ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission39 星に手を伸ばして

 その姿は、まさに『亡霊』のようであった。

 その肉体は既に満身創痍。纏う衣服もどこからが布でどこからが肌なのかもわからない程に血に染まり、その四肢に貼りついている。

 命の刻限が迫り、血と共に己の運命をすり減らし、この場にいる誰よりも『死』に近づいていながら。それでも彼女は『覇者』であった。

 アレンの高速を超えた疾走を捉え、間合いに入った瞬間に刀を振るう。

 甲高い金属音と共に銀槍と刀が衝突し、火花を散らしながら最速の冒険者と『覇者』が睨み合った。

 返す刃で振るった一閃をアレンは容易く避け、片外套を翻しながら銀槍を放つ。

 再びの激突に、ビキリと嫌な音と共に穂先に亀裂が入った。

 アレンが舌を弾き、明らかに武器を狙っていた一閃を回避し、後退。

 

「はあああああああああああああ!」

 

『覇者』は背後から迫る気配に振り向き、血を吐きながら気合の咆哮をあげ、刀を一閃する。

 万全の彼女と比べれば遅いそれも、アレンを除いた冒険者達にとっては高速の一閃に他ならない。

 

「ッ!?」

 

 まさに彼女の間合いへと飛び込んでしまったリオンは驚倒と共に跳躍。彼の腰の高さを駆け向けた一閃が足の下を通過し、大気が唸り声をあげた。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 お返しだと言わんばかりに放たれる風纏う光球。数にしてちょうど十。

 リオンの残りの魔力を加味しても、それだけ放てることも驚愕ものではあるが、ステラはたった一度刀を振るだけで全てを斬り伏せた。

 空中で炸裂し、衝撃が全身を殴りつけた瞬間、ばら撒かれた魔素を絡め取るように刃が翻り、風を纏う。

 相手の魔法を切断してからの強奪(エンチャント)。もはや見慣れたそれに、冒険者達は怯まない。

【アストレア・ファミリア】の少女達が斬りかかり、魔法を放ち、残された残り僅かなアイテムを駆使して『覇者』を討ち取らんとする。

 

「砲撃撃ちまくれ!こいつで最後だ、出し惜しんでんじゃねえ!!」

 

「攻めろ!守るな!真裸の斬り合いだ!怯めば死ぬぞ!逃げるは恥ぞ!!」

 

 ライラが残りわずかな爆弾を放りながら後衛へと怒鳴りつけ、輝夜が猫を被ることも忘れ、武士(もののふ)の如き気迫をもって吼える。

 血と汚れで顔や装備を汚しながら、それでも睨みつける先にいるのはたった一人の『覇者』。

 

「あの化け物に、我々の全てをぶつける!」

 

 輝夜の決意に、【アストレア・ファミリア】の少女達が一斉に応じた。

 冒険者達に余力はない。グレイとステラの援護で多少の余裕がある程度で、本来なら戦線離脱を指示させるほどには消耗している。

 だが、少女達は退かない。

 目の前の『覇者』に──誰よりも死に近づきながら、それでも『悪』を貫くと決めた『覇者』だけを見据える。

 

「背を見せてはならない……!貴方にだけは……!!」

 

 疾る。疾る。疾る。

 木刀携えたリオンは戦場を疾駆し、緑光の尾を引きながら駆け抜ける。

 血を吐き、死に向かう『覇者』から目を背けず、正面から立ち向かう。

 

「彼女だけは、何としても乗り越えなくてはならない!!」

 

 彼女の覚悟を知った。『悪』の目的を垣間見た。

 だからこそ彼らから退却と逃亡の選択肢は消え、最期の最期まで戦うことを選んだ。

 その覚悟を真正面から受け止め、打ち払う。『悪』に『正義』を叩きつける。

 加速する。剣も、盾も、杖も。そして意志も。

 加速していく。目の前の『覇者』を打ち崩すべく、少女達は限界を超えていく。

 だが、それでも『覇者』には届かない。

 連携による剣戟を、魔法を織り交ぜた高速攻撃を、煙幕を利用した目潰しも、間隙をついて投じられる爆弾も、その全てを一刀のもとに切り伏せる。

 銀の残像が『覇者』を囲むように駆け抜け、少女達の策を打ち砕くも共に傷口から血が噴き出す。

 肉体は既に限界を超えている。それでも少女は止まらない。止まれない。

 

