ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Epilogue 神と人と悪魔の住む街(オラリオ)

 グレイの帰宅。

 それを伝えられたロイマンは口をあらん限りに開き、その言葉を理解するのに時間を要した。

 オラリオの行政機関とも言えるギルド。その責任者を百年単位で務める肥えたエルフにとって、その言葉の衝撃たるや凄まじいものだった。

 オッタルという新たな英雄が生まれた。これはいいことだ。

 オラリオの、ひいては下界の悲願たる三大冒険者依頼(クエスト)の達成にほんの僅かでも近づいたのだから。

 だが、その下界救済の一翼を担うだろう若き英雄──そして神々がいうところの『新時代』の到来を告げた青年が戦後処理そっちのけで帰宅したと。目の前の正義の妖精(リュー・リオン)は言うのだ。

 彼女の言葉をたっぷり数秒かけて咀嚼し、飲み込んだ彼の第一声は怒号だった。

 なぜみすみす帰したのか。

 なんでもいいから理由をつけてオラリオに残留するようにはできなかったのか。

 せめて悪魔の死体をどうすべきかは聞き出しておけ。

 肥えた体に汗を滲ませ、唾を撒き散らしながら吠えまくった。

 飛んでくる唾をただひたすら汚らわしそうな顔で避けたリューは嘆息し、

 

「吠えるな」

 

 ただ一言告げた。

 若い妖精の有無を言わせぬ言葉にロイマンは言葉を詰まらせ、リューの後ろで我関せずと言わんばかりに胸を張っていたアリーゼと上部だけは申し訳なさそうにしていた輝夜が驚きを露わにする。

 そんな彼女らの驚倒を置き去りに、リューは約束の双剣(ユースティティア)の柄に手を添えた。

 

「彼が戻ってくると言ったのです。なら、信じなさい」

 

「な、何を根拠に!?」

 

 すっと目を細め、睨みつけながら淡々と告げられた言葉にロイマンがそれでも声を絞り出す。

 その気になれば、それこそ赤子の手を捻るがごとく自身を八つ裂きにできる冒険者の怒りを前にしてもギルド長は下がらない。

 

「根拠など必要ありません」

 

 そんな彼の矜持(プライド)を前にしてもリューは怯まない。

 胸に手を当て、微笑みと共にただ告げる。

 

「彼と約束しました。それだけです」

 

 そこに論理などない。相手を説得しようという熱意さえもない。

 無邪気な子供がそうするように、あるいは夢見がちな乙女のように、リューはただ『約束したから』と我を通す。

 あまりにも愚直。あまりにも純粋。若き妖精の言葉にロイマンは言葉を無くし、後ろのアリーゼと輝夜に目を向けるが。

 

「ねえ。リオンってやっぱり……」

 

「言うまでもないだろう。これは……」

 

 二人は肩を寄せ合って耳打ちで何かやり取りを交わし、アリーゼは嬉しそうに、輝夜は面倒くさそうに笑った。

 駄目だこいつら。ファミリアの末っ娘(リュー・リオン)の色恋沙汰にしか興味がない。

 ロイマンは深々と息を吐き、万が一戻らなければどうするつもりだと問いかける。

 彼女がどれだけ彼を想おうが、知ったことではない。いやまあ、彼女がグレイをオラリオに縛る鎖になってくれるのなら、それはそれで嬉しいことではあるが、それは彼が帰還してからの話だ。

 そもそも戻ってくるのか。あるいは戻って来れるのか。あまりにも未知の青年に関しては、こちらでは予想のしようがない。

 

「その時は」

 

 ロイマンの問いかけにリューは神妙な面持ちとなりながら、覚悟と共に言う。

 

「私が彼の代わりになります。いいえ、彼を超えてみせます」

 

 グレイという英雄の超越。

 彼の戦いを間近で見た者ほど考えることをしないだろう言葉に、おそらく都市の中で彼を誰よりも信頼し、その自覚の有無はともかく惹かれているだろう彼女の宣言に、アリーゼと輝夜は頷いてみせた。

 ここは英雄の都。新たな英雄が生まれる場所だ。

 グレイがいる。オッタルがいる。ならそれでいいなどと腐るつもりはない。

 二大派閥(ロキ、フレイヤ・ファミリア)に続く英雄の卵。正義の派閥(アストレア・ファミリア)の言葉にロイマンは押し黙る。

 ロイマンからすれば強い冒険者が増えてくれればそれでいい。

 グレイという異分子(イレギュラー)抜きで救界(マキナ)がなせるのなら、それはそれで構わない。

 構わないのだが、悪魔という未知の脅威が増えてしまったのが現状だ。

 グレイという自称悪魔狩人(デビルハンター)という希少というか、唯一の人材を手放してしまうのはやはり損失にはなるだろう。

 その穴を【アストレア・ファミリア】が埋められるのか。

 それが彼が帰ってくるまでの期間なのか、それともこの先ずっとなのか。

 ロイマンは眉間を押さえながら深々と溜め息を吐き「もう下がれ」と少女達に退室を促した。

 彼女らは言われなくてもと言わんばかりにさっさと部屋から出て行き、一人残されたロイマンは天井を仰ぎ見ながら背もたれに寄りかかる。

 グレイを何がなんでも残留させようとあれこれと考えていたのだが、とりあえず猶予が増えたと考えればいいか。

 それよりも一刻も早く復興しなければ。オラリオの栄光と共に暗黒期の終わりを世界に届けなければならない。

 ロイマンの思考は既にそちらへと向けられていた。

 

