそれを封じようとする神血(イコル)の作用だと推察し、ヘルメスも巻き込んだ議論の末、あの力を受け止めるには神に近しい力──精霊の力が必要だと判断。

 自身の装備に精霊由来の装備を使わずに、その余剰分をオッタルに使わせたのだ。

 事実、精霊の布はザルドの雷霆を相殺してくれた。代償に全損したが、おかげで【レーア・アムブロシア】と──悪魔に頼らぬ『覇者』の一撃と勝負ができた。

 

「…………」

 

 オッタルは自身の腕に絡みつく異質な感触を──おそらく残留する精霊の魔力を払うと、ピクリと耳を揺らした。

 何かが迫る足音が聞こえてきた。冒険者達の気炎に押されたモンスター達が、ならば手負いの獣を喰らわんと迫ってきたのだ。

 立っているのが奇跡と言っていい状態に加え、武器もない。

 拳があるが、もう握るのが精一杯だ。もう振り回す余裕はない。

 だが、やるしかないかと構えようとした瞬間、コツコツと(ヒール)の音が響いた。

 

「耐えなさい、オッタル。膝をつくことは許さないわ」

 

「……フレイヤ様!」

 

 美しい銀髪を揺らしながら、美の女神が姿を見せた。

 白亜の巨塔の頂で全てを俯瞰していたはずの女神の登場に、オッタルは瞠目する。

 確かにモンスターが迫るこの場に来られるのは、それこそダンジョンから上がってくるか、バベルから降りてくる他にない。

 女神は最強となった己の眷属を見上げた。

 

「貴方は勝った。本当の『王者』になった」

 

「どれだけ傷ついて、力を失っていたとしても、立ち続けさない。その栄光を都市に見せつけなさい」

 

「はッ」

 

 勝者としての義務を課す主神に、オッタルは是非もなく応じた。

 痛苦に歪んでいた顔など消え、その巌のような肉体で仁王立つ。

 フレイヤはその背に回り、装備が脱落してむき出しとなった彼の背に神血(イコル)を与えた。

 

「【ステイタス】を更新するわ。貴方は終わるまで、敵を睥睨していればいい」

 

 女神はそう言いながら【ステイタス】の更新を始め、夥しい量の神聖文字(ヒエログリフ)が走り、やがて『昇華』の輝きを放つ。

 

「成し遂げた『偉業』はここに刻んだ。あとは──」

 

 淡々と紡がれる女神の言葉を、オッタルの眼前に突き立った黒塊が遮った。

「む……」とオッタルが唸り、「あら」と女神が僅かな驚きをあらわにした。

 それは先程まで『覇者』の手に握られていた得物だった。あれだけの激闘を経てなお、欠けも歪みもなく、鏡のように磨き上げられた漆黒の刀身が新たな『英雄』の姿を映す。

 

 ──使え。

 

 頭の中に直接語りかけるように、オッタルにだけその言葉が届いた。

 己の主を超えた男を次の担い手と認めたのか、あるいはこの男がどこまでいけるのか興味があるのか、理由は定かではない。

 オッタルは黒塊の柄を握り、持ち上げる。

『昇華』を経てなお重量を感じる黒塊を構え、短く息を吐く。

 

「──薙ぎ払いなさい。こちらに押し寄る醜い怪物達を。見せつけなさい。世界を侵す害虫達に」

 

「御意」

 

 神意を受け、大木の如き腰を捻り、肩の筋肉を肥大させながら大剣を背に溜める。

 自らと女神を軸にした回転斬りの構え。

 モンスター達が迫る。手負いの猪とその背後の女神を葬らんとむき出しの殺意が迫る。

 それに対し、オッタルはただ振り抜いた。ただその剛撃を一閃した。

 

 直後──旋壊。

 

 中央広場(セントラルパーク)に足を踏み入れたモンスターが、断末魔もなく斬断される。

 怪物達は次々に粉砕され、魔石を砕かれたものから灰へと還っていく。

 たったの一撃。放たれた剛撃がモンスターを殲滅した。

 その一撃に冒険者達は瞠目し、そして確信する。

 

「あの圧倒的な力……!」

 

「【猛者】がLV.7に……!!」

 

