ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか 作:EGO
翌日。
バベルの根本であると同時に冒険者達がダンジョンに潜るための玄関口。
普段通り冒険者や通行人でごった返す、文字通りオラリオの中心地。
その噴水前で、普段とは違う喧騒が巻き起こっていた。
その横を通る者達は例外なくそちらへと目を向け、時には声を潜めて何か言葉を交わしている。
「流石に目立ってしまいますね」
リューがそんな周囲からの奇異の視線から流れるように
「面子が面子だからな。仕方あるまい」
様々な武具を突っ込んだバックパックを担ぐ椿が半眼になりながら、その場に集合した面々を見渡した。
「注目されるのも仕事のうちさ。もう慣れたものだろう?」
フィンが言葉の通りに普段通りの態度で肩を竦め、偶然目があった女性冒険者の一団に微笑みを投げた。
黄色に悲鳴がそこから湧き上がり、彼女達は爆発した士気をそのままにダンジョンへと向かっていった。
「だが、今回ばかりは妙に多いな」
「……?」
同じくそういった視線に慣れているリヴェリアは、けれど今回はそれが多いと少々警戒を露わにするが、隣でジャガ丸くんを食べていたアイズはよくわかっていないのか首を傾げた。
「うん。まあ、理由は、わかるけど……」
マリューがため息混じりに噴水の縁に座る青年へと目を向けた。
「ん?俺のせいか?」
ご機嫌そうに鼻歌を歌いながらバベルを見上げていたグレイが自分を指差しながら首を傾げる。
都市でも有名な冒険者が集まっているのもそうだが、やはりグレイという存在は目を引くらしい。
玩具のようにも見えてしまう肉厚な大剣に、腰には
良くも悪くも噂というか、現状オラリオにおいて存在を知らない者はいないだろう青年が完全武装する姿にはら嫌でも視線は集まるというもの。
肝心のグレイは周囲の視線に興味なさそうに鼻を鳴らすと、立ち上がった。
アイズもジャガ丸くんを食べ終え、ふんすと鼻を鳴らした。
「そんじゃ、行くか。とりあえず18階層まででいいのか?」
そんなアイズの頭に手を置き、少々乱暴に撫でてやりながら投げかけた問いにリヴェリアが頷いた。
「ああ。
ダンジョンとは文字通りに死地だ。本来なら知識もなく飛び込んでいい場所ではない。
グレイは素の身体能力で多少の無茶はできるだろうが、同行者はそうはいかない。
今さら18階層周辺のモンスターに遅れは取らないが、それでも何かが起きるのがダンジョンだ。
もちろんグレイがいれば余程のことがあっても下層だろうと活動できるだろう。それだけ彼は規格外の存在だ。
だが、そんな彼に引っ張られてアイズが無茶をしそうというのが彼女が懸念するところであり、今回のダンジョン探索を18階層で切り上げる本当の理由だった。
「勉強は大事!」
「そうだな~」
そんなことも知らないアイズは、勉強嫌いだった過去を棚に上げてグレイに指摘し、当の彼は適当に受け流す。
確かに
「僕としては、17階層に用があるんだけどね」
「18じゃねえのか?」
不意にフィンが漏らした言葉に反応するグレイ。
彼の記憶では17階層は特に何もない場所だ。最深部がなんとも意味深な広場なのは気になるところだが。
疑問符を浮かべるグレイに「行けばわかるよ」とフィンは笑い、リヴェリアはやれやれとため息を吐いた。
二人の表情に余計に疑問符を浮かべるグレイだが、すぐに意識を切り替えて咳払いを一つ。
「これで三回目か。そのうち数えなくなるんだろうな」
勝手に道を開けてくれる人混みの中を進んでいき、たどり着くのはバベル内部。直径、高さ共に10
ギルドの命名に従うとすれば『始まりの道』。縦穴の外周に沿って取り付けられた緩やかな螺旋階段が、バベル地下一階──ダンジョンへの入り口へと伸びている。
グレイとしては三回目の
フィン達が階段へと向かう中、グレイはそのまま飛び降りようと一歩踏み出そうとした瞬間、
「駄目です」
リューが腕を掴んで止めた。
