ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Prepare02 ロキ・ファミリア

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)

 一見小さめの土地に複数の尖塔が並ぶ城のような外観を持つその場所こそが、都市二大派閥の片割れ【ロキ・ファミリア】が誇る『黄昏の館』である。

 それを見上げて変な声を漏らすグレイに、リヴェリアが「こっちだ」と先導する。

 彼女の帰還に一礼し、後ろのグレイに驚愕する門番達の脇を抜け、敷地内へ。

 

「ここまで来ておいてですが、私が入っていいのでしょうか」

 

「構わん。せっかく来たんだ、茶でも飲んでいけ」

 

 門の前で立ち止まり、場合によってはここで待つのも辞さない姿勢のリューにリヴェリアが入場の許可を出す。

 王族からの許可に「失礼します」と一礼してから門を潜り、「派閥ってのは面倒だな」と肩を竦めるグレイに追い付き「それでも大切なことです」と告げた。

 様々な神の派閥が群雄割拠するオラリオ。

 医療系、鍛冶系、農業系など、都市のインフラを支える派閥もあるが、基本的に他の派閥(ファミリア)はダンジョン探索に関しては競争相手であり、場合によっては武力をもって衝突し合う関係だ。

 その敵になる可能性もある他派閥の団員を半ば独断で本拠(ホーム)に招くのは、本来は避けるべき行為。

 それを理解しながらも入れてくれたのは【アストレア・ファミリア】への信頼によるものか、あるいは本当に戦友と茶を飲みたいだけなのか。

 リヴェリアを先頭に黄昏の館の敷地内を進む一行。

 ダンジョンに行けないと不貞腐れていたアイズもここまで来てようやく諦めたのか、渋々ながらも三人に続く。

 途中、猫人(キャットピープル)にロキを、一緒にいた黒髪の青年にフィンとガレスを呼ぶように頼み、四人は応接室へ。

「座ってくれ」と促されるまま、並んで長椅子に腰を降ろすグレイとリュー。

 派閥の権威を見せつけるように上等な調度品が並ぶ応接室を見渡し、それでもロイマンの執務室の方がすごかったなと、今更ながらギルド長が持つ権威を痛感する。成金趣味と言い換えればそれもそうだが。

 アイズも手頃な椅子に腰掛け、床に届かない脚をプラプラと揺らす。

 

「フィン達が来るまで少し待っていてくれ。その間に茶を淹れよう」

 

「リヴェリア様が!?待ってください、私が……!」

 

 一人離れたリヴェリアが来賓用の飲み物を用意する中、王族にもてなされる異常事態に狼狽えるリュー。

 彼女はリヴェリアを手伝おうと立ち上がろうとするが、すぐにグレイに肩を掴まれて無理やり着席させられた。

 

「俺達は客だぜ?もてなしてくれるんならいいじゃねぇか」

 

「彼の言うとおりだ【疾風】。黙ってもてなされていろ」

 

 あくまで自分達は客だとリューに言って聞かせ、リヴェリアもそれに同調。

 グレイの言うことにも一理あるし、何よりリヴェリアから直々に何もするなと言われてしまえばお堅いエルフに出来ることはない。つまり、詰みである。

 

「小腹も空いたしちょうどいいだろ」

 

「リヴェリア様に給仕をさせるなど、私は……っ!」

 

 暇を持て余すように脚を組み、一定のリズムで爪先を揺らすグレイの横で、リヴェリアに給仕をさせている状況に顔色を青くするリュー。

 あまりにも対照的な二人の態度に、流石のアイズも若干引いていた。

 事情を知らないエルフに見られれば「不遜だ!」と即攻撃されても文句を言えない状況に、けれど彼の余裕は崩れない。

 リヴェリアの影響力をよくわかっていないのだから当然ではあるのだが。

 

「よし。できたぞ」

 

 そして数分もしないうちにティーポットと人数分のカップ、そして茶菓子を乗せたトレイを持ったリヴェリアが戻ってくる。

 それを机に置き、それぞれの前に配膳を終えた瞬間にバン!と音を立てて応接室の扉が開け放たれた。

 

「グーレーイー・スートーラートースー!ここで会ったが百年目や~!!」

 

 驚く四人の視線を一身に受けるのは、朱髪の女神。

 アストレアと比べればどこがとは言わないが控え目──いいや、むしろ絶壁。

 脇も臍も丸出しの露出度の高い衣装を纏いながら、けれど色気が欠片もないのは逆に奇跡だろう。

 本来糸目である双眸を限界まで見開き、両手に包丁を携えてグレイに跳びかかるが、グレイは冷静に角砂糖を一つ摘まみ上げると、それを親指で弾いて発射。

 寸分の狂いなく、角砂糖の角がロキの右目を捉えた。

 

「いぎゃあああああああああ!?!?」

 

 目玉を撃ち抜かれた激痛に体勢を崩し、顔から床に落ちる女神。

 四散した砂糖の破片をまき散らしながらのたうち回るその様には、神聖さが欠片もない。

 グレイは冷めた目でそれを見下ろしていると、失笑混じりのフィンと呆れ果てたガレスが応接室へと入ってくる。

 

「うちの主神がすまない。ここ最近、気が立っていてね」

 

「すまんな、小僧。いきなり客人に襲い掛かるとは。流石に庇えんぞ」

 

 二人からの謝罪を「別に気にしねぇよ」と肩を竦めながら受け取るグレイ。

 そして充血した右目で睨んでくる女神とフィン達を交互に見ながら、「こいつがお前らの主神なのか?」と心底意外そうに問いかけた。

「ああ」とフィンが頷き、「残念なことにね」と肩を竦めてみせた。

 

「何が『残念なことにね』や!?こいつがアイズたんを傷物にしたんやろが!これは正当な報復や~!!」

 

 主神に対するあんまりにもあんまりな態度に悲鳴をあげ、その怒りさえもグレイに向ける。

 リューは女神の『傷物』発言に何を誤解したのか「……グレイ?」と絶対零度の視線を彼へと向けた。

 まさかこんな幼女に手を出したのかと、それが本当ならと本気の軽蔑が向けられ、流石のグレイも「んな訳あるか」と語気を強めた。

 

