ダンジョンに訳ありデビルハンターがいるのは間違っているだろうか   作:EGO

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Mission06 正義とは?

 グレイと男神エレンの鬼ごっこは、流石に見かねたリオンが割って入る事でようやく終了となった。

 

「はぁ……。はぁ……。君、俺に何か恨みでもある……?」

 

 息も絶え絶え、汗もだらだら。神としての威厳のかけらもなく、両膝に手をついて大きく肩を揺らすエレンは、息一つ切らしていないグレイに向けてそんな問いを投げた。

 

「別に何もないが?」

 

「余計にタチが悪いぞ、くそぉ……っ!」

 

 それに対してグレイはあっけらかんとした様子で返すと、エレンは嘆き、助けを求めるようにリオン、輝夜、ライラの三人に顔を向けた。

 

「君たちもそうは思わないかい!?正義の眷属たち!」

 

 その問いに対し、言葉に迷ったのはリオンだ。

 グレイが一風変わっているのは認めざるを得ない。その強さも、それに裏打ちされた大胆不敵な姿も、悪戯好きの子供のような鬱陶しさも、それが彼の人柄なのだと理解したからだ。

 同時にエレンも十分に不審神(ふしんしゃ)であることも間違いない。こちらを試すような口ぶりで物を尋ね、こちらを見定めるような視線を向けてくる。

 どっちもどっちという結論に至ったリオンが、何と答えるべきかと言葉に悩む中、輝夜とライラが口を開く。

 

「神なのにいまいちぱっとしないので、なめられているのではないでしょうか?」

 

「見るからに胡散臭ぇし、いじめられっ子の雰囲気が出てるぜ。神なのに」

 

 そして放たれたのは、言葉以上にエレンの事をなめ腐っている正義の眷属たちの口撃だった。

 輝夜は猫を被るふりをして、ライラはどストレートに、それぞれの言葉で毒を吐く。

「ぐはぁ!?」と胸を押さえながら蹲ったエレンは、むしろ開き直ったのか、あるいは逆にいい刺激になったのか、妙なテンションになりながら顔を上げた。

 

「グレイ君とリオンちゃんはともかく、そっちの二人は初対面なのに辛辣!!一応!こんなんだけど!神だから!!多少は敬意をもってくれると嬉しいなッ!」

 

 人間(こども)に泣かされる哀れな神の姿が、四人の目の前にあった。

 神なのに神らしくない、うだつも上がらない情けない男が、その通りの声で嘆いていた。

 

「神々の中でも純潔神(アルテミス)に並ぶ善良派+彼女より遥かに穏やかなアストレアの眷属でしょ、君たち!?もっと紳士淑女しようよ!」

 

「あら、アストレア様をご存知なので?」

 

「勿論さ!優しいお姉さん代表!癖のある女神たちの中でも、彼女だけは一点の汚れなき清廉の象徴さ!」

 

 輝夜が首を傾げながら零した問いに、エレンは若干早口になりながら答えた。

 しかもそこで止まることはなく、声に強烈な熱を孕ませながら熱弁する。

 

「柔和かつ、慈愛の塊!女神の中の女神!膝枕されながらヨシヨシされたいランキング堂々の第一位!──そうっ!アストレアは男神共(おれたち)の母になってくれるかもしれない女神なんだ!!」

 

「「きもっ」」

 

「やっぱり辛辣ゥ!!」

 

 男神(おとこ)の理想を語るエレンに対し、輝夜とライラが返したのはたったの一言。

 割と本気のドン引きである。そもそも、今の話はアストレアを敬愛する少女たちにしていい物ではない。

 現に二人は、この変態死ねばいいのにと思っている。

 神が相手だろうが情け容赦なく放たれた言葉の刃に、エレンは今度こそ膝をつき、汚物を見るような視線に貫かれて滂沱の涙を流す。

 そんな良くも悪くも騒がしいエレンを横目に、そっとリオンに肩を寄せたグレイが彼女に問う。

 

「アルテミスってのも、神なのか?」

 

