ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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原作に入るまでのあれこれ。始まります。


便利屋開業日誌
Prepare01 帰還


 グレイとリューの朝帰りによる混乱──正確にはリューへの弄りも一段落し、グレイを交えての朝食となった【アストレア・ファミリア】。

 かつてほどの緊張感もなく、談笑混じりの緩い時間が流れていく中で、場違いな程に真っ赤になっている人物が一人。

 

「………」

 

【アストレア・ファミリア】の末娘、リュー・リオンである。

 いつになく一口一口が小さく、遅々として食事が進んでいない彼女の内心にあるのは凄まじい羞恥心だった。

 アリーゼの朝帰り発言を勢いで否定したとはいえ、実際本拠(ホーム)を抜け出してグレイと密会したのも事実だし、夜通し一緒にいたことも事実だし、彼の外套(コート)を着て帰ってきたのも事実である。

 婚礼はおろか交際すらしていない男女が、二人きりで一晩を共にしたのである。

 男女が、二人きりで、一晩を、共にしたのである!

 他の冒険者はおろか、彼女と同じエルフであろうと「まあ、そんな日もあるか」であっさりと流し、日常に戻る小さな出来事だろうが、恋愛観が化石レベルで凝り固まっているリューからすれば一大事である。

 ふしゅ~と頭から煙を噴き始めるが、朝食中だけでも既に数度目なのでもはや誰も気にしない。

 

「それにしても『便利屋』ね」

 

 そんなリューを一応視界の端に入れながら、ライラがぼやく。

 グレイからの便利屋開業宣言──オラリオ的に言えばどの派閥(ファミリア)に属さない無所属(フリー)になる宣言をされたのは朝食前の雑談中。

 実際【アストレア・ファミリア】だけでグレイの手綱を握るのは無理だ。オラリオの冒険者が総出でかかってやっと勝負になるかわからんレベルの怪物を手前らでなんとかしろ言われても本当に無理だ。

『グレイを都市全体のものにする』という意味では便利屋をしてくれるのはありがたい話である。自分達に代わって彼の手綱を握るだろうギルドの連中の胃がどうなるかを考えなければ、だが。

 

「どうかしたのか」

 

 これからの苦労など考えてもいなさそうにイチゴのジャムを塗りたくったパンを頬張るグレイが小首を傾げ、ライラは嘆息した。

 

「自分から神様連中の玩具になりに行かなくてもいいんじゃねぇか?」

 

 下界に降臨した神々は、基本的に娯楽を求めている。

 もちろん全ての神がそうではないが、ファミリア経営すらその一部とすら豪語するほどだ。

 そんな中、全知たる神ですら知らない悪魔が、表向きはどの神の庇護下にも入らずに店を始めるなど恰好の的だろう。

 グレイはオラリオの神々とあまり面識がない。アストレア、ヘルメス、ヘファイストス、あとはエレボスくらいだろうか。ライラが把握しているだけでこの三柱。

 グレイの行動次第ではもう少し増えるだろう。事実、単独行動中にタナトスに接触されているがそれでも五柱だ。

 どちらにしてもこの世界の神をよく知らない彼は、神々の好奇心や野次馬根性を甘く見積もっている可能性が高い。

 

「別に玩具にされるつもりはねえよ」

 

 ライラの心配にゴキリと指を鳴らすグレイ。

 

「神をぶん殴るのに抵抗はねえからな」

 

 いっそ清々しい程の笑顔でさらっと爆弾発言までしでかした。

 いや、それは駄目だろうと半目になるリューを除いた女性陣。リューは相変わらず妄想の海を漂っている。

 確かに様々な揉め事の果てに神に暴力を振るう人はいるにはいる。というか情けない主神を折檻する意味で殴ったりする眷属はかなりいる。

 だが神殺しは下界最大の禁忌でもあることと、主神が『送還』されれば眷属の『恩恵』もなくなるため、各々がやり過ぎないラインや加減というものが分かっている。

 零能たる神の肉体強度は『恩恵』のない人間と大差ないのだから、最低限気を遣うのは当然である。

 問題はグレイにはそんな加減する理由も、気遣う理由もないことだ。禁忌など気にする奴ではないことは重々承知だし──そうでもなければアストレアがここにいない──別に神の眷属でもない。

 その神がどんな理由で怒らせたかにもよるが、こいつなら本気で殴る。そんな確信がある。

 

「お前の男だろう。なんとかしろ」

 

「────はぁ!??!」

 

 輝夜がリューの脇を小突き、そのうち何かしでかしそうなグレイへの指導を丸投げする。

 当のリューは彼女の言葉をそのままの意味で受け取り、困惑の声をあげる。

 

「こいつに常識というものを教えてやれと言っている。店をやるつもりなら尚更だ」

 

「そ、それは……っ。それよりも、今の発言はどういう意味だ!?か、彼が、わ、わわわ、私の男!?」

 

「どうもこうも、ねぇ?」

 

 輝夜の言葉の衝撃から復活する間もなく、輝夜は猫を被りながら猫のようなしなやかさでリューの耳元に顔を寄せた。

 美少女二人が密着するという、一部の神が見れば騒ぎだしそうな光景ではあるが、実際は捕食者が獲物を捕らえた時と同じものが繰り広げられているだけだ。

 輝夜は鈴を転がしたように笑いながら言う。

 

「貴方様が気になって気になって仕方がない殿方を、もっと貴方様の好みになるように教育なさいと、そう言ったのですよ。エルフ様」

 

「~~~~!!」

 

