ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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もはやこれは校閲なのでは、と思えるほどにがっつり直してくださる方もいて、本当に申し訳ないです。

書いている途中でお気に入り1000件突破しました。ありがとうございます。




Intermission01 神々の反応

 グレイたちがダンジョンで悪魔と闇派閥(イヴィルス)の混成軍を撃退した翌日。

 アストレアはとある小洒落た喫茶店を訪れていた。

 

「ごめんなさい、遅れてしまって」

 

「ホンマ、遅刻やで!うちらを待たせるなんて、随分偉くなったなぁ!」

 

「率先して三下に成り下がろうとするの、流行りなの?」

 

 喫茶店のオープンテラスで、彼女を待っていたのはこれまた二柱の女神。

 朱色の髪の中性的な女神がチンピラのようにふんぞり返り、銀髪の『美』を司る女神は半ばどうでも良さそうに紅茶に口をつける。

 朱色の髪の女神はロキ。銀髪の女神はフレイヤ。

 このオラリオにおいての当代最強。オラリオの二大派閥と謳われるようになった【ファミリア】を束ねる主神たちだ。

 

「アストレアは、また子供の面倒?」

 

「ええ。孤児院に少し。それと子供たちと一緒に商店街の手伝いを、少しね」

 

「か〜、出たわ!『正義』とかいう偽善!うちらも大概やけど、もっと神としての自覚持てや」

 

『美』を司る女神として周囲を『魅了』状態──簡単に言えばフレイヤに見惚れ、骨抜きになる──にしないように配慮してか、全身を紺色のローブで隠すフレイヤの問いに、アストレアが返事をしながら席に着くと、ロキが真っ平らな胸を張りながらいちゃもんをつけた。

 ロキは神々が住まう天界において、退屈だから、面白そうだからという理由で戦争を始めようとする程度には、その本質は人間の尺度で言えば限りなく邪悪なものだった。

 こうして毎日が新鮮な刺激に満ちている下界に降り、個性豊かな眷属(こども)たちと触れ合うことで、それなりにその邪悪さは身を潜め、こうしてオラリオの最大派閥の片翼として君臨している。

 同時に下界における神のあり方というのも、アストレア以上に理解していた。

 

神の力(アルカナム)が使えるならまだしも、今のうちらは全知零能。下界全部に公平に接するなんてできん」

 

 天界にいた時ではあり得ない、手を伸ばしても届かない感覚。

 本来の力の一片すら発揮できない下界において、神は相当に無力な存在なのだ。

 ロキは顰めっ面になりながら、アストレアの行いを批判するように言うが、彼女は僅かに眉を下げて笑みを零した。

 それは誹謗に慣れている者の、同時に『正義』の過程と本質を知る者の眼差しだ。

 どんなに正論で武装しようが、どんなに万人が望む事を行おうが、批判の言葉はどこからともなく放たれる。

 そしてそれを甘んじて受けるのもまた、彼女が知る『正義』の一つなのだろう。

 

「別にいいじゃない。私は好きよ、下界でしかできない無駄なこと。今度私も真似してみようかしら」

 

「ったく、どいつもこいつも。こんなんが子供達に人気なんやから、世も末やわ」

 

 フレイヤの擁護にもなっていない擁護に、ロキはうんざりした様子で天を仰ぎ、アストレアは「貴方の言う通りね」と微笑んだ。

 

「……でも、私がここに来てよかったの?私の【ファミリア】は、貴方たちよりずっと勢力が下だけれど」

 

「ただの情報共有や。糞真面目に警邏してる【ファミリア】なんて、自分のとこかガネーシャのとこくらいやろ。集まる情報の多さも見解も、豊富やろうし」

 

「それに、私は貴方の事を個人的に気に入っているわ。眷属も粒揃いだし、貴方の眷属(こども)じゃなかったら、奪っていたもの」

 

「うわ、出た。収集家(コレクター)気取りでいると敵増やすで〜」

 

 ロキはここでの話はある種の『世間話』だということを強調した。

 ギルドが主導して執り行う集会でも、派閥の勢力差にものを言わせた優位合戦(マウント・ゲーム)でもないと。

 だが、それはそれとして情報を寄越せと強請ってくるのは、苦手な相手を前にしているからか。

 フレイヤもフレイヤで不穏な発言をしていたが、アストレアには好印象を抱いている様子。

 けれど不意に浮かべていた微笑みを消すと、アストレアに問うた。

 

