ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission42 絶対悪

 戦いの音が消えた。

 強靭な勇士(エインヘリアル)達の死力を尽くした抗戦と、迷宮より帰還した戦車の疾走。そして真勇を示した勇者の一槍が、ついに最後の『覇者』の心臓を貫いた。

 市壁に縫い付けられ、ごぼりと血を吐き出したマルコシアスは、心臓を貫く黄金の長槍を掴んだ。

 引き抜こうと力を込めれば、長槍は役目を終えたと言わんばかりに霧散していき、胸の風穴から血が噴き出す。

 

「はは……っ」

 

 マルコシアスは乾いた笑みをこぼし、市壁に背を擦りながらその場に腰を降ろす。

 心臓ごと肺も抉り取られたのだろう。呼吸をするだけでも激痛が走り、碌に酸素を取り込むこともできない。

 ヒューヒューと胸の穴から風が吹き抜ける甲高い音が漏れ、似たような音が口からも漏れる。

 霞む視界の中で、自身を囲むように現れた冒険者達を一瞥する。

【フレイヤ・ファミリア】が誇る第一級冒険者達。

 そんな彼らに引き摺られるような形で現れる満たす煤者達(アンドフリームニル)の筆頭たる金の魔女。

 そして、狩猟を司る勇ましき女神。

 彼らに包囲される中、雷霆に抉られた都市の残骸の中に【勇者】が立ち上がるのが見えた。

 遠目から見てもわかる満身創痍。それでも震える二つの足で立ち、大地を踏み締める様の何と無様で──何と雄々しいことか。

 

「見事だ……」

 

 万感の想いを込めて、子を褒める親のような穏やかな声色でただそう告げる。

 圧倒的なまでの物量と満たす煤者達(アンドフリームニル)による支援。そして第一級冒険者達による命を投げ打った攻勢。そして女神の援護。

 そこまでしてなお仕留めきれず、最後の最後で万全の勇者の全力の一撃を叩き込ませてようやく撃破。

 まだ喋る余力は残す彼女の姿に、【フレイヤ・ファミリア】の冒険者達は勝った気がしないと言わんばかりの表情を見せるが、そんな彼らをマルコシアスが鼻で笑う。

 

「なにをむくれている。誰が、何と言おうと、貴様らの勝ちだ。胸を張れ、私まで惨めになる」

 

 彼女はそう言いながら深く息を吐き、一度咽せたかと思えば口の端から血を垂らす。

 悪魔とは弱肉強食の力こそが法となる世界。どんなに不利な戦いを押し付けられようが、互いに全力をもって殺し合い、負けたのならそれを受け入れる他にない。

 

「私を討ったのだ。下らん死に方をするなよ、冒険者ども」

 

 くつくつと愉快そうに笑いながら、マルコシアスは冒険者達を見つめた。

 神時代を生きる英雄候補達。いいや、新たな時代を生きることになる英雄達の姿をその目に焼き付けると、ピシリと音を立てて彼女の頬に亀裂が走る。

 そこから血と共に魔力の燐光が溢れ、光片となって冒険者達の元へと流れていく。

 炎を纏う光片がヘグニに。

 雷を纏う光片がヘディンに。

 毒の瘴気を纏う光片がガリバー兄弟達に。

 血のように紅い光片がアレンとフィンの元へ。

 そして彼女の毛並みを思わせる濡羽色の光片がヘイズの元へ。

 

「餞別だ。使うか否かは貴様らの好きにしろ」

 

 冒険者達は自身を囲むように漂う光片を鬱陶しそうにしながらも、不承不承と言った様子で手に取る。

 光片が閃光を放ちながら手のひらの中に収束し、やがて宝石となって彼らの手に納まった。

 マルコシアスの魔力が込められた魔水晶(オーブ)