 次元の違う一撃。それが放てるのは新たな階位(レベル)に至った証拠に他ならない。

 Lv.7。かつての最強達(ゼウス、ヘラ・ファミリア)だけがたどり着いた領域に、遂に【猛者】がたどり着いたのだ。

 たった一つの階位(レベル)の差。だがその一つの違いが、戦猪を闇派閥(イヴィルス)を威圧する王猪へと変える。

 

「残存する闇派閥(イヴィルス)及びモンスター、悪魔を掃討する!」

 

 すかさず下されるフィンの号令。

 今こそ反撃の時だと言わんばかりに高々と槍を掲げる。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 

 冒険者達もその声に応え、雄たけびを上げるが──。

 

 

 ──黙れ。

 

 

 天を突く雷柱が、円形闘技場(アンフィテアトルム)の方向から立ち登った。

 冒険者達の雄叫びを掻き消す轟音が鳴り響き、ついでに悲鳴の嵐が巻き起こる。

 もう一人の『覇者』──マルコシアス。【フレイヤ・ファミリア】を中心とした連合軍を単身迎え撃つ大悪魔。

 彼女の周辺は、まさに死屍累々の様相となっていた。

 千切れとんだ誰かの手足が転がり、溶けた誰かの亡骸が瘴気を放ち、炭となった遺体から煙が立ち昇る。

 まさに『死』だけが、その場にあった。

 戦場を包む黄金の加護(ゼオ・グルヴェイグ)は消えていない。だが、それでも治癒するよりも速く殺されてしまえば回復どころではない。

 ヘイズは苦虫を噛み潰したような表情になりながら、それでも治療のために精神力(マインド)を注ぎ込む。

 少しでも精神力(マインド)を出し惜しめば誰かが死ぬ。その当然の帰結は、彼女に加減の二文字を捨てさせる。

 常に精神力(マインド)全開。なんの比喩でもなく魂をすり減らしながら、それでも彼女は『死』を押し返す。

 そんな彼女の献身に、冒険者達は立ち上がる。満身創痍だった彼らの傷が癒え、耐えぬ戦意がマルコシアスへと注がれる。

 白妖精(ヘディン)は血で染まった金髪を鬱陶しそうにかき上げ、黒妖精(ヘグニ)が血の塊を吐き出しながらも剣を構え、小人達(ガリバー兄弟)が千切れた手足を互いに投げ合って持ち主に渡し、ヘイズの魔法で接合させていく。

 他の冒険者達も似たようなものだ。ある者はそれでも回復しない手足を庇いながら、ある者は立ち上がれずに屍となった同僚の武器を借り、立ち上がる。

 それでも、確実に数は減っていく。

 援護や包囲を担当する他のファミリアはまだいいが、【フレイヤ・ファミリア】の被害が最たるものだ。

 若者達を護るように前に出続けた老兵達が真っ先に死に、経験不足の新参も死んでいき、今立っているのは幹部達と中堅ところの構成員ばかり。

 だが、マルコシアスを相手にここまで粘れた時点で健闘を讃えられるべきなのだ。並の冒険者であったのなら、既に全滅している。

 

「さて。立ったな」

 

 立ち上がり、構える彼らにマルコシアスは笑みを浮かべる。

 敗北を知り、限界を知り、それでも立ち上がり続ける冒険者達の無様な姿を賞賛する。

 逃げることもできただろう。さっさと諦めて死ぬこともできただろう。

 だが彼らはそれをせず、挑み続けることを選んだ。いいや、選び続けている。

 

「貴様らの団長は人の可能性を示した。次は貴様らの番だな」

 

 マルコシアスは首を鳴らし、獰猛な笑みを浮かべながら【フレイヤ・ファミリア】を煽る。

 対する冒険者達もまた戦意を漲らせ、大悪魔へと挑む。

 ヘディンの雷槍を火の粉のように容易く払い、ヘグニの呪剣の一閃を呪詛(カース)ごと弾き返し、ガリバー兄弟の連携を剣と尾の一撃でねじ伏せる。

 その動きはいっそ舞踏のように軽やかで、けれど致命的で、何より死角がない。

 六人の雄叫びと剣撃の音が加速し、マルコシアスの剣技も加速していく。

 雷槍が疾走し、紅炎が炸裂し、四つの小さな影が武器を振り鳴らす。

 全てが必殺。都市最強派閥(フレイヤ・ファミリア)幹部陣営が誇る怪物殺しの技を、マルコシアスは片手間のように往なしていく。

 虚空に生まれた雷が雷槍を迎撃し、手のひらから生まれた業火が紅炎を相殺し、四兄弟の連携を円を描く大剣の一閃が全てを叩き伏せる。

 何度も繰り返されたその光景に、けれどマルコシアスは目を細める。

 馬鹿の一つ覚えのように繰り返される攻防だ。

 確かに技は冴えてきている。詠唱も加速し、僅かな間隙をついての行使も増えてきている。

 だが流石に猪突猛進がすぎるとも、違和感を覚える。

 

