ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

54 / 55
Mission43 Devil's never cry

 リオンは走っていた。

 人々の歓声に背を向けて、街中を照らす魔石灯から逃れるように薄暗い裏路地を進んでいく。

 歓声が遠のいていく。都市を包む熱気か離れていく。

 息を切らしながら疾走し、僅かに感じる彼の魔力や培ってきた直感も頼りに、彼の背中を追いかける。

 そうして走ること数分。彼女がたどり着いたのはとある工場──その残骸の山だった。

 今でも鮮明に覚えている。工場の襲撃事件解決のため【ファミリア】総出で出陣し、様々な偶然の果てにグレイと出会うことになった工場。

 あの日は辛うじて形を留めていたここも、正邪の決戦によってか、あるいはそれに至るまでの戦いで破壊されてしまったようだ。

 記憶にあるそれよりもボロボロになり、もはや元の建物の形すら定かではなくなってしまったそこを、リオンは進んでいく。

 そして、すぐに見つけた。

 刀の鯉口を切り、全身から魔力を滲ませるグレイの背中を。

 あの刀に宿る力はつい数時間前に体感したばかり。神の奇跡とも呼ぶべき『転移』と似た力を宿すそれは、使い方によっては彼の家まで帰れるだろう(・・・・・・・・・・・)

 

「グレイ!待って……!」

 

 リオンは堪らず叫んでいた。

 驚いた彼が動きを止め、魔力を霧散させながら振り向く。

 

「まさか尾つけてきたのか?正義の味方が聞いて呆れるぜ」

 

 刀を鞘に戻しながら苦笑する彼の姿に、リオンは胸を撫で下ろす。

 対するグレイはいつものように不敵に笑いながら右手を腰に当て「何のようだ?」と彼女に問う。

 彼女はそそくさと彼の隣に歩みを進め、並び立った。

 

「貴方が歩いていくのが見えたので、追いかけてきました」

 

「俺は何で追いかけてきたのか聞いたんだが」

 

 意図した答えを貰えなかったグレイは困り顔になるが、溜め息と共に星空を見上げた。

 彼に釣られて空を見上げれば、満天の星空と満月が視界に入る。

 空を覆う灰色の雲も、どこかが燃えて立ち昇る黒煙もない。遮るもののない星空が、二人を見下ろしてきている。

 

「綺麗だな」

 

「ええ。本当に、綺麗です」

 

 ただぼんやりと星空を見上げながら、二人の口からはあまりにも気の抜けた声が漏れた。

 戦いが終わり、事実気が抜けているのだろう。二人は夜風に当たりながら、静寂を楽しむように口を噤んだままだ。

 だがそれも長くは続かない。グレイはリオンへと視線を戻し、星空を見上げる彼女の横顔を見つめながら微笑む。

 

「とりあえず、しばらくは大丈夫だろ」

 

 不意に告げられた言葉に、彼へと顔を向けるリオン。

 彼女を見つめ返すグレイと視線があい、状況が状況にも関わらず頬を赤くしてしまう己を恥じながらも「何がですか」と問いかける。

 

「あんだけ派手にぶちのめされたんだ。悪魔も、闇派閥(イヴィルス)も、しばらくは大人しくしてるだろうよ」

 

 グレイは肩を竦めながらそう告げた。

 悪魔と闇派閥(イヴィルス)の総力をあげた決戦。それに敗れた挙句、総大将たるヴァニタス、ステラ、マルコシアス、そしてエレボスを失ったのだ。

 両陣営共に、しばらくは力を蓄えるために大きな事件を起こすことはしないだろうと半ば断言する。

 

「だと、いいのですが……」

 

 だが悪魔はとにかくとして、闇派閥(イヴィルス)の異常なまでのしぶとさと悪辣さを知るリオンはどこか不安そうだ。

 また今回のような戦いが起きる可能性も、あるいは今回以上の戦いが起きる可能性も捨てきれない。

 もしも、そんなもしもを考えてしまうリオンだが、不意にその肩に彼の手が置かれた。

 

「大丈夫だ。俺がいる」

 

 もう片方の手の親指で自分を指差しながら、得意げに笑うグレイ。

 ニッと白い歯を見せながら笑う彼だが、その笑顔とは不釣り合いな跡が頬に残されていた。

 それに気づいたリオンは何も言えず、俯いてしまう。

 

