ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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今回はちょっと短めです。
これくらいなら前回にめり込ませても良かったかなと僅かに反省。


Mission05 エレン

 グレイから財布──とは名ばかりの小袋を、どうにかこうにか中身も無事に返してもらった神は、息を切らして肩を揺らしながら汗を拭うと、アリーゼたちに名乗った。

 

「俺はエレン。それで、君たちは?」

 

「私はアリーゼ!【アストレア・ファミリア】の団長よ!」

 

「……リオンと名乗らせてもらっています。アリーゼと同じく【アストレア・ファミリア】です」

 

「私はアーディ・ヴァルマです!【ガネーシャ・ファミリア】に所属してま〜す!」

 

 エレンと名乗った男神に対し、アリーゼたちがそれぞれ名乗り返す中、やはり怪訝そうな表情を浮かべたのはグレイだ。

 アストレアと同じ超越存在(デウスゼア)。だというのに目の前で言葉を交わしても不快感はなく、むしろ安堵の感情さえも抱いてしまっている。

 まるで実家に帰ったような安心感があるというべきか、長く会っていなかった友人と久々の再会をした時のような、心地よい安らぎがある。

 

「それで、俺の財布の中身を奪おうとした彼は?」

 

 そんな心中であれこれと考えているグレイに、エレンが名乗るように呼びかけた。

 その声音は先程までやっていた財布を巡るやり取りを根に持っているように苛立って見えるが、どこか彼を見定めんとしている雰囲気も感じられる。

 だが、エレンに感じた違和感の正体を考えるグレイはそれに気づいた様子もなく、彼に名乗った。

 

「ああ、俺はグレイ・アッシュウォルドだ。出会いは最悪だが、今日会ったのも何かの縁だ、よろしく」

 

「あれ?君は【アストレア・ファミリア】でも【ガネーシャ・ファミリア】でもないんだ」

 

 そうしていつも通りにどこかおどけた調子で名乗りを終えた瞬間、エレンは心底意外そうな声音で、けれど最初から気づいていたような声音で彼に問うた。

 しまったと、胸中で目を見開くのはアリーゼとリオンだ。街に連れ出した以上、彼の事情を知らない神に出会うのは想定内であったが、こうもずかずかと踏み込んでくるとは思っていなかったのだろう。

 こんなご時世でも退屈を嫌い、娯楽に飢えている神々のことだ。こうなるのは当然ではあるのだろうが、余程の神でなければ【アストレア・ファミリア】と一緒に行動している少年を、彼女らやアストレアからの不評、ないし不要な疑いを向けられるのを嫌い、深掘りしようとは思わないだろうとたかを括っていたのだが。

 エレンはそんな彼女らの予想に反し、神の中でも一際好奇心が旺盛なようだ。あるいは後先考えない馬鹿なのか。

 人は神々に嘘はつけない。嘘を言った途端、それを察知されるからだ。

 さて、どう説明したものかと表情には出さずに神妙な面持ちになるリオンを他所に、グレイは「そうだ」と返して肩を竦めた。

 

「昨日この街に来たんだが、例の工場襲撃に巻き込まれちまってな。行く宛もないところを【アストレア・ファミリア】に拾われて、巡回(パトロール)ついでに街の案内をしてくれるっていうんで、着いて回ってる」

 

 そして彼が口にしたのは真実。正確には言ってはならない事を明確に避けた、嘘偽りのない事実を口にしたのだ。

 神に嘘はつけない。人ができる抵抗の一つが、一言も口を聞かずに黙秘する事。言葉を吐かなければ、そもそも嘘はつけないからだ。

 それを知ってか知らずか、彼は喋りながら、決して知られてはいけない部分を黙秘しながら、真実を口にした。ある意味でこの場を切り抜ける為の最善手である。

 

「それは災難だったね。せっかくオラリオまで来たっていうのに」

 

 エレンは同情的な視線をグレイに向け、次いでアリーゼとリオンに目を向け、先程の彼の『赦すという正義』について悩むリオンを特に注視する。

 

「そんな君を助けたのが【アストレア・ファミリア】。『正義の使者』だったってわけだ。なるほど、なるほど、実にいい」

 

「……何を言っているのですか?」

 

 深々と感じいるように呟かれた言葉にリオンが怪訝の声を漏らすと、エレンはおどけるように両手を挙げた。

 

「なに、君たちに出会えてよかったという話さ。繰り返すようでわるいけど、実にいい」

 

「何がいいって、みんなが『正義』を探していること。単なる勧善懲悪じゃない落とし所、感動しちゃったよ。……特にそっちのエルフの君、面白いなぁ」

 

「私が?」

 