 これを使えば果たしてどんなものが産まれるのか、それは生み出した彼女自身でさえもわからない。

 何せこの世界のことをよく知らないのだ。腕のいい職人がいるとはわかるが、彼らがどこまでやれるのかなど知りようがない。

 マルコシアスは空を見上げた。分厚い雲に覆われ、今が昼なのか夜なのかもわからない。だがどちらにしたってもう星を見ることはないだろう。

 彼女はゆっくりも息を吐く。残された魔力も、血も、肉も、冒険者達に分けてやった。もう限界だった。

 頬に走った亀裂が全身へと広がっていき、肉体の末端から崩壊が始まる。

 指先が灰となり、飛び出した足の骨が空気に溶けていく。

 意識が薄れていく。痛みも消え、あるのは眠気にも似た虚脱感。

 

(──ああ。これが死か)

 

 恐怖はなかった。後悔もなかった。

 あるのはあの()のところに逝けるだろうかという淡い期待と、そんなことをしてしまう自分への自嘲。

 それらに身を任せて瞼を閉じようとした瞬間だった。

 重々しい音と共に、彼女の愛剣が目の前に突き立った。

 驚愕に目を開いた彼女は、弾かれるように視線を冒険者達から外した。

 そこには一人の青年がいた。『英雄』たるを強いられ、その為の試練を踏破した──妹の命を代価に英雄となってしまった兄の姿がそこにあった。

 背には大剣。腰に帯びるのはあの()の刀。

 彼自身と刀からほんの僅かに感じるあの()の魔力が、彼女の最期を──兄に何かを託して逝けたことを教えてくれる。

 

「もう、私には不要だ。お前の好きにしろ」

 

 戦士として己の半身と共になどど感傷なこともせず、思い出だけを抱いた逝くと決めた彼女は目を閉じる。

 あの()と一緒にいたのは数万年を生きる悪魔の一生からすれば、数日に思えてしまう程のほんの僅かな期間。

 だが決して忘れようのない賑やかで、温かな日々を噛み締めながら彼女は笑った。

 頬を、瞳から溢れた透明な雫が伝っていく。

 それにさえ気づかずマルコシアスの肉体は崩壊が進み、灰となって崩れていく。

 彼女は穏やかに微笑んだままその体を灰へと変え、風に吹かれて飛ばされていった。

 舞い散る彼女の最期を冒険者達は黙して見届け、女神はあるいは別の道を夢想し、それは彼女への侮辱だと小さく頭を振った。

 そしてグレイは彼女が流した涙を思い、黙禱を捧げるように瞑目するのだった。

 

 

 

 

 

 マルコシアスの討伐。

 その情報が決定的となった瞬間、都市に大歓声が轟いた。

 冒険者達が雄叫びをあげ、神々は胸を撫で下ろしながら、悪魔への牽制のためと神威を全開にしていた疲弊感からか、何柱か気絶した。

 幸運によグレイの蹂躙から逃れた闇派閥(イヴィルス)の残党や悪魔達は都市外や地下へと逃れていった。

 空を覆っていた雲もいつしか消え、夕焼けが都市を照らす。

 オラリオは吠え続けた。

 民衆も夜になる頃には砦からの外出を許可され、通りに出た途端に歓喜の声をあげ、誰とも知れない者達と抱きしめ合い、冒険者達を喉が枯れるまで讃えた。

 冒険者達も、この瞬間を迎えられなかった戦友達の分まで喜び、そして涙を流す。

 歓喜の声はやがて瞋恚の炎へと変わり、ただ一箇所へと向けられる。

 この惨劇を生み出した元凶たる『絶対悪』。

 つい先ほど連行された邪神の最期を見届けるべく、バベルの頂上を見上げた。

 

 

 

 

 

 漆黒の髪を風に揺らしながら、エレボスは都市を見下ろした。

 オラリオ中で灯される魔石灯の光はさながら星空のようでいて、けれどその全てが自分の送還を望んでいると思えば邪神冥利に尽きるというもの。

 

