ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか 作:EGO
美神フレイヤ。
都市最強の冒険者、オッタルを眷属とする彼女の雷名は文字通り世界に轟いている。
魂さえも見透かす瞳を持ち、自らの眷属たり得る資格を持つ者をその瞳で選別する
そんな何の比喩でもなく下界の頂点に君臨する女神を前に、グレイは特に敬うこともなく腕と脚を組んで座っていた。
場所は『星屑の庭』の応接室。先程までヘルメスがいた場所にフレイヤが座り、その後ろにオッタルが控える。
ちなみにヘルメスは帰った。正確にはアスフィに引き摺られていった。こんな時勢だ、彼も忙しいのだろう。
「それで、俺に用ってのは?」
「グレイ……」
相変わらずの不遜な態度に、彼の後ろに控えているリューが恨めしそうに声を漏らす。
グレイは基本的に神を敬わない。アストレアやヘルメスなど、ある程度の信頼や信用を抱く相手であれば一応の経緯は払うが、基本的には不遜な態度を崩さない。
マルコシアスといい、ステラといい、ヴァニタスといい、ある程度の力を持つ悪魔は神を恐れず、むしろ都合のいい獲物として見ている節があるのではないか。
アストレアも困り顔になる中で、フレイヤは「私は気にしないわ」と微笑み、アストレアが用意した紅茶に口をつけた。
その僅かな所作だけでも品に溢れ、上に立つ者としての矜持というものを滲ませる。
もっとも『上に立つ者とは強者である』という悪魔としての性根がいまだ抜けきっていないグレイにとっては割とどうでもいい。
早く本題に入ってくんねぇかなぁと貧乏ゆすりをし始め、すかさず脳天にリューの
「まだまだ遅い」
「……っ!」
余裕の笑みを浮かべる彼と、そんな彼の態度に怒りを滲ませながら、女神の前で手を掴まれた事実に顔を赤くするリュー。
グレイが手を離すと大袈裟に距離を取り、彼に握られた手を胸に抱く。
「話をしていいかしら」
見せつけないでくれると言わんばかりに、じとっとした視線を向けるフレイヤ。
オッタルも主神の話を聞けと無言でグレイを見下ろす。
一柱と一人から向けられる視線に、グレイは肩を竦めながら両腕を広げた。
「いつでもいいぜ」
やはり不遜な態度は崩さず、むしろフレイヤ側を急かすような声色でそう告げる。
アストレアは困り顔のまま額に手をやり、リューもあまりの不敬っぷりに反応すらできず、オッタルすらも敵意混じりに小さく息を吐く。
フレイヤだけは鈴を転がしたように笑うと、本題に入った。
「あの狼の悪魔が残した
「ああ。フィンが持ってるのを見た」
女神の問いかけに隠す必要もないと即答するグレイ。
そうでなくてもマルコシアスが死亡する瞬間にも立ち会ったのだ、忘れるはずもない。
「あれをどうしようか、決めかねているのよ。オッタルにもスキルが芽生えたけど私じゃ読めないし、専門家の意見が欲しいの。時間貰っていいかしら」
「それは構わねえけど、なんで俺なら何とかできるって思うんだ?」
フレイヤの依頼を受けはするが、一応の確認はする。
彼女の頼みは昨日フィンやアイズにやったことと同じだ。だが、そんなことがあったとはアストレア以外には話していないし、フィン達が意図して広めたわけでもないだろう。仮にそうだったとしても、話が広まるのが早すぎる。
どこで知ったと探りを入れる意味合いでの問いかけも、美神はなんて事のないように言う。
「上から見ていたから」
「オラリオには覗き魔がいるみてえだな、畜生」
オラリオの中央に鎮座する白亜の巨塔──ハベル。
その最上階にはオラリオの頂点に君臨する派閥にしか入室を許されない部屋がある。
フレイヤは普段そこから都市を見下ろしているのだが、『黄昏の館』での出来事も見ていたのだろう。
「……まあ、見るだけ見てやるか」
グレイはため息混じりに席を立つ。
もう出来るとわかっているのなら断る理由もない。
ロキのところでやったことをフレイヤにはしてやらないでは不公平だ。
「そういうわけだから、ちょっと行ってくる」
アストレアとリューに一方的にそう告げ、ブン!と空気が震える音と共に姿を消す。
「勉強会はまた今度だな」
現れたのはリューの真横。