「おいおいどうしたんだよ。『そうですね』とか『気楽でいいですね』とか、何でもいいから返事してくれよ」

 

 バシバシと彼女の肩を叩きながら返事を催促していると、不意に彼女の手が彼の頬へと伸びた。

 そのまま半ば引っ張るようにして、目元から続く乾いた痕を拭ってやった。

 彼女の行動に驚きを見せた彼は慌てて彼女に背を向けると、乱暴に頬を拭い始めた。

 

「格好悪いよな。英雄になるだのなんだの大口叩いておいて、これじゃ」

 

「いいではないですか」

 

 頬を拭いながら自嘲するグレイ。

 そんな彼に近寄りながらリオンは言う。

 

「貴方の事情はわかりません。説明してほしいとも言いません。それでも、これだけは言えます」

 

 そっと彼の手を掴んでやりながら、リオンは告げた。

 

「貴方は妹を亡くしたんです。その涙は、格好悪いものなんかじゃありません」

 

「冒険者であろうと、英雄であろうと、家族の死に涙を流さない人はいない。それを嗤う者も、蔑む者もいない。だから、貴方も──」

 

「──悪魔は泣かない(Devil's never cry)。師匠がよく言ってたよ」

 

 彼女の気遣いの言葉を遮りながら、グレイは苦笑混じりにそう告げた。

 悪魔は涙を流さない。悪魔には心がないから。

 悪魔は涙を流さない。それは弱さの象徴だから。

 悪魔は涙を流さない。悪魔からすれば、自分以外の全てが利用する道具でしかないのだから。

 

「悪魔は家族を失ったくらいで泣かないさ」

 

「何度でも言いますが、私は貴方を尊敬できる人間(ヒューマン)だと思っていますよ」

 

 グレイの諦観さえも馴染ませた言葉に、リオンがもう何度言ったのかわからないと言わんばかりに嘆息しながら言い返す。

 彼が悪魔は云々と自虐する度に訂正を入れている気がすると、リオン本人でさえもわからないと小さく息を吐くと、「知ってるさ」と返すグレイ。

 

「その言葉に、何回救われただろうな」

 

「……グレイ?」

 

 微笑みと共に告げられた言葉にリオンが首を傾げると、彼は「先に謝っとく。悪いな」と口にする。

 

「……?その謝罪は何に対する──」

 

 リオンがその謝罪の意図を理解しかねていると、ふわりと灰色の外套(コート)が揺れた。

 彼の腕が背に回される。

 片手が優しく後頭部に添えられる。

 肩に彼の頭が乗せられ、体重をかけられる。

 

「………………あぇ?」

 

 リオンの口から間の抜けた声が漏れる。

 顔を横に向け、間近にある彼の横顔を視界に入れ、腰に巻きつかれている彼の腕を見下ろし、彼に抱きつかれていることをようやく理解するリオン。

 

「〜〜〜〜!?!」

 

 次の瞬間には顔を耳まで赤く染め上げ、頭から蒸気が噴き出した。

 あわあわと意味もなく口が開閉を繰り返し、上擦った声で声を絞り出すのが精一杯だった。

 

「グ、グググ……グレイ!?こ、こここここ、これは……!?」

 

「…………」

 

 彼女の声にグレイは答えない。

 ただ静かにリオンを抱き寄せながら、力んだように息を吐く。

 必死になって涙を堪える子供のようにぎゅっとリオンの戦闘衣(バトルクロス)の背中を握るグレイ。

 肩に感じる水滴が落ちる感覚に、リオンはそっと目を伏せた。

 

「この結末があいつの望んだものだったとしても、それ以外のものを掴んでやりたかった……」

 

 ヴァニタスが創り出した最高傑作。

 成層圏(ストラトス)を超え、(ステラ)の名を与えられた少女。

 彼女が望んだ結末は自身の死。

 己の全てを投げ打ってヴァニタスの生涯を否定すること。

 己の全てを投げ打って、この世界の糧となること。

 過去を精算するため。未来の礎となるため。命も、魂も、愛すらも、全てを捨てて世界に立ちはだかった。そして、兄に後を託して死んだ。

 それが彼女の願いだったとしても、その願いを果たすのが自身の役目だったとしても──。

 

「生きていて。欲しかった……」

 

