「…………何、これ……?」
今私は……とある島の端っこに立ち尽くして、唖然としていた。
唖然として、眼下に広がるその光景を見下ろしている。
そこに見えるのは、青い海と……白い雲。
もちろん、海に移った空の雲が見えているわけではない。海も雲も、両方が『眼下』に広がっている光景が見えているのだ。
つまるところ、私は今、空の上にいる。
しかし、ここは空島ではない。
……ではなかったはずだ。ついさっきまで、間違いなく。
しかし、今は……
(……落ち着け、落ち着いて状況を整理しろ……)
27年の人生の中でも初めての経験。
それどころか聞いたこともないような事態を前にして、私はさすがにパニック寸前だったが……何度か深呼吸して心を落ち着かせつつ、こうなった経緯を振り返っていく。
もっとも、経緯と言っても何が何だかわかっていないことが大半ではあるんだが……
話は、『あるはずなのにない島』と『ないはずなのにある島』の両方を見つけた日……その午後も割と過ぎた頃に、大きめの嵐が来たところまで話は遡る。
嵐自体は収まったものの、今から出発すると夜間の航行になってしまうので、私はその日は島にとどまることにして……翌朝出発することにしたのだ。
そして、海賊の襲撃ないし報復を受けるなんてこともなく、普通に夜が明けた。
朝ごはんを食べて、船の状態のチェックも終えて、さーてじゃあ出発するか、と思っていたところで……それは起きた。
突如、島がぐらぐらと揺れ始めた。しかも、島自体が大きく揺れてるんじゃないかってくらいの、かなり強い揺れだった。
前世で生きていた日本でも経験したことのないレベルの揺れ。地震だとしたら、震度3とか4程度じゃ絶対にないというくらいの規模。
何事だと思って周囲を見回した私は……しかし、地震なんかよりよっぽど光景を見ることになった。
島が、浮いていた。
その周囲の海ごと、ゆっくりと空に浮き上がっていっていた。
……何を言ってるのかわからないかもしれないが、そうとしか言いようがないんだよ。
まるで島と、その周辺の海域が丸ごと切り取られた……あるいは、巨大で透明なスプーンか何かですくい上げられたみたいに、空に浮き上がっていったのだ。
『周囲の海ごと』浮き上がってるから、今まさに出発しようと思ってた私の船も一緒に持ち上げられて……唖然としている間に、どんどんと空へ、空へと上がっていく。
あっという間に雲よりも高いところまで到達し、青い海と白い雲を一度に見下ろせる位置まで来てしまった。
そんで冒頭に戻るわけなんだけど……いや、振り返ってみてもやっぱり何もわからん。ホントに何が起きたんだコレは?
地殻変動? 異常気象? そんなレベルじゃないぞ……こんなことが起こるなんて聞いたこともない。
ひょっとしてコレって、だれかが人為的に……? いやいや、まさかそんな技術……いや、何か『能力』を使えば可能なのか?
もしそうだとしたら、どれだけ強力な。どんな能力者だよ……いやまあ、仮定でしかないけど。
しかも周囲には、この島と同じように、海ごと空に浮かんでいる島がいくつもあって……それらが空に群島を作り出している光景は、いっそ幻想的ですらある。
よく見れば、異なる気候の島も混じっているようだ。桜が咲いている島もあれば、雪に覆われて海には流氷が浮いている島もある。
取材という名の冒険も大好きな私としては、こんな未知にもほどがある場所と光景には、心躍るものがあるが……さすがに今のところはまだ、困惑の方が勝る。
こんな景色、ここが『空島』だとしてもさすがに異常だ。
というか、空島って土じゃなくて『島雲』と『海雲』からできてるんだよな? あれら全部、普通に大地と、雲じゃない海からできてるぞ?