片足を宙に投げ出す状態で止まった彼は、周囲から向けられる奇異の視線を受けながら「駄目なのか?」と疑問符を浮かべた。
正邪の決戦の時は皆して飛び降りていたのだが、今日は駄目なのだろうか。
「駄目、ですからね」
リューは子供に言い聞かせるように言葉を重ねる。
確かに非常時では飛び降りて
それにここでそんな奇行に走れば、ただですら目立っているのに余計に目立つことになる。
今更なことではあるがグレイは既に『英雄』としての名声を得ているのだから、それ相応の言動を心掛けてほしい。公共の場などの人目があるところでは。
そんな彼女の心中を知ったか知らずか、グレイは仕方ないと言わんばかりにため息を吐いて踏み出していた足を戻し、彼女の方に向き直る。
「わかればいいのです」とリューが手を離すと、代わりに彼の手が彼女の手首を掴んだ。
「え……?」
彼女が困惑の声を漏らすのと、彼は勢いよく背中から倒れ込むように縦穴へと身を投げた。
「は……?」
引っ張られるがままリューもまた縦穴へと落下し、突然の浮遊感に目を見開く。
視界の端で螺旋階段が高速で上へと流れていき、地下一階の床が迫る。
着地に備えようと体を捻るが、ぐん!と凄まじい力で彼に手を引かれ、流れるように彼の右腕が彼女の左脇を通って右肩に回され、左腕が膝の裏へ。
「っ!?」
空中でお姫様抱っこの体勢になった瞬間、リューは頭を爆発させた。
間近にある彼の横顔は心底楽しそうで、彼女の視線に気づいたのか横目を向けた彼と目があった。
くしゃっとした子供のような笑みを浮かべ、リューは釣られて引き攣った笑みをこぼす。
直後、着地。
フル装備の冒険者二人分とは思えない軽やかな音と共に、二人はバベル地下一階に到着する。
ダンジョンに向かっていた冒険者。帰ってきた冒険者。所属も種族もバラバラの彼らから、一様に奇異の目線が向けられる。
「なあ、あいつって──」
「グレイなんとかって奴じゃねぇか!?」
「今までどこ行ってやがったんだ?」
「それも気になるけどっ!抱えてんの【疾風】じゃね!?」
「あの噂は本当だったのね」
ひそひそと出来るだけ抑えた声で会話する彼らの声も、聴覚も敏感なグレイにも、Lv.4に至っているリューには丸聞こえである。
「噂って?」
「ああ。それは──」
「なああああああああああああああああああああ!!!!!」
なぜか嫌な予感がする。
リューは周囲の声をかき消す叫びと共にグレイの腕から脱出し、一足先にダンジョンへ。
両腕を差し出す体勢で放置されたグレイが固まっていると、声を殺して笑うフィンが階段を降りてくる。
「本当、君といると退屈しないね」
「俺は真面目にやってんだけどな」
別にふざけたわけではないと、腰に手を当てながらぼやくグレイ。
アイズは次から真似しようと目を輝かさ、リヴェリアが額に手をやりながらため息を吐いた。
「ははは!このくらい型破りでないとな!」
「リューちゃん……」
椿が心底愉快そうに笑い、マリューが逃げていったリューに同情しつつ、他に道がなかったからにせよ逃げ先がダンジョンなのはどうなのと友人の感性にちょっと引いてしまう。
「さっさと追いかけるか」
グレイは面倒くさそうに、けれどどこか楽しそうに笑いながらダンジョンへ。
フィン達も彼に続く中、マリューはふと先程聞こえた話を思い出す。
「噂って、なんだろう」
あとでアリーゼ達に聞いてみようと心に決めて、彼女もダンジョンへと潜っていった。
ダンジョン探索と言っても、難しいことは何もない。
仲間と共に奥へと進んでいき、モンスターを倒し、魔石やドロップアイテムを確保して帰還する。言葉にすればそれだけであり、冒険者はそうして日銭を稼ぎ、
それが本来あるべきオラリオの姿であり、グレイも飛び込むことになる命懸けの日常である。
もっともここは1階層。『恩恵』を授かったばかりの冒険者でも余程のことがなければ問題ないとされる、低難度階層。