「どうしたのですか。この程度ですか……ッ!?」

 

 血を吐き、見開いた瞳から血涙を流しながら、それでもなお『覇者』は笑う。

 この瞬間を楽しむように、この瞬間を終わりゆく身体に刻むように、彼女は笑う。

 そして彼女の『期待』に応えるように、冒険者達は再び動き出す。

 

「【燃え上がれ(アルガ)】!【燃え上がれ(アルガ)】!!【燃え上がれ(アルガ)】!!!」

 

 繰り返されること三度。

 体から魔力を引き摺り出す発火呪文(バースト・ワード)をもって、響き渡る炎の猛りと共にアリーゼが最大火力を纏う。

 来るかとステラが目を細め、風纏う刀を納刀するように腰に構えた。

 鞘もなく、片腕もなく、踏ん張りを効かせる足もぼろぼろで、足元に垂れる血で滑ってしょうがない。

 万全には程遠い。だが『覇者』は退かず、正義の少女が纏う紅炎を睨むつけた。

 直後、アリーゼの紅炎とステラの魔風が衝突。

 衝撃が二人の全身を襲うが、怯まない。腕の骨が軋み、限界を超えてひび割れる。

 だがアリーゼは退かない。歯を食い縛り、限界を超えた魔力をさらに絞り出し。

 

「────全開炎力(アルヴァーナ)!!!」

 

 アリーゼの咆哮と共に魔力が弾け、大爆発がアリーゼとステラを包み込んだ。

 魔風を巻き込んだ大爆炎の中から『覇者』とアリーゼが吹き飛んでくる。

『覇者』はくるりと空中で身を翻して着地すると、焼き爛れた腕に目を向けた。

 刀に纏わせていた風も消え、全身から煙を噴く。新たにできた傷からどろりとした肉や骨と思われる何かが垂れ落ち、先の一撃が確かに届いたことを教えてくれる。

 

「…………ッ!!」

 

 だがアリーゼも無事ではない。

 魔風に煽られ、体のあちこちに刻まれたあまりにも深い抉れたような傷からは血が溢れ、右腕は辛うじて皮一枚で繋がっているだけ。

 彼女は右腕が千切れないように抑えながら、それでも悲鳴もあげずに『覇者』を睨む。

 自分よりも傷だらけで、自分達よりも命を賭して戦う『覇者』を前にして、無様は晒さないと己を鼓舞する。

 対する『覇者』は笑みを浮かべた。正義の少女が見せた紅炎を確とその記憶に刻みながら、誰にも見えないように俯き加減で微笑んだ。

【アストレア・ファミリア】の少女達はなおも攻める。アリーゼが一撃入れたのだ、負けてはいられないと『覇者』へと挑む。

 

 

「出し惜しむな!全てを出し切れ!それでも足りんというのなら絞り出せ!!」

 

「ハハッ!リヴェリアらしくないぞ、根性論などと!」

 

「でも、私は好き……ッ」

 

 リヴィリアが杖を掲げ、文字通り魔力を絞り出して冒険者達に支援の魔法をかけ、それを受けたガレスと、彼女の言葉通りに最後の力を絞り出すアイズが『覇者』へと挑む。

【アストレア・ファミリア】の連携の合間を縫うガレスの拳の連撃(ラッシュ)と、彼の影から飛び出しては剣を振るうアイズの連携を、『覇者』は正面から迎え撃つ。

 拳が大気を震わせ、剣が空気を切り裂き、刀が全てを捻り潰す。

 圧倒的なまでの身体能力(ステータス)の差を、冒険者に叩き付ける。

 大戦士の拳を峰打ちでそらし、剣姫の剣戟をそれを超える剣舞でもって捻じ伏せ、その瞬間閃光を纏った蹴りをガレスに見舞う。

 蹴槍は吸い込まれるようにガレスの鳩尾を捉え、骨を砕く感触を爪先に感じた。

 竜の一撃であろうと揺るがない大戦士の体が浮く。すかさず体を翻して勢いを乗せ、側頭部にも蹴りを入れ、頭蓋を砕きながら蹴り飛ばす。

 凄まじい快音を響かせ、閃光の一撃がガレスを破壊する。

 

「ああ。まだあるだろうとは思っていたとも……!」

 

 吹き飛び、地面に叩きつけられるガレスを視界の端に納めながら、リヴェリアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 ステラの両脚、そして残された右腕に閃光を纏う脚絆と籠手が装着されていたのだ。