……だめだ、やっぱりわからん。何なんだここ。
「まあ……ワンピース世界だし、こういうヘンテコ極まりない地形もあるっちゃある……のかな? 原作に出てきてない、あるいは、私が知らないだけで……ないとも言い切れないのがあの世界の怖いところだよね……」
信じられない、理解できないことばかりだけど、ひとまず目の前にこうしてあるものは、受け入れないわけにはいかないだろう。
こういう島、こういう地形なんだとして……まずは納得することにする。
そして一応、下の方に見える青い海に帰ることも……多分できる。
紙を使ってパラシュートみたいなのを作れば、船ごとゆっくり降りて行って、無事に着水することだってできるはず。
帰れない、どうしよう! なんて感じで絶望する必要はない。
……しかしそうなると……せっかくだし……(ちらっ)
「……こんな場所、もう二度と来れるかどうかもわからないもんね……。うん、状況をきちんと調べるためってことで……うん、仕方ない仕方ない」
いつでも帰れる、という『余裕』ができてしまったことで、私の悪い癖がここでもやはり顔を出し始めて……目の前に並ぶ島々が、宝の山に見えてきた。
より正確に言えば、宝物はそこで得られる(かもしれない)色々な経験の方だが。
よし、決まりだ。
「やるか、冒険! とりあえず片っ端から島、見て回ろう!」
☆☆☆
それから私は、紙で作った大きな翼みたいなものを船に装着し……ハンググライダーみたいに風を捉えて滑空させることで、見えている島々を移動していった。
やはりというか見たまんまの感じで、それぞれの島は気候が全然違う。
春夏秋冬、全種類揃っていて……密林に雪原に地形も様々。
桜が咲いている島もあったから、昼食はそこでお花見みたいにして食べました。
すぐそこに見える位置にある島なのに、気候が全然違うなんておかしな光景が普通に成立しているのは、いくら『偉大なる航路』でもそう見れるもんじゃない。
ましてやそれが空に浮いてるっていう光景が、その異様さをさらに大きくしている……でもまあこれはもう今更ってことにしておこう。
探検してみて大きく気付いたことは、他に2つ。
1つは、やはりこの島……『空島』っぽくないな、ということ。
『島雲』『海雲』はもちろんのこと、その他、植物やら何やら……空島の環境を思い起こさせるものが1つもない。
あの光景そのままではあるけど、ただ青海から切り取られて空に来ただけの、青海の島、って感じがする。浮いているという部分を除けば、そうとしか見えないような感じ。
そしてもう1つの特徴は……なんだか島に、独特な生き物が数多く生息しているという点だ。
他の島では見たことないような種類の生き物がそこら中にわんさかいる。
……いや、そのくらいは全然、この世界では珍しくないんだけど……そうだとしても、目に映る生き物がほぼすべてそんな感じだって言うのはそこそこ珍しい。
しかも中には、やたらと凶暴というか好戦的で、私の姿を見るなり襲い掛かってきたものや、私とか関係なしに島の動物達でバトってるようなものまでいた。
さらにそのバトルの決着がついた後、どちらかがどちらかを食べたりとかそういうのに発展したわけでもなく……食物連鎖とか関係ないバトルも盛んな様子なのだ。縄張り争い、っていう風にも見えなかったし。
まあ、そういう生き物がいないわけじゃないけど、それにしたってあっちこっちで騒がしい……好戦的な生き物ばかりの島なのか?
そんな感じの疑問を抱きながら回っていた島を1つ1つ回っていた私だったが……何個目かの島で、人が住んでいるらしい集落を見つけることができた。
話とか聞けるかな、と思って、警戒させないように注意しつつ、そこを訪ねさせてもらったが……幸いにもそこに住んでいる人達は穏やかで優しいひとたちばかり。
私が事故(?)でここにきてしまった身の上である――その後は普通に探検して楽しんでるけど――と知ると、『それは大変だったねえ、遠慮しないでゆっくり休んでおいき』と、家に案内してお茶をふるまってくれた。あったかい。
そしてそこで、興味深い話も聞くことができた。
「じゃあこの島って……元々『空島』じゃあなかったんですか?」
「ああ。元々は……といっても、もう10年も前のことになっちまったけどね。ここは普通に海の上に浮かぶ、なんてことはない平和な島だったんだよ。ちょっと変わった生き物はその頃から多かったけど……それでも、人と動物が仲良く暮らしていた」