(──何を狙っている)

 

 胸中に湧いた疑問。ヘグニの一閃を弾き、腹部に拳を叩き込む。

 拳に感じる肉を貫いた感触をいつものことと流し、勢いのままに拳を振り向いた。

 

「ごぼッ……!」

 

 ヘグニが血の塊を吐き出しながら吹き飛び、入れ替わりにガイバー兄弟と【フレイヤ・ファミリア】の冒険者達が飛び出す。

 いつも通りの連携にその他を加えた混成。だが目を凝らしてもアルフリッグがいない。

 連携ミス?いいや、彼らに限ってそれはない。

 マルコシアスが疑問符を浮かべたその瞬間に、三兄弟の連携がマルコシアスに襲い掛かる。

 大槌、大斧、大剣の連撃(ラッシュ)がくるが、やはり長兄を抜かした連携には穴が多い。その穴を他の冒険者が補おうとするが、やはり穴だらけだ。

 小人族故に小柄な三人を隠すためなのかもしれないが、むしろ邪魔だろうに。

 マルコシアスは内心で嘆息するが、それでも冒険者達は異常なまでの執念でもって喰らいつく。

 斬られようが、殴られようが、蹴られようが、手足が千切れようが、黄金の加護(ゼオ・グルヴェイグ)の回復に任せて攻め立てる。

 

「自暴自棄にでもなったか。阿呆共が……!」

 

 そんな後先考えずに攻めてくる冒険者達を鬱陶しそうに纏めて斬り裂き、ぼとぼとと音を立てて降り注ぐ誰かの四肢の欠片を浴びながら、後方に控えていたヘディンを睨みつける。

 

「【ヴァリアン・ヒルド】!!!」

 

 その瞬間に放たれる雷の砲撃。

 もう何度見たのかもわからない砲撃を、マルコシアスは片手で受け止める。

 雷の飛沫が飛び散り、掠めた頬に一筋の火傷が刻まれるが彼女は気にも止めない。

 そのまま雷の砲撃を握り潰さんと力を入れた彼女が「この程度か!」と冒険者達を煽った瞬間、僅かな呪詛(カース)の気配に振り向いた。

 そこにいたのは半身になって何かを構えるアルフリッグ。

 何を構えているのか、アルフリッグ自身で隠されているため見えないが、恐らく突きの構え。ほのかに感じる呪詛(カース)の気配からヘグニの呪剣であると断定。

 ヘグニの得物であるはずのその呪剣は『体力と引き換えに斬撃範囲を拡大する』前衛殺し。

 アルフリッグは一切の加減なく、体力のありったけを込めて刺突を放つ。

 過剰なまでの前衛投入による意識の分散。ヘディンの魔法による視線の誘導、及び拘束。

 無防備な背中に放たれる呪剣の刺突。

 不可視で高速。真空の刃が迫り、

 

「ちッ」

 

 マルコシアスは舌打ちと共に身をよじり、心臓を貫き、必殺の軌道だったそれを回避。

 代償に右上腕を貫かれ、右腕が千切れ跳ぶ。剣を握ったまま宙を舞った右腕に一瞬視線を向け、獰猛な笑みを浮かべた。

 アルフリッグは砕けた兜の下で笑みを浮かべ、その瞬間マルコシアスは左手に握る【ヴァリアン・ヒルド】に魔力を込めて強化しつつ、彼に向けて投げつけた。

 

「「「アルフリッグ!?」」」

 

 弟達が兄の名を叫ぶが、彼に動けるだけの余力はない。

 もとより危険は承知。むしろ耐えられたら確実に死ぬ作戦だ、仕留められなかった自分が悪い。

 一切弟達には視線を向けずにマルコシアスを睨む彼が何を思うのか、弟達にはわかった。

 

 ──あとは任せた。

 

