ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission41 決着の一槍を

 (ゲート)を潜り、一瞬の暗転が開ければそこはオラリオだった。

 いまだ戦火が続き、あちこちから冒険者達の雄叫びや悪魔達の咆哮が聞こえてくる中、それでも戻ってこられたと息を吐いた瞬間、

 

「信号弾、上げろ!」

 

 フィンの号令が飛び、控えていた【ロキ・ファミリア】の団員が短筒を掲げて引き金を弾いた。

 連続して放たれのは三発。小さな炸裂音と共に、白、白、白と同じ色の明かりが連続する。

 それを合図にしたように都市から音が消えた。

 上げられた信号弾の色が示すのは、大最悪(モンスター)の討伐。エレボスの捕縛。アストレア奪還。それぞれの成功である。

 グレイがその眩しさに目を細め、一つの山を超えた事実に息を吐いた瞬間、各防衛拠点から冒険者達の鬨の声が上がった。

 都市を震わせ、悪魔やモンスターが気圧される。

 冒険者達の士気が青天井に上がっていき、攻勢に出るように飛び交う魔法や魔剣の数が増えていく。

 

「まだまだ元気そうだな」

 

 ギルド本部の屋上。都市防衛戦の指揮所からその様子を眺めたグレイは意地を見せる冒険者達に笑みを浮かべる。

 もう決着はついたか、あるいはもっと悲惨な結果になっていることも予想していたが、状況は思いのほかいいようだ。

 

「グレイ・ストラトス。君で最後かい」

 

「逆に聞くが、他に誰がいんだよ。エレボスも、冒険者も、アストレアも、あとついでにヘルメスも全員連れ戻したぞ」

 

 戦場から視線を外さず、送られてくる報告に目を通して戦況を俯瞰し続ける【勇者(ブレイバー)】からの問いかけに、グレイは当然だろとアストレアらを手で示した。

 ギルド本部の防衛に当たっていた冒険者達により包囲されるエレボスはともかく、ヘルメスは何してんですとギルド職員から睨まれて縮こまり、アストレアと迷宮(ダンジョン)突入組の冒険者達は治療が開始され……。

 

「……アレンは?」

 

 そんな中で不意に気づく。アレンがいない。

 ダンジョンで散々戦い、体力も使い果たしていただろう戦猫が姿を消したのだ。

 辺りを見渡しながらグレイが問いかけると「もう行ったよ」とフィンは苦笑する。

 

「暴れ足りないようだ。予備の槍と万能薬(エリクサー)を回収したら行ってしまったよ」

 

 フィンが指し示す先では銀の軌跡を残す戦猫の疾走が始まっていた、

 悪魔を、闇派閥(イヴィルス)を、モンスターを、立ち塞がる全てを轢殺しながら目指すは円形闘技場(アンフィテアトルム)。狼王の咆哮がこだまする戦場へと参戦しようとしている。

 

「元気だな、まったく」

 

 グレイは頭を掻きながらそう言うと、溜め息と共に疲労を吐き出す。

 万全には程遠い体調(コンディション)ではあるが、まだやるべきことがある。

 そんな不調を誤魔化すように両手を組みながら頭上へと持ち上げ、体を伸ばすグレイ。

 だが魔力の枯渇。体力の消耗。防具の破損と。額に浮かぶ汗や自己修復する余裕もないだろう擦り傷など、誤魔化しようのない消耗具合にフィンは「大丈夫かい?」と問いかけた。

 その純粋な心配からきただろう質問に、グレイは不敵な笑みを浮かべる。

 

「当然。俺を誰だと思ってる」

 

 そう返した彼は不意に円形闘技場(アンフィテアトルム)に視線を投げた。

 都市最大にして最悪の戦場と化したその場所は、彼が何よりも優先して向かわなければならない場所だろう。

 だが。いいや、だからこそ。彼はそこに背を向けた。

 

「ヴァニタスもステラはともかく、大最悪(モンスター)倒すのにも俺が手を貸したんだ。一人くらい冒険者だけで何とかしろ」

 

 大悪魔マルコシアス。【フレイヤ・ファミリア】を中心とした派閥連合をたった一人で相手取る闇派閥(イヴィルス)最後の『覇者』。

 奴を倒せれば勝利が確定となり、敗北は『悪』の再起を意味する。

 倒さねばならないだろう。何よりも優先して、確実に、あの悪魔を討たねばならない。

 雷が天へと登り、冒険者達の断末魔の叫びが聞こえてくる。

 それに眉を寄せたグレイは瞑目しながら息を吐いた。

 

『マルコシアスは……兄様に任せますッ……。あの人は、強情ですからッ……倒すも倒さないも、貴方が決めてください』

 

『彼女を、なめないで……ください。勝ちますよ、間違いなく』

 

 妹の遺言が脳裏をよぎる。

 その言葉を否定してやりたいが、やはり無理かもしれないと眉間の皺が濃くなる。

 

「砦の援護を済ませたら、すぐに向かう。それまでに何とかできなかったら今のお前らじゃ無理だ。諦めろ」

 