「アストレアに裁かれるのは俺が言い出したことだが、何をしている?我が友、ヘルメスよ」

 

「立会人の一人くらい居てもいいだろう?他には誰もいない」

 

 眼差しを細めるヘルメスに、エレボスは肩を竦めた見せた。

 それを黙って見ていたアストレアは、静かに前に出る。

 

「ここには私達三人だけ。全ての者がここを見上げている」

 

 その手に握るのは一振りの長剣。女神が振るうに相応しい、磨き抜かれた銀の剣だ。

 自身を裁く一振りを満足げに見つめたエレボスは両腕を広げた。

 

「さあ、一思いにやってくれ。痛いのは嫌だし、女のような嬌声をあげたくない」

 

 にやりと唇をつり上げた。『正義』を嘲笑う『悪』として、不敵に。

 その笑みを前に、アストレアは怒る素振りも咎める言葉を発さなかった。

 ただ静かに、エレボスへと問いかける。

 

「ひとつ聞かせて頂戴、エレボス」

 

「あまり焦らすな。それで、何が聞きたい」

 

「──『正義』とは?」

 

 アストレアの問いかけに、エレボスはようやく笑みを崩した。

『絶対悪』としての仮面が剥がれ、純粋な驚愕が顔に浮かぶ。

 ヘルメスもまた瞠目する中、アストレアは言葉を続ける。

 

「貴方はそう問いかけたそうね。私の眷属(こども)達に。グレイにも。答えて見せろと笑い、示して見せろと訴えかけてきた」

 

 ただの通りすがりの男神『エレン』としてリオンとグレイに投げかけた問い。

『絶対悪』としての姿を見せた後も、彼はグレイに『悪魔』たれと唆し続けた。

 

「まるでどこかに導くように。実際、貴方はグレイを止めなかった」

 

 それはとある教会での問答を経た時の話。

 ヴァニタスとオリヴァスの暴走と、それを阻止せんとした冒険者達の攻防──そしてグレイの覚醒と、それによる都市の再起の切っ掛けとなった戦い。

 その時、エレボスはグレイを止めることなく見送った。ヘルメス経由で聞いた話ではあるが、彼がそう言ったのならそうなのだろう。

 そして迷宮(ダンジョン)での問答。悪魔を利用したこの戦いを起こした経緯。

 悪魔という脅威を宣伝するような、あまりにも大規模で大胆な計画。

 

「貴方は満足そうね」

 

 それら全てを乗り越えた冒険者達を見て、『悪魔』ではなく『英雄』として都市に君臨することになったグレイを見て、エレボスは満足していると女神は断じた。

 

「けれど、少し悲しそうにも見えた。『答え』を得て、満足してもなお貴方は不満を抱いている」

 

 女神の追求に黙っていたエレボスは再び『絶対悪』の仮面を被り、口を笑みの形に歪めた。

 

「何を言い出すのかと思えば。全く意味がわからないな、アストレア」

 

「エレボス。誤魔化さないで」

 

 本音を言うまでいつまでも待つと言わんばかりに、ただまっすぐに見つめてくる正義の女神の姿に絶対悪は溜め息を吐く。

 

「どうしてこう、強情なんだ。正義の女神なら、もっと容赦なく断罪して欲しいんだが……」

 

 執行役に彼女を選んだは失敗だったかと今更な嘆きを口にするエレボスに、ヘルメスは本当に今更だなと失笑する。

 そんな男神二柱の反応など知らんと言わんばかりに、アストレアは問いかける。

 

「エレボス、教えて。貴方の『正義』は、なに?」

 

 その問いに、エレボスは女神を真っ直ぐに見つめ返しながら言う。

 

「正義とは──『理想』だ」

 

 邪神の返答にアストレアとヘルメスが目を見開くと、邪神は言葉を続けた。

 