 一度ならず二度もガレスを破壊した魔具──ベオウルフ弍式。隠し球のように温存されていたそれを、ついにステラは解放してきた。

 だが、それが何だと言わんばかりにガレスは咆哮をあげて立ち上がる。

 割れた額から流血し、顔の半分を真っ赤に染めながら獰猛な笑みを浮かべ、突撃を開始。

 アイズの嵐のような剣戟を片手間のように捌いていた『覇者』は彼の復帰を笑顔で受け入れ、再び冒険者達の連携への対処を始める。

 後方から放たれる魔法を切り落とす。

 数人の上級冒険者による剣戟の結界を破壊する。

 反撃に差し込まれた盾を両断する。

 一つでも対処を誤れば即敗北に繋がる超高速の攻防の中で、『覇者』は正答を選び続けた。

 それに驚倒するのは冒険者達だ。

 こちらの限界も近いが、何より相手も死に鄭の体。一部を欠損し、片目も見えず死角も多ければ距離感も違うだろう。だというのに。

 

(攻撃が当たらん……ッ!)

 

(一方的に殴られる!?手数はこちらが上だぞ!?)

 

 ガレスと輝夜が苦渋の表情を浮かべ、それでもなお攻め続ける。

 剣戟が加速する。連携が加速する。稼がれた時間で魔法の砲火が解き放たれ、炎と雷が放たれる。

 だが、それに対応すべく『覇者』もさらに加速する。

 剣戟が続く。金属音と共に火花が散る。冒険者達の連携を、足技も加えた舞踏の如き動きで迎え撃つ。

 炎を切り裂き、雷を蹴りでそらし、地面で炸裂させて間合いを詰めようとしたアイズとリオンを牽制。連携に穴を開け、一呼吸分の隙を利用して刀を走らせた。

 音を置き去りにする一閃。不運にも間合いに入ってしまった輝夜、ネーゼ、イスカを薙ぎ払う。

 悲鳴と鮮血が舞う。『覇者』は笑い、返す刃で再び放たれた炎を叩き切った。

 刀を振り抜いた刹那、ガレスが反撃上等の突撃を敢行。

 渾身の力で拳を握り、引き絞った腕の筋肉が肥大化する。

 無論、『覇者』はそんな見え据えた攻撃に黙っているわけがない。

 

「──……」

 

 迎撃しようと構えた瞬間、大量の鼻血が噴き出した。

 限界を超えた損傷(ダメージ)と限界を超えた駆動による負担。そして冒険者達の連携への対処のために回り続けていた思考が焼き切れ、意識の空白となって彼女の動きを止めたのだ。

 時間にして一秒足らず。だが第一級冒険者にとって、その一秒足らずの時間はあまりにも長い。

 放たれたガレスの拳が『覇者』の頬を打ち抜いた。

 響く快音。揺らぐ体。痛みで覚醒した彼女は両足を踏ん張らせて体を支えると、お返しだと言わんばかりにガレスの顔面をぶん殴った。

 重苦しい打撃音を轟かせ、今度はガレスの体が揺らぐが、

 

「まだじゃああッ……!!!」

 

 大戦士の咆哮と共に拳が放たれる。

『覇者』もまたその拳に自身の拳を重ねて放ち、二人の拳が正面から激突。

 二人はそのまま防御と回避をかなぐり捨てた殴り合いを始め、肉が抉れ骨が砕ける音を響かせる。

 

「ぬぅぅぅああああああ!!!」

 

「ああああああああああ!!!」

 

 ガレスと『覇者』が咆哮をあげる。血反吐をまき散らしながら、お互いを壊し合う。

 そして『覇者』が拳を放ち、ガレスの胴を打ち抜いた瞬間、大気を震わせる衝撃と共にガレスの体が後ろに下がった。

 踵を地面にめり込ませ、どうにか停止するガレス。全身が腫れあがり、青あざを残しながらも大戦士は未だに倒れない。

 

「はあああああああッ!」

 

 限界などとうに超えたアイズが、それでもと刃を振るう。動きに精彩を欠き、ただ意地だけで動く剣姫の剣戟を片手で往なしながら、刀の峰で彼女はこめかみを殴打。

 

「ッ……!?」

 