「俺がこんなちびっ娘に手を出すわけねぇだろ。そういうのはお互いに信頼を気づいて、かつ相手の同意を得てからだな」

 

「──っ。貴方の貞操観念は聞いていません!」

 

 リューを真っ直ぐに見つめ返したかと思えば、真面目な声色で自身の意見を口にするグレイ。

 その言葉を慌てて遮るリューだがその頬は赤い。

 結構ノリが軽いというのにそこはしっかりしているのかと少し安心しつつ、自分は彼の言う信頼に値しているのかと少し不安を覚えてしまう。

 そんな二人のやり取りの横では相変わらずのちびっ娘呼びに頬を膨らませるアイズと、彼女の頬を突いて「かわよ~。ぷにぷにや〜」とだらしなく表情を蕩けさせるロキがいた。

 直後、アイズに平手打ち(ビンタ)されて再び床を転がることになるのだが。

 表情が気分によって二転三転し、挙句に眷属に暴力を振るわれる。

 眷属を愛しながら、どうにもならない程に威厳が欠片もない女神の姿にグレイは露骨に嘆息した。

 

「フィン達の主神ってんだから、アストレア並みに真面目が服着てるくらいのを想像してたんだが……」

 

「予想を裏切って申し訳ないけど、彼女が僕達の主神──ロキだ」

 

 フィンの紹介に起き上がったロキはガルルルルと食い縛った歯を剝き出しにして威嚇し始める。

 犬かよこいつと半眼になり、何とかしろよとフィン達へと目を向けるが、彼らは申し訳なさそうにしながらも耐えてくれと言わんばかりに苦笑したり溜め息を吐いたりするばかり。

 応接室に嫌な沈黙が流れる中、アイズが茶菓子を一口。

 サクサクと咀嚼する音が虚しく響く中、グレイは盛大な溜め息を吐いた。

 

「──で、俺に何の用だ」

 

 

 

 

 

 事の発端は正邪の決戦から数日。ようやく一息ついた頃に実施した眷属達のステータス更新だった。

 

「なんじゃあこりゃあああああああああ!?!?!」

 

 対悪魔用と思われる新しいスキルの発生や眷属達の一斉レベルアップなど、様々なイベントをどうにか乗り越えたロキが、もう辛抱たまらんと本拠(ホーム)中に悲鳴を響かせたのはアイズのステータスを更新していた時。

 レベルアップ自体は可能だろうがまだステータスに伸びしろがあると半ば断定的に予測していたロキが、フィン達幹部陣と当人たるアイズを含めて話し合い、レベルアップの保留することを決めたのが先日。

 一刻も早く強くなりたいと願う彼女をどうにかこうにか説得したのがつい先程。

 そして予定通りにレベルアップの保留という裏技を敢行したのがつい今し方。だが問題はそこではなかったのだ。

 今この場で起きているのはレベルアップの保留とか、対悪魔用の新スキルとか、そんなちゃちなものではない。

 

「どうした!?何事だ!?」

 

 万が一の場合──土壇場のアイズの暴走に備えて扉前で息を潜めていたリヴェリアが突入してくる。

 神室の扉が開け放たれ、他称『アイズの母親(ママ)』が滑り込んできたのだ。

 そんな彼女の視界に飛び込んでくるのは上着を脱いでベッドに寝転ぶアイズと、そんな彼女の背中を見下ろしながら慌てふためくロキ。

 驚きすぎて微動だにしない幼女と、そんな幼女の背中を見てあわあわしている女神の姿は事案のようにも見えるが、『恩恵』は背中に刻まれるためある意味ではいつもの通りなのだ。いつにも増して騒がしいことを除けば。

 リヴェリアが扉を閉め、アイズの上裸体を神室に閉じ込めることに成功すると、ロキが「早う!早う!」と急かしてくる。

 

「だから何事だ!」

 

 さっさと説明しろと語気を強めるリヴェリアに、ロキはアイズの背中を見るように指差す。

 幼いながらも傷痕が残る戦士の背中に多少の罪悪感を感じながら、彼女のステータスを示す神聖文字を読み解いていく。

 先の戦いで激増しつつ、やはりまだ伸びしろがあるステータスを流し見て、発展アビリティとスキルの欄へ。

 見覚えのある発展アビリティの羅列を流し見て、ロキが示すスキル欄へ。

 彼女の黒風の正体でもあり、下界最高出力を誇る対モンスター特化スキルの【復讐姫(アヴェンジャー)】。

 そして、見覚えのないスキルがもう一つ。それこそがロキが悲鳴をあげた原因であり、この騒動の発端。

 

【謫ャ陬??鬲比ココ蛹?】

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 アイズの背中に刻まれた紋様をリヴェリアは読み解けなかった。

 直線と曲線が複雑に絡み合う様は一見文字のようにも見えるが、リヴェリアの知る言語にこんなものはない。

 リヴェリアがロキへと目を向ければ、全知たる神すらも解読できないのか、驚愕に目を剝いたまま首を横に振った。

 二人は揃ってアイズに目線を戻す。

 なにかが起きているが、肝心のなにかがわからない。『未知』を前にして神とエルフの王族の思考が止まる。

 ただならぬ雰囲気にアイズは起き上がる時機(タイミング)を見失う中、ロキが二人に問いかけた。

 

「リヴェリア、アイズたん。ここ最近で普段しないことをしたり、されたりせんかった?」

 

「ここ数日は安静にさせていた。私が出来る限り付き添ったのだから間違いはない」

 

 戦いの疲れを癒すために大人しくさせていたと告げるリヴェリア。アイズも寝ころんだままうんうんと頷き、枕と顔が擦れる音が漏れた。

 本人が言うならそうかと納得し、枕に顔を埋めるアイズたん可愛い~なんて逃避をするロキだが、逃げられない現実が目の前にある。

 さっさと読めと言わんばかりに存在を主張する謎の文字列。ロキは思考をこちらに戻して頭を捻った。

 

「何かあったとすれば決戦中ってことやな。アイズたんもリヴェリアもダンジョンやし、うちには何とも言えんけど」

 

「戦闘中に未知のスキルが芽生えるほどの行動など────」

 

 頭を抱えるロキの横で、柳眉を寄せて思案していたリヴェリアが不意に思い出す。

 アイズの方も心当たりがあるのか、「あ……」と声を漏らして顔を上げた。

 