「子供達が考えた話を知っているか?貨車(トロッコ)の話だ」

 

「分岐を切り変えなかったら五人が死ぬ。変えれば一人が死ぬ。その選択に道徳や観念、『正義』が詰まっていると信じている」

 

「だが、それは違う。真の正義はそこにはない。『正義』とは選ぶことではなく掴み取るものだ」

 

「掴み取る?」

 

「ああ。定められた規則を、課せられた前提を、知ったことかと笑い飛ばす。ありえないを、ありえるに変える。天秤を打ち壊す、何だっていい」

 

「エレボス。お前は……」

 

 エレボスの神意に気付き、ヘルメスが驚きと悲しみを混ぜた眼差しを向けた。

 

「人々はそれこそを正義と信じ──神々はそれを『英雄』と讃える」

 

 それが答えだった。

 多くの場合、『理想』は理想だからとどこかで諦められる。

『理想』を追い続ける者は後ろ指を差され、現実を知れと嘲笑われる。

 だが、それでも『理想』を叶えてしまうものがいるとすれば──。

 

「出来ることなら、グレイにそうなって欲しかった」

 

 エレボスは僅かに顔を俯け、ぽつりと後悔を漏らす。

 世界という『五』を救うため、ステラという『一』を切り捨てる。

 確かに人類(こども)からすればそれは正しい行動だろうし、神々だってそれを望んだはずだ。

 それでもグレイなら両者を救う道を選べるのではないかと期待していた。人でも、神でもない、悪魔である彼なら、あるいはと。

 事実ヴァニタスという『貨車(トロッコ)』を壊すため、ステラと共闘するまでは上手く行った。

 

「まさか。自分から斬られにいくとはね」

 

 だが、そこまでだった。ステラはグレイによる『断罪』を求め、グレイもまたそれを受け入れた。

 救われる側がそれを求めていないというのに、果たしてどうすれば救えるというのだ。

 神でさえ至れない『理想』の結末に、人の身で手を届かせるには果たしてどれだけの覚悟と努力が必要になるのか。

 そうして溜め息を吐いたエレボスは、壊滅状態になりながらも星空の如く輝く都市を見下ろした。

 

「……答えが欲しかった。悪魔という未知の脅威にさえ屈さず、『理想』を追い求める眷属達の輝きが。世界が欲する『英雄』が」

 

 それがこの男神の真の神意。

 求めたのはただ一つ。

 

「だから貴方は『非道』を選んだ。『次代の英雄』を生むために──自ら悪魔と取引を交わし、最強の眷属(ザルド)にまで協力を求め、オラリオへの『試練』を用意した」

 

 文字通り持ちうる全てを捨てて、持ちうる全てを賭けて、男神は『英雄』を生み出すための踏み台を用意した。

 それこそが『大抗争』から続く『正邪の決戦』の意味。男神が英雄の都に課した残酷極まる試練であり、同時に願いでもあった。

 ヘルメスは押し黙る。他の道はなかったのかと自問しても、悪魔という未知の侵略者が入り込んでいる時点で詰みだと理解してしまう。

 ヴァニタス。ステラ。マルコシアス。三人の悪魔が見せつけた不条理なまでの強さ。

 そしてマルコシアス討伐するために払ったあまりにも大きな代償。

 それもアルテミスの介入により人類の力のみでの戦いを捨て、派閥の垣根を超えて、ようやく勝ち取れた一勝だ。

 そして悪魔には、彼女よりも強い個体がいることを他ならないステラとグレイが証明している。

 エレボスは深く息を吐いて言う。

 

「……ゼウス達が消えた。『約束の刻』は結ばれた誓約を待たずして必ず訪れる。そして、それよりも早く悪魔達に滅ぼされるかもしれない」

 