「ねえ、アストレア。貴方の【ファミリア】が囲んでいるあれ(・・)は、なに?」

 

 彼女の問いにロキは怪訝な表情を浮かべ、「なんや、あれって?」とアストレアに返答を急かすように、糸目を僅かに開いて鋭い視線を向けた。

 何のことだと誤魔化すことはできそうにない。ロキはともかく、フレイヤは彼について、もう知ってしまっている。

 そしてフレイヤはなにも言わないが、彼の存在に違和感を抱いている様子だ。それこそ、人として認識しない程度には。

 神々の中でも特殊な、魂を見るとまで言われているフレイヤの瞳には、彼がどんな姿に映るのか。

 アストレアはそんな疑問を心中にしまい込み、「わからないわ」と首を横に振った。

 

あれ(・・)と面と向かい合って言葉を交わしたのでしょう?それでもわからないと言うの?」

 

 その声は僅かに非難の色を帯びていた。

 フレイヤからすれば異常なもの。それこそあってはならない異物として最大の警戒を向けている相手を目の前にしておきながら、手を出すこともなく静観しておいて、相手が何かはわかっていないなどと言われれば、今まで何をしていたと言いたくなる気持ちもわかるだろう。

 

「なあなあ、何の話や〜?うちにもわかるように説明してや〜」

 

 ロキが行儀悪くガッタンガッタンと椅子を揺らしながら問うと、フレイヤは嘆息混じりに額に手をやった。

 

「空から降ってきた少年の話は聞いているでしょう?その話よ」

 

「ああ、それか。団長(フィン)も話聞きたい言うとったわ」

 

 そこまで説明されてようやく合点がいったのか、つい先日空から降ってきたという謎の少年に関しての報告と、それに興味を示した【ロキ・ファミリア】首脳陣の姿を思い出す。

 

「──って、あれ(・・)扱いは流石に酷いやろ!?空から降ってくるなんて、それこそ神々(うちら)くらいやけど……。え?なに?そんなヤバい奴なんか?」

 

 同時にフレイヤの危惧は行き過ぎではないかと問いかけるが、かの美神は表情に憂いと、それ以上の苛立ちを帯びさせた。

 滅多に見れないだろう表情にアストレアとロキが驚きを露わにする中、フレイヤは口を開く。

 

「あんなに澱んだ魂、初めて見たわ。何者にもなれず、そして何者にもなろうともしていない。いいえ、自分が何者なのか、気付いている筈なのに目を背けている」

 

「悩みに悩んでいる人間(こども)の魂なら、まだいいわ。澱んだ魂の奥底に、本人が気づいていないだけで無二の輝きがある。けれど彼にはそれもない」

 

「魂の奥底まで穢れきった、不浄の魂。あんなものを持っているなんて、本当に人間なのかも怪しいところ」

 

 彼の魂を初めて見た時、フレイヤが抱いたのは明確な侮蔑の感情だった。

 己の存在に悩み、道を迷っているのならともかく、彼は答えを知りながら目を背け、逃げ続けている。そして、それを善しとしている。

 前にも後ろにも進もうともせず、ただ自分を誤魔化して停滞しているだけ。見ていても退屈で、直視に耐えない色褪せた魂を持つ、形だけ人間に似ている何か。

 フレイヤはグレイの事を、そう評していた。だが、同時に──、

 

「何よりも腹立たしいのは、彼がこの街にいる誰よりも強いということ。あんな汚らしい魂を持ちながら、その強さは私の眷属(オッタル)たちよりも上。本当に、腹立たしい」

 

 彼の強さに関しては認めていた。

 オラリオの中央に座する白亜の巨塔──バベルの最上階から、彼と黒い鎧(アンジェロ)との空中での一騎打ちを見せられ、その決着を見届け、その強さを見せつけられたからだ。

 

「いや、流石にそれはありえへんやろ。ぽっと出のガキンチョが都市最強(オッタル)よりも上なわけあるかいな」

 

 ロキは半信半疑といった様子で背もたれに寄りかかり、アストレアに「なぁ?」と同意を求めるが、彼女は目を伏せるばかりで何も言わない。

 

「アストレア?」

 

 ロキがひょいと身体を傾けて彼女を表情を覗き込むと、アストレアは神妙な面持ちのまま口を開いた。

 