「おう。なんや二人して」

 

【ロキ・ファミリア】が誇る美人親子(ロキ命名)の同時の気づきに驚くロキ。

 そんな主神にリヴェリアが「おそらくだが」と前置きしてから言う。

 

「戦闘中、グレイ・ストラトスから魔力を与えられた。その時アイズの『(エアリアル)』にも変化が起きたのだが……」

 

「あの時、すごい力が溢れてきた」

 

「それがこのスキルやと?」

 

 ロキの確認にリヴェリアが頷く。

 何かあるとすればあれしかないと半ば断定する彼女の姿に、ロキもまた納得せざるを得なかった。

 グレイからの魔力の譲渡。白銀に染まった風があの決戦においての決定打の一つなのは疑いようのない事実。

 リヴェリア達の言葉に怪訝な顔を浮かべるロキ。

 グレイから与えられた魔力がアイズに何かしらの変化を促し、それが今回のステータス更新でスキルへと昇華された、ということか。

 

「…………」

 

 ロキは顎に手をやり、苛立つように親指で自身の頬を叩く。

 なるほどグレイか。確かに未知の固まりたる悪魔の青年と直接接触すれば、純粋天然(ピュアピュア)なアイズならまあスキルの一つや二つ芽生えるか。

 

「────って、納得できるかぁ!?」

 

「「ッ!?」」

 

 っと、胸中で話を整理した瞬間に咆哮を上げた。

 一ヶ月も一緒にいないどころか一度目は敵として戦い、二度目でようやく味方として共闘。それでも話を聞いた限りほぼほぼ別行動だ。

 碌な交流もなく、ほぼ初めましての相手とスキル化するほどの何かが起きるなど言語道断。

 母親代わりのリヴェリアですらそんなものないのに。【ロキの加護】的なスキルは芽生える気配すらないのに!

 

「こんなの寝取られやんけ!!リヴェリアママならええけど、どこの馬の骨とも知れんやつにアイズたんの初めて取られてもうとるやん!?」

 

「妙なことを口走るな!それに誰がママだ!?」

 

 うおんうおんと嗚咽と共に床を転げまわるロキ。

 主神の叫びを心底鬱陶しそうにするリヴェリアの怒号が飛び、それを合図にロキの動きが止まった。

 

「責任取らしたる〜!あんの糞餓鬼(クソガキ)ゃあああああああ!!」

 

 殺意と神威が入り混じる独特な圧力を放ちながら、ロキは立ち上がると共に跳躍。

 勢いよく扉を蹴り開け、そのまま全速力で走り出した。

「待て、どこに行く!?」と慌てて止めるリヴェリアの声も届かない。

 

「「…………」」

 

 リヴェリアとアイズ。取り残された二人は顔を見せ合うと、とりあえずアイズに服を着させていく。

 

「私はロキを追う。お前は安静にしていろ。大人しくしているんだぞ!」

 

 リヴェリアは口を酸っぱくさせてアイズに安静を命じ、神室を出ていった。

 何を思ってか【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)に突撃をかました主神がリヴェリアに首根っこを掴まれて帰ってきたのが一時間足らず。

 誰にも告げずにダンジョンに行こうとしていたところをガレスに確保されたアイズに説教をするのにさらに一時間。

 その晩リヴェリアは、疲れ果てたようにベッドに身を投げるのだった。

 

 

 

 

 

「──というわけや。何か言い訳があるなら聞いたるで」

 

 グレイの対面する位置に座り、腕を組みながら凄むロキ。

 右目の充血や転んだ拍子に出来たたん瘤。満身創痍ながらもこちらを威圧するその姿は、主神としての威厳ではなく虚しさを醸し出している。

 グレイはあまりにも小物臭がする女神の出で立ちに、神にも色々いるんだなと認識を新たにしているとロキが吼える。

 

「なんか言ったらどうや自分!だんまりとはいい度胸やないけぇ!!」

 

「──で、俺にどうしろと」

 

 喚き散らすロキを無視し、リヴェリアへと目線を投げる。女神よりもこっちの方が話が通じそうだと判断したのだ。

「無視すんなや~!」と叫ぶ主神を眷属ですら無視し、リヴェリアは告げた。

 

「我々の推察通り貴様の魔力譲渡がスキル発現の原因ならば、貴様なら何かわかるかもしれないと判断した」

 

「……アイズの背中を見ろと?」

 

「……そうだ」

 

 手っ取り早く謎を解くため、アイズの背中を見るように提案するリヴェリア。

 もっとも、彼女から見ても苦渋の決断なのか表情は固い。

 本人は認めないだろうが、娘同然に面倒を見ている幼女の素肌を異性に晒すというのはやはり抵抗があるのだろう。

 

「駄目や!アイズたんのプリプリすべすべの柔肌を男に晒すとか、出来るわけないやろ!?」

 

「そうです!交際してすらいない異性の肌を凝視など言語道断です!」

 

「せやろ!リューたん!」

 

「ええ!……リューたん?」

 

 横ではロキとリューがリヴェリアと同じ心配をして喚いているが、女神からの呼び方に疑問符を浮かべるリュー。いきなり距離を詰めすぎではと女神を見つめ、女神はまあええやろと糸目と口を愉快そうに歪めてみせた。

 喧しい二人を無視し、グレイはフィンとガレスにも確認するように視線を投げた。

 

「僕からも早急な確認をお願いしたいかな。アイズとの連携にも関わってきそうだし」

 

「儂からも頼む。いい加減、例のスキルの詳細がわからねばこちらとしても打つ手がない」

 

 フィンが組織の長として、ガレスが一人の先達としての憂いからグレイに頼み込むが、ガレスが「それに」と付け加えてリヴェリアへと目を向けた。

 

「そのスキルが発覚してからというもの、こやつにも落ち着きがない。若い連中にはまだ気づかれていないが、そろそろ玄人(ベテラン)連中には気づかれ始めておる」

 

 アイズの心配するあまり、少々挙動が怪しくなってきたと白状してしまう。

 リヴェリアは「私は狼狽えてなどいない!」と吼えるが、フィンとロキはガレスの言葉に同意なのか苦笑していた。

 実際アイズに付きっきりなのはいいとしても、一日中書庫にこもって文字の解読を試みたり、怪しげな書物を買ってきた挙句に運搬中に転んでぶち撒けたりなど、普段の彼女からしないようなことをやらかし始めているのだ。