 耳元で放たれる輝夜のいつもより半音高めの声にむず痒さを感じながら、そのあまりにもあんまりな内容に弾かれるようにグレイへと目を向けた。

 グレイを、自分好みに──いやいや、教えるのは一般常識とダンジョンに関わることだけでいいはずだ。ついでに、本当にちょっとだけ、エルフの詩や歴史なんかも教えるかもしれないが。

 リューの中で一瞬の葛藤が起こる中で、肝心のグレイはパンを咥えていた。もごもごと咀嚼していたが、不意にリューと視線があったことで動きを止め、『え、なに』と言わんばかりに見つめ返す。

 彼女はそっと視線を戻し、ニヨニヨと猫のように笑う輝夜を睨みつけた。

 そんなリューの敵意を軽く受け流す輝夜は、細めた瞳をグレイに向ける。

 派閥が認める堅物エルフにようやく訪れた春だ。やり方はとにかくとして応援してやりたい気持ちはある。

 ついでに散々こちらを振り回してくれた居候を弄る口実が欲しいというのもあるが。

 肝心の彼は最後のパンを飲み込み、コーヒーを飲み干して立ち上がった。

 

「そんじゃ、ギルドにでも顔を出すとするか。溜まりに溜まった報酬を受け取らねえと」

 

 グレイは皿や使った食器類を台所に運びながらそう言う。

 ヴァレッタの捕縛に始まり、オリヴァスを始めとした闇派閥(イヴィルス)の殺害。

 要注意人物(ブラックリスト)に名が乗った人物を対処してやったし、何より世界を救ったのだ。店を始める為にも多少は色を付けた報酬を貰いたいのが本音のところ。

 下界最強の無一文。

 あまりにも情けない肩書を返上すべく、行動を開始──、

 

「待ってください!」

 

 する前にリューに呼び止められた。

 

「私も行きます」

 

「今更迷子になんか──」

 

 彼女の好意をあっさりと断ろうとするグレイだが、多少照れながらもこちらを見つめる空色の瞳に言葉を詰まらせた。

 道案内云々は建前で単に二人になりたいのか、あるいはギルドまでの道中で神々の暇潰し(トラブル)に巻き込まれるのを心配しているのか。

 小さく息を吐きながら頬を掻き、「わかった」と頷いた。

 

「それじゃあ俺は日向ぼっこでもしてくるか。ちゃんと食ってから来いよ」

 

 ひらひらと手を振りながら食堂を後にするグレイ。

「はいッ!」と嬉しそうに朝食を摂り始めたリューに、女神と眷属の少女達が生温かい目で見つめていると、「な、なんですか!?」と困惑の声をあげた。

 

「これも食べていいぞ」

 

「え……」

 

「私のものあげる」

 

「ちょっ……!」

 

「今のうちに体力付けとかないと」

 

「どういう意味ですか!?」

 

 そんな哀れな末娘にネーゼとイスカ、アスタがリューの皿に野菜だのパンだのを盛り付け、シチューのお代わりを追加していく。

 さっきまで食べた分よりも増えた朝食にリューが悲鳴を上げる中、アストレアはただ微笑ましく愛娘達のじゃれ合いを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 頭上には雲一つない青空が広がっていた。

 大剣を脇に置いて後ろに組んだ両手を枕に芝生の上に寝転がり、目を閉じているグレイ。

 吹き抜ける風が、降り注ぐ日差しが心地よい。

 ギルドに行くのは明日にしてこのまま寝てしまおうかと迷っていると、足音が近づいてきた。

 ようやく来た眠気を名残惜しくも手放し、瞼を持ち上げた。

 

「お待たせしました」

 

 視界に入るのはこちらを覗き込むリューの姿だ。少し苦しそうに腹を擦るその様は、急いで食べてきましたと言わんばかりだ。

 正確には追加された分も律儀に完食してきたせいなのだが、グレイがそれを知る由もない。

「遅かったな」と笑いながら体を起こし、大剣を片手に立ち上がる。

 コートを叩いて貼り付いた草を落とし、体を伸ばしてから大剣を背負う。

 

「それじゃ、行くか」

 

「はい」

 

 挨拶など手短に歩き出そうとするグレイだが、

 

「……」

 

「?」

 

 じっとリューを見つめたかと思うと、おもむろに彼女の顔に手を伸ばし、唇の端に着いたジャムを取ってやった。

 彼の指先が唇を撫で、もったいないからとそのまま指を舐める。

 味はやはりイチゴ。やはりこの酸味と甘味の具合がちょうどいい。

 

「急かして悪かったが、綺麗に食えよ」

 

「…………」

 

 グレイは今度こそと歩き出すが、リューは微動だにしない。

 

(え、今、何をされた?唇を拭われた?グレイに?しかもそのまま指を……!?こここここ、これでは間接とはいえ……ッ!)

 

 今起きたことを理解した瞬間、ボン!と音を立てて頭から煙が噴き出し、耳の先までが真っ赤に染まる。

 

「グ、ググググ、グレイ!?」

 

「どうした。置いてっちまうぞ」

 

 一人慌てるリューと、対して気にする素振りを見せないグレイ。

 彼は言葉の通りに星屑の庭を後にし、リューが「待ちなさい!」と急いでその後を追う。

 

「あれで付き合ってないは噓でしょ」

 

 窓から一連のやり取りを覗き見していたアリーゼが戦慄と共に吐き出した言葉に、主神含めた全員が頷くのだった。

 

 

 

 

 

 早朝も過ぎて人々も動き出す時間帯。職人達も働き出したのか、遠くから彼らの掛け声や金槌や鋸の音が聞こえ始めた。

 未だ戦いの傷痕は深く、復興には時間もかかりそうではあるが、それでも少しずつは進むのだ。

 