 それがグレイにとっての最大限の譲歩だった。

 冒険者達の手でマルコシアスを撃破して欲しいが、このまま彼女が奮戦を続ければ闇派閥(イヴィルス)と悪魔の士気を上げ、反撃の隙を与えてしまうだろう。

 その前に各砦に加勢して戦況を変えようがない程に押し返す。マルコシアスと少しでも戦えるように時間を稼ぐ。

 その時間を使っても冒険者で倒せないのなら、無理だ。妹の言葉は正しかったと負けを認めてやるしかない。

 

「一つ頼まれてくれるかい」

 

「何だ」

 

 トントンと爪先で床を叩いて鉄靴(ゴリアテ)の具合を確かめていたグレイに、フィンが声をかけた。

 

「シャクティと万能者(ペルセウス)──だとわからないか。アスフィに指揮を引き継ぐように伝えてくれ」

 

 その言葉に怪訝な顔を浮かべるグレイ。

 だがフィンは彼の視線など欠片も気にせず碧眼を細め、睨みつけるのは円形闘技場(アンフィテアトルム)

 オッタルという『覇者』の誕生。

 グレイという『最強』の帰還。

 エレボスという『絶対悪』の捕縛。

 この三つが揃った時点でこの正邪の決戦の結末はおおよそ決まったと言っていい。

 そして、その結末を変える可能性があるのはマルコシアスただ一人。

 ならば、すべき事はただ一つ。

 

「僕も『冒険』に行くとするよ」

 

「そうか。じゃ、またな」

 

 彼の言葉にグレイは特に口出しすることなく、あっさりと了承すると両翼を展開。

 大きく翼を広げ、一度の羽ばたきで一気に飛翔。ギルド本部上空から都市を見下ろした彼は不敵な笑みを浮かべ、大気の壁を突き破り急加速。

 一瞬の内に移動を完了し、胡座をかいて座る象の頭を持つ巨人の像の頭の上に着地したグレイは、見せつけるように両翼を広げた。

 下で激戦を繰り広げる冒険者達が、悪魔が、モンスターが、闇派閥(イヴィルス)が動きを止め、彼を見上げた。

 正義にとっては希望の象徴。悪にとっては絶望の象徴。

 片や戦闘中に関わらず喜びを浮かべ、片や恐怖に顔を引き攣らせる。

 正反対の表情を浮かべる両陣営を見下ろしたグレイは不敵に笑う。

 

悪魔、死ぬべし(Devil's must die)!」

 

 右手に大剣。左手に刀を構え、突撃を開始。

 飛び出した拍子に巨人像の頭が爆散し、下から「ガネーシャァァァアアアアアアアア!?!?」と男神の悲痛な叫びが聞こえてきたが、グレイはそれを無視。

 

「ついでに『悪も滅ぶべし(Evil's must die)』ってな!!」

 

 悪魔を。モンスターを。闇派閥(イヴィルス)を。

 悪が無辜な人々にそうしたように、抗いようのない純粋な暴力が悪へと降りかかった。

 

 

 

 

 

 戦闘が続く都市の中でも、その音は全てのものに届いていた。

 鼓膜を震わせ、骨に響く重々しい斬撃音は、先程の信号弾が真実であると冒険者達の背中を押す。

 そしてその音は、敗れた『覇者』にも届いていた。

 ぐちゅりと気持ちの悪い音を立てて、傷口から黒い膿が吐き出される。

 出血と膿により黒く染まったその肉体は、果たしてどこまでが超毒に犯され、腐り果てているのか。

 破壊され尽くした中央広場(セントラルパーク)。砕け、捲り上がった石畳の上に倒れ、曇天の空を見上げながら目を伏せた。

 

「ステラも、負けたか……」

 

 噛み締めるようにそう呟き、馬鹿野郎がと呪詛にも似た声を胸中で漏らす。

 

「ザルド」

 

 よもや生きているとはと、表情には出さずとも驚きを露わにするオッタルの声に、ザルドは笑おうとして上手く頬を動かせず、唇の端を僅かに吊り上げただけの微笑を浮かべた。

 武人というにはあまりにも優しい表情。ザルドのそんな顔を見ることになるとはと顔には出さない驚きを重ねるオッタルにザルドは言う。

 

「臭いでわかるぞ、小僧。俺でも笑う時は笑う」

 

「……」

 

 それに言葉も返さずに黙り込むオッタルに、ザルドは息を吐いた。

 戦うことしかできないなどと知ってはいたが、もう少し何かあるだろうといっそ笑ってしまう。これが団長とは、これが冒険者の『頂点』とは。

 だが、だからこそと言うべきか、ザルドはオッタルが言わんとしていることを察することができた。

 良くも悪くも何度もやり合ったのだ。オッタルがザルドの真意を知るのに斬り合ったが、ザルドがオッタルの真意を知るのに剣を使う必要はない。

 

「悪魔と取引きまでして力を手に入れ、あの悪魔小僧を叩きのめした時よりも悪魔どもをたらふく喰ってきた……!今日の俺は、いついかなる時の俺よりも、強かった……!」

 