 神々のみが理解する『約束の刻』。それが何を意味するのかを知る二柱の神は反論も糾弾もせず、目を伏せる。

 悪魔の脅威は下界中に広まるだろう。それを打ち払った英雄達の名も下界に轟くだろう。

 だがこの戦いがなければ──あるいはエレボスによる『契約』という名の時間稼ぎがなければ、下界は何も知らずに悪魔の軍勢に呑み込まれていたかもしれない。

 

「それでもオラリオは『希望』を示した。ゼウスやヘラがいた頃に比べれば頼りないが、それでもまだ終わっちゃいないと、人類もやられっぱなしじゃないと見せつけてくれた。俺は満足しているよ」

 

 迷宮(ダンジョン)から連れ出され、マルコシアスと冒険者の決戦を見届け、彼らの勇姿を記憶に焼き付けた男神は微笑みと共にそう告げた。

 

「……数多の命を天に還し、選ばれた者を見出して、超克させる。『正義』も『悪』も、全てを礎に変える。それが貴方の神意」

 

 男神の罪を数えながら、正義の女神はその名を口にする。

 

「それが、貴方の『正義』なのね」

 

「いいや、アストレア。これは『正義』なんかじゃない。言っただろう?正義とは『理想』であるって。俺のこれはただのエゴ。自己満足も甚だしい『悪』そのものだ」

 

 女神の言葉を『悪』は嘲笑うようにそう返す。

 決して譲らず、自分こそが醜い悪だと言わんばかりに堂々と胸を張った。

 

「そうですか……。ならば正義の神(アストレア)が断じましょう」

 

 そんな邪神を見つめながら、女神が握る裁定の剣をもって男神の正体を看破した。

 

「貴方の悪とは『絶対悪』ではなく──『必要悪』」

 

「理想に至れない下界を理想に至らしめるための『踏み台』」

 

「そして悪魔という脅威を下界に知らしめるための『伝達者』」

 

「とても独りよがりで醜い、高潔な『悪』」

 

「子供達は貴方を許さないでしょう。神々も貴方を嗤うでしょう」

 

「けれど私だけは、貴方の罪を決して忘れず、想い続ける」

 

 アストレアはその罪状を読み上げた。

 慈悲の欠片もなく朗々と告げられた言葉に、エレボスは苦笑する。

 

「酷い奴だな、アストレア。俺は道化になるつもりはないぞ。誰が見てもドン引くような残虐非道な『悪』でいたいんだ」

 

「私の知ったことではないわ」

 

「そうだな。……そうに違いない」

 

 穏やかな笑みを浮かべる女神に、邪神もまた釣られたように笑う。

 だがすぐに表情を引き締めると、隣の神友へと目を向けた。

 

「アストレアがせっかく場所を選んだんだ。お前もその軽い口を滑らせるなよ?」

 

「……ああ。オレの名に誓って、今日、ここで見たものは忘れると誓おう」

 

 境界を司る神にして、神々の仲介役。

 どの神よりも話好きで、おしゃべりな彼も今回ばかりは口を閉ざすと決めていた。

 いつになく真面目な彼の顔にエレボスは「約束だぜ」と微笑みを投げた。

 男神の──神友の会話はそれだけだった。

 曲がりなりにも互いを友だと思っているのだ。言葉などなくとも伝わっていると信じ、邪神はアストレアへと向き直る。

 

「さあ、終わらせよう」

 

 腕を広げ、女神による断罪を求める。

 女神は瞑目し、静寂に身を委ねた後、男神を見つめた。

 

「最後に一つだけ教えて」

 

『正義』と『悪』という枠組みを取り払い、一柱の神としてそれを聞いた。

 

「貴方は、下界を愛していた?」

 

 その問いかけに、男神はただ子供のように笑って見せた。

 

「当たり前じゃないか」

 

「俺は子供達が、大好きさ」

 

 それは二柱の神だけが知る笑顔。

 誰にも知られることのない、男神の本音。

 女神は小さく息を吐く。そして裁定の剣を構えた。

 