 雷砲が迫り、視界が漂白されていく。

 あいつらなら三人でも大丈夫だろと弟達の行く末を欠片も心配せず、申し訳ありませんと、女神への泥を雪げずに逝くことへの謝罪を胸中で呟くアルフリッグ。

 雷砲が小さな戦士を吞み込もうとした。その瞬間、

 

「こんのぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 

「ッ!?」

 

 横合いから飛び込んできた人影が、アルフリッグを攫って行った。

 雷砲は何者も捉えずに炸裂し、大爆発が都市を揺るがす。

 

「もう無理!走れないですよ!」

 

 ぜえはあと肩を大きく揺らして悪態を吐いているのは女性だった。

「誰だ!?」と問いかけるアルフリッグだったが、その問いをしたいのはマルコシアスもまた同じだ。

 その瞬間、掲げられた『月と弓矢』のエンブレムがその場の全ての者の視線を釘付けにした。

 

「あのエンブレムって、まさか……!」

 

「【アルテミス・ファミリア】!?」

 

 驚倒する冒険者達の前に、弓を携えた狩猟の女神が姿を見せる。

 蒼い長髪を結わえた美しい女神とその眷属達の登場に、冒険者達の中にどよめきが広がっていく。

 大陸中を旅しながらモンスターを狩って回る狩猟の旅団が、まさかこの時機(タイミング)できてくれるなど、誰が予想できよう。

 マルコシアスもまた同じ。突然の乱入者に目を見開く彼女だが、その背後に向けて飛び出す人影が一つ。

 冷静に尾での迎撃を選ぶが、その人影は──回復を済ませたヘグニは身をよじり、肩を掠めさせながら回避。

 マルコシアスは乱入者から視線を外し、血管が浮かぶほどの力で握られた拳をヘグニに向けて放とうとするが、

 

「──射て!」

 

 女神の声による合図とともに放たれた複数の矢のうちの一本が──女神が放った『神憑った』一矢が右腕の断面を正確に射抜き、その激痛にほんの僅かに拳を放つのが遅れる。

 放たれた拳は空を切り、ヘグニは彼女の懐に飛び込み、鳩尾に紅い魔法石が輝く短杖(ワンド)を突き立てる。

 

「【バーン・ダイン】!!!」

 

 その瞬間、『魔導』の発展アビリティと魔法石による相乗効果でさらに威力を増した紅の爆炎がマルコシアスに叩き込まれた。

 盛大な炸裂音と共に、焼き剝がされた彼女の肉片が周囲にぶち撒けられる。

 

「今しかあるまい!全部撃てぇぇえええええええええ!!!!!」

 

 椿が血を吐きながら叫んだ声に、冒険者達が一斉に応じた。

 予備を含めた魔剣、魔法。数十ではきかないその全てがたった一体の悪魔へと放たれる。

 炎、氷、風、土、光、闇。様々な属性の弾幕がマルコシアスを襲い続ける。

 魔剣が砕ける。魔導士達が精神枯渇(マインドダウン)していく。

 そして最後の魔剣が砕け、弾幕が終わった瞬間。戦場に静寂が訪れた。

 

「か、勝ったのか……?」

 

「死んだ、よな……っ」

 

 弾幕による凄まじい量の爆煙がマルコシアスの周囲を覆い、暴力的なまでの魔力も感じない。

 冒険者達が勝利を願う中、アルフリッグを救出した女性──【アルテミス・ファミリア】団長のレトゥーサが、瓦礫の山の上で弓を構える主神(・・)を見上げた。

 

「ア、アルテミス様……?」

 

「まだだ」

 

 女神はその美貌を歪め、苦虫を嚙み潰したような表情になりながらそう断じた。

 次の瞬間、天へと登る雷が爆煙を切り裂き、マルコシアスが姿を現した。

 鎧を全損させ裸になっているが、そこに煽情的な魅力はない。

 胸を抉られ、頬を脱落させ、左目も眼球が蒸発した。左腕も皮と肉のみで繋いでいるだけの満身創痍。

 全身という全身から出血し、目も虚ろにさせる彼女だが、それでも笑みを浮かべた。

 強い。まったくもって強い。自分がここまで追い詰められるとは。自分が死に瀕するとは。

 ああ、まったくもって──。

 

「──面白い……!!!」

 