 陸の王者(ベヒーモス)を喰らい、その超毒に犯された肉体。

 オッタルにとってのザルドの全盛期とはつまり、ベヒーモスに挑む直前の身体能力(ステータス)も極まり、超毒に犯されていない頃だ。

 超毒で弱まり、万全とは程遠いザルドに勝ったところでなどと、そんなふざけた理屈を捏ねくり回しているに違いない。

 だが、ザルドは告げた。

 もうまともな皮膚さえも残っていないこの体は、悪魔と取引までして延命したこの命は、過去の己よりも強かったと、くだらない思慮に耽る勝者の背を押してやる。

 

「誇れ。お前は、勝ったんだからな」

 

「……わかった」

 

 その言葉への返事は短かった。

 何も必要のないほどに万感の想いが込められていた。

 

「ザルド。ベヒーモスを討ったこと、後悔しているか」

 

 ザルドを英雄から引き摺り下ろす直接のきっかけとなったベヒーモス討伐戦。

 後方も後方であったがそれに参加していたオッタルは、気づけばそう問いかけていた。

 

「──していない」

 

 ザルドは断言した。

 

「仲間のため、悲願のため。俺は俺にできることをした。後悔など、するものか」

 

 体中から黒い膿を吐き出し、口からも血が溢れ出す。

 鮮血などとは言えない、黒く汚れた血が、彼の顔を染めていく。

 

「だが、後悔があるとすれば……」

 

 遠くから剣戟の音が聞こえる。

 数十の悪魔を屠り、同じ数だけのモンスターを葬り、闇派閥(イヴィルス)を斬断する。英雄(グレイ)による蹂躙の音が聞こえてくる。

 もう次の戦場に移ったのだろう。音のする方角が変わっていた。

 

「あの悪魔小僧と……正真正銘、本気になったあいつと……()れなかった」

 

 男は最期まで武人だった。

 一度は勝ちを拾った相手ではあるが、そいつが別に本気ではなかったと知らされて気持ちのいいことなどあるものか。

 技と駆け引きの全て駆使し、全てを吐き出しきらずに終わりなど、納得できるものか。

 

「オッタル」

 

 初めて己の名を呼ばれた驚きを殺し、オッタルは答えた。

 

「……なんだ」

 

「あいつとの決着は……お前がつけろ……」

 

「……ああ」

 

 この戦いが終われば、グレイは下界最強として、新時代の到来と共にその名を轟かせることだろう。

 ぽっと出の根無し草に最強の座を譲るなど、英雄の都(オラリオ)が聞いて呆れる。

 

「あいつに勝ったとしても、満足するな……進み続けろ……高みへ……そのさきへ……ひたすら高みへ……」

 

「言われるまでもない」

 

「そう、か……」

 

 眼差しが遠のく。

 灰色の雲に覆われた空を見上げながら、かつての『英雄』はその言葉を遺した。

 

「つよくなれ……ガキども……どいつも、こいつも……だれよりも……つよく……」

 

 男の命はそこで尽き果てた。

 弔いの歌はなく、あるのは戦場の音ばかり。

『英雄』の最期を見届けたフレイヤは膝を折り、手を伸ばし、彼の瞼を下ろしてやる。

 遺体に取り憑く亡霊達も、女神の威光を前に近づくことすらもできず、極上の肉体を前に退散する他にない。

 女神は無様に逃げていく亡霊を視界にも入れたくないのか、奴らに視線を向けることなく呟いた。

 

「【ゼウス・ファミリア】最後の生き残りが、消えた。今度こそ」

 

「はい……」

 

 最強の眷属達が築いた千年の時代が終わった。

 それを感じながら、オッタルもまた空を見上げた。

 ザルドが最期に見た景色を、灰色の空を己の目に焼きつける。

 

「ザルド。感謝する」

 

 オッタルが呟いた感謝の言葉に応えるように、背負う黒塊が一度だけ小さく震えるのだった。

 

 

 

 

 

 その姿は何よりも惨めで、悲惨で、悲痛だった。

 

「ぐるぁぁああああああああああああああ!!!」

 

 片腕を失い。片目を失い。残された左腕と両脚を毛皮が包み、獣の相を強めたその姿は狼人ではなくモンスターのよう。

 魔力と共に命を燃料に四肢を稼働させ、目につく全てを引き裂いていく。

 白妖精の片腕が千切れた。黒妖精の片足が捥がれた。小人達はそれぞれの四肢を複雑に折り曲げながら吹き飛んでいく。

 月の女神の眷属達も、鍛治神の眷属達も、名も知らぬ神々の眷属達も、その全てを蹴散らしていく。

 鮮血が舞う。悲鳴が溢れる。だがそれ以上の戦意と鬨の声が戦場に響く。

 それらが殺意を向けるのはただ一点。瓦礫の山の上で立ち止まり、雲の向こうに輝く星に向け、咆哮をあげる闇派閥(イヴィルス)が誇る最後の『覇者』──マルコシアス。

 金色の光が冒険者達を癒す。千切れた四肢を繋ぎ合わせ、風穴が開いた腹を押さえながら、冒険者達が立ち上がる。

 いっそ死なせてくれと泣き出す者さえ出てくるが、せめて肉壁になってから死ねと言わんばかりに立ち上がらせる。

 だがその速度もだいぶ落ちてきていると、他の誰でもないヘイズが自覚していた。

 額に浮かぶ珠のような汗を拭うことさえも忘れ、精神力(マインド)を絞り出して冒険者達を癒やし続ける。

 