「あの子に関しては、私に任せてもらえないかしら」

 

 そうして告げられたのは、一つの提案。フレイヤは眉を寄せ、ロキはどっちでもいいと言わんばかりに頬杖をつきながら鼻を鳴らす。

 

「貴方に手綱を握れるとは思わないけれど、まあ、任せるわ。あれ(・・)のせいで何かオラリオに不利益があれば、貴方の【ファミリア】ごと潰すことになるけれど、それでいい?」

 

「ええ。あの子にそんなことはさせないわ、私の真名()にかけて」

 

「なら、うちはアストレアに任せるわ。今度会わせて欲しいけどな」

 

 フレイヤの脅しを含んだ言葉を軽く受け流し、ロキの言葉に「また今度ね」と微笑み混じりに返す。

 何の相談もなく都市最強派閥(フレイヤ・ファミリア)に目をつけられる事態に心中でアリーゼたちに謝り倒す中、フレイヤは「なら、この話はここまでね」と彼に関する話題を終わらせた。

 纏っていた剣呑な雰囲気を霧散させ、やっと本題に入れるとどこか喜んでいるようにさえ見える。

 

(本当に、彼の事を話したくないのね)

 

 アストレアはそんな露骨なまでの美神に苦笑しつつ、ふとした疑問を口にした。

 

「そういえば、ガネーシャは?話を聞くなら、彼もいた方がいいんじゃないかしら?」

 

「「うるさいから呼ばなかった」」

 

 そんな彼女の素朴な疑問に対する返答は、そんな端的なものだった。

 その一言に全てを察したアストレアは反論することもできず、小さく息を吐くのであった。

 街の遠くから『俺が、ガネーシャだぁぁぁぁぁ!!』という叫びが、聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 そうして始まった女神たちのお茶会は、ロキの宣言通りの『情報交換』の場として有意義なものであった。

【ヘルメス・ファミリア】という、オラリオの内外で活動しているファミリアがもたらした情報を共有し、闇派閥(イヴィルス)たちの意図を探ろうとするが、

 

「デダインで見せるきな臭い動き。『大聖樹の枝』の密輸。そして、魔石製品の工場襲撃、ついでに『撃鉄装置』を火事場泥棒。ホンマ、何がしたいねんあいつら」

 

 デダインと呼ばれる地域で見せる、特に暴れたり、工作したりするわけでもなく、何かを探すように動き回る不審な集団。

 エルフたちの故郷の森の大聖樹。その枝を強奪しての密輸。

 そして、件の少年も巻き込まれた──正確には、落ちた場所が襲撃されていた──連続工場襲撃事件と、それに乗じた『撃鉄装置』と呼ばれる、ようは電源を入れるスイッチ部品の強奪。

 ロキはとりあえずわかっている中で、特に不穏な動きを見せている三つを口に出すが、同時に匙を投げるように背もたれに身を預けた。

 

「わからん。なんでその三つやねん」

 

 闇派閥(イヴィルス)の目的がわからない。

 デダインで何を探している。

 なぜ『大聖樹の枝』を求める。

 なぜ『撃鉄装置』を奪っていく。

 三つの点が繋げられず、ロキは苛立ちを隠すつもりもなく乱暴にグラスに注がれた酒を呷った。安酒なのか、独特の苦味があるが、かえってそれが思考を研ぎ澄ませてくれる。

 何か見落としがあるのか、あるいはまだ判明していないだけで他にも何かをしていて、それがわかれば三つを繋げられるのか、そんな考えが頭をよぎる。

 つまりは情報が足りないと、天界のトリックスターとしての直感が囁いているのだ。

 

「せやけど、オラリオを『無法都市』にしたい連中が、闇派閥(イヴィルス)に手を貸しとるのは確かや。そうでもなきゃ、金も人員も足りへん」

 

 だが、これだけは確実に言えると断言できることを口にすると、アストレアとフレイヤは頷いた。

 

「オラリオでは怪物の宝(ドロップ・アイテム)の商談は認められていても、『魔石』に関わる商いは許されていない」

 

「せや。ダンジョンのモンスターぶっ殺して、ほぼ無限に手に入る資源やけど、それに関する商売は制限されとる。商会の奴らにとっちゃ、そんなことをするギルドは目の上のたんこぶやろな」

 

「莫大な魔石製品産業。それを牛耳るギルドが倒れれば、甘い蜜を自分達で独占できる。そんな腹でしょうね」

 

