ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか 作:EGO
グレイにとって、階層主との戦いは未知だ。
相手の技や属性、毒の有無。わからないことが多い未知の相手を前に、流石の彼でも慎重に──。
「
行くことはなかった。
前を走っていたフィン、アイズ、椿をあっさりと抜き去り、懐に飛び込むと共に振り上げた一閃がゴライアスの右足首を完全に粉砕する。
弾けた肉片と骨片が天井に突き刺さり、鮮血が雫となって床へと垂れ落ちる。
『オオオオオオオオ!?』
いきなりの痛打にゴライアスは悲鳴をあげ、足元のグレイを踏みつぶさんと痛みを無視して損傷した足を持ち上げるが、
「甘いよ」
フィンは魔槍を軸足の膝へと突き刺し、そのまま体内に魔力塊を発生させ、爆破。
内側から肉が爆ぜ、膝裏から複数の尖った魔力塊が飛び出す。
魔力塊を霧散させながら槍を引き抜いてやれば膝に大穴が開き、
盛大な破砕音をたてながら壁が砕け、大小様々な破片が降り注ぐ中をグレイは不敵に笑った。
「おらよ!」
破片を粉砕せず、けれど威力が出るように加速させながら。絶妙な力加減で放たれた破片はゴライアスの右眼へと突き刺さる。
壁の倒壊の轟音に混ざり、ゴライアスの悲鳴が鼓膜に届く。
「グレイ選手。2ポイントだ」
右足と右眼。損傷を与えた部位に勝手に得点をつけ、四本立てた指を見せつけるように振る。
それを見ていたアイズは「負けない!」と気炎を吐き出し、風を纏いながらゴライアスへと突撃。
降り注ぐ瓦礫を避け、小さなものは風の鎧で押し返し、振り下ろされたゴライアスの拳をあっさりと避ける。
拳が引き戻されるよりも速く小さな体でその拳に飛び乗り、腕を斬りつけながら一気に駆け上がった。
「やぁ!」
そして気合い一閃と共に銀剣を振るい、そのまま巨人の左眼を奪わんとするが、彼はそれを嫌がるように首を傾けて回避。
矛先をずらされた風纏う一撃は巨人の頬の肉を抉り取り、頬の骨を剥き出しにした。
駆け上がった勢いのままに、嘆きの大壁の穴の縁に着地したアイズは、眼を取れなかったと苦虫を噛み潰す。
「惜しかったな」
「むぅ!」
下から聞こえるグレイの笑い声にアイズは頬を膨らませ、再度攻撃に移ろうと構えるが、
『ゴアアアアアアア!!」
そんな彼女に向けて、ゴライアスは拳を放った。
背を壁に預けたまま、腕を回す勢いだけの下手くそな打撃ではあるが、巨人の膂力と体格が産み出す威力は凄まじい。
アイズが素早くその場を飛び退けば、巨人の拳が壁へと突き刺さる。
そして、その凄まじいまでの威力に壁の端までヒビが入り、一部が倒壊しといく。
大量の瓦礫が雨のように降り注ぎ、グレイは慣れたと言わんばかりにのらりくらりとそれを避け、アイズは器用に降り注ぐ瓦礫の中を跳び回って退避。
「貴方といると、本当に退屈しませんね」
そしてアイズとすれ違いにゴライアスへと向かうのはリューだ。
神々から与えられた渾名──【疾風】が示す通り、風の如き速さをもって降り注ぐ瓦礫の雨を全てを避け、巨人へと接近。
目敏くそれに気づいたゴライアスは壁の一部を力任せに剥がし、彼女に向けて投擲。
すっと眼を細めた彼女は一切の減速なく地面スレスレまで体を倒し、飛んできた大岩の下を潜り抜ける。
そのまま通過していった大岩はグレイが蹴りの一撃で粉砕し、後衛への被害など出させない。
そして彼ならそうするだろうと信じていたリューは、振り返ることもせずさらに加速。
今度はゴライアスは再び岩を投げようとするが、それよりも速くリューが懐に飛び込んだ。
魔石を露出させんと木刀の一撃を胸に叩き込み、胸筋を袈裟懸けに切り裂くが、噴き出すのは鮮血ばかりでその奥に魔石の煌めきは認められない。
リューは返り血から逃れるようにその身を翻した。
「階層主との戦いがここまで楽なものだとはな!」
入れ違いで飛び出した椿が吼え、掲げた戦斧を振り抜いた。
肉を断つ確かな手応えと共に、胸に縦一文字の傷を刻みこむ。