「いいぞ……いいぞ……!まだ行けるだろう!まだやれるだろう!貴様らの限界はそこではないだろう!?」

 

 血に塗れ、防具を脱落させ、あるいは壊れかけた得物を引き摺りながら、それでもなお向かってくる冒険者。

 マルコシアスはその姿に歓喜し、挙句に煽りながらゴキリと指を鳴らして爪を立てながら、腰を沈めて突撃の体勢となる。

 

「私はまだ生きているぞ!まだ終わったなどいないぞ!さあ、やるぞ!続けるぞ!!」

 

 血を流しすぎたことの弊害か、あるいは死に瀕した体がそれを押し除けんとしているのか、過剰に分泌される興奮物質(アドレナリン)によって血走った瞳を限界まで見開き、興奮のままに叫ぶマルコシアス。

 その言葉を最後に、全ての者の視線を引きちぎる斜線となった。

 斜線が通過する度に誰かが倒れる。第一級冒険者ですらと追従不可の超加速からの一撃離脱(ヒット・アンド・アウェイ)を誰も止められない。

 気配と空気の流れである程度は先読みできるアルテミスでも、零能たるその体では捉え切ることができない。

「くそ!」と似合わぬ悪態を吐きながら、それでも神がかった一矢がマルコシアスの進路に差し込まれるが、キン!と硬質な音と共に矢が弾かれる。

 興奮状態に陥りながら、それでも冷静に攻撃を見切ってくる。

 アルテミスは基本なんでもありな天界にすらここまでの怪物はいなかったと、柳眉を逆立てた。

 だが、その一手が第一級冒険者達を動かした。

 彼らですら視認不可の超高速。だが、矢の迎撃というあまりにも小さな動作によりほんの僅かな減速が、彼らの視界にマルコシアスの姿を引き摺り出す。

 

「づぁ!!」

 

 黄金の加護(ゼオ・グルヴェイグ)をもってしても、流した血が戻るわけではない。

 ふらつき、瞳をうつろにしながらも、それでもなおヘグニが迫り来る影に向けて黒剣を振るった。

 ギン!と剣が腕を捉えたにはあまりにも甲高い衝突音。あまりにも硬質な手応えにヘグニは眉間の皺を濃くした。

 ヘグニの剣を手のひらで受け止め、獰猛な笑みを浮かべるマルコシアス。

 

「「「「いい加減に死ねよ!」」」」

 

 ようやく来た間合い内での停止。その瞬間にガリバー兄弟が斬りかかる。

 発勁の如く手のひらから放たれた衝撃波でヘグニを吹き飛ばし、ガリバー兄弟の誇る無限の連携の渦へと自ら身を投じる。

 四方から迫り来る剣戟を残された手足で捌き、連携をただ正面から迎え撃つ。

 左目を失ったことで増えた死角を攻められる。

 右腕を失ったことで減った手数を攻められる。

 マルコシアスとの長時間の戦闘で慣れてきたというものあるが、消耗に消耗を重ねた彼女を、兄弟の連携が攻め続ける。

 

「片腕を奪ってくれただけはある!だが……!」

 

 弟達の連携の隙間を縫い放たれたアルフリッグの刺突を頭を傾けるだけで避け、お返しだと言わんばかりに頭突きでアルフリッグの鼻を砕く。

 鼻血を噴きながら頭を仰け反らせたアルフリッグの首を掴み、背後から迫ってくるドヴァリンに叩きつけ、二人纏めて吹き飛ばす。

 

「こうしてしまえば、ただの雑兵だな!」

 

 残されたベーリングとグレールを蹴刀で纏めて薙ぎ払い、兄二人と同じ場所へと転がした。

 片足を振り抜き、地面につくまでの一瞬。ヘディンの長刀の一閃が放たれるが、腰から生えた蛇がその一撃を容易く受け止める。

 鱗皮に阻まれ、弾かれる長刀。だがそれは織り込み済みだと左手を向けた。

 

「【ヴァリアン・ヒルド】!!」

 

 零距離から放たれた雷の大砲撃にマルコシアスが呑み込まれ、ヘディンの視界が白に染まる。

 見違えようのない直撃。だがこれでは足りないと散々刷り込まれた思考が、ヘディンの体を後ろに跳ばせた。

 直後彼がいた場所に蛇の毒牙が迫り、空を噛んだ。

 

「二度目はないか!そう来なくてはな!!」

 