「……?質問の意図がわかりませんが、『狩猟』を司る女神です。今は眷属を率い、都市外のモンスターを討伐して回っていると聞きます」

 

「……そうか」

 

 妙に距離が近いグレイを鬱陶しく思いつつ、彼の問いかけに答えてやった。

 三大処女神としても知られ、【ファミリア】としての武名と、『狩猟』を司るが故に下界でも発揮されるという、全知零能である神の枠組みを外れた強さは、オラリオに限らず有名だ。

 それを知らないとは、なんと世間知らずなんだと、今に始まったことではないグレイの世間知らずさを嘆いた。

 対する彼はほんの一瞬思慮する様子を見せるのみで、助かったと謝意を告げて体を離す。

 彼にとっての魔界の銃火器(アルテミス)と、この世界における狩猟の女神(アルテミス)が全く異なるものとわかり、ホッと安堵の息を漏らす。

 

「アストレアが母親ってのはよくわかんねぇな。俺からすれば、おっかない女神様だぜ?」

 

 同時に話題に乗っかろうと適当なことを言うと、エレンは「そんな訳あるか!」と声を荒げ、全身から怒りの神威を滲ませた。

 

「君にはわからないだろうな!アストレアの微笑みに男神共(おれたち)をどれだけ救われ、同時に恋焦がれてきたかなんて、君にはわからないだろうな!!」

 

「同じことを二回も言うんじゃねぇよ。うっせぇな」

 

 絶対的上位存在の威風を前にたじろぐ【アストレア・ファミリア】の三人を他所に、グレイは耳をほじりながら心底ウザそうな声音で返し、指についた耳垢を吹いて飛ばした。

 怒れる神を前にしてもその大胆不敵さを崩さない自分の姿に、若干引き始めている少女たちにも気付かず、グレイは言葉を続けた。

 

「こっちは怖くて堪らないってのに、向こうからガンガン来るんだぞ?人との適切な距離感ってやつをわかってないだろ、あれ」

 

「誰に対しても公平に接する、優しい女神様そのものじゃないか!ていうか、君は【アストレア・ファミリア】に厄介になっているんだろう!?アストレアと一つ屋根の下で暮らしているんだろう!?くそっ!羨ましい!!」

 

「……面倒臭くなってきたな、この神様も」

 

 グレイはアストレアを本能レベルで苦手としている。それこそ可能であるなら別の場所に寝泊まりさせて欲しい程度には。

 だが、今の状況──つまり【アストレア・ファミリア】に保護されていることと、悪魔の情報を集めるのに都合がいいこと──が、館からの離脱を許してくれない。

 グレイにとっては毎日が地獄(ヘル)でも、エレンにとってはその毎日が楽園(ヘブン)なのだろう。

 変われ!変わってくれ!と涙ながらに訴えてくる男神を軽くいなしながら、グレイは溜め息混じりに嘆いた。

 自分としてはあの暴漢を取り押さえた報酬を巻き上げたいだけなのだが、どうやら400ヴァリスの防御は堅そうだ。

 

「……それで、神エレン。私たちに何かご用ですか?」

 

 そんな男二人のやり取りをばっさりと切り裂いたのは、困り顔のリオンが零した問いかけだった。

 その声にハッとしたエレンはグレイから離れ、意識と空気を切り替えるように咳払いを一つ漏らし、リオンに言う。

 

「いや、ね?フラフラ歩いてたら、君たちが見えたからさ。ちょっと暇潰しでもって声をかけたんだ」

 

「……暇が潰れるどころの話だったか、これ?」

 

「……うん。グレイ君がいない時にすれば良かったって、後悔してる」

 

 そして暇潰しにきたと告げた瞬間、グレイが腕を組んで半目になりながらそう返し、エレンはほとほと疲れ果てたように溜め息を吐きながら項垂れた。

 その姿は今までのやり取りで十分に暇は潰せたと認めているようでいて、まだ遊び足りないと愚図っているようにも見える。

 現にリオンが「私たちは巡回があるので」と断りを入れ、その場から離れようとすると、エレンがそれを制する形で問いを投げた。

 