彼は申し訳なさそうにしながらポンポンと優しく彼女の頭を叩き、そのまま装備を取りに部屋へと戻っていく。
「……ぇ」
一切反応できずに彼に叩かれた頭に手を置き、困惑の声を漏らすリュー。
ただですら赤かった頬が真っ赤に染まり、ボン!と頭が爆発する。
「……あの子、いつもああなの?」
「ええ。最近はね」
あまりにも耐性がないリューの反応に思わず笑ってしまったフレイヤが問いを投げ、それにアストレアが頷く。
「そう」
フレイヤは話に聞いていた通りだと納得したような、あるいは聞いていた以上だと興奮するように笑う。
全てに愛され、全てを愛する美神にとって、眼前の自分を無視してイチャコラする悪魔と妖精の異種族恋愛など興味の対象でしかない。
これから楽しくなりそうと笑う女神に、アストレアはすっと目を細めた。
「……やはりどこかで会ったのではないの?」
美神の微笑みを警戒するアストレアが問うと、美神は「会ったことはないわ」と断言した。
「あくまで
【フレイヤ・ファミリア】の
それはオラリオ南部の繫華街区画のほぼ中央に鎮座し、広大な敷地を囲む四壁が周囲を威圧する。
「……家を囲む塀だとすりゃ、高すぎんな」
グレイはそんな壁を見上げながら呟く。
【アストレア・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】と、一応それなりの
オラリオの市壁程ではないが飛び越えるには苦労する四壁。それが障壁となり、都市との隔絶を感じさせる。
その壁の向こうから聞こえる鬨の声や武器が振るわれ、ぶつかり合う音。魔法が放たれ、爆ぜる音。そして断末魔。
すんすんと鼻を利かせ、感じるのは鉄の──生物が流す血の臭いだ。
「中で何をやってる」
先程までも軽薄な雰囲気を一変させ、真剣な声色で問いかける。
フレイヤは答えず、オッタルも見た方が早いと言うように門前で足を止めた。
門衛の二人が主神に向けて恭しく一礼し、開門の合図を送る。
重々しい音をたてて両開きの門が開き、同時に中で何が行われているかをグレイへと教えてくれた。
白や黄の美しい小輪が咲き誇る原野が広がり、中央の丘の上には神殿と見紛う巨大な屋敷があった。
だが、グレイの視線を独占したのは原野で行われている『殺し合い』だった。
「フレイヤ様の寵愛をこの身に!!」
「御身のために!御身の愛に報いるために!!」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!」
武器を振りかざすのは【フレイヤ・ファミリア】の団員達。
文字通り殺すつもりで斬りかかり、殺すつもりの反撃を死ぬ気で防ぐ。
女神の寵愛を得るため、あるいは女神の力となるため、彼らはしのぎを削る。
グレイはその光景にまず感じたのは『不快感』だった。
ただ一人の忠誠のために身内で殺し合う。過去の自分を見せられているようで、表情を顰める。
だが止めようとは思わなかった。彼らの事情も知らずに止めに入っても、この場では収まってもどうせすぐに再開するか、自分に負けたとか理由を付けてより激化するだけだ。
「……いつもこんな感じなのか?」
「ええ。皆、仲がいいでしょう?」
「……冗談だよな?」
グレイの問いかけにフレイヤは彼らの戦いを愛おしそうに見つめながら微笑み、それを感じ取ったのか眷属達は狂ったような雄たけびをあげ、戦闘をより激化させる。
あれで仲がいい?と心中で乾いた笑みをこぼした彼はオッタルへと目を向けた。
「……いつもああなのか?」
「ああ」
女神からの微笑み一つで死にかけていた者すら立ち上がる様に、不快を通り過ぎて軽い戦慄を憶えるグレイ。
彼が投げかけた問いかけにオッタルは淡々と頷いた。
彼らにとって、フレイヤが全てである。
彼女の寵愛を得るため。彼女の眷属として相応しい己になるため。理由は様々なれど、フレイヤのために全てを賭すのは変わりはしない。
故に戦い続ける。故に己を磨き続ける。故に過去の弱い自分からの脱却を望む。
そのために戦い相手が派閥の同僚なのが引っ掛かるところなのだが。
フレイヤが原野に入り、従者の如くオッタルとグレイが続く。
女神に道を開けるために眷属達が左右に散っていき、屋敷へと続く道が出来る。