 マルコシアスは彼の回避を褒めながら笑う。

 毒を打ち込めば第一級冒険者であろうが戦線離脱(リタイア)だ。

 満たす煤者達(アンドフリームニル)の中には解毒の魔法を覚えている者もいる。だがマルコシアスの毒は駄目だ。

 あまりにも強力がすぎるその毒は、都市最高とまで言われる治癒師(ヒーラー)の全癒魔法でもなければ完治は不可能。

 事実ヘディンは死に瀕したのだ。助かっただけでも奇跡だと太鼓判を押された。

 戦闘中に喰らえば今度こそ死ぬ。そして第一級冒険者が一人でも欠ければ自分達は負ける。

 うなじを撫でる冷や汗の不快感に眉を寄せながら、ヘディンはすっと目を細めた。

 雷砲による爆煙が晴れ、姿を見せるマルコシアス。展開された翼が帯電し、バチバチと放電(スパーク)しているところからして、翼で受けられた。

 いいや、受け止めた挙句に付与魔法(エンチャント)の如く奪われた。しかも痛痒(ダメージ)らしいものも見られない。

 

「怪物が……ッ」

 

 ヘディンは隠す必要のない憎悪を込めた言葉を彼女に投げた瞬間、

 

「悪魔だ!間違えるな!」

 

 限界まで見開いた瞳と口角を吊り上げた獰猛な笑みが、彼の視界を覆った。

 次の瞬間には凄まじい衝撃に脇腹を抉られ、口と腹から血を吐きながら吹き飛ばされる。

 

「射て!」

 

 その瞬間、主神の号令に合わせた【アルテミス・ファミリア】による矢と魔剣による斉射がくるが、軽く一度羽ばたき、奪った雷砲を散弾の如く発露させることで諸共吹き飛ばす。

 焼き焦げた矢が炭になりながらあらぬ方向に飛び、魔剣の砲撃が相殺される。

 飛沫が【アルテミス・ファミリア】へと襲いかかり、団員達が慌てて主神を庇う中でマルコシアスは叫ぶ。

 

「邪魔をするな!弓兵風情が!!」

 

 血を流して倒れる彼女らに吼えるマルコシアス。

 興奮のままに熱くなった思考が、強者との闘争を求める本能に塗り潰されていく。

 

『うおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

「阿呆が……っ!止まれ……ッ!」

 

 そんな側から見れば隙だらけな彼女に派閥連合の冒険者達が斬りかかる。

 血と共に吐き出されたヘディンの制止の声も届かず、彼女の間合いに飛び込んでしまった。

 もはや見る価値もないと言わんばかりに一瞥もなく、送る言葉すらなく、無造作に振るわれた尾の一撃で纏めて薙ぎ払われ、肢体が無惨に引き裂かれる。

 黄金の加護(ゼオ・グルヴェイグ)は続いている。だがそれでも治しきれない傷をつけられてしまえば、あるいは即死してしまえば彼らは助からない。

 半ば爆散したような状態の遺体の残骸が辺りにぶち撒けられる中、マルコシアスは血払いをくれるように尾を振った。

 禍々しく雷を纏う鷹の翼。

 血に塗れながらもこちらを威圧するように睨みつけてくる蛇の尾。

 いよいよをもって人型であることを捨て始めた彼女の姿は、事実悪魔のそれだった。

 

「さて。次はなにが──……っ!」

 

 冒険者達を睥睨し、次の手を待ち構える彼女の耳に、軽やかな足跡が届いた。

 弾かれるように振り向き、勢いのまま裏拳を放った瞬間、背後から迫っていた穂先と激突し、甲高い音と共に乱入者が吹き飛ばされる。

 空中で回転し、軽やかな着地を決めた乱入者は腰を沈めて突撃の体勢を取り、鋭く息を吐いた。

 

「……轢き殺す」

 

 突きつけられる殺意。向けられる零度の瞳。

 都市最速の冒険者【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】。

 彼の参戦に残り僅かとなった冒険者達が一斉に沸くが、彼の同僚達(フレイヤ・ファミリア)はそうとはいかない。

 あいつのことだから帰還して即行で来たのだろうと察してしまうし、回復薬(ポーション)とヘイズの【ゼオ・グルヴェイグ】で傷は治る。

 だがその身に蓄積された疲労まではどうにかなるものではない。

 構えながら、僅かに肩を揺らして呼吸するアレン。普段なら小揺らぎもしないいつもの構えが、僅かにブレているように見える。

 同じく満身創痍。息を乱すマルコシアスだが、目を細め、初見でありながら不調を見抜いた彼女は、それでも愉快そうに目を細めながら唇を三日月に歪めた。

 

「もう少し休んでいても良かったんじゃないか?遅刻した挙句に疲労困憊とは、笑わせる」

 

「喋るな。黙って殺されろ」

 

 アレンの言葉にマルコシアスは何も返さず、直後二人の姿が掻き消えた。

 遅れて二人がいた場所が爆散したかと思えば、斜線と斜線が交錯しあい、その度に火花を散らす。

 アレンの突きを躱し、お返しに拳を放つが彼は上体を横に逸らすことで回避。

 余波だけで防具ごと胸が裂け、出血させられるが構うものかとアレンは更に加速する。

 風景が斜線となって流れていく。風切り音が聴覚を支配する。

 それでもなお、アレンの疾走は止まらない。狙うは心臓ただ一点。

 残像すらも残さぬ高速移動。僅かな斜線と踏み込みの音を残して戦場を駆けるアレンだが、それすらも捉えているマルコシアスは口元に笑みを形作る。

 