醜悪なゴブリンや、二足歩行する狼のような魔物──コバルトが、岩をくり抜いただけのような通路を徘徊し、冒険者を見つけ次第襲いかかるのだが。
『────!?』
『…………?!』
鋭い鍔鳴りの音と共に斬撃が弾け、それに巻き込まれた彼らは断末魔の叫びもなく爆散。
冒険者を視認する間も無く肉体諸共魔石を細切れにされ、血飛沫一つなく灰となって四散する。
「よっしゃ。絶好調」
遠く通路を小走りで駆けながらグレイは刀の鞘を撫でる。
向こうの世界でダンテに
「話には聞いていたけど、出鱈目だね」
「なんなのだ、その刀は!?手前に見せろ!!」
そして運がいいのか悪いのか、人からの伝聞でしか知らないフィンが肩を竦め、この場で振ったのに遠くで斬撃が炸裂する魔剣に好奇心を擽られ、飛びかかるようにグレイへと詰め寄る椿。
グレイはひょいひょいと身軽に彼女の突撃を避け、刀を奪おうと伸びてくる手を鞘で打ち払う。
「一応、ダンジョンなのだがな」
「私も戦いたい!」
「はいはい、落ち着いて」
前で戯れる二人にリヴェリアが嘆息し、アイズが参戦しようとし、マリューがそっと彼女を捕まえて宥める。
派閥は違えど同じ修羅場を潜った中だ。今さら遠慮する必要もない。
「って、力つよ!?」
が、あくまで後衛である彼女はあっさりとアイズに引き摺られ、リヴェリアが拳骨したことでようやく止まる。
あうあうと可愛らしい悲鳴を漏らすアイズと、たんこぶを優しく撫でて慰めるマリュー。
リヴェリアはまたやってしまったと自責しながら、最近拳の方も痛くなってきたとアイズの『耐久』の成長を感じてしまう。
「…………」
そんな彼らの後方。
顔を俯け、何も言わず、ただ黙々とパーティーに着いていく。
時折何かを思い出したように覆面の下で顔を赤面させたり、頭を爆発させたりと忙しいのは、まあいつものことだが。
「いい加減機嫌直してくれよ。確かにいきなりやるには刺激的すぎたかもしれねぇが」
グレイは飛びかかる椿を迎撃しながら、リューに声をかける。
確かに初手から飛び降りやお姫様抱っこはやり過ぎたとは思うが、それにしたって臍を曲げすぎだ。
鞘で椿の顎を打ち抜き、アイズの脳天に拳骨を叩き込んで黙らせた彼は、ブン!と空気が震える音と共に最前列から一気に最後尾に。
「聞いてるか?」
彼女の背後から顔を出し、彼女の顔を覗き込む。
視認すら許さない急接近と、いきなり目の前に現れる彼の顔。
こちらを心配するように見つめてくる碧眼に、リューは勢いよく顔を背けた。
覆面のせいでようは見えないが、露出している目元や笹葉の耳は先端まで真っ赤になっている。
「相変わらずでなによりだ」と微笑み混じりにため息を吐いたグレイは、そっと彼女の肩を撫でた。
そのまま彼女に背を向けて歩き出そうとした瞬間、彼の手をリューが掴む。
「ん?」
「せめて、場所は選んでください」
彼女は囁くような声でそう呟くと、彼の手を放して追い抜いていく。
「……」
彼女に掴まれた手を見つめ、今の言葉を頭の中で反芻し、別にやる分には問題ないのかと結論付けて笑い、彼女の背中を追いかけた。
伸びている椿とアイズも追い越した彼女に追いつき、「素直じゃねえな」と笑いかける。
返事はない。代わりに来たのは木刀による一閃。
グレイはそれを避けなかった。ダンジョン突入の一連を含め、流石にやり過ぎたと反省したのだろう。
ダンジョンに快音が響き、それに驚いたモンスターの鳴き声が、岩窟に木霊するのだった。
冒険者達の快進撃は続く。
フィンの先導で迷路じみた洞窟を突き進んでいき、時にはモンスターに囲まれた冒険者の救出も行う。
そんな寄り道を挟んでも、その進行速度は一般的なパーティーのそれに比べて段違いに速い。
あっさりと10階層へと到達し、冒険者を妨害する『ダンジョンギミック』と呼ばれる濃霧が発生するが、常人離れした五感を持つ彼らには何の意味もなさない。
立ちふさがるモンスターもグレイ、リュー、アイズの三人が瞬殺し、濃霧諸共に切り捨てる。
続けて11階層。
「手前としては