女神への敬愛を込めた視線の中、殺意剥き出しの視線がオッタルとグレイに突き刺さる。
オッタルはいつものことと受け流し、グレイも大した脅威ではないと捨て置く。
二人とも言葉もなく『眼中にない』と態度で示し、周囲の敵意が爆発する。
だが彼らに挑む愚は犯せなかった。オッタルは言わずもがな、グレイはオッタル並みかそれ以上と称される怪物である。
そんな二人に挑んで一撃で撃破され、復活までの時間を浪費するのは御免なのだろう。一応グレイは『女神の客人』という事情もあるにはあるが。
そんな周囲からの殺意を振り切り、グレイ達は丘の上に建つ館──ではなく、その裏手へと回った。
団員達が殺し合う門から館までの原野と違い、そこには静寂のみがあった。
集うのは【フレイヤ・ファミリア】幹部陣と『
そしてそこにオッタルも加わり、【フレイヤ・ファミリア】主力陣が勢揃いする。
「一応、何をするか説明しておくか」
そんな彼らの視線を一身に受けながら咳払いをして説明を始める。
「マルコシアスの
誰から行くと冒険者達に問いかけ、一応やらないのもありだぞと逃げ道を用意してやる。
今の【フレイヤ・ファミリア】にとって戦力の増強は急務だ。
マルコシアスとの戦いで幹部以下の団員を大きく減らし、生き残った者達は軒並みレベルアップしたとはいえ、再びマルコシアス級の何かと戦うことになれば壊滅は必至。
女神の栄光の泥を塗らないため。そして例えこの身朽ち果てても女神を護り抜く力を求める冒険者達の答えは決まっている。
そんな彼らの瞳にグレイは好意的な笑みを浮かべ、手招きした。
真っ先に彼の前に立ったのはアレン。悪魔という外部の要因に頼ることに不服そうにしながらも、女神のために毒をも喰らう覚悟を示す。
「さっさとやるぞ」
そんな彼が差し出した紅の
「
閃光が『
グレイも二度目ということもあり、その儀式自体は恙なく進行していった。
それぞれが手に入れた魔具の試し振りに付き合わされるのは、やはりと言うべきかグレイだった。
「轢き殺す」
「やってみろよ」
銀槍構えたアレンが静止状態から一瞬にして最高速度へと至り、残像すら残さず、文字通りに全てを引きちぎる神速を持ってしてもグレイに挑む。
だが彼は無造作に構えたで放たれた銀槍を弾き、膂力に押されて宙に放り出されたアレンが舌を弾く。
それと同時に魔靴が輝いた。空中で体勢を整えた彼の足元に魔力でできた紅の結晶を生成し、足場としたのだ。
アレンは一瞬怪訝な顔を浮かべるが、すぐさまその足場を利用して再びグレイへと突貫。
銀槍が紅の魔力を宿して大気を唸らせ、対するグレイも大剣を振りかぶる。
直後、衝突。
銀槍と大剣が互いを砕かんと競り合い、押し勝ったのはやはりグレイ。
地力の差が圧倒的なまでにある二人が正面から競り合えば勝負にならないのは明白だ。
再び宙に投げ出されるアレン。再び魔靴が足場を生み出すが、今度は壁のように地面と垂直。
好都合だと着壁したアレンは腰を沈め、足場を爆散させながら飛び出す。
一瞬にして間合いをゼロにしたアレンと、それに対するグレイの対応はやはり同じ。
戦猫は銀槍をもって悪魔貫かんと愚直なまでに猛進し、悪魔もまたその挑戦に答え続ける。
三度目の衝突の結果も変わらない。アレンが押し負け、今度は地面へと叩きつけられた。
流石に地面に足場もくそもないと魔靴は何もせず、アレンは原野を転がっていく。
魔具──
効果は装着者の敏捷の強化と、空中という本来無防備な時間を助走へと変える足場の生成。
最速の冒険者に『空中戦』という新たな可能性を示す。
「今さら弓などと」
アレンを撃退した彼の背に雷の矢を射るのはヘディン。
雷が地面と水平に軌跡を残し、グレイへと迫っていくが、彼は「ほい」と気軽な声と共に大剣を薙いでそれを粉砕。
飛び散る飛沫が原野に降り注ぎ、地面を抉ると共に小輪をあっさりと焼き尽くす。
「威力は及第点。だが、魔法を使った方が楽だな」
動作だけとはいえいちいち弦を引くのも鬱陶しいと柳眉を歪める。
だがグレイはせっかんだからもっと撃ってこいと手招きして彼を挑発し、ヘディンは小さくため息を吐きながら雷矢を放つ。
鋭い
ヘディンが舌を弾いた瞬間、矢がその軌道を変えてグレイの背へと迫っていった。
それも彼は迎撃してしまうが、それだけでヘディンには事足りる。