「お前とアリーゼとで歩き回った時は辛気臭くて堪らなかったが……」

 

 グレイは通りを見渡して笑顔でやり取りをする一般人や冒険者達を見つめ、釣られるように笑みを浮かべた。

 彼が初めて街を練り歩いたのは『大抗争』以前。

 記憶にある街の様子は鬱屈としていて、いつ闇派閥(イヴィルス)の毒牙にかかるかわからない場所で商売だの談笑だのとは言っていられない状況だった。

 だが今はどうだ。これは勝利の余韻が生み出した一時の平和かもしれないが、それでも人々が前を向いて歩き、時には笑い、時には足を止めて陳列された商品を眺めたりと、活気に満ちている。

 

「ようやく『世界の中心』らしくなってきたんじゃねぇか」

 

「……………」

 

「聞いてるか?」

 

 横で俯きながら赤くなっているリューの顔を覗き込み、ひらひらと手を振る。

 頭一つ分の距離に現れた彼に驚き、肩を跳ねさせたリューは「なんですか」と赤面したまま問いかける。

 

「だから、やっと『世界の中心』らしくなってきたなって」

 

「そう、ですね。ですがこれからです」

 

 本来のオラリオらしい活気が見え始めたことに安堵するグレイに、リューが微笑みと共に頷きながら手つかずで放置される瓦礫の山に目を向けた。

 これから復興も進み、本当の意味での『世界の中心』、世界に誇る『英雄の都』がその姿を取り戻すことだろう。

 出来る事ならその景色をグレイに見てもらいたい。今度はいきなりいなくなったりはしないはずだ。

 

「そうだな。そのうちもっと騒がしく、綺麗な街になるだろうよ」

 

 彼女の言葉にグレイは笑いながら未来を想い、彼女へと視線を向けた。

 彼と視線が交わり、頬を朱色に染めながらそっと目を逸らすリュー。

 相変わらずだなと苦笑交じりに肩を竦め、そっと彼女の頬に触れてこちらを向かせた。

 

「お前やアリーゼ達が頑張った成果だ。俺はおいしい所を搔っ攫っただけだからな」

 

 そして正面から、オラリオがオラリオとしての姿を取り戻せたのはリュー達のおかげだと賞賛した。

 グレイも彼女らと同じかそれ以上の活躍をしたが、それは『大抗争』や『正邪の決戦』を中心とした短期間だけだ。

 都市のためにどれだけの時間行動したかでは、グレイはどの冒険者にも勝てない。

「それは──」とリューがその言葉を否定しようとする。

 彼の献身がなければ自分達には万に一つの勝機すらなかった。

 彼の覚悟がなければヴァニタスという邪悪を退けることはできなかった。

 何より、彼がそんなに卑下しては妹の犠牲すら侮辱することになってしまう。

 リューが言葉の続きを吐こうとするが、グレイは苦笑と共に立てた人差し指を彼女の口に当てた。

 彼女が言わんとしていることを理解し、その優しさや心遣いも理解しながら微笑む。

 

「珍しく褒めてやったんだ。素直に受け取っとけ」

 

 その笑顔に、その裏に隠されたあの日の涙を思い出し、リューはそれ以上追及することを辞めた。

 あの日、未来のために献身した者に上も下もない。全ての冒険者が己の全てを賭けて戦ったのだ。

 グレイは彼らの覚悟と献身を素直に賞賛し、生き残った者達が作る未来に期待している。

 リューも微笑みながら頷き、グレイもまた笑顔を返す。

 

「よし!さっさと行くぞ」

 

 そして真面目な話は終わりだと言わんばかりに彼女の手を取ると走り出す。

 いきなり手を掴まれた挙句に手を引かれて走り出したリューは、再び無言のまま顔を真っ赤にする。

 

「…………グレイ君帰ってきてたのか。それに、リューちゃんとは随分親密な関係のようじゃないか」

 

 そして裏路地からひょこりと顔を出していたヘルメスが、リューとグレイが予想以上に親密な仲であることをようやく察する。

 我が派閥の団長(アスフィ)とは魔道具製作者(アイテムメイカー)として通ずるところがあったのは把握していたが、まさかかの正義の派閥(アストレア・ファミリア)末っ子堅物妖精(リュー・リオン)と、手繋ぎデートする程親密になっていたとは。

 

「いや、まあ、二人が仲良しだったのはそれはそうだったか」

 

 エレボスを捕え、ステラを討伐後に起きたダンジョンの崩落。

 全員が退避の一手を打つ中で、グレイを待つと言うはっきり言って自殺に志願するのと大差ない判断を下す程だ。あの時点で気づくべきではあったのだろうが……。

 

「これは面白くなりそうじゃないか」

 

 顎に手をやり、ニヤニヤと笑うヘルメス。

 悪魔という未知の種族と、エルフという堅物種族の恋愛。こんな人と神が入り混じる神時代始まって以来の──あるいはそこに悪魔を交えた新時代を象徴する特大恋愛話を無視なんてできるだろうか。

 いいや、無理!他の神にも教えてやろうと野次馬根性が爆発する!

