Side.三人称
「はぁ、はぁ……くっ……ヒナ、無念……!」
海軍大佐・ヒナが、半分公務として、半分私的な理由で、全力をもって『海賊文豪』を捕縛するために戦いを始めたのが、つい先ほどのこと。
その戦いからまだ30分と経っていないほどの時間だが、彼女は疲労困憊といった様子で、膝をついて呼吸を乱し、肩を上下させていた。
その様子を心配して部下が駆け寄ってくる。
「た、大佐殿……ご無事ですか!?」
「大丈夫よ、ケガは大したことないわ……」
(そう、大したことはない……完全に、手加減されていたから……!)
先程まで戦っていた相手……スゥは、もう既にここにはいない。
彼女の仲間……すなわち、バロックワークスの残党達が逃げるだけの時間を稼がれた後、まんまと取り逃がしてしまっていた。
しかも、そこに至るまでの戦いも……自分と、応援で駆けつけた部下達を同時に相手取りながらも、終始余裕を崩すことはなく。
こちらは、数に頼んで『監獄弾』を打ち込んでも、少しでも隙を作り出そうと体術と『オリオリ』の能力で応戦しても、全く歯が立たなかった。
それどころか、相手の攻撃をかわしたり受け止めたりするために、オーバーな動きを強要されて消耗し、隙ができれば僅かなそれをも見逃さず、したたかに打ち据えられた。
ダメージは残るが、深刻な傷にならないよう……ここでも手加減されて。
結果的に、各所の痛みと疲労で動けなくなったヒナをその場に放って、トドメを刺すこともせずに、スゥは姿を消した。
時間稼ぎという目的があっただろうとはいえ、完全に遊ばれた。
その事実を認識し、ヒナはギリッ、と音を立てて奥歯を噛みしめる。
(ヒナ……屈辱っ……!)
しかし、悔しがってばかりいても事態は好転しない。
沸騰しそうになる感情を理性で抑え込み、ヒナは部下に指示を出す。
「恐らく、バロックワークスの残党も連れてこの島を出るつもりよ。島を出ようとする、少人数用の小型船に警戒! 各地の港に事情を説明して封鎖、彼らをこの島から逃がさないように手配しなさい! もし間に合わなかった時は追跡するから、こちらの船も用意を!」
しかし、
「こちらの船、ですか……わかりました。至急島に戻るように連絡を取ります!」
「……? 待って、今何と言ったの?」
部下の海兵が走り去ろうとするのを呼び止め、聞き返すヒナ。
「船を……呼び戻す? それだとまるで、私達……海軍の船が今、島にいないように聞こえるわ」
「それは……只今、我々の乗ってきた船は、沖合に出ていますので」
「なぜ!? そんな命令は出していないわ!」
「え!? で、ですが……マスカット曹長から、大佐殿からそのように指示があったと伺っておりますが……で、ですよね曹長?」
「何を言っている!? 私はそんな指示は一言も出しておらんぞ!?」
「え……えぇ!? でもさっき、港に来て我々の見ている前で……」
「知らんと言っているだろうが! そもそも私は今日ずっと、大佐殿に付き従って動いていたのだぞ、港など行っておらんわ!」
自分の副官を務めている男性海兵と、困惑している様子の海兵の様子を見ながら、ヒナは……この島に潜んでいると思しき『残党』について思い出していた。
たしか、いたはずだ。自在に他人に姿を変えられる、『マネマネの実』の能力者である男が。
……否、オカマが。
「やられた……ヒナ痛恨っ……!」
☆☆☆
ヒナさんをあしらって撤いた後、私は気配をたどってマリアンヌ達に合流。
同時に、『エニグマ』で紙にして収納していた私の船を取り出し――港とかに置いとくと、海軍や賞金稼ぎとかに奪われる可能性があるから、基本私、船はこうして持ち運んでる――それに全員で乗り込んで出発。
海に……ではなく、『空』に出た。
「な、何だこりゃ!? 船が……」
「飛んだぁ!?」
「スゥ、この船、飛べるの? この生えてる羽は何?」
「『紙粘土』だよ。素材が紙だから、私の能力で操れるの」
船の内部に組み込まれていた『紙粘土』――普通のじゃなくて、特殊なレシピで作った特別製だけど――を操って変形させ、紙の翼を作り出して飛翔。
海面を離れ、あっという間に空高く飛びあがって進んでいく私の船。いやあ、やっぱり早くていいねコレだと。
飛ぶと目立つし、そこそこ操作するのに集中力要るからあんまり使わないんだけどね、普段は。
けどもう仕方ないので、このまま行っちゃおう、海軍留置所。
ああでも流石にこのまま飛んで乗り付けると目立つどころじゃないから、直前で隠すなりなんなりして忍び込もうと思うけど……うーんでも、近づいた時点で気づかれそうだな。当然、周辺の海域には見張りや哨戒を立ててるだろうし……どうしたもんか。
とか考えていたら、『うひゃー』とか言いながら眼下の海を眺めていたジェムが、
「あん? ……何だありゃ」
「? 何か見つけたの、ミスタ……あーえっと、ジェム?」
「呼びやすい方で構わねえよ、ミス・バレンタイン。俺達にとっちゃこっちのが楽だろ、ここなら聞かれて困る相手もいねえんだ。えーとな、下なんだが……海軍の船がいる」
そう言われて見下ろしてみると、ホントだ、確かに海軍の船が浮かんでいて、進んでる。
進行方向は、私達と同じみたい……あれ、もしかして留置所に向かう途中の奴か?