「【永争せよ、不滅の雷兵】──【カウルス・ヒルド】」
短文の詠唱と共に虚空に生み出される五つの雷弾。
ヘディンは雷矢を放ち、一瞬遅れて雷弾を放つ。
当然グレイは避ける。雷矢も雷弾も。そして彼の真横を通り過ぎた雷矢が再び軌道を変え、それに追うように雷弾とまた軌道を変えた。
グレイは背中に迫るそれら全てを大剣の一閃でもって全てを迎撃。
舞い散る雷の飛沫と刃に絡みついた魔素を振り払い、ヘディンへの
魔具──
使用者の魔力を消費し、必中の雷矢を放つ。魔法を使えば同じ必中効果を付与する。
冷酷無比な白妖精に、更なる効率と破壊をもたらす。
「「「「僕達の番だ!」」」」
雷弾の飛沫で僅かに焦げ目が
手には超毒を纏う剣。彼らの小柄な体躯に合わせたそれは、グレイが握れば短めの片手剣程だろう。
だがそれも
グレイは大剣を指揮棒のように軽やかに、けれど致命的な鋭さをもって、四人を迎撃する。
剣と大剣がぶつかる度、舞い散るのは火花ではなく毒の雫。
それを浴びた小輪は一瞬にして枯れ、そのまま溶解し、そのまま地面さえも腐らせる。
一滴でも浴びれば致命傷。それはヘディンがよく知っている。
無限の連携が生み出す圧倒的なまでの手数と、その一つ一つが超毒を纏う絶死の刃となればグレイさえも脅かす。
小柄な体躯を生かして彼の死角という死角を徹底的に突き、彼の命を取りに行く。
「もっと速けりゃな!」
だが彼の言う通り、グレイを仕留めるには足りない。
速度も、膂力も、連携すらも。
アルフリッグを蹴り飛ばし、ドヴァリンを殴り飛ばし、ベーリングを大剣の腹でぶっ飛ばし、グレールを柄頭で地面に打ちつける。
そのまま追撃にグレールの背を大剣を突き刺そうとするが、
「グレール!」
アルフリッグが叫び、弟の危機を救わんと走り出す。
次の瞬間に足元に転がるグレールがアルフリッグの位置が入れ替わり、アルフリッグは驚倒の中でも迫る凶刃に向けて反射的に剣を振った。
大剣と剣が噛みあい、競り合いの様相となる中、グレイはそれだよと言うように笑って見せ、今度こそアルフリッグを蹴り飛ばす。
属性は超毒。本来一つであるべきだった剣は装備者の一定の魔力か体力を消費し、分け身の剣を持つ者と位置を入れ替える。
無限の連携に更なる道を示し、絶死の刃を小さな戦士に与える。
「これでどうしろって言うんです……?」
首に巻きついた濡羽色の
手触りのいい毛皮は撫でる分には心地よいが、どんな効果なのかがまるでわからない。
流石のグレイも困り顔を浮かべ、肩を竦めた。
おそらく鈍器代わりになる程度の強度はあるし、
腕に巻いて籠手代わりにするもよし、首に巻いたまま万が一の一撃に備えるもよしだ。
装備者の耐久を高める。最期の瞬間まで決して倒れず、全てを癒すことを強制する漆黒の獣の護り。
その真価は、癒す者ではないグレイではわからない。
「ね、ねえ……なんか、俺のだけ、違くない……?」
半泣きになりながらグレイに詰め寄ったのはヘグニだった。
手の出血を止めようと魔力を込めていたグレイが疑問符を浮かべ、彼の手元を──悪魔文字と神聖文字が刻まれた彼の愛剣へと向けられた。
「お前の剣って元から呪詛が込められていただろ。たぶんそのせいだ」
ヘグニの
グレイをしてよく分からない現象で産まれ変わった武器に興味を抱き、振ってみたい欲望を滲ませつつ、こいつの武器だしとギリギリで自重する。
「試しに振ってみりゃいいだろうが。俺ならそうする」
だからお前が振って見せてくれとヘグニに詰め寄りながら急かすグレイ。
目の前まで迫る彼の迫力にヘグニは声にならない悲鳴をあげながらその場を跳び退き、着地と同時に剣を一閃。
込められた呪詛によりヘグニの体力と引き換えに斬撃範囲が拡張され、放たれた不可視の刃がグレイへと迫るが、彼はその場にしゃがむ事でそれを回避。
そのまま低い姿勢を保ちつつ地面を蹴り、ヘグニに肉薄したその瞬間、不可視の刃が走った軌跡が爆発。
下手な魔剣の攻撃よりも強力で広範囲。ヘグニの魔法と似て非なる紅の滅炎が生まれ、地面が抉り、砂塵と花びらが舞い上がらせる。
「「…………」」
グレイか見れば背後。ヘグニから見れば正面で起きた大爆発に二人は顔を見合わせる。