 それをせずとも偶然今のやりとりを目撃した神々も似たような顔をして顔を見合わせている。目があったヘルメスも『ばっちり見たぜ!』と親指を立ててやった。

 

「何をこそこそしているんですか?」

 

 そんな不審者全開の主神にげんなりしながらも声をかけるアスフィ。

 都市復興のための道具の準備や整備で酷使される希代の魔道具製作者(アイテムメイカー)は疲労困憊といった様子で目に隈を纏っていた。

 

「なあ、アスフィ。戦友の恋路を応援したいとは思わないか?」

 

「……いきなり何を言っているんですか?」

 

 ふふんと心底楽しそうに笑うヘルメスに、嫌な予感を感じながらも一応問いを投げるアスフィ。

 ヘルメスが「あれ見てみなよ」と指し示す先には、遠目なことに加えて背中を向けているのでよくわからないが、恐らく男性に手を引かれるリューの背中が見えた。

 リューが人の──しかも異性と手を繋いで走っている。しかも振り払う素振りもなく、それを受け入れている。

 アスフィはそこまで思案し、その光景を思わず二度見した。

 

「……リオンが、異性と手を繋いでいる……!?」

 

 リューのことをよく知るからこそあり得ない光景に目を見開く。

 その反応を待っていたと笑うヘルメスは、アスフィと肩を組みながら耳元で囁く。

 

「相手はグレイ君だ。どうやら帰ってきていたらしい。しかも、さっきまでイチャイチャしてたんだぜ」

 

「い、いちゃいちゃ!?あのリオンが!?人前で!?」

 

「ああ」

 

 リューをよく知るからこそ、あり得ないことが起きていると困惑を深めるアスフィ。

 表情がころころと変わる可愛らしい姿を──弄る口実という意味でも──目に焼き付けながら、そっと彼女の肩に腕を回した。

 

「それで、どうする?リューちゃんとグレイ君の恋路、応援しないかい?」

 

「お、応援、ですか?」

 

 眼前にある主神の顔を鬱陶しそうに遠ざけながら疑問符を浮かべるアスフィ。

 

「そう。応援」

 

 彼女が浮かべた疑問符をそのままにヘルメスは心底楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 そんな神の思惑など露も知らずギルド本部にたどり着いたグレイとリューは、そのまま最上階の執務室に通された。

 その部屋は贅が尽くされていた。壁一面を覆う書棚に、雪花石膏(アラバスター)で作られた魔石灯。天鵞絨(ビロード)張りの長椅子に艶やかな絨毯。

 その手のものに疎いグレイをして思わず「すげぇ」と漏らすその一室で、唯一優雅さのないものが一人。

 椅子にどかりと座るロイマンだ。

 いきなり顔を出したグレイに面を食らいながらもそれを表情には出さず、ギルドの長としての威風を精一杯に出そうとしているが、生憎グレイにはその手の虚仮脅しは通用しない。

 相変わらずでっぷりとした腹を見て鼻を鳴らし、執務机に手をついてロイマンと視線を合わせる。

 

「よう、帰ってきたぜ」

 

 ニッとわざとらしすぎる作り笑いと共に告げた言葉にロイマンは「そうか」と手短に返し、グレイの後ろにいるリューへと視線を向ける。

 

「お前はともかく、なぜ【疾風】がいる」

 

 ギルド長の執務室という文字通りオラリオの心臓とも言える場所に、期間を果たしたグレイが来るのは良いとしてなぜリューがいるのか。受付で待たせておけばいいだろうと指摘するが、

 

「ただの付き添いだ。気にすんな」

 

 ロイマンの言葉を遮り、あっさりとそう言ってのけるグレイ。

 事実一緒に来ただけで深い意味はないのだから、彼にもそうとしか言えないのだが。

 むうと多少不満そうにしながら「それで、要件はなんだ」と問いかけるロイマン。

 十中八九報酬目当てだろうと目星はついているのだが、念のための確認だ。

 

「話が早くて助かるぜ。それじゃ、報酬寄越しな」

 

 それ見たことかと、ロイマンは胸中で溜め息を吐いた。

 グレイがそれなりに金に執着しているのは知っている。まあ、無一文の中で金が手に入る確約があるとなればそれのこだわる気持ちもわからなくもないのだが。

 

「店を始める初期費用って、どんくらい必要なのかね」

 

「参考までに言うなら、八十万ヴァリスもあれば一軒家が買えます」

 

「八十万!?いや、デカめの事務所買うとなりゃもっといるか。店買えんのいつになるんだ、それ……」

 

「待て!店とはなんだ!?」

 

 そして闇派閥(イヴィルス)幹部の捕縛や殺害による賞金(バウンティ)はそれなりになる。

 この日に備えて引き出しにしまっていた諸々の書類を取り出していると、聞き捨てならないやり取りがグレイとリューの間で交わされていた。

 思わず叫んだ彼に二人の視線が集まり、グレイは肩を竦めた。

 

無所属(フリー)の便利屋でもやろうと思ってな。今は開業準備中だ」

 

「便利屋だと……!?貴様、どの派閥(ファミリア)にも属さないつもりか!?」

 

「ああ。無所属(フリー)つったろ」

 

 てっきり【アストレア・ファミリア】に籍を置くものとばかり思っていたグレイの告白に、唾を飛び散らしながら狼狽えるロイマン。

 グレイという絶対的な強者を遊ばせている余裕などオラリオにはない。外様とはいえかつての最強達(ゼウス、ヘラ・ファミリア)の英傑達に迫る人材を、無所属(フリー)でオラリオの街に放つなど言語道断だ。

 アストレアに限らず、ロキでもフレイヤでもいいからどこかの派閥に入れ、その力を最大限利用していく手筈だったのだが。

 

「その方が身軽でいい」

 

 浮かべていた作り笑いを止め、神妙な面持ちになりながら声色も真剣なものに。

 彼の雰囲気が変わった彼にロイマンだけでなくリューさえも驚く中、グレイは言葉を続ける。

 

「どこにも属さないからな。派閥の面子もなにもないから自由に動ける」

 