「ほれほれ!どうしたぁ!!」
そのまま剣、槍、大剣、そして再び斧と、背負っていた武器で次々と攻撃を放ち、魔石まで攻撃を届かせようとするが、
「かぁ〜!流石に手間だな!」
胸の奥深くにあるだろう魔石を砕くにはあまりにも遠い。
切れ味は抜群。血脂を浴びてもまだまだ斬れる。だが、あまりにも強靭な胸筋を掘削するが如く切り進めるには椿自身の技量が足りない。
「これでもLv.5になったのだがな!」
椿が嘆くように言うと、アイズが「え!?」と驚愕を露わにした。
彼女の本職は鍛治師であって、冒険者ではない。潜る修羅場の数は必然と減り、何なら腕のいい鍛治師なら工房にこもっていても不思議はないのだが。
そんな彼女が先月までのフィンと同格と、目を丸々に見開いていた。
「試し斬りしまくったせいだな。ははは!」
アイズの視線に気づいてか、彼女は豪快に笑いながらそんなことを告げた。
確かに試し斬りは大事だが、それで
「まあ、事情は人それぞれだよ」
フィンはそんな少女の頭に手を置き、ポンポンと軽く叩いた。
そうかな。そうかもととりあえず納得するアイズを他所に、フィンはゴライアスへと目を向けた。
両脚を破壊し、片眼を潰してなおこちらに攻撃する胆力と、壁を砕いての投石してくるそれなりの知能。
彼の知るゴライアスの中でも比較的強い部類に入る。入るはず、なのだが。
「彼がいると楽だね」
フィンは半目になりながらグレイへと目を向けた。
「【ドライブ】!」と技名を叫びながら斬撃を放ち、胸部の傷をさらに拡大させていた。
魔石を露出させようとしているのだろう。ゴライアスは悲鳴をあげ、それを止めようと再び岩を掴むが、それすらもグレイが放った斬撃が迎撃。
「ああもポンポンと斬撃を飛ばされると、魔剣が馬鹿らしく思えてくるな」
ゴライアスの胸筋を破壊していく斬撃に、椿が嘆くように息を吐いた。
使い捨て前提の魔剣と似たようなことを本人の技量だけで再現されると商売上がったりなのだが。
「毒もねえ。自己修復能力もねえ。目からビームとか、口から火を吐いたりとかもしねえ。ただの木偶の坊じゃねえかよ」
その彼はため息を吐き、大剣を肩に担ぎながら小さく唸った。
ただデカく、ただ力が強い。それだけでは、魔界では生きていけない。
初めての階層主だからとやる気になっていたが、これではただの弱い者いじめではなかろうか。
「さっさと仕留めるか」
「はい」
グレイがぼんやりと呟いた言葉にリューが応じたその瞬間、ゴライアスが血飛沫をあげながら抉れた胸筋を膨らませた。
『オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
ゴライアスが咆哮をあげた。
迷宮の隅から隅まで届くだろう大音声に、グレイと冒険者達が耳を塞いだ。
そして声が止み、聴覚が回復した彼らの耳に届くのは、何かの移動音。
巨大な群れが動くような、ひしめきあう足音達。
グレイが視線を17階層の迷宮区画へと続く出入り口へと向ければ、モンスターが三々五々と集まっていた。
負傷し、死に体の王の召集に、律儀に応じるのは曲がりなりにも家臣ゆえなのか。
「リュー!」
「はい!【
そんなことはどうでもいいとグレイが走り出し、リューは彼に追従していく。
「任された」
二人の背中を見送ったフィンはリヴェリアに目を向ける。
「【──至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】」
詠唱は途中。だが完成間近。
相手も既に死に体。問題なく守り切れる。
「アイズと僕で攻める。椿は二人を頼む」
「わかった!」
「任された。よっこいせ」
アイズが再び風を纏って我先にと突撃し、椿が大盾を取り出してリヴェリアとマリューの元を目指す。
「さて。あと二分かな」
それも最長で。
フィンは魔槍を右手に、左手に愛用の長槍を取り出してニ槍流の構えを取り、ゴライアスへと突撃していった。
「おらよっと!」
「はぁ!」