体力を消費して斬撃範囲を拡張する効果をそのままに、呪詛の刃に発火能力を付与する。
前衛殺しの局地にして、絶殺の初見殺し。
戦いの才能に溢れながら人見知りの黒妖精に、才能に相応しい呪詛と性根と逆のド派手な炎を与える。
ヘグニはなんとも言えない顔で変わってしまった愛剣を見つめ、グレイは使いやすそうだなと好奇に満ちた視線を彼の剣へと向ける。
だがすぐにまだ仕事中だと気を引き締めた。
これで与えた魔具の調整は終わり。あとは刻まれただろうステータスを確認するだけだ。
「とりあえず、さっきから待たせてるオッタルからやるか」
女神の横で従者と共に簡易的な
他の眷属からの『俺からじゃねぇのかよ』と不満げな視線に「素振りか模擬戦でもしてろ」と告げ、オッタルへと近づいていく。
「……そこでやるってことか?」
「ああ」
「ステータスを見せたくない子もいるし、ヘイズもいるから」
フレイヤはヘディンとヘイズに流し目を送り、女神の気遣いに二人は一礼して感謝を示す。
そんな二人にフレイヤが微笑みを投げかけ、先んじて天幕へと入る女神。
直後にオッタルも入っていき、外に残されたグレイは一応警戒するように周囲に目線を投げ、
「ん……?」
館の窓からこちらを観察する人影に気づく。
相手も気づくとは思っていなかったのか、驚いたようにすぐに身を潜めてしまった。
ほんの一瞬だが灰色の髪が見えた。そしてこちらを見つめる黒い瞳も。
どこかで見た覚えのある顔だったが、髪で顔の右半分が隠れていて細部はよく見えなかった。
まあ、散々都市を走り回ったのだ。どこかですれ違うなり、どこかで助けるなりしたのだろう。
グレイは天幕へと入り、約束を果たすべくオッタルのステータスへお目を通すのだった。
「……それは、本当なのか?」
グレイから告げられた言葉にオッタルは珍しく困惑に表情を歪め、疑いの眼差しを彼へと向けた。
「嘘言ってどうすんだよ」
「文字は読めないけれど、この子が嘘を言っていないのは確かよ」
その視線にグレイは肩を竦め、フレイヤがその言葉にお墨付きを加えた。
オッタルは唸り、フレイヤがグレイの言葉を書き記した紙に目を向ける。
【
全アビリティ能力の超高補正。
発動毎に体力と精神力マインドを消費。
魔法使用時、威力及び効果増幅。
効果終了時、一時的に全アビリティ能力弱化。
「…………」
オッタルは穴が開くほどにその文言を凝視し、特に最後の一文に対してなんとも言えない表情となる。
耳がぺたりと折れ、言葉もなく小さく唸る。
悪魔の力どころかザルドのスキルまで芽生えていると、かの武人の姿が脳裏をよぎる。
横で一緒にそれを見つめていたグレイも、小さく息を漏らした。
元はザルド用に調整された武器だ。悪魔の捕食と、ステータスに刻まれていない不完全な状態での
その結果彼の魂と魔具が混ざり合い、今回の結果になったのだろうか。
あるいは魔剣が元の主との繋がりを捨てていないせいか。
あくまで戦士であり、手先は器用ではあるが技術者ではないグレイには仮定することしかできない。
「まあ、有難く使わせてもらえよ」
「……」
ぽんと肩に手を置かれながら告げられた言葉に、オッタルは再び小さく唸った。
そんな二人の背中を見つめるフレイヤは悪魔という未知の可能性と、それにより広がった最強の眷属の可能性に微笑んだ。
その後も滞りなくスキルの確認は進んだ。
【
魔靴装備時のみ発動可能。
全アビリティ能力の高補正。敏捷にさらに高補正。
発動毎に体力と
魔法使用時、威力及び効果増幅。
効果終了時、一時的に全アビリティ能力弱化。
【
魔弓装備時のみ発動可能。
全アビリティ能力の高補正。魔力にさらに高補正。
発動毎に体力と
魔法使用時、威力及び効果増幅。
効果終了時、一時的に全アビリティ能力弱化。
【
全アビリティ能力の高補正。四剣所持者の距離に応じてさらに補正。
発動毎に体力と
魔法使用時、威力及び効果増幅。
効果終了時、一時的に全アビリティ能力弱化。
【
首巻装備時のみ発動可能。
全アビリティ能力の高補正。魔力、耐久にさらに補正。
発動毎に体力と
魔法使用時、威力及び効果増幅。効果範囲増幅。
効果終了時、一時的に全アビリティ能力弱化。
【
呪剣装備時のみ発動可能。