 絞り出すように呟かれた言葉に、リオンもまた涙を溜めながら頷いた。

 この願いさえも彼女の最期を否定するものだとしても。

 兄の愛と涙を、否定することはできなかった。

 どうすれば慰められるだろうか。リオンは自問した。

 その時脳裏をよぎったのは、アリーゼやアーディが迷子の子供によくやるあれだった。

 自分には少々難しいし、できたとしてもきっと泣かれるだろうが、グレイならば気にはすまい。

 

「……」

 

 リオンはグレイの頭を撫でてやろうと手を伸ばす。

 月明かりを思われる銀色に染まった髪に、彼女の指が触れそうになったその間際、グレイは勢いよく彼女から離れた。

 頭を撫でようとしていた手が空振り、片手を宙に漂わせる妙な体勢で固まってしまう。

 

「……その右手はなんだ?」

 

 涙の跡を拭ったグレイが小首を傾げて疑問符を浮かべると、彼女はわなわなと震えながら彷徨わせていた右手を握り、振りかぶりながら彼に飛びかかった。

 

「なぁああああああああああ!!」

 

 Lv.3の第三級冒険者が放つ本気の拳を、グレイは半歩右にずれるだけで避けてしまう。

「いきなり何しやがる!?」と驚く彼を、リオンは目に涙を浮かべながら睨みつける。

 頬を赤く上気させ、プルプルと振り抜いた拳を震わせる様は側から見れば滑稽ではあるが、当事者たる彼女からすれば外聞などどうでもいい。

 そのまま彼に飛びかかり、拳を振い続ける。

 グレイは困惑しながらも彼女の拳を体捌きのみで避け、何でこんなに殴られてんだと眉間に皺を寄せた。

 空気を唸らせながら迫る拳を片手で軽く受け止め、優しく包み込んでやりながらリオンに言う。

 

「いきなりどうしたんだよ。先に謝っといただろ?」

 

「だとしても!いきなり、ああああ、あんな、抱擁を!?」

 

 グレイの指摘にリオンは余計に顔を赤くして吼えると、すぐに先程の抱擁を思い出して「わあああああああああ!」と悲鳴をあげた。

 掴まれた手を振り払うわけでもなく、何ならそのまま蹴りを放つリオン。

 グレイはそれを空いている手で受け止めながら、衣装から覗く太腿へと視線を向けた。

 

「あんな大勢の前で膝枕してくれたんだから、今更だろ?」

 

「〜〜〜〜〜!?!?」

 

 彼の視線と、あの日の情景を──輝夜に唆され、人前で膝枕を行ったことを思い出し、声にならない悲鳴をあげた。

 グレイが手を離せば、彼女は顔を覆いながら蹲る。

 

「リオン?」

 

「忘れて……忘れてください……」

 

 流石に落ち込みすぎではと心配する彼に、リオンの消え入りそうな声が届く。

 

「何を」

 

「あの日の膝枕も!今!ここで!起きたことも!全てです!!」

 

 半分弄り、もう半分も純粋な疑問として投げかけた問いかけに、リオンは語気を強めながら詰め寄った。

 彼の胸ぐらを掴み、鼻先が触れ合いそうな程に顔を寄せながら吼える。

 

「いいですか!男女が付き合うときはまず、誰もいない夜の森で、二人の永遠の愛を月に誓うべきなのです!」

 

「それに婚姻の約束を結び、妖精の森で誓いを立てるその時まで手すら繋いではいけない!なのに!なの、に…………」

 

 そして己の恋愛論を──堅苦しいと言われるエルフの中でも、特にお堅いそれをぶち撒けるが、文字通り目と鼻の先にある彼の顔を見つめ、ボン!と頭から煙を噴いた。

 グレイはそれに驚きながら、周囲を見渡す。

 周辺に広がる瓦礫の山。人は自分達だけだ。

 

「まあ森の中じゃねぇが、誰もいない場所で月を見てはいるな」

 

「……え」

 

 グレイが告げた言葉にリオンは小さく声を漏らした。

 いやまあ、確かに。ここには自分達だけだし、月もよく見えるし、さっきも二人して綺麗だなんだと言い合ったし。

 

「…………」

 

 リオンはそっと目を逸らし、彼を解放した。

 そのまま半歩下がり、胸の前でもじもじと両手の指を絡め始める。

 

「グレイ。あの、その……」

 