―――~! ~!
「……アレを乗っ取って奪えば、カモフラージュして留置所に近づけるんじゃないか?」
「私も同じこと考えた。でも、乗ってる海兵の人数が多ければ難しいと思うけど……」
――ア――ゥ――ァ~!
「それに、海軍の船って大きい分、動かすのに人数要るよね? それだと、奪って使うのは難しいんじゃ……」
「それなら、私の『カラーズトラップ』で操るから大丈夫」
―――アン・ドゥ・クラァ~!
「そうか、その手があったな……それに暗示で操れれば、船自体の損傷も少なくて済みそうだ」
「ついでに電伝虫で偽の連絡とか入れておけばかく乱にもなるんじゃない? バロックワークスの残党3人を捕らえたからこれから連行するって」
―――アン・ドゥ・オラァ~!
「そのあたりはきちんと考えないと、疑われて逆効果……ってかいうか、何かさっきから変な歌……歌? 聞こえるんだけど……何よコレ? どこから聞こえてくるの?」
「下からっぽいけど……もしかして、あの海軍船から?」
「アン・ドゥ!」『クラァ~!』
「アン・ドゥ!」『オラァ~!』
「アン・ドゥ!」『クラァ~!』
「アン・ドゥ!」『オンドリャァ~!』
「つーか、この声……」
「ものすごく、聞き覚えが……」
「船首のところで、誰かくるくる回って踊ってるわ」
……え、まさか。
―――所詮この世は 男と女~♪
―――しかしオカマは 男で女~♪
―――だ~か~ら~
「最強!」『最強!』
「最強!」『最強!』
「オ~カマ~ウェ~イ♪ あ~……最強!」『最強!』
「最強!」『最強!』
「ンオォ~カマ~ウェ~~イ~~~♪」(ハモリ)
「んが~っはっはっは! 上手く行ったわねえあんた達!」
「さすがっス、Mr.2ボン・クレー様!」
「海兵の奴ら、まんまと騙されてやがりましたね!」
「当然よ~ぅ、あちしのこの『マネマネの実』の能力、そこらの海兵ごときに見破れるほど単純じゃナッスィンッ! さあこのまま留置所に……」
「た、大変ですMr.2ボン・クレー様! そ、空に! 空に変な船が飛んでます!」
「あァん!? 何言っちゃってんのようおバカ! 気分よくなって変な見間違いしてんじゃないわよーう、空飛ぶ船なんてそんなもんあるわけないって飛んどる~~!?」
「「「えぇえ~~~!?」」」
……いやあ~……楽し気な集団だね。
てか、何してんのこの人ら? 留置所に向かうとか話してたけど……
すごい豪快な顔芸リアクションを披露する、ワンピース世界屈指の人気オカマキャラ……Mr.2ボン・クレーこと『ボンちゃん』がそこにいた。
ほんの数人だけど、部下らしき人達も一緒に。
☆☆☆
「報告します。キューカ島にいるヒナ大佐より入電。バロックワークス残党及びその協力者の策略により、移動用の船舶を喪失。島からは逃げられてしまったとのことです。ただ、島に潜伏していた『Mr.3』なる人物についてはその後拿捕に成功したようで、護送のためにも救援を頼みたいと」
「そうか……逃げられてしまったことについては残念だが、市民が無事な様子なのは不幸中の幸いですな。これ以上不測の事態が起こる前に、ヒナ大佐と下手人の回収のために赴くべきでは?」
「それは確かにそうだが、俺達のこの艦を動かすわけにはいかん。こっちはこっちで任務があって動いてるんだらァ、ないがしろにはできんだろう」
「は、それはごもっともです……申し訳ございません、つい心が逸ってしまいまして」
「ヒナ大佐への迎えには別な基地から船を回させろ。俺達はこのまま、予定通り留置所に向かう……いや、船足を速めさせろ。少し急いで向かうぞ」
「……? はい、急いでですね、了解いたしました、“中将殿”!」
「いいかお前達、わかっていると思うが……これから俺達が護送することになるのは、元とはいえ『王下七武海』に名を連ねた大物。油断すれば何をしてくるか、何が起こるか分かったもんじゃあない……総員、気を引き締めて任務に当たるんだらァ!」
「「「はっ!!」」」
今回初めて楽曲コードを使ってみました。
……あの歌もコードあったんですね……調べてよかった。
使用楽曲:『Oh Come My Way』矢尾一樹