そんな彼らにゴライアスを任せ、グレイとリューはモンスターの大群へと切り込んだ。
グレイの剛撃がミノタウロスとライガーファングを纏めて切り裂き、リューの速撃が炎を吐こうとしたヘルハウンドを切り刻む。
「背中任せたぞ」
「ええ!」
モンスターの群れの只中で背中を合わせ、いつかの月夜と同じように悪魔と妖精の
二人が同時に動き出し、豪快に、そして繊細に得物を振り鳴らす。
それはまさに『死の舞踏』だった。
目配せ一つなく二人は動き、モンスターの血肉の花を咲かせ、灰の飛沫をあげる。
抵抗など無意味だと嘲笑い、反撃の隙すら与えない連携が彼らに等しく死を与える。
「おらおら!そんなもんかよ、モンスターども!」
「あまりはしゃがないでください!」
グレイは好戦的な笑みを浮かべながらモンスターを蹂躙し、彼が取りこぼしたモンスターはリューが刈り取る。
「そうは言ってもな。あの木偶の坊よりもこっちの方がやりがいがある!」
「まったく、貴方は……」
グレイがミノタウロスを斬殺しながら告げた言葉にリューは嘆息し、けれど彼らしいかと肩を竦める。
グレイの大剣が振り鳴らされ、モンスター達は断末魔もなく斬断される。
彼らを飛び越えようとしたバッドバットは片手で構えられた
それを全身に浴びながら、グレイのリューの舞踏は終わらない。
リューの木刀が
それに合わせてグレイの動きも更に鋭さを増していき、モンスターを空間ごと断ち切る轟音が戦場に木霊する。
足取りも軽やかに、流れるように位置を入れ替え、決して相手の邪魔はせず、むしろ効率を最大化するように合図もなく同時に武器を振り鳴らし、前後のモンスターを同時に両断。
片手で振るう大剣でモンスターを切り刻み、片手に構えた拳銃でモンスターを蜂の巣に。
碧く輝く木刀がモンスター達を断ち切り、灰の山へと変えていく。
グレイとリューの視線が一瞬絡み合う。グレイが笑い、リューが微笑む。
リューの背後のモンスターを拳銃から放たれた魔弾が撃ち抜き、グレイがその場にしゃがめば彼の頭上をリューの木刀が通過し、彼の背後に迫っていたミノタウロスの腰から上下を泣き別れに。
そのまま二人は互いの死角を庇い合いながらモンスターの群れを蹴散らし、嘆きの大壁の出入り口に灰の山が出来あがる。
悪魔が死を与え、妖精が慈悲を与え、モンスター達はひたすらに蹂躙される。
二人を無視して奥へ行こうとすれば、あるいは逃げようとすればその背中に魔弾が撃ち込まれ、二人に攻め込めば悪魔と妖精の舞踏によって蹴散らされる。
まさに絶死。ゴライアスを助けようと馳せ参じた彼らに、慈悲深き死が与えられる。
そんな中、リューは不思議な感覚を覚えていた。
彼に背中を預け、彼の背中を預かり、こうして共に戦う中で、背中が異様に熱いのだ。
アストレアに与えられた『恩恵』が、背に刻まれた
それに任せて体を前に進めた瞬間、木刀だけでなく彼女の輪郭と瞳に蒼い燐光が宿った。
「リュー?」
背後から感じる魔力の高まりにグレイが少し怪訝な顔になる中、リューはその動きを加速させた。
流星の如く蒼光の尾を引きながら、彼女はモンスターを斬殺。
加速する彼女の動きに、グレイは驚きつつもすぐさま追従。
殺戮は加速し、モンスター達の断末魔は途切れない。
リューの一撃が防御の上からミノタウロスを切り裂き、勢いのままに炎を吐こうとしていたヘルハウンドに肉薄。顎を蹴り上げ、無理やり口を閉じさせて爆発させた。
「不思議だ。体が軽い」
「それはいいが。あんまり無理すんなよ」
拳を開閉させて具合を確かめる彼女に、グレイは背中を合わせながら声をかけた。
急な好調を心配するように、やり過ぎるなと釘を刺すように。そこにあるのは忠言というよりは彼女への気遣いだった。
そんな彼の優しさに嬉しそうに微笑みながら、彼女は告げた。
「ええ。この程度なら問題ありません」
そして、纏う燐光が更に力強くなると共に再び加速。
グレイはそれにすらあっさりと喰らいつき、連携を噛み合わせていく。