「ああ。潔癖で高潔。しかし未だ確かな答えはなく。まるで雛鳥だ。正しくなりたいと願う心は誰よりも純粋なのに」

 

 全知の神らしく全てを見通して達観しながら、それでも未知の何かを見つけたようにどこか楽しげな、神らしくもあるが、どこか人間臭い声音。

 夕焼けに照らされ、茜色に染まる通りの真ん中で、野次馬たちの視線を集めながら、神は滔々と言葉を紡ぐ。

 

「こんな時代だからこそ、君がどう考え、どう染まるのか(・・・・・・・)。そしてどうするのか、興味ありまくりだよ」

 

 そしてリオンをじっと見据えていたかと思うと、不意にグレイにも目を向けた。

 

「そして君にも。せっかくオラリオに来たんだ、ゆっくりしていきたまえ。この『世界の中心』で何を知り、何を想い、何になるのか(・・・・・・)。君にも注目しておこう」

 

「……っ!お前……っ!」

 

 彼の魂とその奥底に封じられた暗い何かを。彼と、神の(まなこ)にだけ映る、彼から伸びる異形の影を、舐めるように見やる。

 その視線は彼の内に湧き出した怒りが瞬時に引っ込み、代わりに湧いてきたのは凄まじいまでの嫌悪感だった。

 

「──気持ち悪いな」

 

「え?」

 

「リオン、離れて!きっとこの神様も『フヒヒ』とか笑いだす変態よ!それにリオンとグレイを見る目がヤバかったわ!!どっちも行ける口なのよ!!」

 

「あ、やめて!本気で傷つくから、ホントにやめて!?俺、そーいうモブ神とは違うから!!相手は女の子がいいな〜って常々思ってるから!!」

 

「神様はみんなそう言いますよね〜。そして、そんな事を言いながら結局どっちも食べちゃうんです!そんな神様がいることも私は知ってますから!」

 

「ぐふぅ!?」

 

 グレイがもはや反射的に呟いた侮蔑の言葉に続くように、アリーゼがリオンを庇うように身を乗り出し、アーディが無邪気に笑いながら揺るがない客観的事実と、過去の経験──たまに流れてくる他派閥の神々の恋愛話──を例えに出し、理解がある風を装って出来立ての傷を抉る。

 三人から立て続けに叩き込まれた言葉という刃も、神である故に本心から言っている事を理解できてしまうエレンは避けることも防ぐこともできず、体をくの字に曲げる深手を負った。

 先程までの真剣(シリアス)な空気はどこに行ったと、野次馬たちの心が一つになる中、エレンがふらつきながら体を起こす。

 

「──と、もうこんな時間か。俺は帰らせてもらうよ」

 

「そうだな。とりあえず、財布を取り返した報酬として400ヴァリス貰おうぜ」

 

「ま、まだその話引っ張るの!?」

 

「無一文なんだよ。なんか奢ってくれ」

 

「気持ち悪いとか言った()に奢りたくないかな」

 

 その場を立ち去ろうとするエレンにグレイもまだ諦めていなかったのか、暴漢を捉えた報酬を催促すると男神は困り顔になりながら頰を掻き、ただそう告げて歩き出した。

 

「それもそうだな」

 

 小さくなっていく背中を睨みながらそう呟いたグレイは、エレンが遠ざかるほどに小さくなる安堵感や心地よさに鼻を鳴らした。

 気持ち悪い男神ではある。だが、自分にとって大切な何かがあるのかもしれない。あわよくば食事の席であれこれと聞き出そうと思ったが、どうやらそれは出来ないようだ。

 

一柱(ひとり)で出歩かないようにって、ギルドから言われてるのに。まあ、ほとんどの神様が自由神(じゆうじん)だから仕方ないか」

 

 ギルドとは、オラリオに拠点を置く各【ファミリア】のまとめ役のような組織だ。自由に好き勝手やる神々や、その眷属たちですらも、ギルドの決定には嫌だろうが応じる他ないほど、強い力を持っているのだが、どうやら一部の神々はそんなギルドの指示を無視して行動しているらしい。

 後ろで闇市場(ブラック・マーケット)ならぬ『悪人たちの違法市(ダーク・マーケット)』なる聞いただけでも楽しそうな話題を話すアーディとリオンにも気づかず、グレイはエレンの背中を睨んでいる。

 

「せめて上の指示には従おうぜ、神様」

 

 殺されても知らないぜと、どこか心配するような声音で呟くと、アリーゼも「そうよね〜」と気の抜けた声を漏らす。

 

「神様だって、いつどこで狙われるかわかったもんじゃないのに。それともそんなハラハラ感も楽しんでるのかしら?」

 

「なかなかイカれた神様たちだな、全く」

 