「悪魔が出ればどこにいようが狩りに行くし、頼まれればフィンやオッタルともいくらでも戦ってやるし、場合によってはダンジョン探索も手伝ってやる。勿論、お前に頼まれれば他の派閥がやりたがらないようなきな臭い依頼もこなしてやる」

 

 派閥に属さない故の自由。神意など知らず、派閥間のすり合いなどもない。

 オラリオという魔境を生きると決め、冒険者達の踏み台になる事さえも許容し、ギルドの──あるいはロイマンの使い走りになる事さえも許容する。

 

「オラリオにいる全員に俺を使う(・・・・)機会(チャンス)をやるって言ってんだ。うまく使えよ、ギルド長」

 

『オラリオの奴隷』にでもなってやると言わんばかりの迫力にロイマンは黙り、リューもまたかける言葉をなくしてしまう。

 あまりにも壮絶な覚悟。曲がりなりにも『英雄』と呼ばれ、それを背負うと決めた青年の覚悟が二人に叩きつけられる。

 流石のグレイも言い過ぎたと思ったのか、破顔しながらロイマンに告げた。

 

「ま、細かい調整はまた今度な。今は──」

 

 真面目な話は終わりだと言わんばかりに手を叩き、ロイマンが用意していた書類をかすめ取って長椅子に腰を下ろした。

 背もたれに寄りかかりながら脚を組み、ざっと書類に目を通すが、段々と表情が険しくなっていく。

 何か不備がと表情を強張らせるロイマンと、何かギルド側から不利になるようなことがったかと身構えるリュー。

 そして溜め息を吐いたグレイは書類から視線を外し、告げた。

 

「……リュー。読んでくれ」

 

 神妙な面持ちから放たれたあまりにも情けない頼みに、リューとロイマンが同時にガクッとずっこけた。

 この下界最強、無一文のみならず文字が読めないのである。この調子で店を始めるなんて豪語するとは片腹痛い。

 リューは溜め息と共に彼の隣に座り、肩を寄せて書類に目を通す。

 

「言ってしまえば要注意人物一覧(ブラックリスト)入りした冒険者を捕縛したことへの感謝状ですね。長々と書いてありますが、気にすることではないかと」

 

「感謝状ね。なら、下の数字が報酬金か」

 

「そのようですね。額は──」

 

 そこまで読んで、リューの動きが止まる。

 驚愕に目を見開き、書類を持つ手が震える。

「どうした」と書類から彼女の横顔に視線を向ければ、リューもまた彼の方に顔を向けた。

 鼻が触れ合いかねない超至近距離にある彼の顔にリューは勢いよく顔を背けるが、困惑顔のロイマンと目が合ったのでグレイの方に向き直った。

 

「桁とかが俺がいた場所と同じなら、これ億までいってねぇか……?」

 

「いって、ますね。2億8000万ヴァリスと、書いてあります」

 

 顔を見合わせた二人が揃ってロイマンに目を向けると、彼は「仕方があるまい」と鼻を鳴らした。

 

「第一級冒険者でもあり闇派閥(イヴィルス)頭脳(ブレーン)でもあったヴァレッタ・グレーデ。そしてオリヴァス・アクトを含めた闇派閥(イヴィルス)幹部。それ以外にも我々にもたらした悪魔の情報や『大最悪(モンスター)』の討伐。貴様があげた戦果を金額にすれば、それくらいはいく」

 

 声音こそ強いが、ロイマンも彼なりに感謝しているのは明白だった。

 オラリオ存亡の危機の中で冒険者でもないのに、冒険者以上にオラリオに貢献した少年への正当な報酬だと。

 しかし、ともう一枚の書類を取り出して二人に差し出す。

 それを受け取ったリューはざっと目を通し、批難げに目を細めた。

 

「これはどういうことですか?」

 

「書いてある通りだ」

 

「……」

 

 ロイマンの太々しいまでの態度にリューが僅かに殺気立つ。

 彼女の琴線に触れるようなことが書いてあるのか、静かな憤怒を全身に纏っていた。

「なんて書いてあるんだ?」と好奇心に押されて覗き込んだグレイは、2億と提示された数字を目にする。

 

「貴方が壊した市壁や【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)の修繕費の請求書です」

 

「…………そりゃ、まあ、俺のせい、だな……」

 

 グレイは小さく息を吐き、ロイマンへと目を向けた。

 彼は申し訳なさそうにしながら『やり過ぎだ』と釘を刺すように睨みつけてくる。

 確かに闇派閥(イヴィルス)諸共市壁を吹っ飛ばしたり、ヴァニタスとの戦いで市壁を砕いたり、最後の最後でよくわからない象面の大仏のようなものの頭も吹っ飛ばした。

 2億は吹っかけすぎじゃねぇかと思いつつ、それなりにやらかした自覚もあるのも事実。

 ダンテだって橋を落としたり車を壊したりで報酬よりも借金が増えたこともあるらしいし、むしろ報酬分が残っているのはいいことかもしれない。

 

「つまり、俺への報酬は差額の8000万?」

 

「そうだ。全額持っていかなかっただけありがたく思え」

 

「ああ。あまりの慈悲深さに泣きそうだ」

 

 ローグハンターがよよよとわざとらしく目元を押さえながら言うと、ロイマンは付き合ってやれんと嘆息した。

 

「下の換金所に行け。小出しにしたければ追加で書類を書いてもらうが」

 

 この話は終わりだと言わんばかりにそう告げるロイマンを他所に、グレイは顎に手をやりながら「8000万か……」とぼやく。

 

「いいのですか?」

 

「別に構いやしねぇよ。金なら稼げばいい」

 