 

 

 

 

 そんなやり取りから早一ヶ月。

 復興が進むオラリオだが、その爪痕はあまりにも深い。

 グレイによる上部を吹き飛ばされた都市西門付近の市壁。

 グレイとヴァニタスの決戦に巻き込まれて、砕けかけた都市北西の市壁。

 ザルドの進路の用意の為だけにマルコシアスによって更地にされた都市南部。

 マルコシアスと派閥連合の手で瓦礫の山となった円形闘技場(アンフィテアトルム)周辺。

 そして、マルコシアスのトドメとなったアレンとフィンの決死の攻撃による市壁の壊滅的な損傷。

 ついでに【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)、『アイアム・ガネーシャ』頭部の損壊。

 などなど。一部は冒険者やグレイによるものもあるが、その多くが悪魔によるもの。

 鍛治系ファミリア、特に【ゴブニュ・ファミリア】の主導で復興が進められていくが、建材の不足や悪魔の扱う毒や魔力による汚染により中々に作業が進まない。

 いかに腕のいい鍛治師でも材料がなければ何も作れず、そもそも土地が穢れたままでは建築どころではない。

 それでも都市の内外を行き来する商人や彼らを支えるファミリア。そして解呪を得意とする治癒師(ヒーラー)達の力を借り、少しずつではあるが都市が元の形を取り戻していく。

 悪魔の退散によりようやく行えた犠牲者達の葬儀も済み、都市に落ちていた暗い影は払拭されつつあった。

【アストレア・ファミリア】本拠(ホーム)。星屑の庭。

 オラリオの総力をあげた闇派閥(イヴィルス)と悪魔との決戦を駆け抜けた星乙女達は、

 

「さあ!今日も見回りに行くわよ!」

 

「皆、気をつけてね」

 

 良くも悪くもいつも通りだった。

 アリーゼの号令に団員達が応じ、都市に繰り出さんとしていた。

 アストレアも見送りに立ち、眷属(こども)達に声援を送る。

 戦いが終わり、都市に一旦とはいえ平穏が訪れはしたものの、犯罪がなくなったわけではない。

 むしろ決着から一月経ち、ある程度の落ち着きが戻ったからこそ、そういった手合いも動き出したと言うべきだろうか。

 正義を司る女神の眷属として、それを見過ごせるわけもなし。

 故に少女達は連日、街に繰り出し続けていた。

 あの頃のように闇派閥(イヴィルス)との終わりの見えない戦いを繰り返すわけでもなく、目の前の悪党を取り締まるだけでとりあえずはひと段落する巡回任務。

 心にも僅かばかり余裕が生まれ、やる気もあがる。無論油断は欠片もないが。

 だが、心ここにあらずとぼんやりとしているのが一人。

 

「…………」

 

 派閥の末っ娘にして【疾風】の二つ名を与えられたエルフ、リュー・リオンである。

 そんな彼女の様子に少女達は顔を見合わせ、それぞれで反応を示す。

 嘆くようにため息を漏らす者。

 困り顔になりながらも笑みを浮かべる者。

 ニヤニヤと彼女を弄る気満々の嗜虐的な笑みを浮かべる者。

 単に嬉しそうに笑う者。

 反応こそ様々だが、内心は一致していた。

 

『早く帰って来ないかな、あいつ』

 

 この一月でリューのポンコツ化は加速していた。

 グレイと別れてからというもの色々とおかしいのだ。

 何もないところで転ぶのは当然として。

 柱に顔をぶつける。

 壁に突っ込んでいく。

 延々と同じ皿を洗う。

 黙々と素振りをしていたかと思えば、いきなり謎の叫びをあげながら丸くなる。

 などなど。その全てが本拠(ホーム)の中でのみ行われるものではあるが、逆に言えばその被害の全てが【アストレア・ファミリア】の誰かが被るということ。

 女神を含め、皆が微笑ましいものを見るような表情(かお)になるのだが、リューにとってそれが嫌だったらしい。

 やれ『その顔をやめなさい!』だの、『せめて何か言ってください!?』だのと言い返してくるのだが、その反応すらも生温かい目で返してしまえばリューはどんどんと赤くなっていき、最後には悲鳴をあげながら逃げ出していく。

 そんなやり取りをしたのは、果たして何度だろうか。もう数えるのも馬鹿らしい。

 その原因は、どう考えてもグレイなのだから責任取れと彼女らの心は一つになっていた。

 だが、いないのなら仕方がないと輝夜は嘆息しながらリューの脇を小突く。

 

「ッ!?いきなりなにを!?」

 

「ボケっとしているな色ボケエルフ。これから警邏だ」

 

「色ボ……ッ!輝夜、訂正しなさい!私はボケてなど……!」

 

 流石に気を抜きすぎだと釘を刺す輝夜に、どうにか言い返そうとするリュー。

 だが、

 

「あ……グレイ……」

 

「グレイ!?」

 

 イスカがぼそりと呟いた言葉に露骨なまでの反応を示すリュー。

 イスカは「いや、違くって……」と長机の上に置かれた箱を指差した。

 その名も『アールグレイ』。先日いただいた紅茶である。

 少女達と女神の視線が紅茶からリューに戻る。

 この場にいる全ての者の視線がリューに集まる。

 末娘の成長を見守るような、弄るような生温かい視線が集中したリューは細く息を吸い、そして、

 

「だああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 咆哮と共に本拠(ホーム)を飛び出して行った。

 なんかもう、ここにいたくない感情が爆発したのだろう。三日ぶり、何度目かは数えていない。

「あ、リオン!待って!」とアリーゼが追いかけて飛び出し、残された少女達は「いってきます」「いってらっしゃい」と女神と挨拶を交わし、警邏へと出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 都市のあちこちから聞こえてくる建設音。

 工具が振るわれる音。職人達の声。

 そんな彼らの喧騒を横目に、リューは歩き続けていた。

 覆面で顔を隠し、煤けた雰囲気さえも背負うその姿は正義の妖精というには程遠い。

 

「──オン!リ──ン?リ〜オ〜ン〜!聞こえてる〜?」

 

「……!?アーディ……!」

 

 ついでにいつの間にか隣を歩いていたアーディの声にも気づいていなかったらしい。

 驚くリューにアーディは「やっと気づいてくれた」と笑みを浮かべると、そのまま抱きついた。

 

「リオンは今日も可愛いね。抱きついてもいい?」

 

「もう抱きついてます!?」

 

 何だか懐かしさすらも感じるやり取りにリューの表情が緩み、纏っていた負の気配(オーラ)が霧散していく。

 

「いい匂いもするし。うん!元気になった!」

 

「に、匂いを嗅がないでください!?」

 

 ぐりぐりと顔を押し付けて深呼吸までしてくる友人の姿にリューがさらに狼狽えるが、アーディは聞く耳を持たない。

 彼女を剥がそうと足掻くリューと耐えるアーディ。

 きゃいきゃいと姦しい彼女らに通行人達の視線が集まり、リューが再び羞恥で顔を赤くしていく。

 

「一人で見回り?私も一緒に行ってもいい?」

 

「ええ。どうぞ」

 

 前後で勝手に話を進めるアーディにリューはいつものように諦め、彼女に連れられて歩き出す。

 活気もなく、陰鬱な空気に支配されていたオラリオの姿はない。

 今は復興のための活力に溢れ、ようやく世界の中心とまで呼ばれる都市本来の顔が出始めていた。

 流石に子供だけで出歩かせたり、神だけで散策させたりする分には不安があるが、それをどうにかするのが自分達の仕事だ。

 

「リオン。最近元気ないね」

 

「そんなことはないと、思いますが……」

 

 横を歩きながら顔を覗き込み、心配そうに見つめてくるアーディ。

 リューは心配かけまいと微笑むが、

 

「ううん!元気ないよ!グレイが帰っちゃってからずっと!」

 

 アーディが投げつけた剛直球に胸を押さえながら体をくの字に曲げた。

 そのまま笹葉の耳を朱色に染めながらプルプルと震わせ、どうにか声を絞り出す。

 

「その、話題を……出さないで……っ」

 

「……大丈夫?」

 

 心配そうに背を摩ってくれるアーディ。

 そんな彼女の好意を受け取りながら、リューの表情は暗い。

 一ヶ月。たったの一ヶ月だ。彼には彼の都合があるだろうし、向こうでも悪魔との戦いをしているのだろうとも察しがつく。

 あの約束を交わしてからもう一ヶ月なのだ。流石に寂しさも感じるし、彼に万が一の事態が起きていないかと不安にも思う。

 随分と女々しいと自嘲するリューに、アーディは「えい!」と抱き着いた。

 

「きゃ!?」

 

 突然の横からの衝撃に悲鳴をあげるリューを抱きしめながら、アーディは言う。

 

「リオン!笑おう!」

 

「い、いきなりなんですか!?」

 

 太陽を思わせる笑顔と共に告げられた言葉に狼狽えるリュー。

 そんな彼女の頬を摘み、口角を持ち上げて笑顔を作らせる。

 ぐにぐにと頬を揉まれ、されるがままにされるリューを見つめながら、アーディは言う。

 

「グレイが帰ってきても、そんな表情(かお)してたら不安にさせちゃうよ!」

 

 浮かべた笑みをそのままに、ほらほら〜とリューの頬を引っ張るアーディ。

「やめ、やめれ……」と頬を引っ張られ過ぎて呂律も回らないリューだが、彼女の言葉にはその通りだなと納得する。

 いつ帰ってくるかもわからないが、逆に言えば次の瞬間に帰ってくるかもしれないのだ。なのに辛気臭い顔をしていたら、彼に心配させてしまう。

 リューの空色の瞳が前を向き、真っ直ぐにアーディを見つめる。

 ちょっとだけ元気になった友人の姿にアーディも嬉しそうに頷くと、パッと手を離した。

 それでも、彼女はまだ満足していないらしい。

 頬から離した手でそのままリューの手を取った。

 

「踊ろう!ここで!」

 

「は?あ、アーディ!?いったい何を!?」

 

 そして通りの真ん中へ躍り出る。

 驚くリューの両手に指を絡め、即興の舞踏(ダンス)を始める。

 アーディが先導(リード)し、ひたすらに困惑するリューが振り回される。

 可憐さなど欠片もない。足取り(ステップ)拍子(リズム)もてんでバラバラ。下手くそもいいところな滅茶苦茶な踊りだが、周囲を行き交う人々の視線を集めた。

 

「なんだ、誰か踊ってる……?」

 