 マルコシアスは興奮のままに魔力を全開にし、全身の傷の修復を開始。

 抉られた胸が、脱落した頬が、繋がっているだけの左腕が、時間を巻き戻すように癒えていく。

 残りの魔力との兼ね合いと彼らへの賛辞を込めて、傷跡と失せた右腕と右の眼球もそのまま。

 そうして魔力を節約しても治しきれず、身体のあちこちから流血しているが構うものか。

 

「さあ、殺るぞ!次は何だ、剣か魔法か!?呪詛(カース)でも構わんぞ!!!」

 

 孤狼は吼える。己を殺せるかもしれない人間達の存在に歓喜するように。

 孤狼は笑う。無様を晒しながらも立ち続ける戦士達を称賛するように。

 

「どうした美の女神が見ているぞ!狩猟の女神が傍らにいるぞ!何を怯える必要がある!貴様らが冒険者だというのなら、英雄たらんとするのなら、この私を殺してみろ!!!」

 

 血を吐き、見開かれた左目から血涙が溢れ出す。それでも悪魔は笑う。

 冒険者達に発破をかけ、英雄の証明を求める。

 

「何がお前をそこまでさせる。何がお前をそこまで駆り立てる!」

 

 悪魔という未知を前に、アルテミスは問いかけた。

 逃げてもいいだろう。むしろ逃げればいいだろう状況にも関わらず、自壊の道を選びながら冒険者達の壁たらんとする『覇者』を前にして、狩猟の女神は思わず言葉を吐き出してしまっていた。

 その問いかけにマルコシアスは笑みを止め、冒険者達を見渡し、そして地面を──その下で戦っているだろう少女を見つめた。

 

「──あの()を独りにしないためだ」

 

 ただ穏やかに、そして隠しようのない愛情が込めれた言葉に女神が、冒険者達が瞠目する。

 悪魔とは無慈悲な侵略者にして殺戮者。事実マルコシアスはそのような存在であり、彼女自身も自分はそうであると頷くことだろう。

 だが、今の彼女の言葉は、そこに込められた想いは、まるで──。

 冒険者達が、女神が沈黙する中、マルコシアスは微笑み、牙を剥き出しにする。

 だが同時に誰よりも強く、そして孤独だった彼女を負かし、戦力として、従者として連れ回した少女との日々だけが、孤独な狼(マルコシアス)を縛る(きずな)だった。

 彼女が地獄に行くのなら着いていってやろう。

 彼女が修羅となるのならその隣にいてやろう。

 だってそうだろう。孤独というのは──。

 

「感傷に浸りすぎたな」

 

 ゴキゴキと指の骨を鳴らし、手から肘にかけてを獣化させていく。

 硬質な毛皮に覆われ、爪が鋭く尖る。残された左眼の瞳孔が牙の如く歪む。

 

「『デビルトリガー』……ッ!!」

 

 魔力が解放される。

 大気が震え、解放された魔力が物理的な圧力となって周囲のものを吹き飛ばす。

 

「殺るぞ、冒険者共。そして女神よ」

 

 先程までの興奮を鎮め、ただ静かな威風をもって敵対者を睨みつける。

 魔力も枯れかけ、血も流れ続けている。

 だがマルコシアスは退かない。少女(ステラ)との再会のため、あるいは人類の超克のため。

 孤独な狼は、凄まじい踏み込みと共に全ての者の動体視力を引きちぎった。

 

 

 

 

 

 地上での戦いが終わりへと向かう中、迷宮(ダンジョン)もまた一つの区切りを迎えていた。

 ヴァニタス、及び『大最悪(モンスター)』の撃破。これだけでも大金星ではあるが、まだやることがある。

 

「エレボスがどこかにいるわ。早く捕まえないと」

 

 アリーゼが額の汗を拭いながらそう言うが、冒険者達の消耗具合は最悪。

 まともに立っていられず、その場に座り込む者や自身の武器を杖代わりにして辛うじて立っていられる者ばかり。グレイからの補助(バフ)もあり、限界のさらに限界を超えたアイズに至っては大の字になって倒れている。

 

「俺はステラを見つけねえと……」

 

 それはグレイも同じこと。魔力を出し尽くした彼は両膝に手をつき、荒れた呼吸を繰り返していた。

ああ、クソ(Fuck)……!」と悪態を吐くグレイだが、不意にこちらに近づいてくる魔力を感じて顔を上げた。

 その瞬間、何かの降着音と共に灰が舞い上がり視界が塞がれ、同時に「きゃ!」「うわ!?」と男女の悲鳴が彼らの耳に届いた。

 弾かれるように冒険者達とグレイの視線がそちらに向き、ふらつきながらも得物を構える。

 煙が晴れるとそこには不定形ながらも蟻塚のように変形したファントムγに下半身と両腕を取り込まれて拘束されるアストレアとヘルメスの姿があった。

 