 

「やるならさっさとやっちまおう」

 

 グレイは先程から喧しい女神と王族の姿に嘆息し、ポンとアイズの頭に手を置く。

 小動物のように頬を膨らませながら茶菓子を食べていた彼女は頭を振って彼の手を振り払うが、グレイは構わずに再び頭に手を置いた。

 そのまま優しく撫でてやりながら「お前に何かあったからじゃ遅いからな」と静かな笑みを浮かべる。

 

「「……?」」

 

 なんとも珍しい笑顔にリューとアイズが揃って面を食らう中、ロキ、フィン、ガレス、リヴェリアはその笑顔にどこか見覚えがあった。

 それは娘を心配する父親──というほど真摯ではなく、無茶をする妹を心配する歳の離れた兄か、親戚のような穏やかな顔だ。

 彼も彼なりにアイズを心配しているのだろう。彼の笑顔に諦めたようにロキは深々と溜め息を吐き、頭を掻いた。

 

「しゃ〜ない。ほんじゃ、男子とリューたんは外に出ててな。グレイもうちらが合図するまであっち向いとれ」

 

 ぱんぱんと手を叩いて眷属達とリューに指示を出し、各々が言われた通りに行動を開始。

 フィンとガレス、リューが部屋を出ていき、ロキ、リヴェリア、アイズ、グレイが残る。

 グレイはそのまま壁の方へと進み、手で目を覆いながら壁を顔を押し付けた。

 後ろで聞こえる防具を取り外す音と布擦れの音。直後に感じたロキの神威に鳥肌を立てながら、決して振り向くことはない。

 

「よし。ええで」

 

 ロキの合図に振り返る。

 長椅子(ソファー)にうつ伏せで寝転ぶアイズの背中に浮かび上がるのは道化師(ロキ)の紋様。

 その上に横書きの形式で連なる複雑怪奇な文字の羅列は見たこともないもので、これが【ステータス】だと知らなければ文字だと認識することすらできなかっただろう。

 神血(イコル)を通して人が持つ可能性を顕現させ、成長したステータスを刻む神々の『恩恵』。

 グレイが覗き込むそれこそがその【ステータス】ではあるが、『神聖文字』で書かれたそれはまるで解読できない。

 

「アイズたんの背中に見惚れるのはわかるけど、早うここ見てや」

 

 ロキが指差すのは、背中というかいっそ腰とも言える位置に描かれた文字列。

 グレイはすっと目を細め、顎に手をやりながら小さく唸る。

 

「お前でも読めないのか?」

 

「せやったら向こう向いててな。アイズたんに服着せんと」

 

 その反応をあまりよろしくないものと判断したリヴェリアとロキが次の手を考えようとした瞬間、

 

「いや、読めるぞ」

 

 何言ってんだお前らと言わんばかりにグレイが告げた。

 驚く二人を他所に目を細めたグレイは改めてその文字を見やる。

 

「魔界で使われている文字だ。俺なら読める」

 

 兵器として造られた命ではあるが、命令系統の混乱を避けるためか魔界の文字は一通り叩き込まれている。ヴァニタスの教育に感謝──はしない。それを覚えていた自分の記憶力には感謝するが。

 

「やっぱ魔力分けてやったのがまずかったか?いや、再現性があるならリュー達にも……」

 

 一時的な付与で済ませたつもりだったが、どうやら【スキル】という形で彼女の体に受け皿が用意されてしまったらしい。

 乱用はしない方がよさそうだが、いざという時に備えて再現性を確かめておくべきか。

 

「それで、なんと書いてある」

 

「あ〜。怒んなよ?」

 

 胸中で考察を進めていたグレイを急かようにリヴェリアが告げ、彼は苦笑混じりに肩を竦めた。

 

「内容によるやろ、それは」

 

 どこかふざけた様子のグレイをロキが鋭く睨みつけ、はよせんかと脇を小突く。

「マジで怒んなよ」と釘を刺したグレイは改めてスキルを音読する。

 

 擬装・魔人化(イレギュラー・デビルトリガー)

 任意発動(アクティブトリガー)

 悪魔から贈与された魔力を消費して発動。

 発動中、全ステータスに高補正。

 魔法威力に高補正。

 贈与された魔力を全て消費すると効果の強制終了。

 強制終了時、一時的に全ステータスに弱補正。

 

「──だとさ」

 

 グレイは一言一句間違えることなくそれを読み終えるとリヴェリアは頭を抱えた。

『デビルトリガー』。悪魔達が使うという切り札にして、己の全てを燃料に変えて限界突破(リミットオフ)する諸刃の刃。それがアイズにも芽生えたというのか。十中八九グレイのせいで。

 リヴェリアがこれはまずいのではと冷や汗を流す横でロキはゆっくりと息を吸い込み、

 

「やっぱり寝取られやんけええええええええええええ!!!」

 

 本拠(ホーム)に轟く女神の咆哮を放つのだった。

 

 

 

 

 

『黄昏の館』中庭。

 普段なら団員の鍛錬や歓談に使われるその場所で、グレイとアイズが向き合っていた。

 木陰から二人を見守るのがロキ、フィン、ガレス、リヴェリア、リューの五人。他の団員達も何事だと窓や連絡通路から顔を覗かせていた。

 

「なあ。マジでここでやんのか?更地になっても知らねぇぞ」

 

「ロキがこの目で見たいと聞かなくてね。神がダンジョンに入るのは本来なら(・・・・)規則違反だ」

 

 そんな彼らの好奇の視線を受けながら、純粋な心配からフィンへと投げた問いかけは、苦笑と共に吐かれた言葉で返される。

 アストレアとヘルメスを連れてダンジョンから出てきた君達がおかしんだよと言われているようで腹が立つ。

 念のためと杖を構えるリヴェリアと大盾を片手に構えてロキを庇うガレスも、おそらく唯一こちらを心配してくれているリューも、正面でやる気満々のアイズも共犯だというのに。

 小さく溜め息を吐いたグレイは前を向き、アイズに「準備はいいか」と声をかけた。

 

「いいよ」

 