「【疾風】と【象神の詩(ヴィヤーサ)】?」

 

「冒険者さまだ〜!」

 

 先を急ぐ通行人から同業者。休憩中の職人達。そして親に手を引かれていた子供まで。

 最初は数人だけが気づいて足を止めるが、それはやがて大きな喧騒となっていく。

 通りの人々が次々と足を止め、二人を囲むように円形の人垣ができ始める。

 そんな彼らの視線を受け止めるリューは覆面越しにもわかるほどに赤面していた。

 

「アーディ!ど、どうしてこんなことを!?」

 

「リオンに笑ってほしいから!昔の英雄の真似だけど!」

 

 ひたすら狼狽えるリューに、アーディは無邪気な笑みと共に告げる。

 

「私の好きな物語!童話の『アルゴノゥト』に書いてあったんだ!」

 

「『さあ、踊りましょう、麗しいお嬢さん。愉快に舞って、私に笑顔を見せてください』!」

 

「は、はぁ!?」

 

 子供の頃に読み耽り、今も愛している英雄譚の一文を持ち出され、リューの混乱はさらに深まる。

 素っ頓狂な声を漏らし、ただ流されるがままに踊らされる。

 

「いいぞ、嬢ちゃん達!」

 

「眼福眼福」

 

「昼間っから酔っ払いかと思ってたが……」

 

「きれ〜!」

 

「ふふん!そうでしょう!うちのリオンもアーディも綺麗なんだから!」

 

 ただ見物していただけの人々の反応も変わっていく。

 いつの間にか屋根の上を陣取っていた神々が指笛と手拍子で周囲を煽り始めたのを合図に、あちこちから野次の声や手拍子足拍子が増えていく。

 

「衆目に晒されている!?だ、駄目だ!こ、こんなものただの辱めです!アリーゼも見てないで助けてください!」

 

「嫌よ。だって楽しいじゃない!」

 

「そうそう!私だってリオンが笑うまで踊っちゃうもんね!」

 

 リューの訴えはあっさりと跳ね除けられた。

 そうしている間にも不器用な踊りは続き、人も増えて踊り出す者やどこからか楽器を持ち出して奏で始める者もで始める。

 いつの間にか追いついていたアリーゼも薄い胸を張りながら得意げに笑い、そのまま隣の子供達の手を取ると輪を作って踊り始めた。

 一ヶ月前ならこんなことできなかっただろう。

 都市を覆っていた諦観に呑まれ、活気が失われていたあの時では、ありえない光景だ。

 守りたかった人々の笑顔がここにある。

 守ることができた人々の笑顔がここにある。

 

『報酬ならもう貰ってる』

 

 不意にグレイの言葉が脳裏をよぎる。

 ヴァニタスを撃破し力尽きた彼に膝枕をしながら行ったやり取りだ。

 

『感謝されて、笑顔が見えて、笑い声が聞こえる。やっと師匠がタダ同然でも仕事をする理由がわかったよ』

 

 金にがめついところがあると思っていた彼の印象が決定的に変わったその瞬間を彼の微笑みと共に思い出し、思わず笑みがこぼれる。

 覆面越しでもそれがわかったのだろう。アーディもまた笑みを深め、踊り舞う。

 たくさんの笑顔がある。

 たくさんの笑い声がある。

 たくさんの希望がある。

 笑顔の花が咲く都市の片隅で、リューも覆面の下で笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 ダンジョンに潜ったわけでもないのに酷く疲れたと、リューは胸中で呟いた。

 流石にやり過ぎたと反省したのか、ファミリアの面々からのグレイに関する弄りは減ったものの、今度は昼間の踊りに関する話ばかりをさせられた。

 アリーゼとアーディのせいだと思う反面。アーディのおかげで少しだけ心にゆとりができたのもまた事実。

 ベッドに座り、そのまま倒れ込んだ彼女は窓の外へと目を向けた。

 時刻は深夜。むしろ夜明けが近い時間帯か。

 窓から見える空も、街もまだ暗い。

 オラリオは眠らない街だと言われてはいるが、大きな戦いが終わったばかりなら流石に眠るらしい。

 喧騒など聞こえず、とても静かで、耳を澄ませば誰かの寝息も聞こえてくる。

 冒険者にとってすぐ眠ることも必須の技能だという。

 危険の多いダンジョンにおいて小休止(レスト)中に仮眠を取るのは重要で、すぐに眠りに落ちること。そして危険を察知してすぐに覚醒することは必須の技能だ。

 だから、今のリューは冒険者からすれば落第もいいところだろう。

 眠れないのである。窓からの月明かりのせいでも、誰かの寝息のせいでもなく、ただ理由もなく眠れないのだ。

 ただぼんやりと天井を見つめ、深く息を吐く。

 目を閉じ、呼吸を整え、意識を暗闇に落としていく。

 いつも通り、ただ眠るだけ。そう眠るだけだ。

 

「…………」

 

 いくらそう言い聞かせても眠れない。

 目を開けたリューは苛立ちながら体を起こし、ベッドから降りた。

 水でも飲もうと部屋を出ようとするが、不意にカタカタと何かが震える音が耳に届いた。

 胡乱な視線を部屋に向ければ、壁に立てかけていたユースティティアが何かを訴えるように震えていた。

 

「ッ!」

 