 その一撃で頭が割られ、大量の出血を強いられ、あまりの衝撃に意識が飛びかける。

『覇者』が刃を返し、アイズの小さな体を真っ二つに斬らんと振り下ろそうとした瞬間、リオンが割り込んで木刀を振った。

 大聖樹の枝を利用し、リオンの精神装填(スキル)さえも上乗せした緑光纏う一撃は『覇者』の一刀を確かに受け止めるが、ビキッ!と木材の割れる悲鳴と共にヒビが刻まれた。

 

「ッ……!?」

 

 何よりも、片腕だというのに一方的に押し込まれるほどの重さにリオンは唸った。

 血を滴らせながら力を込め、得物ごとリオンを斬らんとくる『覇者』。

 ミシミシと木が軋む音と共にヒビが広がり、破片が落ちてくる。

 

「そのまま動くなよ、青二才!!」

 

 それでも踏ん張るリオンに、輝夜の声が届いた。

 刀を鞘に押し込み、疾走し、「【禍つ彼岸の花】」と詠唱を口ずさむ。

 

「居合の太刀──『五光』!!」

 

 抜刀と共に、刃が五つに分裂する。

 前後左右。そして頭上から、五つの『赤』の斬撃が放たれる。

 

「ッ!」

 

『覇者』はリオンを蹴り飛ばして競り合いを断念。まったく同時に迫りくる五つの斬撃を、銀の軌跡を放つ五つの斬撃を同時に放ち(・・・・・・・・・・・)迎え撃つ。

 五つの『赤』と五つの『銀』が互いに噛みあい、火花が飛び散った瞬間に『赤』の斬撃が砕かれる。

 輝夜が舌を弾くが、その瞬間、『覇者』の間合いに飛び込んだ妖精の歌が完成する。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!!」

 

 放たれる風纏う光玉。都合九つ。超至近距離から放たれたそれらを、やはり『覇者』は全てを切り伏せる。

 

「一つ覚えのように、馬鹿にしているのですか!?」

 

「馬鹿になどしていない!!!」

 

『覇者』の怒号に妖精が吼える。そして右手を──光大玉を握りしめた拳を放つ。

『覇者』は一瞬の驚倒を見せるが、すぐに刀を振るって迎撃せんとするが、

 

「ヅ……ッ!」

 

 輝夜がその身を盾にしてリオンに託す。

 横薙ぎに放たれた『覇者』の一閃を刀で受け、押し込まれた峰が体に食い込んでいく。

 

「やれ!!!」

 

 そしてリオンが声を上げるよりも早く、輝夜が叫んだ。

 好敵手の献身に、迷いを捨てた妖精が大光玉を『覇者』の胸に叩き込む。

 

「──星華(ルヴィア)!!!」

 

 叫びと共に解き放たれた風と光が甲高い旋律を響かせながら光輪となり、『覇者』を呑み込んだ。

 爆煙に包まれ、姿を隠す『覇者』。リオンは輝夜を抱えてその場を跳び退いた。

 

「これなら……!」

 

「阿呆ッ!あれで終わればここまで苦労など……ッ」

 

 確かな手ごたえにリオンが声を漏らし、輝夜が釘を刺した瞬間、凄まじい踏み込みと共に放たれた一閃がリオンと輝夜を薙ぎ払った。

 二人が宙を舞う。物理的に胸を抉られた『覇者』が二人を見上げながら「今のはよかったですよ」と笑う。

 リオンと輝夜が灰の山に墜落し、灰が舞い上がった。

『覇者』が抉れたまま肌に貼り付く胸の肉を剥がした瞬間、ガン!と額に何かをぶつけられる。

 小さいとはいえ確かな衝撃にステラはたたらを踏み、その何かを放っただろう人物を睨みつけた。

 死角から放たれたその何かを──階層のあちこちに点在する水晶の大きな破片を視界の端に捉え、その奥で何かを投じたように腕を振り抜いた姿勢のリヴェリアを見つける。

 彼女が魔法ではなく『投石』したのだとすぐに察する。

 魔術に長けると言われるエルフが物理に頼るとはと僅かに驚愕しつつ、けれど確かに有用であったと笑ってしまう。

 

「でりゃああああああああああ!!!」

 

 額からの出血を無視し、笑う彼女をガレスが強襲する。

 雄たけびと共に拳を放つが、ステラは冷静に拳を避けながら蹴りを放ち、鳩尾を蹴り抜いた。

 蹴槍を叩き込まれた、体をくの字に曲げるガレス。

 差し出された頭部に追撃すべく、足を引いて刀を振り上げんとした瞬間だった。

 