「いんふぁ──なんて言った?」
「
椿が思い出したように告げた言葉にグレイが疑問符を浮かべると、すかさずリューが解説を始めた。
「強敵、ね」とそんなモンスターがいるのかと少々好戦的な笑みを浮かべるグレイ。
そんな彼の出鼻を挫くように、椿が嘆息混じりに言う。
「お主の装備の試作にその鱗が欲しいのだが、稀少なモンスターだからな。まあ、出会えなくとも気にはすまい」
「いや、気にするだろ。俺に関わりあるじゃねえか」
「試作品が一つか二つ減るだけだ」
「それは大丈夫なのか?」
「おお。問題ない」
自信満々に頷く椿に、グレイは半信半疑な目線を送った。
結果的にいいものが出来るのならいいが、必要な工程を飛ばすというのは少々不安だ。
「何か作ってもらうの?」
「ああ。ヘファイストスには断られちまった」
並走するアイズが見上げながら問いかけ、グレイは不満そうに眉を曲げながら頷いた。
女神の言いたいこともわかるし、一応の納得もしたが、いいものを作ってくれるのなら別に誰でもいいのだが。
「ふぅん」となぜかご機嫌そうに声を漏らした彼女は、見せつけるように愛剣を抜刀した。
「どうした」
「これ、ゴブニュに作ってもらった」
「ゴブニュ……?って、もう
「ふふん」
女神に断られたと愚痴る彼に、鍛冶神謹製の剣を見せつけたのだ。
彼女は得意げに鼻を鳴らし、グレイはそんな自慢をしてくる少女を見下ろし、とりあえずその頬を摘んでやった。
もちもちの頬がグレイの加減一つで伸び縮みし、アイズは可愛らしい悲鳴をあげる。
「あまり気を抜きすぎるな……」
そんなじゃれ合う二人の背中にリヴェリアの諫言が飛び、二人が返事をした瞬間、
『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
耳を聾する竜の咆哮が轟いた。
瞬間、グレイはその場の冒険者達の動体視力を振り切り、斜線となってダンジョンを駆けた。
ダンジョン12階層に点在する
濃霧を切り裂き、その一つへと侵入を果たしたのは一体のモンスター。
長い尻尾に鋭利な爪を持ち、ぎょろりと見開かれた瞳は血のように赤い。
体高、およそ150
『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
彼らとて後方配置だったとしても正邪の決戦を潜り抜けた冒険者でもある。
だが、いいや、だからこそどこか油断があったのだ。
──あの戦争を生き残った自分達なら、大丈夫だろうと。
だが、その結果はこれ。
濃霧の中から突如として現れた
そして、その努力もここまでだった。
一つしかない出入り口を
重々しい足音をたて、震える冒険者達へと接近する。
そして、彼らを切り裂かんと爪を振り上げたその瞬間、頭部が消失した。
「へ……?」
冒険者が間の抜けた声を漏らす。
べちゃ!と湿った音が背後から聞こえ、振り返ってみれば潰れた
ビクリと体を痙攣させた
「ま、こんなもんか」
重々しい転倒音に呟きが混ざる。
人影が
「おう。生きてるな」
気の抜けた人影の──グレイの呟きが彼らに投げられた。
強敵と言われていたのに、蹴りの一撃で首が飛ぶとは存外に脆かったらしい。
グレイはゴキゴキと指を鳴らすと
指先に鱗や筋肉、骨とも違う硬質な手応えを感じ、それを掴んで引き摺り出す。
鮮血が溢れ出し、肉の繊維が千切れる異音と共に魔石が取り出され、
鱗や爪などがドロップアイテムとして残り、頭部も数本の牙を残して灰となった。
グレイは鼻歌まじりにそれを集めていると、
「グレイ!無事ですか!?」
「おう。まあ、なんだ。この程度ならな」
開口一番グレイを心配するリューに、グレイはひらひらと手を振りながら返事をする。
「仕留めたのか!でかしたぞ!!」
そんな二人のやり取りを他所に、椿が灰の山に生まれている鱗を掻き出して息を吹きかけた。
鮮やかな琥珀色の鱗は天井から降り注ぐ燐光に照らされ、鏡の如く光を反射している。