 そして意を決して口を開いた瞬間、再び彼の手が彼女を引き寄せた。

「ぁ……」と小さな声を漏らしながら、今度は彼の胸に顔を埋めた。

 また顔が熱くなる。頬が上気し、ピンと立った耳が赤く染まる。

 このままでは不味いと彼から離れようとした瞬間、バツン!と硬質なものを裁断する音が彼女の背後から鳴り響いた。

 

「……え?」

 

 弾かれるよう振り向いた先にあったのは、リオンの身の丈ほどある巨大な鋏と、それを操る幽鬼の如き悪魔──デスシザース。

 

『あははははは!!』

 

 デスシザースは嘲笑の声をあげながら鋏を開き、リオンと、彼女を抱きかかえるグレイを両断せんと鋏を突き出すが、

 

遅ぇよ(So slow)

 

 それよりも早く、デスシザースの依代でもある仮面をグレイの散弾銃が撃ち抜いた。

 耳をつんざく炸裂音共に放たれた魔力の礫が仮面を打ち砕き、断末魔と共にデスシザースの体が霧散していく。

 その姿を目で追いながら困惑するリオンに、散弾銃を肩に担いだグレイの声が届く。

 

「さて。話してる内に集まってきたな」

 

 リオンを解放しながら周囲を見渡すグレイ。

 瓦礫の影からライアットが、ブレイドが、ケイオスが──その他魔界へと逃げ損ねた悪魔達が集まってきていた。

 狙いはグレイの持つ大剣と刀。魔界へと繋がる(ゲート)を開くことができる、閻魔刀の欠片を求めているのだろう。

 

「リオン。悪いがもう一踏ん張りだ」

 

 グレイはそう言いながらユースティティアを抜刀し、それをリオンに投げ渡した。

 

「その木刀も限界だろ?慣れないだろうが使っとけ」

 

 グレイの指摘に刀身に亀裂が走る木刀を撫でたリオンはユースティティアを受け取り、見た目の割に重いと驚く。

 だがそこは数多の死線を潜り抜けた冒険者。数度振って具合を確かめ、手に馴染ませる。

 簡単に動きを補正し、自分達を囲む悪魔達を睨みつけた。

 

「始まる前に一ついいですか?」

 

「手短にな」

 

 大剣を抜刀し、全身から殺意と共に魔力を激らせるグレイに言う。

 

「私はリュー。リュー・リオンです」

 

 エルフにとって己の名を教えるのは、それに足る程の信頼をしている証でもある。

 とっくの前に信頼も信用もしていたが、教えていなかったと今更になって思い出したリューが、今この状況になってようやく名乗ったのだ。

 グレイも彼女が名を教えてくれたことに驚きながらも、すぐに不敵な笑みを浮かべて彼女に告げた。

 

「それじゃ、背中は任せたぜ。リュー」

 

「はいッ!」

 

 打てば響く返事に、グレイは笑みを深めながら大剣の切先を悪魔へと向けた。

 

「さあ、妖精との二重奏(デュエット)だ。せいぜい楽しんでいけよ!屑ども!!」

 

「貴方の言葉を借りるなら、『れっつろっく』です!」

 

 二人は気迫の声を合図に悪魔達も咆哮をあげ、一斉に飛びかかる。

 前後左右。更には上から。残された悪魔達の最後の反抗は──、

 

「おおおおおお!」

 

「はあああああああ!」

 

 グレイのリオンの大斬撃によって出鼻を挫かれた。

 蒼い炎を纏った一閃が複数体の悪魔を纏めて斬り伏せ、遅れて迸った炎雷が悪魔達を焼き払う。

 直後始まるのは、グレイとリューの背中合わせによる舞踏だった。

 炎雷と共に妖精が舞い踊る。

 握るはニ振りの魔剣。オラリオの鍛治師が鍛える使い捨てのそれとは根本から違う、何度使おうとも折れず、砕けない──そして強力がすぎる暴れ馬。

 だが、リューはそれを操ってみせる。炎を放ち、雷を走らせ、ライアットをすれ違い様に両断する。

 

「すごい……」

 