 静かに、けれど新しいスキルへの興味が尽きないのか僅かに興奮した様子で頷くアイズ。

 グレイは胸の前で拳を握り、魔力を溜めた。

 指の隙間から銀の魔力光があふれ出し、アイズに向けて手を伸ばし、開く。

 放たれた銀の魔力球がアイズの胸に当たると、そのまま溶けるように彼女へと吸い込まれていった。

 自分の拳を開閉させ、具合を確かめるアイズ。

 力が湧いてくるわけではないが、体の奥底で何かが燃え盛っていることは理解できた。

 そして背負っていた銀剣を抜刀すると、両手で構える。

 

「アイズ……!」

 

「まあいいじゃねぇか。俺は構わねぇよ」

 

 止めようとするリヴェリアを手で制し、ゴキリと指を鳴らして拳を構えた。

 一瞬の閃光の後、彼の四肢を漆黒の魔具(ゴリアテ)が包み込む。

 グレイとアイズが睨み合う。両者の戦意が高まっていく。

 

起動(テンペスト)──『デビルトリガー』!!」

 

 戦端を開いたのは少女の叫び。彼女の戦意に後押しされた風が吼えた。

 彼女を守るように発生した旋風が白銀に染まり、左眼に銀の魔力光が宿る。

 彼女を中心に巻き起こる旋風が中庭に面する窓を激しく揺らし、木々が悲鳴をあげる。

 フィン達すらも想定外の出力に瞠目し、リューや他の団員達も驚愕に包まれる中、グレイだけは当然と言わんばかりに不敵に笑んだ。

 

来いよ(Come on)ちびっ娘(Little girl)

 

 くいくいと指を曲げて手招きするグレイ。

 露骨なまでの挑発にアイズの戦意が爆発し、前傾姿勢になったかと思うと地面を粉砕しながら踏み込んだ。

 下級の団員では斜線すらも視認できない速度。フィン達も容易く【ステータス】以上の速度を見せたアイズに驚きを露にした。

 グレイは動じない。むしろ構えを解き、打ってこいと言わんばかりに両腕を広げる。

 

「グレイ!?何をしているんですか!?」

 

 リューは彼の奇行に悲鳴をあげるが、もう遅い。

 アイズは銀剣を振り上げ、渾身の力を込めた。

 

「はああああああああああああ!!!」

 

 そして彼を間合いに捉えた瞬間、咆哮をあげて銀剣を叩きつけようとするが、

 

「ふぇ……」

 

 その直前に魔法(エアリアル)魔人化(スキル)が解除され、瞳が元の色に戻ると、間の抜けた声を出しながらグレイの胸に飛び込んだ。

 溜め息を吐きながら武装(ゴリアテ)を解除し、彼女を受け止めてやるグレイ。

 ぼふ!と顔から彼の胸に突っ込んだ彼女は、困惑しながら顔を上げた。

 体に力が入らない。グレイは大して力を入れていないにも関わらず、彼の腕から脱出できない。

 どんなに藻搔いても『恩恵』などないように幼い体は見た目相応の力しか発揮できず、グレイも不思議そうに見下ろしてきた。

 スキル強制終了時のステータス弱化は聞いていたが、ここまでとは聞いていないと胸中で地団太を踏む。

 

「ま。コップ一杯分の水しかないのに蛇口全開にすりゃ、すぐに空になるよな」

 

「むぅぅ……!」

 

 大して魔力をやってないのにと笑うグレイを睨むと、彼は真剣な面持ちになって告げる。

 

「俺が相手で良かったな。これが実戦なら死んでたぜ」

 

「むぅぅぅッッッ!!!」

 

 至極真っ当で、冷静が過ぎる指摘に余計に不機嫌になるアイズ。

 怒んなよ~と彼女を抱えたまま、膨らんだ頬を突いて遊ぶグレイ。

 その瞬間に体が軽さを取り戻し、彼の腕から脱出。

 彼の胸を蹴って間合いを開き、着地と共に剣を構える。

 グレイとアイズ。両雄が睨み合い、空気が張り詰めていく。

 あまりの緊張感に固唾を飲む団員達を他所に、そんな二人に割り込むのはアイズの保護者でもある翡翠の王女(リヴェリア)

 

「アイズ。グレイ」

 

「「ッ!!」」

 

 エルフのものとは思えない地の底から響くような声に、呼ばれた二人はびくりと肩を跳ねさせた。

 恐る恐る目を向けた先には、静かに、けれど確実にキレているリヴェリアの姿があった。

 前髪の影で顔色が伺えないが、纏う雰囲気はまさに修羅の如く。アイズはあわわわと焦り、グレイはやり過ぎたかと失笑。

 

「まだ仔細がわかっていない【スキル】の全力使用といい、それを止めるわけでもなく寧ろ煽る姿といい。我慢ならん」

 

 たん!と杖を地面に突き立てながらリヴェリアは告げる。

 

「説教の時間だ。正座しろ」

 

「だとさ、ちびっ娘」

 

「お前もだ!」

 

「ちぇ~」

 

 アイズを置いて逃げようとするグレイの首根っこを掴み、怒声を放つリヴェリア。

 グレイは仕方ないと言わんばかりにその場に正座し、アイズは鎧の重量に振り回されながらも隣に座った。

 アイズの不調にリヴェリアは怪訝そうに眉をひそめるが、咳払いと共に説教を開始。

 

「やれやれ。あれは長くなりそうじゃ」

 

「まあ、仕方ないか。【疾風】にはすまないけど、しばらく彼を借りるよ」

 

「構いません。流石にあの行動は目に余る」

 

 ガレスがまた始まったと嘆息し、フィンが申し訳なさそうにしながらもリューへと謝った。

 彼女も今回はグレイも悪いと素直に認めながら、リヴェリア達へと目を向ける。

 

「アイズ!【ステータス】や【スキル】に寄りかかるなと散々教えたはずだぞ!座学を一からやり直しだ!」

 

「え……」

 

「グレイ!貴様の言動には驕りが見える!貴様が強いのは認めるが、それ相応の態度というものを心掛けろ!」

 

「うす……」

 

 リヴェリアの指摘に返す言葉もない二人。

 彼女に叱られてしゅんと小さくなる二人の姿は本当に兄妹のように見え、リヴェリアはまさに母親のよう。

 