 顎に手を当て、思慮をしている風に見せてそれっぽい事を言うアリーゼに、グレイは思わず苦笑を漏らす。

 人生に刺激は大事だ。そしてそれは神様もそうなのだろう。下界に降臨した神々のほとんどが、退屈すぎて下界に降りてきたという、文字通りの娯楽目的であるとは、アストレアに教えてもらったことだ。

 

「──よし!それじゃ、私も頑張るから!またね、三人とも!!」

 

「アーディ!私は、別に気にしてはっ──……行ってしまった」

 

 そんなグレイとアリーゼのやり取りが終わるとほぼ同時にリオンとの話が終わったのか、明るい笑みを浮かべたアーディが手を振りながら去っていく。

「なんの話だ?」とアーディの背中に手を振って見送りながら問うと、リオンは溜め息混じりに返した。

 

「私の故郷の森の『大聖樹の枝』が盗まれ、それがこの街に流れ着いているそうです。アーディはそれを取り戻してみせると」

 

「故郷のお宝か何かが盗まれて、こっちで売られてるってことか?それは、まあ、ご愁傷様だな」

 

 後ろで行われていた二人のやり取りをリオンが簡潔にまとめ、グレイが言葉に迷いつつも励ましとも取れる言葉を口にする。

 リオンはそんな彼の気遣いに不要だと小さく首を振った。

 

「いいのです。もうあの森とは縁を切りました。今の私には関係のない話だ」

 

「と言いつつ、感傷的な顔をするリオンなのでした!」

 

 そうして覆面越しでもわかる複雑な表情を浮かべたリオンにアリーゼが抱きつき、微笑みながらリオンの髪を撫でる。

 

「別にいいじゃない!アーディが見つけてくれるなら、任せちゃいましょう!誰かを笑顔にさせたいって想いは、何も間違っていないわ!」

 

「……はい」

 

 リオンは照れているのか、細長い耳をほのかに赤く染めながら頷くと、覆面の下で僅かに表情が和らいだ。

 グレイもアーディという少女の底抜けな明るさや、無邪気な優しさ、俗に言う『善性』というものを感じながら小さく笑みを零すと、「で、次はどこにいく?」と巡回に戻るように進言した。

 

「そうね。次はもう少し東の方に──」

 

「アリーゼ」

 

 グレイの言葉に次の巡回先を思慮していたアリーゼの耳に、頭上から彼女の名を呼ぶ声が届いた。

 三人揃って顔をあげ、そこにいる小さな影──小人族(パルゥム)なる種族の少女にして、【アストレア・ファミリア】の一員、ライラだ。

「あら、巡回は終わったの?」と問うアリーゼに向け、「ああ。終わって、別件だ」と誰かから送られた『指令』を口にする。

 

「『迷宮(ダンジョン)できな臭ぇ動きがあるから網を張れ』だと」

 

 誰かからの指令にアリーゼとリオンが表情を引き締め、意識を切り替えた。

 街の巡回ならともかく、ダンジョンでの作戦となると闇派閥(イヴィルス)だけでなくモンスターの相手もしなければならない。

 

「……ごめんなさい、グレイ。巡回は中止、貴方は──」

 

「おいおい、仲間はずれは嫌だぜ。それにちょうどいい機会だ、噂のダンジョンってやつを見学させてもらうぜ」

 

 故にダンジョンの名前すらも知らなかったグレイを連れていくわけにはいかないと判断するが、当のグレイはやる気十分といった様子でゴキゴキと指を鳴らしていた。

 

「アッシュウォルドさん。私たちはこれからダンジョンに向かうのです、そんな遊びに行くような感覚では困ります」

 

「俺はいつだって真剣だぜ?そうは見えないだろうが」

 

 軽く両手をあげ、不敵に笑みながらそう告げた。

 リオンはダンジョンの怖さを知らず、舐めているとしか言えない彼の姿に苛立ちながら睨みつけるが、ライラは溜め息混じりに「連れて行こうぜ」とアリーゼに進言した。

 

「どうにも嫌な予感がしやがる。そいつの強さは私たちがよく知ってるだろ?」

 

「……ええ、そうね。わかった、行きましょう、グレイ!」

 

「おっしゃ!その言葉を待ってたぜ!」

 

「彼を連れていくのですか!?」

 

「そう言うことだ。で、どっちだ?あっちか?」

 

 ライラの進言にアリーゼは僅かに思案すると、グレイの同行を認めた。

 グレイはガッツポーズをしながら喜びを露わにし、リオンが驚倒の声をあげるが、グレイはどこ吹く風と言わんばかりに辺りを見渡し、ダンジョンの出入り口と言われる白亜の摩天楼──バベルを目指し、歩き出すのだった。

 

 

 




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