 リューが半ば反射的に双剣を手に取ると、ユースティティアは勝手に蛇腹剣はと変わると、鎌首をもたげて窓の外を示す。

 物言わぬとはいえ一ヶ月の付き合いだ。その行動が何を意味するのかを理解したリューは、勢いのままに窓から飛び出した。

 ユースティティアが示すまま、屋根の上を疾走し、跳躍し、夜のオラリオを駆け抜ける。

【疾風】の名を体現するように、リューは夜の風となっていた。

 冷たい夜風が肌を叩き、風景が後ろへと流れていく。

 都市の中をこれほど早く走ったのは大抗争と死の七日間の時以来だと、最近の平穏を変な時機(タイミング)で痛感する。

 そうしてたどり着いたのは、都市北西の片隅。

 グレイとヴァニタスの決戦が行われた場所の程近くに鎮座する廃教会だった。

 既に扉は開いている。念の為とユースティティアをいつでも振るえるように身構えながら、廃教会の中へ。

 奥に向かうほど下に下がる劇場(シアター)を思わせる形状をした教会内。

 その最奥。柱と一体化している女神像の前に、彼はいた。

 割れた窓から差し込む月明かりを浴び、煌めく銀色の髪。

 背負う大剣の鍔には水晶を咥えた骸骨の衣装が施され、目があったかと思えば眼窩に不気味な怪光で応えてきた。

「ん……?」と声を漏らしながら振り向けば、動きに合わせて灰色の外套(コート)が揺れ、腰に帯びる刀と、もう一振りの鞘に納められた長剣が視界に入る。

 

「マジか」

 

 蒼炎に焼かれた碧眼を見開き、まさかの訪問者に驚きを露わにするが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

 それはリューも同じだった。本当にいたと驚き半分、喜び半分の曖昧な表情を浮かべながら、彼へと歩み寄る。

 そして彼の前に立ち止まると、そっと彼の手を取った。

 指抜きグローブに包まれたその手はまさに戦う者の手だ。

 本人は軽くのつもりでも握り返す力は強く、ガサつく指先も少し硬くなっている。

 だが不快感はない。間違いようもなく彼の手だ。

 リューはその手を両手で包み込み、笑みと共に告げる。

 

「おかえりなさい。グレイ」

 

 その声に彼は柄にもなく照れているのか、頬を朱色に染めながら微笑んだ。

 

「ただいま。リュー」

 

 二人はそのまましばし見つめ合うと、リューは彼の手を握っていることを今更になって自覚したのか、顔を耳まで赤くしながらパッと離れた。

 そのまま彼に背を向けて目を合わせないようにしながら、問いかける。

 

「あまり詮索したくはないのですが、あれからもう一ヶ月です。向こうで何かあったのですか?」

 

 冒険者として、お互いに相手の過去は詮索しないというのは暗黙の了解だ。

 だが、リューはあっさりとそれを破った。別にグレイは冒険者ではないのだしと適当な理由をつけながら。

 

「せめて顔見て話せよな……」

 

 相変わらずというか。別れる前は顔を合わせることはできたのだから、むしろ悪化しているのではなかろうか。

 グレイは溜め息を漏らし、彼女の背を見つめた。

 随分と薄着──というか、おそらく寝巻き(パジャマ)だ。腰でカシャカシャと鍔の翼飾りを開閉させるユースティティアに叩き起こされて、そのまま連れられてきたのだろうか。

 グレイは外套を脱ぐと、乱暴にリューに被せた。

 驚くリューを横目に最前列の長椅子に大剣と刀、長剣を立てかけながら腰を降ろすと「寒いだろ。使っとけ」と困惑する彼女に言う。

 

「つ、使わせていただきます」

 

 促されるがまま、彼の外套に袖を通す。

 恩恵により強化された嗅覚が、彼の匂いと──おそらく、悪魔の血だろう臭いを敏感に感じ取る。

 

「この一ヶ月ってもな。向こうで最後の依頼をこなしてただけだぜ?」

 

 背もたれに寄りかかり、足を組みながらぼやくグレイ。

 リューはその隣に座ると、グレイは再び溜め息を吐いた。

 

「悪魔を利用して神になろうとした馬鹿野郎と、そんな奴に着いて行った馬鹿野郎共がいてな。下手すれば街一つが滅びるところだった」

 

 何人死んだのか考えたくもねぇと両手で顔を覆い、深く息を吐く。

 

「笑えるよ。悪魔から人類を守るための騎士団が悪魔を利用して守るべき人達を襲わせた挙句、颯爽と駆けつけて英雄(つら)だぜ?」

 

 城西都市フォルトゥナ。古くはスパーダが治めたというその都市で巻き起こった事件は、はっきり言えば人類の汚点といって差し支えない。

 人が神となるべく自らを悪魔へと改造し、捕えた悪魔の血肉で神の肉体を作り出し、その力を見せつける為だけに都市が滅亡の危機へと立たされた。

 ダンテとグレイ。

 二人の仲間というか腐れ縁の女悪魔狩人(デビルハンター)と女悪魔。

 そして家族を救うために計画から離反した騎士団長。

 最後におそらくダンテの血縁者にして、ある意味でグレイの兄弟とも言える、悪魔の腕を青年。

 たったの六人で──正確にはダンテと青年が起動した神討伐に奔走したため、実質四人での都市防衛。長く、険しい戦いだった。

 

「そいつらをぶちのめして、悪魔共もぶちのめして、それで解決だ」

 