「…………」

 

 リューはその姿に──自分とは違う距離感の異性との交流を見せられて、胸の奥がちょっとだけもやっとするというか、締め付けられるように感じた。別にそんなものを感じなくてもいいというのに。

 胸元をぎゅっと握りながらじっと三人のやり取りを見ていると、横で「異色双眼(オッドアイ)アイズたんも可愛かったわ〜」と気味の悪い笑みを浮かべていたロキが微笑ましそうに見つめてきた。

 

「何ですか」

 

 その視線に最近何かと楽しそうなアリーゼ達の姿を重ねてしまったリューは、少々語気を強めてしまう。

 神相手に不敬ではとハッとなるリュー。そんな彼女をロキは愉快そうに笑った。

 

「構へんよ。人類(こども)のあれこれに茶々入れたくなるのが神っちゅうもんや」

 

「そう、なのですか……?」

 

「そういうもんや。それに焦らんでええ」

 

「……?」

 

 ロキの言葉にリューは首を傾げた。

 女神は糸目を愉快そうに開いてリヴェリアに説教されるグレイとアイズを見やり、肩を竦めた。

 

「ああやって正面切って説教してくれる相手も大事やし、何かと絡んでくる相手ちゅうんも大事や。せやけど……」

 

 グレイにはリヴェリアのように説教してくれる相手も、アイズのように何かと突っかかる相手も必要だと告げた女神は、リューへと視線を戻して笑みを浮かべた。

 神によくある玩具を前にした邪悪さも、野次馬根性丸出しの無邪気さもない。

 一人の主神(おや)として、悩むエルフ(こども)を導く優しさが、そこにはあった。

 

「いざって時に頼れる相手ちゃうんが一番大事やと思うで。これから先グレイがなんするつもりかは知らんけど、絶対にそういう奴が必要やし、リューたんもそうなりたいって思っとるやろ?」

 

「はい」

 

 これから先、グレイには多くの困難が待ち受けているだろう。

 ただの好奇心による神々の悪戯に、悪魔を良しとしない一部の勢力の妨害。あるいは彼を地獄に放り込む善意なんてものも。

 

「なら頑張らないかんな。誰かの『特別』になるちゅうんわ、本当に大変やから」

 

「誰かの、『特別』……」

 

 そんな神々もドン引く困難を予感する女神は、それでも隣にいてくれる誰かが必要だと──そして、それはリューしかいないと言外に告げる。

 ロキなりの励ましの言葉に、少しだけ胸のもやっとしたものを落ち着かせるリュー。

 もっと励まなければと覚悟を新たに決め、前を向く。視線の先では慣れない正座で足を痺れさせたのか、左右に揺らめいている彼の姿が見えた。

 なんとも情けないが、それでも彼は立派は人ではあるのだ。彼と並びたてるように、再び彼の背中を守れるように、強くならなければならない。

 一人でやる気満々になっているリューに微笑みを向けた女神は、露骨に溜め息を吐いた。

 

「ま、お互いにさっさとその胸の中のもんぶち撒けちまえばええやんとは思うけどな!」

 

「……ぅえ!?」

 

 そして単刀直入に告げられた言葉にリューは変な声を出し、説教中のリヴェリア、アイズ、グレイを含めたその他の団員達の視線が彼女に集まる。

 顔を真っ赤にして俯く彼女に、ロキは「初恋エルフはおもしろ──もとい、面倒やってのはホンマやな」と苦笑していた。

 

「あまり他の派閥の団員を困らせないでくれ」

 

「アストレアとうちはマブダチやし、平気や平気」

 

「そんな話、初めて聞いたが?」

 

「初めて言うたもん」

 

 フィンとガレスのフォローを容易く躱し、ふふんと薄い胸を張るロキ。

 いつもの調子の主神に二人は顔を見合わせ、仕方ないと言わんばかりに肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

「グレイ・ストラトス。少しいいかい」

 

「ん……?」

 

 リヴェリアの説教も終わり、痺れる足を引きずるようにのろのろと歩くグレイ。

 隣のアイズは慣れているのかそんな様子は見せず、ふんすと得意げに鼻を鳴らしながら胸を張っていた。

 そんな幼女を「説教され慣れてるのは自慢にならねぇよ」と正論を突きつければ、彼女は頬を膨らませて不満を露わに。

 

「それで何の用だ。そろそろ昼飯に行きてぇんだが」

 

『星屑の庭』でのじゃれ合い。ギルドでのロイマンとウラノスの面談。そしてアイズのスキル確認とリヴェリアの説教。

 様々な要因が重なった結果、もう日も高く中庭の時計の短針も十二時を回って一時を差そうとしていた。

 腹を擦って空腹を訴えるグレイに「出来るだけ手短に済ませるよ」とフィンは言う。

 彼は腰の雑嚢に手を入れると、それを取り出す。

 

「これに関して、君の意見を聞きたい」

 

 差し出したのは濃密な魔力を纏う紅の宝玉。

 マルコシアスが自身の討伐者達に贈った魔水晶(オーブ)の一つであり、なんの属性を持たないそれは純粋な魔力の塊だった。

 それを覗き込んだグレイは「意見つってもな……」と言葉に迷い、顎に手をやった。

 魔具になる直前で変化をやめたと言っていいそれは見る限り安定している。逆に言えばある程度形が定まっているべき状態なのに『ここから何にでもなれる状態』で止まっているのは妙と言えば妙だ。

 とりあえず目を覚ましてやれば何か起きるだろうか。まあ何も起きなければ無理やりにでも起こすだけだが。

 

「おうおう。アイズたんだけやなくフィンにもちょっかい出す気かいな」

 

 一人で行程を組み立てるグレイにロキが絡みに行くが、やはりと言うべきか思考の海を漂う彼からは何の反応もしない。

「また無視かいな!?」と怒号を放つロキだが、「邪魔するでない」とガレスに回収された。

 雑音もなくなり、魔水晶(オーブ)を挟んで対面する二人。

 考えを纏めたグレイは「しゃあねぇな」と面倒そうに頭を掻いた。

 そのまま中庭の中央まで進むと、フィンに早く来いと手招き。

 彼に誘われるがまま進むと、グレイは「座れ」と手短に指示を出す。

 フィンがその場に座るとグレイも片膝をついて座り、背負う大剣の刃に手を滑らせた。

 掌に横一文字の傷が刻まれ、鮮血が溢れる。

 

