第109話 スゥと『ない島』と『ある島』
これは、私がまだ『4つの海』を回っていた頃。
……『偉大なる航路』に一度戻っていた時に起こった、ちょっとした出来事のお話。
……いや、やっぱ『ちょっとした』でもない、結構マジで重大な出来事だわ。
「……どこにも、ないではないか……」
なぜかわからないけど、そんなセリフが口を突いて出た。
はいどうも、スゥです。今私は、海のど真ん中で海図を手に、首をひねっています。
私の読み間違いでなければ、この位置には……小さめではあるものの、地図にもきちんと載るくらいの大きさの島があるはずだ。
人が住んでるわけじゃない無人島らしいが、動物はいるし湖とかもあるので、行き交う船が水とかの補給のために立ち寄ることもあるらしい。
しかし私の目の前にあるのは……『偉大なる航路』にしては穏やかな水面。ただそれだけ。
確かに海図に載っている、確かにここにあるはずの島が……ない。
(……まあ、もともとそれを聞いて来たわけだけどさ)
ちょっとした用事で『偉大なる航路』に戻ってきていた私は、たまたまローカル新聞で読んだ『島が突然消えた』という記事を見た。
それで、割と近くにあるし行ってみるか、と思ってきたわけだけど……ホントに何もないな。
来たことがあるわけじゃないから、ここに確かに島があった、ってのは海図からしかわからないけどさ。
しかし、確かに島が『ない』のは確認できたけど……これ以上見るものがないな。
何せ、情報通りとはいえ『何もない』んだから。海しかない。
だから『取材』もなにもしようがない。まあ、当たり前と言えばそうなんだけどさ……。
「何か手がかりっぽいものでもあればと思ったんだけど、ホントに何もない……やることなくなっちゃったな」
海の真ん中にいつまでもいても仕方ないし、海獣や海王類に見つかって襲われるかもしれない。
仕方ないのでさっさと撤退することにした。
その際、休憩のために近くにあった島に船をつけて上陸したんだけど……またそこで1つおかしなことが。
今上陸したこの島は……さっきの島(なかったけど)と逆。
今度はこっち……海図に載ってない島なんだよ。ただの海のはずなのに、それまでなかったはずの島がこっちにあるの。
上陸してからそのことに気付いたんだけど、なんとも不思議な話だ。
海図が正確じゃなくて、『なくなった』と思われた島がホントは元々ここにあったんじゃないかとか、あるいは地殻変動か何かでこっちに位置が移ったんじゃないか、とも思った。
しかし、『なくなった島』について資料に書かれていた特徴とは、この島の特徴はまた違うので、おそらくは別の島なんだと思う。
元々あった島は、もしかしたら地殻変動でなくなったのかもしれないけど……この短期間で新しい島ができたはずもない。
一体何が起きたのやら……?
ああ、それともう1つ。
島のあるなしの一件とは関係ないんだけど、この島に来てもう1つあったことが。
「ち、ちくしょう、強ェ……!」
「何なんだ、この女……くそ……!?」
「きちんと口で言って断ってんだから、その時点で引っ込んでよもー。これだから海賊ってのは……他人に迷惑かけてなんぼみたいに考える人ばっかなのどうにかなんないのかな」
今しがた襲ってきた……そして返り討ちにした連中を見下ろして、私はため息をついていた。
言うまでもなく海賊である。どこの一味の奴かは知らんけど。
なんとなしに島を散策していた私に、頭の悪いナンパみたいな感じで絡んで声をかけてきた。
最初からなんかもう、ふしだらな目的なのが隠せてもいない感じだった。顔じゃなく私の体をじろじろ見てくるし、ニヤニヤ 気持ち悪く笑ってるし、さりげなく――いや全然あからさまだったけど――私のこと取り囲む形で広がってくるし。
そのまま強引に『お持ち帰り』しようとしてきたので、拒否したら機嫌が悪くなっていった。
腕とかつかんで無理やり連れて行こうとしてきたので、反撃したら逆切れされた。
……で、結局そのまま全員ぶちのめした……というのが今。
まあでも、このくらいならいつものことだ。そういう目的で声をかけられることも、なんやかんやあって返り討ちにすることも。
……ちょっと自画自賛みたく言っちゃったな。
「く、くそぉ……この女ァ、俺達が誰だかわかってんのか!?」
「俺達はあの『キタジマ海賊団』だぞ!? てめえ、おとなしく言うこと聞いてかわいがられてればよかったって、後悔することになるぜ……!」