 横で心配してくれるリューに強がりでもなんでもない、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた。

 80万で一軒家なら、800万もあれば大きめの事務所と家具類が買えるだろう。ならば残すべき最低限の資金は保険を含めて1000万。

 当面の活動資金にいくらかもらって帰るとしても、ロイマンの言うように小出しにするのは当然だ。

 それにしたって8000万は多すぎる。都市の復興が終わらない現状で、そんな大金を一箇所に留まらせるのはあまりよくないことのようにさえ思える。

 

「3000万は寄付するか。俺が使うより復興に使った方がいい」

 

 ただ思いついたからという理由だけで3000万ヴァリスもの大金を寄付することに決めた。余ったらまた寄付すればいいよなと付け加えて。

 リューとロイマンがあまりにも強烈な思い切りの良さに驚く中、グレイはロイマンに鋭い視線を向けた。

 

「お前らが持って行った2億含めて、お前やギルド職員が私腹肥やすのに使いやがったら組織ごと潰す。気をつけろよ」

 

「わ、わかっている!だが、本当にいいのか?」

 

 グレイの威圧を受けながら、大金をあっさりと手放す彼に正気を疑うように問いかける。

 

「……?さっきも言ったが、また稼ぎゃいいだけだろ」

 

 何言ってんだこいつと言わんばかりに小首を傾げながら、さも当然のようにそう言い切った。

 

「便利屋に客がこなくても、最悪ダンジョンに潜れば日銭稼ぐくらいどうにかなるだろ。あ。そうだ。今さらだが無所属(フリー)でもダンジョン潜って大丈夫だよな?」

 

「今さらな疑問ですね」

 

「あの時は緊急事態だったからな」

 

 そしてそれこそ冒険者のようにダンジョン探索もやってやると意欲を見せ、リューが今さらが過ぎる確認だと嘆息した。

 確かに今までグレイがダンジョンに潜るのは緊急事態の時に限っていた。

 しばらくはそんな事態が起きないとは思うが、まだまだ金が湧くとわかっている金山に潜るなと言う方が残酷だろう。

 ロイマンすらもそれを今聞くのかと怪訝な顔になりながらも「構わん」と溜め息混じりに許可を出す。

 

「施設の使い方は隣のエルフに聞け」

 

「言われなくても」

 

 たったの数分のやり取りで疲れたと息を吐くロイマン。

 話は終わったと判断したグレイは「取り敢えず三万くらい受け取っておくか」とひらひらと書類を揺らし、立ち上がる。

 

「換金所ですね。そこなら分かります」

 

 続けてリューも立ち上がり彼に続こうとするが、それにロイマンが待ったをかけた。

 

「グレイ・ストラトス。一ついいか」

 

「手短にな」

 

 グレイが扉を開けた姿勢のまま止まると、ロイマンも椅子から降りた。

 贅肉を揺らしながら重い足取りで執務室を横断し、グレイ達の元へ。

 

「ウラノスが会いたいそうだ。着いてこい」

 

 そしてグレイ達を追い抜かして廊下に出ていってしまう。

 

「ウラノスって?」

 

「オラリオの創設神であり、ギルドの主神でもある男神です。普段はここの地下でモンスターが地上に出ないように祈禱を捧げているそうですが……」

 

 すっとリューに顔を寄せて耳打ちで問いかけると、彼女は怪訝な顔になりながらウラノスという神について教えてくれた。

 グレイは『正義の女神』だの『絶対悪』だのの次は『オラリオの創設神』ときたかと、肩を竦める。

 

「私は会ったことがありません。アリーゼ達も」

 

「普段会えない神様が、俺をご指名ってか?」

 

 リューの説明にいよいよをもってどうして呼び出されたのか疑問が尽きなくなるグレイだが、言われた通りにロイマンに続いて廊下を進んでいく。

 もちろんリューも彼に続くのだが、移動の途中でロイマンが勢いよく振り返る。

 

「貴様だけだ!【疾風】はロビーで待っていろ!」

 

「な!?私も──」

 

「ウラノスの神意だ!言うことを聞け!」

 

 そして普通に着いてこようとしていたリューを制し、左右に分かれる廊下の右を示すロイマン。

 ここまで来たらと付き合うつもりだったリュー。

 二人の妖精が睨み合い、剣吞とした雰囲気が流れる中、

 

「まあ、いいじゃねぇか」

 

 グレイが苦笑混じりに彼女の肩に手を置いた。

 

「すぐ終わるから待ってろ。ヤバくなったら魔力全開にするから、その時は頼む」

 

「……わかりました。何かあればすぐに呼んでください」

 

 ポンポンと肩を叩いて彼女を宥め、そこまで言うならとリューも引き下がる。

 彼女がロビーへと続く廊下を進む背中を見送り、グレイは案内しろとロイマンに目配せ。

 恋を知った生娘エルフの強情さと、それに対応する面倒臭さを思い出したロイマンが深々と溜め息を吐き「こっちだ」と先導を開始した。

 本来なら部外者は入れない職員専用の廊下を何度も曲がり、やがて広く長大な一本の通路へとたどり着く。

 列柱が立つ大通路には赤絨毯が敷かれ、地下へと続く階段へと伸びている。

 

「私はここまでだ。あの階段の先にウラノスがいる」

 

「案内どうも。神様と一対一(サシ)か、嫌になるな」

 