「グレイ!?」

 

 突然の自傷に悲鳴をあげるリューに「大丈夫だ」と笑みと共に告げ、表情を引き締めると共に血まみれの掌をフィンが持つ魔水晶(オーブ)に重ねた。

 傷口から溢れる血が魔水晶(オーブ)に染み込み、同族の血を呼び水に封じられていた魔力が覚醒した。

 ドクン!と魔水晶(オーブ)が脈動し、主を見定めるが如く魔力の奔流が二人を包んだ。

 二人の足元には禍々しい紅の色を帯びた魔法円(マジックサークル)が展開される。

 足元からの紅光に照らされ、迸る魔力に髪や外套(コート)を揺らしながらグレイは言う。

 

「目を閉じて、集中しろ。魔水晶(こいつ)とお前を繋げる」

 

「……」

 

 グレイからの指示にフィンは目を閉じ、魔水晶(オーブ)から流れ込む魔力に意識を向けた。

 静かな熱が腕を伝い、心臓を撫で、背中の『恩恵』に流れ込む。

 先天的な魔法種族(マジックユーザー)でもあるエルフのリヴェリアとリュー達も、フィンに絡みつく異質な魔力を感知していた。

 だが神であるロキは、それが魂にまで及んでいることに気づく。

 

「フィン!それ大丈夫なんかいな!?」

 

 流石にやばくないかと彼の名を呼ぶが、肝心の彼は薄く開いた碧眼を女神に向けて笑って見せた。

 リスクは承知なのだ。いいや、むしろ野望のためならこの程度障害にすらならないとでも言いたいのだろう。

 自分の魂さえも賭け金に、悲願達成のためにその手を伸ばす。

 何年たっても変わらない彼の姿にロキは溜め息と共に両手を挙げた。

 それは何度となく行われた彼の意地への降参であり、彼の意志の尊重の合図。

 グレイはそんな主神と眷属の言葉なきやり取りを見つめ、二人の間にある確かな信頼に笑って見せた。

 

「いい神様じゃねぇか。見直したぜ」

 

「伊達に僕達の主神じゃないってことさ」

 

 彼の笑みにフィンもまた笑みを返すと、グレイは血を通して魔水晶(オーブ)に魔力を送った。

 ドクン!と魔水晶(オーブ)が再び脈動し、高まった魔力が超高熱となって二人の手を焼く。

 周囲に漂い始める熱気と肉の焼ける異臭に若い団員達が表情を青くする中、ロキ、リヴェリア、ガレス、アイズ。そしてフィンのことをよく知る玄人(ベテラン)達はただ信じて待つことを貫いた。

 そしてリューも二人が執り行う『儀式』とも呼べるこの行為を止めなかった。グレイが心配なのか、手を伸ばしたり引っ込めたりと忙しそうだが。

 視界の端でそれを捉え「大切に思われているようだね」と苦笑混じりの、けれど気遣いのためか小声で告げてくるフィン。

 グレイも「らしいな」と肩を竦め、微かな喜色の孕んだ微笑みを──英雄でも何でもない、年相応の笑みを浮かべた。

 

「あいつの期待を裏切らないように必死だよ」

 

「余程のことがなければ大丈夫だと思うけどね」

 

 二人そろって手を焼かれているというのに、その痛みも苦痛も感じていないように振る舞う。

 片や英雄候補の第一冒険者、片や英雄へと至った人の心を持った異端の悪魔。火傷程度では怯みもしないのは当然か。

 

「さあ。仕上げだ」

 

「頼むよ」

 

 グレイが更に魔力を流し込む。

 再び魔水晶(オーブ)が脈動すると臨界を迎えたように更なる熱を帯び、小刻みに震え始める。

 変化の時も近いのだろう。魔水晶(オーブ)から紅の魔素がこぼれ落ち、風に乗って乱れ舞う。

 

「フィン。お前は何のために戦ってんだ」

 

「いきなりだね」

 

 グレイが投げかけた突然の問いかけに、フィンは驚きながら彼を見つめ返した。

 一見無意味な問いかけだが、それを投げかけた彼の表情は真剣そのもの。

 蒼炎に焼かれた瞳が【勇者(ブレイバー)】の碧眼を見据え、内に秘めた野望を問うてくる。

 そして、フィンの答えは決まっている。

 

「──一族の再興のため」

 

 現在の小人族(パルゥム)ははっきり言ってしまえば落ちぶれている。

 かつては『フィアナ』と呼ばれる女神を崇拝し、彼女の栄光を誇りとしていた。

 だが正真正銘の神々の降臨によりフィアナという女神がいないという真実を叩きつけられ、その誇りは一気に崩れ去った。

 自分達が信じたものが架空の存在だったと知らされ、心の寄り所を失ったのだ。

 それに加えて神々が『恩恵』を与え、良くも悪くも才能がものを言う『神時代』において、小人族(パルゥム)はその潜在能力の低さから最弱の種族とまで呼ばれ、蔑まれている。

 フィンやガリバー兄弟などの例外はあれど小人族(パルゥム)の扱いは奴隷同然。常に何者かに利用され、搾取され、やがて捨てられる。

 フィンはそんな同胞を救う架空の女神(フィアナ)に代わる希望となるべく冒険者となり、【勇者(ブレイバー)】の二つ名を賜ったのだ。

 碧眼に宿るは勇者の仮面を被り、己の全てを賭けて一族の未来を切り開かんとする覚悟。

 グレイは「頑張れよ」と手短に声援を送り、餞別だと言わんばかりに仕上げの魔力を流し込む。

 同時に紅の閃光が二人を包む。二人の儀式を見守っていた団員達も、女神も、リューも目をかばい、あるいは顔を背ける。

 閃光はすぐに止まった。目を守っていた者達が再び二人に視線を戻す中、誰一人として声をあげなかった。

 フィンさえも驚きに目を見開き、それを見下ろしていた。

 透き通るほどに美しい紅一色に染まった穂先と、不気味な光沢を帯びた濡羽色の長柄。

 長柄にはグレイの魔力を示す銀に輝く悪魔の文字と、ロキの眷属の証明たる朱色に輝く神聖文字が螺旋を描いて絡み合い、終点の石突には魔水晶(オーブ)の欠片が埋め込まれて輝いている。