「軽すぎるわッ!!!」

 

 ガレスが鳩尾にめり込む足を掴み、そのまま彼女を豪快に振り回し始めた。

 視界が回る、世界が歪む。振り回される勢いで血が噴き出す。

 

「ぬぅぅぅらああああああああ!!!」

 

 大きく弧を描きながら渾身の力と共に地面に叩きつける。

 ドガン!と盛大な衝突音を轟かせ、地面が抉れる程の衝撃がステラを襲う。

 全身の骨が軋む。ごぼりと血を吐き出し、脱出しようと刀を振ろうとするが、手のひらから滑り落ちた。

 

「まだじゃ!!!」

 

 ガレスは再び彼女を振り回して地面に叩きつけ、叩きつき、叩きつける。

 地面が砕け、円窪(クレーター)と同じ数だけ血だまりができる。

 そして最後の締めだと言わんばかりに彼女を天高く放り投げた瞬間、

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 リヴェリアの第二位魔法が発動。放たれた火柱が空中の『覇者』を呑み込み、階層の天井へと突き刺さった。

 天井さえも焼き抉る巨人殺しの魔法を全身で浴びながら、蹴刀が炎の柱が切り裂いた。

 半円を描き振り抜かれた蹴りが炎柱を火の粉に変え、雨のように戦場へと降り注いだ。

『覇者』は着地すると、ペッ!と血と一緒に砕けた歯を吐き出す。

 灰の山の中に血に染まった歯の破片が転がっていき、次の瞬間、疾走する何かに蹴られて灰と共に舞い上がった。

 同時に『覇者』の拳が走り、甲高い金属音が響き渡る。

 

「いい加減に死ねッ!」

 

「殺してみなさいッ……!」

 

 間近で吐き出された罵声に律儀に返し、そのまま徒手空拳によってアレンの猛攻を捌いていく。

 拳が唸り、蹴りが走り、その度に閃光の尾が駆け抜ける。

 対するアレンも銀槍を振りながら絶妙な間合いを保ち、銀の残像を残す槍撃を放ち続ける。

 ほんの一秒の間に十数の金属音が鳴り、それより多くの火花が散る。

 加速する。加速する。加速する。

 二人の手足が残像さえも置き去りにして得物を振るい続け、周囲の冒険物達の動体視力を容易く引きちぎっていく。

 

「ッ!!!」

 

 アレンは満身創痍でありながら、なおも喰らい付いてくる彼女に苛立ちを隠そうともせず、穂先が払われた勢いを利用して槍を回転させ、石突きで彼女の脇腹を打った。

 彼女の死角たる左半身を狙った最速の一撃は彼女の脇腹を捉え、残り僅かな肋骨を完全に粉砕するが、

 

「シッ!」

 

 痛みを無視し、お返しだと言わんばかりに視界の真下から駆け上がった彼女の蹴りが、アレンの顎をかち上げた。

 快音が響き、比喩なしに首が捥げるのではという衝撃に、ガレスよりも身軽な彼の体が天井まで一気に蹴り上げられる。

 

「づッ……!!」

 

 顎が割れ、血を吐きながら空中で身を翻したアレンは勢いのままに天井に着地。

 重力に引かれるよりも速く天井を砕くほどの勢いをもって天井を蹴り、一直線に『覇者』の下に舞い戻る。

 迫りくる殺意の矢を眺める『覇者』は笑みと共に拳を引き絞り、渾身の力を溜める。

 空気を貫き、灰を巻き上げながら迫るアレン。

 彼が放つ最速の一槍を、『覇者』は真正面から迎え撃った。

 拳が放たれる。銀槍と激突する。

 

「はあああああああああああああ!!!」

 

「あああああああああああああ!!!」

 

 凄まじい衝突音と衝撃が階層を揺らし、その中で『覇者』の咆哮と戦猫の咆哮が重なる。

 二人を中心に灰が舞い上がり、『覇者』の足元の地面がひび割れ、砕ける。

 彼女が万全であったなら、何の苦も無く対称できただろう。そもそも競り合いにすらならなかっただろう。

 だがそれはもしもの話。満身創痍の彼女には、そんな余力はない。

 その瞬間、彼女の足場が砕け、力の拮抗を失った右足が逆方向に折れ曲がる。踏ん張るはずの足場と足が壊れ、致命的なまでに体勢が崩れた。

『覇者』の目が見開かれる。拮抗が崩れた瞬間、銀槍が彼女の腕を巻き込みながら駆け抜けた。

『覇者』の背後でアレンが地面を擦りながら停止する音が聞こえた。

 