 アストレアが指摘し、ロキが続き、フレイヤが締める。

 オラリオが『世界の中心』と呼ばれる由縁の一つ。それが『魔石製品産業』だ。

 モンスターを撃破することで得られる魔石。それを独自の技術で加工し、様々な機材に埋め込むことで、人々の生活を支える道具をつくる。

 それを売買することで生まれる利益は、まさに天文学的なまでの数値となるだろう。その商売の全てを、オラリオのギルドが牛耳っている。

 それに欠片も関われない商人たちが、ギルド憎しとして行動を起こすのもわかるというものだ。

 だが、ギルドが倒れれば世界が滅びるとわからないのかと、女神たちは嘆いた。

 

「オラリオの崩壊は下界の滅亡とほぼ同義(イコール)。考えれば幼子でもわかるのに、それに気づかないフリをして己の欲望を優先する。『人間らしい』といえば、『らしい』けれど」

 

 フレイヤはどこか愉快そうに、同時に皮肉げに笑みを浮かべた。

 己の欲望を優先するあまり、他者の不幸も、世界の命運も、見えていないのだ。

 だが、同時に疑問も生じる。なぜ商人たちが闇派閥(イヴィルス)に投資を始めたのか、だ。

 しかし、女神たちはその答えにたどり着いているようだった。

 

「ギルドを打倒し、代わりにオラリオを支配できる何者かが、闇派閥(イヴィルス)の後ろ盾になった」

 

 アストレアがぼそりと呟いた言葉に、ロキは「せやな」と頷いた。

 

「昨日、ダンジョンに出たっちゅう『悪魔』やったっけ?その魔石のない新種のモンスターとかも、そいつらの手駒かもしれへんな」

 

 昨日、ダンジョンで起きた騒動を引き合いに出し、闇派閥(イヴィルス)が連れ回しているという謎のモンスターたちについて言及した。

 あの騒動の後、ギルドに回収されたという死体の情報は、彼女らにも流れてきている。

 ダンジョン産のモンスターたちとは違い、心臓代わりの魔石はなく、人間と同じ本物の脈動する心臓を持つ、自分たちの常識が通じない何か。

 誰かが世界のどこかで品種改良でもしていたのか、あるいは突然変異を起こした動物を捕まえたのか、理由は定かではないが、モンスターに対抗し得る新種の怪物が、存在してしまっている。

 怯える人間(こども)たちとは対照的に、神々はその死体に流れる独特な気配──ドス黒いまでの魔力と、ある種の瘴気のようなものに目敏く気づいていた。

 文字通り、全知の自分たちでも知らない何か。それを前に一部の神々は大興奮していたが、ロキにあったのは多くの懸念と疑問。

 

「その悪魔どもを率いておるんは誰や。そいつと闇派閥(イヴィルス)を繋げたんは誰や。そんで、どうやってダンジョンに持ち込んだんや」

 

 街中だろうが、ダンジョンだろうが、神出鬼没の闇派閥(イヴィルス)だが、ロキたちはダンジョン内に拠点のようなものがあると踏んでいる。

 それはまだいい。ごく少数の闇派閥(イヴィルス)がダンジョンで待ち構えているのは、もう何も言うまい。

 だが、悪魔たちは?あの怪物たちを、どうやってダンジョンに持ち込んだ?

 むぅと唸りながら頬杖をつくロキを横目に、フレイヤは優雅に紅茶を飲みながら言う。

 

「──いるわね。間違いなく」

 

「ええ、いるわ。そうでもなければ、他に考えられない」

 

「おるやろなぁ。はあ、面倒やわぁ」

 

 ロキの疑問はもっともだし、考え、対策せねばならないものでもあるが、確実に言えることがあると女神たちは顔を見合わせた。

 

「「「──裏で全ての糸を引いている、厄介な神が」」」

 

 三柱の声が重なり、灰色の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 ──これは、なに?