全アビリティ能力の高補正。魔力、器用にさらに補正。
発動毎に体力と
魔法使用時、威力及び効果増幅。
呪詛効果増幅。
効果終了時、一時的に全アビリティ能力弱化。
「私も悪魔の文字を覚えるべきかしら」
アレン、ヘディン、ガリバー兄弟、ヘイズ、ヘグニ。
グレイに口頭で告げられたスキルとその効果を書き写した紙を見つめながら、フレイヤは小さく息を吐いた。
愛する眷属の背中をいちいちグレイに見せるなり、よくわからない文字を必死こいて写生するのも面倒だ。
「そこまで複雑でもねえからな。今度来てやろうか」
そんな女神の呟きを聞いていたグレイが肩を竦め、教えて欲しければと笑って見せた。
零能とはいえ全知たる神にものを教えるという、本来なら恐れ多くも名誉なことを、仕方ねえな〜と言わんばかりの軽さで引き受ける。
「貴方は
「……そうだな」
女神が目を細めながら告げた言葉に、なんで知ってるとは聞かずに嘆息する。
本人はしらばっくれているが絶対に会ったことがあるはずだ。女神でないにしても彼女の縁者と、どこかで──というかおそらくあの酒場で。
常日頃から都市を観察しているとはいえ、まさか屋内にも神の目が届くなどとは言うまい。
「今日はその勉強会だったんだが」
「あら。それはごめんなさいね」
グレイが再びの嘆息と共に吐き出したぼやきに女神はただ笑って見せた。
万物を魅了し、骨抜きにする微笑みを前にしてと彼は欠片も揺らぐ様子を見せず、「じゃ、また今度な」とさっさと天幕を後にしてしまう。
「げ……」
そして外に出た彼を待ち受けていたのは、天幕を囲む冒険者達。
オッタル、アレン、ヘディン、ヘグニ、ガリバー兄弟、ヘイズ。
そしてその他の
全員が戦意に満ち、親の仇の如くグレイを睨みつけている。
「……女神様?」
何これと振り向くグレイに、フレイヤは悪戯っぽく笑う。
「帰るには少し早いでしょう?だから、少し遊んでいきなさい」
女神の言葉にグレイは「すぅ……」と鋭く息を吐くと、仕方ないと覚悟を決める。
「いいぜ!どっからでも来やがれ!!」
ここは『
古くから続く伝統に則り、女神のために眷属達が殺し合う死合の場。
戦いは夜が訪れるまで続き、女神の命でもなければ何があっても中断されることはない。
かつての彼らは文句なしの都市の頂点派閥だった。
ゼウスやヘラといった最強の世代には届かずとも、他の派閥とは隔絶した強さを誇り、成長を続けていた。
だがそんな彼らでもたった一体の悪魔の蹂躙を止められず、女神の
挙句に女神に捧げるはずだった英雄の座はグレイに掻っ攫われ、良くも悪くも女神の興味も彼へと向いている。
そんなもの赦せるはずもない。
世界の頂点とは女神であり、断じて悪魔ではないのだ。
女神の寵愛をいただくのは、自分だけでいいのだ。
オッタルは原野の戦いをいつも通りと称したが、そんなわけがない。
正邪の決戦から原野での戦いは苛烈を極め、最も戦いが苛烈とされるゼウスやヘラの派閥が幅を利かせていた頃を彷彿とさせる程。
それほどでに先の戦いは彼らの魂を揺さぶり、悪魔という存在が彼らの女神への忠誠心に火をつけた。
女神の真なる栄光を示すため、女神の寵愛のため、悪魔という汚物を世界から滅するため。そして過去の超克のため。
彼らは下界最強とまで謳われる『英雄』にして悪魔の青年へと挑んでいく。
連携などない。自分がお前を殺すと殺意を漲らせ、様々な獲物や魔法が彼へと迫る。
そして竜の咆哮と共に放たれた大斬撃が、彼らの意地を諸共に全てを斬り伏せるのだった。
夕暮れの空も暗くなり始め、月や星の輝きが見え始める頃。
眠らない街とも呼ばれるオラリオはその名の通り魔石灯の明かりで照らされ、煌々と輝いていた。
仕事終わりの職人達が、ダンジョン帰りの冒険者達が、時には
そんな人々の喧騒を横目に、星屑の庭に帰還したグレイは到着と同時に首を傾げた。
人の気配がないのだ。明かりは点いているが、アリーゼ達は留守にしているのだろうか。彼女らの声が聞こえない。
「リュー!アストレア!いるか!?」
玄関を叩き、声を張りあげる。
するとパタパタと軽やかな足音がこちらに来ると、玄関を開けた。
「グレイ。おかえりなさい」
そして微笑みと共に彼の帰還を喜んだのはアストレアだ。