 だが、それでもどうにかしたのだ。人類の醜さを見たが、それ以上の気高さも見ることもできた。

 

「この剣は土産で貰ってきた。結構面白いんだぜ?」

 

 グレイは端折りながらもフォルトゥナでの出来事をリューに伝え、長剣を指で叩きながら笑う。

「面白い?」と首を傾げるリューが長剣に目を向ければ、何やら柄がゴツいというか、見慣れない意匠が施されている。

 

「向こうの騎士団が使っていた剣だ。峰からなんかが噴き出して剣を速く振れる」

 

 ふふんと得意げに笑いながら、柄を軽く捻るグレイ。

 ブォン!ブォン!と猛獣の唸り声にも似た音が刀身から漏れ、峰から火花が噴き出した。

 峰から火を吐く剣と、確かに面白そうではあるが壊れた時の整備が面倒臭そうだとも思いながら、新しい玩具を買ってもらった子供に笑うグレイを微笑ましそうに見つめるリュー。

 そんな視線に、グレイはふと思い出したように彼女に問いかけた。

 

「お前って、歌は得意か?」

 

「どうしたのですか。突然」

 

「いや。その都市の歌姫の声がお前の声に似ててな」

 

「……?」

 

 グレイが何を言わんとしているのかいまいち理解できず、首を傾げるリュー。

「まあ、いいか」とその話題を終わらせたグレイはリューに問うた。

 

「それで、そっちはどうだった。何事もなかったか?」

 

 その問いかけにリューはしばらく考える素振りを見せると、「長くなりますよ」と前置きした。

 

「いいぜ。時間ならある」

 

 彼女の言葉に肩を竦めながら笑うグレイ。

 彼に笑みを返し、話し始めるリュー。

 アストレアはその後問題なく健康であること。

【アストレア・ファミリア】の全団員を含め、多くの冒険者が『ランクアップ』したこと。

 冒険者の間に『対悪魔』系と思われる新たなスキル群が生まれ始めたこと。

 あと【ロキ・ファミリア】の主神がグレイを探し回っていること。

 その他、雑多な情報を含めて色々と。

 それら全てを聞いたグレイは嬉しさ半分、困惑半分といった表情を浮かべた。

 リュー達が強くなってくれたのは嬉しい。妙なスキルというのはよくわからないが、悪魔に抗う力が増えたのもいいことだ。

 だがなんでロキとかいう神に追われているんだと、目でリューに訴えかけるが、「私にもわかりません」と首を横に振った。

 一度『グレイとかいうガキはどこや!?』と本拠(ホーム)にまで怒鳴り込んできたのだが、すぐにフィンとリヴェリアに連れ戻されてしまったため、理由も聞かずじまいだ。アストレアは何かを聞かされたかもしれないが。

 

「とにかく何事もなさそうでよかったぜ。帰ってきたら【アストレア・ファミリア】は全滅してましたとか言われたらどうしようかと思ってたんだが」

 

「縁起でもないことを言わないでください」

 

 グレイが口にした冗談にリューは明確な怒りを込めた声色で返す。

 冗談でも自分達が死んでいたらなどと言われたらそれは怒る。誰よりも純粋で真っ直ぐな妖精には冗談というものが通じないのだ。

 それに対してグレイは謝るわけでも取り消すわけでもなく、リューをただ真っ直ぐに見つめながら告げた。

 

「それだけお前らを心配してたんだよ。悪魔も闇派閥(イヴィルス)の連中も悪辣さじゃいい勝負だし、俺じゃなきゃ勝てねぇ怪物が出てくるかもしれねぇし」

 

 自分の不在の間にマルコシアスやヴァニタスクラスの悪魔に攻め込まれていないか。ザルドクラスの冒険者に襲撃されていないか。割りかし心配していたと白状する彼に、リューは「それは、そうかもしれませんが……」と尻すぼみになりながら顔を俯けた。

 自分達の力不足を突きつけられ、口を噤むリューにグレイは苦笑する。

 

「なるべく早く追いついてくれよ。俺だって四六時中一緒にいられるわけじゃねぇからな」

 

「……またどこかに行ってしまうのですか?」

 

 告げられた彼の言葉に、リューは不安を隠そうともしない声色で問いかけた。

 てっきりこのまま【アストレア・ファミリア】に籍を置いてくれるものとばかり思っていたのだが、グレイは違うようだ。

 不安がる彼女を安心させるようにグレイは微笑みながら言う。

 

「師匠から許しも得られたし、店を開こうと思ってな」

 

「店、ですか?」

 

「ああ。冒険者。ギルド職員。ただの市民。あとは暇な神様。誰だろうが関係なく依頼があればそれを解決する。『便利屋』ってやつをやるつもりだ」

 

「べ、便利屋……」

 

 楽しそうに笑いながら自身の展望を語るグレイにリューが困惑するが、彼は構わずに言う。

 

「悪魔絡みの事件を解決するなら、どっかのファミリアに入るよりも無所属(フリー)の方が身軽そうだしな。都市の外に出るのも楽そうだし」

 