「これなら色々と試せそうだ。感謝するぞ、グレイ」
「へいへい。感謝はより良い装備で返してくれたまえ、鍛治師殿」
勝手に話を進めるグレイ、リュー、椿に冒険者達が間抜けな顔になる中、遅れて到着したフィンが「無事でなによりだ」と彼らに声をかける。
「私がやりたかった」
「出しゃばるな」
灰の山を恨めしそうに見るアイズと、そんな彼女を嗜めるリヴェリア。
「怪我人はどこですか!」とマリューが彼らの治療を開始し、満身創痍だった彼らの傷が癒えていく。
先程での緊張感はどこにやったのか、オラリオにおいて知らない者はいないだろう
「地上まで送るか?」
鱗を手に取り観察していたグレイが、振り向き様に冒険者達に問いかける。
冒険者達は首を振り、「そうか」とグレイが笑う。
「そんじゃ、俺達はこれで」
そしてバックパックにドロップアイテムを詰めていた椿に鱗を投げ渡し、
フィン達も彼に続いて出発していく中、冒険者の一人が「ありがとう……!」と目に涙を溜めながら感謝の言葉を投げた。
助けてくれたことへの感謝。
仲間の仇を討ってくれたことへの感謝。
そして、英雄の背中を見せてくれたことへの感謝。
グレイは振り返らずに手だけを振り、
「次からはせめて一言欲しいのですが」
フィンの先導の下、13階層を進むグレイの背中にリューの苦言が投げられた。
パーティーで動いている以上、他のメンバーとは一蓮托生。火急の事態があったとしても、せめて一言欲しいと柳眉を歪める。
「口より体動かした方が速いからな」
そんな彼女にグレイは肩越しに苦笑を漏らす。
命を助けるのに一秒すらも惜しい。声を出し、許可をもらう時間すらも惜しいと、彼は断言してみせた。
誰かを助けるためには割と考えなしに走り出す彼の姿には好感を持てるが、もう少し無茶や無理は控えて欲しい。
リューは心配するように彼の背中を見つめ、グレイもまたその視線に気づきながら肩を竦める。
「毎日こうなのかい?」
フィンは出発時のやり取り含め、二人の間にはどこか『慣れ』のようなものがあると感じ、二人の関係をなんとなく探ってみる。
今更というかもう見ればわかる程度ではあるが、二人が親密なのは明白。
それがどこまで踏み込んだものなのかはわからないが、少なくとも友人以上なのは確定だろう。
「まあ、ほぼというか、毎日どころか毎時間かも……?」
「な、何を言っているのです!?」
マリューがグレイが帰還してからのやり取りを思い返しながら首を傾げ、その言葉にリューが悲鳴をあげた。
確かにグレイと関わることで変な事態になることは多いが、それでもまだ一線は超えていないと自負している。本当に色々とあったが、それだけは断言できる。
「私とグレイは健全な関係です!妙なことなど一度も──」
「本当にそうかな。僕の耳にも妙な噂が届いているけど」
「上の人達が言っていたやつ、ですか?」
吼えるリューにフィンが苦笑し、マリューがそう言えばと思い出す。
グレイとリューのやり取りに、何かを言いかけていた人達がいたと。
フィンが頷き、アイズが「なにそれ?」と首を傾げると、リヴェリアはそっと彼女の耳を塞いだ。
「なんでも『酒場でお姫様抱っこをされながら、パスタをあ〜んして食べさせていた』とか?」
「かひゅ!?」
そして彼の口から放たれた言葉にリューは呼吸を止め、その場に崩れ落ちた。
ゴロゴロと床を転がり、そのまま力尽きる。
そんな彼女を先頭から戻ってきたグレイが抱き上げ、先頭に戻ってくる。
「ちが、違うのです……っ!わ、私は、そんなことしていない……!」
「『お姫様抱っこされた』と『あ〜んして食べさせた』は、それぞれ別々の
彼の肩で嘆くリューに、グレイが苦笑混じりに告げた。
「それは、そうですが……っ!」と声を詰まらせる彼女に、フィンは「だいぶ尾鰭が着いているみたいだね」と所詮噂は噂かと顎に手をやり、
「それでも個別ではあったんだね」
確認するようにグレイへと問いかける。
「ああ。いい思い出だ」と彼が即答すると、「うるさいっ!」とリューは彼の頬を叩いた。