「その巡回ってさ、いつまでやるの?」

 

「どういう意味ですか?」

 

 そんな不意に投げられた問いかけにリオンは足を止め、半ば睨みつけるような視線をエレンに目を向けた。

 そこにいるのは相変わらずうだつの上がらない男神だが、纏う雰囲気が僅かに変わったようにも見える。

 単に格好をつけようとしているだけと言われれば、その通りだが。

 

「言葉の通りさ。毎日、君達はこの都市の為に無償の奉仕をしてる。じゃあ、君達が奉仕をしなくなる日って、いつ?」

 

「……無論、『悪』が消え去るまで。都市に真の平穏が訪れれば、私達の警邏も不要になるでしょう」

 

 エレンの問いにリオンはさも当然のように返し、目の前の男神が何を言わんとしているのか把握しかねている様子だ。

 そんな彼女に、エレンは相変わらずの笑みを浮かべたまま、問いかけた。

 

「──君達の『正義感』が枯れるまでじゃないんだ?」

 

 そうして告げられた問いかけにリオンは明確な不快感を抱き、目付きを鋭くさせた。

 

「……何が言いたいのですか?」

 

「見返りを求めない奉仕ってさぁ、きついんだよ。すごく。俺から言わせれば不健全で歪。だから──って、手を差し出しながらこっちに来るのやめてくれないかな!?」

 

「いや、見返りを求めない奉仕は不健全なんだろ?報酬寄越せ、おら」

 

 本神(ほんにん)は至極真面目に話そうとしたが、その話を折るような形でグレイがエレンににじり寄り、男神の揚げ足をとり、報酬を要求。

 その流れのまま、再びの鬼ごっこが始まってしまい、リオンは毒気が抜かれたように溜め息を吐いた。

 側からみれば仲のいい主神と眷属が遊んでいる──あるいはやらかした主神を追いかけ回している──ようにも見え、アストレアを前にして、酷く怯えている時の彼の姿とは全く一致しない。

 神全般が苦手というわけではなく、アストレアととことん相性が悪いのか。その理由も分からず、リオンは首を捻る。

 ライラと輝夜は助ける様子も見せず、グレイにエレンの相手を任せて巡回に戻ろうとするが、彼に取り押さえられ、卍固めを極められたエレンの悲鳴を合図に溜め息を吐いた。

 

「おい、居候。流石にやり過ぎだ、離してやれ」

 

 輝夜は内心でそのまま骨を折ってしまえと思いつつ、一応は【アストレア・ファミリア】としての面子もあるからか、グレイを離すように告げた。

 グレイは不満げな声を漏らすが、エレンからも「ギブギブギブ!!折れる!折れちゃう!!」と泣きながら肩を叩かれたことで、卍固めを解除。

 痛みに喘ぎながら崩れ落ちるエレンを助け起こす訳でもなくそのまま捨ておくと、彼は「君、本当に正義の眷属!?」と非難の声を投げた。

 

「だから、俺はアストレアの眷属じゃねぇ。ただの居候だ」

 

 エレンの声にグレイは腰に両手を置きながら不満げに言うと、輝夜とライラが「「こんな奴と一緒にするな」」と同時に返した。

 彼女らからすればグレイはいまだに不審者だ。未知の怪物──悪魔をよく知りながら、有名なモンスターや【ファミリア】のことに関しては全くの無知。もう三日程一緒に行動しているが、その言動は基本的に刹那的で、こちらの苛立ちを誘うことが多い。

 こうして思い出すだけでも、どうしてこいつと一緒に行動しているのだろうと疑問が湧いてくる程だ。

 

「ああ、相変わらず無所属(フリー)なんだ。俺はてっきりアストレアの眷属になったとばかり」

 

 グレイと輝夜、ライラの、三人のどこか距離を感じさせるやり取りに合点がいった様子で頷いたエレンは、無理やり話題を修正せんと口を動かした。

 