「アストレア様……!」

 

「あいつ……!」

 

 それに気づいてしまえば【アストレア・ファミリア】の少女達の戦意が膨らんでいく。

 

「すまない、アストレアの眷属達!約束を違えてしまった……!」

 

 そんな少女達にヘルメスは謝罪の言葉を投げるが、果たして彼女らに届いているのだろうか。

 そしてその戦意と視線を吸い込むように、ファントムγの影から少女が姿を見せる。

 

「では、続きを……しましょうか。兄、様……ッ」

 

 灰煙が止み、視界が確保されると共に、今にも消えてしまいそうなステラの声が彼らに告げられる。

 同時に、彼らは一様に目を見開いた。

 失われた左腕と左の眼球。体の各所の皮が剝がれ、肉は抉れ、骨が溶け、絶えず血が流れている。

 命の刻限が迫っているのだろう。それでも、残された右瞳には戦意が滾っていた。

 何が致命傷なのか。なぜ立っていられるのか。疑問は尽きないが、わかりきっていることが一つ。

 

 ──グレイが負けようがない。

 

 彼も消耗こそしているが五体満足。少し休めば魔力も回復し、速やかにステラを制圧することだろう。

 あまりにも痛々しい。いいや、死にかけと言っていい状態の少女を前にして、冒険者達の戦意が行き場をなくしてしまう。

 

「……そのような状態になっては碌に戦えまい。借りを返していないのは癪だが、斬る気にもなれん」

 

【アストレア・ファミリア】の中でステラとある意味で一番の因縁を持つ輝夜が、真っ先に得物を納めた。

 死体同然の相手を斬れるほど彼女も落ちぶれてはいないということか、あるいは最後に兄と話せる時間を作ろうという心遣いか。

 

「ステラ……投降して。貴方のしたことは赦されないことだけど、貴方がしようとしたことは何となくわかるから……」

 

 アリーゼも武器を納めながら訴えた。

 もう長くはない。不死身に近い悪魔であろうと、魔力の切れた今では自己修復もままならないだろう。

 今のステラは、自分達よりも幼い少女でしかない。

 

「貴方もヴァニタスを殺そうと思っていたんじゃない?使えるものは何でも使って……そこにはグレイも含まれているんでしょ?」

 

 アリーゼがどこか確信があるような口ぶりでそう告げると、ステラは「考え、すぎです……よ……」と苦笑した。

 その笑みが、全ての答えのような気がした。

 

「……ッ。ステラ、降伏してください。剣ではなく言葉で、グレイと……!」

 

 リオンが切実に訴える。終わりへと向かう少女が、最期に『覇者』としてではなく『少女』としての終わりが迎えられるよう願うように。

 その言葉にステラはグレイへと目を向けた。

 地上に戻れば『英雄』となり、『神工の英雄』誕生までの中継ぎをさせられる『異端の英雄』の姿を、その目に焼き付けた。

 

「『大最悪(モンスター)』も討った!ヴァニタスも死んだ!もう戦う理由は──」

 

「ありますよ」

 

 リオンの説得を遮り、グレイに向けて手を伸ばす。

 その瞬間、彼の腰に下がっていた刀が独りでに鞘から抜け、勢い良くくるりと回転。グレイの首元を深々と切りつけた。

 

「ッ!?」

 

 ごぼりと血を吐き、首から噴水のごとく血を噴き出しながら片膝をつくグレイ。だが既に回復していた魔力により修復が始まり、首から蒸気が立ち昇る。だが、しばらくは動けまい。本来なら──いいや数分前の彼であれば致命傷だっただろう傷だ。

 役目を終えた刀はそのまま飛翔し、彼女の手元へと直行。

 飛んできた刀を体勢を崩しながらも受け止め、切っ先を冒険者達に向ける。

 

「私には、まだ……やるべきことが、ある……っ」

 

 血を吐き、血の涙を流し、今にも刀を取りこぼしそうになりながら『覇者』は戦意を漲らせる。

 解放される圧力。大気が震え、衝撃が冒険者達の骨を軋ませる。

 