 文字通り撫でただけで斬れてしまう。今まで様々な武器を見たきたが、斬れすぎて怖いと思うのは初めてだった。

 悪魔を討つにはこれだけの武器が必要なのか。

 グレイの戦いにはこれだけの武器が必要なのか。

 石畳を蹴り、双剣を操りながら縦横無尽に動き続ける。

 その姿はまさに妖精だった。星々に見守られ、月に優しく照らされながら、闇を打ち払う炎と雷を手に異形のものどもを滅していく。

 彼女に振るわれる双剣も、名付け親の眷属(まなむすめ)だからなのか勝手に光さえも放出し、禍々しい炎雷が純白の聖炎と聖雷となり妖精を照らす。

 

「随分やる気ですね」

 

 リューも困惑と興奮が混ざる表情を浮かべながら双剣に告げれば、彼らはカシャカシャと音を立てて鍔を変形させて返事をしてくれる。

 その姿を視界の端に映しながら、グレイもまた大剣と散弾銃の異種二刀流をもって悪魔を撃滅していく。

 豪快でありながら繊細。乱雑でありながら緻密。

 一見相反する要素を上手く混ざり合わせ、独特な緩急の中で放たれる連携(コンボ)が悪魔達を蹴散らし、その数を減らしていく。

 その姿はまさに流麗。二人の足取り(ステップ)に合わせて蒼と赤の炎が乱れ舞い、紫電が二人の姿を照らし出し、魔力の礫が悪魔を砕く。

 

『ギャアアアアアアアアアア!?』

 

『ウィ?!』

 

『────…………!』

 

 悪魔達の断末魔と噴き出す血潮が会場の熱意を引きあげていく。

 一つ。二つ。纏めて五つ。

 大剣の斜線が走るたびに複数の悪魔が体を泣き別れにされ、双剣の斜線が走るたびに炎雷が悪魔達を焼き尽くす。

 あまりにも一方的だった。あまりにも凄惨であった。

 そしてあまりにも、美しかった。

 グレイとリュー。月光を浴びながら舞い踊る英雄と妖精が。

 月明かりを反射して煌めく鮮血が、舞い散る蒼炎と炎雷が、二人の舞台を彩っていく。

 二人の動きは止まらない。踏み込み、振り抜き、立ち位置を切り替えながらさらに一閃。

 二人は目配せ一つもなく、失敗すれば相方を両断しかねない剛撃と速撃を放ち続ける。

 すれ違い様、グレイが浮かべた笑みに釣られ、リューもまた笑みを浮かべる。

 疲労困憊の筈なのに体が軽い。

 初めて使う武器なのに技が冴え渡っている。

 彼に格好悪いところを見せられないと、誇り高き妖精として──何より【アストレア・ファミリア】の一員としての意地が、彼女を突き動かす。

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に(ちりば)む無限の星々】」

 

 そしてその意地が歌となり、戦場に疾風(かぜ)を呼んだ。

 歌いながらもリューの動きに澱みはない。

 詠唱。攻撃。回避。移動。全ての行動を十全に行う平行詠唱を──この世界の冒険者が至る一つの極致を悪魔達に見せつける。

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火(せいか)の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

 高まっていく魔力に悪魔達も慌てているのか、彼女を止めようと二体のケイオスが鰭で地面を削りながら高速回転。

 金属が擦れる嫌な高音を響かせながら転がっていき、彼女を轢き殺さんとするが、

 

「無視してんじゃねぇよ、三下ども!」

 

 その横っ腹にグレイの牙突(スティンガー)が突き刺さり、一体はそのまま絶命。

 彼は突き刺さったままのケイオスの死体を振り回し、その鰭で周囲を悪魔を蹴散らしていく。

 そしてこれで〆だと言わんばかりに大剣を振り抜き、遠心力をもってケイオスの死体を投射。リオンに迫るもう一体のケイオスへとぶつけ、転倒させる。

 すかさずそこに大剣を放ち(ソードスピア)、二体を纏めて串刺しにした。

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。空を渡り荒野を駆け、何物よりも()く走れ】」

 

 自身を囲むライアットの群れを蛇腹剣へと変形した双剣を新体操のリボンのように操り、エルフ持ち前のしなやかさをもって体を動かす。

 時には回転し、時には開脚し、体を捻り、跳ぶ。

 一見無駄な動作のようでいて無駄はない。全ての動作が回避であり、位置の調整であり、攻撃への予備動作でもある。

 抜群の平衡感覚を見せつけながら動きと動きを澱みなく繋げ、攻撃と回避を同時に行なう。

 これもまた『技』と『駆け引き』かとグレイが関心と、彼からの期待を一身に受けながら、リューの詠唱が完結する。

 