 

 オラリオ随一の規模を誇る鍛治系ファミリア──【ヘファイストス・ファミリア】の主神の女神ヘファイストスは、目の前に置かれたものを見てそんな感想を抱いていた。

 鍛治場の炎を思わせる赤い髪をかきあげ、眼帯に隠されていない左目を細めながら、その場にしゃがみ込んでそれを手に取る。

 光を一切反射しない漆黒。悪寒を覚えるほどに妙な魔力を纏うそれは、グレイに切り刻まれ、ショットガンで頭を吹き飛ばされたアンジェロの残骸だ。

 ヘファイストスをして未知の素材(・・・・・)未知の技術(・・・・・)を使い、作られた鎧型の異物。

 辛うじて人型を保つ鎧の残骸を見下ろし、その中身を覗き込みながら、顔も、名前も知らないこれの製作者を睨みつける。

 話ではこれに中身はなく、一人でに動いていたそうだが。

 

(やっぱりゴーレム?でも、それにしたってこれは……)

 

 情報だけ聞いた限りでは天界にもよくあった自動人形(ゴーレム)が頭をよぎったが、それは違うとすぐに首を振った。

 あっちはあくまで面倒くさがりの神々が楽をするために作り出すものだ。

 だが、この鎧はそんなお気楽なものではない。

 戦うためだけに作られた、文字通りの兵器。それも防衛ではなく侵略用に作られた、使い捨ての鉄砲球だ。

 本来使い手の半身たる武具を、使い手なしで使い捨ての道具にしてしまうなど、鍛治を司る神の一柱として憤りを感じる。

 そして何よりヘファイストスの神経を逆撫でしたのは、この鎧から感じる生命への冒涜の気配だ。

 おそらくこれを纏えば最後、纏った者の自我は奪われ、死ぬまで戦う狂戦士(バーサーカー)へと転じさせるだろう。守るためではなく、刺し違えでも相手を殺すための鎧。

 いいや、こんなものは鎧ではない。命を弄ぶ、鎧の形をした|怪物『モンスター》だ。

 鍛治を司る女神は、その権能と卓越した鑑定眼をもって、材料や形状を見ただけでこの鎧の用途を見抜けてしまった。そして、これは下界(ここ)にあってはならないものだと理解した。

 同時に、誰がこんなものを作り出したのかと憤った。

 

「おお、主神様がお怒りだ。で、これが噂の鎧か?」

 

 そうして女神が鎧を睨んでいるという、側からみればシュール極まりない光景を前にしても、ずかずかと無遠慮な足取りで工房に歩み出たのは一人の女性だ。

 黒髪を一つに結えた褐色肌の長身の女性──【ヘファイストス・ファミリア】団長にして、オラリオにおける最上級鍛治師(マスター・スミス)、椿・コルブランド。

 彼女もまた左眼を覆うように眼帯をつけており、その姿は右眼を隠すヘファイストスと鏡合わせのようだ。

 彼女は「よっこいせ」とおっさん臭い声を漏らしながらその場にしゃがみ、ヘファイストスと同じように鎧と、その隣に置かれた漆黒の大剣を見下ろした。

 歪に歪みながらも万物を切り裂く漆黒の刃を撫でた椿は、そのあまりの出来の良さに感嘆にも似た声を漏らし、ちらりと主神の顔色を確認。

 目線で何かいいたければどうぞと返された椿は、頭を掻きながら言う。

 

「鎧の方はわからんが、この剣を鍛えた輩は相当なものだな。手前が業物と太鼓判を押す得物でも、これと打ち合えばすぐに叩き折られるわ」

 

 そして口から出たのは敗北宣言。

 材料が違う。腕前が上なのは何より、この剣一振りに込められた執念が違う。執念を超えてもはや怨念だ。

 自分とて神の領域に手を伸ばすため、己が持つ全てを利用して鍛治の腕を高めてきた。だが、それでもまだ足りないという現実を、この大剣が真正面から叩きつけてきた。

 これは参ったと乾いた笑みを零す椿に対し、ヘファイストスは「駄目よ」と鋭い声音で告げた。

 突然の言葉に間の抜けた顔になる椿に、ヘファイストスは言う。

 

「これを目指しては駄目。鍛治神(わたし)が断言するわ。この剣も鎧も、世界にあってはいけない物。作り出してはいけない物よ」

 

 いつになく熱のこもった声に、椿が「主神様?」と怪訝な表情を浮かべる中、ヘファイストスは持っていた鎧の破片を元の位置に戻しながら、言葉を続けた。

 

「これは鍛治の極致から斜めにずれた位置にあるもの。どちらかと言うと、鍛治師ではなく魔道具作製者(アイテムメーカー)の領分よ」

 

 これを見るべきは鍛治神の自分ではないと暗に示しつつ、ヘファイストスは眉間によった皺を解しながら溜め息を吐いた。

 