「速いな!だが──」

 

 嘆息しながら溢した呟きを合図に、助走を終えたアレンの突撃を敢行。

 一際派手に地面を爆散させ、砂塵の尾を引きながらマルコシアスへと肉薄した瞬間、彼の視界を彼女の掌底が支配した。

 向こうから突っ込んでくるのだ。ならばこちらが追う必要はなく、すべきは攻撃の設置。

 都市最速たるアレンの動きを見切り、回避も防御もできない絶妙な時機(タイミング)で攻撃を置くなどという神技を、さも当然のように敢行。

 そして、そんな神がかった時機(タイミング)を的確に捉えた彼女の掌底に、アレンは頭を突っ込ませる。

 重低音と共に、己が生み出した加速をそのまま威力として叩き込まれる。

 鼻をぐしゃぐしゃに潰し、砕けた歯が口内を転がる中、マルコシアスの視線が彼を射抜く。

 

「あの()と比べてしまえばな!!」

 

 マルコシアスにとっての最速とはステラである。

 どんなに警戒していようが、来るとわかっていようが反応さえも赦さない──文字通り次元が違うものを知るマルコシアスからすれば、アレンはまだ遅い。

 

「都市最速とはこの程度か!?」

 

 彼女はそう吐き捨てながら、アレンの鳩尾を槍の如く蹴りで穿ち、蹴り飛ばす。

 ごぼりと血を吐きながら吹き飛び、受け身も取れずに石畳に叩きつけられた四肢をぐちゃぐちゃにしながら転がっていくアレン。

 マルコシアスは死屍累々となった戦場を見渡しながら深く息を吐き、昂りすぎた思考を落ち着かせると、白亜の巨塔(バベル)へと目を向けた。

 

「ザルドが敗れ、街の様子からしてステラも負けたか。ならば、弔いがてら私がその遺志を継いでやろう」

 

 バチバチと音を立てて彼女を中心とした放電現象(スパーク)が起き、紫電が血に染まった戦場を照らす。

 残りの魔力も少ない。今行ったところでグレイには勝てないのは明白。

 仇討ちができないのなら、せめて塔を壊し、神時代を終わらせる。ステラの目的を果たしてやる。

 雷が迸る。彼女に残された魔力が周囲や漂う魔素を巻き込んで左手に収束していく。

 

「──終われ、神時代」

 

 魔力が臨界を迎え、彼女の腕を内側から焼いていく。

 焼き爛れていく左腕をバベルに向け、それが放たれようとした瞬間、

 

「【金の車輪、銀の首輪。憎悪の愛、骸の幻想、宿命はここに】」

 

 詠唱が始まった。

 驚きを露わにしながら、魔力の高まりに誘われるように視線を向ける。

 そこには黄金を纏う戦猫がいた。いかなる傷を癒す加護を受けた獣が、砕けた四肢を無理やりに治癒されながら、立ち上がる。

 アレンの魔法という、同派閥ですら馴染みのない行動に冒険者達が驚きを露わにする中、彼の詠唱は進む。

 

「【消えろ金輪(こうりん)、轍がお前を殺すその前に。【栄光の鞭、寵愛の唇、代償はここに。回れ銀輪(ぎんりん)、この首落ちるその日まで】」

 

 瞳に宿す零度の殺意。

 俺を見ろ、俺だけを見ろ。他はともかく女神(フレイヤ)は殺させないと言わんばかりの殺意と覚悟を浴びながら、マルコシアスは笑みを浮かべる。

 左腕に魔力を溜めたまま、来いと言わんばかりに両翼を広がる。

 

「【天の彼方、車輪の(ユメ)を聞くその死後(とき)まで】」

 

 腰を沈め、突撃の体勢を作りながら槍の切先をマルコシアスへと向けた。

 

「──【駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】」

 

 最後の一節が紡がれる。高まった魔力が蒼銀の光となり、アレンを包む。

 

「【グラリネーゼ・フローメル】」

 

 金と銀の閃光を引っ提げ、アレンが発走する。

 アレンの魔法──【グラリネーゼ・フローメル】。

 その効果は『敏捷』アビリティの超高強化と『速度の威力変換』。

 つまり走り続け、加速し続けることで威力を増していく。彼を最速たらしめる切り札。

 石畳が爆散し、何ものであろうと食い止められない光の奔流が進路上の全てを蹴散らしていく。

 それはもちろん瓦礫であろうとも、冒険者であろうとも(・・・・・・・・・)

 奔流が掠めただけで冒険者達が蹴散らされ、宙に舞い上がる。

 遅れて駆け抜けた痛みに悲鳴をあげるが、アレンの疾走の音に掻き消される。

 全てを置き去りにして、【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】は加速していく。

 だがマルコシアスは動かない。当てるつもりもない攻撃を前に、動く愚は侵さない。

 アレンの魔法は加速すれば加速するほどその威力を増していく。

 彼女を囲むように転進を繰り返し、いくつもの轍を刻みながら加速を繰り返す。

 やがてアレン自身でさえも速度を制御しきれず、直線から歪に蛇行する轍を刻み始め、それでもなお速度が上がる。

 まだ足りない。これでは奴には届かないと、アレンは己の限界を超えていく。ヘイズもまた彼の治療に全てを賭ける。

 脚が砕ける。すぐに癒される。

 癒された次の踏み込みでさらに壊れ、さらに癒される。

 自壊と修復を繰り返し、限界を超えた更なる加速が生み出される。

 上限なく、ひたすらに加速していく中、ついに奔流がマルコシアスに向けて転進する。

 彼女は牙を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべ、両脚を石畳にめり込ませ、両翼を盾の如く前面に構えた。