「【星屑の光を宿し敵を討て】!」

 

 妖精の舞踏が終わる。その位置はグレイは真後ろ。

 大剣を投じ、無手となった彼は刀に手を添えて鯉口を切った。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

「Jack Pot!!!」

 

 放たれる十数の大光玉。悪魔の群れに降り注ぐ無慈悲なる星々の爆撃が異形のものを打ち滅ぼし、断末魔さえも爆発音の彼方へと呑み込んでいく。

 鋭く鳴る鍔鳴り音。グレイとリューの周辺の空間が歪み、その歪みの中を数十の斬撃が駆け抜け、悪魔達を斬断する。

 リューの【ルミノス・ウィンド】とグレイの【次元斬】。二つの圧倒的暴力を前に悪魔達に抗う術はなく、降り注ぐ肉片となって演劇の最後を彩った。

 

「あいつみたいに上手くは斬れねえな」

 

 降り注ぐ悪魔の残骸を鬱陶しく思いながら、グレイは小さく息を吐いた。

 妹のように一点から弾ける斬撃を飛ばそうとしたのだが、できたのは広範囲を雑に薙ぎ払う『面』の攻撃だ。今のように大勢の格下を相手にするならそれでいいかもしれないが、こんなものでは簡単に避けられてしまう。

 

「精進しねえと……」

 

 あの()からの依頼を果たすため。

 あるいはヘルメスのいう『救界(マキナ)』の一助となるため。

 グレイは刀の柄を撫でながら小さく息を吐く。

 本当に面倒なことを任されたものだ。あの妹も、神様も。

 

「よし!これで今度こそ二人きりだ」

 

 ごほんと咳払いし、そんな面倒から目を背けるように声を張り上げるグレイ。

 くるりと振り向いた彼は、ホッと息を吐くリューへと微笑みを向けた。

 

「お疲れさん。なかなかやるな」

 

「貴方ほどではありません」

 

 彼の微笑から逃れるように目を伏せるリュー。

 グレイは疑問符混じりにその場でしゃがみ、無理やり彼女の視界へと入った。

 じとっと半目になりながら「なんか変だぞ、お前」と怪訝な視線を向けるグレイ。

 彼と視線が交差し、ほんの一瞬見つめあっただけでも再び顔を背けてしまうリュー。

 右を向けば右に。左を向けば左に。上を向けば翼を生やしたまで上に。

 彼女の視線に合わせてグレイは高速で右往左往し、彼女の周辺だけ大気が唸る。

 

「あー!もう、面倒くせえなぁ!」

 

 あまりに逃げる彼女に、ついにグレイは額に青筋を浮かべると両手で彼女の顔を捕まえて正面へと向けさせた。

 ついに間近で見つめ合う二人。リューの顔がみるみる赤く染まり、ふしゅ〜と音を立てて湯気が立ち昇る。

 またかと困惑するグレイだが、話が進まないと溜め息を吐いた。

 

「俺は一旦帰る」

 

「やはり、帰ってしまうのですね……」

 

 彼の言葉にリオンは寂しさを滲ませるが、彼はすぐに笑みを浮かべ、彼女を笑わせるように頬を摘んで口角を釣り上げた。

 

「なるべく早く帰ってくるが、アリーゼ達に説明しといてくれ」

 

 そう言うとパッと手を離し、彼女から離れた。

 彼女が名残惜しそうに彼に手を伸ばすが、すぐに引っ込めた。

 彼の手を掴んだところで、それはただの先延ばしでしかない。

 彼が帰ってくると言うのなら、それを信じて送り出すのが友人というものだろう。

 

「あ。それ預かっといてくれ。帰ってきたら返してくれりゃいい」

 

「わかりました」

 

 ユースティティアを示し、一時的に彼女に預ける旨を伝える。

 なるべく早く帰ってくるとはいえしばらく不在になるのは事実なのだ。

 少しでもこちらの世界に戦力になりそうなものを残しておきたいという判断と、悪魔絡みでリューやアリーゼ達が死ぬ確率を下げられるかもというちょっとした我儘。

 彼の内心を前者のみを受け取りながら、再会の誓いたる双剣となったユースティティアの柄を握るリュー。

 