 あくまで便利屋は隠れ蓑だと言わんばかりの言葉にリューはようやく納得する。

 正邪の決戦の時のように派閥(ファミリア)がその垣根を超えて共闘することはとても稀な出来事だ。

 これからも闇派閥(イヴィルス)絡みの事件でもなければ、各派閥は好き勝手に活動することだろう。今でも勝手にやってるだろと言われればその通りではあるのだが。

 グレイはそういったしがらみの外にいることを選び、その方が世界のためだと判断したのだろう。

 なんの後ろ盾もないのは不安ではあるが、グレイなら余程のことがなければ大丈夫だろう。政治的な意味ではなく、物理的に何とかしそうで不安はあるが。

 

「ま、しばらくはお前らのところに世話になるけどな。一文無しの俺には事務所を買うもクソもねぇし」

 

「……!そうですね!」

 

 それでもしばらくは星屑の庭にいるつもりのグレイに、リューはぱっと表情を明るくしながら頷いた。

「露骨に嬉しそうにすんなよ」と半目になるグレイは、欠伸を噛み殺しながら立ち上がる。

 

「それじゃ、俺は寝る!朝になったら顔出すから、お前も帰れ」

 

 そのまま大剣などの装備類を回収し、教会の壁を押して隠し扉を開ける。

 ここは元を辿れば闇派閥(イヴィルス)の隠し倉庫にして、妹が居座っていた仮拠点だ。

 アリーゼ達も寝ているだろうし、ここで一泊して朝に顔を出そうと思っていたのだが、まさかリューの方から来るとは思ってもみたかったのだろう。

 さっさと帰って寝ろと言外に告げ、そのまま階段を降りようとするグレイだが、不意にその手を掴まれた。

 

「……リュー?」

 

「……!あ、あの、これは、その……」

 

 小首を傾げて振り向くグレイに、自身の行動ながら理解できていないのかリューが困惑の声を漏らし、言葉を詰まらせる。

 グレイは仕方ないと言わんばかりに肩を竦めると、彼女の手を握り返す。

 

「もう少し喋るか。どうせ暇だからな」

 

「っ!ええ。もう少しだけ」

 

 彼からの提案に頷き、そのまま彼の手を引いて元いた席へと誘導するリュー。

 グレイは困り顔になりながらも、手のひらに感じる彼女の温もりに安堵するように目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 翌朝。星屑の庭は慌ただしかった。

 

「見つかった!?」

 

「ううん!見つかんない!」

 

「あのぽんこつ!いじけて家出したか!?」

 

 リューがいなくなったからだ。

 アリーゼが焦り、マリューも慌て、輝夜が吼える。

 本拠(ホーム)中を駆け回る少女達の姿に、朝食の準備を進めるアストレアは微笑ましそうに眺め、女神を手伝うライラも何やってんだあいつらと半目になっていた。

 確かに末娘ではあるが子供ではないのだ。いや、子供のように純粋だと言われればちょっと反論に困るのだが。

 

「リオ──ン!カムバァァァァァァック!!!」

 

 本拠(ホーム)の居間で叫ぶアリーゼに、ライラが流石に喧しそうに溜め息を吐くと、ガチャリと玄関が開いた。

 

「ただいま帰りました……」

 

 探し続けていた人の声に団員達が一斉に玄関へと集まり、遅れてアストレアが続く。

 

「リオン!おかえり……な、さい……」

 

 いの一番に到着したアリーゼがリューを迎え入れるが、その動きを止めた。

 

「よっ。また会えたな」

 

 リューの後ろにグレイがいるのだ。まあ、それはいい。戻ってきてくれたのは素直に喜ばしいことでもある。

 だが、しかし。

 二人して妙に眠そうな表情をしている。

 リューは寝巻きの上にグレイの外套を羽織り、顔を赤くしながらぎゅっと前袖を握っている。

 グレイもグレイでなんか照れ臭そうにリューから目を逸らし、頬を朱色に染めながら口元に手をやっている。

 単に一晩中駄弁って眠いだけ。

 単に肌寒い。

 単に欠伸を噛み殺しているだけ。

 二人からすればただそれだけなのだが、

 

「皆!リオンとグレイが朝帰りよ!!」

 

「アリーゼ!?」

 

 団長の腹から吐き出された報告に、リューが悲鳴をあげるがもう遅い。

 

「なんだ。ついに堅物エルフが一皮剥けたのか?」

 

「それでいいならいいんじゃねぇか?後が面倒そうだけどな」

 

「エルフと悪魔って、子供できるのか?」

 

「わ、わかんない!」

 

 輝夜が鼻を鳴らしながらリューを笑い、ライラが今の話が本当ならこれから起こりうる面倒ごとに複雑な表情になる。

 ネーゼが降って湧いた疑問を口にすれば、振られたマリューが首を左右に振りながら、けれどどこか応援するような視線をリューへと向けた。

 他の団員達も末娘の色恋沙汰にきゃいきゃいと騒がしくなる中、遅れてアストレアが到着する。

 

「あ、アストレア様!ち、違うんですこれは──」

 

「ふふ。いいのよ、リュー。わかっているから」

 

 にこにこと微笑みながら頷いた女神は、ポンと両手を合わせながら言う。

 

「私にそんな権能(ちから)はないけれど、精一杯祝福してあげるから」

 

「アストレア様!?」

 

 女神の小ボケにリューはさらに悲鳴をあげ、グレイへと詰め寄った。

 

「貴方から説明してください!酷い誤解をされています……!」

 

「寝ようとする俺を引き止めたのはお前だろ」

 

「そ、れは……そうですが……!」

 