「ステラ、貴方はどうして……っ」

 

 睨みつけてくるステラにリオンが苦渋の声を漏らす。

 破滅へと突き進む少女の真意がわからない。世界を道連れにする覚悟でヴァニタスを殺そうとしたのは百歩、いいや万歩譲ってわかるとしても、なぜそれが終わっても戦おうとするのか。

 

「──『世界は英雄を欲している』」

 

 不意にステラは、ヘルメスがグレイに投げかけたものと同じ言葉を口にした。

 終末が迫るこの世界は、文字通り終末を押し返す『英雄』が求められている。

 グレイは『英雄』になるだろうが、まだ足りない。

『英雄』が一人である理由はない。

『英雄』は孤高であっても孤独であっていい理由はない。

『英雄』とは、剣を取ったものでもなく、盾を掲げたものでもなく、成し遂げる者のことを言うのだ。なら、何者でもなれるはずだ。

 

「私は『英雄』を見たい。この世界で産まれ、育ち、生きてきた者達から生まれる『英雄』が……」

 

 そう『英雄』が必要だ。

 この世界を救い、希望となる誰かが必要だ。

 だからこそ、悪魔という絶望を払う『英雄』が欲している。

 かつての『英雄』は今の候補達に期待もしていた。

『過去』を踏み越え、『未来』を勝ち取る『英雄』がいると断言していた。

 だからこそ自分も期待している。『未来』を掴めるのは、やはり『未来』を見ている者に限られる。

 

「ステラ、貴方は……」

 

 リオンだけではない。この場にいる全ての者が察していた。

 ステラが止まらない理由。ステラが立ち続けている理由。

 

 ──自身の命を踏み台に、グレイ以外の『英雄』を誕生させようとしている。

 

「ふざけるなっ!どうして貴方が……っ!理由はどうあれ、本気で世界を滅ぼそうとまでした貴方が、なぜ……っ!」

 

 リオンが目に涙さえも浮かべる勢いで捲し立てると、ステラはまるで弟を安心させる姉のように穏やかな笑みを浮かべた。

 

「例え世界が滅びようと、終末が訪れるその瞬間まで生きていて欲しい人がいる」

 

 それは少女にとっての細やかな願いであった。

 世界が滅びるその瞬間まで、恐怖に震え、絶望に呑まれていようと生きていて欲しいと願える人に──誰よりも純粋で、誰よりも無垢で、穢れを知らない白兎に出会ってしまったのだ。

 せめてあの子が寿命で死ぬまでの数十年。世界が続けばそれでいい。

 そのために──。

 ステラは刀を構えた。戦意を漲らせ、絶殺の気配さえも纏いながら冒険者達を睨みつけた。

 言葉は不要だ、さっさと来いとその瞳が告げている。

 リオンはそれでも説得しようと口を開きかけるが、銀槍を携えた戦猫が前に出たのを合図に吐き出しかけた言葉を呑み込んだ。

 

「【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】。何を……」

 

「御託はいい。はなからあのガキを殺すつもりで来てるんだろうが。今更迷ってんじゃねえ」

 

「それは……」

 

「何より、あいつが和解なんざ甘い道を望んじゃいねえ。いい加減わかれ、羽虫」

 

 アレンはリオンを睨みつけながら、戦うことしかできない不器用な少女が、最期の瞬間まで戦士であることを選んだことにほんの僅かに関心していた。

 だがそれは戦いにおいては不要なものだ。同情も共感も、殺し合いには不要なものだ。

 

「もう、止まらないのね」

 

 アリーゼの言葉にステラは答えない。

 

「もう、止まれないのね」

 

 アリーゼの言葉にステラは答えない。

 

「なら、私達が止めてあげる」

 

 アリーゼの言葉に、ほんの僅かにステラの口角があがる。

 アリーゼが抜刀し、【アストレア・ファミリア】の少女達も得物を構えた。

 誰よりも『英雄』を求める少女に、『英雄』はここにありと叩きつけるために。

 リオンも木刀を構える。今までの戦いで歪み、折れかけている剣を、それでもと構えて見せた。

【ロキ・ファミリア】の三人も同じ。アイズを庇いながら、最後の戦いに挑まんとする。

 彼らの戦意。そして『英雄候補』としての迫力にステラは笑う。

 

「──さあ、遊びましょうか(Let's rock)!!!」

 

 

 

 




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