ため息交じりに、その家に住むおばさんとおばあさんが話してくれる。
……そういえば、この村、そこそこお年を召した人や、その逆でまだ小さい子供はいるけど……若い男や女は見かけないな。
そして、その理由についても、思いがけずこの直後に聞くことができた。
「こんなことになったのは……全部、シキの奴のせいなんだよ」
「シキ?」
「ああ……この島を牛耳っている海賊さ。『金獅子のシキ』っていう通り名らしい」
おばさん曰く、この島の人達は外界との交流があんまりない環境で過ごしてきたから、外の世界の情報には疎く……その海賊については知らなかったらしい。
ただ、本人や手下の海賊達の話を総合すると、かなり名の通った海賊だってことは察しているみたいだった。
で、私はというと……めっちゃ知ってる。
有名どころか、やばいレベルのビッグネームだよ。
金獅子のシキ。
多数の傘下の海賊達を率いて新世界の海で暴れまわった男であり、『金獅子海賊団大親分』『海賊艦隊提督』『空飛ぶ海賊』……色々な呼び名がある。
『海賊王』ゴールド・ロジャーの時代の生き残りであり、そのロジャーと渡り合ったこともある大海賊として知られる……海賊界隈では伝説的な存在だ。
『海賊王』『金獅子』『白ひげ』『ビッグ・マム』の4人は、その時代の海に君臨していた……今の時代で言う『四皇』みたいな存在だったらしいし。
他に特筆すべきことと言えば、インペルダウン史上唯一の脱獄者だ……ってこと。
そして、彼の能力とされる『フワフワの実』の能力について、くらいか。
呼び名の1つである『空飛ぶ海賊』の元にもなっているそれは、触れたものを自由自在に浮かせることができ、自身も自在に空を飛ぶことができる、というものらしい。
噂では、海賊船やら軍艦を浮かせて、高い所から海に叩き落すことで破壊したり、それをそのまま質量武器にして相手を攻撃したり……なんてこともやっていたとか。
まさかそんなことまで、って眉唾物として世間では噂されていることだったけど……
(実際にコレを見ちゃうとな……というか、つまりこの不自然な『空島』は全部……)
船どころじゃない……島まるごと浮かせてるじゃんか。しかも周囲の海ごと。
こんなことができる海賊なんて、聞いたこともないぞ……どんだけ能力の錬度極まってるんだ。『覚醒』は確実にしているとして……いやそれにしたってこの規模は、最早わけがわからん。
私が巻き込まれた、あの突然の島と海の浮遊は……『金獅子』の仕業だったのか。
というか多分だけど、あの『海図にないのにある島』や『海図にあるのにない島』……どれもシキがやったんじゃないだろうか。
おばさん達に聞いてみると、シキはこの島々を拠点にして何やら研究とかいろいろなことを進めているらしいんだが、時々新たに島を追加で浮かせて持ってくることがあるらしい。
予想だけど、新しい実験か何かをやるスペースが必要になったから、どこからか新しく島を調達して来るんじゃないか、とのこと。
そんな、『足りなくなったから持ってくる』なんて、消耗品補充するような気軽さで島一つ持ってくるって……スケールがとんでもないな。
私の知っている限りの情報では、『金獅子』はインペルダウン脱獄後、海軍が威信をかけて行方を追ったものの、ついぞ発見することはできずに今に至っているはず。
その間ずっと……かどうかはわからないけど、金獅子はこの島にいたわけだ。そりゃ、さすがに海軍も空にいるとまでは思わなかったか。いや、能力を考えれば予想はできたのかもしれないけど……それはそれで探す手段がないもんな、空なんて。
そこにおばさん達の話を合わせると、この島にシキが来て、そしてこの島や周囲の島々を『空島』に変えてしまったのも、ちょうどそれから少ししたあたりで……時期は一致する。
それ以来、シキはこの島々に支配者として君臨しているそうだ。
この村に若い男女がほとんどないのは、そういう労働力になる人間は、シキが連れて行ってしまうかららしい。
働けないことはないけど、そんなに有力な労働力にはならない、小さな子供や中年以上の人々が村に残され、どうにか細々と暮らしているそうだ。
年を取って昔ほど働けなくなったり、病気になって体を壊したりすると、放り出すように返されるらしいが……素直に喜ぶことはできないわな。
しかし……そのシキとやら、こんな島で一体何をやってんだろう? 10年以上も潜伏して。
余生を穏やかに過ごしている、っていう感じでもなさそうだけど……確か、何か研究してるっぽいんだっけ?