 直後、光の奔流が彼女を呑み込んだ。

 全てを撹拌する暴力的な魔力の中で翼と槍が衝突し、マルコシアスが押し込まれる。

 アレンが残す轍の中に彼女の踏ん張りを示す二本の轍が刻まれる。

 

「ぐるぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「づぅぅああああああああああああああ!!!」

 

 マルコシアスを轢いてなお、止まらないアレンの疾走。

 奔流の中にあってなお響く二人の咆哮が都市に轟き、決着を全てのものに予感させた。

 槍を受け止めながら、彼を受け止めんと踏ん張るマルコシアスだが、翼の隙間から覗くアレンの双眸を睨みながら、それでもなお口元には笑みが浮かぶ。

 ブチブチと繊維が裂ける音を立て、翼が捥がれようとしている。

 バキリと音を立てて、槍が砕けようとしている。

 加速を止めまいと踏み込み続ける脚が、槍を握る腕が壊れていく。

 マルコシアスとアレンの視線が交錯する。悪魔が笑い、戦車が吼える。

 いつまでも続くと思われた二人の衝突は、ついに終わりを迎える。

 アレンが走るには、マルコシアスが止めるには、あまりにも都市が狭すぎたのだ。

 二人はついに都市の端である市壁に到達。転進も停止もすることなどできず、二人は勢いのまま市壁へと叩きつけられる。

 マルコシアス自身が緩衝材となり、市壁自体の破壊は免れたものの、それでも盛大なまでの破砕音を立てて市壁が砕け、あまりにも深い亀裂が刻まれる。

 崩れた上部からの瓦礫が降り注ぐ中、市壁に叩きつけられたマルコシアスが血を吐き出し、アレンは衝突の勢いで弾かれる。

 無様に地面を転がった彼は、繋がっているだけの握られる肉塊となった脚を一瞥して血の塊を吐き出す。

 

「く……そが……ッ!」

 

 地面に殴りつけ、槍を取ろうとするが柄ごと砕けたそれはもはや武器ではない。

 それでも睨みつける先にいるのは、壁にめり込んだ体を剥がしていくマルコシアスだ。

 

「やるではないか、冒険者。見切りをつけるには早かったか」

 

 肩を揺らして息を乱しながら鼻から溢れた血を拭った瞬間、べちゃりと音を立てて左翼が地面に落ちた。

 踏ん張り続けた両脚も踵の肉と骨がすり減り、足というには歪な形となっていた。

 ヘディン達が追い詰め、アレンが刺した最後の一走。それでもなお殺すには届かない。左腕に収束した魔力を散らすには足りない。

 

「惜しいな。あと五年もすれば、私を殺しきれたかもしれないが」

 

 左腕をバベルに向ける。アレンがばら撒いた魔素さえも巻き込んでさらに収束させていく。

 両脚を駄目にしながら、それでも止めんとアレンは手を伸ばすが、最速たるを失った彼では届かない。

 そんな彼を見つめる瞳は、今度こそ終わらせてやると静かに告げている。

 葬送の言葉はなく、賞賛の言葉もなく、装填が終わる。

 高まり続ける魔力に都市の一角が白に染まり、揺れ始める。

 あれこそまさに終末だと『正義』の勝利で決まりかけた盤をひっくり返す滅光に賭ける『悪』は、いっそ祈るような声色で口々に叫んでいた。

 滅びよ。来たれ。

 終末よ。来たれ。

 混沌よ。来たれ。

 

「──【(あらた)なる契りを此処に。捨てられし真名(まな)、刻まれし光。右腕(うで)は裂け、傷口(きず)は哭き、五の一が開く】」

 

 あれを止める術はない。止められるわけがない。

 魔法に長けていなくとも、例え赤子であろうとも理解させられる自明だった。

 だが、だからこそ、【勇者(ブレイバー)】はその名を示す勇気をもって、滅光とバベルの間に立ちはだかった。

 

「【語れ賢者(フィネガス)よ、神工輝斧の担手(にないで)よ。騙れ偽者(フィアナ)よ、汝は赤を名乗る者。報いし猟犬は既に数多の槍とともに】」

 

 彼を(フィン)たらしめる原点。小人族(パルゥム)の最大にして最後の誇りたる『フィアナ騎士団』の伝説。

 女神にまで擬神化させられた一族の栄光と誇りが、彼の背中を押してくれる。

 

「【轟く馬蹄、終わらぬ蹄跡、騎士達の歌は今もなお高らかに響く。すなわち誓約、小人(われら)が誇り。すなわち狼煙、小人(われら)は守護者。一族よ、集え。この御旗のもとに。同胞よ、続け。聖烈の光は今も先前に】