「──邪神エレボス。貴方を裁きます」

 

 遺言もなく、呪詛もなく。謝罪などあるはずもなく。

 男神は送還の光に包まれながら『悪』を貫き通した笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 一柱の神が天へと還る。

 夜を裂き、天空に突き立ち、オラリオを隅々まで照らす光の柱。

 邪神は誰にも悲しまれることなく、歓声をもって見送られた。

 人々は『絶対悪』を裁いた正義の剣を讃えるだろう。

 そして女神は『必要悪』を忘れることはないだろう。

 同情もなく、賞賛もしない。それは『悪』を貫いた男神が望まない。

 彼の行いはまさしく悪逆の権化であり、同時に世界に溢れる『悪』の一つの形だった。

 アストレアは星空のように煌めく都市を見下ろした。

 正邪の決戦に勝利した次代の希望を。

 勇者が率いる道化師の旅団(ロキ・ファミリア)を。

 猛者が率いる強靭な勇士達(フレイヤ・ファミリア)を。

 正義を想い、探し続ける星の旅人達(アストレア・ファミリア)を。

 そして、その傍でこちらを見上げている悪魔の青年(グレイ・ストラトス)を。

 

「どうか願わくは、旅路の果てに『最後の英雄』が生まれんことを」

 

 

 

 

 

 光柱が消え、歓声も止んだ頃。

 

「さあ!アストレア様を迎えに行きましょう!」

 

 ばちこーん⭐︎と片目瞑り(ウィンク)しながら、アリーゼは仲間達に言う。

 

「迎えに行ったら、とりあえず治療院に放り込んだ方がいいんじゃねえか?」

 

「そうだな。あまり無理をしないで欲しいんだが……」

 

 先頭を行くアリーゼに続くライラと輝夜が無理に無理を重ねる主神を憂い、強制入院も辞さないと身構える。

 愛する主神への愛ゆえに見せる強硬な姿勢を止める者はいない。というかほとんど同意を示すようにやる気になっている。

進軍進撃進行(ゴー・ゴー・ゴー)!!!」と闇派閥(イヴィルス)の拠点に突撃する時のテンションのまま、人混みを掻き分けて少女達は走って行った。

 そんな少女達にも歓声が飛び、彼女らも笑顔で手を振りながら応じる中、あまりの勢いに取り残されたリオンがハッとして走り出そうとするが、

 

「グレイ……?」

 

 先程まで隣にいた青年の不在にようやく気づく。

 慌てて周囲を見渡せば、路地裏に消えていく灰色の外套(コート)の裾が一瞬見えた。

 

「……」

 

 アリーゼたちを追いかけてアストレアを迎えに行くべきか、あるいはグレイを追いかけるべきか逡巡するが、このまま彼を放置してはいけないと走り出した。

 

「大変!リオンとグレイが来てないわ!?」

 

「放っておけ。積もる話でもあるのだろうよ」

 

 それに気づいたアリーゼが引き返そうとするが、その肩を輝夜が掴んで前へと進ませる。

 世界は救われ、新たな英雄達が生まれた。今日という日を人々は忘れず、戦い抜いた者達を賞賛するだろう。

 だがグレイはどうだ。結果的に妹を手にかけることになった彼は、そんな賞賛の声を受け止めてどう思うのか。

 

「今の居候には、あのポンコツが必要だ」

 

 そんな彼の本音を吐き出せるのはリオンだけだと輝夜は断言する。

 常に見ていたわけではないが、おそらく二人は相性がいい。

 どちらも馬鹿がつくほど生真面目で、胸に秘めた正義もまた似通っている。胸の内を曝け出すにはそういう相手の方が好ましいだろう。

 僅かに振り向いて見れば、リオンが路地裏に消えていく姿が見えた。

 

「気張れよ」

 

 そんな正義の妖精の背中に、輝夜は静かな声援を送るのだった。

 

 

 

 

 




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