「またな。リュー」

 

「ええ。また会いましょう、グレイ」

 

 お互いに笑顔を向け、それを最後に背を向けるグレイ。

 背中から翼を生やし、腰を沈めて勢いをつけて飛び上がる。

 熱狂に包まれる都市から、冷たい静寂に包まれる夜空へ。

 風圧で舞い上がる砂塵から目を庇いながら、一気に上昇していく彼の背中を見送るリュー。

 そして星空に一瞬の閃光が走り、彼の魔力を感じられなくなる。

 リューは星に手を伸ばし、それを掴むように手を握る。

 いつか必ず彼に手を届かせると誓い、握りしめた手を降ろす。

 そして周囲の惨状を見渡し、さてどう説明したものかと思慮を巡らせる。

 

「リオ────ン!!」

 

「え?きゃ!?」

 

 彼女の横腹にアーディが突っ込み、悲鳴をあげさせた。

 

「いきなりどっかんどっかんって!大丈夫だった!?」

 

「え、ええ。大丈夫です。なので離れてください……!」

 

 脇腹に顔を埋め、しがみついてくる親友を鬱陶しそうにしつつ、遅れて駆けつけたアリーゼ、輝夜、ライラ。そしてシャクティが合流する。

 

「無事ね!……あれ、グレイは?」

 

「帰りました」

 

「そう。帰っちゃったのね。……帰った!?」

 

「……?ええ」

 

 悪魔の死骸に顔を顰めつつ、グレイの帰宅という一大ニュースに驚きを露わにする。

 その反応に小首を傾げ、疑問符を浮かべるリュー。

 

「仕事が終われば帰るのは当然では」

 

「それはそうなんだけど!……良かったの?」

 

 さも当然のように言うリューに問いかけるアリーゼ。

 その問いかけにリューは頬を赤く染めながら、星空を見上げた。

 満天の星空だ。彼が堕ちてきて、そして帰っていった空だ。

 そして、また堕ちてくる空だ。

 

「ええ。帰ってくると約束したので」

 

 そして家族(ファミリア)を、親友(アーディ)を、戦友(シャクティ)を見渡しながらそう言うと、それぞれが面を食らったような顔となる。

 

「あの、なにか……?」

 

 顔に何かついているだろうかと自分の頬に触れるリュー。

 

「なあ、これって……」

 

「だろうな。だが聞くのは居候が帰ってきてからだ。あいつから聞いたところで要領を得んだろ」

 

 ぐにぐにと自分の頬を按摩する彼女の横でライラと輝夜が耳打ちでそんなやり取りを行う。

「私も混ぜて〜」と絡もうとするアーディだが、シャクティに首根っこを掴まれて阻まれた。

 

「それじゃ。グレイが帰ってきてもがっかりしないように、頑張りましょうか!」

 

 そんな友人達のやり取りを他所に、アリーゼがそう締めくくる。

 ネーゼ達に護衛させ、治療院に担ぎ込まれたアストレアも心配だしと付け加え、少女達は辺りの惨状に目を向ける。

 

「悪魔って、どう処理すればいいのかしらね」

 

 彼女の疑問に答えられる人物はいない。

 彼女らの知るモンスターなら魔石を破壊するなり取り出すなりすれば灰となり、それで済む話ではあるのだが……。

 

「見送る余裕があったのから、それくらい聞いておけポンコツ」

 

「ポンコツと言うな!」

 

 輝夜がさらりと告げた蔑称にリューが怒鳴る。

 やっといつもの感じだなとアリーゼとライラが微笑む中、悪魔の後処理をさせられるだろうシャクティは、既に疲れ切ったようにため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 次元の裂け目(ゲート)を超え、グレイがたどり着いたのは見覚えのある廃工場だった。

 

「だぁ〜。やっと帰って──」

 

「Jack pot!」

 

 床に開いた裂け目から飛び出し、着地を決めた瞬間にその首を刈り取らんと銀の軌跡が迫った。

 目を見開きながら後頭部が床に着くまで上体を後ろに逸らした瞬間、彼の首があった位置にあまりにも重厚な刃が駆け抜けた。

 大剣が振り抜かれ、大気が唸りをあげ、廃工場の壁が軋む音があちこちから漏れ聞こえる。

 