 

 魔力が高まる。滅光を押し除けんとくる勇者の輝きが、マルコシアスの視線を奪う。

 左手を彼へと──その背後のバベルへと向ける。

 正邪の決戦。その勝敗を決める最後の一戦の相手を、彼と定める。

 グレイがいる。他の冒険者もいる。今の自分を殺しうる相手はまだいるだろう。

 だが、あれと勝負がしたい。陣営の勝利など関係なく、一人の戦士としてあれから目を逸らすことなどできない。

 

「【我が名は一走(いっそう)、蹄鉄とともに駆ける者。大いなる勇気(いし)のもと、今一度。もう一度。聖約(ゲッシュ)をこの手に】」

 

 綿密に練り上げられた魔力が『黄金の長槍』を形成していき、マルコシアスを睨む碧眼が真紅に染めあがる。

 澱みなく進む超長文詠唱は、マルコシアスの溜め時間と共に都市にいる者達に祈る時間を与えていた。

 マルコシアスがすぐに撃てば絶望など感じずに済んだだろう。

 フィンがいなければ希望など感じずに諦められただろう。

 敵も味方も関係ない。全ての者が戦う手を止め、決着の瞬間に目を向ける。

 

「【もし許されるならば。今ここに、女神の一槍(いっそう)を】!」

 

 最後の詠唱を終え、左腕を引き絞る。形成された長槍を投射する構えを見せる。

 マルコシアスが笑い、露出する両脚の骨と尾の蛇を地面に突き刺して体を固定。

 

「いくぞ……ッ!!!」

 

「【ティル・ナ・ノーグ】!!!」

 

 極大の雷霆が市壁からバベルへと駆け抜ける。

 進路上の全てを灰さえも残さずに薙ぎ払い、邁進する破滅の雷霆に『悪』が雄叫びをあげる。

 至天の一槍がバベルから市壁へと投じられる。

 進路上の全てを貫通しながら単騎駆けを敢行する聖なる一槍に『正義』が吼える。

 全ての者の祈りが込められた両者は、次の瞬間に正面から激突。

 衝突点の周囲のもの全てを吹き飛ばす凄まじい衝撃は都市に留まらず下界さえも揺るがす。

 最後の雷霆と最後の一槍。両者は拮抗し、激しい放電現象(スパーク)を起きる。

 雷霆がブレる。一槍に亀裂が入る。それでもなお拮抗する。

 足りない。雷霆を貫くには威力が足りない。

 フィンの切り札──【ティル・ナ・ノーグ】。

 Lv.および潜在値を含む全アビリティ数値を魔法能力に加算させ、投槍による攻撃を放つ投槍魔法。

 次世代の英雄候補の中において、オッタルの絶技(ヒルディス・ヴィーニ)と並んで評される至高の一槍。

 だが、それをもってしてもマルコシアスの雷霆を貫くには足りない。

 フィンが苦虫を噛み潰したように表情を歪める中、マルコシアスも柳眉を逆立てた。

 たかが一槍が砕けない。世界を終わらせる気概で放った一撃を、たった一本の槍で受け止められている。

 マルコシアスはなけなしの魔力で雷霆を押してやろうと左手に力を入れた瞬間、その目を見開いた。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額(ひたい)を穿て】!!──【ヘル・フィネガス】!!」

 

 駆ける者がいた。展開される滅殺の領域の中を、小さな影が駆け抜ける。

 指先に集った紅の魔力で額を穿ち、獣の如き咆哮をあげる凶戦士が疾走する。

【ティル・ナ・ノーグ】と共にあるフィンの二つある魔法の一つ。

 それは高揚魔法。詠唱により生じた魔力で額を穿つことで発動し、全能力を超高強化させる代償に知将たる彼を理性なき凶戦士へと変貌させる諸刃の剣。

 金の髪が焼かれて溶ける。纏う鎧が一瞬にして鉄屑へと変わり、精霊の護布が魔力の飛沫が掠めただけで焼き切られる。

 それでもなお、恐怖を打ち消す狂騒の中であってなお彼の勇気だけは揺るがない。

 血と魔力に当てられて真紅に染まった双眸を見開きながら、小さな勇者は己の槍に追いつき──。

 

「貫けぇぇええええええええ!!!」

 

 咆哮と共に、【ティル・ナ・ノーグ】の石突きを殴りつけた。

 Lv.5の最上位にして、【ヘル・フィネガス】の効果でさらに激増した身体能力(ステータス)による黄金の長槍が発射される。

 長槍は弾丸となり、再加速。拮抗もなく破滅の雷霆を貫通、飛散させ、挙句に雷霆を纏いながら直進。

 

「────…………」

 

 マルコシアスは小さく目を見開き、迫る一槍を見つめた彼女は口元を緩やかに曲げて微笑んだ。

 受け入れるように腕と翼を広げ、防ごうともせず、避けようともせず、彼女は迫りくるものを受け入れた。

 彼女の心臓を勇者の一槍が貫いた。

 

 

 

 

 

 




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