流星の如き連撃が、それに着き従う悪魔の剛撃が、モンスターを魔石ごと斬殺し、粉砕し、爆砕していく。
舞い散る鮮血は灰となり、グレイやリューの体に貼り付いて汚していく。
「これで──」
「最後です!」
そして最後尾にいたが故に逃げる
二人は息を吐き、そのままゴライアスの方へと振り向けば、
「──【レア・ラーヴァテイン】!!」
リヴェリアが第二階位魔法を発動し、ゴライアスに向けて複数の
直後放たれた巨大な炎の柱が水平に走り、巨大な魔砲となってゴライアスへと放たれた。
フィンとアイズによって両腕をボロボロにされていたゴライアスに防ぐ術はなく、炎柱に呑み込まれていった。
全身を焼かれながら呻吟の声を漏らし、ズタズタにされた胸筋が蒸発。剥き出しとなった魔石にヒビが入り、ゴライアスの体の末端が灰になり始める。
「ちょっと残業するか」
「付き合いますよ」
グレイはその様を見ながら悪戯っぽく笑い、走り出す。
リューはそんな彼の笑顔に苦笑混じりに応じて走り出す。
二人の接近に気づいたリヴェリアが、仕方ないと言わんばかりに息を吐いて魔法を終了。
砲火が消え、その中から満身創痍のゴライアスが姿を見せた瞬間、
「「はぁ!!」」
グレイとリューの一閃が魔石を砕き、トドメを刺した。
破壊され尽くした肉体が一気に灰へと変わり、大広間へと降り注ぐ。
着地を決めたグレイは大剣を背中に、拳銃を
そしてグレイが彼女に拳を突き出すと、リューはそこに拳をぶつけて笑みを向け合った。
同時にリューが纏う燐光が消え、瞳に宿る蒼光も消えた。
残るのは灰の山と大量のドロップアイテムだ。
ゴライアスは不運にも何も残さなかった──正確にはそんな余裕がない程に破壊され尽くしたのだが。
「宝の山じゃ〜!!」
椿がそれらの回収に向かい、アイズがホッと息を吐いてリヴェリアの元へ。
彼女から怪我がないかを入念に確かめられ、無傷だとわかれば頭を撫でられていた。
「お疲れ様」
「階層主ってやつは、こんなのばっかなのか?」
そして長槍を背に、魔槍を腕輪に戻しながら声をかけてきたフィンに、グレイは暴れ足りないと言わんばかりに唇を尖らせていた。
もっと、こう『
「まさか」とグレイの問いにフィンは苦笑し、足元を──その下に広がる迷宮を見下ろした。
「今のは最弱の階層主だよ。下にはもっと強くして、厄介な奴らがいる」
「ならいい。そいつはそのうち、だな」
下を目指す理由が増えたと笑うグレイに、リューは「あまり無理はしないでください」と釘を刺す。
この男、割と
「無理はしねえよ。便利屋するならそんな深くまで潜る必要もねえしな」
そんな彼女の心配を受け入れつつ、あくまで自分は冒険者ではなく便利屋であるという立場を示す。
冒険者のようにダンジョンには行かないだろうが、依頼さえあれば誰よりも深く潜るという意味でもあるが。
心配ですと見つめてくるリューに「心配すんな」と笑いかけ、頬を汚す灰を拭ってやる。
「俺もお前も灰まみれだな」
「やり過ぎましたかね」
グレイが苦笑し、リューが暴れ過ぎたかもと自省しながらも彼と一緒に苦笑した。
二人揃って灰まみれ。グレイの銀髪も灰に汚れて昔のように色褪せ、リューの覆面や
グレイが自分の髪を掻きむしって灰を落とす横で、リューは自分の手を見つめた。
グレイとの共闘中に突然体が軽くなり、五感が研ぎ澄まされた感覚があった。
そうして思考を巡らせるリューの横で、グレイはマリューから渡された水筒に口をつける。
「飲むか?」
「……え?ああ、はい」
グレイが水筒を差し出すと、リューはハッとして意識を戻してそれを受け取り、一口呷る。
火照った体に冷水が染み渡り、水筒から口を離すと共に息を吐く。
先程のあれは何かしらのスキルが発動したのだろうか。アストレアからは特に何も言われていないのだが。
思考を止めないリューだったが、水筒の飲み口に目を向ける。
今しがた自分が口をつけて飲んだものは彼から渡されたもので、彼の口元は今しがた飲みましたと言わんばかりに濡れている。
──これは、間接キスでは……?