「それは私らもよくは知らないんだ。ただ……シキの奴は、この島に生えている植物や、それを食べている動物に興味があるみたいでね」
「変な動物がいっぱいいるのはもう見ましたけど……植物?」
「この島には、『I.Q』っていう薬草があるんだ。私達にとっても身近な薬草で、病気になった時や、『ダフトグリーン』の毒にやられちまったときなんかも、それを使って治療薬を作るんだよ。島の動物達が色々な姿をしているのも、それを食べているからだと言われていたり……色々と不思議な草なんだ。けれど……シキはこの島に現れた後、そのI.Qを独占しちまったのさ」
その『独占』の理由はわからない。島民の皆にとっては、その『I.Q』とやらは、珍しいは珍しいけどそこまで貴重というわけでもない、便利な薬草、程度の認識だったから。
シキにそれが奪われた時、島の人達は反発し、シキを追い出そうとしたらしい。
が、相手は伝説の大海賊。勝負にも何にもなりはしなかった。
赤子の手をひねるよりも簡単に鎮圧されてしまった上に、『そんなに元気があるなら俺が使ってやる』とばかりに、さっき言った人員徴発が行われ、さらに島ごと空に浮かべられてしまった。
それ以来、今みたいな暮らしが続いているとのこと。
なるほどね……あくどいことを。
島の人達からすればたまったもんじゃないだろうな。娘や息子を奪われ、島をいきなり空に浮かばされ、身近なものだった薬草を奪われ……
(気になるのは、その『I.Q』とやらを使って何をしてるのか、ってところだけど……海賊がわざわざ独占して研究するなんてくらいだし、何か兵器にでもなるのかな?)
☆☆☆
一方その頃、
同じ島の冬エリアにある、『金獅子海賊団』の本拠地にて。
話に登っていた張本人である『金獅子』は、玉座に腰かけて、今しがた新しく傘下に下った海賊からの報告を受け取っているところだった。
内容としては特に気にするほどでもないことが大半ではあったが、その中で1つだけ、シキの興味を引いたものがあった。
「ほぉ、昨日の嵐を予見した者がいただと?」
「は、はい……と言っても、部下達が見て言葉を交わしただけだそうで、私自身は会っていないのですが……去り際に忠告されたと。そうだな?」
「へ、へい! 天気雨だから割とすぐ止むとは思うけど、かなり大きいからさっさと船に戻れ、と言われました!」
「……規模や長さまで言い当てたのか。あの嵐は、うちのチームでも発生を予測しきれなかったんだが……興味あるな」
するとその時、部下の1人が『シキ様!』と声を上げた。
いくつものモニターを使い、島を徘徊する『自走式映像転送電伝虫』から送られてくる映像をチェックして、ナワバリ内部の監視をしているうちの1人である。
そのモニターの1つに……
「村に見慣れない者がいます。服装や年齢からして、外部からの侵入者かと」
「……! ああっ、こいつだ! 船長、シキの大親分! 俺達が会ったの、こいつですよ!」
モニターの1つに移ったスゥの姿を見て、下っ端海賊が騒ぎだす。
それも当然シキには聞こえていたし、先ほどの話の『嵐を予測した女』だということも理解できていたが……
「…………何……!?」
なぜかシキは、食い入るようにそのモニターの画像を見つめていた。
そこに映っているスゥの顔を凝視していた。
(この顔……まさか……)
「ん……? コイツ……『海賊文豪』じゃねえか!?」
「え、船長知ってるんで?」
「バカ野郎、てめえこそ何で知らねえんだよ……この女も確か海賊だ、7600万ベリーのかかる賞金首だぞ!」
傘下の海賊達が騒いでいるそばで、シキは視線を向けずに、自分の側近であり、お抱えの研究者である男に声をかける。
「おい、Dr.インディゴ。どう思う?」
「はい……おそらく、親分と同じ感想を私も抱いているかと」
「だよなあ……似すぎだぜこりゃ」
何か琴線に触れる部分があったらしく、シキは葉巻を加えたままの口元をにやりとゆがめて獰猛そうに笑う。
モニターの向こうにいる女性に視線をくぎ付けにしながら、誰にともなく、呟くように言った。
「こんなところでお目にかかれるとはな……まずもって生きてたのかって部分が驚きだ。だがこの顔、この雰囲気……それに気象予測をやってのけた頭脳……間違いねえ。こいつは―――」
「―――“ソゥ”の娘だ」