「とにかく、俺は君達が心配なんだよ。君達が元気なうちはとにかく、疲れ果ててしまった時。リオン、君はさっきと同じことが言える?」

 

 その声音は確かにこちらの身を案じているものだ。だが、その表情には薄っすらとした笑みが浮かんでおり、どこかこちらの事を蔑んでいるようにも見える。あくまで、彼の神意を読めないグレイたちから見たら、だが。

【アストレア・ファミリア】の三人がムッと不満げに表情を歪め、グレイが何となく面白そうだと静観を決め込む中、エレンは言葉を続けた。

 

「誤解しないで欲しい。俺は君達を素直にすごいって思っているんだ。いや、本当に。俺には絶対できっこないことに、誇りさえ持っているんだから」

 

 抜き身の刃の如く、鋭く細められた少女たち三人の視線を受けてなお、エレンの言葉に嘘はなかった。

 

「そして君達が儚く崩れ落ちた光景を目にした時、とても悲しくて、そして禁断めいた興奮を抱くんだろうなぁって、そう思う」

 

 そして嘘を使わない上で、事実のみ口にして、リオンたちの神経を逆撫でる。

 超越存在(デウスゼア)として、天から人を見下ろす絶対的上位者の眼差しでもって彼女たちを見据え、ありきたりの物語の結末を語るように、彼女たちの行く末を予言するように、神はそう告げたのだ。

 無論、少女たちは剣呑な表情をとり、輝夜とリオンに至ってはいますぐエレンに斬りかかりそうな雰囲気さえも纏っている。

 

「あ〜、神様。俺からは逃げろとだけ言っとくぞ」

 

「アタシからも同じことを言うぜ。うちの武闘派は気が短けぇぞ」

 

 そんなエレンに逃げるように忠告するのはグレイとライラだ。

 二人はそれぞれリオンと輝夜の前に割って入り、強制的にエレンと距離を取らせる。

 

「流石に神相手に刃傷沙汰はまずいだろ。我慢しろよ、エルフ様」

 

「輝夜もだ。ニコニコしながら刀に手をかけんな」

 

 グレイがリオンの肩を押し、ライラが小柄な身体の全身を使って輝夜を押し返す。

 二人の言葉に輝夜が不満そうに息を吐き、リオンも表情では一切納得した様子を見せずに引き下がる中、エレンは「本当に斬られかねないな」と怖がるように肩を竦めた。

 

「それでも、最後に一つだけ聞かせて欲しい。これだけ聞けば、俺はすぐに消えるから」

 

 態度こそ怖がっているが、声音には一切の恐怖はなく、あるのは強烈なまでの好奇心。

 リオンがころころと印象を変えるエレンに警戒しながら尋ねた。

 

「……その質問とは?」

 

 

 

「──『正義』って、なに?」

 

 

 

 エレンからの質問は、酷く簡潔なものだった。

 同時にそれは、神でさえ返答に迷う難題でもあった。

「なんですって?」と思わず問いかえすリオンに対し、エレンは言う。

 

「俺はさ、今すごく考えさせられているんだ。『正義』とはなんなのかってね。全知零能の神なのに、子供達が求めてやまない『正義』ってやつに確信が持てない。まあ、俺が司ってるものも原因な気もするけど……」

 

 あははと乾いた笑みを浮かべながら髪を掻いたエレンは、言葉もなくこちらを見つめるばかりのリオンの空色の瞳を見つめ返し、どこか試すように微笑んだ。

 

「だからって訳じゃないけど、君達に聞いてみたい。正義の眷属たる、君達に」

 

「リオン、相手にすんな。神の気紛れだ」

 

 ライラは取り合うなと告げて、リオンを連れて巡回に戻ろうとするが、

 

「言えないの?やっぱりわかってないのかな、自分達が掲げているものでさえ」

 

「……ッ!いいでしょう、その戯言に付き合います。答えなど、決まっているのだから」

 