「くそ……ッ」

 

『覇者』は悪態をつく。

 籠手(ベオウルフ)が剝がされた腕には拳から肩に至るまで縦断するような裂傷が刻まれ、血が噴き出した。

 だが、その傷を認識するよりも速く彼女は振り向き様に拳を振るった。

 今の彼女が出せる最速の一撃は、

 

「シッ……!」

 

 アレンの追撃よりも遥かに遅かった。放たれた銀槍が彼女の心臓を貫き、穂先が背中から飛び出し、役目を終えたように砕け散った。

 それがトドメだった。体中の血を吐き出すような勢いで血が溢れ、彼女の足元に血溜まりが広がっていく。

 

「本当に。まったく……」

 

『覇者』は血と共に安堵にも似た声を吐き出し、自身の心臓を貫く槍と、その担い手へと目を向けた。

 アレンは大きく肩を揺らして息を切らしながら、油断なく『覇者』を睨みつけている。

『覇者』が拳を開き、腕を降ろすと、ようやく槍を引き抜いた。

 後ろに跳んでその場を離れ、万が一に備えて構えを整える。

『覇者』の胸に風穴が開いていた。彼女を通して向こうの景色が見え、心臓を完全に破壊されたのだと教えてくれている。

 

「──やればできるじゃないですか」

 

 その呟きを残し、『覇者』の瞳から戦意と共に意識が消えていく。

 抗いようのない虚脱感のままに背中から倒れる。

 迷宮(ダンジョン)の天井を見上げながら、ステラは微かな笑みを浮かべた。

 視界も朧げ、周囲の喧騒もどこか遠く、痛みすらも感じない。呼吸も上手くできない。

 きっともう死ぬのだろう。ようやく死ねるのだろう。

 冒険者達もまだまだ発展途上だが見込みもある。彼らはきっと強くなる。満足だ。

覇者(ふみだい)』の役目は終わった。だが、まだだ。まだ『悪魔』として──ヴァニタスの傑作(ステラ)としてやるべきことがある。

 もうどこも痛くないのだ。なら、もう少しだけ無理をしよう。

 全てを終わらせるために、もう少しだけ歩こう。

 

「こんな脆い体が、最高傑作なんて笑わせる……」

 

 震える脚で灰の大地を踏み締め、出血が止まらない腕を掲げて取りこぼした刀を呼び寄せる。

 

「貴方、まだ……っ」

 

 リオンが悲痛な表情で声を漏らす。

 他の冒険者達の反応も似たようなものだった。

 ズタズタに引き裂かれた右腕で刀を握り、折れかけた両脚でその場に立ち、霞んだガラス玉のように白く濁った瞳でどこか遠くを見つめる。

 

「貴様。目が……」

 

 リヴェリアが気づく。何者も見ず、見ようともせずに虚空を見つめるその瞳は、死人のそれだ。

 まだ動けてはいる。だが動いているだけで彼女の意志がそこに宿っているのかと問われれば首を傾げる他にない。

 彼女はもう死んでいて、何かに縋る亡霊だと言われた方がまだ納得できる。そんな有り様だ。

 

「見えますか、ヴァニタス。貴方が言う傑作の無様を。貴方の生み出したものの空虚さを」

 

 譫言のように呟く言葉は、ヴァニタスを愚弄するものに他ならない。

 そして、それこそが彼女の本音であると冒険者達は理解した。

『悪魔』は事実死体同然の体を見せつけるように腕を広げ、力なく笑う。

 

「いきなり何を言ってやがる」

 

 冒険者達にその言葉の真意はわからない。だが隠しようのない憎悪を孕んだその言葉が、彼女の本音であるとは理解できた。

 同時にこちらの声はもう届いていないだろうことも。

 

「力になんの意味があるのです。強いだけの人形になんの意味があるのです」

 

 ステラは独白を続けながら、歩き出す。

 足を引きずり、灰原に血の轍を残しながら、ただ真っ直ぐに目的地を目指す。

 

「最高傑作。ストラトスの到達点である希望の星(ステラ)。意味のなく力を振るうだけの私のどこが、傑作だと言うのです」

 