「後で見てろよ、船長に報告して報復してやる……死んだほうがましだって言うような目に遭わせてやるからな!」
わあ、わかりやすく小物……ていうか『キタジマ』って誰よ。
何か日本語名っぽいけど……いやでも、この世界では特に珍しいことでもないか。そういう名前の人、けっこう……いや割とあちこちにいるもんな。『サカズキ』とか『ジンベエ』とか。
そんなことを考えてると、ふと私は、なんだか風の気配が変わったような気がして……とっさに空に『風見鶏』を飛ばした。
そのまましばらく飛び回らせて風を読む。……ふむふむ。
「あー、まあ何でもいいけどさ……あんたらこの島に船あるの? だったらさっさと戻った方がいいよ?」
「あ?」
何言ってんだこいつ、とでも言いたそうな海賊達に、簡単に告げる。
「なんかそこそこ大きめの嵐だか何だか来るみたいだからさ。まあ、船が転覆とかそういうレベルじゃないにしても、急に降ってすぐやむ通り雨……かな? けど結構な土砂降りになると思うから……屋外にいたらずぶ濡れになるよ」
そう言って、私はさっさと歩いてその場から立ち去った。
私もずぶぬれになるのはごめんだからね……さっさと船に戻ろう。
規模からして……船で海に出るのはやめとくか。しっかり船をつないで嵐が収まるのを待つか……あるいは、揺れがひどそうなら段ボールハウスでも作って急場をしのぐか。
それよりも、時間が微妙だな……今日中に出られるか?
嵐が長引くようなら、ひとまず今日はこの島に泊まって、明日以降出発にした方がいいかも。
……うん、無理は禁物だしな。そうしよう。夜の海はなんだかんだで危ない。
懸念があるとすれば、さっきの海賊達が仲間引き連れて報復に来ないかだけど……その時はまた返り討ちにすればいいし。
☆☆☆
スゥが船に戻り、ひとまず嵐を乗り切るための準備を始めたその頃。
島のちょうど反対側に、先ほどスゥが撃退した『キタジマ海賊団』の船があった。
「何が女を襲おうとしたら返り討ちにされたから報復に手を貸してくださいだ? 情けないこと言ってんじゃねえよ、この馬鹿ども」
呆れたようにそう叱責する、船長と思しき緑肌の魚人の海賊。
「け、けど船長、あの女無茶苦茶強くて……絶対ただ者じゃありませんぜ!」
「そうですよ、それにこのまま舐められたままにしておくのは、海賊として……」
「お前らがバカやってしくじって恥かいただけだろうが、勝手に巻き込むんじゃねえよ……それにそんな暇はねえ。さっき航海士から連絡があった。そこそこ大型の雨雲がこっちに近づいてるらしいから」
報復を却下されてがっくりと落ち込む船員達だが、その中の1人がふと気づいたように。
「……そういやその女も言ってたな、もうすぐ嵐がくるって」
「ああ。あの時は『こんな天気がいいのに何を言ってんだ』って思ったが……こうなることが予測できてたのか」
「! ほぉ……その女、気象予測の技術でも持ってたのか? そりゃ海では有用な技能だな……大したもんだ。うちのバカな部下共と替えてほしいくらいだぜ」
「そ、そりゃねえっすよ船長~!」
「二度とあんな無様さらしませんから、勘弁してくだせえ!」
「やかましい、いいからもうその話はするな。さっさと持ち場に就け。規模はそれほどでもないから大丈夫だとは思うが……明日は
「「「わかりやした!」」」
そしてその十数分後。
航海士が言った通り、そしてスゥが数十分前に予想して見せた通り……かなり大ぶりの雨が降り出し、船の甲板にすさまじい音を立てて雨粒が叩きつけられ始めた。
海賊達はその様子を室内の窓から見て、『うへえ』と辟易したような顔になり……これを忠告してくれたスゥに、ほんのちょっぴりだけ感謝したとかしなかったとか。
……そして同時刻。
その『地図にない島』からかなり遠く離れた空の上。
分厚い雲に隠され、地上からは見ることのできないその位置に……巨大な船が、あるいは島が……どちらにも見えるような何かが停泊していた。
その中心にある、黄金の玉座のような椅子に、一人の大柄な男が腰かけ……道化師のような風体の部下からの報告を聞いていた。
「…………」
「…………(何らかのジェスチャー)」
「…………?」
「…………(何らかのジェスチャー)」
「…………???」
「…………(何らかの必死のジェスチャー)」
「…………あァ? 何て?」
「ところで明日のご予定ですが」
「「「いや喋るんかい!!」」」
……これから聞くところだった。