彼女はところどころがほつれたり焦げたりしている彼の
「フレイヤの子達はどうだった?」
「血の気が多すぎる。ファミリアにもいろいろあるんだな」
アストレアの手を退け、
ファミリアとは擬似的な家族だと思っていた彼にとって、ただの競争相手としか見ていない彼らの姿はさぞや新鮮だっただろう。
「怪我はしていない?」
「ああ。一発ももらってねえ」
そんな余裕そうな言葉とは裏腹に多少の疲労を滲ませるグレイ。
彼を気遣うように笑いながら、女神はぽんと手を叩く。
「そう。ならお風呂に入ってらっしゃい」
「わかった」と頷いた彼だが、「リュー達は?」と顔を出さず、気配すら感じないリュー達の所在を問うた。
アストレアは「見回りよ」と一言で返し、時計をみやる。
「もうすぐ帰ってくると思うから、そうしたらご飯にしましょう」
「わかった。それじゃ、さっぱりしてくるか」
アストレアの言葉に頷き、そのまま風呂場へと向かう。
便利屋始めたらあんなの相手にも仕事すんのかと心中でため息を漏らし、まあ自分で決めたことだし仕方ねぇかと後ろ向きな考えをやめた。
脱衣所にたどり着くとパパッと裸になりながら、ヘディンやヘグニの魔法で焦げたり、刃が掠めてほつれたりした
「
リューだけでなく、冒険者達が使っているという一見ただの服なのに高い防御効果を持つという
ごつい鎧もいいかもだが、自分にとって
近いうちにヘファイストスか椿のところに顔を出すかと決めながら裸になった彼は、風呂場へと足を進めるのだった。
それから数分後。アリーゼ達が帰還を果たす。
「お帰りなさい、みんな」
「ただいま帰りました!アストレア様!」
「子供みたいにズラズラ並んで帰ってきましたよっと」
「主神様にお出迎えさせるなんて、わたくし達も偉くなりましたねぇ」
彼女らの帰還を迎え入れたアストレアにアリーゼ、ライラ、輝夜が喜びの感情を見せた。
何か事件が起きたわけでもなく、夜の時間帯に入る前の見回りを済ませてきただけのことなのだが、こうして無事に再会することの貴さを知らない彼女らではない。
ネーゼやイスカ達も女神との再会を喜ぶ中、アストレアは彼女らを見渡して「あら?」と声を漏らす。
「リューの姿が見えないようだけれど……」
「リューちゃんなら酒場から飛んで来た酒樽が直撃して酒まみれになったから、先にお風呂に行きましたよ」
「風呂入りゃ酒臭さもなくなるだろ」
「え……」
マリューとネーゼの言葉にアストレアは目をまん丸に見開き、床へと目を向けた。
確かに濡れた足跡が点々と残り、それが風呂場へと続いている。
「今、グレイが入っているのだけれど……?」
アストレアが恐る恐るといった様子で言うと、少女達は額に冷や汗を垂らしながら顔を見合わせた。
直後、彼女らの予想を裏切ることなく凄まじい打撃音が風呂場から轟くのだった。
気が緩んでいる気がする。
リューはそんなことを思いながら、水分を吸って気持ち悪い靴をそのままに廊下を突き進んだ。
グレイとの勉強会が延期となり、アリーゼ達と普段通りの日常を過ごすことになってしまった今日。
帰ってくる気配すらないグレイを心配しながらも、アリーゼ達に連れられて夜の街に警邏に出たと言うのに。
「リオン、危ない!?」
「……はい?ぶ!?」
アリーゼの警告にすら反応できず、酒場での喧嘩の結果投げられた酒樽が直撃。
Lv.4の強靭な肉体は
全身から酒の臭いを放つエルフという、末代までの恥の状態で女神の前に立つわけにもいかず、急いで風呂場へと駆け込む。
「そう言えば、まだグレイは帰っていないのでしょうか」
脱衣所で服を脱ぎ、洗濯用の籠に入れながらぼやくリュー。
結局街を回っても彼とは会えず、かといって【フレイヤ・ファミリア】に顔を出すわけにもいかない。
彼なら大丈夫だとは思うが、良くも悪くも噂の多い【フレイヤ・ファミリア】だ。何事もなければいいのだが。
「……何を心配する必要がある。彼の方が私よりも強い。こんな無様では、自分の心配をしろと言われるだけだ」
酒に濡れた自分の髪を手櫛で梳かしながら自嘲する。
彼のことを考えるあまり不覚をとったなどと気づかれれば、きっと彼に笑われてしまう。そして、それ以上に心配されてしまう。
……多少心配されるならいいのでは?