 階段を示して立ち止まるロイマンと、地下から感じる神威に冷や汗を流すグレイ。

 二人は別れ、ロイマンは執務室へ、グレイは地下を目指して歩き出す。

 カツカツと反響する靴音。魔石灯があっても薄暗い長階段。

 ギルドにあった煌びやかさはなく、あるのはいっそ神聖ささえも感じる静謐ばかり。

 グレイは居心地悪そうに身震いしながら階段を降り、『オラリオの創設神』の御前を目指す。

 神時代が来るよりも前。『古代』と言われる時代において、人類はモンスターと鎬を削っていた。

 終わりの見えない戦いの中始まったのが、モンスターを吐き出す大穴を塞ぐ『蓋』を作り出す、文字通り人類の未来を賭けた一大計画だった。

 それを遂行するべく結成されたのがギルドの前身機関。彼らの主導で行われた計画も、多大な犠牲を払っても挫かれ続けた。

 偉大なる英雄が命を賭しても、何千という命を捧げても、大穴を塞ぐ蓋はその度に破られた。

 人類に絶望が伸し掛かる中、救いを与えるように神々が地上に降臨。神々は『暇潰し』だと言って憚らなかったそうだが、かの男神は少々違ったらしい。

 蓋を作ろうとする人類を献身的に支え、人類に初めて『恩恵』を与えた。『神時代』の始まりたる一柱。

 後にオラリオと名付けられる要塞都市を築き上げ、前身組織を都市の管理機関(ギルド)として再編した創設神。

 

「あんたがウラノスか」

 

「いかにも」

 

 ギルド地下の祭壇。魔石灯ではなく四炬の松明で照らされる聖域。

 その中央の玉座──神座に腰掛ける巨体の老神こそがウラノス。

 蒼色の瞳をグレイに向け、グレイもまた碧眼を神へと向ける。

 アストレアに限らず、オラリオで出会ったどの神とも比にならない神威。

 アストレアの時は『殺られる前に殺れ!』なんて騒いでいた本能も、『これは無理……』と情けなく白旗を振っている。

 実際ウラノスはこの祭壇からダンジョンに祈禱を捧げ──神威をぶつけることでモンスターの地上進出を抑えている。

 グレイが感じているのは間近に迫ったからこそ感じるその余波であり、ダンジョンでは欠片も感じられなかった異様な雰囲気に冷や汗が止まらない。

 ダンジョンという環境にのみ作用するのか、あるいはモンスターにのみ作用しているのかは定かではないが、それができるならここでもそれをしてくれと胸中で愚痴る。

 

「それで、俺に何の用だ」

 

 そんな内心をひた隠し、努めて普段通りの声色で問いかける。

 対する老神は彫刻のように表情を変えず、彼の姿をただ見つめていた。

 

「あ~、爺さん!耳遠いのか!?」

 

 無視すんなと言わんばかりに声を張り上げ、手を振って見せるグレイ。

 ウラノスは「聞こえている」と手短に返し、相変わらず彼を見つめる。

 

「…………何か言ってくんねぇかな!?」

 

 じっと見つめてくる老神の姿に辛抱たまらずに吼えた。

 ただですら本能が悲鳴をあげているのに、黙って見つめられると怖さ五割り増しだ。冗談の一つでも言ってもらいたい。

 そんな彼の本音を知ったか知らずか、ウラノスは言う。

 

「グレイ・ストラトス。人として生きる悪魔を、この目で見たかった」

 

「俺は見たら幸運になる珍獣じゃねぇぞ」

 

 クロノスの言葉に頭を掻く。

 何か重要な話かと思えばただ見てみたかっただけとは、創設神も存外に暇らしい。

 グレイは溜め息を吐きながら「なんなら服も脱ぐか?」と冗談を口にし、外套(コート)に手をかけた。

 

「いいや。十分だ」

 

 用事は済んだと言わんばかりに目を伏すウラノス。

「終わりか?」と困惑するグレイにただ一言「ああ」と返す。

 

「何だよ。マジで一目見たかっただけか?あれこれ聞かれると思ってたんだが……」

 

 変に身構えていたと白状するグレイにウラノスはただ淡々と言う。

 

「お前が都市にとって有益なことは既に証明されている」

 

「それはどうも。で、俺がこれから何をする気なのかも聞かねぇのか」

 

「都市の運営はロイマン達に一任している。私が関知することではない」

 

 グレイが話題を広げようとしても取り付く島もない。

 アストレアやヘルメスと比べて随分と機械的。下界のいざこざに関心がないのか、長生き過ぎて感情の起伏がなくなったのか。

 神はよくわからんと半眼になるグレイだが、老神の言葉を『ロイマンに許可さえもらえれば好きにしていい』と解釈することにした。実際無所属(フリー)になるのだからギルドにあれこれ申請するのは確かだし。

 

「そうかよ。じゃ、俺は帰るぞ」

 

 何もないならさっさとこの祭壇から出ようと踵を返し、階段へと歩を進めた。

 本能が安堵の息を漏らす中、祭壇を囲む柱の一つに視線を向けて小さく鼻を鳴らし、けれど足を止めることなく階段へと消えていった。

 沈黙をもって彼の背を見送ったウラノスは、彼が一瞥した柱へと目を向けた。

 同時にそこ柱の影から全身を黒衣で包んだ何者かが姿を見せる。

 全身を覆う黒衣。肌を一切露出せず、顔すらも影で覆うその様はさながら幽霊のよう。

 

「あれが噂の悪魔か」

 

「フェルズ。どう見る」

 

「少なくとも敵ではない。口は悪く態度も軟派だが性根は善良。でなければ世界は終わっている」

 

 フェルズと呼ばれた黒衣の人物は意見を求められるが、肩を竦めながらグレイが登って行った階段へと顔を向けた。

 今のオラリオでは彼を止められないと白状し、彼の善性とそう教育してくれた誰かに感謝しておく。

 ウラノスもその意見に首肯しながら階段へと目を向け、口を開く。

 