「……って。何やってんだ、坊主」

 

「あんたに殺されかけてんだよ……!」

 

 床に手をついて体を支えるグレイを見下ろすのは、赤い外套(コート)を靡かせる銀髪の男だった。

 碧眼を細めて怪訝な顔を浮かべる彼は、振り抜いた大剣を背に戻しながら肩を竦める。

 

「ま、今のを避けられるんなら成長したってことだな」

 

 ほれと手を差し出してグレイを立たせようとする男だが、グレイは彼の手を借りずに立ち上がる。

 

「それにしても随分も思い切ったイメチェンだな。ったく、誰に似せようとしてんのか丸わかりだぜ」

 

 そんなグレイの頭を掴み、ぐりぐりと乱暴に頭を撫でながら笑う。

 彼はダンテ。魔界を彷徨うグレイを救い、そのまま彼の面倒を見ていた半人半魔。

 グレイの目標にして、悪魔の侵略から世界を救った英雄スパーダの息子にして、世界最強の悪魔狩人(デビルハンター)だ。

 長らく行方知れずだったアルバイトの帰還に喜びながら、見覚えはないが血塗れになっている衣装や、なんか雰囲気が変わっている武器、なんか増えている武器。そしてグレイ自身の雰囲気の変化に目を細めた。

 何かがあったんだろう。彼の中にあった枷を外し、吹っ切れるほどの何かがあったのだろう。

 まあ、そんなことはどうでもいいと彼の肩に腕を回し、体重を預けるダンテ。

 

「お疲れのところ悪いが仕事だ。ちょいと面倒で刺激的。俺達好みのな」

 

 言外に悪魔絡みの仕事だと告げる彼に、グレイは顔を俯けた。

 そしてすぐに顔を上げ、真横で何やら憎たらしいほどにニヤニヤと笑っているダンテの顔を見つめる。

 

「ダンテ。俺は──」

 

「これで最後にしたい、だろ?顔に書いてあるぜ」

 

 ペチペチとグレイの頬を叩きながら告げられた言葉に、彼は申し訳なさそうに顔を背けた。

 魔界で彷徨っているところを彼に救われ、人としての生き方を彼から教わり、戦い方すらも彼なら学んだ。

 一生かけても返しきれる恩ではないとは思う。だが、たとえ恩知らずだと言われても自分にはやるべきことが──果たさねばならない依頼(ねがい)がある。

 言葉もなく、ただ俯く彼にダンテは鼻を鳴らした。

 

「別に構いやしねぇよ。ガキってのは、いつか独り立ちするもんだ」

 

「…………」

 

 その言葉に、弾かれたようなダンテへと目を向けるグレイ。

 今の発言。受け取り方次第ではダンテは自分のことを……。

 肝心のダンテはごほんと咳払いし、ぐしゃぐしゃとグレイの頭を撫でで何かを誤魔化そうと必死になっていた。

 

「そろそろ『Devil may cry』にも二号店が欲しかったところだしな」

 

 そして出ていった先で必要なら名乗れと言わんばかりに、話の内容をアルバイトの独立へとすげ替えてしまう。

「名乗っていいなら名乗るが」と困惑気味に頷くグレイ。

「おう。好きにしろ」と投げやりになりながら、ダンテはグレイから離れるといつものように不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺とお前の最後の仕事だ。せいぜい派手に暴れてやろうぜ」

 

「ああ、わかった。……で、目的地は?」

 

「フォルトゥナって街だとよ。レディの奴、面倒は全部俺に任せやがって」

 

「レディさんからの依頼なのか」

 

 二人は並んで歩き始める。

 二人が揃う最後の依頼かとグレイはどこか感傷的に、ダンテは表向きは呑気そうにしながら、廃工場を後にした。

 向こうの世界と変わらない満月と満天の星空が、二人の悪魔狩人(デビルハンター)を優しく照らしていた。

 

 

 

 




流石にDMC4の話はスキップで、次回はエピローグです。

一応、魔剣教団のあまりの腐敗っぷりにシャクティやアリーゼ達の株を勝手に上げたり、ネロと出会って「こいつは兄なの、弟なの。てか兄弟判定でいいの」みたいな妙な気持ちになったり、キリエの声を聞いてあいつ元気かなしたりするグレイがいます。あとクレドは助ける。

感想等ありましたら、よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。