 エレンのわかりやすいまでの挑発に、リオンは真正面から受けて立った。

 輝夜が「馬鹿め」と嘆息し、グレイも多少は興味があるのか耳を傾ける中、リオンは言い放つ。

 

「無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値」

 

「そして悪を斬り、悪を討つ。──それが私の『正義』だ」

 

 彼女が言い切った言葉にグレイは「固いこと言うねぇ」と肩を竦め、エレンは噛みしめるように彼女の言葉を受け止めた。

 エレンの反応はともかく、グレイの反応に関してはこちらを馬鹿にしているだろう。リオンは彼を睨みつけるが、肝心の彼は戯けるように片眉を持ち上げながら、軽く挙げた両掌を空に向けた。

 とんとん、とこめこみを数回叩いたエレンは彼女の言葉をようやく理解したのか、「なるほど」と呟いて唇でもって三日月を描く。

 

「善意こそが下界の住人の根源であり、『巨悪』ならぬ『巨正』をもって世を正そうというわけだ」

 

「善意を押し売りして、暴力をもって制す──力づくの『正義』だ」

 

 その言葉はリオンを激昂させるには十分なものだった。

 怒りで顔を真っ赤にしながら、激昂する。

 

「そんなことは言っていない!巨悪に立ち向かうには相応の力が求められる!でなければ、何も守れないし、救えない!」

 

「おっと、ごめんよ。馬鹿にしているわけじゃないんだ。君の言っていることは間違っていないし、それくらい単純な方がいいとも思う。小難しい言葉を並べても、万人には届かないしね」

 

 身を乗り出してくるリオンに両手を挙げて謝意を覗かせるが、浮かべた笑みはそのままだ。

 己の正義を示したエルフを嘲笑っている。少なくとも、グレイにはそう見えた。

 すっと目を細め、どこか探るような視線を向けてくるグレイに対し、エレンは「君にとっての正義は?」とリオンに向けたものと同じ質問を投げた。

 

「俺か?俺もだいたいはリオンと同じだ。世のため人のため、悪人をぶっ倒す」

 

「だが、俺は報酬を求めるけどな。ただ働きはしたくねぇ」

 

 グレイはエレンに向けてそう告げて、何かを思い出したのか深々と溜め息を吐いた。

 

「師匠は精算度外視で助けちまうんだが、おかげで食うものに困るくらいに追い詰められてな。あんな思いは、できるだけしたくねぇ」

 

 ぼりぼりと頭を掻き、再び溜め息を吐いてどこか遠くを見るように半目になった。

 本当にその時期は辛かったのだろう。いつも纏っている不敵な雰囲気が崩れ、その背には虚しさを背負っている。

 だがすぐに誤魔化すように笑い、そんな虚しさを吹き飛ばしながら腕を組んだ。

 

「──どちらにせよ、力は必要だ。何かを守るためにも、何かを救うためにも、もっと力がいる」

 

 だが、その誤魔化しも長続きはせず、彼は真剣な面持ちでそう告げて、組んだ腕の中でぐっと拳を握りしめた。

 

「ああ、そうだ。もっと力がいる(I need more powoer)……」

 

 そうして何かを思い出すように遠くを見つめながら、静かに告げられた言葉には、誰かへの誓いと、残酷なまでの後悔の念が込められていた。

 リオンたちは彼の過去を知らない。語りあいたいとも思わないが、彼の過去には力に固執する何かが──それも、おそらく思い出したくもない何かがあるのだろう。

 エレンも彼の意外な一面を見れたからか、どこか驚いた様子を見せつつも、すぐに笑みを浮かべてなるほどとと小さく呟く。

 

「二人とも悪を討つには力が必要だと。君達は正反対に見えて案外似ているのかもしれないね」

 

 そしてどこか茶化すような笑みを浮かべながらグレイとリオンを見やると、二人は顔を見合わせ、同時に嫌そうに表情を歪めた。

 

「こいつみたいに頭固くねぇ」

 

「彼ほど無礼ではない……!」

 