「こんなものどこから調達してきたのよ、闇派閥(イヴィルス)の連中は」

 

「これをこさえる事ができる鍛治師か、魔道具作製者(アイテムメーカー)を引き入れたか、そんな辺りだろう?」

 

 ヘファイストスの憤りを孕んだ声に、椿は変わらず大剣を撫で回しながら返す。

 これを目指すなとは言われたが、一鍛治師としては大いに興味がある。

 この大剣がどのように生まれ、そしてこれを振るう者を誰が打ち破ったのか。

 

「なんと言ったか、アレイ・グッシュフォルド?手前はそいつに会ってみたい。なぁ、主神様?」

 

「グレイ・アッシュフォルドよ。今はアストレアの所にいるみたいだし、時間があれば会いに行くといいわ」

 

「おお、そうだ!グレイだ、グレイ!かぁ〜!この大剣と真っ向から切り結んだ剣の持ち主!楽しみだ!!」

 

 ヘファイストスの言葉に椿は目を輝かせながら立ち上がる。その勢いで本人曰く邪魔な脂肪の塊だという豊満な胸が揺れた。

 ヘファイストスは「やっぱり剣の方が気になるのね」と嘆息し、額に手をやった。

 いや、鍛治師として優れた武具を見るのはいいことだ。この鎧を切り裂いた剣など、見ておいて損もあるまい。

 アストレアにも迷惑かけちゃうわねと再び溜め息を吐いたヘファイストスを他所に、椿は「今から行ってくる!」と告げて、女神が告げた制止の言葉を無視して工房から飛び出していってしまった。

 

「……アストレアの子たちと一緒なら、街を巡回しているんじゃないかしら」

 

 まさか、この広いオラリオを隅から隅まで探すつもりなのか。

 鍛治以外のこととなると途端にポンコツになる椿の背中を見送り、ヘファイストスは改めて漆黒の大剣を撫でた。

 彼女が放つ『神威』に当てられてか、無機物の筈の大剣がドクン!と脈動し、漆黒の刀身に血管を思わせる赤い模様が浮かび上がり、同時にドス黒い魔力が滲み始める。

 

「本当、何なのよこれっ……!」

 

 ヘファイストスは初めて武器に対して恐怖の感情を抱き、逃げ出すようにその場を後にした。

 武器と鎧をここまで運んできた【ガネーシャ・ファミリア】の団員に工房ごとあれを封じる旨を伝え、ヘファイストスの許可なしに神を含めて誰も入らせないように厳命しておく。

 

「あれを利用しようだなんて、どこの馬鹿よ!身を滅ぼすに決まってるわ!」

 

 カツカツと音を立てて長い廊下を進みながら、ヘファイストスはあの鎧を扱わんとする連中──ようは闇派閥(イヴィルス)を唾棄した。

 そしてアストレアたち同様、彼らを裏から操る神の存在を感じ、窓の外に目を向けた。

 どんよりと曇った空を見つめながら、溜め息を吐く。

 

「──本当、どこの馬鹿よ……っ!」

 

 どうなっても知らないわよ。姿もわからない神に向けて、ヘファイストスはどこか心配するような声音でそう告げて、鎧と大剣を安置する工房を封印する準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 そんなアストレアたちの『お茶会』と、ヘファイストスの工房封印が進んでいる頃、グレイは、

 

「ぶえッくしょん!!あ゛〜、誰か噂してんな、こりゃ」

 

「……くしゃみをするなら、もう少し静かにお願いします」

 

 ヘファイストスの懸念通り、リオンと共にオラリオの巡回を行なっていた。

 無論二人きりではなく、グレイの見張りをかねた輝夜とライラも同行しているのだが、二人も先程の豪快なくしゃみに若干引いている始末。

 鼻を擦りながら「仕方ねぇだろ」と笑う彼を他所に、そんなくしゃみの音につられるように人混みから男神が姿を現した。

 

「おや、リオンちゃんにグレイ君じゃないか。奇遇だね、こんなところで」

 

「おお、エレンじゃねぇか!いい加減400ヴァリスを寄越せ!!」

 

「あ、待って!?誰か、このたかりどうにかしてぇ〜!」

 

 ふらりと現れた男神エレンに、いまだに400ヴァリスを諦めていないグレイの毒牙が迫っていた。

 

 

 

 

 




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