 

「魔具──狼血の魔槍(マルコシアス・ランケア)ってところか?」

 

 グレイは一仕事終えたと言わんばかりに息を吐いて立ち上がり、距離を取った。掌からは火傷修復の蒸気が上がっていた。

 ほれほれと何かを急かすようにその手を振るグレイに、フィンは苦笑混じりに立ち上がった。

 驚くほどに手に馴染む柄を握り、教本通りの一突き。

 音の壁を突き破る快音を響かせたかと思えば、風切り音と共に一閃。

 紅の軌跡が駆け抜け、旋風が巻き起こる。

 フィンの舞踏は終わらない。初めて振るうはずの得物を手足の如く縦横無尽に振り回し、彼の周囲を紅が駆け巡る。

 トン……と優しく石突で地面を付けば魔水晶(オーブ)が光輝き、充填された魔力が穂先に宿る。

 その状態で槍を振るえば軌跡に紅の魔力塊が残り、一拍遅れて炸裂した。

 さらに下段から一気に切り上げれば地面から突起(スパイク)の如く魔力塊が飛び出し、遮蔽として彼の体を隠す。

 それを石突で殴って粉砕した彼は、最後の一撃を横一文字に薙ぎ払う。

 穂先に宿った魔力が斬撃となって放たれ、射線上にいたグレイに迫るが、彼は大剣の抜刀一閃でそれを粉砕。

 爆発四散した魔力塊の欠片が壁に当たり、弾痕に似た小さな穴を複数開けた。

 

「なるほど。面白い武器だね」

 

 穂先に宿った魔力がなくなっとことを確認したフィンは両手で槍を握りながら満足そうに笑う。

 背負おうと槍を背に回せば閃光と共にその姿を腕輪へと変え、彼の右手首に巻き付いた。

「……面白い武器だね」と驚きを露わにしながら腕輪を撫でる。

 

「よし!ロキ、ステータス更新だ!」

 

「ちょ!?いきなりやな!?」

 

 そんなフィンから視線を外し、ロキを呼ぶグレイ。

 呼ばれた女神は驚くが、すぐにその意図を理解した。

 どうせアイズのようにスキルが芽生えたと踏んだのだろう。実際あの紅槍とフィンの間に何かしらの繋がりができたのも事実。

 

「ほれほれ、団長のサービスショットや!目に焼き付えや!!」

 

 ロキがこの場で脱げと言わんばかりに飛びかかり、フィンは仕方ないと言わんばかりに肩を竦めて上着を脱いだ。

 敬愛する団長の鍛え抜かれた肉体が露わとなると一部女性団員達から黄色に歓声があがり、リューはそっと目を逸らした。

 ロキが指先を針で突いて神血を出すと、そのままフィンの背中を這わせた。

 何かの紋様を描くような動きをしたかと思えば、縦の一線を走らせる。

 すると碑文のようは朱色の文字群が浮かび上がり、彼のステータスを白日の元に晒した。

 無論神聖文字が読めなければ何が書いてあるかなどわからないが、ロキとグレイの視線が向くのはやはり最後の最後に悪魔の文字で書かれている新たなスキル。

 

魔人化(デビルトリガー)魔槍(ランケア)

 魔槍装備時のみ発動可能。

 任意発動(アクティブトリガー)

 全アビリティ能力の超高補正。

 発動毎に体力と精神力(マインド)を消費。

 魔法使用時、威力及び効果増幅。

 効果終了時、一時的に全アビリティ能力弱化。

 

 横のグレイが行う翻訳にロキは唸り、フィンもまた「これはまた」と困り顔となる。

 アイズのみならず自分までも悪魔絡みのスキルが芽生えるとはと、年甲斐もなく気持ちが高ぶっているのがわかる。

 

「……今度アイズ含めて実験するか」

 

「頼むよ。その時はダンジョンの方がいいだろうね」

 

 グレイはちらりとフィンの新しい力に興味津々といった様子でそわそわしているアイズに目を向け、フィンも彼女を見ながら苦笑する。

「私も同行する」と進言するリヴェリアに、「流石に誰かは残らねばならんか」とガレスは不承不承といった様子で留守番を買って出た。

 闇派閥(イヴィルス)や悪魔も大人しくしているとはいえ、殲滅しきれたわけではないのだ。有事に備えて誰かが本拠(ホーム)に残るのは当然の措置だろう。

 

「そんじゃ、そろそろお暇するか。手の火傷、ちゃんと治しとけよ」

 

 リュー、行くぞと彼女を連れて中庭から出ていくグレイ。

 途中で「道案内頼む」を黒髪の青年を捕まえ、彼の案内で『黄昏の館』の出口へと進んでいった。

 

「彼には驚かされてばかりだね」

 

 フィンは顔の前に持ち上げた火傷を負った掌とその手首に嵌った腕輪を見つめ、碧眼を細めた。

 

「スキルの後付けといい、その魔具とかいうのといい、規格外じゃな」

 

 彼の意見に同意を示したガレスは髭を撫でながら溜め息を吐く。

 

「悪魔という種族なことを差し引いても、神々が放っておかんぞ」

 

 リヴェリアが様々な勢力を思い浮かべながら嘆息した。

 アイズへのスキルの付与に加え、魔具という精霊武器と見紛う悪魔由来の武器の作成。

 神時代の変化を象徴するかのような出来事に直面した三首領と主神は揃って頭を抱えた。

 出来るだけ隠すが近いうちにバレる。これは一派閥の口裏合わせ程度で隠し通せるようなものでもない。

 そうなれば確実に狙われる。魔法至上主義の某魔導国とか、戦争大好きの某帝国とか、政争(クーデター)大好きな愉快神とか、眷属の成長を見守るという本来のやり方を無視して手っ取り早く戦力を揃えたい零細派閥とか、実験大好きなイカれた呪詛師(ヘクサー)とか、悪魔由来の素材に目を付けた商会とか──などなど。

 三人と一柱はこれから起こるだろう騒動を予感し、大きく溜め息を吐くのだった。

 

 

 




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