 自身を取り囲む冒険者達の脇を抜け、ただ前へと進む。

 彼らも彼女に斬りかかりはしなかった。アレンが心臓を貫いたあの瞬間、勝負はついたのだ。

 

「傑作はむしろ兄様でしょう。誰かを護りたいという心を持ち、そのために命を賭けられる。私達の中で誰よりも英雄(スパーダ)に近づいたのは、兄様でしたから」

 

 その目には何も映っていない。

 その耳にはなんの音も、声も届いていない。

 だが、それでも彼女の声は彼らに届いていた。

 兄を褒め称え、自分と父を嘲笑し、何より『英雄』による断罪を求める少女の悲願が。

 視界は色褪せて歪み、音も消えた。死者の世界に踏み込みかけた静寂な世界の中で、けれど彼の姿だけははっきりと見えた。

 

「ねえ、兄様」

 

『悪魔』が見つめる先に、首の止血を終えて立ち上がる『英雄』の姿があった。

 冒険者達が彼の名を呼ぶ。彼は目を伏したまま、前髪で目元に影を落としていた。

『悪魔』が『英雄』に問いかけた。

 

「あの日、どうして一人でいなくなったのですか……?」

 

 だが彼女からすれば肩書きはどうでもよかった。

 彼はどうしようもない程に敬愛する兄で、自分はそんな兄に比べれば欠陥だらけの粗悪品だった。

 ヴァニタスが目指した最強がスパーダを意味するのなら、それに届く逸材は兄を置いて他にいなかったのだ。

『英雄』の動きが止まる。その目に迷いが生じ、大剣を握る手が微かに震えた。

 

「あの日、どうして一人で戦ったのですか……?」

 

 妹の問いかけに兄は口を開きかけ、言葉に迷う素振りを見せた。

 あの日の自分は孤独だった。何もかもを自分で背負い、自分でなんとかしようとして、失敗した。馬鹿で愚かな子供だった。

 あの時はもう衝動のままに行動していたが、今となればわかる。

 

「誰にも死んでほしくなかったからだ。最悪、俺だけが死ねばそれで終わると思っていた」

 

 兄弟姉妹達のために戦った。

 皆に死んでほしくなかった、生きていてほしかった。

 勝てば全てが丸く納まる筈だった。そんな向こう見ずで自分勝手な判断が、結局何も救えなかった。むしろ残された皆を余計に苦しめることとなってしまった。

 その結果がこれだ。この瞬間だ。妹は罪人となり、自分は英雄となる。

 何かが違えば逆だったはずだ。

 何かが違えば、自分達は何事もなくちょっと強いだけの兄妹として生きていけたはずだ。

 だが、そうはならなかった。

 兄の献身は父の暴力の前に封じられ、妹の想いは父の支配に封じられ。

 二人が本音で語り合うにはあまりにも遅く、何より妹がそれを望まなかった。

 

「逃げる気は、ねえんだな」

 

『英雄」の問いかけに『悪魔』は答えない。

 

「赦されるつもりも、ねえんだな」

 

『正義』の問いかけに『悪』は答えない。

 

「逃げても、くれねえんだな……」

 

『兄』の願いは『妹』には届かない。

『悪魔』は『英雄』の背を押すように、静かに告げた。

 

「私を殺すのが貴方の役目です。貴方を殺すのが私の役目であるように」

 

『悪魔』が構える。残されたほんの数秒を使い切るべく、肉体から剥がれそうになる魂を無理やり繋ぎ止める。

 

「そうか。そうだな……」

 

『英雄』が構える。『悪魔』に引導を渡すため。なけなしの魔力を振り絞り、最後の一撃に全てを賭ける。

 二人の姿が搔き消える。二人のいた場所の灰が舞い上がる。

 斜線と斜線が交差した瞬間、そして凄まじい斬撃音が轟いた。

 得物を振り抜いた姿勢で姿を見せる二人。

 

「これでいい。皆、見ていますか?やっぱり、私、達……なんかよりも……ずっと……ッ」

 

 少女の震える声が耳朶を撫でる。

 英雄は俯き、大剣を振るって血払いすると、背中に戻した。

 直後、少女の体に袈裟懸けの傷が刻まれ、一拍遅れて血が噴き出した。

 

「やっぱり、強いなあ……」

 

 少女は年相応の、いいやもっと幼い子供のような声を漏らしながら、その体を地面に倒すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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