 グレイが特に脚色もなく昨晩の出来事を口にし、リューも狼狽える。

 だがそれを聞いた少女達は『あ、もしかしてマジなやつだった?』と顔を見合わせる。

 先程までの弄る雰囲気はどこへやら、こいつら本気で一晩寝てきたのかと少女達の顔つきが変わる。

 そんな彼女らの視線を浴びたリューは、

 

「だから違ぁぁぁぁぁう!!」

 

 朝から元気いっぱいの怒声と共に、凄まじい疲労感に崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 そんな一騒動を巻き起こしたグレイの帰還。

 その情報は瞬く間にオラリオに広まり、同時にもう一つの情報が広められた。

 下界最強。グレイが金さえ払えばどんな依頼もこなす『便利屋』を始めるという話だ。

 オラリオでそんな物好きというか、率先して神々の娯楽の種にしかならなそうは変な商売始めるわけがないと言われていたが、彼は本当に店の準備を進めていた。

 都市北西。廃教会のほど近く。

 ギルド本部がある都合上、比較的冒険者が多いその区画にその建物はあった。

 二階建ての一軒家。一階から二階まで吹き抜けになっており、外観の割に広い印象を与えるその建物こそが、グレイが開いた便利屋事務所兼彼の自宅。

 しばらくは星屑の庭に居候していたが、ヴァレッタやオリヴァスを始めとした闇派閥(イヴィルス)幹部陣の捕縛や殺害への報酬。

 他にはアリーゼ達と共にダンジョン探索に行って稼いだ金で買ったボロ屋に改築改装を繰り返して形にしたこの世界における第一歩。

 椅子だの机だのはギルドの倉庫で肥やしになっていたものを買い取って揃え、その他の小物はそのうち揃えればいいだろうと手付かずだ。

 ダンテが見れば『見てくれはともかく、中はうちのまんまじゃねぇか』と鼻で笑われそうではあるが、グレイ的には居心地のいい場所とはつまり事務所なのだから仕方がない。

 

「結構かかったな」

 

 そんな内装を見渡しながら、グレイは感慨深そうに声を漏らす。

 妹の計画に利用される形でオラリオに招かれ、冒険者や神々と交流しながら死の七日間を、正邪の決戦を乗り越えた。

 それからしばらくは留守にしたが、今はこうしてここにいる。

 

『私の代わりに、あの子を──ベルを、お願いします』

 

 ようやく妹の依頼をこなす準備ができた。

 ようやくオラリオに腰を落ち着けることができた。

 ようやく、この世界での人生が始まるのだ。

 椅子に座り、背もたれに寄りかかりながら、机に投げ出した足を組み直す。

 闇派閥(イヴィルス)の暗躍は止まらず、魔界からの侵略の気配も絶えない。

 この都市に来たばかりの頃に比べれば比較的マシではあるが、それでも悪意の種が消えたわけではないのだ。

 やることは多く。けれど世界はいい方へと転がっている。

 それを証明するように外から聞こえる誰かの笑い声に微笑みをこぼし、よっしゃと気合いを入れて立ち上がる。

 そのまま玄関を開け、看板を『Close』から『Open』へと変える。

 そして机に戻るよりも早く玄関が開き、チリンチリンと呼び鈴が鳴る。

 いくらなんでも早くね?と困惑気味に振り向きながら、グレイは告げた。

 

「『Devil May Cry オラリオ支店』にようこそ。で、依頼はなんだ」

 

 ここはオラリオ。英雄の都にして神と人、そして悪魔が住まう世界の中心。

 新たな時代の幕開けと共に開店した『便利屋』への初依頼は、

 

「私を強くして欲しい」

 

 早起きのためかちょっと眠そうな目をしている小さな【剣姫】だった。

 オッタルか【フレイヤ・ファミリア】の幹部陣の誰かが喧嘩を売りに来るか、暇な神様が退屈しのぎに来るか程度に考えていたグレイにとって、アイズが来るのは予想外。

 

「…………報酬は払えるんだな?」

 

「大丈夫」

 

 リヴェリアから許可は貰ったのかとか。そもそも幹部の誰かにここに来ることは教えてあるのか。

 様々の疑問を飲み込み、代わりに吐き出した疑問にアイズは無表情ながら得意げに、成長途中の胸を張って見せた。

 一応アストレアやギルドと相談して、こういった指導や模擬戦、あるいは本気の決闘の報酬は、冒険者相手の危険な仕事としてそれなりに高めの設定にしてあるのだが……。

 

「……まあ、払えるのなら問題ねえ、か……?」

 

 グレイは疑問符を浮かべながらも大剣を背負い、刀を腰に差す。

 この半年でアスフィによって魔改造され、もはや原型を無くした長剣も大剣と交差するように背負い、双銃と散弾銃も革雑嚢(ホルスター)に。

 

「このままダンジョンに行く、でいいのか?」

 

「うん。すぐに行こう。早く行こう」

 

 依頼を受けてしまえばあとは早い。

 アイズに背を押される形で急かされ事務所を後に。もちろん戸締りはしっかりと。

 グレイの背を押しながらダンジョンを目指すアイズ。

 後日、報酬の未払いで立場が逆になった二人が目撃されるのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 




とりあえずアストレア・レコード編はこれにて。
原作に入るのを待っている方には申し訳ないですが、次回からはおまけ的な話をしつつ、DMC業務日誌として空白の半年や原作キャラとの絡みを書いていく予定です。


感想等ありましたら、よろしくお願いします。
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