そう思ってしまった瞬間、ボン!と頭を爆発させた。
「リュー!?」
「リューちゃん!?」
驚く二人を横目に、ドロップアイテムを回収し終えた椿がパンパンに膨らんだバックパックを背負いながら戻ってくる。
「これだけあれば色々できるぞ。腕がなるわ」
何を考えているのか不気味に笑う彼女を他所に、リヴェリアが「そろそろ行くぞ」と彼らを急かす。
そして皆の足が18階層への出入り口に向いた瞬間、今度はそちらから複数の足音が近づいてきた。
喧喧囂囂。何かを言い合う声と、武具が揺れる金属音。
グレイがモンスターではなさそうだと警戒を緩めると、彼らは姿を現した。
「おうおう!どこの馬鹿か知らねぇが、助太刀に来てやったぞ!」
装備も種族もバラバラ。我ら寄せ集め集団だと言って憚らない、オラリオでは極々一般的な冒険者の一団が、嘆きの大壁へと侵入を果たす。
「やあ、ボールス。遅かったね」
一団を率いていた男に、フィンが勝手知ったる様子で声をかけた。
筋骨隆々の巨漢だ。凶悪な人相にそれを強調するような黒い眼帯は、見る者を萎縮させる迫力を備えていた。
「誰だ?」
グレイは頭から煙を噴いているリューを無視し、マリューに耳打ちで問いかける。
マリューはそっか、知らないよねと今更なことに気づき、件の男を手で示しながら言う。
「エルダー・ボールスさん。リヴィラの街の顔役なの」
「……あんなのが?」
「いきなり失礼な奴だな、テメェ!?」
マリューの紹介に怪訝な顔を浮かべるグレイ。
彼からの無遠慮な視線に怒号を放つボールスだが、グレイと目があった瞬間にその動きを止めた。
ギルドの管轄外たるリヴィラの街は『世界で一番美しい
そこで顔役をやっているボールスもLv.3。世間的に言えば十分な強者側なのだが。
「…………?」
彼の視線の先で首を傾げる青年こそ、現状において
ボールスは小さく息を吐き、見なかった、何も言わなかったと言わんばかりにフィンへと視線を戻した。
「で、ゴライアスは?もう倒しちまったのか?」
「ああ。残念なことにね」
グレイと面倒を起こしたくないのだろうボールスに気を遣ってか、彼に話を合わせるフィン。
灰の山に一瞥し、次いでボールスが率いていた冒険者達の一団に目を向けた。
そろそろゴライアスが産まれるからと、リヴィラの街の冒険者をかき集めたのだろう。地上と18階層を繋ぐ唯一の通路に、あんな巨人がいれば通行どころではない。
リヴィラを目指す冒険者のための有志連合──と言えば聞こえはいいが、実際はリヴィラの街で冒険者相手に商売したい強欲者達だ。商売の邪魔であるゴライアスの討伐は、ある意味でリヴィラに生きる者達の義務でもある。
もっともそんな彼らはゴライアスと一戦交えずに済んだからか、ホッと安堵の息を吐いているが。
グレイは顎に手をやりながら彼らの力量に『どんなに高く見積もっても頼りない』という割と辛辣な評価を下した。
出会ったばかりのアリーゼ達以下。戦力としての勘定に入れてもいいのかも迷う。
「冒険者もピンキリだな」
ぼそりと呟いた言葉にマリューが困り顔を浮かべ、耳聡く聞いていたアイズは「私は強い!」と薄い胸を張る。
「はいはい、そうだな。強い強い」
そんな彼女の頭を乱暴に撫でながら適当な相槌を入れるグレイに、アイズは不満そうに頬を膨らませた。
実際アイズ自身もLv.3。数字上ならボールスと互角であるし、魔法やスキルを合わせればLv.4相手でも食らいつけるだろう。
一度手合わせした都合、その蛮勇を含めてアイズの強さを認めているが、露骨なまでに下に見られているリヴィラの冒険者達もグレイに敵意を向けるが、挑みかかる者はいない。せっかく無傷で帰れそうなのに、無駄な喧嘩で怪我をしたくない。
「そろそろ行こうか」
無言の団結による静寂を終わらせたのはフィンだった。
いつまでもいるわけにはいかないと18階層への出入り口を示し、冒険者達は動き出す。
「ほら、行くぞ」
グレイは頭から湯気を立ち昇らせるリューの手を引き、歩き出す。
マリューが彼女の背中を押して手助けする中、一行は18階層への連絡路へと入る。