鋭い平手の音が響くが、グレイの体は微動だにしない。
「そもそも貴方が……!」
「おいおい。お姫様抱っこなら謝るが、パスタ食わせてきたのはそっちだろうが」
「それは、貴方が
「一口くれとは言ったが、食わせてくれとは言ってねえ」
リューとグレイの言い合いが続く中、フィンはくだらないことではあるが真面目に思案を巡らせる。
別々の場所で起きたことが、面白おかしく編集されて流布された。今回の噂とはつまりそういうことなのだろう。
どっちもやりはしたというのが少々問題なような気もするが、おそらく話を作ったのはどこかの神。娯楽に飢える彼らがグレイのネタを逃すわけがない。
アイズの耳を塞ぎながら、リヴェリアは盛大なため息を吐いた。
「リ、リヴェリア様!これはち、違うのです!私は何も──」
「個人の問題に干渉するつもりはない。だが、節度は守れ」
「ぐぅ……!」
そもそも今もお姫様抱っこされているだろうがという視線にも気づかず、彼女は赤面したまま俯き、グレイと目があった。
にこりと微笑む彼の笑顔に、リューは赤くなった顔を勢いよく背ける。
その瞬間、彼らの進路を塞ぐように複数のモンスターが姿を現した。
子牛ほどの大きさの犬型のモンスター、『ヘルハウンド』。
冒険者達からは『
彼らは口から高温の涎を垂らしながら、口の中に炎を激らせる。
「マリュー、頼む!」
「え!?ちょっと!?」
それを視認した瞬間、グレイはリューをマリューに投げ渡した。
受け止める体勢をつくるマリューだが、リューはその前に空中で身を捻って華麗に着地。
前に出たグレイはゴリアテに包まれた左腕を突き出した。
瞬間、放たれる複数の火線。その名が示す通りの地獄の業火が、冒険者達に迫っていくが、
「温いな」
本当の地獄を──そして
だが、彼はそんな火種さえも利用する。
ゴリアテの吸入口が開き、炎の全てを呑み込んでいく。
通路を覆う豪炎を片手一本で呑み込む様に、ヘルハウンド達も驚き固まった。
その瞬間、籠手の中でヘルハウンドの炎とグレイの魔力が混ざり合い、さらに凝縮された魔力が吸入口から溢れ出し、火の粉がこぼれた。
「ほら、返すぜ」
直後、滅殺の劫火が吐き出される。
ヘルハウンド達は自分達の炎に呑み込まれ、一瞬にして魔石さえも溶解し、灰も残さず塵となる。
『MORE!!』
岩窟さえも焦げさせた大火力と目に見える濃度の魔素が残留する中、ゴリアテが空腹を訴えるように吼えた。
「へいへい。残さず食えよ」
グレイは再び吸入口を開き、残留する魔素を吸い上げていく。
「出鱈目だね」
「妹といい、こいつといい。魔導師に恨みでもあるのか」
「むぅ……!」
フィンは溶けかけたダンジョンの壁を見ながら感嘆にも似た声を漏らし、リヴェリアは魔法の強奪までしてきた彼の妹を引き合いに出し、あまりにも魔導師へと殺意が高い兄妹の姿に愚痴をこぼす。
アイズはまた出番なしと不満そうに頬を膨らませ、もう慣れてしまったリューとマリューは
「なんなのだ今のは!?それが噂に聞いていた、魔力を喰らい増幅して撃ち返す魔具か!?何がどうなっておるのだ!?ええい、見せろ!!」
そして椿だけが興奮のままにグレイに飛びかかるが、一瞥もなく放たれない裏拳により迎撃される。
とにかくこれでヘルハウンドにより奇襲という、この階層における最大の死亡率を誇る事態の心配はいらない。
冒険者達の進軍は加速し、階層を駆け抜けていった。
やがて彼らは17階層にたどり着く。
向かってくるモンスターを迎撃し、時には追い込まれた冒険者を救助してやりながら、最深部を目指してひた走る。
「……なんか、静かになってきたな」
だが、それもつい先程のこと。
17階層の最深部にたどり着こうとした間際、冒険者も、モンスターの息遣いさえも感じられない静寂にグレイが警戒を露わにした。
「うん。予想通りだね」
フィンはこれを待っていたと言わんばかりに笑い、アイズが瞳に好戦的な色を灯す。