(いやいやいや!駄目です!彼を心配させないように、何より彼を護れるように強くなると決めたのですから!今日のような不注意での不覚など二度と取りません!!)
ぶんぶんと首を振って邪念を追い払い、しっかりしろと自責する。
とにかく明日。明日こそ彼と勉強しよう。そのために色々と準備をしてきたのだから。
隣の籠に入った灰色の
いつの間にか決まっていた定位置の椅子に座り髪を洗おうと桶に水を溜めると、隣に誰かが座っていることに気づいてそちらに目を向けた。
「お隣、しつ、れ……い……っ」
「────」
目があった。髪を洗っていたその人は目を見開きながら、紅潮した頬をそのままにじっとリューの裸体を見つめている。
泡の隙間から覗く銀色の髪に炎のように鮮やかな蒼瞳。
彼は正気を疑うように瞬きを繰り返し、垂れた泡が頬を伝っていく。
「な、何してんだ、お前……」
ドン引きですと言わんばかりに声を絞り出すグレイ。
その瞳に彼女の裸体を──華奢ながらも艶やかな曲線を描く四肢や、控え目な膨らみを持つ胸を、脳裏に焼き付けたその瞬間、
「見るなぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!」
鉄拳制裁!
リューの拳がグレイの顔面に突き刺さり、快音と共にぶっ飛ばされた彼はそのまま湯船に墜落。
そのまま湯船の底に頭をぶつけ、ぷか〜と浮かび上がり湯船を漂うグレイ。
拳を振り抜いた状態で固まっていたリューはハッとすると、「グレイ!?」と慌てて彼の元へと駆け寄り、湯船から引っ張り上げる。
「大丈夫ですか!?」
そのまま彼の心配をしながら、もはや癖のように彼の頭を膝に乗せる。
目を開けたグレイの視界に飛び込んでくるのは、惚れた女の上半身裸の姿。後頭部には生脚の感覚。
かぁ〜!と顔を赤面させ、慌てて顔を背けるグレイだが、もうその記憶には今日この瞬間の全てが刻まれてしまった。
一生かけても忘れられない瞬間に立ち会えたことに感謝し、再び彼女へと顔を向けると、
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?!!」
顔を真っ赤にし、混乱の極地にいるように目を回しているリューが拳を振り上げ、
「忘れなさぁぁぁぁあああああああああああいッ!!!!」
咆哮と共に振り下ろす。
その一撃は寸分の狂いなくグレイの顔面を打ち据え、彼はがくりと首を折りながら白眼を剥いて気絶する。
ぜえはあと肩を揺らして息を乱すリューは、全裸で気絶する彼の裸体を無意識のうちに舐めるように見つめてしまう。
鍛え抜かれ、そして傷一つない肉体。彼を英雄たらしめる、いかなる傷も瞬く間に癒してしまう強靭極まる肉体も、上手くやれば無力化できるらしい。
こんな場所で知りたくなかったと嘆きながら、これからどうすると頭を巡らせたその瞬間、
「………ぁ」
脱衣所の扉からこちらを見ている複数の視線に気づき、小さな声を漏らす。
その瞳達は申し訳なさそうに引っ込んでいき、そっと扉を閉めた。
瞬間、リューは走り出していた。放り出されたグレイは再び湯船に沈み、無惨にも浮かび上がり、水面を漂う。
「…………」
このままでは延々と殴られると危惧し、気絶したフリをしていたグレイは体を起こし、折れた鼻を修復しながら天を仰いだ。
「……どんな顔して会えばいいんだよ」
混乱が過ぎ去り、興奮が勝ってきたことを証明するように大きくなってきた己の分身を落ち着かせるように深呼吸しながら、グレイはそのまま湯船へと沈んでいくのだった。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。