 グレイはリオンを親指で指差し、リオンは向けられた彼の手を払いながらほぼ同時に相手のことを愚弄することを口にし、そのまま無言のまま睨み合い始める。

 先程まで真剣な話をしていたと言うのにと、嘆くように息を吐いたエレンは、「やっぱり、グレイ君に絡むと碌なことにならないな」と苦笑した。

 

「ただ、もし『悪』が君達と同じ論法を展開した時、どうなるか。興味が湧いたよ」

 

 だがこれだけは言わせて欲しいと言わんばかりにそれだけ言うと、エレンは少年少女たちに向けて、慈悲を込めて見つめてくる。

 グレイは半目になりながら睨み返し、「何を格好つけてんだ?」とエレンを煽ると、エレンはがくりと肩を落とした。

 それでもすぐに顔をあげた彼は、キザったらしい笑みを浮かべながら言う。

 

「アストレアの眷属たちの前だ。格好つけたっていいだろう?」

 

「可愛い女の子前ではってやつか?俺にはよくわかんねぇな」

 

「随分と退屈そうな人生だなぁ」

 

「生憎と色恋沙汰よりも、激しくて情念的な刺激を知ってるからな」

 

 グレイはエレンからの煽り返しとも取れる言葉に肩を竦め、不敵な笑みを浮かべながらそう切り返す。

 実際に色恋沙汰などに欠片も興味がなく、単に悪魔狩り(デビルハント)やその他の仕事で忙しいし、何よりそれが楽しくて仕方ないのだ。

 嘆かわしいことにこの少年。齢十五にして『仕事が恋人』状態なのである。だいたいはほぼ無償で悪魔狩り(デビルハント)を請け負いまくる師匠のせいだが。

 

「そっか。まあ、誰かいい人を見つけたら教えてくれよ。神として、多少は助言(アドバイス)はしてあげよう」

 

 そんなグレイにエレンはそう提案すると、グレイは無言で肩を竦めた。

 それが了承なのか、拒否なのか、エレンにもリオンたちにも理解できなかったが、顔は笑っているので冗談として受け取っているように見える。

 エレンはつまらなそうに彼から視線を外すと、ちらりとリオンに目を向けた。

 

「俺は彼女を推すよ。誰よりも高潔で、純粋な、美しい妖精だ。きっと、君にこそ相応しい」

 

 そしてふざけているのか、本気なのか定かではない声音で、空いているであろう恋人というグレイの恋人に、リオンを推薦した。

 神として司る事象のせいか、あるいは他の理由でか、おそらくこの街に住む誰よりもグレイの正体に迫っている男神は、誇り高き正義の妖精を彼の機嫌を取るための『生贄』か、あるいは彼を縛る『鎖』、もしくは彼の『弱点』とすべく、差し出した。

 彼女の許可もなくそれをしようとする程度に、男神はグレイを警戒しているのだ。

 

「な!?」

 

「三日も続かねぇよ」

 

「……ッ!」

 

 リオンは覆面越しでもわかるほどに顔を赤くして狼狽え、グレイはジト目になりながら嘆息混じりにそう告げた。

 リオンが無言で彼を睨み、そういう関係のあるなしにも関わらず無礼な彼に向けて最速の裏拳を放つ。──が、グレイは軽く避けた。

 そんなやりとりを見せられた輝夜とライラがなんだこの状況、何を見せられていると白い目を向ける中、エレンはいい笑顔のまま「それじゃ、楽しかったよ」と言い残し、人混みの中へと消えていく。

 人混みに紛れて伸びる神の影が不気味に暗く、長く伸び、それにつられる形で四人の視線をエレンの背中に釘付けにした。

 

「な、何なのですか、あの神は……っ!?」

 

 リオンはその神が消えていく通りを睨みながら声を荒げると、輝夜とライラはさっさと巡回に戻るぞと言わんばかりに歩き出し、グレイは、

 

「二日続けばいい方じゃねぇか?」

 

「……ッ!」

 

 先程の予想を悪い方向に修正し、すぐさま放たれた無言の裏拳を、また軽く躱すのだった。

 

 

 

 




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