緩やかな下り坂を談笑混じりに進むリヴィラの街の冒険者達と、ボールスと何やら話しているフィン。
ボールスが「他所でやれ、他所で!」と悲鳴をあげながらチラチラとグレイに目を向けるのは、何かしらの交渉があったからか。
グレイは疑問符を浮かべるが、大事な話なら共有されるだろうと一旦二人を無視。
感慨深そうに通路を見渡し、苦笑する。
「何を笑っているのですか?」
声をかけられたのは背後から。
「そりゃ笑うだろ」と振り向けば、ようやく復活を果たしたリューと目が合う。
彼女はすぐに赤面して目を逸らしてしまうが、手を離さないのならそこまで不機嫌ではないのだろう。
「なんか、ここをゆっくり通るのが新鮮なんだよ」
一度目は
別に珍しいものがあるわけでもないが、こうしてのんびり出来るのは平和になった証拠か。
「……前に通った時はお前を担いで突っ切ったな」
「いちいち思い出さないでください!」
ふと思い出したように呟いた言葉に、リューは再び顔を真っ赤にしながら声をあげた。
まだ自身の名を告げず、けれど想いは少しだけ自覚し始めていた頃。
彼に担がれ、崩落から逃げたほんの一分足らず。今でもあの時の光景は思い出すし、自分を支える彼の力強さも思い出せる。
ぶんぶんと頭を振って邪念を振り払うと、グレイは笑いながら告げた。
「俺は嬉しかったぞ。待っていてくれて」
「……っ。あの時の貴方を、放っておけなかっただけです」
最後の戦いの中で妹の覚悟を知り、その最期を見届けた彼をあのまま置いていけるほどリューは冷静ではいられなかった。
アストレアやヘルメスの安全の確保は最優先。そして彼を信じて先に逃げることもできた。むしろそれが最適解ですらあっただろう。だが、それでもアリーゼ達の反対を押し切ってあの場で彼を待つことを選んだのだ。
彼を置いて先に17階層に逃れ、万が一彼が来るよりも早く倒壊してしまったら、きっと後悔しただろうから。
ぎゅっと彼の手を握り返し、グレイは何も言わずにただ微笑んだ。
隊列の後方で行われるやり取りに冒険者達が謎の敗北感を叩きつけられる中、彼らはついにたどり着いた。
天上で輝く水晶に照らされた、世界一危険で美しい場所──『
グレイは太陽と見紛う天上からの明かりに目を細め、フィン達もとりあえず一息付いた。
モンスターが産まれない
「このままリヴィラの街に行きてえところだが」
視線を天井から戻したグレイは、灰にまみれた自分とリューの姿を交互に見て苦笑した。
「どっかでシャワーでも浴びてえんだが、借りれねえか?」
胸を叩けば服や肌に貼りついた灰が舞い上がり、足元へと落ちていく。
フィンも「確かに一度さっぱりしようか」と僅かに汗ばんだ肌を拭い、女性陣に確認するように視線を投げた。
各々が場の空気を読んでくれたのか頷くと、ボールス達はそのまま街へと向かい、フィン達は近くの森へと足を進めた。
なんで森と首を傾げるグレイに、フィンが答える。
「リヴィラの街は場所が場所だから物価が高くてね。地上とは文字通りに桁が違うのさ」
彼の言葉にさっきの自分の発言は自分から無知を晒した失言ではと眉間に皺を寄せるグレイ。
フィンの言葉が真実なら、飲み水なんかも高いことだろう。それをシャワーで使うなど、どこの富豪だと笑ってしまう。
「だったらその辺の川でも見つけた方が安上がりか。一応ダンジョンだが、何か危険は?」
「他の階層から迷い込んだモンスターや、そういった油断した冒険者を狙う追い剝ぎなんかもいるけど、僕達なら大丈夫さ」
君もいるしねとグレイの背中を叩くフィン。
「ま。男同士裸の付き合いってのもいいか」
それはそれとして、あまり馴染みのないフィンとの交流にも期待を寄せる。
深い関わりがあるのは【アストレア・ファミリア】ばかりで、他派閥とは二、三度顔を合わせたり、共闘したり、戦闘したりした程度。便利屋開業に向けて
【フレイヤ・ファミリア】とは良くも悪くも
彼の思惑を見透かしているのだろう。碧眼を細めたフィンはそれに同調するように笑って見せた。
「そうだね。ここは一つ、産まれたままの姿で語らおうじゃないか」
感想等ありましたら、よろしくお願いします。