「しばらくは静観するしかあるまい。彼がこの地で何をなすのか」

 

 ウラノスは静かにそう告げ、悪魔という未知の可能性を見定めるように僅かに目を細めた。

 

「そして悪魔という怪物に産まれながら、人間の心を持った『異端児』をオラリオがどうするのか」

 

「彼らと接触させるのか?」

 

「まだだ。グレイ・ストラトスがこの地を知り、歴史を知り、文化を知り、モンスターが何たるかを知り、それでもなお彼らと共に歩めると判断できるまでは待つ」

 

 神とその従者。二人の間でのみ通じるやり取りを交わし、フェルズは老神の神意に頷いた。

 

 

 

 

 

 ギルドのロビー。

 昼前ということで利用する冒険者もまばらなそこに、リューはいた。

 隅にある長椅子に腰掛けては立ち上がり、左右にうろちょろしたかと思えば元の位置に戻る。

 ギルド職員達は顔を見合わせ、困り顔を浮かべた。

 はっきり言って鬱陶しい。仕事をしていると視界の端にうろちょろするエルフが見えるのだ。うざったくもなろう。

 しかも男を待っているというのなら尚更に!

 一部の職員が殺意さえも滲ませる中、職員専用通路からグレイが姿を現した。

 目敏くそれを察知したリューが立ち上がり、グレイの元へと駆けていく。

 

「グレイ!」

 

「おう。待たせたな」

 

 そんな彼女に笑みを返すグレイ。

 

「大丈夫でしたか?」

 

「ああ。挨拶ついでの顔合わせって感じだ」

 

 彼女の心配も軽く返し、ロビーを見渡した。

 冒険者も少なく、ギルド職員もちらちらと見てくる程度で声をかけてくる様子もない。彼らも忙しいのだろう、耳を澄ませば書類にペンを走らせる音が聞こえてくる。

 

「そんじゃ、金貰って帰るか」

 

 換金所はどこだと視線を巡らせる彼に、リューは「こちらです」と彼の手を引いてロビーを横断していく。

 一部のギルド職員から『こっちはくそ忙しいのにそっちはデートですか?そうですか!』と妬み全開の視線を向けられているし、なんなら外からも何(にん)かから見られている気配を感じるが、どちらも殺意はないので一旦無視。

 そしてちょうどロビーの中央を過ぎようとした瞬間、

 

「あ……」

 

「お前は……!」

 

 ちょうどギルドに入ってきた二人組が、グレイとリューを見て声を漏らした。

 剣を背負った金髪の幼女と、彼女に付き添う翡翠の髪をしたハイエルフの女性だ。

 

「お。久しぶりだな、ちびっ()

 

「ちびじゃない!」

 

「リヴェリア様!?」

 

「様付けはよせ、【疾風】」

 

【ロキ・ファミリア】の【剣姫】ことアイズ・ヴァレンシュタインと彼女の保護者(ママ)にして【九魔姫(ナイン・ヘル)】、リヴェリア・リヨス・アールヴその人だ。

 グレイがしゃがんでアイズと視線を合わせ、くしゃくしゃと乱暴に彼女の頭を撫でている横で、リヴェリアは王族を前に緊張するリューに半ば諦めていることを口にしていた。

 それでも緊張が解けない彼女の姿に苦笑しながら、その目線をグレイへ向ける。

 

「戻ってきていたのだな」

 

「ああ。夜中にな」

 

 変わらずアイズを撫でまわしていたグレイはそれを合図に立ち上がる。

 髪がボサボサになったアイズはそれを整えることもなく、不満そうにグレイを見上げている。

 リヴェリアは顎に手をやって思案すると、リューにも視線を配りながら問いかける。

 

「グレイ・ストラトス。時間はあるか」

 

「……?ああ。もうすぐ暇になる」

 

「そうか」

 

 彼の返答に答えは決まったのか、リヴェリアは言う。

 

「すまないが、これから我々の本拠(ホーム)に来てほしい。いいか」

 

「そういや、ロキが俺を探してるって話だったな」

 

 彼女の言葉にリューが教えてくれた情報を思い出し、リヴェリアの提案に合点がいく。

 ロキが本拠(ホーム)に怒鳴り込んできたとかなんとか。リヴェリアの要件もそれ絡みだろう。何があったのかは聞かされていないのが不安ではあるが。

 

「ッ!?リヴェリア、私はダンジョンに──」

 

「こちらが優先だ。お前のためでもある」

 

 リヴェリアの決定にさっさとダンジョンに行きたいアイズが嚙みつくが、グレイの手で乱れた髪を直しながら告げられた言葉に黙ってしまう。

 あのなんにでも嚙みつくアイズが黙りこむとはと少々の驚きを露にするグレイ。

 

「リューもいいか。帰るのが遅くなっちまいそうだが」

 

「私は構いません」

 

 リューからも許可をもらい、いざ出発と相なったその瞬間、グレイは神妙な面持ちで呟く。

 

「……出る前に換金所に寄っていいか」

 

 このままではまた無一文で放り出されると予感し、まず金を手に入れることを選ぶ。

 せっかく報酬金がもらえるというのに、それを無視して次の予定に直行は流石に笑えない。無一文もまま街を練り歩く虚しさをもう感じたくない。

 リヴェリアから「それくらいなら待とう」と許可を貰えば、リューを連れて換金所へと向かう。

 そしてようやく潤った懐事情にご満悦になりながら、ギルドを後にするのだった。

 

 

 

 




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