そんな気配が変わった二人と、同じく警戒を強めるリュー、マリューの様子に余計に怪訝な顔になる中、リヴェリアがグレイに言う。
「フィンの目的はこの先にいる。お前も構えておけ」
「構えろって言われてもな……」
何かが来ると言うように煽られたグレイは、肩を竦めながらも瞳の奥に戦意を激らせた。
やがて彼らはたどり着く。
広大で、長大な、空間に。
岩を削り出したような道中とは違う、整った直方体となっている大広間。
奥行きにして200
何より目を引くのはグレイ達から見て左手側の壁だろう。
磨き上げられた大理石のように凹凸が一つもない一枚岩の壁が、奥へ奥へと伸びている。
「『嘆きの大壁』。あるモンスターだけを産み落とす、まさに階層主専用の壁さ」
フィンが真っ先に大広間に入り、アイズがその後ろに続く。
「階層主ってなんだよ」とその背中に問いを投げると、「すぐにわかるよ」と笑みで返された。
「知識不足って、こういう時不便だよな」
グレイがため息混じりに頭を掻き、二人に続いて大広間に踏み込んだ。
リューとマリュー、リヴェリアも続き、冒険者達は嘆きの大壁を横目に進んでいく。
モンスターもおらず、聞こえるのは冒険者達の足音と呼吸の音ばかり。
そしてちょうど大広間の中央を通り過ぎようとした瞬間、
────バキッ……!
音がなった。
真っ先に反応したのはグレイ。背中の大剣に手をかけながら、嘆きの大壁へと向き直る。
彼の正面では、大壁を縦断する雷のような亀裂が刻まれていた。
「来たね。準備を」
フィンの号令にアイズが抜刀し、リヴェリアとマリューが魔法の行使に備えて詠唱に入る。
「グレイ、下がって!」
「え?ああ、おう」
リューは流石に近すぎるとグレイの手を引いて大壁から距離を取る。
その間にも壁の亀裂は縦ではなく横へも広がっていき、その音はさながら罪人の嘆きのように、聞くに耐えない重々しさを孕んでいく。
増していく嘆きの叫喚。亀裂は大きく、深くなっていき、17階層を震わせる。
そのあまりの喧しさにグレイが耳を塞いでいると、一層強い衝撃が壁の内側から壁を殴りつけた。
そして巨大な破砕音と共に、大岩と見紛う破片が降り注いでくる。
冒険者達は手慣れた様子でそれを避け、グレイもそれに倣って破片の雨を避けたかと思えば、手頃な瓦礫の上に座り、嘆きの大壁をじっと見上げた。
そして彼が見つめる先で、それが産み落とされた。
重々しい着地音と共に、舞い上がる土煙の中でそれが動いた。
大きすぎる輪郭。太い首。太い腕。太い脚。
骨格自体は人のそれと大差ないが、その体皮の色は灰褐色のみ。
後頭部から首筋にかけて生えるごわついた黒髪が怪物の動きに合わせて揺れ、やがて砂煙の中から全身を現した。
総身7
ダンジョンに数種のみ存在する
真っ赤な眼球が冒険者達を捉え、巨人が咆哮をあげる。
「へぇ。こんなのもいるのか」
壁の瓦礫の上に座り込み、プラプラと脚を揺らしながら好戦的な笑みを浮かべるグレイ。
「うん。これの試運転にはちょうどいいかな」
そんな彼の横で
「おいおい、俺には遊ばせてくれねえのか?」
「グレイ。君に冒険者の基本を教えよう」
顔だけ彼に向けて話を聞こうとするグレイに、フィンは悪戯っぽく笑って見せた。
「獲物は早い者勝ち、だよ!」
言うが早いかフィンが飛び出し、ゴライアスへと挑んでいく。
「
それにアイズも追従し、巨人へと斬りかかる。
「試し斬りの時間じゃ〜〜〜!!!」
椿もバックパックから武器を取り出し、嬉々としてゴライアスへと挑んでいった。
「──あ、ずりぃ!」
そして三人から三拍ほど遅れてグレイも動き出す。
「合わせます!」と彼にはリューが追従し、二人は目配せと共に互いを鼓舞するように笑って見せた。
『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
現下界最強がいるとは知らず、ゴライアスは産声代わりの咆哮をあげた。
それがグレイ初の
感想等ありましたら、よろしくお願いします。